Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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わたしは、こども
我慢できる人間を「おとな」と言う。

それなら、俺は、大人ではなかった。

テクニカルイラストの達人・イナバには、色々な面でお世話になっている。

今回、彼から、仕事先を紹介された。
ただ、イナバからは「俺も、その人嫌いなんで、Mさんが、その仕事断っても、全然問題ないですよ」と電話で言われた。

自分が嫌いな相手を紹介する?
普通は、そんなことはしないだろう。

だが、イナバが、私に仕事を断りやすい言い方をしてくれた、ということはあり得る。
俺が嫌いなんだから、Mさんも断っていいんですよ、と。
それはイナバらしい優しさなのかもしれない。

まず、相手から電話で仕事の内容を聞くことにした。

38歳。
八百屋のオーナーで、ビルを一棟持ち、ゲームセンターも経営している男。
イナバの奥さんの遠縁に当たる人らしい。

八百屋さん特有の押し出しの強いダミ声で、サカイ氏は、「自叙伝を出したいんだよ」と言った。

失礼な言い方になるが、38歳の若造が自叙伝? なんか、勘違いしていないか、と、それを聞いて私は思った。

しかし、相手はいたって真面目なようだ。
「オレ、成功者だからさ」と、話を繋げるのだ。

成功者、の定義は広いが、自分で宣言すれば「成功者」になることはできるのだろう。
ただ、何となく軽さがつきまとうが。

細かい話を聞いてみると、サカイ氏は、つい7年前までは、両親と一緒に、繁盛していない八百屋を経営していたと言う。
それが、両親が立て続けに亡くなって、自宅裏の土地をサカイ氏が相続することになった。

相続税を払うために、土地を切り売りしなければいけなかったが、それでも、それなりの土地が残って、サカイ氏はコンサルタントの薦めに従ってビルを建てた。

そして、ビルの賃貸料で生計を立てることになった。
八百屋は、両親の生前から、かなり売り上げが落ち込んでいたが、サカイ氏の奥さんに経営を任せることにより、活気ある店に生まれ変わった。

両親の生前に比べると、八百屋の売上額は3倍以上も伸びたという。
それは、間違いなくサカイ氏の奥さんの手腕によるものだろう。
ただ、サカイ氏によると、それは「俺の経営努力だよ」ということになるらしい。

サカイ氏が所有するゲームセンターは、2年前に、繁盛していた店を、そのオーナーが大きな借金の穴埋めをするために、サカイ氏に頼み込んで、相場よりもかなり安い値段で売ったものらしい。
もともと繁盛していた店だから、経営努力は要らない。
ただ、その店の経営権が、以前のオーナーからサカイ氏に移っただけのことである。

そういったことを含めて、サカイ氏は「俺は成功者だから」と言う。

だから、自叙伝を出したい、と。

世の中には、色々な価値観を持った人がいる。

自分が成功者だと思うのだから、サカイ氏は、成功者なのだろう。

うらやましい。

そこで、私は、自叙伝の編集料として、世間の相場の3倍(私の相場では6倍)の見積もりを出して、成功に酔いしれる、サカイ氏の目を覚ますことにした。


だが、酔いしれた人は、その程度のことで酔いを醒ますことはなかった。

「じゃあ、頼むわ。なるべく早く、俺の事務所に来てくれよ」


8月初め。
東京品川大井町

それなりに土地勘はあったつもりだったが、駅前も路地も、20年前とは様変わりしていたので、道に迷った。

その結果、私としては痛恨の出来事だったが、5分の遅刻をしてしまった。

7階建ての雑居ビル。
窓が大きめに作られていて、外から見ると、ガラスに映った青空が気分を爽快にさせてくれる、ビビッドな雰囲気を持った建物だった。

繁盛している八百屋の裏の細長いビルの1階が、サカイ氏の事務所だった。
「後悔の渦」を体の奥底に巻いたまま、サカイ氏の事務所のインターフォンを押した。

2度押したが、何の反応もない。

1時5分。

ガラス窓が、強い夏の光を反射して、目が開けていられないほどだ。
3度、4度、5度、と押したが、何の反応もない。

怒って出かけてしまったのか、と思った。

遅刻はいけない。
遅刻は、失礼に当たる。
まして、はじめて会う客なのである。

事務所に2回電話をし、相手の携帯にも1度電話をしてみたが、出る気配はない。
悔恨を全身に纏わりつかせたまま、私は20分以上、熱射の中で立ち尽くしていた。

このままでは埒が明かないので、表の八百屋さんに、とりあえずご挨拶をしに行こうかと、体を180度回転したとき、「なんだ、おまえ」という声を聞いた。

なんだ、おまえ?

そう聞かれて、すぐに己の素性を言える人間が、何人いるだろうか。

私は武蔵野に住むフリーランスのデザイナーでございます。
本日は、1時の約束でお伺いしたのですが、申し訳ないことに、5分も遅刻をしてしまいました。
ですから、この炎天下、20分間、ドアの前で反省しておったところでございます。

そんなことは、咄嗟には言えない。
だから、「遅れて申し訳ありません。私がお約束したMです」と答えた。

それに対して、サカイ氏は、「ああ、おまえがMか」と、まるで道端に落ちた丸めたティッシュを見るような目で私を見て、口を歪めたのだ。

さらに、「今日の約束だったか?」

初対面。
そして、自分よりはるかに年上に見える相手に向かって、「おまえ」と言い、しかも私の名を呼び捨て、である。
その上、約束を忘れていたって?

そんなやつは、成功者とは言えない。

だから、私は、言った。


おまえに、自叙伝を出す資格は、ない!


捨て台詞。
そして、そのまま立ち去る俺。



我慢のできない大人は、「こども」と一緒である。


だから、私は、こどもだ。




2010/08/12 AM 07:52:40 | Comment(6) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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