|
|
● 断片化したひと |
|
一週間前の夜、断片化の解消をしていた。
有名なディスクツールで、ハードディスクの健康診断。 しかし、最適化したら、一部分のデータが消える現象が起きた。
一番新しく作った2つのフォルダが、綺麗に消えていたのだ。 重要なデータだ。 そこには、桶川の得意先の最新データとドラッグストアのチラシの最新データが、入っていた。
だが、私は、その程度のことでは慌てない。
ハードディスクLANに、メインマシンのデータとまったく同じデータを、バックアップしているからだ。 新しいデータを保存するたびに、バックアップソフトを使って、データをコピーしておく。 だから、たとえメインで不具合があっても、もう一つのデータは確実に生きているから、何の問題もない。
これを、危機管理という(偉そうに)。
そもそも、ディスクツールを使って、断片化を解消しようというのは、危険を伴う行為である。 できれば、それは止めるべきだというのは、自分でもわかっている。 しかし、マシンの体感速度が遅くなると、ついやってしまう。 まあ、麻薬のようなものか。
断片化、で思い出したことがある。
独立当初は、仕事がなくて、食っていくのが大変だった。 得意先が3つしかなかったので、大きな仕事が入ったときは食えたが、小さな仕事のときは、食えなかった。 だから、ある印刷会社で、日給月給(純然たる日給月給制ではなく、単純に日給×労働日数)で働かせてもらうことにした。
自分の仕事と印刷会社の仕事が重なったら、睡眠時間がゼロになることが頻繁にあったが、天井のある家と温かい食い物を家族に食わせるためだったら、いくらでも我慢できた。
その会社には、私と歳の近いセンムという役職の男がいた。 彼は、社長の息子である。 社長は、ほとんど会社に顔を出さなかったから、そのセンムが、会社の実権を握っていたと言っていい。
だが、実権を握った人間が有能だったなら、会社の未来は明るいのだが、経営ダメ、営業ダメ、統率能力ダメでは、未来はダメダメになってしまう。
パソコンを買って、ソフトを買って、それで満足。 私が、「ソフトのバージョンアップをしたいのですが」とお伺いを立てると、「何? バージョンアップって」と、くすんだガラス玉のような目で、私を見る。
私が懸命に説明しても、顔についたガラス玉は、まったく何を映すでもなく、自分だけの世界に引きこもって、ひとの言葉をただ滑り落とすだけ。
会社のスキャナを指さして、「このフラットベッドスキャナは使えません」と言ったら、「フランスベッド?」と聞かれた。 冗談で言っているのではないのだ。 「ダイナフォントの書体が欲しい」と言ったら、「ダイアナ本? どうしてですか?」と言われた。 もちろん、冗談で言っているわけではない。
つまり、説明しても、それを消化する能力がない。
自分が使っているものと会社のソフトのバージョンが違っていたら、作業がしづらいので、結局自費で会社のソフトをバージョンアップした。
その会社では、組版要員は私だけだったので、納期が詰まると夜の11時くらいまで作業をした。 センムは、毎日、6時前後に帰る。 だが、気まぐれに、9時ごろ会社に戻ってきて、ソファに座って少年ジャンプなどの漫画本を読み始める。 独身なので、家に帰ってもメシを食ったらやることがないということもあるだろうが、「あいつ、サボってないだろうな」という監視の目を向けるためでもあったろう。
私は、正社員ではないので、会社の規則には縛られない、という約束を面接のときにさせてもらっていた。 だから、センムが来たときは、冷蔵庫で冷やしておいた500缶のビールを取り出し、仕事の手を休めて、ゆっくりと飲むことにしていた。 相手が漫画なら、俺はビール、という法則である。
センムは、いつも30分程度で帰る。 仕事が詰まっているときの30分のロスは大きいのだが、監視されている状態で仕事をしたくないので、意地でも休んだ。
センムは、めったに、私の仕事には口をはさまなかった。 それは、ただ単に、私の仕事を理解できなかっただけなのだが、ある日、仕事の手を休めて、Mac2台の断片化の解消をしているとき、一度だけ、固い顔で注意をしてきたことがある。
「まだ休み時間じゃ、ありませんよ。仕事をしてください」
それに対して、私は、これは機械のメンテナンスをしているんです。 印刷の機械もメンテナンスをするでしょう。 それと同じです、と答えた。
しかし、センムは理解できなかったようである。 彼は、機械のメンテナンスは、機械の中をあけて分解してするものだと思っていたようである。
「機械は、動いているじゃないですか」
動かして、メンテナンスしているんですよ。 断片化の解消です。フラグメンテーションをコンパクションする、ともいいます。
「ダンペンカの会長?」 固まった顔のまま、センムは、何ごとかをつぶやきながら、私の視界から消えた。
しかし、数分後に戻ってきて、こう言うのである。 「いま、パソコンに詳しい友だちに、電話で聞いてみたけど、『ダンペンカの会長』なんて、知らないといってますよ。『フラなんとかのコンパクト』も、知らないといっています」
センムは、なかなか優秀なお友だちをお持ちのようだ。
そこで、私は、紙に「断片化の解消、フラグメンテーションをコンパクションする」と書いて、センムに渡した。 センムは、それをひったくるようにして取ると、自分のデスクに戻って、また電話をかけ始めた。
そして、また、やって来た。
「そんなの知らないといってますよ。嘘は、やめてください」 唇が震えていた。
私は、センムのデスクまで行って、机の上に立てかけたパソコン辞典を手に取り、「断片化」の説明箇所を示した。 まったく使った形跡のないパソコン辞典は、手が切れそうなほど、危険な手触りをしていた。
それを読んだセンムは、無表情のまま、「ああ、これ? これのことですか? もちろん、知ってましたよ」と言った。
ご存知でしたか。では、作業を続けていいですね。
センムは、眉間に皺を寄せて、重々しくうなずいた。
そんな忘れかけていた思い出が、昨日、久しぶりに行った東大宮駅でよみがえった。 中古PC販売会社のメンテナンスをするために、駅に降り立ったのであるが、いつもなら自転車で会社に向かうところを5キロの道のりを歩いていくことにした(もう東大宮には、私の自転車はないから)。 東武線の岩槻駅からだと2キロくらいだから、そちらの方が近いのだが、電車代をケチったのだ。
東大宮駅から、500メートルほど行くと、運動場のある公園を通る。 その角を曲がったときのことだ。 いかにも、「うらぶれた」雰囲気の初老の男が、両手に紙袋を持って歩いているのが、私の目に入ってきた。
紙はボサボサで、頭皮がかなり透けて見える。 着ているものは、こざっぱりとしていたが、両肩のあたりがだらしなく弛んでいて、あまり清潔感はなかった。 目も焦点が合っていなくて、人生に疲れた老人、という感じに見えた。
すれ違う寸前。
男の唇が震えているのが見えた。 そのとき、センムが唯一感情を表すときに見せるのが、唇の震えだったことを、私は思い出した。
まさか、このひとが、センム?
一瞬だったので、判断はできない。 しかし、ガラス玉のような目と震える唇は、私の記憶にあるセンムのものだった。
会社が倒産したことは、かなり前に耳にした。
ただ、忙しい日常を過ごしている私には、申し訳ないが、それは過去の出来事に過ぎなかった。
初老のような佇まいのうらぶれた男。
もし、彼が本当に私が知っているセンムだったとしたら、彼の人生は「断片化」したことになるのか。
断片化を解消できないまま、初老の外見をまとって、これからの人生を生きていくのか。
その後ろ姿を見て、私は思った。
俺の人生も、断片化していないか?
していない、と言い切れる自信が、私にはない。
いや、確実に、断片化している。
|
2010/07/15 AM 06:57:25 |
Comment(3) |
TrackBack(0) |
[Macなできごと]
|
|
|
|
(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.
|