Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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けむりの話
埼玉に住む同業者に、昨晩、酒を奢ってもらった。

「都会だぁ」
2ヶ月ぶりに会う田舎ものたちは、吉祥寺駅を行きかう人の群れを見て、歓喜の雄叫びを上げた。

一人は、バツ2のデブ・デザイナー・ハガさん、41歳。
もう一人は、一流デザイナー・ニシダ君、31歳。

彼らは、「吉祥寺は、美人遭遇率が非常に高い」という私の話を真に受けて、吉祥寺まで足を運んできたのである。

スケベな男たち・・・・・。

吉祥寺を小一時間ほど引きずりまわしたあとで、「すずめのおやど」に入った。

「俺好みの子が、10人以上いました」と、鼻の穴を広げて言うハガさん。
「僕は、4人かな」と、仲間由紀恵とナウシカを足して2で割った美人の奥さんを持つニシダ君が、照れながら言う。

シャレで言ったことが、本当になったのか・・・・・・・・・?

本当に美人が多いのなら、今度からは、私も眼鏡を新調して吉祥寺の街を歩くことにしよう。

・・・・・とは言っても、私はキレイな太腿にしか興味がないのですがね(過激な変態?)。

挨拶程度の近況報告は、つまらないので割愛。

熱烈な巨人フアンのハガさんとニシダ君の自慢話は、耳をオフにして、やり過した。
自慢話の間中、私はジョッキを愛し、「神戸牛の男爵コロッケ」を食い、「鉄鍋ギョウザ」とお友だちになり、「タイ風春巻きサラダ」に感動し、「自家製手のしピザ」と会話をした。

ジョッキ、お代わりください。

3回も愛されたら、ジョッキも満足でしょう。

その後、ウォッカトニックを飲んだが、私好みではなかったので、またジョッキを愛することにした。

「鉄鍋ギョウザ」がうまかったので、もう一度、お友だちになった。

私が、ジョッキを愛し、「鉄鍋ギョウザ」と再度お友だちになっていたとき、やっと自慢話が終わった。

そして、ハガさんが言った。
「ここ、禁煙席がないんですね」
「そうそう」と、ニシダ君がうなずく。

確かに、店内は、煙が小さくその存在を主張していた。

ハガさんとニシダ君は、ともに3年前に断煙をした。

ハガさんは、なぜか2度目の離婚を機に断煙した。
そして、ニシダ君は、子どもが生まれたのがきっかけだ(ただ、ニシダ君の場合、奥さんの前では絶対に吸わない恐妻喫煙だった)。

断煙者は、喫煙者に対して、批判的な場合が多い。
なぜなんだろう?
罪の意識が増幅されるからだろうか。
いままで煙を撒き散らしてきたことへの懺悔の気持ちが、そうさせるのか。

「世の中は、嫌煙の時代なのに、居酒屋は、前時代的だなぁ」
「無理矢理、煙を吸わされる人の身にもなってもらいたいですね」

「センセイは、元から吸わないから、不満は大きいんじゃないんですか」とニシダ君に聞かれた。

いや、そうでもないんですよ。

私は、赤ん坊のときから、煙草を吸う習慣がなかった。
しかし、父親は、一日80本以上を吸うヘビースモーカーだった。

私が育った中目黒の家の居間は、四方八方が煙草のヤニで黄色くなり、窓ガラスも黄色く濁っていた。

そして、ひどいことに、私の母親が結核の影響で肺が弱いにもかかわらず、父親は、煙草、葉巻、パイプ煙草を平然と燻らせていたのである。

日常の中に、煙があった。

大学に入ると、未成年にもかかわらず、クラスの8割以上の男が、煙草を吸っていた。
学食に、禁煙コーナーなどない時代だ。
どこに行っても、右から左から、煙が体にまとわりついてくるのである。

法律事務所に就職したら、ボスが、ヘビースモーカーだった。
彼は、裁判書類のところどころに、焼け焦げを作ることを趣味にしていた。
ボスの真似をして、事務員もくわえ煙草だから、事務所内は、いつも煙で溢れていた。

だから、俺、平気なんだよね。
吸いたいやつは、吸えばいいと思うよ。

「でも、受動喫煙というのが、怖いらしいですよ」と、ニシダ君が眉根を寄せて言う。

煙草の煙を横で吸うだけでも、害があるらしい。
それは、偉い学者先生が言うのだから、間違いないのだろう。

喫煙者は、最低限のマナーは守るべきだと思う。
煙が嫌いな人は、たくさんいるのだから、その煙を撒き散らす人は、周囲に対して、鈍感でいてはいけないと思う。

昔、大学2年の息子が赤ん坊の頃、買い物の帰りにヨメと大宮のドトールコーヒーに寄ったことがあった。
店は混んでいたが、テーブル席がひとつだけ空いていた。
その席の両隣が、たまたま白人のグループだった。

それまで、煙草を燻らせていた彼らは、ヨメが抱っこした息子の存在を認めると、全員がすぐに煙草を消し、あたりに漂った煙を、立ち上がって上に逃そうとしたのである。

7人の長身の白人が一斉に立ち上がり、両手を使って懸命に煙を逃す仕草は、異様な光景ではあったが、思わず「ソーリー」と頭を下げずにはいられないほどの爽快感があった。

身についたマナーというのは、清々しい。
それは、いま思い出しても、とても気持ちのいい出来事だった。

だから、マナーは、必要である。

ただ、ここで、自分だけの特殊な例を述べさせていただく。
あくまでも、私だけです。
私は、これを常識だと強弁するつもりはありません。

煙草の煙の中で暮らしてきた日々。
自分は吸わないが、受動喫煙を散々に浴びてきた私の肺。

しかし、去年の入院時に医者に言われたことだが、私の肺は、キレイらしいのだ。

私に限らず、肺結核を患い、再発し、夫のまき散らす煙を散々に吸ってきた85歳の母親の肺も、片方の肺は存在しないが、存在するもう片方の肺は、年齢のわりにはキレイだという。

だから、80歳を過ぎて、3回の手術に耐えられたのだと思う。

それは、威張ることではないが、特殊な例として、参考になるのではないだろうか。

「なるのではないだろうか」と、ジョッキのお代わりを頼みながら、もう一度強調した。

しかし、この日のニシダ君は、シャープだった。
「Mさんちは、みんな性格が変わっているから、体も人とは変わっているんじゃないですか。参考にはならないですよ」

まあ、確かに、それは思い当たるが・・・・・・・。




2010/06/09 AM 06:38:49 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]



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