Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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しつこい!
しつこい! と思われることを承知で、「仏頂面」の話を(慢性的な寝不足で多少イライラしているせいかも)。

数人から、なんで仏頂面をしちゃいけないんだ、ということを言われたからだ。

誤解しないで欲しい。
私は仏頂面をするな、とは言っていない。
仏頂面で安い仕事を出すな、と言っているだけである。

想像してみてほしい。
こちらが友好的に話しかけているのに、何の感情も表さず、できの悪い彫像のように口を真一文字に結んで、細い目をして無言で睨まれたら、誰だって気持ち悪く思うのは当然だろう。

それが性格なんだから仕方ないよ、と思う人は、私よりはるかに大人で、人間の器がでかい人だ。

私は、我慢ができない。

たとえば、こんなやりとりになったら・・・・・・・、


私としては仕事をいただくのはありがたいことですが、仕事の労力を考えたら、その金額では折り合いません。
もう少し額を上げていただけませんか。
もしそれができないのであれば、その金額でやれる他の業者を探してください。

(無言)

定期的に仕事をいただいていれば考慮いたしますが、2年以上連絡のない御社には、申し訳ありませんが、義理を感じません。

(無言)

私の存在を思い出してくださったことに関しては、感謝いたしますが、今回のご依頼は、お断りいたします。
申し訳ありません。

(長い無言)
そして、突然、「あんたは、埼玉から夜逃げした、と言われている」と、目を見開いて、にらまれたのだ。


こんな人間を好きになるほど、私はお人よしではない。

だから、事実を書いたのだが、いまだに「客の悪口はよくないよ」と非難される。

悪口を書いたつもりはない。
それは事実を書いただけなのだが、なぜか、そう言われる。

では、仏頂面でも、条件のいい儲かる仕事を出したら、嫌いにならないのか、と言われた。

当然だ。
いい仕事を出してくれたら、私は相手が仏頂面でも我慢する。
私は、お客様から、報酬を得て生活をしている。

そのお客様が、いい仕事を出してくれるのなら、彼が死ぬまで仏頂面でいても、私は構わない。
なぜなら、彼が、私の生活の一部を支えてくれる「いいお客様」だからだ。

なんで、そんな簡単な理屈をわかってもらえないのだろうか。

フリーランスは、人間関係プラス報酬である。

割のいい仕事を出してくれるクライアントは、多少性格が悪くても、こちらが「いい人間関係を築いている」と錯覚すれば、我慢できる。

それが、「仕事」というものの本質だと私は思っている。

いい仕事の中には、クライアントの人間性も含まれている。
だが、たとえ、その人間性に疑問符がついたとしても、報酬がそれを上回るのであれば、少なくとも私は我慢できる。

仏頂面の前で、「誠実な請負人」の振りをすることができる。


2年以上、こちらが何度コンタクトをとっても、何の反応もなかった会社が、突然仕事を出すと言った。
まったく期待をしないで行ったら、本当に期待はずれの仕事だった。

そして、社長は、相変わらずの仏頂面で、私の前で固まっているだけだった。
あげくの果ては、「誠実な請負人」の振りさえもさせてもらえず、報酬額を聞いて拒否したら、「埼玉から夜逃げした負け犬」呼ばわりである。

これでは、良好な人間関係を築くことはできないではないか。



たとえば、少々極端な話をしてみよう。

友人のWEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)は、自分で手に終えない仕事を、たまに私に回してくれることがある。

彼は、かつて私の弟子だった人間である。
だから、私は彼から高い報酬を要求しない。

彼は、ときに不愛想で、世間知らずであるから、私に対しての折り合いのつけ方に戸惑っている部分がある。
私に対しての遠慮も混じっている。
だが、私が忙しくても、無理矢理仕事を押し付けてくる無神経さも併せ持っている。

そして、その報酬額は、決して高くない。

しかし、私は、彼の仕事なら喜んでやらせていただく。
彼とは信頼関係があると思っているし、彼のことが好きだからだ。

好きだから、忙しい思いをしても、私はそれを苦に感じない。

それは、彼と私が長い時間をかけて、人間関係を築いていったからにほかならない。


だが、仏頂面は、永遠に仏頂面で、自分の要求を押し通すだけである。
そして、気に食わなければ、「埼玉から夜逃げした負け犬」という。


もっと冷静に、とか、大人気ない、とか、お客様は神様だ、などという奇麗ごとの批判は、ただの感情論だ。
私には、批判している方が、「冷静さ」を欠いているとしか思えない。



繰り返すが、仏頂面で安い仕事を出さないで欲しい。

しかも2年以上も、ほったらかしにして(ときに居留守を使って)。





2010/08/30 AM 08:24:09 | Comment(2) | TrackBack(14) | [Macなできごと]

47時間寝ていない
急ぎの仕事は、本当に急ぎの仕事だった。


いま私が抱えているのは、ドラッグストアのチラシ2点と天才WEBデザイナー・タカダ君(通称ダルマ)から恵んでいただいたWEBの仕事である。

そんななか、嬉しいことに、横浜元町松雪泰子似から「急ぎでお願いします」という電話が来た。

美女からの電話を断れるほど、私は尊大ではない。
すぐにお伺いします、と言ったら、「私の方で、ご近所まで伺います」と言われた。

いやいや、それは・・・・・、という儀式が私は嫌いなので、「お世話をかけます」と言って、吉祥寺ガストを指定した。

吉祥寺でもガストかよ!

という突っ込みはなかったが、電話を切った後で、「美女には、イタメシの方が似合ったのに」と、頭を掻き毟って後悔した。

あるいは、シェーキーズのピザ食べ放題のほうが・・・・・と後悔した。

そして、何と言っても、納期の迫った急ぎの仕事を抱えていたのに、安請け合いをしたという、己の軽薄さを後悔した。

ただ、それもガストで美女を前にすると、すべての後悔が空気中に消えていくから、美女の力は絶大である。


「吉祥寺は、お洒落な街ですよね」と、松雪泰子似の唇が、形よく動く。
薄紫色のワンピースに、夏物の薄茶のストール。
磁石のように、まわりの目を吸いつける、その知的な華やかさは、中年男に行き場のない戸惑いを感じさせた。

「Mさんは、ビールとピザですよね」

そう言われて、いや、しかし、ビールは・・・・・、と珍しくためらったら、「そんなことを気にしないのが、Mさんでしょ」と、軽くたしなめられた。

美女に怒られるのは、チョットうれしい(変態かも?)。

打ち合わせの前に、お食事。
松雪泰子似は、オムライスを頼んだ。

ピザを頬張りながら、失礼にならないように観察した。
スプーンの美しい動きに合わせて、口が優雅に動くさま。

美女が食べると、600円のオムライスが、2500円の絶品オムライスに見えるという錯覚について、私は今度、学会で報告したいと思う。
それは、おそらく満場一致で、賞賛の嵐を浴びることだろう。

観察しながらビールを飲み干したら、当たり前のように、「生をもう一杯」と、追加をオーダーしてくれた松雪泰子似。

最近、少し沈んでいた心が、まるで霧が晴れるように開けて、窓外の景色が、シャンゼリゼ通りに見えてきた。
(もちろん、私はシャンゼリゼ通りには、行ったことがない)


それは、まるで魔法だった。

急ぎの仕事のことなど、見事に頭から消え去っていた。

「前回作っていただいたFLASHのスケジュール機能を他社用にカスタマイズして、作り直していただきたいのです。緊急を要する仕事ですが、前回以上のものを請求してくださってけっこうですから」

わかりました。
それは、私にとって、簡単な作業です。
納期までに必ず仕上げますので、安心しておまかせください。

魔法にかかった私は、調子に乗って、安請け合いをした。

そして、松雪泰子似のバイカル湖のような澄んだ目に吸い込まれて、意味不明のことを口走る。

ガストのピザは、うまいですよ。
このうまさは、ギネス級です。
この生ビールも、本場ドイツのビールに負けていません。

ガスト、最高!

だから、仕事、頑張ります!


馬鹿である。


馬鹿、としか言いようがない。


家に帰って、自分を取り戻した私は、ドラッグストアの修正ファックスを見て蒼ざめ、ダルマからメールで送られてきた画像修正の指示を見て、からだ全体から血の気が引いていくのを実感した。

これを一日半で仕上げるのか・・・・・。

俺は、一人しかいないんだぞ。

クローンが欲しい。
それは、人道的に許されない所業だが、切羽詰った私は切実に、それを熱望した。

修正のファックスがまた届く。
メールが来る。

からだ全体から、オヤジくさい汗を噴出しながら、FLASHを動かす。

焦る、汗る、ASERU・・・・・・・。

晩メシは、面倒くさいから牛丼と天丼、味噌汁で誤魔化そう。

「おお! このかき揚げ、美味いな」と中学3年の娘に褒められ、少しだけ後ろめたさが薄らぐ中年オヤジ。

そして、お決まりの徹夜。
気がついたら47時間寝ていなかった。

ただ、2回ほど気絶した記憶はある。
どちらも20分程度だったが。

仕事をしている間、何度クリアアサヒに手を伸ばそうと思ったことか。
しかし、仕事中に飲んでしまったら、際限がなくなるし、おそらくペースが落ちる。
さらに、1本飲んだら2本目を飲みたくなる。

ムクムクと膨れ上がる欲望を抑圧し、悶えながら働くこと、ほぼ2日。

午前2時過ぎ。
「校了です。ありがとうございました」と、ドラッグストアのスズキ氏。
「ご苦労さまでございました」と、ダルマ。

そして、「ご無理を言いまして、申し訳ありません。本当に助かりました。これからもよろしくお願いします」と、朝の6時前にもかかわらず、相変わらず艶やかで、お美しい声を聞かせてくれた松雪泰子似。

その声を聞いて、一瞬にして疲れが取れた・・・・・・・ということはないが、報われた気はする。

いまクリアアサヒを手元において、Macのキーを叩いている。

ブログを書き終えたら、飲むぞ。
心置きなく飲むぞ。

そして、飲んだら、寝るぞ。

いや、寝るのは、家族の朝メシを作ってからだ。
そして、寝る。

だが、昨日は風呂に入っていない。
寝るのは、シャワーを浴びてからにするか。

しかし、録画しておいた「ホタルのヒカリ2」も見たい気がする。

図書館で借りた伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」の返却日は、確か今日だったっけか?
あと70ページを残しているから、それも読まねばなるまい。

意外と忙しいぞ。
寝てるヒマはないかもしれない。

でも、まあ、とりあえず、ブログだけはアップしておくか。



ということで、これから寝られるかどうかは、まったく予測不能です。

では、みなさま。
よい一日を!




2010/08/28 AM 07:49:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

メールに反論?
顔や態度に現すことはしないが、丸一日憂鬱に暮らした。

憂鬱で心がカサカサに乾いていたから、つまらないことに苛立つ。


鼻につく文章、というのは、どういう意味だろうか。

当然、好意的な意味でないことはわかる。
自分の書く文章が稚拙であるというのは自覚しているが、そうとは言わず、「鼻につく」と表現されると、感情だけが先走った言葉に聞こえる。
要するに、「感情的に受け入れがたい文章」ということか。


一通のメールが来た。

その人のメールには、名前も住所も、電話番号さえも記されていたから、それが冷やかしでないのは、すぐにわかった。

それは、以前「東京のデザイナー」というブログを載せたことに対する反響の一つだった。

自分も自営業であるから、非常識な客を何人か知っている。
しかし、自分は、それを心に留めておくだけで、悪口は絶対に言わない。

おたくのブログには、お客に対する尊敬が見られない、と書かれていた。
仕事を出す側こそ重要な存在で、請ける側は、もっと謙虚になるべきだ。
お客様は神様なんですよ。

その神様を馬鹿にする、おたくの文章は鼻につく、と書いてあったのだ。

お客様は、本当に神様なのか、という反論から、このブログは始まる。

では、クライアントの言うことは、すべて正しくて、請け負う側はどんなに不利益があっても、それを甘んじなければいけないのか。

幼稚な感情論である。

メールの主は、私が「仏頂面が悪である」みたいな書き方をしてしまったから、クライアントの悪口を言ったと思って、ただ感情的に反発した。
私が、もっと回りくどい言い方をして、クライアントの態度を軽く嗜める程度だったら、彼は今回のようにメールを送ってくることもなかったと思う。

感情論だけが肥大したら、話は感情を鎧にした「正論」だけを主張しあう泥仕合になる。
つまり、話が交わらない。

どうせ交わらない会話なら、自分の意見を主張した方が、話はわかりやすいし、楽だ。
だから、私はここで、自分の意見を主張したいと思う。



私には、なぜ彼がいつも仏頂面でいるのか、あるいはいられるのか、意味がわからないのである。
彼は、副社長という名の奥さんに向けるときだけ、顔を綻ばせるが、その貴重な笑顔は、従業員に対しても請け負い業者に対しても、決して向けられることはない。

副社長に対する笑顔から、一転して我々に顔を移すと、彼の顔は瞬時に仏頂面に変わる。
その、まるでカラクリ人形のような鮮やかさは、驚嘆に値する。

誤解をされたら困るが、私は「彼の笑顔」が欲しいわけではない。
押しつけがましくない「普通の会話」が欲しいだけなのだ。


たとえば、嫌いな人の話をしよう。

誤解を恐れずに言うと、私がいま一番嫌悪を感じるのが、現東京都知事である。

彼も仏頂面。
そして、たまにテレビに向かって笑みを浮かべるときは、そのほとんどが嘲笑である。
自分の言うことをきく議員たちには、ときに笑顔で応じるが、それは、私には飼い犬に向ける独りよがりの感情にしか見えない。

彼は、人の話を遮る。
まるで、相手が「馬鹿」だと決めつけているような冷笑で、人の意見を封殺する。
記者が気を遣って、まるで王様を扱うような質問をしたときだけ、彼は「まともな返答」を与える。

彼は中国や左翼勢力を糾弾するときには、その舌が過激に尖り、人々の喝采を浴びる。
ひとは、威勢のいい言葉に弱いものだ。
敵対勢力を批判すると、彼の器が10倍大きくなって見えるから、彼はいまも政治家を続けていられる。

政治家は、敵がいないと、自分を大きく見せることができない。
戦争はいつも、そんな膨張した無能なアジテーターを国民が盲目的に支持することから始まる。

都知事にとって、メシの種は、中国であり、マスメディアなのだろう。
敵対勢力として利用されるだけのメディアも情けないが。

都知事は、芥川賞作家である。
しかし、私は彼の作品を読んだことがない。
おそらく、彼の尊大な態度からすると、村上春樹も及ばないほどの天才的な作品を書くのだろうが、私はそれを読もうという気にならない。

嫌いな人間の小説を読むほど、私はお人好しではないからだ。

ひとの話を聞かないのは、彼がひとを怖がっているからだ。
私は、そう思っている。

自分の意見に反論されるのが、怖い。

反論されると、自分を否定された気分になる。
それが怖いので、彼は人の意見を封殺する。

封殺してしまえば、いつまでも自分は王様でいられる。
あるいは、悪に立ち向かう強いヒーローでいられる。

上からの目線で、人や事象を断罪しなければ、彼の精神は脆弱すぎて、心の中のパワーバランスが保てないのだろう、と私は推測している。
反論されたら、そのパワーバランスが崩れる。
それが、怖い。

だから、不機嫌顔で鎧を作るしかない。
鎧をかぶっていれば、彼は安心だ。
強面(こわもて)を通し続ければ、「外圧に屈しない頼れる政治家」でいられる、と自分で思っている。

彼の政治家としての実績を見ると、それは虚構でしかないことに気づくのだが、メディアは権力者に弱いから、彼はいつまでも「強い政治家」でいられる。

そんなことを含めて、私は「仏頂面の」現東京都知事が嫌いなのである。


さて、仏頂面。

これから先は、仏頂面社長の話のぶり返し。

その仏頂面が、すべての方向に向けられたものなら、私は彼を尊敬するかもしれないが、決してそうではないのである。

今回、私が強気になって、彼の要求を拒んだとき、彼は横を向くことしかできなかった。
そればかりか、仏頂面社長は横を向いて、小声で捨て台詞を放ったのだ。

自分が正しいと思ったのなら、彼は私の目を見るべきだった。
意思を目に表すべきだった。
しかし、彼はそうしなかった。

彼が仏頂面で強圧的に「お言葉を告げた」とき、そんな彼に逆らう人は、もしかしたら私以外にいなかったのかもしれない。
彼には、人から反抗される「免疫」ができていなかった。
だから、彼は横を向いて、小さな声で小さな抵抗をしたのだろう。

私は、そう判断した。

だから、それをブログに書いた。

その文章を感情論だけで「鼻につく」と言われたら、反発するしかないではないか。

会話というのは、言葉が双方を行き来して、はじめて成り立つものである。

自分を王様だと思っているひとの言葉を、ただ受け入れるだけでは、それは会話とはいえない。
それは、「命令」と同義語だ。

私は、彼に命令される立場には、いない。
彼の飼い犬ではないからだ。

私が仏頂面社長の「命令」を拒否したのは、私のルールに馴染まなかったのと報酬額があまりにも低かったからである。

ルールと報酬は、「プロの領域」の話だ。

私は、プロとして、赤裸々に今回の経緯をブログで記した。

それは、ところどころ感情的ではあったが、その経緯は、まったく嘘ではない。

だから「鼻につく」という表現だけで論じられることが、私には我慢できないのである。





2010/08/26 AM 08:24:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

セミ
夢は、続いているのか。


このブログに何度か書いてきたが、友人のチャーシューデブ・スガ君の「幸せなラーメン屋さん」プロジェクト。

スガ君と京橋のウチダ氏、コピーライターのススキダ、そして、私。
この4人が、同じ夢に向かって走り出してから9ヶ月。

立地条件のいい店舗を見つけ、内装デザインも決まって、夢が半分実現しかかったとき、地面が大きく揺らいだ。

春先から体調を崩していたスガ君の義父が、亡くなったのだ。
心不全だった。

ラーメン店のスポンサーになるべき人が、亡くなった。

電話口で「お義父さんが・・・」と絶句し、嗚咽するスガ君の声を、まるで宇宙の彼方から届いた信号のように聞きながら、私は両足を踏ん張った。

春先から入退院を何度も繰り返していたから、薄い恐怖の泡を頭の片隅に無理矢理押し込めるようにしながら、どこかで覚悟はしていた。
そんなことが、現実になるわけがない、と思いながらも、恐怖の泡は、頭の中で増殖した。

それが、現実になった。

鼻の奥を何かが刺激したが、懸命に堪えた。

俺たちには、やらなければならないことがある。


葬儀の日。
ススキダが運転する車で、静岡に向かった。

私の隣に、京橋のウチダ氏がいる。
強張った頬に、憔悴が見える。
時おり、彼の瞼が痙攣しているのを、私は見逃さなかった。

眠れなかったのかもしれないと思った。
それは、ススキダも私も、同じではあるが。

沈黙が、ずっと続いていた。
重いというのではないが、何かを念じるような沈黙だった。

その沈黙を破ったのが、ウチダ氏だった。

「こんなときに、仕事の話はしたくないんだが・・・・・」
ウチダ氏の痙攣した瞼が痛々しい。

「でも、これは俺たちの仕事だから・・・・・」
自分を納得させるように、ウチダ氏が声を絞り出した。


今のスガさんに、ラーメン屋の店主を勤めさせるのは、酷だ。
彼には、義父の仕事を引き継ぐ重要な役目がある。
だから、ここは、彼がいないことを前提に話を進めよう。
最悪の事態を想定して、自分は、一人の職人に話を通してある。
とりあえず、その職人に店を任せて、ラーメン屋をオープンさせよう。
そして、スガさんが、店主を勤められる状態になったそのときが、本当の「俺たちの開店日」だ。
それまでは、俺が責任を持つ。
失敗しても、それは全部俺の責任だ。
だから、予定通り、オープンさせよう。


ススキダは、無言だった。
肩の辺りに、硬い空気を滲ませて、ハンドルを握っていた。

しかし、私は車の振動に身を任せながら、苛立ちを抑えずに言った。

「カッコつけすぎだぞ! ウチダ。責任は、全員が持つ。俺たち4人は、そのために集まったんだからな」

少しの沈黙があった。
そして、そのあとにススキダが、硬い声で言った。

「いや、その助っ人の職人も含めて、5人だ。悪いが巻き込まれた以上、彼にも責任を持ってもらう。それが、チームってもんだ」

「ヒーローになりそこねたな」
ウチダ氏がそう言ってから、また車内は、目的地まで沈黙が支配した。


葬儀の席で、スガ君を前にして、一番最初に泣き出したのは、ウチダ氏だった。
スガ君の両手を握り、嗚咽し、哀しみを全身から発散した。

ススキダは、車を降りる前に、薄い色のサングラスを濃い色のサングラスに変えていた。
近くで見ると、肩が小刻みに震えているのがわかった。

俺は、と言えば・・・・・・・、
泣きそこねた。

スガ君から、「Mさん、おれ、何もしてないですよ。お義父さんに、何もしてあげてないですよぉ」と、巨体を預けられても、彼の大きな背中をさすることしかできなかった。

両足で踏ん張ることしか、できなかった。


出棺のとき、蝉が鳴いていた。

うるさいくらいに。


これから、蝉の声を聞くたびに、スガ君の義父を思い出すんだろうな。
あるいは、つい8ヶ月ほど前、スガ君の義父にカニをご馳走になった私は、カニを見たら、健啖家で豪快なスガ君の義父を思い浮かべるんだろうな。

いくつかの場面が、熱された空気の中で、陽炎のようにゆらめく。

私は、陽炎に包まれて出て行く黒い車に向かって、両足を踏ん張り、頭を下げ続けた。

私の心の中で、何かを詰め込んだ塊が、膨らんでいく。
それは、いつ破裂するのだろうか。

あるいは、俺は、それをずっと溜め込んでいくのか。


帰りの車内も、沈黙が支配しかけた。

しかし、ススキダが、その沈黙を破った。

「Mさんよぉ。後ろの席に、毛布があるだろ。それを被れば、何も聞こえないからな」



毛布を頭から被った私は、溜め込んでいたものを、全身を震わせながら、吐き出した。



蝉の声が消えた。



夢は、いまも続いているのか・・・・・・・。




2010/08/24 AM 08:06:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ガジローという名の猫
数日前、多摩北部を突然の雨が襲った日。
雷鳴と稲光の中、自転車を漕いでいた。

午後6時前。
小金井市のスーパーで買い物をした帰りのことだ。

メカジキの切り身に半額シールが貼ってあったので、即座に買った。
今日はこれで、メカジキのムニエルを作るつもりだ。
これに、オクラとシメジをトマトソースで煮込んだものを添える。

スープは、ズッキーニを細かく切って素揚げした「素揚げズッキーニの冷製コンソメスープ」だ。
他に、大きいトマトの中をくり抜いて、擂った白身魚をマヨネーズと塩コショウで和えたものを詰め、パン粉と粉チーズを振りかけてオーブンで焼き、最後にパセリをまぶしたもの。
そして、炊飯ジャーで作る簡単パエリア。

頭の中でメニューを思い浮かべながら、ゴロピカの下を走る。
そんなとき、いつもは開いているはずのない美容室が開いているのに気づいた。

駅から遠い住宅街。
そして、所々に畑があり、ビニールハウスもある。
大通りに面しているわけでもない。

こんなところで美容室を開業しても、客は来ないだろう。
だから、つぶれたのではないか。
私は、その店の前を通るたびに、そう思っていた。

しかし、今日は明かりがついて、しかも客らしき人もいた。
つまり、つぶれたわけではなかったのだ。

そして、店の前の一台車が駐車できるスペースに、大胆に寝そべる「お客さん」もいた。

それは、毛の長い洋猫だった。
種類は、わからない。
毛が長くて、その毛は手入れされているようには見えなかったが、ノラ猫にも見えなかった。

美容室で飼っているのかもしれない。

体を大きく伸びをするようにして横になり、口を少しあけ、軽く舌を出して寝入るネコ。
その見事な寝入りっぷりに感心し、私は自転車を止め、寝入っているネコに「ガジロー」と声をかけた。

寝顔が、「男はつらいよ」に出てくる佐藤蛾次郎氏に似ていたからだ。

空では、ゴロゴロピカピカ。
だが、ネコは平然として寝入っている。

体に触れ、撫でてみたが、起きる気配はない。

ネコの図太さに呆れていると、美容室のドアが開いて、30代後半と思われる女性が微笑みながら出てきた。
「このネコをご存知ですか?」

いや、はじめて見るネコですが。

「名前を呼んでいたような気がしたので、てっきり、知り合いかと・・・・・」

私が「ガジロー」と呼んだ理由を告げると、女は、「ホホホ」と笑い、「確かに」と言った。
江角マキ子を、三日間寝不足にしたような顔をしていた。

お互いネコを撫でながらの会話。

美容室は、予約制で、予約の入ったときだけ、店を開けるという。
あまり繁盛していないので、店を開けるのは、週に2回程度。
しかし、5日前に、このネコが姿を現してからは、毎日予約が入るようになったと言う。

つまり、幸運を運ぶネコ、ということですか? と私が言うと、ネコの腹を撫でながら、女が大真面目にうなずいた。

「だって、いつもの夏なら、一週間くらい予約が入らないことは、当たり前ですから」

それが、毎日予約が入っているというのだから、それはこの美容室にとって、大事件と言っていいものだろう。

「だから、毎日一番高いキャットフードを出して、もてなしているんですよ」

しかし、ネコの素性がわからないから、不安だという。
毎日、午後4時過ぎから8時くらいまで、駐車場のスペースで寝るのがネコの日課らしいのだが、もしその日課が無くなってしまったら、また流行らない美容室に逆戻りしてしまうのではないか、と。

そして、ネコの顔を覗き込みながら「ノラ猫には、思えないんですけど」と、女は言う。

確かに、ノラ猫にしては、生まれも育ちも良さそうな、高貴な雰囲気を持っているネコだった。

それに、何と言っても、大物の雰囲気がある。
我々が体を撫で回し、空が光り、ゴロッという音が鳴っても、平然と寝入っているのである。

猫って、もっと神経質なものじゃなかったっけ?

今度は、一段と大きな稲光がした。
そして、数秒遅れて、ズンッ! という雷鳴。

しかし、ネコは起きない。

幸せそうな「ガジロー顔」で、寝ているのだ。

「この子の名まえ、ガジローにして、いいですか?」
そんな大物ネコを、どこか思いつめた目で見ながら、女が言った。

もちろん、いいですよ。
ご自由に。

これからも、幸運を運んでくれるといいですね。
私がそう言うと、女は「得体の知れないネコに頼るのも、どうかと思いますけどね」と苦笑い。

そんなとき、よりパワーアップした稲妻がピカッ! 数秒後に音がズズンッ!

それでも起きないガジロー。
大物なのか、ただ鈍いだけなのか。
羨ましいほどの豪胆さを持ったネコだった。

空を見上げると、黒い雲が一面を覆っていた。

そろそろゲリラ豪雨が来そうな気がする。

びしょ濡れにならないうちに、家に帰ろう。

ガジロー君を、よろしく、と言って、私は自転車にまたがった。

女が、「お気をつけて」と手を振ってくれた。

そして、アパートに帰ってすぐ、電話が鳴った。

取ると、横浜元町松雪泰子似の美女からの電話だった。

「お久しぶりです。また急ぎの仕事をお願いしたいんですが。この仕事は、納期が短くて、Mさんしかできない仕事です。ぜひお願いします」



その声を聞きながら、私の頭に、ついさっき見た、大胆に寝そべるネコの姿が思い浮かんだ。



ガジローは、おそらく幸運を運ぶネコ・・・・・だ。






2010/08/22 AM 08:05:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

東京のデザイナー
猛暑。
不快指数を上げる不愉快なクライアント話を再び。

仏頂面が目の前にある。

3年半ぶりに会った得意先の社長の顔を見て、暑さのせいもあったかもしれないが、私は吐き気を催した。
埼玉の得意先は、武蔵野に越す前に、勝手ながら、過去2年間で5万円以下の仕事しか出さなかった会社は、おつきあいをやめさせていただくことにしていた。

そのことを、それぞれの会社に宣言したわけではないが、交通費等諸経費を考えると、それは最高の選択であった、と私は自分の決断を誇らしく思っていた。

そんな油断が、私を奈落の底に突き落とす。

大宮にある企画会社のコバヤシ社長から、電話がかかってきた。
「まとまった仕事を出したいんだがね」
コバヤシ社長は、見事に身についた横柄な口調で、私を魔法にかけようとした。

まとまった仕事?
フリーランスにとって、その言葉は、どんな魔法よりも強い効き目を持ち、心地よさが全身を駆け巡ったが、「だが、待てよ」と、私は思った。

コバヤシ社長からは、この5年間に2回仕事をいただいたが、どれもディスカウントストアで、自転車が一台買える程度の仕事だった。

その人から、「まとまった仕事」と言われても、それは俄かには、信用しがたい。

それに、もう俺の中では、決まりごとを作ってしまっている。
コバヤシ社長の会社は、この2年間、ただの一度も私に仕事を回してくれなかった。

私の中では、ギルティ! である。

申し訳ありません。
いま、仕事が立て込んでおりまして、入る余地がないのですが。

それに対して、コバヤシ社長は、ブレることなく断定するのである。

「こちらが、まとまった仕事を出そうというのだから、どんなことをしても客の言うことを聞くのが、プロというものだろう。入る余地がない、というのは、プロとして怠慢である」

偉そうだ。
横柄だ。
強圧的である。

仏頂面が目に浮かぶ。

めんどくせえな。
断りの言葉を並べるにも労力がいる。
とりあえず、会うだけ会ってみるか。

話を聞いて、気に食わなければ、断ればいい。
私は、高をくくって、大宮まで出かけていった。

久しぶりに、相対してみると、まさに仏頂面。
絵に描いたような仏頂面。

おまえになんか、俺の感情のカケラも見せてやるもんか! と言わんばかりの不機嫌顔である(オザワイチロウ顔とも言う)。

仏頂面からこぼれ落ちる「俺は殿様」然とした、尊いお言葉の数々。

それらを吟味してみると、「まとまった仕事」は、確かにまとまった仕事ではあったが、請負代金は、とてもまとまったものではなかった。
家族で4回サイゼリアでメシを食ったら、見事に消えてしまう額だった。

この金額では、無理ですね。

私がそう言うと、仏頂面は、ほとんど表情を変えることなく、「仕事を貰えるだけでもありがたいと思って欲しい。今は誰もがそんな時期なんだ。誰もが我慢をしている」と私を見つめた。

そんなわかりきったことを言われても、私の心は動かない。

仏頂面でなければ動いたかもしれないが、人を食った仏頂面では、心の中で舌打ちするしかない。

無理ですね。
もう一度、言った。

そうしたら、言われた。

埼玉から夜逃げした人間には、仁義もないのか」と。

埼玉から夜逃げした?
なんだ、その言い草。

本当に怒ったとき、私は冷静になる。
仏頂面の目を真っ直ぐ見て、私は「それは名誉毀損ですね」と言った。

それに対して、仏頂面は、大きく張り出したおでこを前に突き出すようにして、私に向かって「夜逃げした負け犬、と噂になっている」とまた言った。
白目が充血して、今にも血管が切れそうなほど、小林社長の目には、力が入っていた。

その目を見ながら、さらに冷静になった私は、「確かに仁義はきっていなかったな」と、己の所業を振り返った。

ただ自分の都合だけで、武蔵野に引っ越した、と言われたら、返す言葉がない。

だが、ひとに悪し様に言われるほど、私は人の道に外れたことをしたとも思っていない。

それが、夜逃げした負け犬、だと?

ただ引っ越しただけで、夜逃げした負け犬、と言われるのか。

私は、コバヤシ社長と同じような仏頂面になって、両足を180度に開脚して、腕を組んだ。

仏頂面には、「スーパー仏頂面」を。

そして、また言った。

夜逃げというのは、何を根拠に?

そのまま仏頂面で、睨み続けるつもりだった。
だが、またすぐに考え直した。

彼は、仮にも仕事を出そうとしてくれた人なのだ。
それは、一つの好意と受け取っていいのではないだろうか。
その相手に、敵対行為をしかけるのは、それこそ、仁義にもとる。

私は、冷静に反論した。

申し訳ないですが、俺は、安い金額ではもう動かないんですよ。
だって、俺はいま夜逃げした負け犬ではなく、「東京のデザイナー」ですから。

仏頂面のまま、そう告げて、私は席を立った。

そんな私に、「安くたって、仕事は仕事だ」
仏頂面社長は、横を向いたまま、正論を吐き捨てた。

コバヤシ社長の言ったことは、間違っていない。
だが、儲けの出ない仕事は、私を消耗させる。
だから、私は賢い選択をしたと思う。

ただ、もしも恩義ある人から、同じような仕事を相談されたら、私は間違いなく受けただろうと思う。

その違いが、私の心を不安定にする。



帰りの埼京線で、自称・東京のデザイナーは、窓ガラスに映る自分に向かって仏頂面を作ってみた。



それは、歪んでいて、しかも、ブレていた。




2010/08/20 AM 08:27:42 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

サンダルで東京、島根、大阪
吉祥寺をサンダルで歩き回っている、と私が言うと家族からブーイングを浴びる。

みっともない、と言うのだ。

しかし、サンダルのどこが悪い。
100円ショップで買ったサンダルではなく、ドン・キホーテで498円で買ったサンダルだ。
薄茶色の地味なもの。

何の違和感もないと思うのだが(もっと派手なサンダルならいいのか?)。

吉祥寺はオシャレなことで有名な街。
そのきらびやかな街を、短パンと地味なサンダルで歩く(自転車で走り回る)ことは犯罪に等しいと、みんなが口々に言う。


快適なのに。


いいじゃないか。
吉祥寺は、俺の庭なんだから。
自分の庭を短パンとサンダルで歩いて、何がいけない?

どちらにしても、夏はサンダルで移動、というのが私のスタイル。

高校、大学は渋谷だった。
だから、もちろん、そこは私の庭。

授業が終わると、私は靴をサンダルに履き替えて、陸上部のグラウンドまで毎日通っていた。
道玄坂宮益坂金王坂八幡坂も、俺の庭。

今は物騒で喧しいセンター街だって、俺の庭だった。
だから、サンダル。


大学2年の夏。
陸上部の合宿前に2日間空きができたので、私は一人で松江温泉に出かけることにした。

幼い頃から、母親に、宍道湖に沈む夕陽は綺麗なのよ、と聞かされていたからだ。

サンダルで新幹線に乗り、岡山で乗り換え、特急に乗り、サンダルで松江まで行った。
途中、新幹線でも特急でも、車掌が何度も私に乗車券の提示を求めた。

小さなスポーツバッグ一個と、素足にサンダル、短パンの若い男。
何が基準なのかわからなかったが、私は彼らから「怪しいやつ」と思われたようだ。

松江に着いて、温泉旅館を紹介してもらうため、旅行案内所に行った。
係員の目線からは、私がサンダル履きだというのはわからないはずだが、怪しむような目で、何度も「お一人様ですか」と聞かれた。

私の全身から「あやしいオーラ」が、出ていたのかもしれない。

はい、おひとりさまです。
綺麗な夕陽が見える旅館をお願いします。

旅館に着くと、仲居さんが数人出迎えてくれた。
案内所から連絡が行っていたはずだったが、仲居さんは、私のサンダル履きを見ると、その一点に目を集中して「お泊りですか。おひとりさまですか」と何度も聞いてきた。

泊りです。ひとりです。

仲居さんのひとりが、「少々お待ちください」と頭を下げて、一度私の視界から消えた。
そして、番頭さんらしき人を連れてきて、彼に小声で「お一人さまだそうです」と、深刻な表情を作って告げた。

番頭さんの目線も、やはり私のサンダルで止まっていた。
そして、数秒間固まったあとで、「どこからお出でですか」と聞いてきた。

東京です。

それを聞いて、目と目を見交わす仲居さんと番頭さん。

東京から、サンダルで旅行?
しかも、汚いバッグ一つ提げて?

彼らの頭の中を漫画の吹きだしで表現すれば、「大丈夫かしら、このひと」「厄介なことになるのはご免だぞ」という感じかもしれない。

それを見て、ああ、俺、自殺志願者と間違われてるんだな、と思った。

怪しい一人旅、しかもサンダル、イコール自殺志願。
それは、受け入れる側としては、真っ当な解釈だったかもしれない。

断られるか、と覚悟したが、番頭さんが強張った笑みを浮かべて、私を部屋に案内した。

とりあえず、監視の目を強化すれば、大丈夫だろうと判断したのかもしれない。

怪しい男、と思われた場合、一番いいのは何もしないことである。
私は、お世話になります、と言い、余計な要求は何もせず、外出もしないで、部屋から宍道湖を見ることだけに集中した。

何か理由をつけて、入れ替わり立ち代り、誰かが部屋を訪れたが、それに対しても、私は、にこやかに応対した。

宍道湖に沈む夕陽を見ながら、一人で食うには多すぎる量の部屋食をとる間も、仲居さんの誰かが、ひとり必ず私のそばにいた。

夕陽が沈む時間。
「きれいですねえ」と、私が感嘆の声を上げても、仲居さんは、「はあ」と返すだけ。
夕陽どころでは、なかったのかもしれない。

自然の煌びやかで、壮大なショーを見終わった私は、ひとり大きく満足して、「ビールもう一本追加お願いします」と言った。
それに対して、仲居さんは、「え?」という、うろたえた顔で私を見た。

宿代はすでに支払ってあったが、飲み物は、出発の時に清算する。
もしかしたら「踏み倒されたら・・・」という疑念が、仲居さんの頭に浮かんだのかもしれない。
はたして、この怪しい男に、これ以上ビールを与えていいものか・・・・・と。

なんか、気疲れする旅だな。
せっかく、リラックスしようと出かけてきたのに、余計なことにエネルギーを使っている気がする。

サンダルのせいか?
短パンのせいか?

人は、見た目で、その人の内面さえ判断しようとする。
見た目で、その人の価値を計ろうとする。

同じ対価を支払ったとしても、このようなサービス業でさえ、応対に差が出る。
客商売として、それは当たり前のことだと思っても、そんな扱いを受けた側は、いい気はしない。


ただ、短パンとサンダル履きで温泉旅館に泊まるのは、マナー違反である、と言われたら反論の余地はまったくないのだが。


「ああ、じゃあ、いいです」
旅館の中に、缶ビールの自動販売機があるのを思い出した私は、財布をつかみ、部屋を出ようとした。

それを見た仲居さんは、慌てた風情で腰を浮かし、「ど、どちらへ」と、またうろたえた。

答えるのが面倒くさくなった私は、大またで部屋を出た。

その大またの私の後をドタドタと、仲居さんが付いてくる。
「あの・・・どちらへ」

そして、自販機で缶ビールを5本買った私が、仲居さんのほうを振り返ると、仲居さんは、まるでドラマで、下手な俳優が胸をなでおろすように、大きく息を吐いた。

出された料理は、残さず食べるべきだ。
それもマナーである。

私が、料理に舌鼓を打ちながら缶ビールを5本飲む間、仲居さんが何人か顔を出し、番頭さんらしき人も愛想笑いをしながら、やってきた。
そのせいなのか、私には、そのときの料理の味の記憶がない。
ビールの味と仲居さんたちと番頭さんらしき人の顔は、いまだに憶えているが。


そんな不機嫌な思い出で旅を締めくくりたくなかったので、私は帰りに大阪に降り立ち、好物の串カツを食うことにした。

梅田の立ち食い串カツ屋。

油の匂い、ウスターソースの香り。

牛を食い、海老を食い、白身魚を食い、貝を食う。
そして、ビール。

機嫌が直った。

そんなとき、「兄ちゃん、この近所の人じゃないよな?」という声がした。
私の姿を、無遠慮に、上から下まで舐め回すように見る40年輩のあご髭の男。

その視線を浴びて、また不機嫌な感情がぶり返してきた私は、なかば喧嘩腰で「東京」と言った。

すると、あご髭の男は、私の肩を叩いて、「ええな、ええな」と言った。
そして、「サンダル履きで、東京から大阪まで串カツ食べに来たんか」とまた、私の肩を叩いた。

「ええで、ええで」
あご髭の男は、私にピーマンの串カツを一本奢ってくれた。

ピーマンの串カツは、その店のメニューの中では、一番安かったが、それも大阪。

礼を言って、私が店を出ようとすると、あご髭の男にまた「サンダル履きで、東京から大阪。ええで、ええで」と言われた。

しかし、あご髭の男は、その後で、こうも言ったのだ。


「しっかし、冗談としては、たいしたことないなぁ〜」


まったく、信じていなかったのだ。




2010/08/18 AM 08:00:14 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

細〜〜い!
「ほそ〜〜い!」と言われた。

中学3年の娘の友だちが、夏休みなので、泊まりに来ている。
晩メシの支度をしているとき、女子3人から、そう言われた。

「足だけじゃないよ。からだ全体も細くて、カワイソウ!」とも言われた。

夏は、家の中も外も短パンで過ごすことが多い。
私が足をむき出しにしてジョギングしていると、公園ですれ違う子どもから、頼みもしないのに「細い足! 折れそう」などと言われることがある。

そのたびに、「折れるわけねえだろ! バーカ!」と、心の中で毒づく。

それほど、私は華奢に見えるらしいのだ。


そして、昨日、足が細い、という10種類の声。


大学の陸上部時代の仲間と13年前から、体力測定をしている。
ただ、毎年ではつらいので、オリンピックのように4年おきに開催している。
本当なら、昨年する予定でいたが、私の体調が万全ではなかったので、今年に繰り越された。

13年前は参加者が17人、2回目は15人、3回目は13人、そして、今年は11人。
段々と参加者は少なくなっているが、この暑さの中、11人も集まったのは、奇跡だという見方もできる。

当然のように、「この猛暑に体力測定!?」というブーイングが飛び交った。

だが、いつも借りている企業のグラウンドが、今年の秋のスケジュールが完全に埋まっていたという事情を聞いて、全員がおとなしく納得した。
私の知り合いは、聞き分けのいい子ばかりなのだ。

夕方5時のグラウンド。
昼の熱気がこもっていて、蒸気が体のまわりを被うように漂っているから、不快指数は相当なものだ。
わざわざ持ってこなくていいのに、温度計を持ってきたやつが、「まだ32度あるぞ!」と喚くから、みんなのテンションが落ちかけた。

しかし、私が、「測定のあとは、焼肉、ビール!」と叫ぶと、「ヨッシャ!」の声が轟いた。


みんなの「焼肉、ビール!」という、ヤケクソとも思える掛け声で始まった体力測定は、中年男たちの断末魔の叫びで終了した。


死っぬーーーーーーー!


私のまわりでは、大きな腹を上下させて、芝生の上に醜く横たわるデブたちの品評会が開催されていた。

今日が、確実に命日になりそうなやつが、数人いた。

しかし、そんなやつでも、「さあ、焼肉だぁー!」の声で、できの悪いゾンビのように、生き返るのである。

キャンピングカーをグラウンドの隅に横付けして、そこを即席のバーベキュー場にすることは、グラウンドの管理者の了解を得てある。
バーベキューをしたという痕跡を残さないように、という心温まる言いつけを守って、我々は、午後6時半過ぎ、全員がグラウンド整備用のホースで水浴びをしたあと、宴会を始めた。

全員が水を浴びて、ランニングと短パンを水浸しにしていた。

水浸しにすると、その人の体型が、歴然とする。

デブは、より一層デブに見える。
そして、ヤセは、よりヤセに。

デブ10対ヤセ1。

そこで、また「細〜〜い!」の大合唱だ。

それは、まるでブタの群れに、品のいいカカシが、迷い込んだようなものだった。

「品の言いカカシ? 憐れなガイコツだろ?」

まあ、見解の相違は誰にでも、ある。

しかし、測定結果は、私の一人勝ちだった。

前回までの記録は、こちら。

      第1回  第2回  第3回
100M  12秒11  12秒14  12秒96
立幅跳び  2M64  2M66  2M36
走幅跳び  6M52  6M47  5M77
反復横跳び  62回   59回   50回
ソフトボール投げ(ハンドボールがないので)
       51M   51M   40M
5000M走  21分49  21分02  19分45

そして、4回目の今年。

100M  13秒90
立幅跳び  2M63
走幅跳び  5M50
反復横跳び  48回
ソフトボール投げ  41M
5000M走  19分20

5年前の測定では、5千メートル走は、13人中8位だったが、今回は1位。
20分をきったのは、私だけだった。

この結果を見ると、私の体が、短距離向きから長距離向きに変わってきたのがわかる。
今回参加した中で、大学時代、短距離専門は私だけだった。
あとは、全員が長距離専門。

デブの集団には、もう20分を切るのは、無理だろう。

私が勝ち誇った顔をしていたら、みんなに言われた。

「俺たち、別に20分を切ろうなんて思ってないよ。そんなに細くなって、記録だけ伸びても、憐れなだけだ」

まさか、今回、真面目に取り組んだのは、俺だけだった?

勝っても、複雑な気分・・・・・。



バーベキュー。

牛ヒレ肉、豚ブロック、焼き鳥、ホタテ、伊勢海老、トウモロコシ、焼きソバ、焼きおにぎり・・・・・。
さっきまでは、瀕死の状態だったデブたちも、肉を食い、ビールを飲めば、陽気に復活する。

時事ネタから下世話な話題まで、声高に語り、乾杯する。

ひと通り話題が回ったあとで、今回の幹事の「首ナシ」が、私のそばに寄ってきた。
「体は、大丈夫なのか。おまえが痩せたままだから、みんな心配してるんだよ」
話を聞きつけて、「妖怪」もそばにやってきた。
「焼き鳥、持ってきたぞ。あんまり食ってないだろ。ビールばかりじゃ、栄養にならないぞ」
そして、「出っ歯」「鉄道」もやってきた。

「マツは、昔から、痛いとか苦しいとか、俺たちの前では絶対に言わなかったからな。心配なんだよ」
「去年入院した時も、ギリギリまで我慢したんだろ。そろそろ体全体にガタが来る年代だ。つらかったら、弱音を吐け」
「今日、おまえは一人勝ちだったが、結果を見ればわかるだろ。10年前と比べたら、確実に体力は落ちているんだ。無理するな」
「そうだ、力を抜け。そして、太れ」
「太れ、太れ。俺たちの仲間入りをしろ」
「そうだ、そうだ!」

私は、彼らの友情に涙腺を刺激されたのを誤魔化すために、目の前に置かれた焼き鳥、焼きおにぎり、伊勢海老、サンマの皿に、挑みかかった。

「おお! ワイルド!」
「みごとなやけ食い!」
「味を無視した芸術的な丸飲み!」

脳の中の満腹中枢が切れてしまったのではないか、と思うほど、私は貪り食った。

私は、ただただ何かを満たそうと思って食いまくり、食い散らかした。

そして、他の仲間が食おうとしていたフランクフルト3本を横取りして、まとめ食いしようとしたとき、首ナシが、私を羽交い絞めにした。

「わかった! やめろ! もう、いいから!」

気がついたら、出っ歯と妖怪が、私の両足をつかんでいた。

出っ歯と妖怪が、私の足をつかみながら、同時に言う。
「なんて細い足なんだ」

バーベキューの手を止めて、みんなが私たちのほうを見ていた。


仲間を心配するときの目。


嬉しいが、居心地が悪い。

そこで、私はみんなのまわりを回って、「はい、これが細い足ですよ。今だったら、ただで触れますよ。お触りくださ〜い」と、できるだけ軽い調子で言った。

最初は誰もが戸惑いの表情を見せたが、「ぞろ目」が、真っ先に私の足を触り、「おお! これが、名物細い足か」と言った。
すると、みんなが触りだした。

「細いぞぉ」
「おお! これが細足様か! 縁起がいいぞ!」
「細足様ぁ〜」

私の足を拝むポーズをした後で、みんなで胴上げをしてくれた。

夕闇に舞う、憐れなガイコツ。

満たされていなかったものが、埋まった気がした。


胴上げをされながら、思った。

俺は、太った方がいいのか、それとも、このままのほうがいいのか。




The Answer , my friend , is Blowin’ in the wind.
(友よ、答えは、風の中にある)




さて・・・・・、今日も、仕事。





2010/08/16 AM 08:01:52 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

食べるラー油
食べるラー油」というのがブームになる少し前、同業者から沖縄産の「食べるラー油」の瓶詰めを二つ貰った。

「うまいんだよね、これ! 俺はこれだけで、メシ3杯はいけるよ!」

食べてみた。

不味くはなかったが、美味くもなかった。

俺には、メシ3杯どころか1杯も無理だ。
ただの、インパクトのないラー油じゃないか、と思った。

それを食べたヨメは、そのとき「なんか中途半端」と言って、興味を示すことは、しなかった。

だが、それから、ほどなくして食べるラー油が、ブームになった。
スーパーでは、売り切れ続出になるほどだったと言う。

流行。
それは、一人歩きするもの。
そして、他人の意見を、まるで自分の意見のように、誇らしげに言うもの。

「食べるラー油」食べないと、損するわよ。

売り切れ続出の中、近所のスーパーで桃屋の「食べるラー油」を手に入れたヨメは、おにぎりにそれを入れ、「サイコー!」と讃えた。

人間は、他人の舌が、自分の舌に同化することを不思議に思わない人種である。
ひとが「おいしい」と言えば、自分の舌も「おいしさ」を感じる。

「なんか中途半端」と感じた味が、「サイコー!」になるまでの間に、時間的な間隔は、ほとんどないのだが、人の味覚というのは、いとも簡単に変わるものらしい。

同業者から貰った二つのうちの一つは、友人のWEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)に、ささやかなお歳暮としてあげた。
昨年の暮れのことだった。

ビンに張られたパッケージを見て、「なんですか、これ。師匠。ラー油は、食べるものではないでしょう」と、ダルマが鼻の穴を膨らませて言った。
そして、「こんなのC級品でしょ」とも言われた。

まあ、いいから、食べてみろよ。

(ひと口食べて)「やめてくださいよ。なんですかこの中途半端な味は。これは、何のためにあるんですか? 意味わかりませんね」

時は流れて、今年の春。
ダルマの事務所に行くと、銀河高原ビールとともに、桃屋の「食べるラー油」が出された。

「師匠。これ、おつまみにどうでしょう? けっこう、イケますよ」
「クラッカーの上にのせて食べると、また美味で。これもけっこう、イケます」

ついこの間、「中途半端」と言った口が、「けっこう、イケますよ」に変化する、その変わり身の早さに、私は驚嘆する。


そして、ラー油をくれた同業者の事務所。

出窓のど真ん中に、「せんとくん」のぬいぐるみ? が置いてあった。

たしか彼は、せんとくんが、平城遷都1300年祭のキャラクターになったとき、酷評していたと思ったが。

「なんだよ、あのふざけた顔。1300年の威厳も何も感じられないじゃないか! キモイ!

鼻の穴を膨らませたところは、ダルマと同じだった。

私の視線に気づいたのか、照れ笑いを一つして、同業者は言った。
「よく見ると、可愛いもんだよね。もともとぬいぐるみはキモイもんですよ。ミッキーだって、ドラえもんだって、よく見たら、キモイでしょ。せんとくんもキモイから、可愛いんですね」

同業者の「ぬいぐるみキモイがカワイイ説」を、しらけた気持ちで聞きながら事務所を見回すと、本棚にAKB48のメンバーらしき人の写真集が立てかけてあった。

41歳のバツ2デザイナーが、AKB?
まあ、自由ですがね(AKBフアンを敵に回したくないので)。

私の目線が、何か圧迫するような光を放っていたのかもしれない。
同業者が、少し卑屈な物腰で「Mさん、なまドーナツって知ってます? 美味しいですよ。流行みたいです。食べますか」と言った。

それは、ドーナツの形をした揚げていないスイーツらしい。

見た目は可愛らしく、ドーナツの形をしていたが、私には違和感があった。
だから、言った。

揚げてないものをドーナツと言うのは、それは詐欺みたいなものだ!

美女が窓辺で微笑んでいると思って、近づいてみたら、よくできたマネキンだった。
そのときの悔しさは、窓ガラスを叩き割りたいほどだ!

だから、そんなものは、ドーナツとは言わない!

私の予想外の剣幕に、同業者は、クマのプーさんのハンカチで額を拭いながら言う。
「ああ、そうですよねえ。これは、確かに、揚げてないしなあ・・・・・、ドーナツではない、と言われたら・・・・・」

汗が、同業者の額から顎を醜い軌跡を作って、流れていた。



結局、彼が「食べるラー油」を先取りしたのは、ただの偶然だったようだ。




2010/08/14 AM 08:13:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

わたしは、こども
我慢できる人間を「おとな」と言う。

それなら、俺は、大人ではなかった。

テクニカルイラストの達人・イナバには、色々な面でお世話になっている。

今回、彼から、仕事先を紹介された。
ただ、イナバからは「俺も、その人嫌いなんで、Mさんが、その仕事断っても、全然問題ないですよ」と電話で言われた。

自分が嫌いな相手を紹介する?
普通は、そんなことはしないだろう。

だが、イナバが、私に仕事を断りやすい言い方をしてくれた、ということはあり得る。
俺が嫌いなんだから、Mさんも断っていいんですよ、と。
それはイナバらしい優しさなのかもしれない。

まず、相手から電話で仕事の内容を聞くことにした。

38歳。
八百屋のオーナーで、ビルを一棟持ち、ゲームセンターも経営している男。
イナバの奥さんの遠縁に当たる人らしい。

八百屋さん特有の押し出しの強いダミ声で、サカイ氏は、「自叙伝を出したいんだよ」と言った。

失礼な言い方になるが、38歳の若造が自叙伝? なんか、勘違いしていないか、と、それを聞いて私は思った。

しかし、相手はいたって真面目なようだ。
「オレ、成功者だからさ」と、話を繋げるのだ。

成功者、の定義は広いが、自分で宣言すれば「成功者」になることはできるのだろう。
ただ、何となく軽さがつきまとうが。

細かい話を聞いてみると、サカイ氏は、つい7年前までは、両親と一緒に、繁盛していない八百屋を経営していたと言う。
それが、両親が立て続けに亡くなって、自宅裏の土地をサカイ氏が相続することになった。

相続税を払うために、土地を切り売りしなければいけなかったが、それでも、それなりの土地が残って、サカイ氏はコンサルタントの薦めに従ってビルを建てた。

そして、ビルの賃貸料で生計を立てることになった。
八百屋は、両親の生前から、かなり売り上げが落ち込んでいたが、サカイ氏の奥さんに経営を任せることにより、活気ある店に生まれ変わった。

両親の生前に比べると、八百屋の売上額は3倍以上も伸びたという。
それは、間違いなくサカイ氏の奥さんの手腕によるものだろう。
ただ、サカイ氏によると、それは「俺の経営努力だよ」ということになるらしい。

サカイ氏が所有するゲームセンターは、2年前に、繁盛していた店を、そのオーナーが大きな借金の穴埋めをするために、サカイ氏に頼み込んで、相場よりもかなり安い値段で売ったものらしい。
もともと繁盛していた店だから、経営努力は要らない。
ただ、その店の経営権が、以前のオーナーからサカイ氏に移っただけのことである。

そういったことを含めて、サカイ氏は「俺は成功者だから」と言う。

だから、自叙伝を出したい、と。

世の中には、色々な価値観を持った人がいる。

自分が成功者だと思うのだから、サカイ氏は、成功者なのだろう。

うらやましい。

そこで、私は、自叙伝の編集料として、世間の相場の3倍(私の相場では6倍)の見積もりを出して、成功に酔いしれる、サカイ氏の目を覚ますことにした。


だが、酔いしれた人は、その程度のことで酔いを醒ますことはなかった。

「じゃあ、頼むわ。なるべく早く、俺の事務所に来てくれよ」


8月初め。
東京品川大井町

それなりに土地勘はあったつもりだったが、駅前も路地も、20年前とは様変わりしていたので、道に迷った。

その結果、私としては痛恨の出来事だったが、5分の遅刻をしてしまった。

7階建ての雑居ビル。
窓が大きめに作られていて、外から見ると、ガラスに映った青空が気分を爽快にさせてくれる、ビビッドな雰囲気を持った建物だった。

繁盛している八百屋の裏の細長いビルの1階が、サカイ氏の事務所だった。
「後悔の渦」を体の奥底に巻いたまま、サカイ氏の事務所のインターフォンを押した。

2度押したが、何の反応もない。

1時5分。

ガラス窓が、強い夏の光を反射して、目が開けていられないほどだ。
3度、4度、5度、と押したが、何の反応もない。

怒って出かけてしまったのか、と思った。

遅刻はいけない。
遅刻は、失礼に当たる。
まして、はじめて会う客なのである。

事務所に2回電話をし、相手の携帯にも1度電話をしてみたが、出る気配はない。
悔恨を全身に纏わりつかせたまま、私は20分以上、熱射の中で立ち尽くしていた。

このままでは埒が明かないので、表の八百屋さんに、とりあえずご挨拶をしに行こうかと、体を180度回転したとき、「なんだ、おまえ」という声を聞いた。

なんだ、おまえ?

そう聞かれて、すぐに己の素性を言える人間が、何人いるだろうか。

私は武蔵野に住むフリーランスのデザイナーでございます。
本日は、1時の約束でお伺いしたのですが、申し訳ないことに、5分も遅刻をしてしまいました。
ですから、この炎天下、20分間、ドアの前で反省しておったところでございます。

そんなことは、咄嗟には言えない。
だから、「遅れて申し訳ありません。私がお約束したMです」と答えた。

それに対して、サカイ氏は、「ああ、おまえがMか」と、まるで道端に落ちた丸めたティッシュを見るような目で私を見て、口を歪めたのだ。

さらに、「今日の約束だったか?」

初対面。
そして、自分よりはるかに年上に見える相手に向かって、「おまえ」と言い、しかも私の名を呼び捨て、である。
その上、約束を忘れていたって?

そんなやつは、成功者とは言えない。

だから、私は、言った。


おまえに、自叙伝を出す資格は、ない!


捨て台詞。
そして、そのまま立ち去る俺。



我慢のできない大人は、「こども」と一緒である。


だから、私は、こどもだ。




2010/08/12 AM 07:52:40 | Comment(6) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

都立高校受験事情
中学3年の娘が、来年高校を受験する。

息子の高校受験のときは、戸惑った。
埼玉県では、子どもの受験に、わざわざ親が出て行って「私は教育熱心です」というアピールをしなければいけなかったからだ(私立高校の場合)。
私は、何度も息子を行かせたい高校に足を運んで、入学相談をした。

入学するのは子どもなのだから、親は後ろに隠れていればいい。
親は、入学金と授業料を払うだけでいい、と思っていた私は、その習慣に最後まで馴染めなかった。

では、東京の私立高校はどうなのだろうか。
ネットで調べてみようとしたら、「無駄なことをするな」と娘に言われた。

今のところ、私立高校を受けるつもりはないらしい(公立は授業料がタダというありがたい制度を、親孝行の娘はたいへん喜んでいる)。

7月末に行われた三者面談では、希望の都立高校は、推薦でも一般入試でも入れるだろう、というお墨付きをいただいた。
しかし、担任は「合格の確率は高いですが、油断はしないように。これは、あくまでも今の時点での話ですから」と釘を刺すことも忘れなかった。

油断しないで、今の状態を維持、できれば夏休み中に苦手科目を克服、と担任は言った。
それを受けて、ヨメは「夏休みは弱点克服!」と力んだ。
社会科を苦手としている娘に、社会科を他の科目と同レベルまで引き上げるよう厳命したのである。

では、私は、と言えば・・・・・・、

まあ・・・・・、テキトーに、としか言わない。

自分が、親から「勉強しろ」と言われたことがなかったからだ。
自分が言われていないものを、子どもに言うことはできない。

私の祖母も母親も教育者だった。
教えることを職業にしていた。

しかし、彼女たちは、自分の孫、息子には何も教えなかった。
ただ、祖母からは、一度だけ、小学校入学前に言われたことがある。

「おまえは、頭が悪いんだから、先生の言うことをよく聞くんだよ。そうすれば、わかるようになるから」

私は、それを実践した。
教師の言うことを、「ゼッタイに逃すまい」と聞いて、頭の悪さをカバーした。

それに対して、母親は、私に何も言わなかった。
そのことで、私はむかし、母親に尋ねたことがある。
なぜ、「勉強しろと言わなかったのか」と。

「だって、あなたは人から命令されるの嫌いでしょ」

当たり前のことだが、彼女は、私の性格をよく知る人だった。



高校受験は人生の岐路である。
これからの進路の大部分が、それで決まってしまうかもしれない。
だから、テキトーでは済まされない。

そんな考え方のひとは多い。
それに対して、ひとの人生、どんなときでも修正はきく、を座右の銘にしている私は、それは力の入れどころが違うのではないか、という違和感を持っている。

あるいは、ここで精一杯頑張って、自分の限界と可能性を知っておいたほうがいい、と言う人もいる。
だが、若い人は、可能性にあふれているものだ。
その可能性を受験の合否だけで判断して、無理に現時点で自分の限界を知ることはないのではないかと、私は思うのである。

よく言われるが、受験は、頭の良し悪しではなく、テクニックだ。
高い点数を取るためのテクニック。

塾などでは、それを上手に教える。
熱血先生が、自分をまるで漫画の主人公に擬したように、頭に鉢巻を締め「学力アップ」を叫ぶ。
では、そのテクニックを得たとして、それが人生に役立つかと言えば、それには疑問符がつく。

教育界、という狭い世界で生きてきた人間がつくる問題を上手に解いたからといって、ひとは人生を生きるテクニックを得るわけではない。
せいぜい、受験というゲームの中で、高得点を取るテクニックが身につくだけだ。

それは、ゲームで「経験値が上がる」のと同程度のことでしかない、と私は思っている。

超一流高校に入れば、明るい未来が待っている。

それは、本当かもしれないし、幻想の場合もある。
超一流高校に入った人が、東大に入れる確率は高くなるとしても、それは東大に入りたい人の入口でしかない。

人が持つ、可能性への道の一部分でしかない。

幻想を死ぬまで持ち続けたい人は、受験を頑張ればいい。
しかし、幻想の意味を他に求め、幻想で凝り固まった人から「人生の負け犬」と蔑まれても平気な人は、自分が頑張れる場所を自分で見つけるべきだ。

ただ、こんなことを私が言うと、ヨメなどは「最初から、そんな逃げ道を用意していたら、意欲がなくなるわよ。それこそ可能性の芽を摘むようなものだわ」と怒る。

いや、逃げ道は必要だろう、と私は思う。
人の行く道は、その生を終わるときは、一本に見えるかもしれないが、数多くの節目があって、彼らはそれを「自分で選んだ」のだ。

その選ぶテクニックこそ、人には重要で、それは受験で身につくものではない。
「逃げ道」だと思った道が、実は、正解だったということもある。

彼らが、いくつかに分岐した道を、節目節目で、どのように選ぶか。

それが一番重要なことだと私は思っているが、受験は、それを教えてくれない。

たとえば、極端な話だが、これからの人生で決して使うことのない漢文の優劣で、彼らは「人の優劣」を決められることもある。

「レ点」ひとつ見逃しただけで、分かれる人の道。

「だから、それこそが不注意!」
「受験で不注意を犯せば、不注意を繰り返す人間になるんですよ!」

教育界や受験産業に身を置く人は、それがメシの種だから、それを強調するだろうが、私は受験の不注意は、ただの受験の不注意に過ぎないと思っている。

結果論が支配する世界では、「逃げ道」は邪道の謗(そし)りを受けるだろう。
最初から逃げ道を用意していたから、受験戦争に負けたんだ・・・・・と。

だが、ある人種にとっては、受験さえも「逃げ道」である。
受験でしか自己を表現できない人もいる。

要するに、どちらにしても「逃げ道」なのだ。

それは、自分でも乱暴な意見だと思う。

ただ、それでも、逃げ道は、あってもいいのではないか、と私は思うのだ。
逃げ道を、「正」にするか「負」にするか、それを選ぶテクニックこそ、人は身につけるべきだ。

それは、ある人は、受験で身につけられるかもしれないが、ある人は別の方法で身につけることができるものだ。
つまり、受験は、「ごく一部の方法」でしかない。

それが、私の「逃げ道理論」だ(支離滅裂)。


社会科の苦手な娘に、私は言う。

社会科は、できたほうがいいよなぁ〜。
だから、とりあえず、苦手だという意識をなくすだけでも、いいかもなぁ〜。
ただ、君の場合、社会科の平均点は立派に超えてるんだから、俺は別に、いいとおもうんだけどなぁ〜。

4年ぶりにアイスバーを食ったから、腹が痛いなぁ〜(どうでもいい?)




先日、はじめてのクライアントと打ち合わせをするために、大井町まで行ったのだが、駅を下りてから迷ってしまい、約束の時間に5分遅刻をしてしまった。

そのことを子どもたちに言うと、「方向音痴! アホ! バカ!」と罵られた。


それにたいして私は、

ああ! バカだもん!! 偏差値72のバカだもん!


このバカオヤジ、ムカツク!


よけい、ブーイングを浴びた(この話も、どうでもいい?)。




2010/08/10 AM 07:45:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

ふたつの「お」
「会って話がしたいんです」と、男から気持ち悪いことを言われた。

以前いただいた自費出版の仕事は、9割がた終わった。
ただ、執筆者が長い夏休みを取っているので、あと2週間は、この仕事が進展することはない。

だから、「ハァー?!」と、露骨に嫌な声を出した。
しかし、先日なぜか仕事を出す側なのに、私にお中元として一番搾りを贈ってくれた人格者・フクシマさんへの恩は、決して忘れるべきではない。

そこで、「会わなくても、電話で済ませられないんですか。オレ、すごーく忙しくて」と、私は、たいへん誠意のある応対をした。
それに対して、フクシマさんは、すがりつくような必死さで、「ぜひ、そちらに伺ってお話がしたい」と言い、「実は、吉祥寺まで、もう来ているんです」と、驚愕の事実を告げた。

気配りのフクシマさんにしては、かなり強引な手順である。

しかし、なぜ、そんなに急ぐのですか?

「二つの『お』が、発生しまして。そのご報告に」

意味のわからないやつだ。

二つの「お」?


おさかのばちゃん。
ットセイがカリナを吹く。
バケのんがえし。
となしいざわいちろう。


「いや、とにかく、ご報告を!」

ところで、吉祥寺で、何人の夏美人を見つけましたか?

「20人以上」

下心あるタレ目で、全身を舐めまわすように見られる女性が可哀想だ。
早く吉祥寺から、この変態男を駆逐しなければ。

では、31分後に、サイゼリアで。


午後4時17分にサイゼリアに行ったら、もうフクシマさんと麻生久美子似の事務員が窓際の席に座っていた。

今日も暑いですね。
今日も車ですか。
遠いところをご苦労さまです。
一番搾りありがとうございます。
生ビールをお願いします。
それで、話は、何ですか?
手短にお願いします。

忙しいことを強調して、15秒で挨拶を済ませ、本題に入った。

すると、フクシマさんがタレ目を細め、気持ち悪い照れ笑いを浮かべながら「二つの『お』が」と、また、わけがわからない暗号を言いそうになった。
しかし、美しくて賢い麻生久美子似が、それを遮り、「結婚と妊娠です」と、名刀で藁を断ち切るように言った。

結婚と妊娠?

ふたつとも、「お」が付いていないが・・・・・。

お結婚とお妊娠?
これは、日本語的にどうなのだろう?

まさか、フクシマさんが結婚? そして、妊娠?

フクシマさんは、結婚していたはずだ。子どもも、いたはずである。
まさか、いつの間にか奥さんと別れて、また結婚し、あろうことか、妊娠までしたと言うのか?
男の癖に! 子どもを産むのか?

何という非常識。

私は怒りに任せて、ジョッキを一気飲みし、お代わりを頼んだ。
怒りは空腹感を刺激するらしく、ピザ・マルゲリータも追加注文した。

私は2杯目のジョッキを待つ間、フクシマさんのタレ目を睨み付けていた。
フクシマさんは、そんな私の憎悪の視線を避けるようにして、トイレに立った。

麻生久美子似と目を見交わす。
その美しい目を見て、私の憎悪は簡単に消えた。

その目を見て、私は思った。
まさか、この人が、結婚そして妊娠?

できちゃった結婚?

私の心を見透かしたように、麻生久美子似が、目を伏せがちに言う。
「半分は、当たってます」

美女の勘は、鋭い。

麻生久美子似が「話は簡単なほうがいいので、簡単に説明します」と、背筋を伸ばし毅然として言った。

「結婚するのは私。お子さんができたのは、フクシマさんです」

つまり、ふたつの「お」。
ふたつの「おめでた」。

回りくどい!

しかし、惚れ惚れするような男前の説明ではないか。
フクシマさんだったら、3時間かけてダラダラと語る話を、たった2分で、麻生久美子似は処理したのだ。

麻生久美子似が結婚するのは、1歳年下の幼なじみ。
9月に籍を入れるが、結婚式はしない。新婚旅行も行かない。
そして、会社も辞めない。

フクシマさんの奥さんは、いま妊娠3ヶ月目だという。
それを知っているのは、会社では麻生久美子似だけで、同僚にも言っていないらしい。

「だって、Mさんへの報告が最優先でしょ」

義理堅いのか、バカなのか・・・・・。
まあ、悪い気はしないが。

トイレから戻ってきたフクシマさんを、私は不自然なほどの優しい笑みを作って迎え、そして言った。

そう言えば、お子さんも、もう1才3ヶ月ですか。
フクシマさんのお子さんが産まれたとき、私はちょうど体調を崩して入院中でした。
自分のことで精一杯だったので、お祝いが遅れてしまったことをお詫びいたします。

1才3ヶ月は、可愛い盛りですよね。
子育ても、一番楽しい時期です。
歩き始めて、わけのわからない言葉を言って、親を喜ばせて。

子どもは、宝ですよ。

こんな可愛い盛りのお子さんをお持ちなんだから、二人目を持とうなんて、まだ思いませんよね?

まだお子さんが1才なんですから、それで精一杯ですよね。
まさか、二人目なんて。
ねえ、フクシマさん、そう思いますよね?

まさか、二人目なんて・・・・・そんな・・・ねえ。

フクシマさんのタレ目が、垂直に垂れ下がる。
そして、目をパチパチと瞬かせながら、隣の麻生久美子似に助けを求めるが、声は出ない。
口を半開きにしたまま、捨てられた子犬のような憐れな目で、麻生久美子似を見るだけ。

そんなフクシマさんに、私は8GBのSDカードをプレゼントした。
ビデオで、これからも家族の姿を保存できるように。

そして、麻生久美子似には、イトーヨーカ堂の商品券を渡した。
彼女の生活圏内に、イトーヨーカ堂があるということを聞いていたからだ。

二人に「なんで?」と聞かれた。

なぜ、「二つの『お』」だけで、それがわかったのか・・・・・と。

アリマさんからは、特定の人がいるようなオーラを感じた。結婚が近いのではないか、と。
そして、フクシマさんは、無計画な男である。欲望が抑えきれないガキみたいなやつだ。だから、何があってもおかしくはない。


つまり、「二つの『お』」は、「めでたいバカさん」のことだ!


二人が、私のことを複雑な目で見ていたが、それが尊敬なのか嘲笑なのかは、「おめでたいおバカ」の私には、判断できなかった。




2010/08/08 AM 08:17:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

一列横隊とマイナスオーラの関係
猛暑、お見舞い申し上げます。


猛暑とは関係ないが、なぜ、オバさんは、一列横隊で歩くのか?
今回の長いグダグダ話のテーマは、それです。

火曜の昼、神田の得意先に行くため、武蔵境駅までの道を自転車で向かっているときだった。
2メートル幅の歩道を40代と思われる3人の女性が、道を塞ぐようにして歩いていた。
お喋りをしているから、後ろから自転車が来るなど、想像もしていないようだ。

こういうときは、ベルを鳴らせばいいのだろうが、私は一度も自転車のベルを鳴らしたことがない。
自分が歩道を歩くときは、気を遣って隅を歩く。
だが、そんなに気を遣っているにもかかわらず、いかにも「どけどけ」というかたちで、私にベルを鳴らす人がいる。
そんなとき、私は、相手に得意の右フックをお見舞いしたくなることがある。

つまり、自分が嫌なものは、他人も嫌だろうと思うから、私はベルを鳴らさないのである。

だから、3人の後ろ姿に「すみません」と声をかけた。

しかし、お喋りに夢中のオバさんには、聞こえなかったようだ。
そこで、私は最初より11倍大きな声で、「すみません! 通ります!」と言った。
二回目は、聞こえたようである。
二人が、軽く振り返って、道をあけてくれた。

私が、10メートルほど通り過ぎると、「通りますなんて言わないで、ベルを鳴らせばいいのにねえ」という声が聞こえた。
しかし、ベルを鳴らしたら鳴らしたで、「うるさいわねえ」と言われるのではないだろうか。
考えすぎか。

そして、得意先との打ち合わせを終えて、神田駅に歩いていく途中、やはり歩道を横一列に占拠する60代のオバさんが3人いた。
丸く膨らんだ、でっかいケツを揺らしながら、「懐石料理、美味しかったわねえ」と、たいへん賑やかである。
3人は、時速2キロで歩いているから、時速6キロで歩く私の歩調とは、まったく合わない。

私は、3人の間を「すみませんねえ!」と、かき分けて通り過ぎた。

亭主の稼ぎで、昼日中から懐石料理なんか食ってるから太るんだよ、という敵意を胸で大きく膨らましながら、駅を目指した。

帰りはまた、武蔵境から自転車。

しかし、今度もまた、一列横隊の4人組。
歳は20〜30代前半か。オバサンと言ったら、失礼な年代だ。

おそらく、ウォーキングの途中なのだろう。
3人がサンバイザー、一人が黒の山高帽をかぶっていた。
そして、全員が、日焼け防止のために、長い白の手袋をしていた。

今回は、4メートルくらいの道幅だから、4人が一列横隊で歩いても、普通は通り抜けられる。
だが、4人は、ひとり一人の間隔を大きく取って、横に広がって歩いているから、結局道を塞ぐ格好になっていた。

なぜ、後ろから人が来る、という想像力が働かないのだろう。
さらに、信じられないことだが、そのうちの一人は、道端に置いてあった自転車を倒しても、知らんぷりなのだ。
こういう人に限って、「今どきの若い者は」などというのだろうな、と心の中で悪態をついた。

また、「ごめんなさい」を言わなければいけないのか。

うんざりしていたとき、iPhoneが震えた。
WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)からだった。

ちょうど、近くに小さな公園があったので、私は、そこに緊急避難をして、自転車を止め、電話をオンにした。

いきなり耳に入ってきた「師匠ォ、データが消えました! 助けてください!」という、ダルマの情けない声。

ダルマは、一流WEBデザイナーだが、機械には疎い。
パソコンの一部しか使用せず、ソフトも一部しか把握していない。
しかし、それでも彼は、一流なのである。

俺は、ほとんど把握してるのに、センスが・・・・・(ここでマイナスオーラ発散)。

詳しく症状を聞いてみると、デスクトップに、ハードディスクLANのアイコンは出るが、アイコンをダブルクリックしても、中が空なのだという。
私のハードディスクLANで、そういう症状が出たことはないが、おそらく原因はあれだろう。

私は、ダルマにハードディスクLANの一番新しいファームウェアを、メーカーのサイトからダウンロードするように言った。

「了解しました」

ダウンロードする間、時間があくので、ダルマに今日あったことを話した。
一列横隊のオバさん軍団のことである。

しかし、ダルマはアッサリと言うのだ。
「俺、一度もそんな場面に出くわしたことないですよ。師匠が特別じゃないですか。たまたま遭遇してるだけですよ」

そうなのか。
俺は、やはり運が悪い男なのか。

「師匠、ダウンロードとインストール終わりましたが、再起動した方がいいですか?」

ああ、俺の人生も再起動したいな(マイナスオーラ発散)。
いや、リセットしたほうがいいかもしれない(マイナスオーラ発散)。

・・・・・・・・・・ウザそうな沈黙。

「ああ、師匠、アイコンの中にデータが出てきました。ありがとうございました!」

ああ、それは、よかったね。
君には、復活できる人生があったんだね。
俺には・・・・・・ない(究極のマイナスオーラ発散)。

そんな私に、ダルマは追い討ちをかけるように言うのである。
「よく考えてみたら、俺が師匠みたいな経験をしない理由が、わかりましたよ。俺、どこ行くのにも(フォード)ステーションワゴンですから。師匠みたいに、自転車乗ったり、歩いたりしないからですよ。だから、そんなこと言われても、俺、わかりませんから」

そうだよねえ、確かに、ダルマの言うとおりだな。
私は、歩道がいつもお友だちだから、歩道にしか目がいかない。
要するに、経験値の違いなのだ。

タカダ君は、いいなあ。
オバさんの一列横隊を見ない人生が、うらやましいよ。

ステーションワゴンの助手席に、若くて可愛い奥さんを乗せる人生も・・・・・、ハァー(ウザイほどのマイナスオーラ発散)。

「師匠、俺、忙しいんで、切りますよ」

切られた。

ついでに、iPhoneの充電も、タイミングよく(悪く)切れた。

もう、マイナスオーラも・・・・・・出ない。



2010/08/06 AM 08:14:41 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

応接室で打ち上げ花火
神経質なクライアント。

神田の得意先の担当者は、以前はテキトーな人だった。
だから、私と話が合った。

担当者のヨシダさんは、ビニール傘を3本持っていた。
しかし、そのすべてが所々穴の開いたものだった。

「置き傘は、こんなのでもいいんですよ。短い時間だけ雨が凌げればいいんです。それが置き傘ってもんでしょ」

その考え方は、私とほぼ同じだった。

だから、意気投合した。

ヨシダさんの小銭入れは、穴が空いていた。
100円玉だと、その穴からこぼれませんか、と聞いたら、「穴が開いているから、余計気をつけるんですよ。だから絶対にこぼれない」と断言した。

それも私の考えに、かなり近い。
そして、「ジャイアンツファン? あれは過剰報道の催眠誘導ですよ。だから報道の魔力が消えると人気がなくなったでしょ」というご意見を聞いて、私はヨシダさんと強く握手を交わした。

その意気投合したヨシダさんが、7月1日をもって、親会社に引き抜かれた。

代わりに担当になったのが、A氏。
歳は25歳前後に見えるが、「歳ですか? 歳と仕事は関係ないでしょう」と、目を神経質そうにパチパチとさせて、さらに鼻の穴を膨らませ、取り付く島を与えない。

「言っておきますが、僕は無駄話が嫌いなんで、仕事の段取りだけしか喋りません。とにかく、僕が言いたいことはただ一つ。納期厳守。だから、打ち合わせ時間も守っていただきます。余計な話はしません。打ち合わせは30分程度で終了。いいですね」

実を言うと、本当は、もっときついことを言われた。
前任者の仕事にもケチをつけていた。

この若造! 喧嘩売ってるのか!

そう思ったが、ヨシダさんと懸命に育んだ仕事の芽を摘みたくないので、私は奥歯を噛みしめながら我慢をした。

一回目の打ち合わせは、26分で無事終わった。
相手の言うことが理路整然としているし、渡された資料も、文句のつけようがないくらい整理されていたので、資料を見ながら「こやつ、できるな」と感心したものである。

背中に木の棒を背負ったかのように、真っ直ぐに伸びた姿勢も、無駄に全身に力が入ってはいたが、悪い気はしなかった。

だが、二回目の昨日。

約束時間の午後2時。
その13分前に応接室に案内された私を睨むように見たA氏は、言葉を投げ出すように、不快感を隠そうともせずに言った。

「早すぎますね。まだ、僕は資料を揃えていません。2時5分前に資料を揃える予定で、今日のスケジュールを組んでいます。こんなに早く来られても、困りますね」(こんな杓子定規な人が本当にいるとは思わなかった)

時間厳守、とは言っても、2時きっかりに行くという約束を交わしたつもりはない。
約束の時間に遅れたなら、文句を言われても仕方ないと思うが、10分程度早く来て、睨まれる筋合いはない。

2時5分前に資料を揃えるというA氏のタイムスケジュールを、私は知らないのだ。

それは、言いがかりではないのか?

と・・・・・・、怒っても仕方がない。
そこは、相手のルールを精一杯尊重するのが、請け負う側のマナーというものだ。

失礼いたしました。
では、5分後にもう一度伺わせていただきます。

私がそう言ったとき、相手が小さく舌打ちするのを、私の左耳が捉えた(右耳が聞こえないので)。

約束時間に少し早く来ただけで、舌打ちされちゃったよ。

今日はバッグにダイナマイトを忍ばせてこなかったことを、私は強く後悔した。
あるいは、昨日ドン・キホーテで買った花火のセットを持ってきてもよかったな。
狭い応接室で上げる、打ち上げ花火は、どんな美しい花を咲かせるだろうか。

そんなことを思いながら、一度会社から出て、再び2時5分前に、会社のドアを開け、受付嬢に頭を下げた。
受付嬢は、まるで家なき人を見るような怯えと憐れみを私に注いでから、A氏に取り次いでくれた。

応接室では、A氏が、私が座るべき場所に資料を並べ、「ご苦労さまです」と、何ごともなかったような顔で、私に頭を下げた。
ただ、それは私がそれを好意的に見た場合の話で、他の人からは、頭を下げているようには見えなかったかもしれない。

しかし、それは気持ちの問題である。
私だけが、そう見えればいいのだ。

彼は、間違いなく、頭を下げた。
それで、いい。

打ち合わせは、20分弱で終わった。
彼の説明は、的確に段階をふんで、実にわかりやすかった。

おぬし! できるな!

説明を聞きながら、彼が荒れた中学の担任になったら、その能力を遺憾なく発揮するであろうと、私は確信した。
ボコボコにされる可能性も、わずか99パーセントほど、あるかもしれないが・・・・・。

3年A組、ケッペキ先生。

打ち合わせの終わりに、飲み物が運ばれていないことに気づいたケッペキ先生は、「飲み物もお出ししないで!」と歯軋りしながら、部屋を出ていった。
その顔は、怒りで朱に染まっており、まるで熟れそこなった柿が、熟れずに腐っていくことに焦って、本来なら出るはずのないエチレンガスを懸命に出そうとしているように見えた(わかりづらい?)。

3分後、蒼白になった受付嬢が、お盆にアイスコーヒーを2つ乗せて、持ってきた。
お盆が、可哀想なくらい震えていた(よほど理路整然と怒られたに違いない)。

A氏が、私にアイスコーヒーのカップを渡しながら言った。
「あまり時間がないので、これを飲んでお帰りください」

確かに、時刻は午後2時27分。
打ち合わせは、30分の約束だから、あと3分しかない。

A氏は、私を急かすように、立ったまま腰に手を当てて、コーヒーを一気飲みした。
それは、ゴクゴク、という音が聞こえるほど、爽快な飲みっぷりだった。

だが、俺は・・・・・・・・・、

A氏と同じように、自分のルールは、曲げたくない。
だから、言った。

私は、コーヒーは、ホットしか飲まない主義なんですよ。

それを聞いた受付嬢の顔。そして、A氏。
二人とも、異国の言葉を聞いたような顔をしていた。

部屋の温度が、一気に255度ほど、下がった気がした。

そして、私はA氏に、まるで鼻つまみ者の不良少年を見るような顔で、舌打ち交じりに言われたのだ。


「神経質なんですね」




次に行く時は、絶対に打ち上げ花火を持っていこうと思う。




2010/08/04 AM 08:25:07 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

自分を褒める
昨日は、朝から具合が悪かった。

前日に徹夜をした。
ドラッグストアのチラシが2点あったので、身体を休ませるわけにはいかなかったからだ。

その結果、無理をした。
それが、いけなかったのかもしれない。

ドラッグストアのチラシ表裏4ページを仕上げて、朝PDFにしてクライアントに、メールで送った。
この会社のレスポンスはいつも早いので、朝一番で送ると、10時過ぎには、校正が戻ってくる。

校正が戻ってくるまでの1時間ほどが、私の睡眠時間だ。
午前10時2分、校正が戻ってきた。

夢遊病者のように起きだして、校正を見返している間、頭の後ろに鈍い痛みがあった。
寝不足特有の身体のダルさもある。

パソコンの画面が、安い3Dのように所々いびつになって、私の指先も、初心者の社交ダンスのように動きがぎこちなかった。

ドラッグストアのチラシは、データを印刷会社に渡す期限が決まっている。
校了が、午後の4時。

本当は、もっと余裕があるはずだが、印刷会社のオペレータが無駄な残業をしない主義なので、フィルム出しの時間を逆算すると、午後4時がリミットになるのだ。

フィルムのいらない「CTP」にしましょうよ、と社長に言っても、社長は聞こえないふり。

俺は、客だぞ!
お客様は、神様じゃなかったのかよ!

ユーザの切実な声を取り上げるのが、有能な経営者というものではないのか。

しかし・・・・・・・・・・、
どんなに忙しくても毎日午後6時には帰る社長とオペレータに、そんなことを言っても、それはネコに九九を教えるようなものか。

6時に帰るんだニャン!
ニャニャンが「死!」

もし睡眠不足で死んだら、おまえら二人に、真っ先にとり憑いてやる。

指先に痺れる感覚がある。
目を開けていられない。
それは、眠いという感覚とは違って、瞼を動かす筋肉が正常に動作していないという機能不全の状態に近い。


そんなとき、脈絡もなく、「ボランティアの人は、偉いな」という尊敬の念が、頭の真ん中に浮かび上がった。


彼らは、無償の愛を人に注いで、見返りを期待せずに、崇高な行為を全うし続ける。


そんなこと、俺にはできない。

だって、誰にも認めてもらえないなんて、俺はイヤだ!


武蔵野に越してきて、ほぼ4ヶ月。
私はあるご老人に、毎日朝と夜の弁当を作り続けている。
昼は、ヘルパーさんが来てくれるので、昼メシに関しては、私に負担がない。

ただ、4ヶ月間、一日も休まずに、糖尿病食を作り続ける負担は、少なからずある。

負担がある。

それを大声で言ってしまえば、それは真っ直ぐに周りに伝わるのだろうが、私はそれができない人間である。
子どもの頃から、39度の熱があっても、平気な顔をして学校に行った変わり者なのだ。

そして、「おまえ、熱があるんじゃねえの! 顔が赤いぞ」と言われても、「うるせえよ! 朝トマト食ったから赤いんだよ!」と意地を張った俺なのだ。

人に弱みを見せるのが嫌だから、とことん意地を張る。
足を怪我していても、痛い素振りなどは見せない。

この世に、悩み事なんかない、という顔をして、毎日を過ごしている。


だが、白状するが・・・・・、俺の人生、つらいことばっかりなんですよ・・・・・・・・。


引越し費用のことで思い悩んだときは、水深10センチの見沼田んぼに飛び込んで、死のうと思ったこともあった。

前輪のブレーキが完全に機能しなくなった自転車に乗って、北海道まで逃げ、クマと格闘しようと思ったこともあった。

ゴミ捨て場に放置されていたギターを抱えて、大宮駅前の歩道橋の上に立ち、自作のロックを奏でて、施しを得ようと思ったこともあった。


そんな俺だから、
「いやあ、弁当作りがたいへんでさぁ、心が折れそうなんだよね。まわりは、俺が毎日楽しく弁当を作っていると思っているから、誰も俺のことなんか心配してくれないし、その出費がどれほど家計を圧迫しているかも想像できないみたいなんだよ。大好きなクリアアサヒを買うのを我慢して、友だちにビールをたかるんだけど、そのとき、俺の心がどんなに痛んでいるかも、誰もわかってくれないんだ。俺は、120日間、一日も休まずに、あるご老人のために弁当を作り続けているんだぜ。疲れないわけがないだろう! 俺は、ボランティアじゃないんだから!」

・・・・・なんてことは、死んでも言えない。


しかも、徹夜。

午後4時、無事校了になって、印刷会社にデータを送ったあと、私は自転車に乗って、武蔵境駅前のイトーヨーカ堂に行った。
そして、そこのフードコートの椅子に座って、目をつぶった(家で寝ていると、心配されるので)。

すぐに眠った。

寝ているとき、体中から汗が出ているかもしれない、という感覚があった。
しかし、眠かったので、寝ることに集中した。

身体に、地の底に沈みこむような感覚が絶えずあったが、眠気の方が強かった。

目が覚めたのが、午後6時20分。
全身が、汗にまみれていた。
タオルを持っていたので、周りの人に気づかれないように、こっそりと全身の汗を拭った。
さすがに、パンツの中までは拭けなかったので、パンツだけが気持ち悪かった。

パンツ、気持ち悪い、パンツ、キモチワルイ、という呪文を唱えていたとき、突然、ご老人の晩メシと明日の朝メシのことを思い出した。

6時までに届けないと、うるさいことになるぞ。
いや、そもそも、俺、弁当作ったっけ?

慌てて、iPhoneを取り出し、ヨメに電話をする。

「ああ、冷蔵庫に置いてあったから、それを届けてきたわよ」

そう言えば、仕事の校了原稿と格闘しながら弁当を作ったことを薄い記憶の中で、思い出した。

あんなに忙しくても、弁当作りだけは忘れなかったなんて、何て俺はエライんだ!

誰も、褒めてくれないから、自分で褒める。



俺は、エライ、俺は、エライ。




2010/08/02 AM 08:26:24 | Comment(2) | TrackBack(16) | [日記]



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