Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ショーユーこと
武蔵野市に越してきて、ほぼ3週間。

物足りないことが、ひとつある。

愛用していた「隠れ家」が、遠くなったということだ。

中古OA機器販売会社の事務所のパソコンをメンテナンスする代わりに、倉庫の一部を使わせてもらって、そこを隠れ家として使っていた。
だが、武蔵野市から、さいたま市見沼区までは遠い。

隠れ家を利用するためだけに、往復2千円近い交通費をかけるのは、不経済に思える。
安いカップラーメンなら、20個以上食えるわけだし。
ここは、悩みどころだ。

だが、この会社の社長を私は好きだ。
中小企業のオヤジは、独特の個性を持っている人が多いから、話をしていてイラッと来ることが、たまにある。
あえて言わせてもらえるなら、「自己中心的」な人が多い。

自分だけの価値観で、自分のまわりのものすべてを断罪するから、聞いていて「心の眉」が吊り上る。
しかし、この社長は、強い個性を持ってはいるが、周囲への気配りが行き届いた人格者でもある。
酔って絡んできても、ひとの内面に土足で踏み込むようなことはしないし、他人の悪口も言わない。

私は、他人の悪口を言わない人は、無条件でその人格を認めるという単純な性格をしている。
だから、この社長のことが、好きだ。

一ヶ月前のことである。

武蔵野市に引っ越すことにしまして・・・、と社長に告げたとき、「ウッソォー!」と大きくのけぞった社長は、私が引っ越す理由を言ったら「Mさんも苦労するねえ」と言って、8分ほど姿を消した。
8分後に姿を現した社長は、両手に持った白い封筒を私の右手に無理矢理握らせた。

そして、言った。
「全然足りないだろうけど、引越しの足しにしてよ」

中を覗くと5万5円、入っていた。
「まあ、ご縁(5円)があるように、っていうシャレだよね」と照れて頭をかく社長の目をまともに見ることができず、私は両手を両膝において頭を下げた。
社長の言う「メンテナンス、続けて頼めるよね」という言葉にも、ただ頭を下げ続けるだけ。

やっとのことで上げた顔に向かって、さらに社長が言葉をかける。
「倉庫の隅っこの『隠れ家』だっけ? あれ、残しておくからさ。気が向いたら、また使ってよ。あれは、Mさんのパワースポットだからね」

今度は上を向いて、こみ上げて来るものを必死で抑えた。

そうやって、からだ全体で力んでいたら、「ほら、来たよ」という社長の声が、耳に入ってきた。

来た? 何が?

午後6時半過ぎ。
会社のドアが開いて、聞き覚えのある声が、「まいど!」と言った。

ドアの方に顔を向けると、社長の弟が、鉢巻をして立っていた。
そして、言った。
「また、オレのラーメン、食べてもらおうかなと思って」
照れて頭をかく仕草が、社長と全く同じだった。
そして、笑顔も(カバさん顔)。

社長の弟は、事業に失敗して、屋台のラーメン屋を始めたのだが、そのことに関してはコチラに書いた。

あれから、弟さんの腕は上がったのか。
顔を見ると、以前より表情に余裕があるような気がするが・・・。

会社の前に置かれた屋台のラーメン屋は、心なしか貫禄がついてきたように思えた。
「しょうゆラーメンでいいですか」

ショーユーこと!

前回と同じく無視されたが、出来上がったラーメンは、見事なものだった。
太い麺がスープによく絡んで、口の中に広がるサッパリした油と、麺を噛んだときのスープのはじけ具合が絶妙で、私は思わず弟さんに向かって、左手の親指を立てていた。

「もしかして?!」
そう聞く弟さんの笑顔にも、どこか貫禄が感じられて、その安心感が、さらにラーメンを味わい深いものにした。

社長が言う。
「おい! 合格だよ。Mさんの顔と食いっぷりを見ればわかるよ」
社長の目が、少し涙目になっていた。

「本当に、合格ですか?」
そう繰り返して聞く、社長と弟さんの目が血走っている。
その血走ったカバ顔は、なかなか笑える。

その笑えるカバ顔に向かって、私はまた、左手の親指を立ててこう言った。
「ショーユーこと!」

・・・・・・・・・・。

ふたり顔を見合わせて、苦笑い・・・カバ笑い。

そのカバさん社長から、昨日電話がかかってきた。
「どう? そっちの暮らしには、慣れた?」

まあ、ぼちぼち・・・。

「ゴールデンウィーク中、お忙しいのに悪いんだけどさ。会社のパソコンがチョット調子が悪くなってね・・・」

つまり、メンテナンスをご希望なんですね。

「ショーユーこと!」

はいはい。
(ひとに言われると、なんかイラッとする。6針縫った膝も疼くし・・・)




2010/04/30 AM 06:45:25 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

コンピュータは6針縫ったことを予測できるか?
武蔵野に越してきたことに関して、色々と誤解があるようだ。

一番多いのは、「安易な考えで、引っ越したのではないか」というご意見だ。

人には、あまり詳しく説明しなかったので、そう思われても仕方ない部分もある。
そこで、言い訳と取られることを覚悟しつつ、いきさつを語りたいと思う。

武蔵野に引っ越すにあたって、嫗(ヨメの実母)の長男・次男に来てもらって、現状を説明した。

嫗が「三鷹に帰りたい」と夢遊病者のように、繰り返しつぶやいていること。
嫗が、さいたま市に居場所がなくなった、その理由など(それに関してはコチラに書いた)。

嫗は、介護の認定を受けている。
我が家に転がり込んで来た17ヶ月前には、介護の段階は、「要介護の2」だった。
しかし、それが今年の2月には劇的に改善されて、「要支援」という認定になった。

歩くこと意外は、何もする気がなかった嫗が、それなりに自立できる状態になったと、役所のコンピュータは判断したのだ。
それは、嫗にとって、喜ばしいことである。

認定の基礎的な部分に関しては、お役所の認定係の人が口頭で質問するのだが、最終的に介護の段階を判断するのは、コンピュータだという。

しかし、困ったことに、コンピュータは、その人の性格までは認定しない。
その人が、どんなに困った性格をしていたとしても、そこまではコンピュータは判断しないのだ。

話は、脱線する。
2日前の夜、暗い中、野川をジョギングしていた私は、折れて倒れかかった細い木の幹に、膝の下側をぶつけて、膝を血まみれにした。
暗かったので、幹の存在を認識した時は、すでに走りすぎたあとだった。

かなり痛かったが、「俺は痛くない」という呪文を唱えて、アパートまで走って帰ってきた。
アパートの階段を登るとき、衝撃的な痛さを感じて膝を見てみたら、膝が横に3センチくらいの幅でパックリと口をあけていた。
そして、そこから血が噴出していた。

慌てて浴室に入り、冷水で血を洗い流したが、血は止まらない。
濃い臙脂色のタオルがあるので、それを強く膝に巻いて、止血した。
そうすれば、血はそれほど目立たない。

「なんだおまえ? そのタオルは?」と中学3年の娘に聞かれたが、「アイシングだよ」と微笑みながら(気持ち悪い)答えた。

その夜は、激痛の波に襲われて、眠りが浅かった。
傷口を覗くと、見事にパックリ割れていた。

昨日の午後、医者に行ったら、「縫いましょうよ!」と嬉々として言われ、6針縫われた。
歩くと激痛が走るが、痛み止めを我慢して(飲むと治るのが遅いので)、普通の顔をして生活をしている。

私は、人に弱みを見せるのが嫌な性格なんですよ。
しかし、その性格は、おそらくコンピュータでは判断できない。

「痛えよ! 痛えよ!」と叫ぶことができるひとは、コンピュータに「痛がっている」と判断されるが、私の場合は、絶対に判断されない。

こんなひねくれ者のことなど、自己申告しない限り、コンピュータには、判断のしようがないのである。

介護の認定も、それと同様だ。

だから、嫗の性格も、コンピュータには、判断のしようがない。
いくら「要介護の2」から「要支援」に事態が好転したと判断しても、嫗の性格は、少しも好転していないのだ。

「おお! 要支援まで回復したか!」と、嫗のバカ息子たちが、いくら表向きだけで感動したとしても、実態は何も変わっていなかったのである。

つまり、言い訳を総括すると、こうなる。
今年に入って、嫗が、ほとんど鬱状態で「三鷹に帰りたい」と繰り返したこと。
介護の認定が、介護2から要支援に好転したこと。
都合のいいことに、我々家族が生活しやすそうな、そして、嫗のマンションに近い住居が見つかったこと。
嫗を介護施設に入れるという選択肢は、少なくともヨメと私は持っていなかったこと。

これらを総合的に判断して、我々夫婦は、三鷹移住を決心したのである。

嫗のバカ息子たちは、口を開けば「施設、施設」と、ほざいたが、「その前に、あなたたちの豪邸に母親を引き取るのが先決だろ」と私が言ったら、ふたりのバカ息子は、貝になった。

三鷹に帰るにあたって、事前にヘルパーさんと訪問看護師さんによる毎日のサポート体制を組んだ。
我々もできる限り訪問して、世話をすることにした。

これで、万全だと思った。

埼玉にいた時は、昨年末から、嫗の糖尿病の状態は、かなり安定していて、医師もその状態に太鼓判を押した。
この状態なら、三鷹に帰っても安心だ―――誰もが、そう思った。
認定係もコンピュータも、そう判断した。

しかし、嫗の「破滅的な性格」は、我々の予想を遥かに超えていたのだ。
まるで我々の浅い考えを嘲笑うがごとく、事態は急転した。
もちろん、悪い方に・・・・・。

医師も看護師さんも、ヘルパーさんも匙を投げる日々。

俺たちは、決して安易な考えで引っ越したわけではないのですよ。
ただ、小さいと思っていたハリケーンが、予想を超える速さで大型化したのです。

私の浅薄な考えを批難する方々に申します。
そのハリケーンの大型化を防ぐ方法を教えてください。

3週間前までは、あんなにも優秀な糖尿病患者だったのに、一人暮らしになって、万全のサポート体制が機能しない理由は、いったい何故なのか?
嫗のまわりの善意の人々だけが悪くて、嫗は悪くない、と言いきる人の、その根拠は何なのか?

「痛い」と大声で言えない膝を意識しつつ、いま私は考えている。

性格を判断できるコンピュータは、いつできるのだろうか、と・・・・・。




2010/04/28 AM 06:47:46 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

ふくらはぎがつって契約解除
今回書くのは、「ふくらはぎがつる現象とストレスとの関係」という、近代医学史上壮大なテーマである。

中学、高校、大学と陸上短距離を専門にしていたが、その間、足がつるということはまったくなかった。
肉体に、かなり強い負荷をかけても、それほど激しい筋肉痛に襲われることもなかった。
それは、人より筋肉が柔らかいからだと自己診断していた。

実際、私の筋肉は、どんなに鍛えてもカッチカチの硬さにはならない「変な筋肉」だった。
だから、華奢に見える。
中・高・大を体育会系で過ごしたといっても、人からは、あまり信用されない。

私が「バーカ! カッチカチのマッチョマンなんて、何の役にも立たないんだぜ」と毒づいても、鼻で笑われるだけである。
そんなやつらに、「オレ、足がつったことがないんだ」と自慢しても、「は? だから?」とまた鼻で笑われる。

こんな素晴らしい肉体を持っているのに・・・・。
こんなに、しなやかな筋肉を持っているのに・・・・。

見せてやろうか、この美しい肉体を!(自分で書いていて、気持ちが悪い)

しかし、いま、ふくらはぎがつる。

昨年の四月、私は体調を崩して、19日間入院した。
病名は、ストレスからくる過労による「急性胃潰瘍」と「急性気管支炎」、そして完治不能の「金欠病」。

そして、いま私は、不吉な偶然を目の当たりにして、愕然としているのである。

前回と同じ状況が、いま目の前に再現されている。
そういえば・・・・・、入院前は、頻繁にふくらはぎがつった、な・・・・。

嫌な予感が、灰色の脳細胞を駆けめぐる。

昨日、二日ぶりに79歳の嫗(ヨメの実母)のマンションに足を踏み入れたら、「いったい、これ以上どう汚すんだ!」という泥棒台風空間の中で、全国紙3紙と地方紙1紙が散乱していた。
自分は牛乳が飲めないのに、宅配の牛乳屋さんと契約していた。
有名なケータリング会社と契約をしていた。
清掃用品レンタルの大手と、モップ、掃除機、簡易浄水器の契約をしていた。
宅配食料品業者の大手と契約をしていた。
そして、ダイニングの隅に、大きなウォーターサーバーが、存在感を主張していた。

激しい立ちくらみ。
体の奥底からこみ上げる絶望感。

間違いなく、私はそこに地獄を見た。

吐き気がした。

嫗は、新聞を読まない。
さらに、自分好みではない食い物は、ベッド下のダンボールに捨てることを毎日繰り返している。
嫗は、掃除はしない。
そして、水は、一日おきの散歩の帰り道に、セブンイレブンで必ずミネラルウォーターのペットボトルを買い求める。
つまり、そのペットボトルが冷蔵庫を占領しているから、嫗にとって美味しい水は必要ないはずである。

それに、この使用代金を支払うのは、いったい誰だ!

この現象を見て、嫗が我が家にやってきた17ヶ月前を思い出す。

嫗は、インターフォンの音に我先に反応して、いつも相手を確かめることなく応対してしまう、素晴らしい習性を持っていた。
電話も、誰が相手でも取ってしまって、ナンバーディスプレイに表示された「非通知」など眼中にない。
そして、嫗は、どんな怪しい電話でも、嬉々として不思議なほど愛想よく応対するのだ。

医師、看護師、そして我々家族の言うことには、ことごとく反発する性質を持った嫗は、見ず知らずの他人には、平気で心を開いてしまうという性質も併せ持っていた。

私の留守の間は、仕事部屋の電話が鳴っても無視してください、という願望は一度も受け入れられたことはなく、クライアントを混乱させることを飽きるほど繰り返した。
固定電話を解約することによって、その被害から、ようやく逃れることができたが、その行為が、私の商売上の信用をなくしたことは間違いがない。

三鷹でのひとり暮らしに戻って、嫗の性質は、以前の素晴らしさが満開になった。
見ず知らずの人の言うことを何でも受け入れてしまうという、素晴らしく愛すべき性質!

天使のような、その純粋なこころ。

しかし、それと同時に、私の身の上には、真っ黒な悪魔が降臨するという現実。
フリーランスという仕事を全うしながら、嫗の尻拭いをするというストレス。

嫗が契約したあらゆる会社に、契約解除を申し出るという、無駄な時間の浪費。
その手続きの煩雑さ。

自分の髪の毛を乱暴にいじくり回すことしかできない苛立ち。

私の目の前に、サッカーボールが百個あったら、私は間違いなく、すべてを蹴り飛ばして、百回「ゴール!」と叫んでいたことだろう。
広大な台地に枯れ草が、うず高く詰まれていたら、私は間違いなく、それに火をつけて舞い上がる炎に恍惚とした表情を浮かべていただろう。あるいは、その炎の中に飛び込んだかもしれない。
大きなケツが百個用意されていたら、私は間違いなく「カンチョウー!」と言って、両手の人差し指に力を込めたに違いない。それによって、たとえ両手の人差し指が折れたとしても、私は恍惚を感じただろう。

これって、去年の入院前と、まったく同じじゃないか。

これは既知感(デジャ・ヴ)か?

もう・・・・・、勘弁してください。

だから、私は、自分の健康を防衛するためだけに、嫗のマンションの固定電話をしばらく黙らせることにした(毎日ヘルパーさんか看護師さん、ヨメか私が訪問するし、嫗から電話をかけることはないから問題ないはず)。
インターフォンも鳴らないように設定した。

それは、とても非常識な行為だと、自分でも思う。
俺こそが、もしかしたら病んでいるのかもしれない、とも思う。

でも、この件について、オレは言い訳はしないよ。
そして、抗議も受け付けないよ。

俺は、いま倒れるわけにはいかないんだから。



ウォッ! また、つったぁ〜〜〜!




2010/04/26 AM 06:41:11 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

ふたりのネコと法則
武蔵野市に引っ越してきて、最初にできた友だちが、ネコだった。

アパートから百メートルほど離れたところに、児童公園がある。
砂場があって、シーソーがあって、ベンチがある、当たり前の公園だ。
広さは、テニスコートニ面分くらいか。

引っ越して間もない頃、そこにネコがふたり、日向ぼっこをしている姿をよく見かけた。
ノラ猫のようで、ノラ猫でないような。

ひとりは、洋猫との混血と思われる毛の長いネコ。雄々しい感じがするので、「リョーマ」と名づけた。
もうひとりは、全体的に毛は白いが、頭のてっぺんだけチョンマゲ模様があるネコ。小太りなので「セキトリ」と名づけた。
自分もネコになったつもりで近づくと、警戒心を見せず、「何だお前?」というように、目だけを動かして私を見上げた。

「友だちになろうぜ」と私が言ったら、「クッ!」という音を立てて、ふたりが私を見た。
それが、友だちになったしるしだった(私が勝手にそう思っているだけだが)。

東京の気温が、今年初めて夏日を超えた日。
ベンチの上で、だらけたポーズを取るふたりに、いつものように話しかけた。

いい陽気だな。うれしいな。
そして、ふたりの腹をさすりながら、愚痴をつぶやく。
世間の常識で見たら、あきらかに怪しい人だが、常識がいつも正しいとは限らない。
だから、気にしないようにしている。

その怪しい人に、近づく影がひとつ・・・・・、ふたつ?

目を影の方に移すと、小さい子が立っていた。

こんにちは。
あいさつしたが、少年は、まるで私のことなど眼中にないように、目がネコに釘付けだった。
焦点が、ネコにしか合っていない。

身長120センチくらいの男の子。
無表情。
この世界には、自分とネコしかいないと思っているような、思いつめた目をしていた。

その思いつめた表情の、言いようのない迫力に負けて、私はベンチから立ち上がり、少年に席を譲った。
立ち上がった傍に小柄な女性がいた。
おそらく少年の母親だろう。

すみません、と頭を下げられた。
下げられる理由があるのかと悩んだが、いちおう、どうも、と答えた。

何となく立ち去りがたかったので、少年がネコを可愛がる様子を見ていた。
見ていると、可愛がるというのとは違う可愛がり方を、少年はした。

ネコの毛を撫でているようで、撫でていない。
少年は、手をネコの毛の数ミリ上で浮かせるように動かしているだけだ。
そして、それを、ただ飽きずに無表情に繰り返しているだけだった。

それを見ていて、心の中に、居心地の悪い何かが膨れ上がってきた気がした。
それが何だろうかと答えを探そうとしていたとき、「この子」という声が聞こえた。

声のした方に顔を移すと、小柄な母親が、綺麗な歯並びを見せて微笑んだ。
「この子、自閉症なんですよ」

ああ、と合点がいった。

そして、勇気ある告白だな、と思った。
初対面の私に、そんなことが言えるなんて。
それまでの母親の歴史に、相当な葛藤があったことが思い浮かばされるような「何かを超えた」微笑だった。

少年の周りには、自分とネコの世界しかない。
それだけが、今この時間の、すべてである。
それは、単純すぎるほど鮮明な世界だった。

その特別な時間を、こうやって見ていてもいいのだろうか。
神聖な時間を邪魔してはいけない。
早く立ち去らなければいけない。

そう思ったが、ふたりのネコが、あまりにも気持ちよさそうな顔をしていたので、私はそれに見とれてしまったのだ。

ふたりのネコは、少年との時間を大切にしているように思えた。
そう思ったら、立ち去るのが、もったいなくなってきた。

少年の邪魔をしてはいけないので、私は5メートルほど離れたもう一つのベンチに腰を下ろし、失礼にならないように、目を向けることなく気配だけで、少年がネコを可愛がる様を感じることにした。

ポカポカ陽気とふたりのネコと少年。

これも春・・・・・・・だな。

そんなとき、少年と私のちょうど中間に立っていた母親が、また綺麗な歯を見せて言った。
「助かりました。この時間に、この公園でネコの相手をするのが、この子の『法則』だったものですから。少しでも時間がずれると、感情がコントロールできなくなって、大変だったところです」

大変だったという言葉のわりには、顔は穏やかな笑顔だった。

自閉症児と法則。

彼らには独自の法則があって、その法則が受け入れられないとき、彼らは自分を見失ってしまうのかもしれない。

世の中は、法則どおりにいかないことがほとんどだから、彼らにとって、世の中は生きにくいのだろう。
思い通りにいかないことを認めるか認めないかで、世の中は「線引き」をする。
その「線引き」は、実は、大切な自我を捨てることなのかもしれない。

人生は法則じゃないんだよ。法則どおりにはいかないんだ。
したり顔で結論づける大人たちは、はたして正しいのか。

その正論もどきは、いったい彼の何を評価するのか。
なぜ法則に、こだわってはいけないのか。

ふたりのネコが、気持ちよさそうですね。
私がそう言うと、母親は「ふたり・・・ですか?」と笑った。

私の中では、あの子たちは「ふたり」なんですよ。

首をかしげながら、息子とふたりのネコを見つめる母親。
まばたきが、二回。

「あの子の頭の中でも、あのネコさんたちは、『ふたり』なのかもしれませんね」

そうですね。
そうだったら、彼と私とは、同じ法則を共有していることになりますね。
それは・・・・・、嬉しいな。

母親が、綺麗な歯を覗かせて、無私の笑顔でゆっくりうなずく姿が、春の景色のなかで、輝いているように思えた。




2010/04/24 AM 07:40:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

免疫力
「免疫力の弱い人は、ストレスが溜まりますからね」と、深刻な顔で訪問看護師さんに言われた。

自民党のマスゾエ氏が新党を作るというニュースを見た。
そして、彼は現時点で、次期総裁に最も相応しい人として、国民に大人気だという。
ただ、勉強不足の私は、マスゾエ氏が政治家として何をしたのか、まったく疎くて、その事実がいまだに信じられない。

マスゾエ氏は、ただ単に他の自民党の政治家より「テレビに頻繁に出ているだけの人」としか、私は認識していない。
マスメディアによる、脳内刷り込み。
そして、党の内外に無理矢理敵を作って、ヒーロー気取りをしているようにしか見えない。

これは、強引に抵抗勢力を作って注目を集めたコイズミ元総理の手法に似ている。
彼のようにワンフレーズだけの言葉の勢いでアピールする劇場型政治に、当時の国民は「免疫力」を持っていなかった。
だから、国民は簡単にコイズミ・インフルエンザにかかった。

その結果、それ以降の日本がどうなって、自民党がどうなったか。
それは、種々のワクチンを処方しても、治癒できないほどのダメージをこの国に与えた。

それなのに、今度はマスゾエ・インフルエンザですか?
免疫があっても、新種のインフルエンザに、ひとは弱いんでしょうかね。
マスゾエ氏を待望する人は、免疫力が弱いのかな。
こんなにも簡単に、少しだけ形を変えた劇場型インフルエンザにかかってしまうなんて。

――――――という話を今回したいわけではなかった。

79歳の嫗(ヨメの実母)の話だった。

三鷹の実家での一人暮らしを、16ヶ月ぶりに再開した嫗の状態は、日に日に悪くなるばかり。
本人が、「わたしゃ、これでいい」と思っているのだから、それを軌道修正するのは、容易ではない。

他の誰をも信じられない人は、誰からどんな魔法のことばをかけられても、その態度を改めることはない。

先週から週に一回、看護師さんに訪問看護をお願いしているが、嫗の状態の凄まじさに、一日目で呆れた看護師さんは、ヘルパーさんを束ねるコーディネーターさんに声をかけ、昨日、緊急会議を開くことになった。

顔を連ねたのは、看護師さん、コーディネーターさん、そしてヨメと私。

まず、「正確な状態を検証したいので、ことばを選ばないで事実だけを中心に話を進めましょう」と看護師さんに、のっけから言われた。

すると、厳しいご意見の数々が、お二人の口から出るわ出るわ。

あら――――、そこまで、言いますかぁ!
という話が、続けざまに出て、思わず私は耳を塞ぎたくなった。

その内容は、あまりにも嫗に対して辛辣すぎて、ここでは書くことができない。

ただ、お二人の真っ当なご意見は、もちろん事実なので反論のしようがない。

いや、埼玉にいた時は、安定していたんですよ。
そう言いたかったが、今の状態では、そのことばには少しも説得力がない。

ヘルパーさんに作ってもらった昼メシを、「今はおなかが一杯だから、あとで食べる」と言って、ベッドの下のダンボールに捨ててあるのを翌日ヘルパーさんが見つけたら、決していい気持ちはしないだろう。
それは、わかる。

「私は薬屋の学校を出てるんだから、あんたたちより詳しいんだよ。偉いんだよ」と大ボラを吹かれたら、看護師さんも穏やかではいられないだろう。
それも、わかる。

しかし、看護師さんに「私が今まで見た中で、間違いなくワースト!」と言われたときは、少し腹が立った。

まだ半月しか見ていないのに、あなたたちに何がわかる!
そう言いたかったが、それに対して反論できる何ものも、私は持っていないというのも事実だった。

コーディネーターさんに、「よく一年以上も面倒をみられましたね」と、憐れむように言われたときは、横を向くことしかできなかった。

そして、看護師さんが、大袈裟に首を振りながら言ったことばが、今も耳から離れない。
「わたし・・・・・、大抵のことには驚かない訓練はできているつもりなんですけど・・・・・、今回はびっくりしました。こういうことって、免疫がつかないんですね」

そして、さらに言うのだ。
「免疫力がないとストレスが溜まります。わたし・・・、いま二回目の訪問看護に、自信がないんです」

40歳過ぎの経験豊かそうに見える看護師さん。
安心感を体全体に詰めた熟練の看護師さん。
その人に、そこまで言われるとは、思わなかった。

そんなに・・・・・、ヒドイのか?

三鷹の実家に帰ってきたのは、間違いだったのか?

なんか・・・・・、また、不整脈が・・・・・。




2010/04/22 AM 06:49:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

主夫とガス代と不整脈の関係
武蔵野市に引っ越してきて、初めてのオフ。

隣近所への挨拶は、すでに済ませた。
少しでも暇ができたら、自転車で武蔵野市から三鷹市、小金井市まで巡ったから、ほぼ道筋は把握した。
安いスーパーやディスカウントストア、家電量販店などにも入って、どの店が何を得意にしているかも把握した。

その結果、一つの法則が出来上がった。

野菜は、無人販売所か、武蔵境駅前の「やおさん」で買う。
卵は、武蔵境のヨーカ堂で88円のときだけ買う。
米も、あきたこまちが5kg1580円の時だけヨーカ堂で買う。
発泡酒は、東八道路沿いのドン・キホーテ。
乾電池やトイレットペーパー、ティッシュ、金魚の餌の類もドンキ。
洗剤などは、サンドラッグ
調味料は、少し遠いが三鷹市牟礼の業務用スーパー
肉・魚は、上連雀のコモディ・イイダ

わずか半月で、これだけの情報を仕入れ、実践している俺って、いったい何なんだ?

俺って、主婦? いや、主夫?

さらに、細かい話をしましょうか。

我々が暮らす2DK×2のアパートの燃料は、都市ガスではなくプロパンガスだ。

おお! 我が人生初のプロパンガス。

世間の皆様から情報を仕入れると、LPガスは、都市ガスと違って公共料金扱いではないから、価格設定は営業所の自由だという。
つまり、LPガス販売店関係者の方には申し訳ない言い方になるが、彼らが「ぼったくり屋さん」でも文句は言えないらしい。

都市ガスは、どれだけの数量を使っても、料金制度が透明だから、すぐにわかる。
しかし、LPガスは、ヤマダさんちとスズキさんちでは、同じ量を使っても販売店が違ったら、価格が著しく異なるというのである。

なんか、理不尽。

だが、それでも、販売店を選べるお方は、まだ幸せものだ。
わたしらアパートなどの住民は、業者がすでに固定されているので、選びようがない。

一応、引っ越したときに、業者から価格体系に関して説明を受けたので、おおよその料金は把握した。
そして、それを基に自分で試算してみたら、都市ガスの1.5倍以上の料金という結果になった。

現実的に考えたら、これは2倍と見ておいた方がいいかもしれない。
そう思った私は、LPガス用のガスコンロを買うことを諦めて、調理はIHクッキングヒータですることにした。

卓上用のIHクッキングヒータは、ネットで調べてみると、あまり評判がよろしくない。
しかし、ネットで評判がよくないものは「オレ向きだ」というひねくれた根性の持ち主は、Joshin Outletで1台7700円のSANYO製のIHを見つけて、それを2台即決で購入した。

調理は、すべて電気でやる。
お湯は、T-falの電子ポットで沸かす。
下ごしらえは、オーブンレンジ。
そして、魚を焼くときは、オーブントースター。

オール電化に、一歩近づきましたな。
なんか、近未来を体験しているような気がする(気のせい?)。

調理器は、もともとIH用の物を揃えていたので、まったく問題はなかった。
フライパン、底の深いフライパン、片手鍋、両手鍋、天ぷら鍋、どれもがIH調理に、普通に使えたのだ。

埼玉に住んでいたとき、電気代は平均すると8千円前後だった。
ガス代も、8千円前後。

しかし、LPガスにすると、私のシミュレーションでは、ガス代だけで1万6千円以上になる。
つまり、ガス・電気を合わせた金額になってしまうのである。

だから、極力ガスを使わないようにして、電気でそれを補う。
IHにすると、私のシミュレートでは、電気料金は1万3千円くらいになってしまうが、ガス料金は6千円以内に抑えられる。

2世帯を借りるという不経済なことをしていても、以前より電気・ガス料金は3千円アップで済むのだ。
これは、妥協できる額ではないだろうか。

ナットク、ナットク(ひとり頷く)。

だが、そんな私の試算を聞いて、就活中のヨメが言ったのだ。

「そんなことをして、楽しいの? お金のことばっかり考えていたら、暮らしに潤いがなくなるわよ」

ウッ! グサッ!

その言葉は、私の心臓の鼓動のすき間に、強烈なダメージを与えた。

こんなに一所懸命、家計のことを考えているのに?
そ、そ、そんな風に言われるなんて・・・・・・・。

治まっていた不整脈が再び、ぶり返す・・・・・。

ドクッ、ドクッ、・・・ドクッ、・・・ドクッ・・・、・・・。
目がかすむ・・・・・。

そこで、結論。

引越しは、かなりストレスが溜まる。




2010/04/20 AM 06:46:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

世界で二番目
高橋尚子は、世界で二番目にすぐれたランナーである。

むかしシドニーオリンピックで高橋尚子が金メダルを取ったとき、得意先の部長にそんなことを言ったことがあった。
すると、骨の髄まで金メダルの余韻に浸っていた部長は、額に青筋を立てて怒ったのだ。

「高橋尚子は、世界で一番のランナーだろ! それが、今回証明されたじゃないか! 二番だなんて、あんたは何をひねくれたことを言っているんだ!」

それに対して、理をつくして反論するのは、た易い。

オリンピックだからと言って、世界最高のランナーが集まるわけではない。
世界最高記録を樹立できる能力を持った選手が、オリンピックに出られないことも有りうるのだ。

たとえば、オリンピックよりも遥かに多大な金儲けの機会を与えられたら、プロのランナーは、そちらを選ぶだろう。
名誉よりも金(マネー)。
それは、プロとして、かなり魅力的な選択肢だと思われる。

そんな人ばかりではないにしても、何らかのアクシデントがあって、オリンピックにエントリーできなかった優秀なアスリートは数多くいる。
彼らは、ただ機会を逃しただけなのだ。
だから、たまたまオリンピックで金メダルを取ったからといって、それが絶対的に世界一であるという証明にはならない。

そう言って、部長に反論してもよかったが、それでは、私の「本当に言いたいこと」からは、かなり逸脱してしまう。

私が「世界で二番目」と言うときは、相手に対して、相当な敬意をはらって言っているときだ。

高橋尚子は、世界最高記録保持者だったこともある優れたランナーである。
当時は、もっと大きな可能性を秘めた「伸びしろ」を持った世界有数のアスリートだった。
彼女にとって、頂点はまだまだ上にある。彼女は、こんな地点で立ち止まる人じゃない。

そう思って、私は「二番目」と言ったのである。
一番になったら終わりが見えるが、二番目には、まだ上がある。
そして、そうなって欲しいという願望も、その言葉には含まれている。

だが、金メダルの余韻にどっぷり使った人には、私の真意は届かない。
金メダルは世界一。
ただ、メダルの輝きだけで満足してしまうのである。
彼が、そのアスリートの将来に思いを馳せることはない。

でも、違うんだよ、俺は・・・・・。

他にも、たとえば私は、こんな言い方をする。

イチローは、世界で二番目にバットコントロールがうまい人だ。
東京事変は、世界で二番目に完成された音楽ユニットである。
MISIAは、世界で二番目に歌がうまい歌手だ。
宇多田ヒカルは、世界で二番目に優秀なコンポーザーである。
村上春樹は、世界で二番目に完成された作品を書く小説家である。
小澤征爾は、世界で二番目にエキサイティングな指揮者だ。
オノさんちの奥さんが作るキムチは世界で二番目に辛くて、世界で二番目にうまい。
クラタのうちのトイレは、世界で二番目に居心地がいい。
吉祥寺は、世界で二番目に美人に遭遇する確率が高い街である。

そして、同業者のニシダくんちのオーディオシステムで聞く椎名林檎の歌は、世界で二番目にリアルである。

ただ、ニシダくんは、このオーディオ装置を松浦亜矢の歌を聴くために揃えたというのだ。
高価なアンプと重量感のあるスピーカー。
安価なCDプレーヤーの5倍以上の容積がある立派なCD専用再生装置で、松浦亜矢を聴くことを私は否定しない。
松浦亜矢フアンを敵に回したくないし・・・・・(しかし、彼女はどこへ行った?)。

だが、これでは、まるでポルシェで、家から200メートル離れたコンビニに買い物に行くようなものではないだろうか。
はたして、往復400メートルの距離だけポルシェを走らせて、気高いポルシェは、満足するだろうか。

私は、椎名林檎の声が、こんなにも纏わりつくように、全身を絡まれるように迫ってくるとは、思ってもみなかった。
それは、私にとって初めての体験だった。

すごいよ! これは、世界で二番目の体験だよ!

まるで手を伸ばせば、椎名林檎サマに触れられる錯覚に陥るほどのリアル感!
密度の濃い音が、四方八方から舞い落りてきて、異次元の空間に放り投げられたような気がする。
これは、まるで魔法だな!

感動の極致。これは世界で二番目の恍惚だ!

「先生。世界で二番目の恍惚ってなんですか? 今ひとつ意味がわからないんですが」

う〜ん、そうだね。
恍惚も、一番になったら、死んじまうんじゃないか・・・・と。

「そんな大袈裟な。椎名林檎の歌なんかで、死ぬ人はいませんよ」

ちょっと待った!
ニシダくん。
いま、椎名林檎なんか、って言いましたよね。

言ったよね!(睨む)

「先生。先生の顔、いま・・・、世界で二番目に怖いですよ」

ん?
じゃあ、世界で一番は?

「もちろん、奥さんですよ」(小声で)

ああ・・・・・、ナットク。




2010/04/18 AM 07:35:46 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

武蔵野でユウウツ
どうしようもなく自己管理の下手な人間がいる。

なぜ下手なのか、その人には自覚がない。
だが、どういうわけか、自分には自己管理能力があると確信している。

79歳の嫗(おうな)が、16ヶ月ぶりに自分の家で一人暮らしをはじめた。
そして、我々家族は、そのサポートをするために、1.5キロ離れた隣町に引っ越した。

何もそこまで犠牲を払うことはなかろう。
理解できない。
もっと他に方法はあっただろうに。

すべてに対して賢明で、生きるのが上手な人生の達人たちに、思いとどまるように説得されたが、恐れ多くもその忠告を振り切って、我が家族は、武蔵野市に引っ越した。
2DK×2という変則的なアパート暮らしは、快適とはいえないが、変則的だからこそ面白いともいえる。
(新しい発見もあったが、その話はまたの機会に)。

ただ、嫗の住居に関しては、唖然とせざるを得ない。
2DKのマンション。
嫗が住んでいないときも、1ヶ月に1回、私が部屋の掃除に行っていたので、最初は整然とした美しい空間を保っていた。

しかし、2日目に嫗の住居に足を踏み入れると、泥棒でもここまでは荒らさないだろうと思うほど、部屋が乱れていた。

ヘルパーさんが部屋を綺麗に片付けたあとで、嫗は自分好みに部屋をコーディネートしているようだ。
ヘルパーさんの苦労が無になることに関して、ご同情申し上げるしかない。

ダイニングに洋服やティッシュペーパー、小銭が散乱している。
デコポンの皮が散らばっている。
寝室の扉の前には、まるでバリケードのように布団が山の形をして積まれていて、いったい嫗は寝室からどのようにして脱出してくるのか、呆然とした思いで私はその山を見つめた。

ダイニングのエアコンは、つけっぱなし。
すべての部屋の明かりは、つけっぱなし。
ヨメがゴミの種類ごとにセッティングしたゴミ箱には何も入っていないが、キッチンの大鍋の中に穴の開いた靴下が放り込まれ、卵の殻も放り込まれ、十六茶のペットボトルが放り込まれていた。

飲むはずの薬は、目立つように一日ごとに区分けされたピルケースの中で、その存在を忘れられたごとくほったらかしにされていた。
ヘルパーさんに、昼間の薬の管理はお願いしますと念を押しておいたが、それはあまり守られた形跡がない。

おそらくヘルパーさんが強く促しても、「私はいいの! 薬が嫌いだから」と言って、飲んでいないのだろう。

バスルームを覗くと、お湯をはった浴槽に、布製のガムテープが浮いていたり、茶色く変色した下着が浮いていたり・・・。
衛生上どうかと思う。

ヘルパーさんへの連絡帳で、事態の改善を促すことを要望として書いたので、次の日にそれは改善された。
しかし、また夕方には、すぐに空き巣狙い状態。
薬は、夜は私が強制するので飲んでいるが、あとは飲んだり飲まなかったり。

我が家に引っ越してくる16ヶ月前に、完全に戻ってしまったようだ。
たった3日で、すべてが逆戻り。

私が作った夜と朝の糖尿病食は、寝室のベッドの下のダンボールに、半分以上捨てられた状態で発見された。

つまり、薬は飲まない。
糖尿病食は食わない。
ヘルパーさんの作る昼メシも、その残骸がダンボールに存在していた。
それは、すでに異臭を放っていた。

自己管理、という言葉の意味を考えてみる。
自分で自分のことをコントロールできるのが、自己管理である。
これは、意味としては単純すぎて、他に言葉を広げることができない。
それほど当たり前の日本語だ。

そして、サポートという行為は、本人がその気にならなければ、意味をなさないものだ。
私は、「自己管理能力が優れている」と頭脳全体で錯覚したら、その人の頭には妄想しか残らない。

自分は特別な人間で、今までこうして何ごともなく生きてきたのだから、これは間違いなく「優秀な自己管理能力」である、という都合のいい自己弁護。

何ごともなく生きてきた? では、16ヶ月前、なぜボロボロの状態で我が家に転がり込んできた?

「そぉ〜? うそでしょ!」
「婿さんは、嘘ばっかり言うんだから」
「ここは、あたしのうちだから、汚したっていいんだよ!」


はいはい、そうですね。

他人の目に届かないところで何をしようが、私の勝手。
それが、嫗の「自己管理」。

だが、5日目には、低血糖で倒れる寸前という事態に。
それはすぐに回復したが、その後意味不明の電話をひっきりなしにかけてきて、意味不明の単語を並べる状態が、ここ三日ほど続いている。

三食普通にメシを食い、普通に三回薬を飲み、夕食時にインスリンを打てば、今までどおり優秀な糖尿病患者でいられたのに、なぜメシをダンボールに捨て、薬を陳列しただけで満足しているのか。
そして、なぜ「インスリン打ったわよ!」と嘘をつくのか。

そんな自堕落な生活をしていても、ご本人は「私はできる人なの」と言う。

どうしようもなく、現状把握ができない人。
自己認識を忘れた人。

そんな人だから糖尿病になった、と断定したら、糖尿病を患って、真面目に闘病している人たちに怒られますよね。

「だから施設に入れとけば・・・」という嫗のバカ息子たちの嘲笑が、いま幻聴となって私の耳に聞こえている。

オレ、武蔵野に引っ越してきても、憂鬱・・・。



2010/04/16 AM 07:49:32 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

トンバン活動休止
人間は、環境の変化に弱い動物だと思う。

環境が変わると、体や心のどこかに変調をきたす場合が多い。

それをどう克服するかは、その人次第だろう。
克服できる「なにか」を見つけるのが早い人は、順応性が高いということになる。

中学3年の私の娘も、新しい中学で苦労するかと思っていた。
緊張すると腸にガスが溜まる体質の娘は、家に帰ってくると私の仕事部屋でガスを連続放出する。

それで心も体もスッキリするというから、変調というほど深刻ではないようだ。
どちらかというと、変人と言っていい。

そんなお気楽な性格のせいか、友だちは始業式の日に、すぐにできた。
できたのは、とりあえず3人。

一人は、同じクラスの子。
相手が話しかけたそうなオーラを発していたので、話しかけてみたら、波長が合ったという。
その子とは、そのあと土曜日に相手の家にお邪魔する約束までした。
そして、昨日その子の家にお邪魔してピアノを弾かせてもらい、「いいな、グランドピアノは。ミルフィーユも食わせてもらって、金持ちになった気分だぜ」と、ご機嫌マックスで帰ってきた。

二人目の友だちは、始業式の帰り道で一緒になった女の子。
まったく同じルートを同じスピードで、同じ間隔を保って歩く女の子。
お互いが、その存在を認識しつつ歩いていて、まったく自然な流れで会話が始まったという。

家の場所を聞いてみたら、150メートルくらいしか離れていなかった。
「お隣さんみたいなもんじゃん!」
それで、仲良くなったというのだ。
次の日からは、毎朝待ち合わせて学校に行っている。

「あたしと同じくらい変な子で、全然気を使わなくていいから、楽なんだよね」

娘と同じくらいの変人だったら、今まで生きていくのが大変だったろうな。
ご同情申し上げます。

三人目の友だちとの出会いは、私の感覚ではわかるが、他の人には理解できないものかもしれない。

娘が学校の廊下を歩いていたら、鼻歌が聞こえたという。
娘は耳がいいので、すぐにそれが東方神起のボレロだということがわかった。

そこで、すかさず「東方(トンバン)のフアン?」と聞いてみた。
相手は、何のためらいもなく「ジュンス!」と叫んだと言う。

そこから、すぐに話は発展した。
将来同じ高校に入って、夏休みに同じところでバイトして、お金を貯めて、一緒に韓国に行こうね。
そして、東方神起ゆかりの場所に行って、思い出を作ろうね。

20分前までは、その存在を知らなかった子と、そこまでザックリした会話ができるのだから、二人ともたいしたものである。
若いって、いいな。

しかし、東方神起、活動休止。

そのニュースが駆け回ったとき、娘は激しく落ち込む相手の子を携帯電話とメールで励まし続けていた。
相手は、それでもかなり悲観的になって、深い泥沼に沈むがごとく、マイナスオーラを出し続けていたという。

そこで、娘は、自分の取って置きの経験談を相手の子に披露して、励ますことにした。

「あたしの尊敬する椎名林檎サマ率いる東京事変は、2年近く活動していなかったんだよ。でも、今年復活したんだ。東方神起だって、また復活するよ」

しかし、それを聞いて相手の子は、声を裏返すようにして、こう言ったという。

「え? 椎名林檎、誰? 東京事変、何? 何なの、それ? トンバンと関係ないじゃん!」

チェッ! これだから、凝り固まったフアンは・・・・・(娘の心のつぶやき)。

・・・・・・・・・・。

いま娘は、韓国行きの夢をどうしようかと、本気で悩んでいる。




2010/04/11 AM 08:26:03 | Comment(2) | TrackBack(0) | [子育て]

7連発
武蔵野に引っ越してきて、いいことが、いくつかあった。

無人の野菜販売所が多いので、無農薬の野菜が安く手に入る。
季節感があるものばかりなので、食卓に彩(いろどり)が添えられる。
食欲が増す。

食欲が増したら、運動だ。
私の場合は、ジョギング。

中目黒に住んでいた頃は、駒沢公園代々木公園まで足を伸ばして、充実したジョギングライフを送っていた。
結婚して、横浜日吉に引っ越したときも、慶応大学内の日吉キャンパスを走って、体力維持に努めた。

しかし、埼玉に越してからは、団地周りの遊歩道を走るだけだから、味気ない。
景色に彩がないから、代わりばえがせず、目に入ってくる景色が楽しくない。
しかし、それを言っても仕方がないので、15年間我慢した。

ところが、武蔵野市に移ってきて、武蔵野市近辺の充実度に、私は驚かされることになった。

少し足を伸ばせば、井の頭公園がある。
野川という広大な緑の敷地がある。
小金井公園がある。
武蔵野公園がある。
そして、広大な敷地を持つ国際基督教大学

ジョギングロードの宝庫やないか〜い!

まずはどこを走ろうか。
迷いますね。
どこも、桜が咲いているから、華やかだろうな。
しかし、そろそろ散りどき。

井の頭公園は、花見客のマナーが悪いらしいので、今回は敬遠することにした。
酔っ払いのそばを走っても、気持ちよくなるはずがない。
だから、一番近い武蔵野公園を走ることにした。

武蔵野公園は、桜も多いが色々な花が色とりどりに咲いていて、目を楽しませてくれる公園だ。
芝生の緑も目に優しい。
そして、人が少ないのが、さらにいい。

ジョギングロードはないが、走るのに不自由のない舗装された道がある。
川沿いの道、そして園内の丸いカーブ。
小さなアップダウンがあるので、丁度いい具合に体に負荷をかけることができる。

暑くも寒くもない陽気だから、何ごともなければ、この上ない爽快さを感じただろう。

そう、不整脈さえなければ・・・・・。

私の持病、不整脈。
寝不足の時や、深い心配事があったとき、または環境が変わったとき、私の脈は面白いくらいよく飛ぶ。
今回も、走っていて20回以上脈が飛んだ。

環境が変わったからだろうな・・・。

友人が、不整脈で死ぬ人は5人に1人くらいだよ、と言って私を脅す(嘘だろ!)。
だが、たとえそれが本当だとしても、私は絶対にその1人に入っていない自信があるので、私は走るのをやめませんよ。

自分の体のことは、ある程度把握している。
走っている最中に頻繁に不整脈は起きるが、その全部が往きだけである。
帰りに不整脈が起きたことは、一度もない。。

もし帰りも不整脈が起きたら心配するが、今までそれは一度もなかった。
だから、気にしないで走っている。

どうせ、環境が変わっただけさ・・・、そう思いながら、今回も走った。
走り終わったあとで飲むクリアアサヒが今回もうまい。

そして、環境の変化には、私の中学3年の娘も弱いようだ。
娘は、環境が変わったり、ストレスを感じたりすると、腸にガスが溜まる傾向がある。

学校から帰ってきて、ブブブブ。
玄関ですればいいものを、わざわざ私の仕事部屋に来て、屁をするのだ。

娘は、小さい頃から、私の顔の前で屁をすることに無上の喜びを感じていた。

昨日も学校から帰ってきて、ブブブブブブブ。
7連発ですよ。
もちろん、顔の前で。

何ていうやつだ!

でも、その屁の音を聞いて、不整脈が治ることもあるのだから、娘に文句は言えない。
今回も、それで治った。

まったく変な親子である。

こんな親子のことを、世間はきっと不整脈よりも重症だと、後ろ指をさすに違いない。



2010/04/09 AM 06:49:28 | Comment(4) | TrackBack(0) | [子育て]

ショック療法
腰の痛みが、続いていた。

座っていて、立ち上がるときが、一番痛い。
顔を歪めながら立ち上がるが、いつも回りに人がいないか確かめてから、立ち上がる。

私は、人に弱みを見せたくない人間なのですよ。
ただ、明らかに動きが変なので、周りには、丸わかりのようだったが・・・・・。

引越しのときも、まったく役に立たなかった。
力を入れようと力んでも、声だけしか出ないのだから、何の役にも立たない。

ただ、普段「痛い、つらい」という泣き言を言わない私が辛そうにしていると、確実にみんなは「本当に辛いんだ」と思う。
だから、役に立たなくても、文句は言われない。

要するに、日ごろの行いというやつだ。
日ごろの痩せ我慢が、役に立つ時もある。

どうしたら、この腰の痛みが治るのか。
医者に診せる、というのが常識的な考え方だと思う。

だが、これは金がかかる割りに効果は薄い、と私は思っている。
診察5分。あとは薬を処方されるだけで、初診料込みで数千円。

もったいない。

私の場合、毎月死にそうになるくらい腹を下すが、医者には行かない。
行っても行かなくても、4日もすると治ってしまうからだ。

痛くてどうしようもない時は、ウィスキーかウォッカのストレートを飲むと一時的に腹痛が治まる。
だから、仕事の打ち合わせに出かけるときは、途中で腹痛が来ないように、ウィスキーを飲んでいく。
口の中が酒臭くなるが、得意先に着く10分前からガムを噛み始め、着く寸前に口臭スプレーをする。
これで、とりあえず、仕事をしくじることはない。

医者がそれを見たら、「シンジラレナイ!」と眉をひそめるだろうが、それで不都合がないのだから、いいのではないだろうか(開き直り)。

それは、一種のショック療法だ。
だから、腰痛にも、このショック療法は効くだろうと思った。

昨日、桜吹雪舞う中、池袋の得意先からの帰り道、バッティングセンターを見つけた。

これは、きっと腰痛には、悪いに違いない。
バットスイングは、確実に腰に負担がかかる。
だが、わたしにとっては、悪いから、いいのである(?)。

腰を5度ほど前屈みにして、バットを構える。
かなり痛い。

120キロの打ちごろの速さ。
来た!

バットを振るが、空振り。
腰をかばっているから、スイングのスピードがない。
ようするに、へっぴり腰である。

ただ、振ってみて腰に違和感はあるが、それほど痛くはなかった。

2球目。
今度は、腰を真っ直ぐ立ててみた。
痛みは、まあまあ。

空振り。
しかし、スイングのスピードは、上がっている。
そして、腰に痛みは感じなかった。

同じように、3球目、4球目も空振りしたが、痛くはない。
5球目。
9割の力で振ってみた。

当たった。
ファウルチップだが、とにかく当たった。
9割の力を保って、スイングを続けた。
快音は響かなかったが、腰に違和感はない。

左打席が空いたので、今度は、そちらに移った。
私は基本的に、右投げ左打ちである。
だから、左打席の方が、調子が上がる。

120キロの球速。
腰をひねって打ったら、ジャストミート。
右方向に、鋭い打球が飛んだ。

腰は、全然痛くない。

治った?

結局4ゲーム80球打って終わりにしたが、打ち終えたときには、爽快感が残った。

腰の痛みが、見事に消えていた。
行きは、駅の階段を上る時、腰を少しかがめて、かばうように歩いたものだが、帰りは胸を張って颯爽と歩くことができた。

今も、腰に違和感はない。
痛みもない。

あの憂鬱なほどの腰痛は、何だったのだろう?

あれは、やはり俺の妄想だったのか・・・・・。




2010/04/07 AM 06:56:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

目を合わせない友
引越しに必要なものは、金である。

これは、直視しなければならない事実だ。

それをどうしようかと、3月半ばに悩みに悩んだ。
私の妻がブランド品のバッグを2点所有している。
妻から、それを売ろうか、との提案があったが、そこまで落ちぶれたくはない。

いまも充分に落ちぶれてはいるが、これ以上落ちぶれたくない。
だから、断った。

しかし、格好をつけて断ってはみたものの、金がない。
それは、切実である。

そんなとき、iPhoneが震えた。
「いま、大丈夫か」
一年ぶりに聞く声。
友人の尾崎の声だ。

「ちょっと会いたいんだが、時間は取れるか」
抑揚のない声で話す尾崎。
27年間のつきあいというのは、言いようのない安心感を与えるものらしい。
私は、無条件に「ああ」と答えていた。

3月18日午前12時50分。
「1時半に、ガストだ」
尾崎はもう、すでにこちらに向かっているようだ。

ガストで久しぶりに会った尾崎は、父親の顔をしていた。
そして、もうすぐ3歳になる尾崎の娘・水穂は、恵実の膝の上で、私を見上げていた。

死神を思わせる尾崎の顔が、父親の顔になっている。
それは、私にとって、嬉しいことだった。

尾崎には、幸せになってほしい。
陳腐な願いだが、友だちとして、ただ単純に、そう思っている。

「あまり、元気そうには見えないな」
尾崎は、私の目を見ない。
お互い、いつも目を見ないで話してきた。

照れるからだ。

我々の付き合いでは、それが当たり前のようになっている。
まるで、目が合ったら、今まで築き上げてきた何かが壊れてしまうのではないかと、お互いが思っているような、そんなよそよそしさだが、私たちの間では、それが普通なのである。

テーブルの一点を見つめたままの尾崎が、封筒を私の前に差し出して言う。
「借りていた金をいま返す」

膨らんだ封筒。
手にとって数えてみたら、一万円札が60枚あった。

17、8年前、尾崎に30万円を貸したことがあった。
化粧品店を経営していた尾崎が、バブル終焉の波にのまれて、必要な資金を調達できなかったときがあった。

「悪いな。不恰好な友だちで」
その言い草がおかしかったので、30万円を貸した。

一年後に「返す」と言ってきたが、世の中がまだ不安定な経済状況だったので、「早まるな」と答えた。

友人に貸した金は、あげたものと思え。
格好をつけるわけではないが、私はそう思って貸した。
その貸し借りは、ないものだと思って、尾崎とのつきあいを続けた。

それを尾崎は、今回返してきたのである。
しかも、倍額にして。

恵実の顔を見た。
尾崎の妻・恵実は、いつも人の目を真っ直ぐに見る。
恵実は、目の中にすべての意思を反映させて、感情を表現する。

その恵実が、大きく頷いていた。

その傍らで、、尾崎が私から顔を逸らすようにして、片頬を歪ませて言った。
「おまえにもしものことがあったら、俺がおまえの家族の面倒を見てやる」
抑揚のない、小さな声だったが、それは私の心に確実に響いた。

以前のブログで書いたことを、尾崎は、大きく受けとめてくれたようである。
なぜ60万円なのか、は聞かない。
聞いても意味はない。

尾崎も答えないだろう。

「ありがたく、受け取らせてもらう」

お互い、一度も目を合わせることなく、私は60万円の入った封筒を受け取った。
水穂が、笑っている。
声を出して笑っている。

尾崎も、微かに笑っている。
そして、恵実も。

幸せな笑いを与えてくれる水穂。

そして昨日、尾崎の家に行ってきた。
そのときも、同じように幸せな笑いを振りまく水穂の姿があった。
玄関やリビングで私の足にじゃれつく水穂。

それを見て、無表情に、しかし穏やかに頷く尾崎。
私の前に、アーリータイムスの入ったグラスを置く恵実。

水穂の笑い声。
不思議なほど、穏やかに流れていく時間。
以前と比べて、その空気の変わりように驚くが、その中に尾崎、恵実、水穂が、当たり前のように存在している。

その空気は、私にとって、居心地のいいものだった。

引越しの報告を終えて、席を立とうとした。
「車で送ろうか」
尾崎がそう言ってくれたが、私は断った。

「中央線で7駅目だからな」
私がそう言うと、「お隣さんみたいなものか」と、尾崎が下を向いて答えた。

「またな」と言ったときも、お互い目を合わせなかった。

尾崎とは、長いこと目を合わせていない。




2010/04/05 AM 08:55:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

妄想的腰痛
不思議な体験談をお話ししましょう。

同居する79歳の(おうな)が、ある朝、首が痛いと言い出した。
そして、頭が痛い、と言い出した。
「くも膜下だ。痛い! 痛い! 死ぬ!」とも言い出した。

見ると、リビングに置いたベッドから落ちて、床に「気を付け」の姿勢で、仰向けに転がっていた。

それは、大変だ。
動かしてはいけない。
救急車を呼びましょう、と言ったら、嫗は「やだ、恥ずかしい」と答えた。

いつもは、「救急車はタダだから便利だわ」と言っている嫗が、なぜこんな危急のときに恥ずかしがるのだろう。
そんなに痛いのなら、すぐに医者に見てもらうべきです、私がもう一度そう言うと、嫗はまた「救急車は恥ずかしい!」と泣き叫んだ。

顔色を見てみると、普通である。
頚動脈に触れると、脈は正常に思えた。
呼吸も安定している。

これは、しばらく様子を見るべきだろう、と思い、布団を2枚かけた。
嫗は、それで安心したのか、いびきをかいて寝始めた。

1時間ほど、経過を観察したが、異変は起きなかった。
首が痛いのは寝違えのせいだろう、と断定して、私はその場を離れた。

数分後、嫗が目を覚まし、「痛い!」と叫んだので、私はリビングに駆けつけ、力づくで嫗をベッドに押し上げて、ベッドで寝かせることにした。
すると、嫗はまた、いびきをかいて寝た。

30分後に起きた嫗は、「首が痛い」のほかに、「膝が痛くて歩けない」とアピールしたので、大きい湿布薬を首と膝に貼り、また経過観察をすることにした。

「痛い、つらい」の二重奏。

食欲は、どうだろうか。
嫗の場合、それで大抵のことは判断できる。

しかし、昼メシ前、不思議なことに、誰かが突然ドアを開けて、外に出た気配がした。
私の仕事部屋は、玄関に一番近いところにあるので、家族の出入りを察知するのは、簡単である。

そのとき、嫗のほかに、家族はいなかった。
つまり、ドアを開けて出て行ったのは、嫗に間違いがない。

窓越しに、駐車場側の歩道を見てみると、嫗が杖もつかずに、少々体を前かがみにして、スタスタ歩いていくのが見えた。
その様子を見て、膝が痛い、首が痛い、というのは、何だったんだろう、と私は思った。
嫗は、30分ほどで帰ってきて、「食欲がない」と言い、昼食を半分残した。

本当に痛いの・・・・・かな?

夜も「首が痛い! 膝が痛い! 食欲がない!」と言い、夕食をきっちり半分残した。

次の日も、同じように過ごし、昼メシ前に、30分ほど外へスタスタ。
上から嫗の歩く姿を見る分には、とても体に痛みを抱えているようには見えない。
しかし、家に帰ると「首が痛い! 膝が痛い! 食欲がない!」と言い、食事を半分残す。

3月31日夜。
締めの仕事が二つ重なったので、徹夜をした。
正確に言えば、4月1日午前4時13分

仕事部屋前の廊下の向こうから、嫗の声が聞こえた。
「ムコさんよお。首も膝も、痛いのが治ったよ。いま、レストランまで歩いていったら、全然痛くなかったよ。あの店のうな重は美味しいねえ。もう元気になったよ」
そういいながら、「ヨイショヨイショ」と嫗は、遠ざかっていった。

さて、この話には、いくつかの疑問点がある。
夜中の4時にレストランに、うな重を食べに行った?
そんな時間に空いているのは、この近所ではガストだけである。
だが、ガストに行ったとしても、私の記憶によれば、ガストには、うな重はなかったと思う。

私は、この夜、一度も気を失うことなく、真面目に仕事をしていた。
嫗が真夜中に出て行ったのなら、確実に気配でわかる。
今晩、玄関の出入りは、一度もなかったと断言できる。

嫗は、何を勘違いしているのだろうか。

そこで、私の頭の中に、一つの推理が組み立てられた。
これは、いつもの妄想ではないのか?
「首が痛い、膝が痛い」という夢を見て、首と膝が痛くなり、どこかのお店で、うな重を美味しく食べた夢を見たことにより、痛みが消えた。
すべては、嫗の夢・妄想だったのではないか。

そして、毎月1日は、嫗の長男がお小遣いを送ってくる記念日である(そのことに関しては、コチラに書いたことがある)。
その日に合わせて、嫗の「痛い痛い」の妄想がピリオドを打ったのではないか。

現金書留を受け取った嫗は、ヨイショヨイショとタクシーで大宮に行き、ヨイショヨイショと買い物をし、夕方5時前にヨイショヨイショと両手に買い物袋を掲げて帰ってきた。
痛い様子は、どこにも見えない。

そして、言う。
「あたしゃ、晩ご飯は、軽めでいいからね。食欲がないからさ」

わかっていますよ。
すべて、お見通しです。
カツ丼かうな重をお食べになったのですね。

「痛い! 痛い!」と、嫗が叫んだ、この二日間。
あれは、妄想なのか現実なのか。

真実は、わからない。

しかし、不思議なことに、今度は、4月1日の夜から、突然私の腰の腰痛が痛み出した。
左の腰が痛くて、前屈みにならないと、歩くことができない。

間違いなく痛いですよ。
風呂に入るのも大変。
トイレも大変。
食事を作るのも、普段の倍以上の時間がかかります。

これは、決して妄想ではない。

・・・・・・・・・・と、私は思うのだが。




2010/04/03 AM 08:56:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

埼玉にサヨナラ
冗談が、本当になる。
まさかな・・・、ということが現実になる。

以前のブログで書いたこと(コチラコチラ)が、現実になってしまった。

ちょっとした冗談がきっかけで、15年間住んだ埼玉にサヨナラ。

近々、武蔵野市のアパート2世帯を借りて、変形メゾネット生活を送ることになった。
不動産屋さんとの契約は、4月1日付で、すでに済んでいる。
あとは、引越しをするだけだ。

引越しは、業者に頼むと高いので、私がマックおよびPC全般を教えている現役大学生のイトウくんのご好意に甘えることにした。
彼の友だちの実家が運送屋さん、という幸運。
その友だちが、格安で2トントラックを貸してくれるというのだ。
(今は引越しシーズンなので、それが落ち着いてからになるが)

さらに、友だちを2人集めてくれて、ひとり昼メシ代プラス1万円で肉体労働をしてくれるという段取りもつけてくれた。
ありがたいことだ。

ただ、2トントラックですべての家具を運ぶのは難しいので、本当に必要なものだけを持っていくことにした。
あとは、ガレッジセール(知り合いに声をかけて、無理矢理買い取らせるだけだが)。
いらないものは、少しでも売り払って、家計の足しにすることにした。

そして、得意先もダイエット。

埼玉の得意先で、過去2年間、3万円以下の仕事しか出さなかった会社は、カットすることにした。
そうすると、桶川、大宮、浦和の3社だけしか残らなかった。
淋しい結果である。

あとは、東京、神奈川、静岡の6社が、継続して仕事をいただく会社。
つまり、この9社で、これから生計を立てていくということになる。

まあ、何とかなるだろう。
今まで、何とかなってきたのだし・・・。

それに、貧乏には慣れているし・・・・・。

今度中学3年になる娘の転校手続きは、先月半ばに済ませた。
友だちから寄せ書きをもらった娘は、それを抱きしめて、「アハハ」と泣き笑いの顔で、私を見た。

胸が詰まった。

そして、私がPCを教えているイトウくん。

「先生、まだ教えてもらっていないことが、沢山あるんですが・・・」

イトウくん。君と俺とは離れ離れになるが、今の世には、便利なものが沢山ある。
数字の書いた出っ張りを押すと、人と話ができる機械のことを君は知っているか。

「はい、携帯型電波式会話装置のことですね、先生」

そうだ、決まった数字を押せば、君と俺は、いつでも会話ができるのだよ。
それに、横文字の出っ張りが沢山ついた、折りたたみ式の携帯型電脳箱のことを君は知っているか。

「はい、知っています。先生が推薦してくれた林檎印の携帯型電脳箱ですね。毎日、電子的新聞を閲覧しています」

あの中に、電子郵便配信受信機能が入っているのを、君は知っているはずだ。

「もちろん、知っています。先生の電子的住所に何度か配信したことがあります。先生に何度か無視されたことがありますが・・・ブツブツブツ」

そうだ。あれを使えば、まるで目の前にいるがごとく、君と俺は、文章で会話ができるじゃないか。
わからないことがあったら、あれを使いたまえ。

「はい、わかりました。電子郵便配信受信機能を使って、勉強を続けたいと思います」

そして、イトウくんが、目を輝かせて言う。
「先生、文明って、素晴らしいですね!」

ああ、イトウくん。
日本の夜明けは、近いぜよ!

「サカモト先生!」
(ふたり、肩を抱き合って、空を指さす)

バカの極み。

イトウくんは、素晴らしい人だ。
私のバカに、これほど短期間で染まったのは、私の知る限り、私の娘を除くと、桶川のフクシマさんとイトウくんだけだ。

こんなバカな男と別れるのはつらい。
東京にも、イトウくんクラスのバカはいるだろうか。

いてほしいな。

それだけを楽しみに、私は武蔵野市に引っ越そうと思っている。




2010/04/01 AM 08:35:29 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]



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