Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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中年男の恋
ミズシマ氏に呼ばれたので、大宮の釜飯屋まで出向いた。
(みぞれまじりの天候が、自転車族には辛かったが)

ミズシマ氏に関しては、以前何度か書いたことがある(コチラコチラ)。

私より4歳年上の独身貴族。
ミズシマ氏は、外見はとても貴族には見えないが、暮らしぶりとマインドは貴族らしい気品を保っている。

ミズシマ氏に会うのは、10ヶ月ぶりくらいだ。
昨年私が入院した時、心配して見舞いに来てくれたとき以来である。
そのとき、見たことのないような豪華なフルーツの盛り合わせを置いていってくれて、そのことは後々まで看護士さんたちの間で語り草になった。

ミズシマ氏は、お金持ちなのだ。

今日も、仕立てのよさそうな(コナカで買ったのではない)スーツを着て、目の前に座っていた。
しかし、今日は、さらに新しい光景がミズシマ氏の隣にあった。

女性がいたのである。
歳は30半ばくらいか。
もの静かで、命令されたことはどんなことでも忠実にこなしそうな、律儀な雰囲気を持った女性だった。
イナガキ・エリさん、と紹介された。

彼女ですか? という問いかけを目にこめて、ミズシマ氏と目を交わした。
ミズシマ氏は、軽くうなずいてからスーツのネクタイを軽く触って、「まだそこまでは・・・・・」と、小さな声で言った。

50をはるかに過ぎた男が照れたら、背筋を悪寒が通り過ぎるものだが、ミズシマ氏の澄んだ眼は誠実さを湛えていて、思わず頷いてしまう清さがあった。

「4、5回、回転寿司でお食事をしたくらいの仲ですがね」
望めばどんな高級店でも入れるミズシマ氏が、回転寿司。
その本気度が、わかろうと言うものだ。

白のタートルネックに浅葱色のカーディガン。
イナガキさんは、美人ではないが、一本芯の通った女性らしさを感じさせる人だった。
声は、女性にしては低い方かもしれない。
ただ、よく通る聞きやすい声質で「Mさんのお噂は、何度か聞いています」と流れるような所作でお辞儀をした。

ミズシマ氏は、私に気を使って、私の好きな「牡蠣釜飯」を頼んだ。
イナガキさんも「私、牡蠣、大好きです」と頷いた。
そして、全員ジョッキで乾杯。

ミズシマ氏とエリさんの出会いを聞いてみた。
昨年の夏にミズシマ氏が住む吉祥寺のマンションの近くにお弁当屋さんができたという。
エリさんは、そこで働いていた。

美味いものを食うのに飽きたミズシマ氏が、ブラリと足を運んだら、薄茶色のエプロン姿のエリさんがいた。
その姿に何かを感じたらしく、ミズシマ氏はほとんど毎日、夕食をそこで買い求めることになった。
足を運ぶうちに顔なじみになったミズシマ氏が、遠慮がちに回転寿司に誘った。

「4回目のアタックですよ」
つまり、4回目に、エリさんはともに食事をすることを了解したらしい。

それいらい、デートはずっと回転寿司。
「たまには違ったものを食べようと言うことになって、今回Mさんを誘ったんですよ。イナガキさんは昔大宮に住んでいたことがあったので、それもいい口実になりましたね」

貧相で頭の禿げかかった中年男。
しかし、裏表のない性格で、実は金持ち。
そんなミズシマ氏の「恋バナ」を聞くのも、悪くはない。
牡蠣も美味かったし、ビールを飲むピッチは進むし。

とてもお似合いとは言えない二人だが、そのぎこちなさが微笑ましい。
たまに見つめあう目が、中学生の恋のように、色が青い。

ただただ微笑んでビールを飲むしかない。

エリさんがトイレに立ったとき、ミズシマ氏が、半泣きのような曖昧な顔をして言った。
「彼女、僕がフリーターだと思っているんですよね。だから、Mさんも、そこんとこヨロシク(矢沢?)」

それを聞いて、私は「ハハハ」と笑った。
呆れるくらい純粋な恋なのだな。
青いぞ、ミズシマ氏。
しかし、その青さは、心地よい青さだ。

帰ってきたエリさんに、居住まいを正したミズシマ氏は「僕は、真剣に職探しをしますので、真剣なお付き合いをお願いします」と、全身に力を込めて頭を下げた。

ミズシマ氏は、私の前で告白することによって、自分の思いを確かめて自分を追い込みたかったのだろう。

面白いね、人間って。
俺、そんなにミズシマ氏と親しく接していたわけではないのに、何で俺が選ばれたんだろうな。
緊張したミズシマ氏の横顔は、ホント少年だな。

そこだけ、時間が止まったような感覚でいたとき、エリさんが両手を胸の前で軽く組んで、微笑んだ。
それは、その場の空気が一瞬で溶けるような、密度の濃い温かい微笑だった。

「じゃあ、次は『和民』にでも、連れて行っていただきましょうか」

その言葉を聞いたとき、ボニー・ピンクの「Water Me」が頭の中を流れたが、それはどうでもいいことだ。

ミズシマ氏は、首振り人形のようにユラユラと頷いて、「ああ、ワタミ、ワタミ」と繰り返して、歓喜の目で私を見た。

私は、一回だけ頷き、ミズシマ氏に向かって親指を立てた。

その後、エリさんに小学三年の娘さんがいることが判明したが、夫とは死別したということで、ミズシマ氏は大きく肩をなでおろした。

ミズシマ氏の釜飯を見ると、8割以上がまだ残っていた。
食事が手につかないほど、緊張していたのだろう。
それに気付いて、慌てて冷えた釜飯をかきこむミズシマ氏。

その姿を、密度の濃い微笑で見つめるエリさん。

失礼な言い方になるが、ミズシマ氏は、女性から見たら決して魅力的な人ではないと思う。
ただ、内に秘めた優しさ、豊かさは、接してみればすぐにわかる。
だから、エリさんには、それが通じたのだろう。

エリさんが、ミズシマ氏の「隠された秘密」を知ったとき、どうなるか。

私は、それを、これから意地悪く見守っていこうと思う。



2010/02/14 AM 08:11:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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