|
|
● 頭のいいやつ、そして、いいやつ |
|
「Mさんは、頭がいいねえ」「物知りだねえ」と言われることが、まれにある。
そのたびに、心の中で舌打ちをする。 からかっている、としか思えないからだ。
「頭がいい」と言って、本気で喜ぶ人は、よほど素直な人だ。
友人の京橋のウチダ氏。 彼こそ、頭のいい人間だと私は思っているが、口に出して言ったことは一度もない。 「頭がいい」と言ってしまったら、彼の本質を見誤ることになる、と思うからだ。
彼の場合、人間ができている、という表現が一番当たっているように思う。 その中の、ごく一部分を「頭がいい」が占めているだけなのだ。
昨日、チャーシューデブ・スガ君のラーメン・プロジェクトを進めるために、静岡まで足を運んだ。 運転手は極道顔コピーライターのススキダ。 そして後部座席に、イケメンのウチダ氏と貧乏顔チャンピオンの私が座った。
運転しながら、ススキダが、ガムをクチャクチャと下品に噛みながら、「Mさんはよぉ」と言った。 「あんたは、頭の良さを活かしきってないよな。無駄なことばかりに労力を使っているから、力を出し切れないんだよ。もっと省エネしたほうがいいよ」
ものごとを手際よく処理できない人間を人は「頭が悪い」と言う。 つまり、むしろ俺は頭が悪いんじゃないのか?
「でも、いつも、俺は学校の成績、良かったんだよって自慢しているじゃないか」
確かに成績は良かったが、それしか自慢できるものがないからだ。 それは、一種のシャレだ。 真面目に受け取るなよ、バーカ!
そんな私の悪態に対して、ススキダは真面目に反応する。 「俺は学校嫌いだったからな。成績悪いし、大学も五流だし、だからMさんが羨ましいんだよ。本当にもったいねえんだよな」
本気で心配してくれているようである。
他人を心底から心配できる人、それを「いいやつ」と言う。 そして、それは学校の成績とは関係なく、「人間の出来」の問題なのだ。
悔しいが、「人間の出来のいいやつ」には、適わない。 ススキダの奥さん・極妻レイコさん(小泉今日子似!)は、だからこそ、吐き気がするほど怖い顔のススキダに、ついていけるのだろう。
うらやましい。
そんな会話を締めくくるように、ウチダ氏が「まあ、MさんはMさんだから、面白いんだよな。あんたは、Mさんにしかなれないもんな」と禅問答のようなことを、爽やかな顔で言うのである。
そのウチダ氏とススキダと私の三人が向かったのは、今回のラーメン・プロジェクトのスポンサーであるスガ君の義父のお見舞いだ。 場所は、静岡。 その経緯に関しては、こちらに書いた。
スガ君の義父は、今回で4度目の入院だ。 3ヶ月間で4回の入院。
詳しい病状は、聞いていない。 スガ君に聞けば、教えてくれるのだろうが、深刻な病状であることは、言われなくてもわかる。 言われなくてもわかることを聞くのは、余計なお世話というものだ。
だから、スガ君を煩わせないためにも、雇われ人である我々は、回復を祈るだけにしておこう、と三人で決めた。 ただ、報告だけは、しておきたい。
先週私が仕事で静岡に行ったときは、具合がよろしくないということで、見舞いは遠慮した。 しかし、今週初めになると、食欲が出て、立てるまでになったとスガ君から連絡があった。
そこで、誰に言われたわけでもないが、短く話を切り上げることを三人の了解事項として、病院に足を運んだのである。
鼻に酸素吸入用のチューブを装着し、左腕には点滴。 半年前と比べると、半分近くにしぼんだ、スガ君の義父の姿を見て、私たちは立ち尽くした。 ススキダは、スガ君の義父とは初対面だが、ススキダの顔を覗くと、顎から目までが硬く強張っているのがわかった。
スガ君の義父の目には、それなりに力があったが、からだ全体から漂わせる空気は、重病人のそれだった。
それを目の当たりにして、私の顔も強張ってくるのが、否応なく自覚できた。 そして、京橋のウチダ氏も、両方のこぶしを握って、何かに耐えているように思えた。
しかし、立ち尽くしているだけでは、時間が過ぎていくだけだ。
見舞い時間は、短く。
「俺は、今回のプロジェクトの責任者だ」 唾を何度も飲み込み、震える指を意識しながら、スガ君の義父にプロジェクトの進捗状況を説明した。
情けないことに、膝が震え、声まで震えている。 話が支離滅裂にならないように気をつけながら、カラカラの唇で説明し、店舗の改装前の写真を見せ、仕上がりイメージを指差し、最後に開店予定日時と決定金額を口頭で伝えた。
私が話す間、スガ君の義父は、薄く眼を開けて一点を見つめ、微動だにしなかった。 その姿は、何かを振り絞って、懸命に座ることに集中しているように見えた。
それは、彫像を思い起こさせた。
そんなスガ君の義父の姿を目の前にして、最後まで、私の声は、震えっぱなしだった。
ススキダとウチダ氏は、一度も口をはさまない。 ただ、小さくうなずいているだけだ。
私の最悪とも言える説明を聞き終わった、スガ君の義父は、ベッドに座っていた姿勢から立ち上がろうとした。
そのとき、ススキダとウチダ氏が同時に動いて、左右からスガ君の義父の手を取った。 パジャマから出た細い手。 たった三ヶ月で、人間の手は、こんなにも弱々しくなるものなのか。
愕然とした面持ちで立ち尽くす私を一度見上げたあとで、スガ君の義父が「マコト(スガ君)をよろしく」と、小刻みに震える頭を下げた。
ハラリと垂れた前髪が、なぜか痛々しかった。 涙をこらえていたら、全身がもっと震えた。
震える声で「お大事に」と言って、私たちは病室を辞した。
廊下。 鼻をすする音。 音のした方を見ると、ススキダが泣いていた。
ウチダ氏が、「泣いてる場合じゃないけどな」と言いながら、自分も目に涙を溜めていた。
震える足で、病院の長い廊下を歩いた。 時に、どこかから聞こえる、小さな呻き声。 その廊下は、どこまでも続いているように思えた。
そんなとき、沈む気持ちを断ち切るように、声をひそめて、ウチダ氏が言った。
「Mさん、あんた、立派だったよ。最高のプレゼンだった。俺には、あの場面であそこまでは、できない。あんたは、立派にやりとげた。たいしたもんだ」
今度は、ススキダが、私の腰を強く叩いた。 足の震えが、止まった。
説明をしている間、二人はひと言も口をはさまなかった。 だからこそ、私は震えながらも自分のペースで説明ができたのだと思う。 もしも、口をはさまれたら、私は自分を見失って投げやりになっていたに違いない。
私だったらきっと、頼りにならない男がプレゼンをしていたら、でしゃばって余計なことを言っていただろう。 それが人のプライドを傷つける行為だとは、まったく気づかずに、得意気に横槍を入れていたと思う。
二人に、助けられた。
頭のいいやつ。
間違いなく、ススキダとウチダ氏は、そんな人種だ。
そして、間違いなく、いいやつだ。
|
2010/06/05 AM 08:01:01 |
Comment(3) |
TrackBack(0) |
[日記]
|
|
|
|
(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.
|