Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ふたりのネコと法則
武蔵野市に引っ越してきて、最初にできた友だちが、ネコだった。

アパートから百メートルほど離れたところに、児童公園がある。
砂場があって、シーソーがあって、ベンチがある、当たり前の公園だ。
広さは、テニスコートニ面分くらいか。

引っ越して間もない頃、そこにネコがふたり、日向ぼっこをしている姿をよく見かけた。
ノラ猫のようで、ノラ猫でないような。

ひとりは、洋猫との混血と思われる毛の長いネコ。雄々しい感じがするので、「リョーマ」と名づけた。
もうひとりは、全体的に毛は白いが、頭のてっぺんだけチョンマゲ模様があるネコ。小太りなので「セキトリ」と名づけた。
自分もネコになったつもりで近づくと、警戒心を見せず、「何だお前?」というように、目だけを動かして私を見上げた。

「友だちになろうぜ」と私が言ったら、「クッ!」という音を立てて、ふたりが私を見た。
それが、友だちになったしるしだった(私が勝手にそう思っているだけだが)。

東京の気温が、今年初めて夏日を超えた日。
ベンチの上で、だらけたポーズを取るふたりに、いつものように話しかけた。

いい陽気だな。うれしいな。
そして、ふたりの腹をさすりながら、愚痴をつぶやく。
世間の常識で見たら、あきらかに怪しい人だが、常識がいつも正しいとは限らない。
だから、気にしないようにしている。

その怪しい人に、近づく影がひとつ・・・・・、ふたつ?

目を影の方に移すと、小さい子が立っていた。

こんにちは。
あいさつしたが、少年は、まるで私のことなど眼中にないように、目がネコに釘付けだった。
焦点が、ネコにしか合っていない。

身長120センチくらいの男の子。
無表情。
この世界には、自分とネコしかいないと思っているような、思いつめた目をしていた。

その思いつめた表情の、言いようのない迫力に負けて、私はベンチから立ち上がり、少年に席を譲った。
立ち上がった傍に小柄な女性がいた。
おそらく少年の母親だろう。

すみません、と頭を下げられた。
下げられる理由があるのかと悩んだが、いちおう、どうも、と答えた。

何となく立ち去りがたかったので、少年がネコを可愛がる様子を見ていた。
見ていると、可愛がるというのとは違う可愛がり方を、少年はした。

ネコの毛を撫でているようで、撫でていない。
少年は、手をネコの毛の数ミリ上で浮かせるように動かしているだけだ。
そして、それを、ただ飽きずに無表情に繰り返しているだけだった。

それを見ていて、心の中に、居心地の悪い何かが膨れ上がってきた気がした。
それが何だろうかと答えを探そうとしていたとき、「この子」という声が聞こえた。

声のした方に顔を移すと、小柄な母親が、綺麗な歯並びを見せて微笑んだ。
「この子、自閉症なんですよ」

ああ、と合点がいった。

そして、勇気ある告白だな、と思った。
初対面の私に、そんなことが言えるなんて。
それまでの母親の歴史に、相当な葛藤があったことが思い浮かばされるような「何かを超えた」微笑だった。

少年の周りには、自分とネコの世界しかない。
それだけが、今この時間の、すべてである。
それは、単純すぎるほど鮮明な世界だった。

その特別な時間を、こうやって見ていてもいいのだろうか。
神聖な時間を邪魔してはいけない。
早く立ち去らなければいけない。

そう思ったが、ふたりのネコが、あまりにも気持ちよさそうな顔をしていたので、私はそれに見とれてしまったのだ。

ふたりのネコは、少年との時間を大切にしているように思えた。
そう思ったら、立ち去るのが、もったいなくなってきた。

少年の邪魔をしてはいけないので、私は5メートルほど離れたもう一つのベンチに腰を下ろし、失礼にならないように、目を向けることなく気配だけで、少年がネコを可愛がる様を感じることにした。

ポカポカ陽気とふたりのネコと少年。

これも春・・・・・・・だな。

そんなとき、少年と私のちょうど中間に立っていた母親が、また綺麗な歯を見せて言った。
「助かりました。この時間に、この公園でネコの相手をするのが、この子の『法則』だったものですから。少しでも時間がずれると、感情がコントロールできなくなって、大変だったところです」

大変だったという言葉のわりには、顔は穏やかな笑顔だった。

自閉症児と法則。

彼らには独自の法則があって、その法則が受け入れられないとき、彼らは自分を見失ってしまうのかもしれない。

世の中は、法則どおりにいかないことがほとんどだから、彼らにとって、世の中は生きにくいのだろう。
思い通りにいかないことを認めるか認めないかで、世の中は「線引き」をする。
その「線引き」は、実は、大切な自我を捨てることなのかもしれない。

人生は法則じゃないんだよ。法則どおりにはいかないんだ。
したり顔で結論づける大人たちは、はたして正しいのか。

その正論もどきは、いったい彼の何を評価するのか。
なぜ法則に、こだわってはいけないのか。

ふたりのネコが、気持ちよさそうですね。
私がそう言うと、母親は「ふたり・・・ですか?」と笑った。

私の中では、あの子たちは「ふたり」なんですよ。

首をかしげながら、息子とふたりのネコを見つめる母親。
まばたきが、二回。

「あの子の頭の中でも、あのネコさんたちは、『ふたり』なのかもしれませんね」

そうですね。
そうだったら、彼と私とは、同じ法則を共有していることになりますね。
それは・・・・・、嬉しいな。

母親が、綺麗な歯を覗かせて、無私の笑顔でゆっくりうなずく姿が、春の景色のなかで、輝いているように思えた。




2010/04/24 AM 07:40:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]



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