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● サンダルで東京、島根、大阪 |
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吉祥寺をサンダルで歩き回っている、と私が言うと家族からブーイングを浴びる。
みっともない、と言うのだ。
しかし、サンダルのどこが悪い。 100円ショップで買ったサンダルではなく、ドン・キホーテで498円で買ったサンダルだ。 薄茶色の地味なもの。
何の違和感もないと思うのだが(もっと派手なサンダルならいいのか?)。
吉祥寺はオシャレなことで有名な街。 そのきらびやかな街を、短パンと地味なサンダルで歩く(自転車で走り回る)ことは犯罪に等しいと、みんなが口々に言う。
快適なのに。
いいじゃないか。 吉祥寺は、俺の庭なんだから。 自分の庭を短パンとサンダルで歩いて、何がいけない?
どちらにしても、夏はサンダルで移動、というのが私のスタイル。
高校、大学は渋谷だった。 だから、もちろん、そこは私の庭。
授業が終わると、私は靴をサンダルに履き替えて、陸上部のグラウンドまで毎日通っていた。 道玄坂も宮益坂も金王坂、八幡坂も、俺の庭。
今は物騒で喧しいセンター街だって、俺の庭だった。 だから、サンダル。
大学2年の夏。 陸上部の合宿前に2日間空きができたので、私は一人で松江温泉に出かけることにした。
幼い頃から、母親に、宍道湖に沈む夕陽は綺麗なのよ、と聞かされていたからだ。
サンダルで新幹線に乗り、岡山で乗り換え、特急に乗り、サンダルで松江まで行った。 途中、新幹線でも特急でも、車掌が何度も私に乗車券の提示を求めた。
小さなスポーツバッグ一個と、素足にサンダル、短パンの若い男。 何が基準なのかわからなかったが、私は彼らから「怪しいやつ」と思われたようだ。
松江に着いて、温泉旅館を紹介してもらうため、旅行案内所に行った。 係員の目線からは、私がサンダル履きだというのはわからないはずだが、怪しむような目で、何度も「お一人様ですか」と聞かれた。
私の全身から「あやしいオーラ」が、出ていたのかもしれない。
はい、おひとりさまです。 綺麗な夕陽が見える旅館をお願いします。
旅館に着くと、仲居さんが数人出迎えてくれた。 案内所から連絡が行っていたはずだったが、仲居さんは、私のサンダル履きを見ると、その一点に目を集中して「お泊りですか。おひとりさまですか」と何度も聞いてきた。
泊りです。ひとりです。
仲居さんのひとりが、「少々お待ちください」と頭を下げて、一度私の視界から消えた。 そして、番頭さんらしき人を連れてきて、彼に小声で「お一人さまだそうです」と、深刻な表情を作って告げた。
番頭さんの目線も、やはり私のサンダルで止まっていた。 そして、数秒間固まったあとで、「どこからお出でですか」と聞いてきた。
東京です。
それを聞いて、目と目を見交わす仲居さんと番頭さん。
東京から、サンダルで旅行? しかも、汚いバッグ一つ提げて?
彼らの頭の中を漫画の吹きだしで表現すれば、「大丈夫かしら、このひと」「厄介なことになるのはご免だぞ」という感じかもしれない。
それを見て、ああ、俺、自殺志願者と間違われてるんだな、と思った。
怪しい一人旅、しかもサンダル、イコール自殺志願。 それは、受け入れる側としては、真っ当な解釈だったかもしれない。
断られるか、と覚悟したが、番頭さんが強張った笑みを浮かべて、私を部屋に案内した。
とりあえず、監視の目を強化すれば、大丈夫だろうと判断したのかもしれない。
怪しい男、と思われた場合、一番いいのは何もしないことである。 私は、お世話になります、と言い、余計な要求は何もせず、外出もしないで、部屋から宍道湖を見ることだけに集中した。
何か理由をつけて、入れ替わり立ち代り、誰かが部屋を訪れたが、それに対しても、私は、にこやかに応対した。
宍道湖に沈む夕陽を見ながら、一人で食うには多すぎる量の部屋食をとる間も、仲居さんの誰かが、ひとり必ず私のそばにいた。
夕陽が沈む時間。 「きれいですねえ」と、私が感嘆の声を上げても、仲居さんは、「はあ」と返すだけ。 夕陽どころでは、なかったのかもしれない。
自然の煌びやかで、壮大なショーを見終わった私は、ひとり大きく満足して、「ビールもう一本追加お願いします」と言った。 それに対して、仲居さんは、「え?」という、うろたえた顔で私を見た。
宿代はすでに支払ってあったが、飲み物は、出発の時に清算する。 もしかしたら「踏み倒されたら・・・」という疑念が、仲居さんの頭に浮かんだのかもしれない。 はたして、この怪しい男に、これ以上ビールを与えていいものか・・・・・と。
なんか、気疲れする旅だな。 せっかく、リラックスしようと出かけてきたのに、余計なことにエネルギーを使っている気がする。
サンダルのせいか? 短パンのせいか?
人は、見た目で、その人の内面さえ判断しようとする。 見た目で、その人の価値を計ろうとする。
同じ対価を支払ったとしても、このようなサービス業でさえ、応対に差が出る。 客商売として、それは当たり前のことだと思っても、そんな扱いを受けた側は、いい気はしない。
ただ、短パンとサンダル履きで温泉旅館に泊まるのは、マナー違反である、と言われたら反論の余地はまったくないのだが。
「ああ、じゃあ、いいです」 旅館の中に、缶ビールの自動販売機があるのを思い出した私は、財布をつかみ、部屋を出ようとした。
それを見た仲居さんは、慌てた風情で腰を浮かし、「ど、どちらへ」と、またうろたえた。
答えるのが面倒くさくなった私は、大またで部屋を出た。
その大またの私の後をドタドタと、仲居さんが付いてくる。 「あの・・・どちらへ」
そして、自販機で缶ビールを5本買った私が、仲居さんのほうを振り返ると、仲居さんは、まるでドラマで、下手な俳優が胸をなでおろすように、大きく息を吐いた。
出された料理は、残さず食べるべきだ。 それもマナーである。
私が、料理に舌鼓を打ちながら缶ビールを5本飲む間、仲居さんが何人か顔を出し、番頭さんらしき人も愛想笑いをしながら、やってきた。 そのせいなのか、私には、そのときの料理の味の記憶がない。 ビールの味と仲居さんたちと番頭さんらしき人の顔は、いまだに憶えているが。
そんな不機嫌な思い出で旅を締めくくりたくなかったので、私は帰りに大阪に降り立ち、好物の串カツを食うことにした。
梅田の立ち食い串カツ屋。
油の匂い、ウスターソースの香り。
牛を食い、海老を食い、白身魚を食い、貝を食う。 そして、ビール。
機嫌が直った。
そんなとき、「兄ちゃん、この近所の人じゃないよな?」という声がした。 私の姿を、無遠慮に、上から下まで舐め回すように見る40年輩のあご髭の男。
その視線を浴びて、また不機嫌な感情がぶり返してきた私は、なかば喧嘩腰で「東京」と言った。
すると、あご髭の男は、私の肩を叩いて、「ええな、ええな」と言った。 そして、「サンダル履きで、東京から大阪まで串カツ食べに来たんか」とまた、私の肩を叩いた。
「ええで、ええで」 あご髭の男は、私にピーマンの串カツを一本奢ってくれた。
ピーマンの串カツは、その店のメニューの中では、一番安かったが、それも大阪。
礼を言って、私が店を出ようとすると、あご髭の男にまた「サンダル履きで、東京から大阪。ええで、ええで」と言われた。
しかし、あご髭の男は、その後で、こうも言ったのだ。
「しっかし、冗談としては、たいしたことないなぁ〜」
まったく、信じていなかったのだ。
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2010/08/18 AM 08:00:14 |
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