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● 呼び捨て |
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子どもの名を呼ぶとき、息子には「クン」、娘には「チャン」をつける。 呼び捨てにしたことは、一度もない。
ヨメを呼ぶときは、「ユミコさん」だ。 友だちの場合は、苗字を呼び捨てにする。 名前を呼び捨てにする友だちは、ほとんどいない。
ただ、唯一例外がある。 ショウコだ。
ショウコが目の前にいる。 新宿駅近くの、くだけた雰囲気のカフェである。
ショウコが、友だちからバーボンを貰った。 それが「エヴァンウイリアムス23年」という逸品らしいのだ。 ショウコの旦那のマサが酒が飲めないので、私に押し付けることにしたらしい。
エヴァンウイリアムス23年? なんじゃ、そりゃ! 聞いたことないぞ。
そう言ったら、「そうか、サトルさんにも知らないものがあったのか」と、妙な感心の仕方をされた。
俺なんか、知らないものだらけだよ。 AKBのメンバーの名前は、一人も知らないし。
「ハハハ、知ってたらすごかったのにね」と、笑いながらショウコは、そのエヴァンウイリアムス23年とやらをテーブルの上に置いた。
ショウコの膝には、生後9ヶ月の赤ん坊。 足をバタバタさせて、落ち着きがない。
その落ち着きのなさは、マサに似たのか?
「うん、多分。私は、いつも節度を保っていたよね」
いや、テニスで俺に負けると、「サトルめ! 今度こそリベンジしてやるぞ」と言って、地団太を踏んでいたような気がするが。
「ああ、テニス、またしたいねえ。マサは、運動神経が鈍いから話にならないんだよね。その点、サトルさんは、運動神経がいいのだけが取り得だからね」
ありがとうございます。 ほめていただいて。
「なんの、なんの」
ショウコの笑顔。 君は、友人のカネコの子ども(カネコとショウコには、血のつながりはないが)として、6歳で私の前に突然現れたときから、ヒマワリのような笑顔で、俺をいつも幸せにしてくれたね。
ショウコが中学一年の夏。 私の家族とショウコとで、裏磐梯に旅行に行ったっけ。 中学の部活でテニス部に入ったショウコは、とにかくすぐに上達したいと言って、テニスコートに丸一日俺を釘付けにした。
ほとんど勝負にはならなかったが、二度だけショウコにスマッシュを決められたことがあった。 「見たか! サトル。これが私の実力だ!」 仁王立ちして、私を挑発するショウコの笑顔。
それを見て、ヨメと私の子どもたちが、手を叩いて喜んでいた。 みんなが、ショウコを好きだった。
その笑顔が、変わらずに今ここにある。
母親になったショウコ。 そのショウコが、私の目を真っ直ぐに見て言う。
「いいですか、サトルさん。バーボンを差し上げますが、くれぐれも飲み過ぎないようにしてくださいよ。あなたの肩には、色々なものが背負われているんですよ」
そして、膝に抱えた自分の子どもを覗くように見ながら言うのだ。 「いいか、サトル。何もかも自分の中だけで解決しようと思うなよ。私にもこの子にも、あなたは必要なんですからね」
ショウコの目が、私の目の中に入ってくる。 それは、私にとって「大きな幸せ」と呼べるものだった。
私をときどき「サトル」 と呼び捨てにするショウコ。 その心地よさは、現実世界のすべての事象を凌駕しているように私には思えた。
俺は、長生きした方がいいのか? 私がそう言うと、「殴るぞ! サトル」と言われた。
「殺されても生きるのが、サトルさんに残された、唯一の役目です」
帰り道、その言葉を心の中で喜悦とともに反芻する俺は、変態なんだろうか。
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2010/03/10 AM 06:47:19 |
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