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● 応接室で打ち上げ花火 |
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神経質なクライアント。
神田の得意先の担当者は、以前はテキトーな人だった。 だから、私と話が合った。
担当者のヨシダさんは、ビニール傘を3本持っていた。 しかし、そのすべてが所々穴の開いたものだった。
「置き傘は、こんなのでもいいんですよ。短い時間だけ雨が凌げればいいんです。それが置き傘ってもんでしょ」
その考え方は、私とほぼ同じだった。
だから、意気投合した。
ヨシダさんの小銭入れは、穴が空いていた。 100円玉だと、その穴からこぼれませんか、と聞いたら、「穴が開いているから、余計気をつけるんですよ。だから絶対にこぼれない」と断言した。
それも私の考えに、かなり近い。 そして、「ジャイアンツファン? あれは過剰報道の催眠誘導ですよ。だから報道の魔力が消えると人気がなくなったでしょ」というご意見を聞いて、私はヨシダさんと強く握手を交わした。
その意気投合したヨシダさんが、7月1日をもって、親会社に引き抜かれた。
代わりに担当になったのが、A氏。 歳は25歳前後に見えるが、「歳ですか? 歳と仕事は関係ないでしょう」と、目を神経質そうにパチパチとさせて、さらに鼻の穴を膨らませ、取り付く島を与えない。
「言っておきますが、僕は無駄話が嫌いなんで、仕事の段取りだけしか喋りません。とにかく、僕が言いたいことはただ一つ。納期厳守。だから、打ち合わせ時間も守っていただきます。余計な話はしません。打ち合わせは30分程度で終了。いいですね」
実を言うと、本当は、もっときついことを言われた。 前任者の仕事にもケチをつけていた。
この若造! 喧嘩売ってるのか!
そう思ったが、ヨシダさんと懸命に育んだ仕事の芽を摘みたくないので、私は奥歯を噛みしめながら我慢をした。
一回目の打ち合わせは、26分で無事終わった。 相手の言うことが理路整然としているし、渡された資料も、文句のつけようがないくらい整理されていたので、資料を見ながら「こやつ、できるな」と感心したものである。
背中に木の棒を背負ったかのように、真っ直ぐに伸びた姿勢も、無駄に全身に力が入ってはいたが、悪い気はしなかった。
だが、二回目の昨日。
約束時間の午後2時。 その13分前に応接室に案内された私を睨むように見たA氏は、言葉を投げ出すように、不快感を隠そうともせずに言った。
「早すぎますね。まだ、僕は資料を揃えていません。2時5分前に資料を揃える予定で、今日のスケジュールを組んでいます。こんなに早く来られても、困りますね」(こんな杓子定規な人が本当にいるとは思わなかった)
時間厳守、とは言っても、2時きっかりに行くという約束を交わしたつもりはない。 約束の時間に遅れたなら、文句を言われても仕方ないと思うが、10分程度早く来て、睨まれる筋合いはない。
2時5分前に資料を揃えるというA氏のタイムスケジュールを、私は知らないのだ。
それは、言いがかりではないのか?
と・・・・・・、怒っても仕方がない。 そこは、相手のルールを精一杯尊重するのが、請け負う側のマナーというものだ。
失礼いたしました。 では、5分後にもう一度伺わせていただきます。
私がそう言ったとき、相手が小さく舌打ちするのを、私の左耳が捉えた(右耳が聞こえないので)。
約束時間に少し早く来ただけで、舌打ちされちゃったよ。
今日はバッグにダイナマイトを忍ばせてこなかったことを、私は強く後悔した。 あるいは、昨日ドン・キホーテで買った花火のセットを持ってきてもよかったな。 狭い応接室で上げる、打ち上げ花火は、どんな美しい花を咲かせるだろうか。
そんなことを思いながら、一度会社から出て、再び2時5分前に、会社のドアを開け、受付嬢に頭を下げた。 受付嬢は、まるで家なき人を見るような怯えと憐れみを私に注いでから、A氏に取り次いでくれた。
応接室では、A氏が、私が座るべき場所に資料を並べ、「ご苦労さまです」と、何ごともなかったような顔で、私に頭を下げた。 ただ、それは私がそれを好意的に見た場合の話で、他の人からは、頭を下げているようには見えなかったかもしれない。
しかし、それは気持ちの問題である。 私だけが、そう見えればいいのだ。
彼は、間違いなく、頭を下げた。 それで、いい。
打ち合わせは、20分弱で終わった。 彼の説明は、的確に段階をふんで、実にわかりやすかった。
おぬし! できるな!
説明を聞きながら、彼が荒れた中学の担任になったら、その能力を遺憾なく発揮するであろうと、私は確信した。 ボコボコにされる可能性も、わずか99パーセントほど、あるかもしれないが・・・・・。
3年A組、ケッペキ先生。
打ち合わせの終わりに、飲み物が運ばれていないことに気づいたケッペキ先生は、「飲み物もお出ししないで!」と歯軋りしながら、部屋を出ていった。 その顔は、怒りで朱に染まっており、まるで熟れそこなった柿が、熟れずに腐っていくことに焦って、本来なら出るはずのないエチレンガスを懸命に出そうとしているように見えた(わかりづらい?)。
3分後、蒼白になった受付嬢が、お盆にアイスコーヒーを2つ乗せて、持ってきた。 お盆が、可哀想なくらい震えていた(よほど理路整然と怒られたに違いない)。
A氏が、私にアイスコーヒーのカップを渡しながら言った。 「あまり時間がないので、これを飲んでお帰りください」
確かに、時刻は午後2時27分。 打ち合わせは、30分の約束だから、あと3分しかない。
A氏は、私を急かすように、立ったまま腰に手を当てて、コーヒーを一気飲みした。 それは、ゴクゴク、という音が聞こえるほど、爽快な飲みっぷりだった。
だが、俺は・・・・・・・・・、
A氏と同じように、自分のルールは、曲げたくない。 だから、言った。
私は、コーヒーは、ホットしか飲まない主義なんですよ。
それを聞いた受付嬢の顔。そして、A氏。 二人とも、異国の言葉を聞いたような顔をしていた。
部屋の温度が、一気に255度ほど、下がった気がした。
そして、私はA氏に、まるで鼻つまみ者の不良少年を見るような顔で、舌打ち交じりに言われたのだ。
「神経質なんですね」
次に行く時は、絶対に打ち上げ花火を持っていこうと思う。
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2010/08/04 AM 08:25:07 |
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