Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








タクシーで酸欠
タクシーに乗っている間中、大汗をかいていた。

普段、タクシーに乗る習慣がない。
自転車、電車、歩き、たまにバス。

私の生活では、タクシーを使う状況には、ほとんどならない。
一番最近タクシーに乗ったのは、母親が退院した時、病院から実家までタクシーで帰って以来だから、二年以上前になる。
いつ乗っても、居心地が悪い。

住んでいるアパートのオーナーが、荻窪にいる。
彼は、私の得意先でもある。
今回、引っ越してから一度もご挨拶に行っていないという非常識な自分に気づき、オーナーのもとに、ご挨拶に行くことに決めた。

荻窪までは、約10キロ。
普段なら、電車か自転車で行くところだ。
しかし、今回は歩いていこうと思った。

なぜ、歩いていこうと思ったのか。
それは、歩きたかったからだ。

埼玉に住んでいた頃は、10キロを歩こうという気にはならなかった。
それは、景色が面白くなかったからだ。

中途半端な自然と中途半端な街並。
予算があったので、ただ作りました、というような投げやりな公園の造作を見ても、私の心は動かない。
だから、自転車を漕いでいても、まわりの景色に目を奪われることはなかった。
歩くことなど、論外だ。

だが、武蔵野に越してきて、自転車に乗るのが楽しくなった。
大きな公園は、ただあるというだけでなく、子どもたちが楽しげに遊んでいる姿が、当たり前のようにそこにある。

広い公園の他に、個性的な大学が、いくつかある。
本当は「部外者以外は立ち入り禁止」らしいのだが、人としての気配を殺して入ると、百%フリーパスでキャンパス内に潜り込めた。
変なオッサンの闖入に、誰も異議を唱えることなく、自由にお散歩ができるのである。
キャンパスを歩き回り、心の洗濯をする。

歩くのは、楽しいですよ。
ということで、梅雨の蒸し暑い空気を肌で感じながら、荻窪まで歩いた。
途中、吉祥寺で手土産を買った。
1時間40分で、オーナーの自宅に着いた。

汗はかいたが、心地よい汗だ。
オーナーのご自宅のエアコンが程よい利き加減で、かいた汗が自然に引いていった。

「わざわざ、挨拶なんてよかったのに・・・、グハハハハ」とオーナーが、豪快に笑う。

ワールドカップ、参院選などの無難な話題で盛り上げながら、30分ほど歓談した。
長居は迷惑だと思ったので、そろそろ腰を上げようかと思ったとき、オーナーに聞かれた。
「今日は、車? 電車?」

いえ、歩きです。

オーナーの表情が、一瞬固まった。
そして、「嘘だよね」と、流し目をするように、斜めに顔を傾けて、私の顔を見た。

こんな貧相で病的なビンボー顔の男が、武蔵野から荻窪まで歩けるわけがない。
しかも、梅雨独特の、この蒸し暑い気候の下で歩いたら、倒れてしまうに違いない。

オーナーの顔には、そう書いてあった。

私がハーフマラソンを軽々走ると言っても、誰も信用しない。
蒼白い顔のビンボー顔。
背だけは高いが、不健康にしか見えないアスパラ体型。
「風が吹けば、折れそう」と誰もが、私の体を気遣う。

私にとって、10キロ歩くことなど、なんでもないのだが、ひとはみな見た目の印象で判断する。

「歩いてきました」ともう一度言ったが、オーナーの眉間には、「疑惑」が貼りついていた。

「まあ、暑いからね・・・・・、体だけは、お互い、気をつけないとね」
取ってつけたような言葉で、会話を締めくくられた。

ただ、オーナーは、親切な人だった。
「じゃあ、これ、帰りに使ってよ」と言って、タクシークーポンを私の手に握らせたのだ。
5千円分のタクシークーポン。

私の辞書に、断る、という文字はない。
「いやいや、そんな・・・」「いいから、いいから」という儀式が嫌いなのだ。

久しぶりのタクシークーポン。
大昔のことだが、テレビ東京の仕事を外注で請けたとき、仕事が深夜まで及んだので、一万円分のタクシークーポンを渡されたことがあった。
神谷町から横浜の日吉まで、それがあったので、金額を心配することなく帰宅することができた。

だが、今回は、久しぶりなので、使い方を忘れた。
荻窪駅前でタクシーに乗ったが、これは、最初に提示するんだったっけ・・・、と先ず悩んだ。
いや、最初に提示しても、いくらかかるかわからないんだから、普通は最後か。

しかし、こんなビンボー顔の男が、クーポンを持っていると不審に思われないだろうか。
拾ったと思われないだろうか。

ビンボー顔と、タクシークーポンは、結びつかないんじゃないか。
俺、不審者に間違われる自信だけは、あるぞ。

緊張の極地。

そんなとき、「オランダ戦、惜しかったですね」と運転手さんに言われた。
しかし、緊張で固まった私の頭は、それを「オランダ船」だと勘違いし、「オランダの船には、乗ったことがないんですよ」と答えてしまったのだ(マジです)。

しまった! と思ったときは、遅かった。
ミラーに映る運転手さんの目が、完全に不審者を見る目になっていた。

背中から流れる冷たい汗。

はやく、武蔵野に着かないかな・・・・・?

運転手さんは、もう話しかけてこない。

気まずい空気が、私の鼓動を早め、私は車内で酸欠状態に陥った。

スーハースーハースーハー。

その息遣いも、不審者のものだった。
つり上がった運転手さんの目が、ミラーに移る。

はやく・・・・・、降りたい・・・・・。

空模様はずっと怪しい気配。

「雨、降りますかね・・・・・」と言ったが、運転手さんは、それを無視。

スーハースーハースーハー。

このままだと、俺は酸欠で死ぬだろう、と覚悟を決めた時、見慣れた道にさしかかった。
アパートまでは500メートル以上離れていたが、私は思わず叫んでいた。

ここで、いいです!

「ああ・・・、いいんですか?」と聞かれた。
私は運転手さんの顔を直視できずに、「はい、はい」と言うだけ。

そして、5千円分のタクシークーポンを運転手さんに、震える手で差し出して「つりはいいです」と、震える声で言った。

タクシーを降りたあとで、メーターを見なかったことに気づいた。

はたして、5千円で足りたのか。
いや、でも、足りなかったら、運転手さんは黙っていないだろうから、足りたのかな。

恐る恐る、後ろを振り返ると、タクシーが方向を変えて走り去るところだった。

5千円で足りたのか・・・・・な。
それとも、不審者には関わりたくないと思って、即刻逃げたか。

わからない。

全身から力が抜けた。

疲れたぁ〜。

オーナーには申し訳ないが、こんなことなら、歩いて帰ったほうがよかったか・・・。




2010/06/21 AM 07:07:07 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.