Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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行ってきます
静岡のハウスメーカーのチラシの初稿を上げ、古本屋さんのHPのリニューアルも済ませた。
一日ヒマができたので、以前こちらのブログに書いたアルバイトに行くことにした。

一日のオフは貴重である。
だから、休めばいい。誰からも文句は言われないはずだ。
そう思ったが、面白いできごとがあったので、行くことにしたのだ。

それは――――――

昨日の土曜日、中学3年の娘の学校で、体育祭があった。
当然のことながら、デジカメ、デジタルビデオを両手にもって、運動場を歩き回り、娘の姿をカメラに収める作業に没頭した(親バカ、バカ親!)。

5月末にしては、異様なほど寒い気候の中で、中学生が躍動する。
その姿を一心不乱に撮りまくる怪しいオヤジ。

「オイ!」という声が聞こえて、振り返ると娘が友だちを連れて、私を指さしていた。
そして、「これがミズキだ」と、愛嬌のある目をした子を紹介された。

ああ、どうも。

ミズキちゃんの私を見る目は、最初から笑っていた。
なぜなら、「Kちゃんのお父さん、チョウ笑える〜」という印象が、すでに彼女の脳には、埋め込まれていたからだ。

ミズキちゃんとは、電話で一度話をしたことがある。
娘が彼女と携帯で話をしていたとき、「トイレ行きたくなった。ちょっと相手をしていてくれ」と携帯をいきなり渡されたことがあった。

じょ、女子中学生と会話?
ど、どうしよう!

かなり慌てたが、ミズキちゃんは、いい子である。
照れるオジさんに向かって、笑いを含んだ余裕を持った声で、「Kちゃんに、CDラジカセかCDプレーヤーを貸してって、お願いしていたところなんですよ。私のラジカセ、壊れちゃったんでぇ〜」と間を空けずに言った。

娘はどちらも持っているから、その前の会話で、期限つきでラジカセを貸す交渉が成立したらしい。
しかし、私はそのとき、真面目な口調で、いかにもバカなことを言ったのだ。


ラジカセが壊れたときは、CDの光っている面をじっと見つめてごらん。
じっと見つめていれば、心の耳で、音楽が聞こえてくるはずだよ。
だから、ラジカセなんか、いらないんだ。


キャハハハハハハ・・・・・。

ミズキちゃんは、いきなり笑い出して、1分53秒、笑い続けた。

「ウケル〜〜〜」

この程度で、そんなにウケテいただけるなんて、オジさんは、満足です。

そんなことがあったので、ミズキちゃんとは、初対面という感じがしない。
そんなミズキちゃんが、私の腕を叩いて、いきなり言う。

「今朝は、洗濯物カゴだったんだって? バカですねえ〜」

これには、説明が必要である。
武蔵野市に引っ越してきてから、毎朝、娘を学校に送り出すとき、我々はひとつの儀式をすることになった。

それを、ノリツッコミの儀式という。

娘が家のドアを開けようとしたら、私が娘に「忘れものだよ」と言って何かを渡す。

それは、最初はネギだった。

ネギを持った娘は・・・・・、
「ああ、今日は美術があったっけな。このネギで海を描くと綺麗に仕上がるんだ・・・・・・・・・そんなわけないやろ!

バカ親子は、これが気に入って、毎朝ノリツッコミ・コントをすることになった。
「忘れもの」と言って、炊飯ジャー、温度計、ほうき、ゴミ箱、フライパン、掛け時計などを渡す。
そのたびに、娘がノリツッコミで返す。
新しい学校で緊張している娘に対して、気持ちを少しでもほぐしたいと思って、し始めたことだ。

それが、今も続いている。
今朝は、洗濯物カゴだった。

「わすれもの」と言って、今朝も私がボケをかますと、娘の「ああ、これを持っていれば、リレーは一番間違いなし・・・・・・・・んなことあるかい!」というノリツッコミが炸裂した。

ミズキちゃんは、それを知っていたのである。

「バカだよねぇ〜」
私の目を覗き込んで、シミジミと言う笑顔が可愛かった。
娘は、いい友だちを持ったようだ。

私の心に感動がジワジワと染み渡ろうとしたとき、「なんだよ、何してるんだ?」という男の声が聞こえた。

振り返ると、どこかで見たことのあるオッサンが、ミズキちゃんの顔を見つめていた。

ヘンタイ・・・・・?

と思ったら、向こうも私の顔をじっと見て、「どこかでお会いしたかな」と言うのだ。

男の険のある鋭い目で、思い出した。
この間、アルバイトの面接に行ったときに応対した辛口の男じゃないか。

まさか、とは思ったが、イヤな予感どおり、彼はミズキちゃんのお父さんだった(世間ハ狭イ)。

「Kちゃんのお父さんです」と、ミズキちゃんが、私のことを丁寧に紹介してくれた。
鋭い目線が、突き刺さる。
「ああ、自称デザイナーさんね」とは、言わなかったが、どこか皮肉な目線が私の顔全体に絡みつく。

何か言われるか・・・、と思ったが、ミズキちゃんのお父さんは、「じゃあ、俺は退場門のそばにいるから」と言って、あっさり去っていった。
絡みついた視線は、まばたき三回ほどの時間。

その短い時間に、私は「明日は一日時間がある。アルバイトをしてみようか」と思ったのである。
なぜ、そう思ったのか?

それは、ミズキちゃんの辛口お父さんに対抗してみたかったから。

他人には、そんな私の心の動きは、わかりづらいかもしれないが、そう思ったら、もう私の感情は誰にも止められない。

そこで、昨日の夜ミズキちゃんの家に電話をして、アルバイトをお願いした。
お父さんは、「ああ、いいよ。よろしくな」と言って、すぐに電話を切った。

ということで、今日の朝8時から午後の4時まで、ご近所でアルバイトをすることになった。


では、行ってまいります。




2010/05/30 AM 07:30:27 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

うさん臭い職業
静岡の得意先に行ったときの話の続き。

以前は40代の、見るからに押しの強い社員が仕事を出してくれたが、その人が「一身上の都合」で辞めたため、新しい人に引き継がれた。
新しい人は、専門学校を出て4年目の若い人だ。
目が大きくて、口も大きい。
そして、髪の毛が剛毛なので、すぐに似顔絵を描けそうな、見た目は「濃いキャラ」の人だ。

しかし、性格は、穏やかで腰が低い。
口調もゆったりとしているから、話している間に寝てしまいそうになる。
これからの長いお付き合い、そこだけは、気をつけなければいけない。

いただいた仕事は、ハウスメーカーのカラーのチラシ。
その会社は、県内では、そこそこ知られた会社らしいが、今までホームページ以外、宣伝にはあまり力を入れていなかったらしい。
しかし、今回新しいプロジェクトを始動するに当たって、年に二回程度しか出していなかったチラシの頻度を増やそうということになったというのだ。

「これがうまくいけば、クライアントから『毎月一回は出そうか』と言われています。だから、Mさん、力を入れてお願いしますよ」

それは、うれしいですね。
しかし、なぜ私のところにこの仕事を? 静岡市には、優秀なデザイナーがいるでしょうに。
馬鹿馬鹿しくも余計なことを聴く俺・・・・・。

「Mさんの仕事のキャリアに、ハウスメーカーが多いのに目をつけまして」

しかし、6社のうち、5社がつぶれましたがね。

それを聞いて、相手は呆れ顔をつくり、苦笑い。そして、言う。
「Mさん。ずっと年下の俺が言うのも変ですけど、もう少しハッタリをかました方がいいですよ。いまの、確実にマイナスでしたよ」

では、仕事はキャンセルですか?
背中に汗をかきつつ私が言うと、相手は肩を上下に大袈裟に動かして椅子の背に体をもたれ、苦笑いを顔に貼り付けたまま肩をすくめた。
そして、ふた呼吸ほど間を取って、身を乗り出した。
穏やかな笑顔だ(仕事は、キャンセルにならずに済みそうだ)。

「ハッタリと言えば、前任のマエダさん。占い師になったの知ってました」

え? マエダさんが占い師に?
広告代理店に勤めていた40過ぎの人が、占い師に転職。
それは、唐突過ぎて面白い。
しかし、今にして思えば、うなずける部分が多々あったような・・・・・・・。

ただ、私は占いには全く興味がない。
バラエティ番組を見ていると、たまに占い師芸人が出ていて、もっともらしいことを言っている場面に出くわす。

その人が何かを言うたびに、ヨメと大学2年の息子は、自分の手を見るが、中学3年の娘と私は、決して見ない。

手の皺で、一体何がわかる?

他にも、血液型。
たった4種類の血液型に人間を分類して、何が面白い。
12種類の星座に、地球上の膨大な人を当てはめて、何か陰謀でも企んでいるのか?

姓名判断? 俺の友だちは日本人だが、表札も名刺もローマ字で通している。
彼は、戸籍や住民票以外は、すべてローマ字で通すという徹底振りだ。
そして「俺は、日本語名なんか忘れちまったよ。普段使わねえからな」と言っている。
横文字で、暮らす男。
彼は、子どもにも自分のことを「Charlie」と呼ばせている。
そんなとき、姓名判断はどうするのだろう?

細木数子大先生という方がいたと思うのだが、あのうさん臭さは、金メダル級だった。
「たいしたものだ」と、いつも思っていた。
ひそかに尊敬していた。

しかし、何年前だったか忘れたが、大先生が「占いは、統計学なのよ」と言っているのを聞いて、私は突然興味が失せた。

占いは統計学。
よく言われる言葉だが、占いに限らず、世の中のことはすべて統計学である。
サッカーだって、優秀な指揮官は統計学で戦略を練るだろうし、野球もそう。スポーツ全般が、統計学でくくれる。

突き詰めて言えば、ビジネスだって、統計学で成り立っている。

で? 占いが統計学?
「学」という字を付けて、ランクを上げ、それが正統なものだと主張したいのだろうが、では、その「学」と言えるだけの根拠は一体何なのだ。
手の皺と血液と星座と名前。

学、と言うからには、その基本となる統計は、いくつかの会派に分かれて審議を尽くしたのでしょうね。
そこには、「学」として責任を持てる、確固たる裏づけがあるのですよね。

しかし、私は思うのだ。
占いは、うさん臭いから、いいのですよ。
それらしいことを言って人を幸せにするテクニックこそ、「占いの真髄」だと、私は思っている。
だから、細木数子大先生や占い師芸人が、「占いは統計学だ」と言うと、私は裏切られた気分になる。

「占いは、ファンタジーだ」と言ってくれた方が、彼らの「お告げ」に輝きを感じることができる。

前任者のマエダさんが、占い師になったと聞いて、思い出したことがある。
4年ほど前のことだが、マエダさんに「俺、占い師の学校に行ってるんですよ」と言われた。
(そんな学校が、あるのか? 世間は、面白いな、とそのとき思った)

そのとき、マエダさんは、私の手を見て言ったのだ。
「Mさんは、晩婚ですね」

27歳は、晩婚ですか?

それを聞いて、マエダさんは、キッパリと言った。
「早婚ではないから、晩婚です」

いいなあ。
その言い方。うさん臭くて。

そして、その一年後。
マエダさんは、私の手を見て、また言ったのだ。
「Mさん。早く結婚してよかったですよ。30過ぎに知り合う人は、Mさんにとってカスみたいな女ばかりでしたから」

その言い方。
実に、うさん臭い。
しかし、そのうさん臭さは、占い師に向いていたかもしれないと、今にして思う。

マエダさんには、ぜひ、うさん臭さ満載の占い師になって欲しいものだ。

そんなことを思いながら、仕事をビジネスバッグに詰めて、ビルのエレベーターが来るのを待った。

無人のエレベーターに乗り込もうとしたとき、「ああ、待ってくれ」という声が聞こえて、私は「開」ボタンを長押しした。
乗り込んできたのは、広告代理店のナンバーツー・Tさんだった。

見た目は、60歳前後のダンディ(死語?)な紳士。
しかし、噂によると、最初は穏やかで紳士的な会話で人の心をつかむが、気に入らないことがあると途端に豹変して、べらんめえ口調になり、凄みのある罵声を浴びせかけるという評判の人である。

だから、緊張した。
1階に着くまで、俺は貝になろう、と思って、私は自分の存在を「無」で染めることにした。

俺は、ここにいない。
いや、俺は空気だ。透明人間だ。誰も俺には気づかない。
そう念じた。

しかし、それは通じなかったようだ。
私の耳に「マエダくんねえ」という張りのある声が、左斜め後ろ13度の角度から聞こえた。
狭い空間に二人だけ。
どんなに鈍感な人間でも、それが自分に向けられた言葉であることは、身に染みてわかる。

だから、小さな愛想笑いを作って、私は振り向いた。

ナンバーツーは、それを満足げに認めて、小さくうなずいた。
そして、鷹のような鋭い眼光で、私を見ながら声を発した。

「あなたの担当者のマエダくんは、短期間に会社に大損害を与えて、いたたまれなくなって辞めたんですよ。まいったよ。私が全部尻拭いさせられたもんだからね」

私が呆気にとられていたとき、エレベーターのドアが開いた。
「ハハハハ」と軽く笑って、ナンバーツーがスタスタと先に出て行く。
そして、「お先に」も言わず、颯爽とビルの自動ドアを通っていった。

もういなくなった社員の失態を、部外者にそんなに簡単に話すなんて・・・・・。
首をかしげて、私はまた思った。

ナンバーツーも、占い師に向いている・・・・・かも。

言う勇気は、ないが・・・・・。

しかし・・・・・・・、
会社に大損害。
そして、占い師。

そのうさん臭さは、悪くない。

だから、マエダさん、頑張れ!





でも、お願いですから、「占いは統計学だ」なんてことは、言わないでくださいね。




2010/05/28 AM 06:23:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

東海道線で笑う
四ヶ月ぶりにお呼びがかかったので、静岡の得意先に行こうと、朝9時前、武蔵境駅から、まずは中央線に乗った。

中央線の上りはいつも混んでいる。
文庫本を読む余裕はないので、iPodで音楽を聴くことにした。

iPodには、色々なアーティストの曲が入っている。
椎名林檎東京事変加藤ミリヤ浜田省吾斉藤和義SuperflyPink FloydFreeWeather ReportChick CoreaJimi Hendrixなどがフォルダーごとにまとめられている。
我ながら、まったくまとまりがないと思う。

そのまとまりのないフォルダーに、先日Beatlesが、新しく加わった。
武蔵野中央図書館でCDを貸すコーナーがあって、シングルヒットした27曲の入ったアルバムを借りた(タダですよ!)。

私たちの世代は、洋楽好きの間で、Beatles派とRolling Stones派に別れて論争を交わしていた記憶がある。

「やっぱBeatlesだろ? すべての音楽はBeatlesから始まるんだよ」「いや、Stonesこそ、ロックの王道だ。Beatlesは、優等生過ぎてつまらないよ」

そんな論争をよそに、「ヘン! おれはジミヘンだぜ。あのギタープレイは神だ」と私は嘯(うそぶ)いていたのだ。
つまり、ひねくれもの。

だから、BeatlesもStonesも、真剣に聴いたことがなかった。
無理に道に逸れ、ジミヘン、Pink FloydやKing CrimsonMike BloomfieldPaul Butterfieldなどを聴いていた。

哀しいくらい青臭い時代でしたね。

そんな私だから、いまはBeatlesを新鮮な感覚で聴くことができる。
仕事部屋のiTunesでいま一番頻繁に流すのが、Beatlesのナンバーである。

今さらながらだが、その独創性に感心する。
けっして演奏も歌もうまくはないのだが、ロックのクリエイティヴな部分が短い演奏時間に凝縮されていて、不思議な高揚感を味わえるのである。

つまり、密度が濃い。
極限までダイエットしているから、サウンドの一つひとつに無駄がないのだ。

これぞ、ロックのクラシック。

そんなことを思いながら、中央線に乗ってiPodから流れるBeatlesを聴いていた。
しかし、そんなとき、私の首を傾げさせる出来事があった。

それは、「イエローサブマリン」を聴いていたときのことだ。
演奏は聴こえるのだが、ボーカルが聞えない。

ん? インナーフォンが壊れたか。
それとも、CDからMP3に落としたときに、右側だけエンコードされなかったのか?

いや、しかし、仕事場のスピーカーでは、普通にボーカルは聴けたはずだ。
では、やはりインナーフォンが壊れたのか。

だが、次の「ゲットバック」は、普通に聴こえた。
「プリーズ・プリーズ・ミー」も聴こえる。

なんで?

そう思っていたら、「エリナ・リグビー」で、またボーカルが消えた。
「ウィ・キャン・ワーク・イット・アウト」でも消えた。

なんだよ! これじゃ、カラオケじゃないか!
演奏しか聴こえないよ。

どういうことだ!?

そんな疑問で頭の中が沸騰していたとき、中央線が、東京駅に到着した。
ここで東海道線に乗り換える。
始発なので、座ることができた。

さて、シャッフルで繰り返し流されるBeatlesのナンバー。
ボーカルが聴こえない現象は、解消されていない。

ハァー?・・・・・・・、何でだ?

まったく、わけがわかりませんよ、とつぶやきながら、右耳を触ってみた。

そこで私は、重大なことに気づいたのである。

そうだ! 俺って、右耳が聴こえなかったんだ!

17年前、突発性難聴にかかった私は、右耳の聴力を失っていた。そのことに、今さらながら気づいたのだ。

昔の曲は、ステレオを意識して、左のトラックに演奏、右のトラックにボーカルというのが、よくあった。
Beatlesの歌も、そうだったかもしれない。

そう思って、試しに、右のイヤフォンを左に当ててみたら、聴こえなかったリンゴスターの声が聴こえるではないか。

な〜んだ、俺の問題だったんじゃないか!

ハハハハハ、笑えるぞ、これは。
そして、私は、当たり前のことに気づいた。

俺の場合、ステレオのインナーフォンは必要ないんじゃないか。
音楽を楽しむのなら、左の耳だけで聴くモノラルのインナーフォンの方が、適しているんじゃないのか。

絶対、そうだよ!

今さらながら、そのことに気がついたら・・・・・、

笑える、笑える。

そう思った私は、本当に声に出して笑ってしまったのだ。

ハハハハハハハハハハ・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・(しまった!)

自分の間の抜けた笑い声にハッと気づいて、顔を上げ、周囲を見回すと、目が合った途端、顔を背ける人が数人。


HELP!




2010/05/26 AM 06:31:25 | Comment(6) | TrackBack(0) | [日記]

引越しの総括
細かい話で、申し訳ありませんが・・・。

さいたま市から東京都武蔵野市に越してきて、ほぼ一月半。
やっと武蔵野の暮らしが身につき始めたという、つまらないお話にお付き合いを。

何度も書いたが、引越しのきっかけは、義母の「三鷹帰りたい病」だった。
この病は重症で、このまま埼玉にいたのでは世間様にご迷惑をかけるのは、間違いない。
そうなる前に、義母ともども一家で引っ越すのが最善の策であろう(義母を一人にするわけにはいかないので)。
そう思って、後先も考えずに引っ越しを計画したのである。

しかし、義母の実家のマンションは2DKだから、5人で住むには狭い。
我々が他に住まいを見つけなければ、まともな暮らしはできない。
ただ、私がインターネットや住宅情報誌を駆使して、色々と住まい情報を仕入れてみると、三鷹は家賃が高いということがわかった。

「安易に考えすぎていたぞ! 移住計画中止か」と断念しかけたそんな時、荻窪の得意先から耳寄り情報を聞いた。
その得意先は、東京に美容院と理髪店を3店舗持つオーナーで、しかも武蔵野市に3棟のアパートも所有している大金持ちだったのだ。
(そのあたりの経緯に関しては、コチラを参照)

オーナーから、ちょうど空き家になったアパートの101号室と201号室を借りて、管理費込みで11万4千円で貸していただける了承を得た。
細かいことを言うと、敷金は2ヶ月、礼金はゼロ。
そして、大家さんとの直接交渉ではあったが、不動産屋さんの顔をつぶしたくないので、不動産屋に0.5か月分の仲介料を支払った。

間取りは2DK。
上下同じ作りで、和6洋6DK8の変形メゾネット生活。

つまり、4つの部屋とDKが二つ。
これは、かなり贅沢と言っていい。

生活は、101号室がメイン。
DKでメシを作り、食う。

DKには、冷蔵庫、オーブンレンジ、IHクッキングヒータが二つと26インチの液晶テレビ、ダイニングセットが置いてある。
洋間は、ヨメの部屋。自慢のでっかい仏壇がデンと置いてある。
和室は19インチの液晶テレビだけ。
ここで、一家四人寝る。

201号室の和室は、大学2年の息子の部屋。
大きめのラックに本とCDを詰め、CD/MDコンポが置いてあるだけの殺風景な部屋。
洋間は、中学3年の娘の部屋。私がカラーボックスを組み合わせて作った勉強机プラス棚を壁際に置き、隣に電子ピアノがある。
一人用のソファやクッション、ドレッサー、ぬいぐるみが置いてあって、いかにも女の子の部屋という感じか。

DKが私の仕事場。
仕事用の機器類のほかに、小さい冷蔵庫とハードオフで2500円で買った電子レンジが置いてある。
固定電話もある。

埼玉にいた時は、固定電話をいたずらする人がいたので、固定電話は解約した(他にNTTの対応の悪さに腹を立てたことも理由の一つ)。
しかし、いまは安心して使える。今さらながら思うのだが、やはり固定電話は便利だ。
なんと言っても、通話料が携帯電話より安いところがいい。

インターネット環境は、フレッツ光ファミリータイプ。
201号室にルーターを置いて、LANを構築している。
101号室とも繋げているので、無線ではない。
速度は、普通。

テレビは、101号室のDKに置いてあるテレビだけ「スカパー!光」と契約している。
たまに、東京事変のビデオクリップなどを放送しているので、番組表をチェックしながら楽しんでいる。

ただ、生活には慣れたが、問題点もある。
アパートの西側が出窓になっているので、西陽が強い。
夏日を超えた日の午後4時過ぎは、室内が、かなり暑くなる。
トイレと風呂も西側に面しているので、暑くなる。
特に上の階の201号室が、暑くなる。

アパートの西側に建物があれば防げるのだろうが、困ったことに、2軒続けて農家なのだ。
東京都なのに、農家?

武蔵野ですなあ。

しかし、いいこともある。
農家の一角に、野菜の無人販売所があって、世間で野菜が高騰していた時でも、リーズナブルな値段で野菜が買えたのだ。
しかも、新鮮無農薬。
不揃いのきゅうりが、愛らしい。

対策として、西陽防止のために、赤外線カット、紫外線カットのフィルムをホームセンターで買った。
出窓の上の部分は、赤外線カット。下の部分は、紫外線カットフィルムを貼った。
そうすると、3度程度、室内の温度が低下した。
体感温度差は、もっと大きく感じる。
夏は、エアコンと併用すれば、たとえ猛暑だとしても過ごせるのではないか、と楽観視している。

光熱費。

2世帯分の光熱費は、不経済ではないか、と文句をつけてきたやつがいる。
極道顔のススキダだ。
「それに、11万家賃を払うんなら、マンション買っちまったほうが得だろ。おまえ、頭悪いなあ!」
ゴチャゴチャと細かいことに、うるさいやつだ(俺より2歳下のクセに偉そうに!)。

エアコンは、上下の洋間に一台ずつ。
これは2台とも省エネタイプなので、それほど電気を食わないというのは、埼玉で立証済みである。
冬場に電気を食いそうなホットカーペットや電気ストーブは、埼玉の知り合いにあげたので、暖房はエアコンとカーボンヒータだけで過ごす予定。
これは、冬になってみないと、結果はわからないだろう。

今のところ、電気代は2世帯分で1万1千円弱。
商売で絶えずパソコンやプリンタを使っているにしては、抑え気味の額ではないだろうか。

水道・下水道代が、6400円。
ガスは、プロパン。
LPガスは高いといわれたので、ガスコンロはやめて、料理はIHクッキングヒータでしている。
LPガスの契約も101号室だけで、201号室は契約していない。
これが、6千円弱。

こうしてみると、けっこう経済的な暮らしをしていると自画自賛。

通信費は、一家四人の携帯電話とひかり電話、インターネット、スカパーの料金を合わせて5万円弱。
まあ、常識的な額ではないでしょうか。

食費は、ナイショ。
以前、一ヶ月の食費を、ものすごく安く書いたら、「ウソつけ!」というメールを3通いただいた。
その中の一通は、恐ろしいほど悪意に満ちたものだったので、私は激しくヘコんだ

だから、今回は書かない。
また悪意に満ちたメールをもらったら、私はその人に決闘を申し込むかもしれないからだ。

真面目な中年オヤジを、なめんなよ!

ということで、家賃が身分不相応であるということを除けば、まあ快適な暮らしだといえる。

空気の澄んだ朝には、富士山もリアルに鑑賞できるというところも、私のお気に入りである。

あとは、仕事の新規開拓。
これさえうまくいけば万々歳なのだが、まあ、それは私の努力次第か・・・・・。



2010/05/24 AM 06:25:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

さいとうさんへの挑戦
基本的に、移動手段は自転車か電車である。

10キロまでの距離なら、自転車。それ以上なら電車と決めている。

自転車に乗っていると、弱視者用の黄色い誘導ラインの上に平気で自転車を停めている場面に頻繁に出くわす。
そんなときの私は、一台くらいなら自転車を降りて移動させるのだが、何台も連なっていると見て見ぬ振りをする。
つまり、多くの日本人と同じように、私はモラル感覚の薄い人間なのです(だが、私は誘導ラインの上に自転車を停めることは決してしない)。

三鷹駅近くの、車が一台と人ひとりが、かろうじて通れるほどの狭い道。
昨日、そこを通ろうとしたら、自転車が2台道路と平行にではなく、垂直に置かれている場面に出くわした。
道路の幅の4分の3を占領して置かれた自転車。

それを見て、舌打ちが出た。
これでは、自転車と人は通れるが、車は通れない。
そして、困ったことに、向こう側から軽自動車が近づいてくるではないか。

私は、すぐに自転車を降りて、その2台を車の邪魔にならない道の脇まで移動させた。
少なくとも、この行為は感謝されるべきものであると私は思う。

ドライバーからは、感謝の眼差しを送られるものだと、私は確信してフロントガラス越しに、ドライバーの顔を見た。

しかし、50代のオバハン・ドライバーに、厳しい顔で睨まれた。

嘘だろ!
動かさない方が、良かったのか?
俺のしたことは、余計なことだったのか?

ケッ! と右のこぶしで自転車のサドルに腹立ちをぶつけていたとき、小さいビルの前から営業マン風の男が二人出てきた。
彼らは、自転車のサドルに当り散らす険しい顔の男を見てすぐに、事態を悟ったようである。
彼らは、私に向かって90度腰を折って頭を下げた。

「申し訳ありません。すぐに用事が済むと思い、ビルの前に乗り捨ててしまいました。ご迷惑をおかけしました」
誠心誠意というのは、こういうことを言うのだと国語辞典に載せたいほど、彼らの謝罪の仕方は心がこもっていた。

いやいや、どうもどうも・・・・・。

まるで悪いことをしたのが自分であるかのように、私は卑屈になって、その場を逃げ出した。
あれだけ謝られたら、「こんなところに自転車を停めて非常識でしょ!」などとは言えない。

あれは、謝り方のプロだな・・・・・。

そのあと、得意先との打ち合わせに行くために、三鷹から中央線の上りに乗った。
運よく座ることができて、文庫本(伊坂幸太郎の「チルドレン」)を読もうとしたとき、隣に座った、元気のいい5、6歳の坊やが歌を歌い始めた。

英語の歌だ。
私の記憶に間違いがなければ、それはボン・ジョビの歌だ!
そして、さらに間違いがなければ、それは「Livin’on a Player」だった。

幼い日本人の男の子が、ジョン・ボン・ジョビの「Livin’on a Player」のサビの部分を熱唱しているのである。
しかも右手の人さし指を上に向かって突き出して歌っている。

すごいぞ、これは! と思った。
一本調子ではあるが、気持ちはロックしているように聴こえた。

いいじゃないか、とも思った。
もう少し、聴いてみたいな。
そんなことを思っていたら、向かいの席から、怒鳴り声が聞こえた。

「うるせえんだよ! くそガキがぁ!」

見ると、60前後の痩せた男が、顔を真っ赤にして、子どもの隣に座った母親を睨んでいた。
横に目を移すと、20代と思える母親が子どもの手を引いて、すぐに立ち上がり、隣の車両に移っていくのが見えた。
力を込めて子どもの手を引き、強張らせた顔を伏せて逃げるように、母と子は去っていった。
母親が、あまりにも強く手を引くものだから、子どもは足をもつれさせていた。

それを見て、怒鳴った男が、大きな声で言う。
「ごめんなさいも言えねえのかよ! まったく、最近のわけえやつは!」

日本人は、子どもに甘いと言われている。
「公衆の面前で自分の子どもを叱らないのは、日本だけですよ」とわけ知り顔で言う人もいる。

車内は、コンサートホールではない。
だから、そこで子どもがライブをするのは、間違っている。
そういう見方もできるだろう。
おそらく、それが常識なのだ。

でも、どうなんでしょうね。
この場合、注意の仕方によって、相手の反応は変わったのではないだろうか。

頭ごなしに、公衆の面前で「うるせえんだよ!」と言われたら、驚きの方が先に来るだろう。
子どもをコントロールできず、謝らないお母さんにも非はあるが、感情を爆発させるだけの怒り方にも問題あるのではないか、と言ったら、「路地裏のさいとう」さんは、どんなコメントをしてくれますか?
(路地裏のさいとうさんは、私のブログに、手厳しいご意見を寄せてくれる方です)

さらに・・・・・・・、

以前、ネットを見ていたら、こんな記事が載っていた。


この年代はとかく「友だちがやるなら自分も」と流されやすい。それがどんな結果を招くか深く考えないから他人への迷惑も気にしない。想像力に欠ける若い世代が最近、増えていると私には思えるのだ。
先日、同僚から、こんな話を聞いた。10代とおぼしき女性が東京メトロで携帯使用禁止のポスターを掲げた優先席に座り、携帯のメールを打っていた。それを見た初老の男性が「ポスターが見えんのか!」と注意したら、女性は「うるさい!」と言い返したという。
また、別の同僚はやはり東京メトロに乗車中、2、3歳の男の子と女の子が騒ぎながら走り回っていたので「静かにしなさい」と諭したら、母親らしき若い女性がすっ飛んできた。謝るのかと思いきや、「怖いおじさんがいるから、向こうに行こう」と2人の手を引いて去っていったという。
(中略)首相が公約を公約とも思わない国では、自分勝手なマナー違反も当然か。



初老の男性の「ポスターが見えんのか!」という注意の仕方。
「静かにしなさい」と諭したときの言い方(2、3歳の子どもに対して「諭した」ときの声のトーン)。

ひねくれ者の私は、決めつけるような一方的な言い方は好まない。
「最近の若者は」という結論ありきで、二つの例を提示して断定する方式。
そして、すべての公約を破ったわけでもないのに、マナー違反を無理矢理、民主党の公約に結びつける安易な批評。

マナー違反は、もちろん良くない。
マナー違反をした人は、反省すべきである。
二度と違反はすべきではない。

しかし、私は、言い方によって相手の態度は、間違いなく変わると思っている。

マナー違反の人には、当然のごとく罵声を浴びせてもいい、という怒る側のマナーはどうなんだろう、とその記事を読んで、私は思ったのだ。

私の基本は、叱らない、怒らない(注意はする)。
その方式で、子育てもしてきたし、人とも接してきた。

そこで、路地裏のさいとうさんに、質問です。

たとえば、車内熱唱少年の母親に対して、私だったらこう言う。

おたくのお子さんは、歌がうまいですね。英語も素晴らしい。ただ、電車内ではなく、違う場所で聴いてみたかったですね。

どうでしょうか? 路地裏のさいとうさん、あなたなら?




2010/05/22 AM 08:04:51 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

奇跡の父娘
お父さん、これは奇跡ですよ! と先生に言われた。

朝、加藤ミリヤの歌を聴きながら仕事をしていたら、iPhoneが震えた。
ディスプレイを見ると「ちゅうがっこぉ」からだった。
中学3年の娘が、何かやらかしたか、と思って唾を一度飲み込んだ後で出た。

そうすると、どこか間延びした女性の声で、「あのぉ、Kちゃんのお父さんでしょうか」と言われた。

はい。

「あのぉ、わたくし、Kちゃんの担任をさせていただいておりますKでございます。お世話になります。実は、PTAの会費のことについてなんですが」

PTAの会費?
そう言えば、払った記憶がない。
前の埼玉の中学では、一学期ごとに払った気がする。

新しい中学では、どうなんだろう?
お知らせのようなものは貰ってない。
娘は、そのあたりはしっかりしていて、支払いや提出物、検尿などは、必ず納期前に済ますことにしている。
しかし、PTA会費のことは、私は聞いていない。

娘が忘れるなんて、まさか・・・・・。

そう思っていたら、K先生が申し訳なさそうな戸惑った声で「我が校では、PTA会費は一年分を口座からの引き落としにしているのですが、うっかりして、そのことをお伝えすることを忘れておりました」と言うではないか。

おや、まあ、うっかりさんだこと。

要するに、今から引き落としの手続きをしていたら間に合わないので、現金で支払ってくれないかというお願いの電話だった。

了解して、先生の都合のいい時間の午後3時半に、私が学校にPTA会費を支払いに行くことで話が決まった。

職員室に行くと、40代後半と思われる女性担任が「わざわざ来ていただいて」と、恐縮の体で頭を数回高速で下げて挨拶した。
そして、意外なことに「ついでですから、お子さんも呼んで、即席三者面談をしませんか」と言われた。

「即席」という言い方が面白かったので、「はい」と、つい頷いてしまった。

職員室の隣の応接室のような狭い部屋に通された。
「じゃあ、Kちゃんを呼んできます」と言い、K先生は立ち上がったが、そのとき「失礼します!」と言って、娘が颯爽と入ってきた。

意表をつかれたK先生は、「はやすぎ!」とひとこと唸った。

娘の姿を認めた私は、我々だけがわかるアイコンタクトをして、すかさず「お久しぶりです」と言った。
それを受けて娘も、「ああ、お久しぶりですね」と、他人行儀な会釈を返しながら答えた。

それを聞いて、K先生の目が不規則に泳いだ。
そして、「何を言っているんだ、この二人は」という不可解な表情で、私たち二人を見た。

しかし、それには構わずに、先生の前で不謹慎だとは思ったが、即席コントを我々は始めたのである。

元気でしたか。
「はい、おかげさまで」
偶然ですねえ。こんなところでお会いするなんて。
「はい、不思議なご縁ですね」

今日は、一体どんなご用件で?
「父が学校に来るというので、待っているところなんです」
ああ、あの藤木直人に似たお父さんですね。
「はあ、まあ、人間であるという点では似てるかもしれませんが・・・・・。ところでそちら様は、一体どのようなご用件で」
宮崎あおいちゃんに似た娘と、ここで会う約束をしておりまして。
「ああ、おたくのお子さんは、とても可愛いと評判ですよね。そう言えば、確かに宮崎あおいちゃんに似てるかもしれませんね」

ところで、最近何か変わったことはありませんでしたか?
「藤木直人とは似ても似つかない父親と『トリック』という映画を観に行きました。たいへん、面白かったですよ」
おや、それはまた奇遇ですね。私も宮崎あおいちゃん似の娘と『トリック』を観に行ったんですよ。面白かったですね、あれは。
「あら、それは本当に奇遇です。世の中には、不思議なことがあるもんですね」

じゃあ、藤木直人似のお父さんに、よろしく。
「そちら様こそ、宮崎あおい似のお嬢さんに、ヨロシク」

わけがわからない、というような顔で、我々の顔を交互に見るK先生。
そして、大きく息を吐きながら、「いつもこんな感じなんですか」と小さく首を振って、両手を軽く上げた(お手上げポーズか?)。

まあ、これは軽い方でしょうか、と私が言うと、「じゃあ、もう少し見せていただけます?」という、思いがけない無茶ブリ。

しかし、要求された以上、応えなければいけないのが芸人の宿命である。
だから、また即席コントを始めた。
若手芸人「じゃるじゃる」の「違いますよ」ネタをアドリブでやってみた。

(立ち上がって)学校の門に続く桜並木。古びた門構え。校舎に書かれた「青春」の落書き。校舎の壁のシミ。どれもが懐かしい。
2階の踊り場の上のガラスに入ったヒビ。階段の4段目の左側だけが大きく欠けている様も、とても懐かしい。
よく滑る廊下。建てつけの悪い職員室のドア。そして、応接室の隅にひっそりと佇む小さな菩薩像。ああ! 懐かしくて、涙が出そうだ。

(娘が遠慮がちに)「あのぉ、この学校の卒業生ですか」
いや、違いますよ。
「違うんかい!」

呆れ顔のK先生。
そして、そのあとに言われたのだ。
「お父さん、これは奇跡ですよ!」と。

「この年頃の子は、男女に限らず半数以上の子が、父親を生理的に毛嫌いしているんです。しかし、Kちゃんのところは違うんですねえ」
そして、繰り返すのだ。
「これは、奇跡ですよ」と。

さらに、「いったい、どんな教育をされたんですか」
好奇の目で食い入るように見られた。

小さい頃から、私がメシを作って、餌付けをしていたからでしょうね。
「アタシは、高崎山のサルか!」

それを聞いて、「すぐにツッコミが入るのね」とまた感心するK先生。
「私、20年以上教師をしていますけど、こんな親子関係は初めてです」と、K先生は、また我々を交互に見た。

「奇跡ですよ」
本日3回目の「奇跡ですよ」だ。
奇跡の安売り。

K先生は、虚脱状態に陥って1分ほど沈黙していたが、突然眠りから醒めたように、眉を平行に戻して私の目を見た。
そして、「この雰囲気で真面目な話をするのは、何か馬鹿馬鹿しくなっちゃいましたけど」と苦笑い。
「でも、ひとつだけ言わせてください」

はい。

「クラスには、たいてい二人か三人、人見知りの子がいて、話の輪に入れなくて、休み時間ひとりでポツンとしている子がいるんです。Kちゃんは、他のクラスの子にも声をかけて、うまくみんなを束ねているんですよ。とは言っても、本当に一人でいたい子に対しては、声をかけるだけで押し付けがましいことはしないんです。それは、本来ならば、教師の仕事なんですが、Kちゃんは、それを自然にやって、リーダーシップをとってくれるので、大変助かっています。転校してきたばかりで、何で自然にそんなことができるんだろうって不思議に思っていたのですが、お二人の会話を見聞きして、何となくわかったような気がします」

いやあ、普段、人さまから褒められたことがないので、照れますなあ。

「先生、こいつ、褒めると調子にのりますので、ほどほどに」

「こいつ?」と突っ込むK先生。

「いや、このバカ(小さい声で)父」と、すかさず訂正する優秀な娘。

「親子関係に関する、新しいタイプのレポートが書けるかもしれませんね」とK先生。

それに対して、我々バカ親子は、「ノーノー! リェポォオト!」と口を揃える。

テーブルを叩いて喜ぶK先生。
そして、「ホント、奇跡だわ」

本日、4回目の奇跡。

しかし、そのあと言った担任の言葉を聞いて、我々親子は苦笑い。

「こんなに面白いのなら、明日も三者面談しません?」

このセンセイも、けっこう面白い。



2010/05/20 AM 06:22:18 | Comment(6) | TrackBack(0) | [子育て]

えらそうに教育論
新しい場所で生活を始めて約1ヵ月半。

一番最初に、生活に馴染んだのは、中学3年の娘だった。
すぐに友だちが、数人できた。

休日は、友だちに案内されて、自転車であたりを走り回っているので、半径3キロの道路は小道も含めて、ほとんど把握したようだ。

出かけるたびに、「おい、卵が88円だってよ。買っておくか」「キャベツが148円だ。今の時期、お買い得じゃないか」「マルちゃんの『麺づくり』88円だぞ。4個買っとくか」などと電話がかかってくる。
通りがかりの店のバーゲン情報を、いち早く報告してくれるから助かっている。

そんな娘が、いま一番熱くなっているのは、6月に行われる「JUNSU/JEJUNG/YUCHUN」の東京ドームライブを友だちと観に行くこと。
先行販売の抽選に洩れた時は、かなり落ち込んでいたが、すぐに立ち直って「くそ! 絶対に行ってやる!」と、パソコンのキーボードを叩きまくって、いま必死でチケット情報を掻き集めている。

「ゼッタイに友だちと4人で行く! 邪魔をするやつは、許さない!」
(いやいや、誰も邪魔はしませんよ)

前の中学の友だちとも頻繁にメールで連絡を取り合っているようだ。
ゴールデンウィークには、前の学校の友だちと新しい学校の友だちを会わせて、友達の輪を広げていた。

そのときに出た話題で一番盛り上がったのは、校則だったらしい。

前の中学では、女子の場合は、少しでも髪の毛が伸びると「結わえなさい」と言われた。
絶えず頭髪検査、服装のチェック、その他細かい外見部分をチェックされたという。
しかし、今の中学では、髪の毛を結う必要はないし、よほど乱れていない限り、外見を注意されることはないらしい。

「えー、なんでぇ!」「うっそー!」「いいなぁ!」

前の学校では、「毎日のあゆみ」というノートを毎日つけることを義務づけられ、その内容が教師の心証を良くする判断基準になっていた。
新しい学校でも、同じようなノートは書かされるが、内容を厳しくチェックされることはない。参考程度の扱いのようだ。

前の学校では、教師が威厳を見せつけようとしてピリピリしていたが、新しい学校では、教師がフレンドリーで授業もわき合い合いと進んでいくという。
教師との距離が近いから、話しかけやすいらしい。
生徒によっては、教師に失恋の相談や便秘相談までするというのだ。

「ありえないぃー!」「なにそれぇー!」「いいなぁ!」

前の中学では、教師と廊下ですれ違ったとき挨拶を忘れただけで、その場だけでなくその後もネチネチと文句をいわれたという。
しかし、今の中学では教師の方が先に声をかけるから、そういうことはない。

つまり、それは「俺は教師だ。お前たちより偉いんだ」というプライドだけが肥大した教師と、「学校の雰囲気は生徒と教師が一緒になって作るもの」と思っている教師との違いだろう。

そのどちらが正しいかは、わからない。

教師が特別なものだと思っている人は、前者を支持するだろうし、それを正しいと思うだろう。
そして、教師が特別なものではなく、ただ生徒をサポートするのが仕事だと思っている人は、後者を支持するのではないだろうか。

あるいは、ただ単に成績という結果だけが判断の基準になって、規律の厳しい学校の方が成績がいい、というデータがでたら、「成績が良ければ、それが正しい学校なんだよ」という考えの人もいるかもしれない。

娘と私は、単純に「いじめがなくて、友だちがたくさんできる学校」が、一番いい学校だと思っている。

だから、ふたりとも、いまの中学校には満足している。

ヨメの母親の健康事情があったとはいえ、今にして思えば、ほとんど発作的ともいえる引越しだった。
一番その影響を受けると思われた娘の学校問題が、思いがけずスムーズにいったのは、ラッキーとしか言いようがない。

埼玉にいた時は、娘の部屋の壁には「めざせ、ベストスリー」の紙が貼ってあった。
学年で成績が3位以内に入ることを目標にしていたのである。

しかし、今は、その貼り紙はない。

ベストスリーをめざさないのか、と聞いてみたら、娘はこう答えた。
「転校してきてすぐに3位以内になんか入ったら、かわいげがないだろ。まあ、今回は、テキトーだな」

その言いかたの方が、かわいげがないが・・・・・。

先週の金曜日。中間テストが終わった

そして昨日、娘が家に帰るとすぐ、私に言った。
「5教科、449点。狙い通り、450点より1点引きィ! たいしたもんだろ?」。

本当にテキトーにやったのか。

何か、かわいくないなぁ・・・・・。



2010/05/18 AM 06:23:13 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]

ザワザワ
急ぎの仕事を終えた後は、いつも軽い虚脱状態プラスナーバスになる。

よくぞ間に合ったという安堵感と、心の奥底に残る何かザワザワしたもの。
ダイナマイトを持っていたら、そのザワザワしたものを吹き飛ばすところだが、不幸にも持っていない。

だから、いつも走ることを選んだ。
雨が降っていても雪が降っていても、ザワザワしたものを吹き飛ばすために、たいていは走った。
次の仕事が立て込んでいて、走る余裕がないときは、室内でシャドーボクシングをした。

それで確実にザワザワが無くなるわけではないが、スッキリしたという自己暗示にはなる。
そうやって、小さなザワザワが徐々に蓄積されて、私の中でザワザワが大きくなっているようだが、そのザワザワがどれくらい大きくなってきたか、私には判断のしようがない(ザワザワとうるさい?)。

金曜日、桶川の仕事が校了になったが、同時にドラッグストアの仕事の校了が待っていた。
つまり、走る余裕がない。
シャドーボクシングをする余裕すらない。

ザワザワメーター、93パーセント。
危険水域である。
ハトヤマ内閣よりも危険な領域に入っている。

ドラッグストアの仕事をしていても、からだの奥底からザワザワと何かが湧き出てくる音が聞こえる。
しかし、表向きは、何ごともないような顔をして仕事を処理した。
誰が見ているわけでもないが、みっともない態度をとることを自分に許したくないからだ。

しかし、ザワザワ、ザワザワ。

ザワザワに負けないように、歯を食いしばりながら、仕事をした。

15歳下の同業者の場合、「そうなりそうなときは、とにかく食べる」ことにしているらしい。
確かに、彼の仕事場に行くと、ポテトチップの袋やポッキーの空き箱、柿ピーの袋などが散乱している。
私と話をする時も絶えずスナック類を口に入れながらだから、何を言っているかわからないことがある。

「えむふゎん、しごろ、いそぐゎひいでふくゎ」(Mさん、仕事忙しいですか?)

それを聞くと、ザワザワする。
張り倒したくなる。

この同業者の場合、1年で9キロ太ったらしい。
しかし、「ああ、10キロじゃなくて良かった。セーフ!」と言って喜んでいるのだから、こいつは絶対にザワザワなんかしないだろう。

そんなとき、大学時代の友人オオクボから久しぶりに電話がかかってきた。
彼に関しては、こちらに書いたことがある。

挨拶もそこそこに、オオクボが「俺はダメなトップだな」と話し出した。
オオクボは、コンサルティング会社の社長。社員は4人。
それなりに儲かっている幸せな男である。

しかし、私が引越したことは知らせたのに、そのことには全く触れずに、いきなり愚痴を言うなんて、オオクボらしくない。
相当まいっていると見た。

聞いてみると、一番信頼している部下が「辞めたい」と言い出したらしい。
29歳の有能な部下。
オオクボの片腕とも言える存在らしい。

うろたえたオオクボが、高級レストランに部下を招待して理由を聞いてみたたが、部下は口をつぐむだけ。
むしろ溝が深まったという。

そこで、他の3人の部下に事情聴取をしてみたが、やはり詳しいことはわからなかった。
ただ一度だけ、「これから先もついていけるか・・」というようなことを言っていたのを、ひとりの社員が聞いたことがあるらしい。

俺は、今までと同じように接しているつもりなのに・・・・・。
どこかで、気持ちが、すれ違ったのか?

何かがわだかまっていて、オオクボは、思い余って、私に電話をしてきたということらしい。

それで、お前のその部下は、お前の片腕なのか、相棒なのか、仲間なのか、それとも友だちなのか。

「どういうことだ?」

俺には、俺より遥かに年下の友だちが何人かいるが、その中には、かつて俺の弟子だったやつもいる。
でも、俺自身は、まちがいなくそいつらを友だちだと思っているよ。

「しかし、俺は経営者だ。立場が全く違うだろう」

経営者は、部下と友だちになっちゃいけないのか。心の問題だけだろ。
「お前は、俺の友だちだ」
俺はそう言っただけで、気持ちがどこか浮き立つんだがな。

「つまり、立場は立場として、心では友だちだと思えということか」

できないなら、片腕を失くすんだな。

沈黙が、4呼吸ほど。
大きく息を吸う気配とともに、オオクボの笑い声が聞こえた。
「今度、奢らせてもらう」

電話を切ったあとで感じた。
あれ? ザワザワが消えている。

久しぶりの友だちとの会話が、ザワザワを消してくれたようだ。

そうすると、奢らなければいけないのは、私のほうかもしれない。

まあ、奢る気はないが・・・・・。




2010/05/16 AM 08:18:19 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

中途半端なMARCH
「徹夜徹夜で大変でしたよ」と愚痴りながら、ピザマルゲリータを食い、ジョッキを呷った。

場所は武蔵境駅北口から5、6百メートル離れた「いなげや」の上のサイゼリアだ。
目の前にいるのは、桶川の得意先のフクシマさんと麻生久美子似の事務員。

5月9日・日曜日にいただいた仕事の校了は金曜日。つまり、今日。
依頼されたのは、健康グッズ販売会社のキャンペーンのチラシ2種類。

「白状しますと、2社から断られた仕事です」と、フクシマさんは、正直にヘラヘラと頭を下げた。
そして、「実は、納期が大変タイトなんです」と、またヘラヘラ笑った。

聞いてみると、確かに、納期に余裕がない。
チラシ表裏4ページ分のキャッチコピーも決まっていないし、その時点では、どの商品をメインに置くかも決まっていないのだった。

ただ、納期だけは動かせないのだという。

そこで、付け焼刃的に20種類のキャッチコピーを考え、その中から気に入ったコピーを選んでもらい、それに沿ってメイン商品を決めるという変則的な方式で進めることを提案した。
だが、そんな突貫工事的な方式で、いいものができるわけがない。
商売というのは、そんなに安易な考えで成功したためしがない。

だから、クライアントが了承しないだろうと思って気軽に提案したことだったが、こちらの意に反して、いとも簡単に受け入れられた。

その結果、まず徹夜。
キャッチコピーを20種類考えるのに、5時間。
資料としてもらった商品の説明文を整えるのに2時間半かかった。

キャッチを、月曜日の夕方までに選んでもらい、夜大急ぎでラフデザインを作り、クライアントの了承を得たのが、午後11時半過ぎだった。
その結果、その日も徹夜。

初稿が火曜日の深夜。
最初の修正が、水曜日の午後4時。
修正の返しが午後10時。

そして、木曜日の午後1時半。
最終確認のため、桶川B&Bがやってきたのだった。
(ちなみに、B&Bというのは、美女とバカの略です)

フクシマさんが持ってきたノートパソコンにUSBメモリからデータを移し変え、その場で修正。
そして、それをJPEGデータにして、クライアントにメールで送った。
あとは、クライアントの返事待ちだ。

「まあ、おそらく大筋でオーケーという感じなんで、ノンビリメシでも食いながらの感じで」

じゃあ、ピザとジョッキの感じで、と・・・・・また接待を受けたわけだ。

「俺、吉祥寺は頻繁に来るんですよ。女房の実家に近いんで」とフクシマさん。
そう言えば、フクシマさんの奥さんの実家は、三鷹で牛乳屋さんをしていると言っていた。
しかし、まあ、縁と言えるほどの縁では、ありませんな。

「Mさん、その言い方は冷たい」

ワー! ウレシイ! 奇遇ですねえ! 感動した!

これで、よろしいでしょうか。

しらけたフクシマさんの隣で、麻生久美子似が、ノンアルコールビールを飲みながら、「私も月に一回は吉祥寺に来ています」と微笑んだ。

え? 吉祥寺のどこらあたりに来られるんですか? 今度、ご案内しましょうか? 私はいまや「吉祥寺通」「吉祥寺の権威」と呼ばれていますから。

そんな私の態度を見て、「俺とは扱いが違う」とすねるフクシマさん。
麻生久美子似が、フホホと笑う。

こういう楽しいじゃれ合いのできるクライアントがいるのは、私にとって大きな幸運である。
普通は、こんな風にお得意さんと「遊べる」ことは、絶対にない。

おバカと美女と白髪の偏屈おっさん。
いいトリオだと言ったら、おふたりに怒られるだろうか。

「Mさん、ピザをもう一枚とグラスワインをいっちゃってください」と麻生久美子似が、にこやかに言う。

いや、もう一杯ジョッキを飲んだあとで、グラスワインですね。それが、サイゼリアの王道です。

それに対して、「チョリソー、食いてえ!」とフクシマさん。

勝手に食えば。

私がそう言うと、おバカが、またすねた振りをする。
あんたは、スネ夫か! と言うと、「どらえも〜ん!」と大山のぶ代の声で返すが、スネ夫の声が大山のぶ代ではおかしいだろうと突っ込むと、「ボク、のび太」と、また大山のぶ代の声で答える。

おバカの極みですな。

BAKAという以外、この三人には共通点がない。
ただ、聞くところによると、フクシマさんと麻生久美子似だけでは、これほど話が盛り上がることはないという。
私が入ると、BAKAの化学反応が起きるようなのだ。

つまり、私こそがBAKA?

落ち込んでいるところに、麻生久美子似が助け舟を出してくれた。
「でも、もうひとつ共通点がありますよ。私たちMARCHじゃないですか。しかも三人とも法学部」

MARCH。
大学受験に詳しくないひとには、まったく意味不明のことばだが、これは東京の大学5校の頭文字をとったものである。
早稲田、慶応、上智の下のランクの大学。

たいへん中途半端なポジションである。

まあ、この中途半端なところが、我々のおバカの根源なのかな?

「中途半端ですよねえ」と麻生久美子似が苦笑い。
「チュートーハンプヮ!」と意味不明のフクシマさん。

いや、それをいうなら、チュートリアルでしょう、と私が言うと、麻生久美子似が「中東和平」とひとり言。
「イラン、イラク、イスラエル、シリア、トルコ」とフクシマさん。

カタール、クエート、サウジアラビア、アフガニスタン、レバノン?

「オマーンって、ありませんでした?」麻生久美子似が首を傾げる。美人だ。

すかさず、フクシマさんが、私を指さしながら「オマーンはもう死んでいる」。

それを聞いて、麻生久美子似と私は、フクシマさんを指さして「オマーンこそ死んでいる」。

指さしては見たが、さした人差し指の先が冷え冷えと感じて、お互い苦笑い。

なんか、中途半端。

しかし・・・・・・・、
この中途半端がお似合いなんだ、これでいいのだ! と、ノンアルコールビールとグラスワインで乾杯した、中途半端なおバカトリオだった。




2010/05/14 AM 06:51:18 | Comment(5) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

フリーランスとストレスの関係
アルバイト先を見つけてきた。
俗に言う日雇い。

だからといって、デザイン業を廃業したわけではない。
昨日は、桶川の得意先からいただいた仕事を、徹夜で作業した。
おそらく今晩も徹夜をせざるを得ないという無茶苦茶な仕事だ。
他にも一件、レギュラーのドラッグストアの仕事を抱えている。

手持ちの仕事はあるのだが、まさかの時のために、保険を用意しておいたのだ。
そうしないと、ヨメから多大なストレスをかけられるからだ。

今年で独立して12年。
いまだに、ヨメはフリーランスというものを理解していない。
あるいは、理解しようとしない。

仕事がわずかな期間でも途絶えると、「どうすんのよ! どうすんのよ!」と騒ぐのだ。
得意先は、少ない数ではあるが、とりあえずある。
いっとき途絶えたとしても、仕事は必ず入ってくるのである。

しかし、ヨメは、その途絶えたことに対して、異常な反応を示すのだ。

「やっぱり、定職についておけばよかったのよ!」
たった三、四日、仕事にブランクができただけで、激しく落ち込むのである。
(その生々しい現実に関しては、だいぶ前にコチラに書いたことがある)

私としては、「いい機会だから、からだを休めたら」と言ってほしいところだが、ヨメにそんな心の余裕はないようだ。

ヨメの頭の中には、「仕事がないイコール路頭に迷う」という図式が絶えず占めていて、それが強迫観念になっているように思われる。

正直、私にとって、このストレスは小さくない。
仕事をしている振りをすればいいという考え方もできるが、私はそんな姑息なことはしたくない。
仕事がないときはないという、フリーランスとしては当たり前の生活を私は送りたいのである。

身内相手に仕事の振りをして見栄を張っても、自分が惨めになるだけだ。
だから、仕事が途絶えたときでも、私は隠さない。

ハハハハ、仕事がないぞー、と毎回笑う。

しかし、ヨメは「笑っている場合じゃないでしょ!」と、その度に眉を吊り上げる。

得意先からの入金が一日でも遅れると、パニックになるヨメ。
電話で相手に確認し、「明日には振り込みますから」と言われると私は安心するが、ヨメは「大丈夫なの? 本当に大丈夫なの? つぶれるんじゃないの!」と騒ぐ。

普段は、すべてに関してノンビリ構えているのに、私の仕事に対してだけは、いつも悲観的なのだ。
「A社から、最近仕事が来ないわね。あの会社、危ないんじゃないの?」と、昨日徹夜明けに言われた。

だが、徹夜明けに、そんなことを言われても、私としては機嫌よく答えを返すことができない(普通は、ご苦労さま、が先に来ると思うのだが)。
だから、黙ることになる。
そうすると、「A社は、もう怪しい」という疑惑が、ヨメの頭の中で増殖する。

そして、「仕事、探さないとね・・・」という呟きを私は聞くことになるのだ(くどいようだが、徹夜明けですよ)。

これが、ストレスになる。

そのストレスから逃れるために、私は日雇いのバイトを保険として探してきたわけである。
今すぐバイトをするわけではないが、保険は早くかけておいたほうがいい。
ストレスは、膨らまないうちに、その原因を排除しておいた方がいいに決まっている。

それが私の精神安定剤になる。

インターネットで見つけたバイト先。
家から自転車で10分もかからないところだ。

昨日の夕方、面接に行くと、バイト先の面接官に言われた。
「最近、多いんだよね。いい加減な気持ちで応募して、すぐに音を上げるやつ。特に中高年は、プライドが高くてさ。俺はこんなところで働く人間じゃないのに、仕方なく働いてるんだって、嫌々働いてるのが見え見えなやつ。働く以上は、きちんとやってほしいね」

そして、彼はそう言ったあとで、履歴書を指さしながら、さらに私のほうに顔を近づけ、無遠慮に睨むのだ。
「あんた! 本当に個人経営なの? 失業中なら、正直にそう言ったほうがいいよ。安っぽいプライドは、ここでは、いらないんだからね!」
この場所でも、俺は決めつけられている。

それを聞いて、私の右手が震える。
怒りで、ワナワナと・・・・・。

ああ! 得意の右フックをお見舞いしたい。

結局、ここでもストレスがたまった俺だった。




2010/05/12 AM 06:56:47 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

シンショーの話
武蔵野市に引っ越して初めて、桶川の得意先からお呼びがかかった。

日曜日だったが、相手が出てこいというのを拒むわけにはいかない。
お客様のご意向は、絶対である。
だから、日曜の午後、遠い道のりだったが、行ってきた。

事務所の応接セットに座るなり、「おつとめ、ご苦労さんでした」と言って、フクシマさんと麻生久美子似の事務員が深くお辞儀をしながら、紙袋をテーブルに置いた。

俺は、ムショがえりか!

私は、おバカさんたちに付き合いながら「じゃけんのぉ〜」と言いながら、袋から中身を取り出した。
それは、パソコンに繋ぐスピーカー(ヤマハ製)だった。
そう言えば、電話で仕事の依頼を受けたとき、フクシマさんから、何か不自由なもの、足りないものはありませんか、と聞かれた。

私が「明日への希望が足りない」と答えると、「わかりました。ヨドバシカメラで探してきます」とごく真面目に、フクシマさんが答えた。
つまり、「明日への希望」は、ヤマハのスピーカーだったようである。

私がまた「じゃけんのぉ〜」と言いながら、お礼を述べると、フクシマさんが「ジャンケン、ノー」と言った。
ノーと言ったのに、すかさず麻生久美子似が「ジャンケンホイ!」と言ったので、私は「チョキ」を出した。
フクシマさんは、見かけどおり「パー」、麻生久美子似が「グー」

咄嗟のジャンケンで「チョキ」を出すのはおかしい、と二人に責められたが、おかしいのは自分が一番よくわかっている、と言ったら、二人普通に納得したようである。

その後、短い仕事の打ち合わせをした。
フクシマさんが言う。
「すみませんねえ。桶川まで来ていただいたのに、つまらない仕事しか出せなくて」

いえいえ、丸二日間徹夜をしなければ仕上がらないような「つまらない仕事」をいただいて、とてもうれしいです。
私が、無表情にイントネーションをつけずに、そう言ったら、ふたりが慌てたように突然立ち上がった。

麻生久美子似は、事務所の隅に置いた電子レンジまで走って、ボタンを押した。
フクシマさんは、その隣の冷蔵庫まで走って、一番搾りを取り出した。

「はい! ピザよ〜し!」「はい! ビールよ〜し!」

フォーメーションプレーか!


2分40秒後。
私の前に、直径30センチのピザハットのピザと500缶のビールが2本置かれた。
なぜか、仕事を出す側が請負人を接待するという異様な光景。
(その理由は、こちらのブログに書きましたので、どうかこの件に関しては怒らないでいただきたい)

日曜なので、他に社員はいない。
だが、たとえいたとしても、おそらく文句は言わないだろう。
今までだって、一度も言われたことはないのだし。

私が膝を6針縫ったという話をしたら、麻生久美子似が「私は10年前にチャウチャウ犬にお尻を噛まれて7針縫った」と言いながら、自分の尻を撫でた。
それを受けて、フクシマさんが「俺は、右ひじを3針、左手の人差し指を3針、そして、心の傷を2針縫った。だから合計8針だ。勝った! 勝った!」と負けず嫌い精神を発揮して、右腕に力こぶを作った。

そのほかにも、フクシマさんが、電車内で突然腹具合が悪くなって、途中下車した大宮駅で用を足したあと、高崎線のホームがわからなくなって途方にくれていたら、3回ひと違いで声をかけられたというエピソードを得意気に語った。

「コバヤシじゃないか」「なんだ、カトウ、こんなとこで何やってんだ?」「待たせたな、イイジマ」

フクシマさんは、そのたびに「オ・レ・ハ〜、フクシマ〜」と歌って、誤解を解いたという。
相手は、真昼に幽霊を見たような顔をして、後ずさりしたらしい。
バカですな。

だが、最後までバカ話では、いい大人が情けない。
そこで、真面目な話で締めくくることにした。

裁判員制度の話だった。

麻生久美子似の知り合いが、その制度に参加したというのだ。
参加したその人は、「刑事裁判はドラマチックで興味深かった」と満足していたという。

その人は、今まで一度も裁判を傍聴したことはなく、巷に起きる事件は新聞の見出しだけで判断してきた。
今回、裁判に参加するに当たって、段階を踏んで事件のあらましを理解し、最終日には「自分の判断で」決断を下した、と言っていたらしい。

「興味深いですよね」と麻生久美子似が言う。
フクシマさんも、「たいへん興味深い」と、おバカ顔を不自然にキリッとさせて、うなずいた。

私は以前、法律事務所に勤めていた関係上、裁判を百回以上傍聴している。
確かに興味深い裁判もあるにはあったが、私には裁判は「ただの儀式」という印象が強い。
卒業式などの式典と同じように、あらかじめ決められた様式に沿って、ただ進行していく儀式。

そして、「心証」という名の怪物。

同じ犯罪を犯しても、刑事調書のできや被告の態度、弁護士のやる気によって量刑が変わるという、曖昧な結末。

メディアによって刷り込まれた事件は、確実にメディア好みの結末になりますよね。
裁判員は、民間人です。
民間人を洗脳するメディアの情報洪水は、「法律を民間人の視点で」という高潔な主旨を、妨害しているように私には思えます。

私がそう言うと、麻生久美子似は、「でも、それも含めて、法律を身近にというのが、この制度の主旨なのではないかしら」と言う。
法律の専門化が持つ「心証」と、民間人が持つ「心証」は、明らかに違うはず。
だからこそ、裁判員制度は、意味を持っているのだと、立教大学法学部出の麻生久美子似は、主張する。

しかし、それではメディアが、「心証」をコントロールすることにならないだろうか。
メディアにコントロールされた「心証」が判決を大きく左右するのなら、裁判員はメディアの代理人に過ぎなくなる。
裁判員は、メディアが騒がなかった事件だけを扱うべきではないのか。
あるいは、裁判員制度を公平に保ちたいなら、メディアに刑事事件の過剰報道を自粛させるべきではないだろうか。

「でも、そうなったら『報道の自由』が制限されることになります」と麻生久美子似が言う。

そう。
報道の自由は、守られるべきです。
しかし、過剰な報道の自由は、「過剰な感情論」を生むことも事実だ。
そこは、自主規制してもらいたい。

たとえば、私は、ハトヤマ氏やオザワ氏は、いますぐにでも職を辞してほしいと思っているが、その私の「心証」も、実はメディアの報道によって作られたものである。

連日のようにメディアで繰り返される報道。
ハトヤマ氏は、無能。優柔不断。
オザワ氏は、極悪人。

連日の報道で、私の脳内に刷り込まれた「一方的な報道」により、私は自分を見失って、そう判断しているわけである。

検察審査会が、先日オザワ氏を「起訴相当」と結論づけたが、それは法律のプロである検察が苦労して結論づけた「不起訴」を簡単に覆した判断であった。
検察の「不起訴」のあとに、なんの新しい事実も出てきていないのに、民間人の「心証」だけで「起訴相当」になるというのは、法治国家として歪んではいないだろうか。

「いえ、それこそが新しい法律のシステムなのです。プロの法律家と民間人の間で結果が違うことこそ、真の法治国家のありようではないでしょうか」
冷静に、麻生久美子似が反論する。

しかし、結局は、「心証」なんですよね。
もし、オザワ氏が、もっと腰の低い、人あたりのいい人だったら、同じように秘書が政治資金規正法で起訴されたとしても、検察審査会はオザワ氏を「起訴相当」にしたでしょうかね。

「私は『起訴相当』になったと信じたいですね」
麻生久美子似が、背を真っ直ぐ立てて、キッパリと言う。
その姿を見てあらためて思った。

このひと、美人だわぁ〜。

それとは対照的に、そんな私たちの討論を、目を泳がせながら、おバカ顔で聞いていたフクシマさん。

さて、私はいま、フクシマさんを「おバカ」と書いた。

これによって、皆さんは、フクシマさんは「バカ」だという「心証」を持ったはずである。

しかし、フクシマさんは、こういった経歴を持っている。
中央大学法学部卒業。
教員の免許を所有。
書道四段。
旅行管理者の資格、二級小型船舶操縦士の資格も所有している。

どうですか。
こう書くと、「おバカのイメージ」を覆された感じになりませんか。
ちょっと見直した感じになりませんか。

つまり、「心証」が冤罪を生むこともあるんですよ。
ねえ、フクシマさん?

「シンショー? エンザイ? ハテ?」
おバカ顔。

あんた、本当に法学部を出てるのか?





2010/05/10 AM 07:14:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

右膝激痛日記
膝を6針縫う怪我をしたことは、以前書いた(コチラ)。

痛かったのは、3日間くらいか。
膝というのは、何かアクションを起こす度に、必ず力を入れなければならない箇所だから、負担がかかる。

縫ったその日は、膝にかなり熱を持っていたらしく、そこだけに特別意識が集中した。
膝に心臓がある感じ。
治るのが遅くなるので痛み止めは我慢して、表向きは何ごともないような顔で過ごしてきた。

風呂はシャワーだけ。
ラップで膝をぐるぐる巻きにし、厚手のタオルを巻いてはいる。
今の時期、化膿しやすいのでしばらく風呂は控えてといわれていたが、毎日風呂に入っている人が入らないと疑われるので、シャワーだけは浴びた。

縫ってから3日間は、風呂に入るたびに痛みが増したが、腫れが引いてからは、気にならない痛みになった。

こうなると、医者から「やってはいけないこと」と言われたことをしたくなるのが、人間のあるべき姿である。

「抜糸するまで、運動は控えましょう」

するなといわれたら、したくなる。

トリック山田奈緒子は、人から「してはいけない」と言われると、必ずそれをする。
「エヘヘヘ」と笑いながら・・・・・。

そして、毎回痛い目を見るのであるが、「するな」ということを「する」行為は、決して間違ってはいない。
この場合、法律を犯しているわけではないのだ。
リスクは、すべて自分だけで負うのだから、誰にも迷惑をかけていない。

その行為は、ただ馬鹿馬鹿しくて笑えるだけだ。

だから、走ってみることにした。

私は常識人なので、10キロ走ろうなんて思っていない。
1キロぐらいなら、いいんじゃないか、と思って走り始めた。

走り始めてすぐ、膝の皮が攣(つ)る感じがして違和感を感じた。
膝を曲げるたびに軽い衝撃がきて、右足と左足のストライドが、大幅に違うのが実感できた。

左足のストライド150センチ。
右足が100センチくらい。
明らかに、変である。

しかし、構わずに1キロ走ってみた。
痛みはあったが、思ったほどではない。
そして、そのとき、私は思ったのだ。

左足のストライドを120センチにせばめて、さらに右足に頑張ってもらって、ストライドを120センチに伸ばしたら、バランスが良くなるのではないか。

だが、それは、頭で考えるほど簡単ではなかった。
痛いという意識が、ストライドを伸ばす邪魔をするからだ。

左足のストライドを100センチまでせばめたら、すべては解決するのだが、それは私のプライドが許さない。
120センチのストライドは、絶対に譲れない。
それを放棄したら、走る意味がなくなる。

右足には、かなり頑張ってもらった。
いつもより3.5倍の汗をかいて、右足を強く意識して足を踏み込んだ。

武蔵野市特有の細い歩道を、喘ぎながら必死に足を動かして、気がついたら3キロを走っていた。
これ以上走ったら、帰るのがつらくなる。
それを判断する常識は、私の脳の片隅に残されていた。

私は、常識人なのですよ。
体のどこを切っても、断面は「常識模様」をしているのです。

帰りは、歩こう。
それは、極めて常識的な判断だったと思う。

しかし、8歩歩いて、私は自分の右膝が、他人のもののように言うことを聞かない現実に直面したのだ。
膝にまったく力が入らない。

走っている時は、おそらく脳内麻薬(エンドルフィン?)が出ていたので、痛みを我慢できた。
しかし、歩き始めたことにより、麻薬が切れてしまったようなのだ。

俺に、ヤクをくれ・・・・・(不謹慎?)。

歩き始めて、50メートルほどで、4回膝を折って、倒れこみそうになったときは、愕然とした。
膝に意識を集中しようとしても、まるで膝がないような感覚。
全身から冷たい汗が出てきて、気を抜くと意識を失いそうになった。

最早、痛みは感じない。
ただ、膝に力が入らないという絶望的な状況。

やばいぞ。
歩いて帰れるのか?

幸い、バス通りに面していたので、バスは通っている。
タクシーも頻繁に通る。
短パンのポケットには、千円札が入っている。

「乗っちまえよ」
悪魔のささやきが、私の耳に、鮮明な響きを持って、入り込んできた。

その誘惑は、柴咲コウ菅野美穂の笑顔のように魅力的だったが、そんなに簡単に誘惑に乗っていいものか?
おふたりは、雲の上にいるからこそ、輝いているのではないか。
それを千円ごときで手に入れてしまったら、申し訳ないではないか。

だから、私は誘惑を断ち切って、歩くことにした。

何があっても、歩くことにした。

最初は50メートルで4回膝を折ったが、次は我慢して、膝を折らずに歩くことができた。

冷や汗と脂汗の混合液を流しながら、出来損ないのロボットのように、油が切れたような動きを繰り返して、1キロを歩き、2キロを歩いた。
立ち止まってしまったら、再び立ち上がるのは難しいと思ったので「ガル〜ガル〜」と、瀕死のトラのような息を吐きながら、さらに1キロを歩いて、アパートの下まで帰ってきた。

アパートを見た途端、力が抜けたのか、階段の一番下の段にへたり込んで、首をうなだれた。
そして、座ったままの姿勢で寝た。

眠った時間は、おそらく5分程度。
しかし、それは疲れを取るには、充分な時間だったようだ。

おし!
元気になった!
だが、両手のこぶしを握って立ち上がろうと、全身に力を込めたとき、私の目に自分の右膝がクローズアップされてきたのである。

なんだ、これ!

まるで小玉スイカのように、見事に丸く脹れているじゃないか。

触ったら、ブヨブヨしてた。
脹れすぎて、痛みも感じない。

私は、冷蔵庫のある101号室に入り、氷をレジ袋に大量に詰め込んで、患部を冷やすことにした。
そして、膝にバスタオルを巻いて、ダイニングの床に寝転がった。

また、眠った。

目を覚ました時、目の前に中学3年の娘の顔があった。

娘に「このバスタオルは、どうした?」と怖い顔で言われたので、「膝に巻いている」と、当たり前の答えを返した。
しかし、娘の眉が吊り上る。

「その子ブタの柄のバスタオルは、アタシが大事にしているものだぞ。それを何でお前の汚い膝に巻くんだ! それでいいと思っているのか?」

す、す・・・・・、すみません。

結局、新しいタオルを買うために、千円を娘に没収された。

いったい、今回走ることに、意味はあったのか?
(いま膝は、劇的に回復して機嫌よく動いてくれている。だから、意味はあったのかな?)




2010/05/08 AM 07:29:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ことばには不思議な力がある
人間を救うのは人間である、という当たり前だが、感動的なお話。

実家の三鷹に帰った79歳の嫗(おうな/おみな)の破滅的な行状に関しては、何度となく書いてきた。
ありえない行状の数々。
医師も看護師さんもヘルパーさんも、我々身内も匙を投げて、ただ呆然とその様子を見るしか能がない、絶望的な日々。

誰もが疲れきっていた。

しかし、もう施設に頼るしかないのか・・・・・、とため息をつきながら結論づけようとしたまさにそのとき、救世主が現れたのだ。

嫗のマンションの下の階に住むクドウさんだ。

クドウさんは、嫗より若い74歳。
10歳年上の旦那様と、25年間、そのマンションで暮らしていた。

クドウさんは、嫗が三鷹に帰ってきたとき、股関節を痛めて外出ができない状態だった。
17ヶ月ぶりに帰ってきた嫗の様子を見に行きたかったが、歩くのも辛い状態だったので、「会いたい」という思いを抑えて、治療に専念したという。

4月末日。
そのクドウさんが、医師から「無理をしない程度に」というお墨付きをもらって、早速、痛む足を引きずりながら嫗に会いに来てくれたのだ。

クドウさんと嫗は、ある宗教で結びついていた。
三鷹にいたときは、会合で顔を合わすたびに、クドウさんは不安定な嫗の様子をうかがいながら、嫗の機嫌を損ねないように、いつも目立たないように世話を焼いてくれたらしい。

つまり、クドウさんは、医師や看護師さんよりも、嫗の生態に関して、豊富なデータベースを持っている人だったのだ。

そのクドウさんが、散らかし放題の嫗のダイニングルームのゴミの上に座って、嫗に話しかけた。

クドウさんは、嫗に語りかけた。
まるで幼稚園の先生が、園児に語りかけるように、幼児の目線まで下りて。


あなたの旦那さんが亡くなって5年になるわよね。
あなたの旦那は、とてもいい人だった。
人にばっかり気を遣って、いつも人の言うことばを逃さず聞こうとして、それをメモにとっていた。
真剣な顔をして、どんなつまらないことでもうなずいて、自分を成長させようとしていた。
みんな、そんな旦那のことが大好きだった。

あなたが我がままを言うと、旦那はすぐに怒ったけど、それは愛情のある怒り方だった。
あなたにも、それはわかっていたよね。
あなたは、他の人が怒ると感情的になったけど、旦那に怒られたときだけは、どこか幸せそうな顔をしていた。

旦那さんが死んで5年。
あなたは、我慢したんだよね。
淋しかったんだよね。
それは、わかるよ。

でも、旦那は、もういないんだよ。
死んじゃったんだよ。

旦那が亡くなる前に、私にこう言ったんだ。
あいつは、何もできない女だ。でも、信心する心は誰にも負けない。そんなあいつのいいところを、クドウさん、あなただけは見守ってやってくれないか。そして、それを伸ばしてやってくれないか。
俺がいなくなったら、迷惑だろうが、あなたにあいつのことをお願いしたいんだ。

そう言って、痩せ細った上半身を折るようにして、私に頼んだんだよ。

あなたは、それほど旦那に愛されていたんだよ。
だから、私があなたの面倒をみる。

旦那さんとの約束だからね。

辛いことがあったら、他の誰よりも先に、私に言ってよ。
私が何とかするからさ。

死んだ旦那さんに恥ずかしくない暮らしをしようよ。
これからは、私と一緒に・・・・・。



それを聞いていた誰もが泣いた。

ヨメも、私の息子も、娘も、そして、私も。

嫗は泣かなかったが、無言で、散らかした部屋の掃除をし始めた。

いつもの無表情で不機嫌な顔。
しかし、いつもより数倍も俊敏な動きで、嫗はゴミを片付け始めた。

燃えるゴミ、燃やせないゴミ、資源ゴミを間違えることなく、袋に詰め始めた。
我々も、それを手伝った。

一時間もかからずにダイニングは、綺麗になった。
そして、和室。
腐臭を放つダンボールは解体され、布団は押入れに格納され、散らかし放題の洋服は、タンスに収納された。

綺麗になったダイニングで、みんなでお茶を飲んだ。

そして、クドウさんが、嫗の目を覗き込んで言った。
「あなたは、人から愛されてるんだねえ。みんなが、あなたのために働いてくれてるんだよ。羨ましいねえ」

それを聞いて、はじめて、嫗の目から涙が溢れ出した。
声は出さなかったが、確実に涙は流れ落ちていた。

いま、嫗は三食メシを食い、薬を三回飲み、忘れずに夜インスリンを打っている。

人が放つ言葉の威力は、計りしれない。

正しい言葉は、人を正しく導く。

それをいま、強く実感して、私は感動している。

私自身が今までやってきたことは、何の役にも立たなかったようだが、結果よければすべてよし。

私はいま、武蔵野市に引っ越してきて、心底よかったと思っている。




2010/05/06 AM 06:35:40 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]

ありあまる心の富
あらためて感謝の言葉を述べたい人がいる。

ドラッグストアチェーン店のK社長に対してだ。
K社長に関しては、以前コチラのブログに書いたことがある。

いま現在、毎月必ず仕事を出してくれる有り難いお客様は、このドラッグストアだけだ。
月に1回から3回、チラシの仕事をいただく。
一番恩を受けている得意先であるが、このブログでの登場は少ない。

それは、社長の娘さんに「できれば、控えていただけたら」と止められているからである。

私としては、当たり前の真実を書いているつもりだが、社長の娘さんからすると「褒めすぎですよ」ということになる。
ブログネタが制限されるのは本意ではないが、ご本人の要請だから、それを守ってきた。

だから、書かないでいた。

しかし、今回は、書かせていただこうと思う。
今回、埼玉から武蔵野市に引っ越すにあたって、K社長に、感謝の意を表明せずにはいられない、有り余るほどのご厚意を受けたからだ。

3月下旬、浦和の事務所に、K社長を訪ねて引越しの挨拶をしたときのことだった。
私が深くお辞儀をしたとき、社長から「Mさんも、肩の荷が下りませんねえ」と、両肩を軽くつかまれた。
そして、「もっと力を抜きましょうよ。抱えなくていいものを抱える必要はありませんから」と目を覗き込むようにして言われた。

社長室の応接セットに座ると、午前10時過ぎだったが、「レミーマルタンでも飲みましょうか」とブランデーグラスを目の前に出された。
琥珀色の液体をグラスに注がれて、乾杯。

ペッパーが詰まった柔らかめのチーズも出された。
ペッパーの刺激が、濃厚な香りのブランデーと、合うような合わないような・・・・・。

そして、ブランデーグラスを回しながら、K社長が言う。
「今日は私にMさんの時間をくださいよ」

まあ、引越しの段取りは、ほぼ終えていたので、時間はありますが・・・。

「じゃあ、お台場でランチですね」
唐突な提案。

なぜお台場?
桜が咲いているというのに、外の気温は5度前後。
しかも、北風。

こんな寒い日に、お台場に行く必然性はあるのか。

「Mさん、イタリアン好きでしょ? 娘が見つけてきたんですよ、Mさんのために。でも、ご安心ください。高級とは無縁のレストランらしいですよ。Mさんの眉が吊り上ることはありませんから」
そして、少し体を乗り出して言う。
「ご迷惑でした?」

いやいや、イタリアンにご迷惑はございません。
お台場だろうが、墓場だろうが、ついてまいります。

墓場まで、いや、お台場まで、K社長の娘さんが、車で連れて行ってくれた。
娘さんは、昨年大学を卒業して、昨年の秋からアメリカの大学に留学中だという。
このときは、たまたま日本に帰ってきていた。。

娘さんからは、今でも月に一回程度、メールが届く。
パソコン操作でわからないことがあったときだけのメールだが、その文章はいつも自然体で、人柄の良さを感じさせるものだった。
それは、すぐに返信したくなる血の通ったメールだ。

そのメールを読んで、私はいつも思う。

親子そろって、器がでかい!

俺の器は、スプーン小匙100分の1程度だが、この親子は、無限大の広さを持っているな・・・・・。
ため息をつくしかない。

お台場でのイタリアンは、うまかった。

ニンニクをきかせたトマトペーストのオニオンスライスと、魚介類をふんだんに使ったパスタ。
あまりにもうまくて、娘さんと一緒に「トゥース!」と、左手の人差し指を立てて感激を表現したら、まわりから笑われた。

はしゃいだのは、イタリアンワインがうまかったせいもある。

K社長とふたりで3本飲んでしまった。
赤と白。
口の中がピンクになりそうですよ、と言おうとしたら、K社長に先を越された。

「Mさん、俺の腹の中、赤と白で、ピンク色ですよ!」

そして、眼の縁をピンク色にしたK社長が、少し居住まいを正して、こう言った。

「Mさん。引っ越しても、末永いおつきあいをお願いしますよ。僕はMさんを選んで、本当によかったと思っているんです。いま、うちの店が14店舗まで増えたのは、Mさんの作るチラシが大きく貢献していると、僕は思っています。どうか、見捨てないでください」

社交辞令にしても、これほど誠意を持って頭を深く下げられたら、私は泣くしかない。

ありがたいことだ。

フリーランスになって良かったと思うのは、こんな瞬間である。

そして、さらに社長が遠慮がちに言う。
「うちの会社は、東京多摩地区には、拠点がありません。いつかは進出したいと思うのですが、情報が乏しいのです。そこで、Mさんにお願いしたいのですが、多摩地区のドラッグストアのチラシが手に入ったら、送ってくれませんか。もちろん相応の謝礼はいたしますので」

我が家では、永久に新聞をとる予定がないから、新聞の折込によってチラシを手に入れる機会はないが、店舗に足を運べば、チラシは手に入るだろう。
だから、私は大きくうなずいて、それを快諾した。

武蔵野に引っ越した私は、すぐに20種類近くのチラシを手に入れ、4月初めにK社長宛てに送った。
4月半ばと月末にも送った。

私は、チラシを送っただけである。
他に、何の労力も費やしてはいない。

しかし、4月30日、銀行の口座を確認してみたら、K社長の会社から、思いがけない金額が振り込まれていた。
毎月振り込まれるレギュラーのチラシの仕事とは別の振込みだ。

私は、意味を把握しないまま混乱して、K社長に電話をした。

すると、いささかの曇りも感じさせないトーンで、K社長はこう言ったのだ。
「Mさんに送っていただいたチラシ、たいへん参考になりました。短期間にあれだけ豊富なチラシを集めていただいたことは、僕の想定外でした。だから、感謝します」

俺は、ただチラシを送っただけなのに、この有り余る報酬。

いや、報酬だけではない。

K社長は、言葉でも私の心を動かすのだ。

「Mさんは、もっと体と心を大事にしたほうがいいですよ。自分の体は、自分だけのものだっていう勘違いは、もう止めたほうがいいです。それは、本当に、大きな勘違いです」

K社長。
思いがけないほどの言葉をかけていただき、ありがとうございます。

そのことば、身にしみました。

本当に、ありがとうございます。



2010/05/04 AM 07:16:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

あと戻りできない決断
友人のチャーシュー・デブ・スガ君の「幸せなラーメン屋さん」の店舗探しが長引いていた。
(その話に関してはコチラに書いた)

今年6月前後のオープンを目指していたので、3月初めの段階で決まっていなかったときは、少しばかり、焦った。
大急ぎで店舗を見つけたとしても、突貫工事になることが予想された。
はじめてのプロデュースで、それでは、余裕がなさ過ぎる。

もともと蒼い顔をさらに蒼くして、頭を抱えた。

しかし、スガ君は、大物だ。

巨大な顔を綻ばせて、Mさん、のんびりいきましょうよと言うのである。

本当に、のんびりでいいのかい?

「だって、オレ失敗したくないですから。これは、オレにとってのラストチャンスだと思ってますから、すべての前提は最高の条件が揃うことなんです。焦って失敗するのは、嫌です。年内に開店できればいいですよ。オレは、そのつもりです」

いつになく毅然とした態度のスガ君を見て、「今度こそ、彼は本気なんだ」と思った。
それと同時に、申し訳なく思った。

おれって、つくづく使えない男だな。

しかし、自己嫌悪に陥っていても、何の解決にもならない。

そこで、アドバイザーの京橋のウチダ氏と頻繁に連絡を取り合いながら、さらに、極道顔のコピーライター・ススキダの助けも借りながら、物件選びを進めていった。

そんな3月半ば、私がクリアアサヒの誘惑と闘いながら、引っ越し作業とラーメン店の店舗探しをしているさなかに、私のiPhoneが震えた。
スガ君からだ。

iPhoneを手に取ると、何を言っているかサッパリ要領を得ないスガ君の声が、私の左耳の鼓膜を震わせた。
「オトウサンガ●×#&*△◎◇・・・・!」

2分15秒ほど辛抱して聞いていたが、タガログ語ウィグル語の喧嘩のような言葉の洪水に、脳が破裂しそうになったので、我慢できずに私は「落ち着け!」と怒鳴った。

スガ君に、深呼吸を数回させてから、話を整理させたら、やっと話がつながった。

彼の義父が、狭心症で倒れたというのである。
義父は、今回のラーメン店開業のスポンサーである。
だから、計画は、しばらく停止した方がいいのではないか、彼は、そう言いたかったようだ。

確かに、スポンサーが、その状態なら、詳しい病状がわかるまで、計画は停めておいたほうがいいかもしれない。
とりあえず、一旦は停止ということで結論づけて、私はウチダ氏とススキダにも、そのことを伝えた。
ふたりは、了承した。

その後、幸いなことに、スガ君の義父の入院は一週間程度で済み、直々に「俺のことは気にしないで、(計画を)進めれば」という、ありがたいお電話をいただいた。

よし、新たな気分で物件探しを、と勇んだとき、京橋のウチダ氏が、いいタイミングで飯田橋にいい物件を探してきた。
早速、ススキダを(運転手代わりに)引き連れて足を運び物件を吟味すると、駅から遠からず近からず、そして、目白通り近くの道路に面しているので、昼から夕方の人通りも適度にあるという好条件であることを確認した。

ただ、飯田橋周辺の雰囲気を見ると、私が目指していた古民家風の内装は、そぐわない気がした。
「いや、大丈夫だよ」とイケメンのウチダ氏は言ってくれたが、極道顔のススキダは、「もう少し、煮詰めないとな」と、慎重だった。
最後は、スガ君を交えて煮詰めようじゃないか、という結論に達して、次回の打ち合わせ日を決めて、その場はお開きになった。

しかし、4月22日の夜、スガ君の義父が再入院したという連絡が、また要領を得ない言葉の羅列とともに、私のiPhoneを急襲した。

二度目の狭心症の発作。
詳しいことは部外者なのでわからないが、短期間に二度目というのは、深刻な病状だと考えた方がいいのではないだろうか。
たいへん心配である。

今回の計画は、スガ君の義父がいればこそ、のものだ。

スガ君の義父の体調を慮(おもんばか)れば、ラーメン店どころではない、というのが、常識的な判断だと思われる。
治ってからでもいいではないか、と私は思った。

しかし、京橋のウチダ氏とススキダの意見は、違っていた。

スガ君の義父の体調については心配だが、それとビジネスは別だというのだ。
義父が一旦ゴーサインを出した以上、どんなアクシデントがあっても、それを貫徹するのが、請け負った側の道理だというのである。

もちろん、その理屈が正しいことも、私は承知している。
一度計画を立てた以上、何があっても、それを貫くのが請負人としての役目であり、義務でもある。

ただ、以前、スガ君の義父との約束の中で「物件が見つかったら、一度確認させてよ」と私は言われているのである。
いま、それが果たせない以上、計画を勝手に進めることはできないのではないか、と私は考えたのだ。

スガ君の義父の病状の回復を待ったとしても、決して遅くはないのではないか。
そう思った。
スガ君も、私と同意見である。

「でもな、こんないい物件は、二度とないぞ」とウチダ氏とススキダが言う。

「これ以上計画を先延ばしすることにメリットはないぞ。攻めるときは攻める。それが最良のビジネスチャンスを生むんだ」

「焦っても仕方がないが、焦ることと決断とは、まったく別物だ。俺は今が決断の時だと思うが」

四人で力を合わせて、いい店を作ろうぜ。夢を実現するのが、ビジネスじゃないか!」

四人で、力を合わせる・・・・・?

なんと、魅力的な言葉。

わかった!

スガ君は、俺が説得する。
前に進もう!

ああ〜、言っちまったぁ〜!

明日、スガ君の義父のお見舞いに行くのだが、なんか、いま胃がチクチクと痛いぞ。
6針縫った膝もジンジンと痛むぞ。




2010/05/02 AM 08:16:39 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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