Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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バツイチは冤罪
一度貼られたレッテルは、はがすのが容易ではない。

同業者のKさんは、外見に気を使わない人だ。
Kさんとのつき合いは3年程度だが、私も外見はどうでもいいというタイプなので、何となく親近感を持って接していた。

Kさんは、無口である。
必要最小限のことしか喋らない。
私は、その部分がとても心地よいと思っているのだが、その性格を「無愛想だ、礼儀を知らない」と取る人もいる。

Kさんは、挨拶は普通にするが、挨拶のあと自分の殻に閉じ籠もってしまうように見えるときがある。
ただ、それは、見えるだけで、Kさんは人の言うことは逃さず聞いているのである。
人に対する気配りも申し分ないように、私には思える。

しかし、そんなことも悪意の目で見れば、何でも悪く見える。
「あいつ、陰気だな」
誰かが声高にそう言えば、そのイメージが定着してしまうのが世の中だ。

「一昨年の忘年会のとき、Kは気難しそうな顔をして、俺をずっと睨んでいたんだよ。あれは気持ち悪かったな」
先日、同業者のタナカさんが言っていた。

一昨年の同業者との忘年会。
それぞれの日程が合わなかったので、2回に分けて開催されたと記憶している。
私は、2回目の忘年会にだけ出た。
そして、Kさんも。

5人だけの淋しい忘年会。
Kさんは、みんなとかたちだけの挨拶をしたあと、料理を食うことに没頭していた。
Kさんは、あまり酒が強くない。
ウーロンハイを、舐めるようにちびちびと飲んでいた。

会話には、ほとんど入ってこない。
焼き鳥を食い、ほっけの身をほぐして口に入れ、揚げギョーザを食う。ジャガイモピザを食い、サイコロステーキを頬張り、海老シューマイを口に入れる。
そして、たまにウーロンハイを舐める。

見事な食いっぷりだと思った。
我々の話には加わらなかったが、Kさんは彼なりに、楽しんでいると思った。

しかし、その様を「陰気」だと思う人がいた。
タナカさんだ。

タナカさんは、黙々と食うKさんに向かって、「あんたバツイチなんだって?」と、無神経な質問を投げかけた。

「いや」とだけ、Kさんは答える。

それに対して「バツイチだって、誰かが言ってたよ」と、タナカさんが、畳み掛ける。

ゆっくりと小さく首を振るKさん。

はたして、誰が「Kさんは、バツイチだ」と言ったのか。
私がそれをタナカさんに質すと、タナカさんは「さあ、誰だったかな」と面倒くさそうに答えた。
それは、とても大事なことなのだが、タナカさんは、そのニュースソースを知らないらしいのだ。

ただ、「Kさんは、バツイチ」という噂だけが、一人歩きをしている。

バツイチは、悪いことなのか?
「俺は、そんなことは言ってないよ! ただ、そういう噂があるって言っただけだ!」
タナカさんが、声を荒げて言う。

Kさんは、おでんのはんぺんを箸でつまんでいた。
飲めない酒を無理矢理舐めて、目の縁が赤くなっていた。
そして、目には困惑の光がある。

しかし、その困惑をはんぺんとともに飲み込むようにして、Kさんはモグモグと言った。
「俺、バツイチじゃないです」

「ほんとかよ?」
どうでもいいことに、タナカさんは、こだわっているように私には思えた。
Kさんがバツイチだから、どうだというのだ。

それは、あんたには、関係ないんじゃないか。
不快な感情が湧きあがってきて、私はタナカさん対して爆発しようとした。

そのとき、もう一人の同業者がタナカさんに同調するように言ったのだ(もう一人は完全に酔いつぶれていて、テーブルにキスをして寝入っていた)。
「バツイチなら、バツイチだって認めたら? 別にバツイチは恥ずかしいことじゃないじゃないですか」

みんな、まるでKさんがバツイチだと決めつけているような言い方だ。

バツイチは、恥ずかしいことじゃない。
だから、バツイチだって言えよ。
そうすれば、みんな納得するんだからさ。

そんな空気である。

おまえらは、デカか! 検事か! 裁判官か!

ひとりの人間を「バツイチ」と断定して、何が面白いんだ。

爆発しようと思ったが、それは意味のないことだと零コンマ5秒で気分を変えて、私はその年の重大ニュース、フジワラノリカとお笑い芸人の結婚の話題を強引に振って、話題を転換することに成功した(汗汗)。

あれから、1年5ヶ月。
昨日、1年5ヶ月ぶりに大宮のマクドナルドで偶然会ったKさんが、ボソッと告白した。

「俺、バツイチなんかじゃないですよ。だって俺、一度も結婚したことないですもん」
今年47歳になるという、寡黙なKさん。
髪の毛が、鉄腕アトムのように寝癖がついていて、笑えましたよ。

これは、間違いなく冤罪だな。
イメージと思い込みだけで人を断罪することの、愚かさ。
冤罪は、このようにして、生まれるのだな。

最近、昔の事件が、冤罪として決着を見た。

警察幹部が謝り、検事が謝り、裁判官までもが謝った冤罪事件。

マスメディアが、彼に謝ったかどうかは定かではない。

しかし、被害者の遺族に対しては、誰が謝るのだろう、と私は思った。
彼らは、「あいつが犯人だ」と長い間、信じさせられてきた。
だが、その人間が、無実だったと言うのだ。
犯人は他にいる、と今さらながら聞かされたときのご遺族たちの心情、悔しさは、どんなものだったろう。

裁いた人たちは、ご遺族たちには、謝らなくていいのか。
むしろ、18年間嘘を思い込まされてきた、ご遺族たちにこそ、謝罪のことばは必要ではなかったのか。

私が、ニュースを見て、真っ先に思ったのは、そのことだった。




2010/03/30 AM 08:39:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

居酒屋でギャフン!
高校野球が始まったらしい。
監督が、何かを言ったことで騒動になっているようだが、インターネットで見出しを見る限り、たいした問題ではないように思える。
コップの中の小さな波を、大海の波紋にして何が面白いのか、理解に苦しむ。

埼玉から、●●高校が出ていると聞いたが、すぐに校名を忘れた。
どうせ選手は、埼玉出身ではないんだろ?
高校野球には興味がないので、どうでもいいです。

プロ野球も始まったらしい。
また、某大新聞社系列野球集団ヨイショ報道が始まるのか。

東京ジャイアンツのメンバーで知っている人は、原監督。
クルーンは、他のチームじゃなかったっけ、と言ったら笑われた。

小笠原? だって、あのひと、髭がないぞ。髭のない小笠原は、小笠原じゃないだろ? 絶対に、別人だよ。
そう言ったら、また笑われた。

あとは、あまり知らない。
他には、野球選手の名は、ダルビッシュを知っている程度。

ノムラ監督は知っているが、「ボヤキジジイ」としてしか知らないから、興味は薄い。
ただ、彼が監督を辞めたのは、知っている。
よかったね、としか思わない。

長い期間、優勝できない監督は、名監督ではない。
そんな当たり前のこともわからないメディアは、監督の「太鼓持ち」に成り下がった存在である。

ボヤいただけで、名監督。

原監督も、せいぜいボヤいてください。
きっと、いつか「名監督」と言われることでしょう。

話は少々違うが、コップの中の小さな波を、大海の波紋にしてしまった馬鹿な男の話を書きましょう。

昨日の夕方、同業者二人と、居酒屋で一杯。
一人は、私に酒とメシを奢ることに強い使命感を持っているオオサワさん、59歳。
もう一人は、昨年この不況下に42歳で独立した、勇気あるシノハラさん。

オオサワさんは、大変いい人だが、ガチガチのジャイアンツフアン。
ナガシマ世代である。
長嶋茂雄を「神」と崇めている。

その心情はわかるし、毎回奢っていただいていることもあって、その言動のほとんどを私は許している。

新参者のシノハラさんも、ジャイアンツフアン。
彼は、生まれも育ちも、広島だという。

広島で、ジャイアンツフアン?
それは、全員が広島風お好み焼きを食っているのに、ひとりだけ、もんじゃ焼きを食っているようなものじゃなかろうか。
それって、やばくないですか。

「広島にいたときは、表向きは広島フアンでした」と、苦笑いを浮かべつつ、シノハラさんが言う。
「酒の席で、ジャイアンツのジャの字を言っただけでも、袋叩きにあいます。いつも神経を使っていましたよ」

今は、それが大っぴらに言えるので、ストレスから開放されたと、心底安堵の表情で笑っていた。

「それで、Mさんは、どこのフアンですか?」とシノハラさんが聞く。
それに対して、私は「ほとんどのスポーツは、するものであって、観るものではない。特にプロ野球など、魅力のかけらもない」と、たいへん可愛くない答えを返した。

オオサワさんは、10年以上のつきあいで私の性格を熟知しているから、鷹揚な笑顔で、いつも受け流してくれる。
しかし、広島風お好み焼きが全身に詰まったシノハラさんは、「あん?」という表情をして、私を見つめる。
いや、睨む。

「なんだこいつ? 喧嘩売ってんのか?」という表情である。
単純すぎるほど単純なプロ野球フアンのようだ。
大きな二重まぶたのどんぐりまなこが、私を睨む。
四角く張った顎が、意志の強さと頑固さを現している。

シノハラさんは、広島にいた大学時代、ラグビーをやっていたという。
肩幅が広く、二の腕が盛り上がっている。
そして、両手の指の太さが、際立っている。
身長は175センチくらい。体重は、80キロを超えているだろう。

それに対して、180センチ、57キロの私。
顎は細くて、指も華奢である。
「器用そうな指をしていますね」としか、外見上は褒められたことがない(とてつもなく不器用ですが)。

ようするに、軟弱に見える。

そんな男が、「スポーツは、するものであって観るものではない?」だって?
笑わせてくれるじゃないか、このガイコツオヤジ。
シノハラさんの目は、そんな敵意に溢れているように見えた。
そして、敵意の目を私に向けて言った。

「腕相撲しませんか?」

おお! 何とベタな展開!

自分の力自慢を見せつけて、俺をギャフンと言わせたいのだな。
その魂胆は、まるっとお見通しだ。

俺は、そんな手には乗らないぞ。
だから、私はすかさず「ギャフン!」と言った。

その言葉で、シノハラさんの顔が固まったのを確かめたあと、私は、もう一度「ギャフン!」と言った。

それを冗談と取るか、馬鹿にしていると取るか、そこで人間の器のでかさがわかる。

「馬鹿にすんなよ!」
シノハラさんは、テーブルを右手で叩き、舌打ちを残しながら居酒屋を出て行った。

アラアラアラ・・・・・。

「やってくれましたね」と言い、私を批難の目で見るオオサワさん。
今日は、奢ってもらうのは、無理だな・・・。

フン! これだから、ジャイアンツフアンは・・・・・・・。
(性格の悪いワタシ)




2010/03/28 AM 08:29:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ココロ貧しき人
腹具合が、だいぶ落ち着いてきた。

腹を下している時は、発泡酒は飲まない(打ち合わせの最中に、勧められたらイヤイヤ飲むが)。

ただ、ウィスキーやウォッカは飲む。
それも、ストレートで。

それは、医者には「馬鹿なことを」と笑われる行為だろうが、ウィスキーを飲むと、一時的に腹痛が治まるからである。
私にとって、医学的な根拠などは、どうでもいい。
腹痛が治まるんだから、いいじゃないか、と思って飲んでいる。

腹の調子が悪いからといって、消化のいいものを食おうとは思わない。
そんなものを食ったって、治ったためしがないのだ。
だから、激辛キムチを食うし、ペペロンチーノやタバスコをたっぷりかけたピザも食う。

どんな食生活をしていても、日が経つと自然と症状は治まってくるものなのだ。
ヨメは、そんな私を見て、「そんなことをしてると、取り返しのつかないことになるわよ。貧しい食生活の祟りが、いつか来るわよ。それに心も貧しくなるわよ」と言う。

貧しい食生活。
一日三食、おにぎり一個でも平気な俺。
忙しいときは、丼メシに塩をぶっかけて食い、そのあとミネラルウォーターをがぶ飲みする俺。
さらに忙しいときは、トマト4個を一気食いして、一日の食事を、それで済ます俺。
外に出れば、立ち食いそば屋で、かけソバを食うだけの俺。

確かに、貧しいですな。
そして、心が貧しいことは、自分が一番自覚している。

昨日、友人のWEBデザイナー・タカダ(通称ダルマ)からお呼びがかかったので、行ってきた。
電話で、「師匠にご報告したいことが」と言ってきたのである。

ダルマの緊張した声を聞いて、私はすぐに察した。

あれだな・・・・・・・・・。

ダルマの荻窪の事務所に行くと、ダルマの奥さん、微笑みの天使・トモちゃんがいなかった。
ダルマに目で問いかけると、ダルマが気持ち悪い顔で頭をかきながら「彼女は、気分が悪いんで、横になっています」と言った。

やっぱりな・・・・・。

結婚2年目。
まあ、妥当なところではないだろうか。
一人うなずく、心の貧しい男。

「師匠、お昼まだですよね。近所に、行きつけのイタリアンレストランがあるんで、行きましょうよ。師匠、イタリアン好きじゃないですか」

そりゃ、俺は、イタリア人・・・・・・。

「歩いて、5分もかかりませんよ」

ちぇっ! 冗談も言わせてくれないのか。

ということで、イタリア料理店に入った。
こじんまりした店だった。
テーブルは、10畳くらいの店内に、丸いものが5つだけ。

そして、ランチは「おまかせランチ」1種類だけ。
お一人様2,100円。

高いよねえ。
でも、まあ、ダルマの奢りだから、許してやる。

飲み物は、別料金。これは、当たり前かな。
「師匠、ワインはいかがですか」
俺は、ビールがいいな。生で。(私は安いワインしか飲まない主義なので、変なのを出されても困るし)

食ったのは、ブロッコリーとズッキーニ、ベーコンのガーリックソテー。
魚介てんこ盛りのペスカトーレ。

これぞ、イタリアン。
美味かったですよ。
しかし、心の貧しい男は、つい余計なことを言ってしまうんですね。

俺なら、これくらいのものは、600円で作れるかな。

「いや、師匠。600円は、ありえないでしょう。無理ですよ」
ダルマが口をとがらせて抗議する。

「いやあ、ご家庭で作るのなら、一人前それくらいでできるかもしれませんね、ホント」
聞きなれない声が後ろから聞こえたので振り返ると、漫画家の蛭子能収を思わせるユルい雰囲気のおじさんが立っていた。

「ああ、シェフ」と、ダルマ。
蛭子さんが、シェフだったようである。
狭い店なので、私のホラ吹きが彼の耳まで届いてしまったようだ。

蛭子さんは、ニコニコしている。
気分を害した様子ではない。
そこで、私は調子に乗って、またこんなことを言ってしまったのである。

このお皿、百円ショップで売っていたのに似ていますね。
キャンドゥで見たのに、似てたんです)

怒るかと思ったら、蛭子シェフは、頭をかきながら、こう言うのだ。
「タカダさん。すごい人を連れてきちゃいましたね」

「すみません。ここは、俺に免じて、お許しを」と、タカダが、赤いダルマになって、ペコペコと頭を下げる。

蛭子シェフは、「いやいや」と、両手を左右に振って、「本当に百円ショップで買ったものですから」と、また頭をかいた。

「ホントですか!」とダルマ。
やっぱり、と俺。

「この店の食器の半分は、百円ショップで調達したものなんです。馬鹿にできませんよ、百円ショップは」
そう言いながら、蛭子シェフが、大きくうなずく。

心貧しい男の因縁を、やんわりと受けとめる大人のシェフ。
大いに反省して、ビールをもう一杯いただきました。

ん? 反省することとビールは、関係ない?

いやいや、私には、ダルマに言わなければいけないことがあったのですよ。

タカダ君。おめでた、おめでとう(日本語として変?)。

カンパーイ!

「師匠ォ〜!」

ダルマの目にも涙。



2010/03/26 AM 08:08:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

泣いているのか〜い
お食事中の方には申し訳ないが、腹を下している。

腸が弱い。
ひと月に一度、3〜4日続けて、腹を下す。
このときは、薬を飲んでも、どんなに消化のいいものを食っても、腹の調子は治まらない。

からだに溜まった、「何か悪いもの」をすべて排出するまで、何をしても駄目である。
この体質は、中学2年の娘にも完全に遺伝している。
だから、娘にはいつも文句を言われる。

「親子でもないのに、何で体質が似るんだ!」

それはね、君が0歳のとき、川上から流れてきたパパを拾って、親に決めたから仕方がないんだよ。
それは、君の意思なんだ。

「そうか、あの時は急いでいたからな。あのあと、金持ちそうなオヤジが流れてきたが、あれを拾えば、あたしは、今ごろお嬢様だったのに。クソ! 失敗した」

Destiny(運命だ!)

だから、二人して、腸が弱い。

私の場合、10年に1度くらいの割合で、一週間近く死にそうなくらい腹下しが止まらなくなる時がある。
普段は医者嫌いだが、そういうときだけ医者に行く。

今までに3回行ったが、3回違うことを医者に言われた。

「胃下垂が原因ですね」
「新陳代謝が良すぎるんでしょう」
「過敏性大腸炎かもしれません。アルコールは控えましょう」

いずれの時も、薬を処方してもらったが、結局腹の中に溜まったものを排出するまで、治らなかった。
私の場合、この状態になったら、お医者様に頼っても、薬を飲んでも無駄なのだということがわかった。

だから、とにかく、出す。

昨日は、新規の会社に寄ったあとで、突然その現象がやってきた。
さいたま新都心のそばだったので、コクーンというショッピングモールのトイレに駆け込んだ。

脂汗を流しながら、トイレを探し回り、綺麗な個室に腰を下ろした。
危機一髪。間一髪。ファイト一発。

放心状態。

そして、鼻水。

私は、アレルギーはほとんどない体質なのだが、唯一トイレアレルギーなのだ。
トイレに籠もると、鼻水が出る。

ズルズル、グスングスン。

腹が、痛い。
寒気がしてきた。

そして、ズルズル、グスングスン。

そんなとき、隣の個室から、声が聞こえてきたのである。
かすれた渋い声だ。

「泣いているのか〜い? 嫌なことでもあったのか〜い?」

ん?????

ズルズル、グスングスン。

「泣いているんだね〜」

お隣の住民は、どうやら私の鼻水を、泣いていると勘違いしたようなのだ。
それで、心配してくれたのか?
それとも、からかっているのか?

どちらなんだろう?

と思っていたら、また下っ腹に数回目の波が訪れた。
苦しい。

ズルズル、グスングスン。

そしてまた、「泣いてるんだ〜」。

ご心配はありがたいのですが、こちらは今、それどころではありません。
苦しいのです。
すみませんが、お相手はできませんので・・・・・(痛い)。

「つらいよね〜」

はい、つらいです。

そして、鼻水を出しながら、数回の排出を重ねたあと、腹具合が落ち着いてきた。

安堵。

個室を出るときがやってきた。
ドアを開ける。
すると、お隣の個室も空いたのだ。

目が合った。
60年配の薄いサングラスをかけた白髪の男。
紫色のジャンパーと、クリーム色のズボン。
身長は、160センチくらい。痩せ型。
薄いサングラスの奥の目は、鋭くて、その筋の人を連想させた。

緊張した。

会釈をすべきか、迷った。
心配していただいたのだから、何か声をかけるというのが、人としての礼儀ではないだろうか、とも思った。

相手の目は、ほとんど何の感情も浮かべずに、私を見ている。
射る、というほどではないが、鋭いものは感じる。
その目を見て、「仁義を重んじるタイプの人」と私は判断した。

何か、ことばを・・・、と思い切るように口を開きかけたとき、相手は、私の前を小走りに通り過ぎ、手も洗わずに私の目の前から消えた。

え?
まだ、感謝のことばを述べていないんですが・・・・・。

なんか、拍子抜け。

でも、スッキリしたから、いいか。


いま、腹痛は、かなり治まっております。




2010/03/24 AM 07:14:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

おバカ日記(ピザ生地)
ピザ生地を、力を込めて捏ねていた時だった。

中学2年の娘が、生地を懸命に捏ねる私のそばに来て、こう言った。
「おまえ、ピザが好きだなあ。何でだ?」

それはね、パパがイタリア人だからだよ。
「まあ、ここはスルーしようと思います」(オードリーの若林風に)

アタシのことを無視するんじゃないよ!(春日風に胸をそらして)
「ピザ生地を捏ねたような顔をして、何がイタリア人だ」

オニガワラ!
「ここは、二つ目のスルーをしたいと思います。
ところで、イタリアと言えば、サッカーのセリエAですが・・・」

・・・・・・・(少し間をおいて)俺はイタリア人じゃないよ!(娘の背中を叩く)
「わかってるよ!」(娘に頭を叩かれた)

そんな光景をヨメと息子が、冷ややかな目で見ていた。

「あんたたち、本当に変な親子だね」とヨメ。
「そうそう」と大きく頷く息子。

私としては、アドリブでこれだけのことができる親子を、むしろ褒めてもらいたい。

「いいえ、絶対に変です!」


「変」と言えば、得意先の桶川のフクシマさん。

仕事の打ち合わせを終えて、いつものように麻生久美子似の事務員を交えて、雑談をしていたときだった。
フクシマさんが、突然「抜くのなら、『度肝』がいいよね」と言いだしたのだ。

彼の言いたいことはわかった。
ちょっと変わったタイプのベストセラー「ダーリンは外国人」のなかに、その一節があった。
しかも、それは近日、映画として公開されるらしい。

彼は、それを先取りして、使ってみたかったのだ。
相変わらず、おバカである。
おそらく私でなかったら、彼の意図は理解できなかったであろう。

しかし、私は性格が悪いので、知らないふりをした。

なんですか? 何を突然言い出すんですか、フクシマさん?

「あれぇ! 知らないんですか、Mさん。ダーリンは外人のこと」

ダーリンは外人?

「そうですよ、ダーリンは外人です」(得意気に)

とぼけて、「知ってました?」と麻生久美子似に、聞いてみた。
「いいえ、知りません」と麻生久美子似(知っていると見た)。

「やだなあ! Mさんもアリマさんも、二人とも遅れてますよ、ダーリンは外人を知らないなんて!」
さらに、得意気である。

しかし、おバカをからかうのは程々がいい。
それは、時間の無駄である。
だから、麻生久美子似と呼吸を合わせて、イチ、ニ、サン。

「ガ・イ・コ・ク・ジ・ン」

それに対して、フクシマさんは「な、な、何ですか?」と激しく目を泳がせた。

「ダーリンは外国人、バット・ノット『ダーリンは外人』」と麻生久美子似が、ゆっくりと発音した。

だが、おバカは、立ち直りも早い。
「何を言ってるんですか。俺、ちゃんと言いましたよ、『ダーリンは外国人』って、嫌だなあ、お二人さん。変にハモっちゃって」
胸をそらして、言いやがる。
ついでに、私たちを指さして笑ってやがる。

しかし、バツが悪いのか、フクシマさんは、事務所の隅の冷蔵庫まで小走りで駆けていき、一番搾りを持ってきて、こう言った。
「小さいことは気にすんな。ほら、ワカチコワカチコ!」
気持ち悪い振りをつけたあとで、お酌をしてくれた。

テーブルの上には、ピザがある。

クライアントに、食事やビールを奢ってもらうことに関しては、少なからずご批判をいただいている。
ただ、フクシマさんの会社に関して、以前ブログでこんなことを書いた。
昨年の慰安旅行の余興で、ビデオ上映会を開いて、一等賞金が10万円の商品券というコンテストがあった。
私も、少しだけ協力した。

それが、本当に一等賞を取ったのである。
そこで、賞金を山分けにしようと言ってくれたが、私はそれを辞退して、今年一年、打ち合わせをするごとに、ピザとビールを奢ってくれることを要望として出したのである。

それが、了承されたので、いま私は堂々とピザーラのピザを食い、一番搾りを飲んでいるのだ。
それに関して、何か文句は、あるだろうか?(少し挑戦的?)

ピザを頬張り、一番搾りを飲み干そうとしていたとき、フクシマさんが、間抜け顔で言った。
「Mさん、ピザ生地って、10回言ってみてくださいよ」

いまさら、10回クイズですか?
まあ、いいですがね。

ピザキジ、ピザキジ、ピザキジ・・・・・・。

「じゃあ、ピザ生地の上に乗ってるのは?」

・・・・・チーズ。

「残念! ピザソースでしたぁ!」

くそ!

アホ男に、やられてしまった!


2010/03/22 AM 08:22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

公園で拾った白夜行
朝一番で、大宮の印刷会社に、仕上がりイメージを持っていった。

24ページの小冊子を両面プリントして中綴じ製本をすると取りあえず立派な本になる。
素人にホチキスの中綴じは難しいのだが、コツをつかめば、不器用な私でも綺麗にできる。
そのコツは、教えませんけどね(嫌なやつ)。

帰り道にある大宮第三公園に寄って、家から持ってきた朝メシを食おうと、自転車で公園内のベンチを探した。
公園内にベンチは沢山あるが、どれも鳩やカラスのフンがこびりついている。
だから、なるべくフンの少ないベンチを物色した。

その中で木の枝が張り出していない、鳩のフンの飛びにくい場所を発見した。
これなら、フンはこびりついていないだろう、と推測したベンチに行ってみると、フンは背もたれの左隅にある一箇所だけだった。

よし、本日の朝メシ場所は、ここに決定。
自転車を止め、バッグを籠から下ろした。
そのとき、目に入ったのが、ベンチに置かれた分厚い文庫本である。

セピアでコラージュした画像に浮かび上がる文字。
「白夜行」

東野圭吾の有名なミステリーだ。
4、5年前に図書館で借りて、読んだ記憶がある。
薄いダークなイメージのクライムノベルである。

読み終わったとき、松本清張が生きていたら、これを読んで悔しがっただろうな、と勝手に想像した。
抑制の効いた文体と無理を感じさせない心理描写、情景描写。
読後感は重たいが、不思議な余韻を与えてくれる作品だった。

その「白夜行」がなぜ、ベンチに置き去りに?
忘れたのだろうな。
おそらく、慌てていたのだろう。

分厚い文庫本を手にとって、パラパラとめくってみた。
すると、本の間に紙片が挟んであるのを見つけた。
手帳の切れ端のようだ。

その紙に、青いボールペンで文字が書かれていた。
細い文字で書かれた文章を読んでみた。

「これを手にした方。
読み終わったので、所有権を放棄します。
活用していただけると、うれしいです」


変わったことをする人だ。
筆跡からすると、女性だろう。

何も書かずに置いておくと、忘れたと思われるから、「所有権を放棄します」と書いた。
読むのも自由、読まずに誰かにあげるのも自由。
捨てるのはもったいないから、誰かが「活用する」ことを望んで置いていったのだろう。

面白いな。

そこで、ご希望通り、私が活用することにした。
一度読んだ本だが、二度読めば、また新しい発見があるかもしれない。

読む前に、バッグから朝メシを取り出した。
普通のおにぎりの倍以上のボリュームがある握り飯が二つ。
具は、大量のネギ味噌と、自家製の塩辛が入ったもの。

飲み物は、シジミのエキスだけの味噌汁を携帯用魔法瓶に入れて持ってきた。
それを飲みながら、握り飯を頬張る。
そして、文庫本を読む。

引き込まれた。

話の展開がわかっていても、その卓越した文章力が、文字を追うことをやめさせてくれないのである。
気が付いたら、一気に2百ページを過ぎ、第三章まで読み進んでいた。

時計を見ると、11時半。
今日は、急ぎの仕事がないので慌てて帰ることはないが、三月中旬は、まだ寒い。
ベンチには、春の陽光が当たっていたが、体を芯から暖めるほどではない。

帰ることにした。
そして、自転車を漕ぎながら、最初に「白夜行」を読んだ時のことを思い返した。

これをもし、テレビか映画でやるとしたら、ヒロインは絶対に柴咲コウだな。
目で意思を表現できる人しか、この役はできないな、と思った。
そして、男の主人公は、多少、年は行っているが、本木雅弘だな。
表情を変えずに、ことばだけで表現できる男優は限られる。彼こそ適役だ、と思った。

しかし、その後、「白夜行」がテレビ化されたが、配役は、綾瀬はるか山田孝之だった。
私は、そのドラマを見ていないので、コメントできない。
評判が良かったかどうかも、わからない。
私のイメージとは、だいぶ違うが、どちらもいい役者さんなので、もしDVDになっていたら、いつかツタヤで借りて観てみようと思う。

でも、やっぱりヒロインの柴咲コウは、私の中では譲れないな。
柴咲コウの唐沢水穂(ヒロイン)を絶対に見てみたい。
そして、相手役は、今なら小栗旬だろうか。
年齢的には、本木雅弘より、こちらの方が合っていそうだ。

お互い、暗く沈んだ情念を心の奥底に澱ませて、陽の光を避けるように、白夜の中を、もがきながら行く二人。
笑顔さえ、氷のように冷たく痛々しい「はぐれびと」。

見てみたいなあ。
柴咲コウと小栗旬の「白夜行」。
運命に抗いきれずに、薄絹のような闇の中を懸命に這い進んでいく、この二人の演技を見てみたいなあ。

いや、しかし・・・・・、とまた別のヒラメキが。

ヒロインは、沢尻エリカでもいいかもしれない。
邪(よこしま)な心を隠して、いい人を演じる役を、彼女にやらせてみたい気がする。
はまり役ではないだろうか。
すると、相手役は、小栗旬ではなく二宮和也か藤原竜也の方が合うかも。
非情なまでに犯罪者に徹する役は、彼らにとって新境地になるかもしれない。

いいな。
うん、いいかもしれない。

いやいや、しかし、柴咲コウも、やっぱり捨てがたい。
ああ! どうしよう!

そんな妄想に耽りながら、昨日5百ページ近くまで読み進んでしまいました。

そんな私に、中学2年の娘が舌打ちをしながら言った。

「おまえ、今日の晩メシ、手を抜いたな!」

はい、申し訳ありません。

すべては、「白夜行」を置いていった人が、悪いのでございます。



2010/03/20 AM 08:36:56 | Comment(3) | TrackBack(0) | [こんな本読みました]

暴れん坊
「急落」とか「続落」という枕詞(まくらことば)をつけられたら、「ああ、支持されていないんだな」と、ほとんどの人が思う。
逆に「依然として高支持率」という枕詞が付いていたら、勝ち馬に乗りたい、と世間の人は思うだろう。

枕詞なしに、「支持率40%」という見出しだけだったら、誰も「へえ」としか思わない。

そして、「ぶれている」と、新聞や週刊誌の見出しのサイズが大きくなるたびに、たとえ少々のぶれでも、みんながぶれているんだなと思ってしまう。
「エリカ様」と書いたら、誰でも彼女を尊大な女王様だとイメージする。

それをバンドワゴン効果という。

それは、自分の思い通りに話を誘導するためには、かなり効果的な手法だが、私は好きではない。
私はむしろ「勝ち馬」を避けるタイプである。
そして、そんな意図的な表現を見ると、むしろ表現者の裏を読もうとしてしまう「ひねくれもの」だ。

ただ、この「ひねくれもの」は、「ほめる」ということに関しては、無条件に頷いてしまう癖がある。
ひねくれものは、「粗さがし」が嫌いだ。

悪いことをした人は、それなりの罰を受けるのは当然のことだが、それが世間の「風向き次第」で、悪としての烙印を押されるのは、理不尽だと思っている。

これは、かなり古い話だ。

私が中学二年の時のことだ。

学年に一人や二人は必ずいる「暴れん坊」。

教師も持て余して、まわりからも眉をひそめられる存在。

あいつは、何をやるかわからない男だぞ。
あいつには、近づくな。
何をされるかわからないからな。

事実、無茶な行動をしていた男だったが、犯罪を犯していたわけではない。
むしろ、普通に見えるやつらが、駄菓子屋での万引きの成果を吹聴したりしていた。
いつの世も、要領のいいやつだけが、世論を味方にする。

教師も、外見上の「暴れん坊」だけを目の敵にして、「影の悪いやつ」は、ほったらかしである。

そんなとき、砂場で、「影の悪いやつ」をボコボコにしていた「暴れん坊」を止めたことがある。
「影の悪いやつ」は、「暴れん坊」に蹴られながら、鼻水を垂れ流して泣いていた。
その泣きっぷりが、あまりにも見事だったので、つい止めに入ったのだが、よく見ると、「暴れん坊」の蹴りは、かなりおとなしい蹴りだった。

蹴ってはいたが、かなり手加減をしていたのが、止めに入る途中でわかった。
それを見て、「ああ、こいつもわかってるんだな」と、感心したことを今でも鮮明に覚えている。
それに対して、大げさに反応することで、世間を味方につける方法を取る小賢しいガキ。

「本気で蹴る価値のないやつ」というのが、世間には、いると思う。
「影の悪いやつ」は、まさしくそんなタイプだった。

蹴る価値はないが、蹴らないと「悪さ」がエスカレートしていく。
だから、とりあえず蹴ることによって、「暴れん坊」は、それに歯止めをかけたのだろう。

ただ、世間というやつは、そうは見ない。

乱暴で、どうしようもないやつだな。
「暴れん坊」が、「暴れん坊」でいることを、表面の行動だけでイメージを固定してしまうのである。

あいつには、何を言っても無駄だよ。
父親がいないんだから。

父親がいないというのは、まったく関係ないことなのに、それが世間を納得させる理由となって、学校全体に「ひとつの空気」を形づくるのである。

中学2年の三学期、春の花が芽を出しはじめた頃、「暴れん坊」が、目黒川の橋の下で泣いている姿を見た。

どうした? と聞いたら、「猫が死んだ」と彼は答えた。
目からは、大粒の涙が溢れ出ていた。

お前が飼っていたのか、と聞いた。
「いや、ノラ猫だが、俺の友だちだった」と、彼は答えた。

「暴れん坊」は、泣き疲れて、膝を抱えていた。
私はそんな彼を、私の家に連れていった。

家には、私の祖母がいる。
教育者だったひとだ。

祖母は、「暴れん坊」をひと目見て、彼の置かれている立場を理解したようである。

「あなたは、優しくていい子だね。でも、わかってもらえないのかな」

「暴れん坊」は、祖母に頭を撫でられながら、泣いていた。

そのあと、祖母がホットケーキを作ってくれた。
「暴れん坊」は、それを「うまい!」を連発しながら、4枚も食った。

中学3年の4月12日。
祖母が死んだ。

暴れん坊・イイヅカは、祖母の棺に取りすがって泣いてくれた。
祖母には、一度しか会ったことがないのに・・・。

毎年4月12日には、私の実家に、イイヅカから花が届く。

イイヅカは、あれ以来、ホットケーキを食ったことがないという。

暴れん坊・イイヅカとは、今も友だちである。



2010/03/18 AM 06:34:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

転校なんか?
ことばは、難しい。

今月18日午前中までに、初稿をあげる約束の仕事をいただいている。
それに関して、得意先から「まだできませんか?」と昨日電話を貰った。

約束の日にちまで、あと3日ある。
だから、「まだ・・・」と言われて、心の中でムッとした。

実は、もう出来上がっているのだが、そう急かすように言われると、「まだですね」と、つい言ってしまうのである。

だが、もしも、こんな風に言われたら、私の答えは確実に変わっていただろう。
「お忙しいところ、申し訳ありません。約束の日時よりは早いですが、念のため確認のお電話をしてみました。初稿の進行状況は、いかがでしょうか」

ああ、あれはもう、出来上がってます。
いつでも、お届けできます。

言い方次第で、お互いが幸せな気持ちになる。
しかし、三日も早い段階で、「まだできませんか?」と当然の権利のように言われたら、そんな親切心は浮かんでこない。
心が荒立つだけである。

それとは反対の経験を先週の木曜日にした。
仕事の打ち合わせを終えて、得意先の近くにある定食屋さんに、昼メシを食いに入った。

そこの定食は、日替わりが5百円。
ご飯が美味しくて、味噌汁は、お代わり自由。
昼メシ時は、いつも混んでいて相席になるが、1時を過ぎると、ゆったりと座れる。
その日は1時15分ごろ、入った。

日替わり定食は、ブリ大根とホウレン草のおひたしが、おかずだった。
しかし、ホウレン草のおひたしに鰹節がかかっていなかった。

おひたしには、鰹節が欲しいな。
小さなことだが、他の人のには、乗っかっているだろうかと見回してみたが、同じものを頼んでいる人がいなかったので、確認できなかった。

まあ、しかし、それはどうでもいいことだ、と思い直した。
主菜のブリ大根が、芸術的に美味しかったからだ。

そして、ときに奇跡は起きる。
店員のオバちゃんが、それに気付いてくれたのだ。
そのときの、オバちゃんの言い方がよかった。

「ああ、ごめんなさいね。カツオくんが行方不明だったわね」

ワカメちゃんは、味噌汁で頑張っていますけどね。

「でも、ワカメちゃんだけじゃ、ダメよねえ。兄妹だもの」

そう言いながら、オバちゃんは、カツオくんを大盛りにしてくれた。
その心遣いも含めて、ほうれん草のおひたしは、天文学的に美味かった。

だが、いいことばかりではない。
その日は、腹の立つこんなこともあった。

印刷会社のB社の社長からの電話。
「Mさん、なんでメンテナンスに来てくれないのかな。せっかくプリンタを使わせてやるって言ってるのに」

使わせてやる?
では、社長さん。
俺が、「メンテナンスをしてやる」って言ったら、どんな気がしますか。

「・・・・・・・・・」

なんだよ!
とたんに、ダンマリかよ!
大人げねえなあ!

そして、こんなこともあった。
中学2年の娘の転校の相談に、中学校に行ったときのことだ。

事情があって、転校を考えているのですが。

すると、担任の女教師が、まるで錆びた包丁で大根を切るように鈍(なま)った口調で、こう言ったのだ。
転校なんかして、どうするんですかぁ〜?」

私は、それを聞いたあと、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと「日本語で」言ったのである。

「転校なんか」するつもりは、ありませんよ。
「転校を」する予定なんです。

それを聞いた女教師は、はじめてスワヒリ語を聞いた人のような目をして、「意味ワカンナーイ!」という顔で、私を見つめていた。
その少し白痴的な表情を見て、私は思った。

教師というのは、日本語の細かい機微を知らなくても、なれる職業らしい、と。



2010/03/16 AM 06:45:31 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

移住計画 進行中
昨日の昼、ご老人が、玄関に植木鉢をヨイショヨイショと並べていた。
ヨメが、ベランダに置いて、毎日愛しんでいる鉢植えたちである。

その鉢植えたちが、玄関に充満している。
無駄だと思ったが、一応聞いてみた。

何をしているんですか?

「今晩雪が降るって言うから、寒かったら花が可哀想だろ。だから、暖かいところに移してるんだよ」

今夜は、雪は降りません。
埼玉は、春の陽気です。
もう外は20度を超えているかもしれません。

そう言ったら、「おや? 私のテレビでは、雪が降るって言ってたよ。じゃあ、私のテレビだけ雪が降るって、嘘をついているってわけだ。そんなことは、ないだろう!」と口を歪めて、ご老人が私を睨む。
こんなところが、ご老人が、ご自分の子どもたちから疎まれる理由なのだろう。

おそらく、日本のどこかの地域で雪が降るというのを聞いて、埼玉のことだと勘違いしたものと思われる。
ご老人の勘違いは、いつものことだ。
それを目くじら立てても仕方がない。

ただ、そのときの精神状態によって、その程度のことでも気持ちが荒立つことはある。

ヨメは、ご老人との、この無駄なやり取りが我慢できなくて、ご老人を相手にしなくなった。
パート先から帰ってきて、玄関に充満した鉢植えを見たときも、無言で鉢植えたちをベランダに戻していた。

共同生活によるストレスが、溜まっているのだろう。
そのストレスが、実の母親が起源だからこそ、耐えられないのかもしれない。

そこで、以前のブログで書いた三鷹移住計画が、現実味を帯びてくる。

ご老人は、ほとんど鬱である。
ご自分の内面だけにしか向き合っていないから、回りの人間のすることはすべて空回りにしかならない。
世話の焼きがいが、ないのだ。
ご老人には、他人への感謝の気持ちが皆無と言っていい。

ヨメは、そんな母親を疎ましく思っている。

もうそろそろ、16ヶ月間続いた同居は、解消すべき時ではないのか。

子どもたちは、引越してもいいと言っている。
引越しはそんなに簡単なものではないのだが、子どもたちは彼らなりに、我々5人の関係が、臨界点を超えたと判断しているようである。
ようするに、この状態を維持していくのは、もうウンザリだと思っている。

私も、ウンザリだ。

先日、以前広告の仕事をした荻窪の美容室の社長から、2年ぶりに仕事の依頼が来た。
今回は、10周年のチラシとそれに伴うポイントカードの仕事だ。

オーナーと仕事の話を終え、雑談をしていた時、オーナーが武蔵野市でアパートを経営しているという話になった(金持ち!)。
しかも、そこが3月末には、二世帯分が空くというのだ。

社長! そ、そ、それは、家賃はおいくらでしょうか?

「2DK一世帯、管理費込みで7万2千円ですが・・・」

つまり、二世帯借りたら、14万4千円ですね!

「・・・・・・・、まあ、単純に計算したら、そうなりますね」

それ、まかりまへんか?(妙な関西弁)

「どういうこと?」

オーナーに事情を説明したら、「ああ、俺もボケた母親を抱えているから、あんたの気持ちはわかる」と同情してくれた。
そして、「ほなら、二世帯11万で貸しまひょか」(オーナーもなぜか妙な関西弁)

借してくれまっか?
「貸しまんがな」(関西弁?)

オーナーが持っているアパートの101号室と201号室を借りれば、変形メゾネットとして生活ができる。
101を主な生活の場にして、201のダイニングを仕事場、残りの二部屋を子どもたちの部屋ということにすれば、生活は成り立つ。

家に帰って、ご老人にはナイショで話を煮詰めた。

「いいんでないかい」とヨメ。
「問題なし」と息子。
「おまえ、友だちが少ないくせに、いい話を持ってくるなぁ」と感心する娘。

しかし、学校が変わるんだぞ、これは重要なことだぞ。
本当に、いいんですか?
「いいんです!」

ということで、三鷹移住計画が、にわかに現実的なものになってきた。

ただ、我々が引っ越す予定地は、武蔵野市。
ご老人の実家は、三鷹市

とはいっても、市が違っても、距離は1.5キロ程度しか離れていない。
自転車をすっ飛ばせば、10分で着く距離だ。
お世話ができない距離ではない。

現実的な話をすると、ご老人は「要介護」の認定を受けている。
それがあったので、三鷹での一人暮らしの身から、我が家に「我がままな天使が舞い降りてきた」のだ。
そのとき、長年の不摂生で、我がまま天使の身体はボロボロだった。

嫌らしい言い方だが、今は私の努力で、我がまま天使の身体は、糖尿病患者としては優等生になりつつある。

その天使を、昼間だけヘルパーさんに身を委ねよう。
あとは、週に2回のデイ・サービス
天使は、他人の言うことは素直に聞くので、他人様に委ねようと思う。
晩メシと朝メシは、私が今までどおり糖尿病食を作って、手の空いた人間が、ご老人にお届けをする。

これで、問題はないだろう。
「問題なし!」と全員一致。

あとは、娘の転校手続きだ。

本当にいいんですか?
「いいんです!」

「だって、アタシだけ、埼玉生まれの埼玉育ちだろ。アタシだって、胸を張って東京育ちって言いたいよ!」

ヨメと私は、東京生まれの東京育ち。
息子は、東京生まれの埼玉育ち。

娘は、東京育ちに憧れているのか?

いやいや、そんなことはないだろう。
臨界点を超えた我々5人の現状を、一番憂えているのが、娘である。
そして、ご老人の体調を一番気遣っているのも、娘である。

友だちと離れ離れになる寂しさを、中学2年の娘が、平気で享受できるとは思えない。
相当な心の葛藤があるはずなのだ。

しかし、娘は、ご老人のことを気遣った。
実の我が子たちに疎まれ続ける、行き場のないご老人の今と未来を気遣ったのである。

さらに、そんな娘の気遣いを、永遠にご老人が理解することができなくても、娘はそれでいいとさえ思っているのである。

親としては、その娘の思いに応えるべきだろう。

「移住計画」は、ご老人のためではあるが、娘の崇高な思いを遂げるためでもある。


いま―――、着々と―――、少しずつ、移住計画が進んでいる。



2010/03/14 AM 08:48:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

ヨイショヨイショ
いいちこが飲みたいな。

現物は目の前にありますが、いま仕事中ですからね。
いくらアル中の私でも、ルールは守ります。

仕事中は飲まない。
それは、最低限守りたいルールです。

ただ、打ち合わせで、クライアントに「どうぞどうぞ」と言われたら、断れません。
気が小さいんで、断りきれないんですよ。
お得意さんを怒らせたら、フリーランスは仕事にあぶれてしまいますから。

本当です!

しかし、いいちこが飲みたいな。

飲みたい理由ですか・・・・・。
得意先からさっき電話があって、「19日の支払いを月末まで延ばしてくれませんか」と言われたんですよ。

こちらが「ヤダ!」と言ったって、相手には決定事項だから、言うだけ無駄です。
嫌な予感がしますがね。

初めて仕事をした会社ですよ。
それが、いきなり支払い延期。
普通は、ありえませんよね。

飲みたくもなるでしょう。
あれは、知人の紹介で貰った仕事です。
会社は、池袋のそれなりに新しいビルにありましたから、安心していたんですがね。

同業者にも、よく言われるんです。
「Mさん、あんた、危ない会社の仕事ばっかりしてるねえ。もっと仕事選んだほうがいいよ」
よく聞いてみると、みんなは普通に請け負い代金を回収しているようなんですよ。

だから、ときどき同業者からは、こんなことも言われます。
「嘘でしょ! ありえないよ! そんな未回収ばっかりだなんて。冗談に決まってるよ」

馬鹿ヤロー! 嘘や冗談でこんなに白髪が増えるか! ボケ!

ああ、いいちこが飲みたいなあ。

おお、12時を過ぎたか。
取りあえず、仕事は一段落したことにして、いいちこを一杯。

ん? 12時?
ご老人の「昼メシコール」がありませんね。
いつもなら、11時半ごろ、「ムコさんよぉ、きょうのお昼は何だい?」という声が必ずかかるのですが。

寝ちまったのかな。

しかし、ご老人がねぐらにしているリビングに行ってみると、もぬけの殻。
部屋着が、芸術的な汚さで散乱していました。
そして、目を凝らして見ると、現金書留の封筒が、いびつな形で捻じ曲げられていたのです。

以前のブログで書いた「現金書留行方不明事件」は、解決を見たようですね。
そして、ご老人は、嬉々として買い物にお出かけになったらしい。
今月の1日に買い物をしたことなど、すべてお忘れになったようです。

あのとき、私たちがご老人のために用立てた1万円とカードで支払った買い物代金、そしてタクシー代は、ご老人のバカ息子が今度の給料日に支払ってくれるというので、実害は最小限に抑えられました。
バカ息子が、このように誠意のある対応をするのは、初めてのことです。

直径1キロの隕石が、落ちてこなければいいのですが・・・・・。

しかし、ご老人は何か行動を起こすときは、必ず「ヨイショヨイショ」と掛け声をかける癖があります。
その「ヨイショヨイショ」のトーンで、ご老人が何をするか、こちらはすべてお見通し。
だから、出かけるときは、気配を察知することは簡単なのですが・・・・・。

もしかしたら、ご老人がお出かけしたのは、得意先から「支払い延期」の電話を受けていたときかもしれません。
私は、右耳が聞こえないので、左に携帯電話を当てていたら、「ヨイショヨイショ」は、聞こえません。
きっと、あのときご老人はお出かけになったのでしょう。

いいちこをラッパ飲みで、グビッ!

クゥ〜〜〜!

昼メシを食うのが面倒くさくなったので、昼は、いいちこだけにしましょう。

ラッパ飲みを3回。
いいちこ臭いため息を22回。
その後、また作業を開始しました。

1時半ころ、ヨメが花屋のパートから戻ってきて、リビングを覗いて事態をすぐに理解し、大きな怒声。
「また、やられちまったかぁ〜」

まあ、いいじゃないですか。
自分のお金をどう使おうと。

ご老人の三食のメシ代、月に一度の診療代、薬代は、ボランティアだと思えばいいことです。
ボランティアは、崇高な精神があってこそできる行いです。
ご老人のバカ息子どもに、理解できるわけがありません。

タクシーで大宮行って、ヨイショヨイショ。
デパートで買い物して、ヨイショヨイショ。
昼メシに、カツ丼か、うな重食って、ヨイショヨイショ。
帰りもタクシーで、ヨイショヨイショ。

そう思いながら仕事をしていたら、午後5時前に「ヨイショヨイショ」が玄関で聞こえましたよ。
そして、ヨイショヨイショ廊下を歩き、ヨイショヨイショリビングへ。
そして、両手に持った買い物袋を、下にドッシーン!

買ってしまったら、あとはどうでもいいんですね。
ほったらかしです。
たまに夜中の3時ごろ、思い出したように整理していますが、決して使うことはありません。

ただ、月に一回(今月は二回)、日本経済に貢献しているんですから、たいしたものです。
表彰してあげましょう。
ご老人は「大物」だから、他人のことなどは眼中にないのです。
まるで、与党の某幹事長のように。

そして、数分後に、ヨイショヨイショ。
仕事部屋の外の廊下から、ご老人の声が聞こえました。

「ムコさんよぉ、今日の晩ご飯は、軽いものにしておくれ。アタシャ、全然食欲がないんだよ。朝も昼も、何も食べていないんだけどね。風邪ひいたのかもしれないよ」

はいはい。
わかりましたよ。
それで、カツ丼は美味しかったですか。

「ああ、高いカツ丼はやっぱり、肉が柔らかくて美味しいねえ。本当に美味しかったよぉ(シミジミと)」

そうですか。
それは、よかったですね。

ヨイショヨイショ・・・・・(遠ざかっていく音)



2010/03/12 AM 06:40:57 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

呼び捨て
子どもの名を呼ぶとき、息子には「クン」、娘には「チャン」をつける。
呼び捨てにしたことは、一度もない。

ヨメを呼ぶときは、「ユミコさん」だ。
友だちの場合は、苗字を呼び捨てにする。
名前を呼び捨てにする友だちは、ほとんどいない。

ただ、唯一例外がある。
ショウコだ。

ショウコが目の前にいる。
新宿駅近くの、くだけた雰囲気のカフェである。

ショウコが、友だちからバーボンを貰った。
それが「エヴァンウイリアムス23年」という逸品らしいのだ。
ショウコの旦那のマサが酒が飲めないので、私に押し付けることにしたらしい。

エヴァンウイリアムス23年?
なんじゃ、そりゃ!
聞いたことないぞ。

そう言ったら、「そうか、サトルさんにも知らないものがあったのか」と、妙な感心の仕方をされた。

俺なんか、知らないものだらけだよ。
AKBのメンバーの名前は、一人も知らないし。

「ハハハ、知ってたらすごかったのにね」と、笑いながらショウコは、そのエヴァンウイリアムス23年とやらをテーブルの上に置いた。

ショウコの膝には、生後9ヶ月の赤ん坊。
足をバタバタさせて、落ち着きがない。

その落ち着きのなさは、マサに似たのか?

「うん、多分。私は、いつも節度を保っていたよね」

いや、テニスで俺に負けると、「サトルめ! 今度こそリベンジしてやるぞ」と言って、地団太を踏んでいたような気がするが。

「ああ、テニス、またしたいねえ。マサは、運動神経が鈍いから話にならないんだよね。その点、サトルさんは、運動神経がいいのだけが取り得だからね」

ありがとうございます。
ほめていただいて。

「なんの、なんの」

ショウコの笑顔。
君は、友人のカネコの子ども(カネコとショウコには、血のつながりはないが)として、6歳で私の前に突然現れたときから、ヒマワリのような笑顔で、俺をいつも幸せにしてくれたね。

ショウコが中学一年の夏。
私の家族とショウコとで、裏磐梯に旅行に行ったっけ。
中学の部活でテニス部に入ったショウコは、とにかくすぐに上達したいと言って、テニスコートに丸一日俺を釘付けにした。

ほとんど勝負にはならなかったが、二度だけショウコにスマッシュを決められたことがあった。
「見たか! サトル。これが私の実力だ!」
仁王立ちして、私を挑発するショウコの笑顔。

それを見て、ヨメと私の子どもたちが、手を叩いて喜んでいた。
みんなが、ショウコを好きだった。

その笑顔が、変わらずに今ここにある。

母親になったショウコ。
そのショウコが、私の目を真っ直ぐに見て言う。

「いいですか、サトルさん。バーボンを差し上げますが、くれぐれも飲み過ぎないようにしてくださいよ。あなたの肩には、色々なものが背負われているんですよ」

そして、膝に抱えた自分の子どもを覗くように見ながら言うのだ。
「いいか、サトル。何もかも自分の中だけで解決しようと思うなよ。私にもこの子にも、あなたは必要なんですからね」

ショウコの目が、私の目の中に入ってくる。
それは、私にとって「大きな幸せ」と呼べるものだった。

私をときどき「サトル」 と呼び捨てにするショウコ。
その心地よさは、現実世界のすべての事象を凌駕しているように私には思えた。

俺は、長生きした方がいいのか?
私がそう言うと、「殴るぞ! サトル」と言われた。

「殺されても生きるのが、サトルさんに残された、唯一の役目です」

帰り道、その言葉を心の中で喜悦とともに反芻する俺は、変態なんだろうか。



2010/03/10 AM 06:47:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

みんなともだち
先週の金曜日、鴻巣の同業者からSOSコールを貰ったので、行ってきた。

ここのMacの環境は、ほぼ私のと同じ。
なぜかというと、私がすべての機械を設置したから。

私と同じくプリンター以外は、すべて中古だ。
OSも9.1で作業している。

彼は昨年、Mac/G5の高速の機種を買ったが、それはプライベートで使う程度で、私に義理立てして未だに古い環境で作業している。
そして、今回Macの新しいノートブックを買った。

あんた、そんなに儲かっているのかい。
デザイナーって、本当は儲かる職業なんだね。
俺だけが、置いてけぼりなのかな。

(寂しい・・・・・・・)

しかし、新しいノートブックをルータに繋げたら、インターネットがつながらなくなったというのだ。

ノートブックをLANに追加しただけで、LANが機能しなくなる?
インターネットに繋がらなくなる?

そんなことは、なかろう。
何かいじったんじゃないか?

「いや、何もいじっておりません!」

いじるつもりがなくても、いじってしまうことがあるものだが、そこを深く追求しても前に進まないので、彼の言うことを信じることにする。

メインで使っているマシンの中を覗いてみたら、ルータを管理するソフトがいつの間にか消えていた。
これでは、おそらく各マシンにIPアドレスを割り振ることができないに違いない。

ルータも中古。
しかし、メーカーのサイトに行けば、最新のソフトをダウンロードできる。
と思ったが、インターネットに繋がらないのだから、それは無理。

そこで、私の仕事場と同じ環境というのが生きてくる。
主だったユーティリティソフトをUSBメモリに入れて、持ってきていたのである。
同じ環境だから、同じことをすれば、簡単に復活する。

素晴らしく簡単な論理だ!

管理ソフトをインストールして、IPアドレスの割り振りを管理ソフトで設定したら、インターネットに繋がった。

「Mさん、まだ10分もたっていませんよ!」と、感動する同業者。
いいなあ、こんな子どもだましで感動してくれる人って。

感動の顔を維持しながら、同業者が言う。
「ビールを切らしてしまったんで、駅前まで買いに行ってきますよ。おつまみは何がいいですか?」

ビールじゃなくていいよ。クリアアサヒで充分。
食い物は、雪印の6Pチーズをよろしく。

「いや、もっといい物を食いましょうよ。俺、天丼が食いたいんですよ」

おお、天丼! 本当に天丼? まさか大きな海老がのったやつかい?

「そうですよ、大きな海老とカボチャとナス、しし唐です」

おお! ありがとう! 君にまかせた!

という会話を残して、同業者は事務所からいなくなった。

10畳ほどの事務所に、私ひとり。
Macが4台。
ウィンドウズが1台。
大型のカラーレーザープリンタが1台。
ヒューレット・パッカードの複合機が1台。

壁の隅には、私が設置したオーディオ装置が一式。
20年前のビクターのスピーカーをオークションで買って、据え付けてある。
アナログ時代のスピーカーだが、血の通った音が出るのだ。
同業者は、私より16歳若いが、このスピーカーから流れてくる音を聴くと、癒されるという。

久しぶりに聴いてみようか。
そう思って、アンプに近づいたとき、歌声が外から聞こえた。


みんなともだち ずっとずっとともだち
がっこういっても ずっとともだち
みんなともだち ずっとずっとともだち
おとなになっても ずっとともだち



それを聴いて、同業者の事務所のあるビルの道路を挟んだ向かいに、幼稚園があったことを思い出した。

卒園式が近いのだろう。
きっと、そのための練習をしているのだな。

耳に慣れたフレーズが、心の奥深くに侵入してくる。


みんないっしょに うたをうたった
みんないっしょに えをかいた
みんないっしょに おさんぽをした
みんないっしょに おおきくなった



息子の卒園式で、この歌をはじめて聴いた。
涙が出た。

娘の卒園式で、娘が声を張り上げて歌っていた。
その姿を後ろから見て、自然と涙が溢れ出た。

そして、まるで条件反射のように、いま涙が流れ落ちている。


みんなともだち ずっとずっとともだち


理屈なんかない。
ただ、涙が出るのだ。

いま、息子は大学一年になり、娘は中学二年になった。
彼らの成長が、瞬時に脳のスクリーンに投影されて、それはきらめくような軌跡を私の目の前に創出した。

子どもたちは、確実に成長したな。
俺は何もしていないのに、彼らは確実に「好ましい人間」になっている。


みんなともだち ずっとずっとともだち


きっと、いい友だちに恵まれたからだろう。
彼らは、本当に「いい子」に育ったと思う。

涙が止まりませんよ。

息が苦しくなるくらい、涙が出てくる。
なんで、こんなに涙が出るのだろう?

椅子にもたれながら、流れ出る涙を持て余していた。

そんなとき、同業者が食い物を調達して帰ってきた。

だが、醜く泣き崩れた私の顔を見て、同業者は怪しく思う様子もなく、見て見ぬ振りをしてくれたのである。

「天丼、温めたほうが美味しいかな」
そう言いながら、事務所の隅のラックにある電子レンジに近づき、彼はその前に椅子を移動させて座り、電子レンジのボタンを押した。

電子レンジのターンテーブルが回る音。

色々なものが、私の目の前で回っている。

その音と一緒に、園児たちがはりあげる「みんなともだち ずっとずっとともだち」の歌声が、窓の外で繰り返し、流れていた。

号泣が、ずっと止まらなかった。



2010/03/08 AM 06:34:06 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

イライラ その3
前回前々回と3月1日に私の身の上に起きたイライラ話を書いた。
しつこいようだが、今回もその続き。

友人のコピーライター、極道顔のススキダの事務所で、彼が探してきたラーメン店の基準に合った物件を検討していた。

午後1時を過ぎていたので、テーブルの上にあったバナナを2本とって昼メシにした。
ススキダは、「じゃあ、俺は3本」と言って、ちっぽけな負けじ魂を発揮した。

伝説の漫才師、故・横山やすしの顔をさらに怖くした顔の50男。
私の友人には、俳優の坂口憲二をソフトにしたようなイケメンの企画会社社長がいる。

同じ人間でも、こんなに違うものなのか・・・。
人類比較論を頭の中で展開していたとき、我がiPhoneがまた震えた。

ディスプレイを見ると、ヨメだ。
まさか、緊急の用か。

出てみると、恐れていたごとく、本当に緊急の用だった。

「ばあちゃんが、騒いでるの」
ヨメの諦めきって疲れたような声が聞こえた。

我が家に同居するご老人の長男から毎月初めにお小遣いとして現金書留が送られてくる。
普段は時間にルーズなご老人だが、毎月1日は朝からそれを心待ちにしていて、書留が送られてくる午前11時前後には、玄関前で正座をして待っているのだ。
今日もそうして現金書留を受け取った(らしい)。

しかし、ヨメがパート先から帰ってくると、受け取ったはずの現金書留が「ない! ない!」と言って騒いでいたという。
パニックに陥って、粗相もしたらしい。

現金書留を受け取った後の行動を聞いてみても、パニック状態だから要領を得ない。
ただ、ずっと家にいたことだけは確かなようだ。
それなら、家の中を探せば解決すると思うのだが、ご老人は自分が普段使っているバッグの中やリビングに置いたチェストの中を探すのを拒んでいるという。

受話器の中からも、ご老人のパニック振りが伝わってくる。
そこで私は提案した。

ご老人は、我々の言うことは絶対に聞かないが、団地応援団の言うことなら聞くようだ。
その団地応援団の中でも、ご老人が一番信頼しているカスガさんに事態の収拾をお願いしたらどうだろうか。

私の提案に、ヨメも「ああ、そうね。それが一番いいわね」とため息を漏らしながら答えた。

電話を切ったあと、ススキダが私の顔を見て、「おまえ、最近トラブルが多すぎないか」と同情してくれた。
いや、お前の顔の方が、俺にはトラブルに見えるが・・・・・。

無視された。

その後、ススキダを運転手にして、不動産屋を連れて、物件を見て回った。
腹が立つと腹が減るので、ススキダの事務所から盗んできたバナナを、さらに2本立て続けに食った。
物件をデジカメで取りながら、頭の中で友人のテクニカルイラストの達人・イナバが書いたイメージ図と比べながら、ススキダに感想を述べた。

それに対して、ススキダは、その極道顔に似合わないほどの繊細な意見を返し、私は彼の高い能力に嫉妬を覚えた

そんなときに、またiPhoneが震えた。

「カスガさんに来ていただいたら、バッグの中や洋服ダンスは見せてくれたけど、チェストの中は絶対に見せないの。これは私のプライバシーだからって、怒るのよ。カスガさんも途方にくれているわ」
要するに、現金書留は、いまだに見つかっていないということだ。

さらに信じられないことだが、ご老人は「ムコさんが知っている」と言い始めたらしい。
「さっきムコさんが帰ってきて、私は現金書留をムコさんに渡した」と言っているらしいのだ。
しかし、私は、いまだかつてご老人宛の封書の類を触ったことは、一度もない。
ただの一度もないのだ。

いつもその場限りの嘘ばっかりつきやがって!
俺をイライラさせるなよ。

私が家を出たのは、8時50分。
姉が抗がん剤を受け取る薬局に薬代を支払いに行ったのが、午前11時前。
その後、真っ直ぐにススキダの事務所に向かった。そして、ススキダの事務所に着いたのが午前11時50分頃。

私が二人いるのなら、その時間に私はさいたまの団地に帰ることは可能だが、残念ながら私は一人しかいない。
私がご老人の現金書留を私物化するのは、絶対に無理だ。

電話を変わったカスガさんに、私はそう告げた。
ススキダには申し訳ない話だが、証人として彼にも説明してもらった。

友人までトラブルに巻き込むなんて。
本当にイライラする。

受話器の向こうから、ご老人の騒ぐ声が聞こえる。
「ムコさんが、私のお金を●●●!」

面倒くさくなったので、ヨメに、とりあえずご老人に1万円を渡すことを提案した。
10日に得意先2社から入金があるまで、我が家にとって1万円の出費は大きいが、この馬鹿げた事態を収拾するには、それしか方法がないように思えたからだ。

「仕方ないわね」とヨメが答える。
そして、「ごめんなさいね」。

また物件を検討することに没頭した。
しかし、午後3時40分ごろ、またiPhoneが震えた。

「お店から電話があったの」とヨメ。
なんだ? 店って?

ヨメが言うには、ご老人がいつも行く大宮のデパートで買い物をしまくったが、お金を払う段になったら「お金がない」と騒ぎ出したというのだ。
「アタシは4万円持っているんだ」と店員に主張したが、財布の中には7千円しか入っていなかった。
ご老人は、いつものようにタクシーで大宮に行き、いつものペースで買い物をしたが、財布の中身がいくらあるか確かめなかったようだ。
そこで、お決まりのトラブル。

(そうか、ご老人はいつも長男から4万円のお小遣いをもらっていたのか。独立してからお小遣いゼロ円の男としては、うらやましい限りだ)

ただ、こういうことを書くと、「嘘つきやがって」という非難を受けるのだが、それは無視することにする。
本当のことを書いて非難されるのは、理不尽であり時間の無駄。

ああ、イライラする。

それで、ばあちゃんは、いくらの買い物をしたのか?
「1万8千円くらいって言うんだけど」

おそらく、そのあとも、それプラスけっして使うことのないバッグや靴なども買うつもりだったに違いない。
そして、帰りはタクシーで得意気に凱旋。

イライラする。

仕方ないから、それはカードで支払ってやったら?
(私もヨメもある会社のクレジットカードを持っているが、ほとんど使ったことがない。緊急の時に使うのがクレジットカードの定義だと思えば、いまはそれを使うときであると言える)

とりあえず、ばあちゃんを迎えにいって、今回の買い物はクレジットカードで支払う。
そして、そのコピーをとって、帰りのタクシー代の領収書もコピーをとって、ばあちゃんのバカ息子に請求しよう。

あとのことは、俺は知らん。

「ハハハ」とヨメが笑う。
そして、また言う。
「ごめんなさいね」

お互い重いため息をつきながら、電話を切った。

車内でソファに身を預け、鉛のように重くなった全身を使って、またため息を吐いた。

その姿を見てススキダが気を使って、「レイコ(ススキダの奥さん)が5時過ぎに帰って来るんだが、一緒に埼玉まで車で送るよ。お前は、その間眠っていればいい」と言ってくれた。

それは、助かる。
だが、一つ条件があるんだが。

「何だ」

車内で、いいちこが飲みたい。
それをストレートで飲めば、安らかに、ご臨終できそうな気がするんだ。

「うちに二階堂はあるが、二階堂ではダメか?」

いいちこ! 絶対にいいちこ!
いいちこじゃなきゃ、イヤだ!

「そ、そうか。じゃあ、途中で、さ、酒屋に寄ってくか」

うろたえたススキダの様子。

何か、イライラする!

(ごめんよ、ススキダ。本当は感謝してるんだ)



2010/03/06 AM 08:44:31 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

イライラ その2
友人の極道顔・ススキダの事務所に行ったときのこと。

ススキダは、顔が怖いので友だちが少ない。
しかし、色々なネットワークを持っているので、一万回に一回程度は役に立つ。

そこで、昨年の11月から展開している友人のチャーシューデブ・スガくんのラーメン店開業の手伝いをさせてやろうと思ったのだ。
まず、難航している店舗選びを頼んだ。

東京、横浜で高立地条件の物件を探せ。

そう頼んだら、迅速に、いくつかの店舗を探してくれた。
ススキダは、顔は怖いが、いいやつなのだ。

候補物件は4つ。
それをスーパードライ(発泡酒じゃない!)を飲みながら、吟味していた。

そのとき、我がiPhoneが震えた。
ディスプレイを見ると、印刷会社B社である。

嫌な予感。
イライラしてきた。
イライラの原因物質は以前、コチラのブログに書いた。

B社のパソコンを無料でメンテナンスをする代わりに、レーザープリンタと大型インクジェットプリンタを無料で使わせてもらっていたのだが、今年からプリント代金を払えと言われたので、メンテナンスをやめたのだ。

しかし、無視しようとして、「拒否」ボタンを押したつもりが、「応答」ボタンを押すという初歩的なヘマをやらかしてしまった。

「Mさん? Mさんだよね」
汗臭い顔が思い浮かぶような、せっかちな声が聞こえた。

はぁ〜(わざと不機嫌に対応)

「まいっちゃったよ、パソコンの修理。4万3千円も取られてしまったよ」

以前、パソコンが起動しなくなり、すべてのパソコンでサーバと繋がらなくなったと泣きついてきたが、あまりにも身勝手な言い分に腹を立て、拒否したことがある。

結局B社長は、メーカーに修理を頼んだらしい。
その金額が、4万3千円だったという。
出張費やら、修理代、作業代。
私としては、それは適正価格だと思うのだが、B社長は、「高い、高い」とお怒りのご様子。
そんな話をダラダラと・・・・・・・。


すみませんが、社長。いま仕事の打ち合わせ中なので。


「ああ、悪かったね。じゃあ、後でかけなおすから」
そう言ったから、電話を切るかと思ったら、「また頼めるかね、メンテナンス」と話を続けてきた。

そして、「毎回毎回こんな出費をしてたら、俺の会社持たないよ」
B社長は、パソコンは壊れないものと思っていたらしい。
俺んちのテレビは、買ってから今まで10年以上壊れていないからね。
パソコンは、テレビと同じようなもんだろ。

ダラダラ、くどくど・・・・・・。

すみません。社長。いま打ち合わせをしていますので。

「ああ、わかった。じゃあ、また後で」
と言いながら、「しかし4万3千円って、ぼったくりだよねぇ」と、話が続く。
パソコンが直ったのはいいが、一日作業が遅れたから、仕事が溜まって大変だったと嘆く。
サーバのデータにもアクセスができないので、他のパソコンでも作業ができなかったようだ。

ただ、サーバの認識に関しては、以前オペレータに手順を説明しておいたはずだ。
サーバのアイコンがデスクトップに現れなかったときは、簡単な手順を踏めば、すぐに復活する。
しかし、そのオペレータが辞めてしまったとき、新しいオペレータにその手順を引き継がなかったようである。

子どもでもできる簡単な手順なのだが、「サポート」という名目なら、その程度のことでも確実に金を取る。
聞いてみたら、「サーバ修理」という名目で1万500円請求されているという。

それは「ぼったくり」か。
いや、適正価格でしょうね。
直したことは、間違いないのだから。

しかし、B社長は言う。
「こんなに高い修理代は、想定してなかったね」

今さら、何を言ってるのか。

とにかく、社長。俺いま打ち合わせ中なんですよ。

「ああ、そうかそうか。じゃあ、後で」
しかし、B社長は、またダラダラと話を続け、信じられないことを言うのだ。

「今日、メンテナンスに来れるかな? ホントにまいっちゃってるんだよ」
これみよがしに、ため息をついている。

ため息をつきたいのは、俺だよ!

電話を切った。

奥歯を噛みしめて、怒りを抑える。
両手の震えを、かろうじて抑えながら、iPhoneをポケットにしまった。

クソオヤジめ!

その私の顔を見て、極道顔のススキダが言う。
「おまえ、悪徳取り立て屋みたいな顔してるぞ」

ああ、何かイライラするんだよ!



2010/03/05 AM 06:19:40 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

イライラ その1
よく人に道を尋ねられる。

そのことは、一回このブログで書いたことがある。

なぜ頻繁に、人に道を尋ねられるのか。
きっと、私が暇そうに見えるからだろう。
そして、私の全身からは、こいつなら突然道を聞いても拒絶されないだろうという「お人よしオーラ」が出ているのかもしれない、という推測も成り立つ。

昨日の昼前、東横線日吉駅から遠く離れた病院向かいの薬局に、姉の抗がん剤の薬代を支払いに行った。
ひと月の抗がん剤の費用が、8万円弱!
年間、約百万円。

それを大金持ちの友人から借りているという私の「たかり体質」に関しては、世間の批判も多いようだがが、「貧乏体質」が直らない限りそれは無理なので、友だちにはいつもご迷惑をかけている。

反省してますよ! 本当に反省してるんですから!(口だけ?)

月初めに、姉が薬局に抗がん剤を取りに行く。
そして、その数時間後に私が薬局に代金を支払いに行く。
姉とは、時間差で顔を合わせないようにしている。

顔を合わせると、蓄積された「何か」が私の体の奥底から噴出してくるからだ。

それを簡単に言うと、「イライラする」と言うことだ。

その「何か」が厄介だから、私は姉とは顔を合わせない。
できれば、一生顔を合わせたくない、とも思っている。

東横線日吉駅から病院まで、2キロ強。
タクシーなら7、8分。
バスなら10数分。

しかし、その程度の距離なら、私は歩くのだ。
私は時速7キロで歩くことができるので、その距離を20分以内で到達できる。

知らない人が見たら、「なんだ、あいつ! 競争でもしているのか」としか見えないスピードで、一心不乱に歩く。
薬局で支払いを終えた後、いつものように時速7キロで歩いていた。

狂ったようなスピードだ。
普通の人の倍近い速さで歩いているのだ。
その姿を見たら、急いでいる、と思うのが普通である。

そんなやつに話しかける人間がいるはずがない。
私だったら、遠慮して話しかけたりはしない。

だが、そんなときでも、私は呼び止められるのだ。

「すみません。イダ病院には、どう行ったらいいのでしょうか」

日吉駅まであと200メートルほど。
憂鬱な支払いを終えて、東横線に乗るという至福の時間がすぐそこに待っているのに、商店街の真っ只中で、私は呼び止められた。

まわりを見渡すと、平和そうに歩いている人々が、溢れているというのに・・・・・。

時速7キロで歩いている俺を呼び止めるなよ。
なんだよ! おまえ、鼻の頭に汗なんか浮かばせやがって。
この程度の気温で、汗なんかかくんじゃないよ!
しかも、お前は、自転車に乗ってるじゃないか。
俺は、歩きだぞ。この程度で汗なんか出ないぞ!

イダ病院だぁ!

いま俺が行ってきたところじゃねえか!

ああ行って、こう行って、そう行けば着きますよ!

邪険に道を教え、みなとみらい行きの東横線に乗った。

そして、東横線に乗った途端、風船のように膨らんだ顔の60代の女性に話しかけられた。
「あのぉ、この電車、菊名に止まりますよね?」

止まります! 絶対に止まります! 間違いなく、止まります! 人類が滅亡しても、止まります!

横浜駅に着いた。

極道のコピーライター・ススキダの事務所に行く途中に、地下街を通る。
その地下街で、ブラックニッカの黒ラベル・ミニボトルを右手に持った酔っ払いに、呼び止められた。

有隣堂は、どこにある?」

そこ行って! そこ曲がって! そこ!

ああ! うるせえ! うるせえ!

ススキダの事務所に到達して、事務所のドアを開けた途端、極道顔・ススキダに言われた。

「おまえ、今日は何か、荒んだ顔してるな」

ああ、なんかイライラするんだよ!



2010/03/03 AM 06:26:03 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]

負けた負けた
自分の子どもに負けるのは、悔しいことか、嬉しいことか。

以前のブログで、我が家に同居するご老人が、団地内で居場所がなくなって、鬱になっているということを書いた。
その後の話の展開で、ご老人が一昨年の11月まで住んでいた三鷹の近くに我々が移り住んだらどうか、という思いがけない宿題を子どもたちに提出された。

実際、それは、私にとって思いがけない展開だった。

いくら私がフリーランスだからといって、すべての行動が自由になるわけではない。
得意先の半数以上はまだ埼玉にあるから、三鷹に引っ越したら得意先に行くだけでも、私にとっては負担が大きい(交通費も余計にかかる)。

そういったことを含めて、私が一番納得がいかないのが、ご老人はたとえヨメの母親だとしても、私にとっては他人だということだ。

そして、言いたくはないが、私の子どもたちにとっても、彼女は、それほど大事な存在だとは思えない。

比較論を展開するために、あえて書かせていただく。
私の母親は、85歳を過ぎて、衰えを隠せない年齢になった。
しかし、人様にも自分の子どもにも迷惑をかけずに、日々を暮らしている。

80歳を過ぎて、3度の大きな手術を受け入れたとき、彼女は術後、早く治す決意の基に鎮痛剤を拒否して、ベッドの中で苦痛を享受した。
しかし、そんなときでも私の母は、孫たちが見舞いに行くと、孫たちの体の心配をし、枕元に忍ばせた財布から5千円札を抜き取って、微笑みながら孫に小遣いを与えるのである。

相当痛いはずなのに。

中学の国語教師だった母は、昔から人前で決して泣き言を言わない人だった。
それは、彼女の母親が、そうだったからだ。
私の祖母も、泣き言を言わず痛みを訴えず、突然消えるように79歳の生を終えた。

泣き言を言ってくれれば・・・、あそこが痛い、ここが具合が悪いといってくれたなら・・・、祖母はもっと長生きできたはずなのに。

私もそれを受けついで、人に泣き言を言わないようにしている(つもりだ)。

私が痛い、苦しいというのは、その現象が終わったときの事後報告だ。
それも、冗談交じりに言う。
苦しさの真っ只中では、絶対に言わない。
それは、「苦しい」と決して言わなかった祖母と母の顔が、そのたびに思い浮かぶからだ。

ただ、私の母は、苦しい時も苦しさが去ったあとも、それを言わなかった。
何ごともなかったような顔で、日々を生きている。

だから、晩年になって色々な病気にかかり、入院や手術を繰り返すようになった。
極限まで我慢せずに「痛い、苦しい」と言ってくれたら、もっと早く病気を見つけられたはずなのに・・・・・。

それに対して、我が家に同居するご老人は、自分のことにしか興味がないように思える。
自分が一瞬だけでも楽しくなれば、それでいいように思える。
そして、そのためには平気で嘘をつくし、人の感情を踏みにじっても平気に思える。

私の子どもたちは、ご老人にとって、当然「孫」になるわけだが、ご老人は、おそらく孫に対して無関心だ。

ひと月に一回、彼女の長男から現金書留でお小遣いを送ってくるが、彼女はそれを手にすると、いそいそと外出の準備をし、タクシーで買い物に出かける。
そして、決して使うことのない洋服やバッグ、電化製品、脂っこい食い物を両手に抱えて凱旋し、満足げに笑みを漏らす(しかし、何を買ったかは、すぐに忘れる)。

我が家に来て15ヶ月。
ご老人は、同居する孫に小遣いを与えたことはない(これは、期待する私の方が、おかしいのかもしれないが)。

私の母は、乏しい年金の中から、毎月孫たちに5千円ずつお小遣いを振り込んでくれる(こんなことを比較してしまう私は、非常識なんだろうか)。


昨日の夜、私は子どもたちの前で、こんなことを言った。

「ばあちゃんは、自分のことしか考えてないんだよな」

それに対して、大学一年の息子が、意外なことを言う。

「ばあちゃんだって、苦しいんだよ。苦しんでいると思うよ」

そして、中学二年の娘も、それに同調する。
「そうだよ、苦しいはずだよ」

それを聞いたとき、高速で、私の目から涙が溢れ出た。

子どもたちにとって、ご老人との同居生活は、決して報われるものではなかったはずだ。
いつもストレスと不自由を感じていたと思う。

だから、ご老人が孫たちに与えたものは、ゼロに等しい。
子どもたちが得るものは、精神的なものを含めて、何もない。
私はそう思っていた。

だが、子どもたちは、そんな中でも、ご老人の苦しさを理解していたようなのだ。

私にとっては、自分の経済的な負担、時間的な負担が、すべてだった。
だから、ご老人を受け入れられずにいた。

「この負担さえなければ・・・・・・・・・」
いつも、その思いに囚われていた。

しかし、子どもたちは、ご老人の立場で、その苦しさを理解しようとしていたのである。

私の子どもたちは、私が何も教えなくても、それが理解できた。


それにひきかえ、この俺は・・・・・。


そう思ったが、こんな子どもを持った自分を誇りに思う気持ちも、強い。

泣き乱れた私の顔を見て、娘が言う。
「おまえ、最近、異常に涙もろくなったぞ。汚いぞ。ああ、汚い! 汚いオヤジは、見るに耐えん!」

そんな娘の声を聞きながら、汚い親父は、さらに涙をこぼした。



2010/03/01 AM 07:12:40 | Comment(3) | TrackBack(0) | [子育て]



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