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● ふたつの「お」 |
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「会って話がしたいんです」と、男から気持ち悪いことを言われた。
以前いただいた自費出版の仕事は、9割がた終わった。 ただ、執筆者が長い夏休みを取っているので、あと2週間は、この仕事が進展することはない。
だから、「ハァー?!」と、露骨に嫌な声を出した。 しかし、先日なぜか仕事を出す側なのに、私にお中元として一番搾りを贈ってくれた人格者・フクシマさんへの恩は、決して忘れるべきではない。
そこで、「会わなくても、電話で済ませられないんですか。オレ、すごーく忙しくて」と、私は、たいへん誠意のある応対をした。 それに対して、フクシマさんは、すがりつくような必死さで、「ぜひ、そちらに伺ってお話がしたい」と言い、「実は、吉祥寺まで、もう来ているんです」と、驚愕の事実を告げた。
気配りのフクシマさんにしては、かなり強引な手順である。
しかし、なぜ、そんなに急ぐのですか?
「二つの『お』が、発生しまして。そのご報告に」
意味のわからないやつだ。
二つの「お」?
おおさかのおばちゃん。 オットセイがオカリナを吹く。 おバケのおんがえし。 おとなしいおざわいちろう。
「いや、とにかく、ご報告を!」
ところで、吉祥寺で、何人の夏美人を見つけましたか?
「20人以上」
下心あるタレ目で、全身を舐めまわすように見られる女性が可哀想だ。 早く吉祥寺から、この変態男を駆逐しなければ。
では、31分後に、サイゼリアで。
午後4時17分にサイゼリアに行ったら、もうフクシマさんと麻生久美子似の事務員が窓際の席に座っていた。
今日も暑いですね。 今日も車ですか。 遠いところをご苦労さまです。 一番搾りありがとうございます。 生ビールをお願いします。 それで、話は、何ですか? 手短にお願いします。
忙しいことを強調して、15秒で挨拶を済ませ、本題に入った。
すると、フクシマさんがタレ目を細め、気持ち悪い照れ笑いを浮かべながら「二つの『お』が」と、また、わけがわからない暗号を言いそうになった。 しかし、美しくて賢い麻生久美子似が、それを遮り、「結婚と妊娠です」と、名刀で藁を断ち切るように言った。
結婚と妊娠?
ふたつとも、「お」が付いていないが・・・・・。
お結婚とお妊娠? これは、日本語的にどうなのだろう?
まさか、フクシマさんが結婚? そして、妊娠?
フクシマさんは、結婚していたはずだ。子どもも、いたはずである。 まさか、いつの間にか奥さんと別れて、また結婚し、あろうことか、妊娠までしたと言うのか? 男の癖に! 子どもを産むのか?
何という非常識。
私は怒りに任せて、ジョッキを一気飲みし、お代わりを頼んだ。 怒りは空腹感を刺激するらしく、ピザ・マルゲリータも追加注文した。
私は2杯目のジョッキを待つ間、フクシマさんのタレ目を睨み付けていた。 フクシマさんは、そんな私の憎悪の視線を避けるようにして、トイレに立った。
麻生久美子似と目を見交わす。 その美しい目を見て、私の憎悪は簡単に消えた。
その目を見て、私は思った。 まさか、この人が、結婚そして妊娠?
できちゃった結婚?
私の心を見透かしたように、麻生久美子似が、目を伏せがちに言う。 「半分は、当たってます」
美女の勘は、鋭い。
麻生久美子似が「話は簡単なほうがいいので、簡単に説明します」と、背筋を伸ばし毅然として言った。
「結婚するのは私。お子さんができたのは、フクシマさんです」
つまり、ふたつの「お」。 ふたつの「おめでた」。
回りくどい!
しかし、惚れ惚れするような男前の説明ではないか。 フクシマさんだったら、3時間かけてダラダラと語る話を、たった2分で、麻生久美子似は処理したのだ。
麻生久美子似が結婚するのは、1歳年下の幼なじみ。 9月に籍を入れるが、結婚式はしない。新婚旅行も行かない。 そして、会社も辞めない。
フクシマさんの奥さんは、いま妊娠3ヶ月目だという。 それを知っているのは、会社では麻生久美子似だけで、同僚にも言っていないらしい。
「だって、Mさんへの報告が最優先でしょ」
義理堅いのか、バカなのか・・・・・。 まあ、悪い気はしないが。
トイレから戻ってきたフクシマさんを、私は不自然なほどの優しい笑みを作って迎え、そして言った。
そう言えば、お子さんも、もう1才3ヶ月ですか。 フクシマさんのお子さんが産まれたとき、私はちょうど体調を崩して入院中でした。 自分のことで精一杯だったので、お祝いが遅れてしまったことをお詫びいたします。
1才3ヶ月は、可愛い盛りですよね。 子育ても、一番楽しい時期です。 歩き始めて、わけのわからない言葉を言って、親を喜ばせて。
子どもは、宝ですよ。
こんな可愛い盛りのお子さんをお持ちなんだから、二人目を持とうなんて、まだ思いませんよね?
まだお子さんが1才なんですから、それで精一杯ですよね。 まさか、二人目なんて。 ねえ、フクシマさん、そう思いますよね?
まさか、二人目なんて・・・・・そんな・・・ねえ。
フクシマさんのタレ目が、垂直に垂れ下がる。 そして、目をパチパチと瞬かせながら、隣の麻生久美子似に助けを求めるが、声は出ない。 口を半開きにしたまま、捨てられた子犬のような憐れな目で、麻生久美子似を見るだけ。
そんなフクシマさんに、私は8GBのSDカードをプレゼントした。 ビデオで、これからも家族の姿を保存できるように。
そして、麻生久美子似には、イトーヨーカ堂の商品券を渡した。 彼女の生活圏内に、イトーヨーカ堂があるということを聞いていたからだ。
二人に「なんで?」と聞かれた。
なぜ、「二つの『お』」だけで、それがわかったのか・・・・・と。
アリマさんからは、特定の人がいるようなオーラを感じた。結婚が近いのではないか、と。 そして、フクシマさんは、無計画な男である。欲望が抑えきれないガキみたいなやつだ。だから、何があってもおかしくはない。
つまり、「二つの『お』」は、「おめでたいおバカさん」のことだ!
二人が、私のことを複雑な目で見ていたが、それが尊敬なのか嘲笑なのかは、「おめでたいおバカ」の私には、判断できなかった。
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2010/08/08 AM 08:17:02 |
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