Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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バツイチは冤罪
一度貼られたレッテルは、はがすのが容易ではない。

同業者のKさんは、外見に気を使わない人だ。
Kさんとのつき合いは3年程度だが、私も外見はどうでもいいというタイプなので、何となく親近感を持って接していた。

Kさんは、無口である。
必要最小限のことしか喋らない。
私は、その部分がとても心地よいと思っているのだが、その性格を「無愛想だ、礼儀を知らない」と取る人もいる。

Kさんは、挨拶は普通にするが、挨拶のあと自分の殻に閉じ籠もってしまうように見えるときがある。
ただ、それは、見えるだけで、Kさんは人の言うことは逃さず聞いているのである。
人に対する気配りも申し分ないように、私には思える。

しかし、そんなことも悪意の目で見れば、何でも悪く見える。
「あいつ、陰気だな」
誰かが声高にそう言えば、そのイメージが定着してしまうのが世の中だ。

「一昨年の忘年会のとき、Kは気難しそうな顔をして、俺をずっと睨んでいたんだよ。あれは気持ち悪かったな」
先日、同業者のタナカさんが言っていた。

一昨年の同業者との忘年会。
それぞれの日程が合わなかったので、2回に分けて開催されたと記憶している。
私は、2回目の忘年会にだけ出た。
そして、Kさんも。

5人だけの淋しい忘年会。
Kさんは、みんなとかたちだけの挨拶をしたあと、料理を食うことに没頭していた。
Kさんは、あまり酒が強くない。
ウーロンハイを、舐めるようにちびちびと飲んでいた。

会話には、ほとんど入ってこない。
焼き鳥を食い、ほっけの身をほぐして口に入れ、揚げギョーザを食う。ジャガイモピザを食い、サイコロステーキを頬張り、海老シューマイを口に入れる。
そして、たまにウーロンハイを舐める。

見事な食いっぷりだと思った。
我々の話には加わらなかったが、Kさんは彼なりに、楽しんでいると思った。

しかし、その様を「陰気」だと思う人がいた。
タナカさんだ。

タナカさんは、黙々と食うKさんに向かって、「あんたバツイチなんだって?」と、無神経な質問を投げかけた。

「いや」とだけ、Kさんは答える。

それに対して「バツイチだって、誰かが言ってたよ」と、タナカさんが、畳み掛ける。

ゆっくりと小さく首を振るKさん。

はたして、誰が「Kさんは、バツイチだ」と言ったのか。
私がそれをタナカさんに質すと、タナカさんは「さあ、誰だったかな」と面倒くさそうに答えた。
それは、とても大事なことなのだが、タナカさんは、そのニュースソースを知らないらしいのだ。

ただ、「Kさんは、バツイチ」という噂だけが、一人歩きをしている。

バツイチは、悪いことなのか?
「俺は、そんなことは言ってないよ! ただ、そういう噂があるって言っただけだ!」
タナカさんが、声を荒げて言う。

Kさんは、おでんのはんぺんを箸でつまんでいた。
飲めない酒を無理矢理舐めて、目の縁が赤くなっていた。
そして、目には困惑の光がある。

しかし、その困惑をはんぺんとともに飲み込むようにして、Kさんはモグモグと言った。
「俺、バツイチじゃないです」

「ほんとかよ?」
どうでもいいことに、タナカさんは、こだわっているように私には思えた。
Kさんがバツイチだから、どうだというのだ。

それは、あんたには、関係ないんじゃないか。
不快な感情が湧きあがってきて、私はタナカさん対して爆発しようとした。

そのとき、もう一人の同業者がタナカさんに同調するように言ったのだ(もう一人は完全に酔いつぶれていて、テーブルにキスをして寝入っていた)。
「バツイチなら、バツイチだって認めたら? 別にバツイチは恥ずかしいことじゃないじゃないですか」

みんな、まるでKさんがバツイチだと決めつけているような言い方だ。

バツイチは、恥ずかしいことじゃない。
だから、バツイチだって言えよ。
そうすれば、みんな納得するんだからさ。

そんな空気である。

おまえらは、デカか! 検事か! 裁判官か!

ひとりの人間を「バツイチ」と断定して、何が面白いんだ。

爆発しようと思ったが、それは意味のないことだと零コンマ5秒で気分を変えて、私はその年の重大ニュース、フジワラノリカとお笑い芸人の結婚の話題を強引に振って、話題を転換することに成功した(汗汗)。

あれから、1年5ヶ月。
昨日、1年5ヶ月ぶりに大宮のマクドナルドで偶然会ったKさんが、ボソッと告白した。

「俺、バツイチなんかじゃないですよ。だって俺、一度も結婚したことないですもん」
今年47歳になるという、寡黙なKさん。
髪の毛が、鉄腕アトムのように寝癖がついていて、笑えましたよ。

これは、間違いなく冤罪だな。
イメージと思い込みだけで人を断罪することの、愚かさ。
冤罪は、このようにして、生まれるのだな。

最近、昔の事件が、冤罪として決着を見た。

警察幹部が謝り、検事が謝り、裁判官までもが謝った冤罪事件。

マスメディアが、彼に謝ったかどうかは定かではない。

しかし、被害者の遺族に対しては、誰が謝るのだろう、と私は思った。
彼らは、「あいつが犯人だ」と長い間、信じさせられてきた。
だが、その人間が、無実だったと言うのだ。
犯人は他にいる、と今さらながら聞かされたときのご遺族たちの心情、悔しさは、どんなものだったろう。

裁いた人たちは、ご遺族たちには、謝らなくていいのか。
むしろ、18年間嘘を思い込まされてきた、ご遺族たちにこそ、謝罪のことばは必要ではなかったのか。

私が、ニュースを見て、真っ先に思ったのは、そのことだった。




2010/03/30 AM 08:39:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]



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