Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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妄想オリンピック
バンクーバー・オリンピックは、クライマックス。
そして、キム・ヨナ選手は、強くしなやかだった。

浅田真央選手も、一つの時代を築いた戦いをしたと思う。
まさしく美の競演。

あっぱれ! 銀メダル!

ただ盛り上がったところに水をさすようですが、私は、このブログで以前書いたことがあるが、昔から採点競技はスポーツだと思っていません。
そのため、興味が薄くて、ニュースのダイジェストで断片的な映像を見ての感想です。

いい加減なコメントで、申し訳ありません。


話し変わって――――――
以前のブログで、国母選手のことを「國母」と書いてしまった。
ネットで名前の表記を見ると、ほとんどが「国母」となっている。

どっちが本当なんだろう。
まあ、どっちでもいいとは思うのだが、頭の固い人というのは、世の中にたくさんいる。

名前は、正確に記そうよ。
そんなことにこだわる人が、意外と多い。

名前のことではないが、そんな頭の固い人に関連した話題をひとつ。

先日、池袋の得意先に行ったら、50代の部長と30前後の部下の二人から、「スノーボードはチャラい感じがして胡散臭い。オリンピックに相応しくない」ということを言われた。

「そうですね、チャラいですね、胡散臭いですね」
そう言えば、波風が立たず、会話はそこで終わる。

しかし、スノーボードなどやったことがない私だが、そんな風に偏見丸出しで断定的に言われると、心が吹雪いてくる。
年に一回程度しか仕事を出していただけない得意先。
このままストレスを抱えたまま帰るか、得意先を失う覚悟で思ったことを言うか「運命の二者択一」が、私の頭上に降りかかる。

昨年の仕事は、1万3千円弱の仕事一回きりだったな。
よし! 思ったことを言おう!

胡散臭いと言えば、スキーのジャンプだって、私には充分に胡散臭い。
あれは、ジャンプではなくて、向かい風に吹き上げられて落ちていくだけじゃないか。
要するにムササビ飛行だ。

日本が冬季オリンピックでメダルを取れそうな数少ない種目だから、注目が集まっているだけだ。
メダルを取ったことのある種目なら、異端児がいたとしても人は許すのである。
私には、そんなメダル基準のあなたたちこそ胡散臭い。

カーリングも、あれはスポーツか、という疑問を持っている人は多いと思う。
若い女子が、けなげに集中している様子が微笑ましくて、ただ騒いでいるだけではないのか。

それに対して、50代の部長が反論。
「いや、よく見てみるとわかるが、あれは全身を使っている。ブラシのようなもので懸命に氷を擦っている姿は、間違いなくスポーツだ。あの姿は躍動感に溢れている。美しい!」

しかし、あれを男がしていたら、部長さんは熱くなりましたか?

「・・・・・・・」

話は飛ぶが、たとえば、太った男が髷を結って、まわしを締め、公衆の面前で肌と肌を強くぶつけ合う競技は美しいですか。
あれは、伝統行事という名のDNAが日本人の脳内に埋め込まれているから受け入れられるのであって、無の意識で見たら、相当に気持ち悪い行事だと思うのだが。

某プロ野球集団もそうだ。
某大新聞社が、他の11球団を差し置いて、ただ自分の所有するチームを自己の持つメディアを利用して、「頑張れ」と応援する様は、不公平以外の何ものでもない。

あれは、天覧試合や9年連続日本一というDNAが、ファンの脳に刷り込まれているから許されるのであって、それがなければ「えこひいき!」のブーイングを浴びているところだ。

ゴルフだって、散歩して止まっている球を打つだけの遊びが、誰が言いだしたのか「紳士のスポーツ」という刷り込みがあるから、スポーツとして認められているのだ。
それがなければ、「リョウくん、なにしてるの! 棒切れで止まった球なんか打って、なにが面白いの!」という罵声を浴びたはずである。

すべては、その競技が与えるイメージなのだ。

スノーボードだって、競技者がちょんまげを結い、裃(かみしも)を着て、刀を腰に差し、足袋を履いていたら、頭の固いお歴々には受け入れられたかもしれない(そんなことはないか)。

ただ、國母選手には、メダルを取ってほしかった。
そして、こんな見出しが見てみたかった。

「すごいぞ國母 大和魂!」
「日の丸を背負ったサムライ 國母が金!」
「日本中が國母の技に酔いしれた!」
「腰パン國母 世界の頂点に!」
「スノボの英雄 國母が金!」
「私だけが知っている 國母選手は実は好青年だった!」

そして、成田空港に降り立ったら、歓喜の嵐。
ニュースショーに引っ張りだこ。

最後は、自伝の出版。

「オレ流國母のスノボー人生」

さらに、話を続けようとしたら、得意先の部長に話の腰を折られた。

「Mさん、あんた、妄想癖があるねえ!」

もう、そういうこと言わないでくださいよ、部長ォ。
(見事にスベったオヤジギャグ)


気分を変えて、なぞかけ

「冬季オリンピック」とかけまして、
ますだおかだ」の岡田のギャグと、ときます。
(そのココロは)どちらもスベって喜ばれます。

受けなかったので、もう一つ。

「金メダル」とかけまして、
「灯台」と、ときます。
(そのココロは)どちらも台の上で光ります。


おあとがよろしいようで・・・・・・・。




2010/02/27 AM 08:41:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

オン・ザ・ロード
テイラー・スウィフトをご存知だろうか。

彼女は、若干20歳で今年のグラミー賞を取った女性歌手である。
日本ではあまり馴染みのないアーティストだと思う。

このテイラー・スウィフトに、私の中学2年の娘が、2年以上前から目をつけていた。
(ん? またまた娘自慢が始まるか?)

娘は、子どもの頃から、私に影響を受けていた。
社会に対するひねくれた見方、映画やミステリー本、そして音楽。

小学校低学年から倖田來未、MINMI、椎名林檎、ブランキー・ジェット・シティを聴き、浜田省吾を聴く。

小学5年の時、初めてお友だちとカラオケボックスに行ったとき、娘が最初に歌ったのが「J.BOY」だった。
他の子が、YUIや大塚愛を歌っているのに、彼女は「J.BOY」。

えー、なにぃ!
変な歌ァ!

みんなから非難を浴びても、彼女は構わず、今度は「on the road」を歌った。
そして、みんなに歌唱指導まで、したというのだ。
それによって、月に一回開かれるカラオケ大会では、全員で「on the road」を歌うのが習慣になった。

流行を追いかけるのはいいが、流行がすべていいものだとは限らない。

小学校低学年から、私が彼女にそう埋め込ませた教えを守って、娘はすべての流行を吟味してから、自分の感性で好みを選択している。

だから、お子さまたちが通る道、モーニング娘。やジャニーズ系、特にSMAPやExileは聴かない。
ただ、一瞬だけ魔がさして、友だちにHey!Say!Jump!の東京ドームのコンサートに連れていかれ、「可愛い!」と叫んでいたことはあった。
しかし、それも3ヶ月程度で、終わった。

東方神起が日本でデビューした頃、「日本では受け入れられないかもしれないが、これはいいぞ」と言って、娘に推薦した。
娘は、「おお! いいな!」と言って、すぐ好きになった。
日本でブレイクするまでに、少々時間がかかったが、ブレイクしはじめたとき、娘とハイタッチで喜びを共有した。

流行に惑わされない感性。
ひとから見たら、それは「ひねくれている」と取られることもある。

まあ、事実、ひねくれているわけだが。

例えば、椎名林檎、東京事変(スポーツというアルバムが出ましたので、ヨロシク)。
娘は、すべての曲の歌詞を覚え、その曲の心象風景を、かなりの部分で把握している。
おそらく中学2年の女の子で、ここまで彼女の歌に精通している人はいないのではないかと思えるほどだ(親バカは承知)。

娘が、はじめて「罪と罰」を聴いたとき、得体の知れないものが体内に入ってきた感覚がしたという。

心と体が、わけのわからないままに揺さぶられるのがロックだよ。

私が、そう教えていたこともあって、娘は「おお! これはロックだな!」と感動したらしいのだ。

小学校低学年で、椎名林檎にロックを感じた少女。
それを不気味と捉えるか、感性が豊かだと捉えるかは、自由だ。

おそらく不気味と捉える人のほうが、多いとは思うが。
(私のヨメは、はっきり不気味と捉えている)

そんな娘が、2年以上前にYou Tubeで見たテイラー・スウィフトに心を揺さぶられたのは、必然だったと言える。
伸びやかに感性の赴くままに自分の心情を歌い上げる、若きアーティスト。
音楽のジャンルとしては、カントリーに入るようだが、その歌声に、娘は「ロックだぜ!」と興奮した。

日本でのデビューは、昨年だったようだが、娘はそのはるか前から「テイラー・スウィフトがいい!」と言い続けていた。
娘があまりにも言い続けるので、私は輸入版を買って、その音楽性を確かめることにした。

聴いてみると、確かに、いい。
余計な機械操作に頼ることなく、生身の人間から噴出するパワーが、娘の言うように、確かに「ロック」を感じさせた。

いいな。
「いいだろ。アタシの耳もたいしたもんだろ」

たしかに。

それ以来、テイラー・スウィフトは、椎名林檎様、東方神起様に次ぐ、娘のアイドルになった。

ただ、先週日曜日の、お友だちとのカラオケ大会では、相変わらず「on the road」を熱唱していたようだが。




2010/02/25 AM 07:14:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

東急ハンズ好き、そしてベスト
カフェに置き去り。

ひと月ぶりに仕事の立て込んだときだったが、ストレス発散に、大宮駅近くの東急ハンズをうろついていた。
時間があったら、東急ハンズ。
それは、私のライフスタイル。

大学時代、朝の10時から渋谷の東急ハンズに入り込み、気がついたら、昼メシを食うのも忘れて、午後5時まで東急ハンズにいたことが数え切れないくらいあった。

マツが行方不明になったら、東急ハンズを探せ。
それが、当時の友人たちの合言葉だった。

それくらい、東急ハンズが好きだ。
大宮の東急ハンズは、渋谷に比べると、そのスケールは10分の1ほどだが、東急ハンズであることに変わりはない。
だから、気に入っている。

得意先との打ち合わせ終了後、ブラブラと無目的に歩き回った。
何を買うわけでもなく、それによって何を得るわけでもないが、そんな時間が、どこか楽しい。
それは、つまり優雅な時間ということ。

昼メシ時。
心を無にして、店内を時速1キロのスピードで、歩行していた。

そのとき、「アラ」という声が聞こえた。
あら? その声が、まさか俺のほうに向いているとは知らずに、私は目を陳列商品に釘付けにしながら歩行を続けた。

次に、「Mさんじゃないですか」という声が聞こえた。
月曜日午後1時過ぎ。東急ハンズ。
知り合いに遭遇することなど、心の片隅にさえ存在しない孤独な状況だ。

思わず、「あん?」と、不機嫌な声を出してしまった。

しかし、顔を軽くひねった先には、桶川の得意先の事務員、麻生久美子似の姿があった。
ミニスカート。

おや、アリマさん。なんで、こんなところに?(アリマァ! と心の中でオヤジギャグ)

「Mさんこそ、何で?」

何で。
なんで?

あけましておめでとうございます。

相当に遅い新年の挨拶をしたあとに、麻生久美子似が、ランチどうですか、と言ってきた。
まあ、知らない仲じゃございませんし、断る理由はございません。
麻生久美子似は、迷わず大宮ルミネ内のカフェに私を誘導した。

ツナ&アンチョビのサンドイッチとコーヒー。
雰囲気は悪くないが、「カッコつけやがって」という悪態をつきたくなる店の内装と客層だった。

しかし、麻生久美子似が、惜しげもなくお綺麗な脚を見せてくれたので、不満は封印することにする(変態と呼んでください)。
しかし、サンドイッチを食い終わったあとに、麻生久美子似の携帯電話が、クラシックの音階(ボレロ)を奏で、彼女が「ちょっと、ごめんなさい」と言って、店を出た。

置き去りですよ。

カフェにひとり。
居心地が悪い。
吸い込む息が薄くて、酸欠状態になりそうだ。

池の鯉のように、口をパクパクパク。
息苦しい。
帰っちまおうか・・・・・。

コーヒーをおかわり。

このコーヒーを飲み終わって、麻生久美子似が姿を現さなかったら、俺は、断固として席を立つ!
・・・・・と思っていたら、麻生久美子似が、背の高い女性を連れて、カフェに入ってきた。

「ごめんなさい。ルミネでお友だちと待ち合わせをしてたの」

いやぁ〜、いいんですよ。オレ、今日は暇ですから。
(どの口で、そんなことを言うかねぇ)

麻生久美子似と背の高い女性が、向かいに座る。
その光景は、華やか、と言っていいものだった。

どこから見ても、混血(ハーフ)。
日本人のいいところと、外人のいいところをすべて取り込んだ美形。
相当な美人である。

しかし、近寄りがたい美人と言うわけではない。
すべてにおいて整ってはいるが、売れっ子モデルのような自己主張の強い「美」ではない。
控えめな「美」だ。
そして、品もある。

美人が苦手な私でも、直視できる美人だと言える。

「大学時代の先輩なんですよ」
と、麻生久美子似が、混血美人を紹介した。

そして、「旦那様もお子さんもいらっしゃいます」と付け加えた。
確かに、落ち着いた佇まいは、人妻を感じさせた。

その混血人妻子持ち美人は、ハミカミながらも私の目を真っ直ぐに見て、「ナガシマです」と艶のある声で言った。

吸い込まれそうな薄い褐色の瞳。
異次元の人ですな。
私には、まったく接点のない人だ。

その顔を拝めるだけで、「儲けた」と言える存在である。
下品にも、心の中で「今日は、もうけた、もうけた」と呟いた。

それから、世間話。
二人の美女を前にして、はるか天空まで舞い上がる、冴えない中年男。
しかし、心は充実。

もうけた、もうけた・・・・・ホンマにもうけた。

芳醇な香りのコーヒーを飲みながら、美女と会話。
私の一番苦手なシチュエーションではあるが、話は弾んだ。

なんでだろう?
以前だったら、身体も思考も硬直して、会話は成立しないはずだった。
それは、松雪泰子似の極上の美女と接するという「免疫」が、私の身体にいい効果をもたらしていたせいか。

しかし、なにか、ひっかかるものがあった。

それが、いったい何なのか、舞い上がっていた私には、判断がつかなかった。

だが、答えは、簡単に出た。

ナガシマさんが、少し首を傾けながら、こう言ったのだ。
「Mさん、まだ思い出していただけないんですか?」

思い出す?
つまり、私はナガシマさんと過去に接点があったということなのか。

空になったコーヒーカップを弄びながら、私は懸命に脳内の貧弱なデータベースを検索した。
ガチャガチャガチャ。

一般の人よりはるかに少ないデータベースだったから、7秒後に、あるファイルを検索することに成功した。
それが、これだった。

ああ、あのときの!

これほどの美女を忘れるなんて、私の記憶中枢は、なんていい加減なんだろう。

その節は、お世話になりました。
しかし、一回だけしかお会いしていないのに、よく覚えていましたね。

「あのときと、ベストがまったく同じだったんですよね」

ああ、ベストがねぇ〜。

一着しかない薄茶色のベスト。
それが、幸運を呼ぶこともある。

これからも、このベストは大事にしようと思った。




2010/02/23 AM 07:31:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

今さらながら國母選手の腰パン
冬季オリンピックは、高橋大輔選手が銅メダルを取ったので、盛り上がっているようだ。
男子スピードスケートも、メダルを取ったらしい。

めでたいことです。

日本選手が活躍すれば、世の中は明るくなる。
希望が見えてくる。
それが、つかの間の希望だとしても、ないよりはいい。

ただ、どうでもいい報道もあった。
國母選手に関してのことだ。

賛否両論。
報道を見る限り、否のほうが多そうだが、メディアの報道は偏っているので、それを鵜呑みにはできない。

メディアの手法は、朝青龍のときもそうだったが、だいたい同じ手順を踏んでいる。

まず過剰報道・過熱報道がある。
そして、同じ意見を網羅して情報操作をする。
さらに、なぜか政治家や文化人が口をはさんで、自分の存在をアピールする。

最後に、「一人の悪人」が仕立てられる。

横綱の品格ってなんだ?
私は相撲にはまったく興味がないので、これはピント外れの疑問かもしれないが、「横綱の品格」など考えたこともない。

もし、強くて黙々と土俵に上がる人が品格を備えているというのが「横綱の品格」の定義なら、それはプロのアスリートとして、どうかなと思う。
様式美だけを備え、ただ強いだけのアスリートには、私は魅力を感じない。
いや、お相撲さんは、神技の中の人だからアスリートではないという見方なのか。

しかし、神技の中の存在なら、横綱になる前に、その定義を彼の頭脳に叩き込むべきだったと思う。
相撲興行が商売でなく純粋な神技だというなら、「神技」として相応しい人を横綱に選ぶべきだろう。
選んだあとで、「相応しくない」というのは、あと出しジャンケンみたいで、フェアではない。

相撲が「神技」ではなく、純粋なる興行、プロとしての競技なら、強くて人気のある人を横綱にすべきだ。

では、相撲は、神技なのか、商売なのか、どっちなのか?
相撲協会の考えていることは、どっちつかずで、私には理解不能だ。
ただかたくなに権威に胡坐をかいて、既得権を主張している官僚組織と同列にしか見えない。

だが、私は朝青龍の肩を持つつもりはありません。
暴行は犯罪です。
もし彼が本当に暴行を働いたのなら、犯罪者は、潔く罪に服すべきだと思っています。


ところで國母選手。

服装の乱れ、というが、その定義も難しい。
それは、ひとそれぞれの感覚だから、要するに「好き嫌い」ということである。

だからこそ、賛否両論があるのだろう。

私は実は、その國母選手の乱れた服装を見ていない。
だから、どれほど「乱れていたか」を知らない。

腰パンという報道があったが、それは、彼が今まで蓄積した実績を覆すほど「乱れた」ものだったのか。
日本代表として相応しくないほど、その腰パン姿は、万人に不快感を与えたのか。

見ていないから、そのあたりが、理解できないのですよ。

だから、観点を変えた疑問を提示したい。

「服装が乱れている」
「日本代表として、その姿は相応しくない」

そう初めに言い出したのは、いったい誰なのか?

高速道路の渋滞にも、必ず起点がある。
起点があってはじめて渋滞が始まる。

今回の國母報道の起点は何だ?

皆が一斉に、同じ時間軸で彼の「服装が乱れている」「日本代表として、その姿は相応しくない」と言い出したのか。

私には、そんな非現実的なことは想像できない。
誰かが、情報操作をしているのではないか。
そう思ってしまったのである。

新聞、週刊誌、テレビ、インターネット。
どの媒体を使っても、メディアの番人なら、そんな情報操作は難しくないと思える。

集中的な過熱報道で、ある人を非難する。
メディアが好んで取り上げる、同じ方向を向いた扇情的で意図的な同一意見。
そして、それに対して、反論するひと。

それで、メディアは「ニュースを作る」ことができる。
しばらくは、話題に困らない。

誰かがメダルを取ったら、今度は当たり前のように話題はそちらに移って、「服装の乱れ」は、ニュースバリューではなくなる。

そして、國母報道の起点は、見事に忘れ去られる。
そんなことの繰り返し。

たとえば、一選手の服装が乱れているのと同じように「政治・検察」も乱れている。
ただ、もちろんそれを、今回の國母報道と同列に論調することはできない。

ただ、「政治・検察の乱れ」の方が、明らかに国にとって大事だということは、誰にでもわかると思うのだが、メディアだけは腰が定まらず、毎度浮き草のような報道しかしない。

彼らは、検察から洩れた情報をそのまま流し、政治家の言葉を「ぶれている」のひと言だけで片付ける。
そこには、彼らだけに課された「検証」という、最も高度でプロとして必然的にしなければならない作業が抜け落ちている。

つまり、今回の報道で、メディアこそ乱れている、と思ったのは私だけだろうか。


ところで、トヨタのこと。

ブレーキは安全性能の基本である。
だから、それをないがしろにしたことは、弁解の余地がない。
いくら叩かれても、仕方がないと思う。

米国のトヨタ叩きは、過激すぎる気もするが、もし今度、米国の車やシャトル、飛行機に欠陥が判明したら、その時は、徹底的に叩けばいい。

ただ、米国の企業は、私のイメージでは「安全神話」がないように思える。
安全は、ユーザー各自の責任。我が会社にも国にも責任はない。
そんな開き直りが、米国の傲慢さからは垣間見える。

他人には厳しく、自分には極端に甘い。

そんな国家相手に戦う日本の企業は、大変ですね。

トヨタさん。
米国のタフな「交渉人」を雇ったらどうでしょうかね。

そうすれば、米国対米国の争いになる。
この構図なら、米国の傲慢さが浮き上がってくると、私は思うんですが。

どうですかね。
ハリウッド映画のようには、いきませんか。


ところで、タイガー・ウッズは、なぜ謝らなければいけなかったんだろう?

アメリカのメディアは、相当彼を叩いていたようだが、彼の行いがそんなに非人道的だとは、私には思えないのだが。

彼が、黒人の大金持ちだということに対して、何か意図的なものが働いているのだろうか。

白人社会は、他人には厳しく、自分には極端に甘い。

大きな声で言い訳をし、自分に非があっても、大声で相手を攻撃したほうが勝つ社会は、私には歪んだ幼稚な世界に見えるのだが、そう思うのは私だけだろうか。


意味のない話をしてしまいました。
このことは、お忘れください。



2010/02/21 AM 08:25:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

お引越し会議 その2
前回のブログで、私が冗談で言ったことが、おおごとになったという話を書いた。

話が思わぬ方向に行ったので、小休止。
みんなでピザを食った。

そして、その後四者首脳会談B4(バカ4人という意味)が再開された。

私は、話を正常な方向に戻そうと、冷や汗を背中に滲ませて力説した。

すべては、ご老人の我がままのせいである。
ご老人が孤独になった現実は、冷たい言い方をするなら、自業自得でもある。
俺たちは、ボランティア集団ではないのだ。
その尻拭いを、なぜ俺たちがしなくてはならないのか?

その私の意見に対して、中学二年の娘が反論。今回も彼女が主導権を握る。

「じゃあ、放り投げるのか。
お前は、伯父さんたち(ご老人の長男次男)に対して、意地があったんじゃなかったのか。
あいつらが土下座して、ばあちゃんを引き取りに来るまで、決して放り投げないって心に誓ったんじゃなかったのか!
アタシは、そんなお前の意地を応援してきたんだぞ。こんなところで、折れるなよ」

14歳の娘の鋭い指摘。

背中から、さらに汗が出てきた。
冷たくて、しかし最後は熱い汗だ。
だが、どこか嬉しい汗でもある。

俺の14歳のときは、確実にアホだった。
親にこんなことを言える子どもではなかった。

私は、ふと思った。

こいつ、本当に俺の子か?

偉大なる14歳が、言う。
「みんなで意地を貫き通そうぜ。ただ、もちろん今すぐ引越すというのは、無理だけどな。学校の手続きはあるし、マミーのパート先をどうするかも問題だ」

ヨメが、小さく頷いて言う。
「私はどこでもいいわよ。花屋のパートなんか中央線沿線に、いくらでもあると思うし・・・」

次は、大学一年の息子。
「俺は、三鷹の方が大学に近くていいな。全然問題なし!」

いいのか、そんなに簡単に決めちゃって。
これは、かなり重要なことだと思うんだが・・・・・。

首を傾げるバカ親父に向かって、娘が諭す。
まるで親が間抜けな子どもに言い聞かせるように。
「大事なことだからこそ、瞬間的な決断力が重要なんだ。こんなときは、悩んだら確実に迷路に迷い込んでしまうんだよ」

しかし、しかしだよ。
それって本当にご老人のためになるのだろうか。
三鷹に帰っても、孤独だったら・・・・・。

「ばあちゃんにとって、三鷹は自分ちなんだよ。でも、ここは自分ちじゃないんだ。だから、どんどん病んでいくんだよ。自分ちに帰れば、今より悪くなることはない」

そして、さらに言う。
「まあ、今までも、お前が一番被害を受けているからな。お前のお得意さんのことも考えなきゃならないし。だから、最後に決めるのは、お前だ。アタシたちは、お前の決定に従うよ」

ヨメと息子が、横で頷きながら、私を見つめている。

背中から汗。
わきの下からも汗。
首筋にも汗が出てきた。

からだのあちこちから汗を噴き出しながら、私は一つのことに思い至った。

一番重要なことを・・・・・。

引越しには、金がかかるんじゃないのか。
部屋を借りるにあたっての初期費用と引越し運賃。
これって、相当高くないかい?

俺んちに、そんな金あったっけ。

やばいぞ。
両手両足、汗まみれになってきたぞ。

恐る恐るヨメに聞いてみた。
我が家に引越し費用は、ありかなしか。

ヨメが、弱々しく首を振る。

やっぱり!

悲しいことだが、これが現実だ。
・・・・・・・ということで、今回の話はなかったことに(嬉々)。

私がそう言うと、娘がテーブルをポンと叩いた。
「そこを何とかするのが、お前の役目。いいか。少しばかりの時間をおまえにやろう。だから、何とかしろ。前向きに考えろ」

いや、しかし・・・・・何とかしろ、と言ったって。
お前の判断に任せると言ったばかりなのに・・・。

また汗かいてきたし。

さらに持病の不整脈が・・・・・(胸を抑える)。


ところで、以前ヨメが、あることを境にして、ご老人を避けているという話を書いた(コチラ)。
それに関しては、色々なアドバイスをいただき、御礼申し上げます。

いまも、ヨメはご老人に近づこうとしない。
赦す気はないようだ。

このヨメとご老人との冷戦が、ご老人の孤独感を増幅させたという見方もできる。
だが、それはご老人の自業自得だという見方もできる。

私は、孤独感をばら撒きながら、つぶやき続けるご老人に聞いてみた。
三鷹に帰って、どうするつもりですか。一人で健康管理ができますか。

それに対して、ご老人は無表情な顔をゆっくりと私のほうに動かして、私を睨んだ。
「あたしゃ、4年間も一人暮らしをしていたんだよ。できないわけないだろう!」

しかし、それで糖尿病が悪化して、あなたの長男があなたを私の家に連れてきたんですよ。
あなたが「どうせ世話になるのなら、娘の方がいい」って言ったんです。
とにかく、あの時の病状は最悪だった。言っていることも支離滅裂だった。覚えてますか。

私がそう言うと、ご老人は横を向いて、フンフンと唸った。
これ以上言うと、ご老人は常軌を逸した行動に出る。
だから、私は違うことを言った。

では、私たちが三鷹に行って、あなたの面倒を見るというのは、どうですか?

その言葉に、ご老人は一瞬目を輝かせたが、すぐにいつもの無表情に戻った。

その姿を見て、無駄なことをしているような気になった。

正直な気持ちを言わせてもらうと、どうせ他人である。
他人がどうなろうと、知ったこっちゃない。

今は成り行き上、ご老人の健康を管理しているが、それは本当に私にとってただの成り行きに過ぎない。
好きでやっているわけではない。

今ある生活の場を変えるというのは、私にとっては、大きな犠牲を伴うことだ。
何で、他人のために、そこまでやらなければいけない?

私は自分を嫌なやつだと思っている。
他人のために生きるなどという上品な行いは、絶対に似合わないし、もうご免である。

だから?
・・・・・・・・・・だから。

しかし、あいつらが土下座しに来るまで、俺はがんばらないと。
それが、俺の意地なんだし・・・・・。

どうなんだろう?
もう少し、悩んでみようか。



2010/02/19 AM 08:37:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

お引越し会議 その1
引越しを考えている。

一つは、ブログのお引越し。
それに関しては、また後日書こうと思う。

もう一つは、家のお引越し。
昨年の6月。
一昨年から居住者が一人増えて、生活が窮屈になったので、同じ団地内の4DKに引っ越した。

その結果、部屋が一つ増えたので空間は快適になったが、生活は快適ではなくなった。
問題点が、数多くあるのだ。
その問題点の91パーセントは、ご老人が震源地である。

ご老人は、同居人である家族には、我がまま放題の言動・振る舞いをするが、団地の人―――私は彼らを団地応援団と呼んでいる―――には、気立てのよいご老人で通っていた。
通っていた、と過去形で書いたのは現在の状況が、かなり変化を帯びてきたからだ。

ご老人と団地応援団は、ある宗教で結びついている。
その絆は強い。
彼らの付き合いは、ご老人が一昨年の11月に我が家に来て以来だから、15ヶ月になる。

だが、ここに登場するのが、「人間の観察力」というやつだ。
さすがに、どんなにぼんやりした人でも、15ヶ月も付き合っていたら、相手の本性が微かながらも見えてくるものである。

最近になって、団地応援団は、ご老人の言うことが少しおかしい、と気付いてしまったようなのだ。
ただ、彼らは基本的に優しいから、それを露骨に態度に現すことはしない。

しかし、ご老人は、相手のわずかな変化にも敏感に反応する人種だった。
その種の空気を嗅ぐ能力は、野生の狼のように鋭敏だ。

だから、「よそよそしくなったぞ」
団地応援団の変化を、すぐに察知した。

それまでは、団地応援団に対してのご老人の言動は、おおむね好意的だった。
悪口を言うにしても、それなりにオブラートに包んだものだった。
しかし、今年に入ってからは、かなり辛辣な悪口を脈絡なく言うようになった。

ストレスが、たまっている様子が、からだ全体から立ち上っている。
最近のご老人の日常は、時に攻撃的になり、時に沈み込む毎日。
感情の起伏が、かなり激しい状態と言っていい。
そして、沈み込んだ時に、ご老人は必ずこう言うのだ。

三鷹に帰りたい・・・・・」

一月の終わりあたりから、その回数が格段に増えた。
今では、一日に百回以上そうつぶやいている様を、家族全員が何か不吉なものを見るような目で遠回しに眺めている。

そんなとき、私が冗談のつもりで言ったひと言が、そのまま家族会議の議題になってしまったのだ(いま私は大変後悔している)。

「俺たちも、ばあちゃんと一緒に三鷹に引っ越すか」(軽いノリ)

しかし、「やめてよー!」
「やだ!」
「冗談は、顔だけにしろよ!」
という言葉を期待していた私は、話が思いがけず真面目な方向にいったので、目を高速で泳がせることになった。

まず話の主導権を握ったのは、中学二年の娘だった。
「真面目な話、ありゃあ、おかしいぞ。ばあちゃん、完全に気持ちが病んでるぞ」
ヨメと大学一年の息子が頷く。

「ばあちゃんはもう、ここには居場所がないんじゃないか」と娘。

しかし、だからと言って、我々が三鷹に引っ越すのは、どこかおかしくないか。
先ず君の場合は、転校ということを考えなきゃいけない。

「まあ、アタシは一向に構わないが」
娘があっさりと言う。

いや、友だちと別れることになるんだぞ。それでも、いいのか。人生で一番大切なのは、友だちだ。

「転校したって、友だちづきあいはできる。おまえ、ユカちゃんを知ってるか?」

ああ、もちろん、知っている。君の小学校一年の時の同級生で、2年の1学期の終わりに大分に引っ越した子だな。

「そうだ。ユカちゃんとは、彼女が引っ越してから手紙のやり取りをしたあと、小四からパソコンのメールでやり取りをした。そして、中学に上がってからは、携帯で連絡を取り合っている。たった一年しか同学年じゃなかったのに、ユカちゃんはアタシの親友だ。埼玉と大分。離れていたって、友だちは、友だちなんだぞ」

しかし、それは相当ラッキーな関係だ。誰もが、そうなれるものじゃない。それでもいいのか。

「アタシをなめんなよ! アタシは、どんな状況でも友だちができる子だぞ」

・・・・・・・でも、ばあちゃんの我が儘は放っておくという手だってあるだろ。

「ばあちゃんは、もう逃げ場がないんだよ。三鷹だけが、逃げ場なんだ。そんなこと、お前だって、とっくにわかっているだろう!」

・・・・・・・・・・・・。

ただ、三鷹に引っ越すにしても、ばあちゃんの住むマンションは2DKだ。家族5人で住むには狭すぎるだろう。

「だったら、我々は他の部屋を借りればいい」

しかし、今と同じ広さの家を借りるとしたら、家賃は倍以上になる。同程度の家賃だと、せいぜい2DKのアパートくらいしか借りられないのが現実だ。
(ノートパソコンをカチャカチャカチャ)いま、ネットで調べてみたら、3DKでさえ12万円以上する。貧乏な我が家では無理だな。

しかし、ここで息子が親孝行発言をする。
「それなら、俺のアルバイト代を全額足りない家賃分に回してもいいよ」

パチパチパチ・・・・・。
ヨメと娘が、大拍手。
息子は、大きく胸を張る。

しかし・・・・・・・。

「まだ先のことだが、アタシが高校に上がったら、アタシも夏休みにアルバイトして家賃の一部を払ってやる。そうしたら、家賃どころか、家の一軒や二軒や三軒、買えるんじゃないか」

う〜〜ん・・・・・四軒は、ダメだろうか。

「四軒は・・・・・・・チョット無理だ」

そうか、現実は厳しいな。

「そうだ。お前ももう少し、大人になれ」

はい。

というような建設的な(?)会議が延々と続いた。

有意義な会議に臨んだわれわれ四首脳は、脳を使って疲れたので、冷凍しておいた自家製のピザを食いながら、私はクリアアサヒを飲んだ。
ヨメは、ただただピザに齧りついていた。
息子は、ピザを食いながら、ケツをかいていた。
そして、娘はピザにタバスコをタップリとかけて、「キター!」と叫んだ。

それを見ながらクリアアサヒを飲んでいる私の背中は、まさか事態がこんなおおごとになると予想していなかったせいか、冷たい汗をかいていた。
ちょっとした寒気さえ覚えていた。

まいったな。
まったく・・・・・・・・・・。


この話、次回に続く。




2010/02/18 AM 09:00:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

めんどくさい
家では、冬でも半そで半ズボンで過ごしている。

その姿を見て、我が家のご老人に「寒くないのぉ」と言われる。
一日に、同じことを5回以上聞かれる。

そのたびに、「寒くないですよ」と答える(ときに苛立ちが混じる)。
中学2年の娘も、同じ格好をしているから、同じようにご老人に聞かれる。
娘は、「寒くないよう。慣れたよう」と、いつも同じトーンで答えている。

毎日、同じことを聞かれることが面倒くさくないか、と娘に聞くと「面倒くさいが、面倒くさくない」という禅問答のような答えが返ってきた。
娘は、はるかに私より人間ができているようだ。

真冬。
街行く人は、みんな着込んで、防寒にはぬかりがないようだ。

そんな中、私は外出する時もトレーナーにジーパン、ブルゾンで過ごしている。
着古したコートとダウンジャケットを持っているが、年に数回しか着ない。
スーツを着たときも、コートは着ない。
ダウンジャケットも、雪と風が合体した時しか着ない。

「寒くないんですか」と聞かれる。
寒いに決まっています!

体脂肪率9パーセントの男。
脂肪がないから、寒さには極端に弱い。
それなのに何故、防寒をしないのか。
防寒をすれば、確実に暖かいのに。

それは、めんどくさいからだ。

コートを着るのが、面倒くさい。
ダウンジャケットを着るのが、面倒くさい。
着込むのが面倒くさい。鬱陶しい。

冬は、身体を洗うのが、面倒くさい。
だから、風呂では浴槽に浸かるだけである。
身体を洗わない。
シャワーも面倒くさいので、頭を洗う時は、浴槽の中で頭を洗い浴槽のお湯を手ですくって泡を流す。

娘も、そうしている。
ヨメからは、「浴槽がシャンプーだらけになって気持ちが悪い。あんたたちは、最後に入って」と怒られるので、風呂に入る順番は、ヨメ、息子、娘、私の順である。

我が家のご老人は、「冬場に風呂に入ったら、絶対に風邪をひく。冬は風呂に入るべきではない」と固く信じているので、ひと月に2回程度しか入らない。それも、温かい昼間に。
しかし、その入り方がすごい。
カランのお湯は出しっぱなし。
シャワーを使ったら、シャワーは出しっぱなし。

ボディソープのボトル5分の1を使って身体を洗い、コンディショナーだけを使って頭を洗う。
そして、毎回言うのだ。
「最近のシャンプーは泡立たないねえ」

「それは、シャンプーじゃありません。シャンプーは赤い容器のやつですよ」
我々が、そう教えたのは最初の数回だけ。
言っても改善されないので、「最近は、みんなそうなんですよ。泡立たないんです」と答えることにした。
めんどくさいので(コンディショナーしか使わなくても、頭を洗ったという事実に変わりはないのだから)。

駅前の人材派遣会社の社長。
「業績が悪いんで、会社の車5台から2台に減らしたんです。駐車場のスペースが空いたんで、誰かに貸したいんですが、Mさん、心当たりないだろうか」

ないです。

「いや、そんな邪険なこと言わないで、真剣に考えてくださいよ。3台分毎月貸したら、一台1万円として3万円ですよ。年間36万円の収入になります。それって、大きいですよね?」

まあ、大きいでしょうねぇ。

「活用できるものは、会社のために使わないといけません。それが今の時代の賢い生き方です」

まあ・・・、そうなんじゃないですかね。

「でも、俺、友だち少ないから、貸す相手がいないんですよ。悲しくなりますね」

ああ、そうですか。

「もったいないよなあ、あのスペース。ちょっとでも、金にしたいんですが」

もったいないですね。

「無駄ですよね、本当に無駄ですよね」

しかし、そういうことは普通、不動産屋に・・・・・。

(私の言葉にかぶせるように)「車が3台とめられるんですよ!」

・・・・・・・・・。

「ああ、もったいない、本当に、もったいない!」

・・・・・・・・・。

「無駄だよねえ。本当に無駄だよ! ああ! 無駄だ!」


まったく、うるせえな!
あんたの話のほうが、無駄だろうが!
ああ―――――! めんどくせえ!



2010/02/16 AM 06:56:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

中年男の恋
ミズシマ氏に呼ばれたので、大宮の釜飯屋まで出向いた。
(みぞれまじりの天候が、自転車族には辛かったが)

ミズシマ氏に関しては、以前何度か書いたことがある(コチラコチラ)。

私より4歳年上の独身貴族。
ミズシマ氏は、外見はとても貴族には見えないが、暮らしぶりとマインドは貴族らしい気品を保っている。

ミズシマ氏に会うのは、10ヶ月ぶりくらいだ。
昨年私が入院した時、心配して見舞いに来てくれたとき以来である。
そのとき、見たことのないような豪華なフルーツの盛り合わせを置いていってくれて、そのことは後々まで看護士さんたちの間で語り草になった。

ミズシマ氏は、お金持ちなのだ。

今日も、仕立てのよさそうな(コナカで買ったのではない)スーツを着て、目の前に座っていた。
しかし、今日は、さらに新しい光景がミズシマ氏の隣にあった。

女性がいたのである。
歳は30半ばくらいか。
もの静かで、命令されたことはどんなことでも忠実にこなしそうな、律儀な雰囲気を持った女性だった。
イナガキ・エリさん、と紹介された。

彼女ですか? という問いかけを目にこめて、ミズシマ氏と目を交わした。
ミズシマ氏は、軽くうなずいてからスーツのネクタイを軽く触って、「まだそこまでは・・・・・」と、小さな声で言った。

50をはるかに過ぎた男が照れたら、背筋を悪寒が通り過ぎるものだが、ミズシマ氏の澄んだ眼は誠実さを湛えていて、思わず頷いてしまう清さがあった。

「4、5回、回転寿司でお食事をしたくらいの仲ですがね」
望めばどんな高級店でも入れるミズシマ氏が、回転寿司。
その本気度が、わかろうと言うものだ。

白のタートルネックに浅葱色のカーディガン。
イナガキさんは、美人ではないが、一本芯の通った女性らしさを感じさせる人だった。
声は、女性にしては低い方かもしれない。
ただ、よく通る聞きやすい声質で「Mさんのお噂は、何度か聞いています」と流れるような所作でお辞儀をした。

ミズシマ氏は、私に気を使って、私の好きな「牡蠣釜飯」を頼んだ。
イナガキさんも「私、牡蠣、大好きです」と頷いた。
そして、全員ジョッキで乾杯。

ミズシマ氏とエリさんの出会いを聞いてみた。
昨年の夏にミズシマ氏が住む吉祥寺のマンションの近くにお弁当屋さんができたという。
エリさんは、そこで働いていた。

美味いものを食うのに飽きたミズシマ氏が、ブラリと足を運んだら、薄茶色のエプロン姿のエリさんがいた。
その姿に何かを感じたらしく、ミズシマ氏はほとんど毎日、夕食をそこで買い求めることになった。
足を運ぶうちに顔なじみになったミズシマ氏が、遠慮がちに回転寿司に誘った。

「4回目のアタックですよ」
つまり、4回目に、エリさんはともに食事をすることを了解したらしい。

それいらい、デートはずっと回転寿司。
「たまには違ったものを食べようと言うことになって、今回Mさんを誘ったんですよ。イナガキさんは昔大宮に住んでいたことがあったので、それもいい口実になりましたね」

貧相で頭の禿げかかった中年男。
しかし、裏表のない性格で、実は金持ち。
そんなミズシマ氏の「恋バナ」を聞くのも、悪くはない。
牡蠣も美味かったし、ビールを飲むピッチは進むし。

とてもお似合いとは言えない二人だが、そのぎこちなさが微笑ましい。
たまに見つめあう目が、中学生の恋のように、色が青い。

ただただ微笑んでビールを飲むしかない。

エリさんがトイレに立ったとき、ミズシマ氏が、半泣きのような曖昧な顔をして言った。
「彼女、僕がフリーターだと思っているんですよね。だから、Mさんも、そこんとこヨロシク(矢沢?)」

それを聞いて、私は「ハハハ」と笑った。
呆れるくらい純粋な恋なのだな。
青いぞ、ミズシマ氏。
しかし、その青さは、心地よい青さだ。

帰ってきたエリさんに、居住まいを正したミズシマ氏は「僕は、真剣に職探しをしますので、真剣なお付き合いをお願いします」と、全身に力を込めて頭を下げた。

ミズシマ氏は、私の前で告白することによって、自分の思いを確かめて自分を追い込みたかったのだろう。

面白いね、人間って。
俺、そんなにミズシマ氏と親しく接していたわけではないのに、何で俺が選ばれたんだろうな。
緊張したミズシマ氏の横顔は、ホント少年だな。

そこだけ、時間が止まったような感覚でいたとき、エリさんが両手を胸の前で軽く組んで、微笑んだ。
それは、その場の空気が一瞬で溶けるような、密度の濃い温かい微笑だった。

「じゃあ、次は『和民』にでも、連れて行っていただきましょうか」

その言葉を聞いたとき、ボニー・ピンクの「Water Me」が頭の中を流れたが、それはどうでもいいことだ。

ミズシマ氏は、首振り人形のようにユラユラと頷いて、「ああ、ワタミ、ワタミ」と繰り返して、歓喜の目で私を見た。

私は、一回だけ頷き、ミズシマ氏に向かって親指を立てた。

その後、エリさんに小学三年の娘さんがいることが判明したが、夫とは死別したということで、ミズシマ氏は大きく肩をなでおろした。

ミズシマ氏の釜飯を見ると、8割以上がまだ残っていた。
食事が手につかないほど、緊張していたのだろう。
それに気付いて、慌てて冷えた釜飯をかきこむミズシマ氏。

その姿を、密度の濃い微笑で見つめるエリさん。

失礼な言い方になるが、ミズシマ氏は、女性から見たら決して魅力的な人ではないと思う。
ただ、内に秘めた優しさ、豊かさは、接してみればすぐにわかる。
だから、エリさんには、それが通じたのだろう。

エリさんが、ミズシマ氏の「隠された秘密」を知ったとき、どうなるか。

私は、それを、これから意地悪く見守っていこうと思う。



2010/02/14 AM 08:11:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

やつれた3日間
体調がよくない状態が続いていた。
なぜかは、わからない。

火曜日。
手持ちの仕事はあるが、それほど急ぎというわけではない。
だから、休養に専念しようと思った。

ただ、家にいると何かしら雑音が耳に届く。
「隠れ家に行こう」という結論に達した。

このブログで何度か書いているが、中古OA販売会社のPCのメンテナンスをする代わりに、会社の倉庫を自由に使わせてもらっている。
完全なる倉庫だが、隅のスペースに衝立で仕切られた事務所がある。これが快適なのだ。

販売会社の社長が言う。
「俺の会社は、この倉庫の一角から始まったんだよね。
今はもうここに事務所は必要ないんだけど、最初の苦労を忘れないために、そのままにしてあるんだよ」

そのおかげで、この使われていない事務所には、エアコンもあるし、事務机、ソファもある。
ソファは、ボロに近い状態だが、シーツをかぶせればそれなりに使える。
そこで、一日寝ていようと思ったのだ。

朝、家族を送り出し、ご老人に飯を食わせ、ご老人のためにお昼の弁当を作った。
ご老人はお弁当を見せると、12時はるか前に食ってしまうので、弁当に「12時前に食うと燃えるぞ」という紙を貼っておいた。
このおまじないは、驚くほど利くのだ。

約1.5キロ離れた隠れ家に、自転車で到着。
倉庫内は、年末に大掃除をしたので、比較的綺麗にかたづいている。
バケツに水を張り、家から持ってきた氷を入れ、その中にクリアアサヒの500缶3本をぶち込む。
酒は他に、いいちこが常備してある。
そのときの気分次第で、飲もうかと思う。

食い物は、安い時に買いだめしておいたカップラーメンが10個以上ある。
ハードオフでジャンク品として買った電熱器でお湯を沸かせば、それも食える。
他に、ナビスコのクラッカーも4箱常備してある。
それを食ってもいい。

CDラジカセも置いてあるので、音楽も聴ける。
毛布も家から2枚、変色したやつを持ってきて置いてある。

つまり、隠れ家として申し分ない空間だ。

隠れ家に行くにあたって、中学2年の娘にだけ、居場所を知らせておこうと思った。
紙に居場所を書いて、娘の勉強机の上に置いておいた。

「カク
レガニイクバンメ
シマデニハカ
エルツ
モリダバカオ
ヤジ」


それを読んだ娘に、夜ひとことだけ「バーーカ!」と言われた。

火曜日午前10時15分。
隠れ家に入ってすぐしたことは、寝ること。
音楽はかけず、無音の中で寝た。

底なし沼に落ち込むような不快感を感じて起きたとき、タップリと寝汗をかいていた。
タオルを5枚常備してあるので、それで汗を拭いた。
拭きながら壁にかかった時計を見ると、午前11時20分。
1時間程度しか寝ていなかったことになる。

眠りも浅い。

また横になって目をつぶったが、普段なら簡単に眠れるのに、眠気は襲ってこなかった。
酒を飲めば眠れるかと思ったが、そういう飲み方は好きではない。
酒は、飲みたいときに飲んだほうがいい。
だから、飲まなかった。

音楽も聴く気にならない。
無音で、横になっていた。
眠気が来るのをじっと待つつもりで、目をつぶった。

最低限の灯りしかつけていないから、倉庫内は暗い。
時おり、ジージーという音が聞こえる。
そして、外を走るトラックの音。

空気は、埃っぽい。
自分の吐く息だけが、空気中に増幅して聞こえる。
それをうるさいと感じながら、眠りに落ちた。

また汗をかいて目覚めた。
時刻は、午後3時4分。
3時間、眠っていたようである。

不快感が、足元から背中までネバつくように貼りついている。
心なしか寒気がするようだが、それは気のせいかもしれない。

下っ腹に違和感を感じた途端、大きな屁が出た。
その音は、広い空間に分散して、すぐに消えた。
下っ腹はすっきりしたが、嫌な感じの汗は、まだ背中を伝っていた。

オレ、どうしたんだろう。

そう思いながら、暗い天井を見つめ、眠れないまま2時間を過ごした。

結局、酒も飲まず、朝から何も食わずに家に帰った。

水曜日も隠れ家で過ごした。
時々、浅い眠りに落ち込み、眠れない時は天井の暗い空間を見つめた。
そして、酒を飲まずメシも食わない仙人のような時間を過ごした。

家に帰っても、背中のあたりに不快感が貼りついている感覚があった。
夜メシだけは食ったが、発泡酒は飲まなかった。

寝る前、湯船に浸かったが一時間以上浸かっていたらしく、風呂場の外からヨメに「大丈夫?」と聞かれた。
「大丈夫」と聞かれたら、「大丈夫」と答えるしかない。
たとえ、大丈夫でなくても・・・・・。

木曜日祝日。
子どもたちがいるので、朝メシを作り、昼メシを作った。
そして、午後1時、家を出ようとしたとき、娘に言われた。
「また、隠れ家か?」

そうだ、隠れ家イズ・マイ・ライフ。
そう言ったら、またひとこと「バーーカ!

隠れ家でソファに横になった。
このときは、目をつぶったら、すぐに寝られた。
目が覚めたとき、背中に汗はかいていたが、不快感は小さいものだった。

壁の時計を見ると、午後5時15分。
バケツに浮かべたクリアアサヒを手に取った。
そして、一気に飲む。

細胞にしみわたるクリアなアサヒ。
そして、久しぶりに腹が減った感覚がよみがえった。
ナビスコのクラッカーを6枚立て続けに口の中に放り込んで、2本目のクリアアサヒを飲み干した。

少しだけ、生き返ったような気がした。

家に帰る途中、友だちの家から帰るところの娘と遭遇した。

私の顔を見て、娘が言う。
「ああ、やっと人間らしい顔になったな」

つまり、この数日間の私は、人間らしい顔をしていなかったということか。

「たまには、自分の顔を鏡で見たほうがいいぞ。その顔を見せられる家族の身にもなってみろ!」
そして、呆れたような苦い笑いを作ってさらに言うのだ。

「まるで、やつれた高田純次だな」

やつれた高田純次?

皆さん、想像できますか?

俺は、想像できない。

3日ぶりに自分のブログを開いてみたら、コメント欄が賑わっていた。

ビックリした。




2010/02/12 AM 07:17:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

アドバイスください
前回、体調があまりよくないと書いた。
それは、年を省みず三日間徹夜をしたせいもあるが、我が家を覆う「重い空気」のせいでもある。

自分の体調が悪いだけなら、多少は笑い飛ばせるが、家族がからんでくると・・・・。

重い話。
もし、重い話が嫌いな方は、ここでサヨウナラ・・・・・。


ヨメが、泣いていた。

ご老人と喧嘩をしたらしい。
ご老人とヨメが言い争うのは毎度のことだが、ヨメが泣くのは初めてだ。

理由を聞いてみた。

発端は、ヨメの恩師が亡くなったことだ。
ヨメの恩師が亡くなったのは、先月の30日。
私も、その恩師には、四、五回お会いしたことがあるので、その訃報に触れたときは心が痛んだ。

恩師は、ヨメが小学校低学年の時の担任の女教師だった。

ヨメは、小学校に上がる前に、言葉を失っていた時期があった。
脳に障害があったわけではないので、失語症とは違うようだが、彼女は外でも家庭でも声を出せない状態になった。

そのことは、付き合いはじめてすぐに、ヨメから聞かされた。
(今では、うるさいくらいにしゃべりまくるヨメに、そんな過去があったとは信じがたいことだが)

幼稚園で、男の子に苛められたことが原因だ、とヨメは言っていた。

ただ、ヨメの母親であるご老人は、そのことを信じなかったらしい。
「苛められただけで、言葉が出なくなる? 仮病に決まってるわ」
そう言って毎日、無理矢理ヨメに言葉を発するように強要したという。

人間の脳と感情は、デリケートにできている。
まして、6歳の子どもだ。
強制しても、いい結果は生まれないだろう。
その結果、ヨメは余計に言葉を出す能力を、脳の奥深くに隠しこんでしまったらしい。

ヨメの父親が心配して、何人かの医者に見せたところ、医者の言うことは、ほぼ同じだったという。
「脳に障害がないので、原因を取り除けば、言語は徐々に回復すると思います」

そう言われて、ヨメの父親は、気長に待つことにした。
だが、目の前に、小学校入学という現実が迫っていた。

言葉が出ない娘が、普通に小学校に通えるものだろうか。
ヨメの父親は、今度は役所に相談に行った。
だが、役所は物事を表層的にしか判断できない。

「話せないなら、特殊学級(今は複式学級)に行ってもらいます」
それを聞いたご老人は、「みっともない。世間体が悪い」と言って、ヨメが小学校に行くのを拒んだ。

しかし、義務教育だ。
行かないわけにはいかないだろう。
そこで、教育委員会の人がヨメの家に来て、面接をした。

ヨメは、字は書けたし、数も数えられた。
簡単な文も、問題なく書くことができた。
そのとき、知能は普通以上だと判断されたようである。

「言葉は出なくても、普通学級で問題ないでしょう」
教育委員会の担当者が、ヨメの父親にそう告げたので、父親は安堵した。
「これで、娘を普通に小学校に通わせてやれる」

だが、ご老人だけが、そのことに強硬に反対した。
「話もできない子が、学校に行くのは無理だ。言葉が出るようになるまで、私は絶対に娘を学校に行かせない」

それも一つの親の心情であると言える。
子どもは残酷だから、自分たちとは違う人間を排除するであろうことは、想像できた。
「娘をそんな環境に置きたくない」
それは、ある意味、母親として、当たり前の感情だったかもしれない。

だから、そのことで、ご老人を責めることはできない。

ただ、教育は、等しく子どもに受けさせるべきだというのも真理である。
それは、親の義務であり、社会の義務でもある。
3月末。入学式近くになると、ヨメの小学校の担任が連日のようにヨメの家にやってきて、両親を説得した。

「おたくの娘さんは、ただ声が出ないだけで、他に変わったところはありません。
私が責任を持って受け持ちますので、私にお子さんを預けていただけませんか。
ここで逃げていたら、娘さんはこれから先、背負わなくてもいいものを背負うことになります。
どうか、私にまかせてください」

その熱意に負けて、ヨメの父親は「お願いします」と頭を下げた。

しかし、ご老人は―――――
だめ! いま喋れないものが、そう簡単に喋れるようになるわけがないでしょ。母親の私にできなかったことが、あなたにできるわけがない。だから、娘は家に置きます」と言い張った。

それを聞いていたヨメは、泣きながら「わたしはがっこうにいきたい」と紙に書いて、女教師に示したという。

ヨメは、普通どおり小学校に入学した。

そして、ヨメは、女教師の熱意に応えるように、小学校に上がってから、2ヶ月足らずで言葉を取り戻した。
それは、恩師のおかげである。
だから、ヨメが今日あるのは、恩師のおかげだと、彼女は、それ以来感謝の心を持ち続けている。

1月31日日曜日。
その恩師が亡くなったと聞いて、ヨメは通夜に参列する支度をしていた。

だが、そのとき、ご老人が言わなくてもいいことを言ったのだ。

「アタシは、あんたが喋れない時、無理にでも学校に行かせようとしたんだよね。
それを教師が止めたんだ。あなたの娘さんは普通じゃないんだから、特殊学級に行けって、強く言われたよ。
でもアタシは、そんな教師に頭を下げて、下げて、何度も頭を下げて〜〜。しゃべれないあんたを育てるのに、アタシがどれだけ苦労したことか・・・・・」

子どもに対して、言ってはいけない言葉がいくつかあると思う。
「何でそんな簡単なことができないの! Aさんは、できたのに!」
「お前を育てるために、俺がどれだけ苦労したことか!」など。
その感情論は、人間としてフェアではない。

それを聞いて、ヨメが怒ったのは、無理もないことだと思う。
まして、この場合は、まったく事実と異なるのだから。

「先生との思い出が汚されたような気がして・・・・・」
ヨメが泣く。

あれ以来10日間。
ヨメは、ご老人のそばに、近づこうともしない。

そんな娘を見て、ご老人がつぶやく。
「パート先で、嫌なことでもあったのかねえ。働くところなんかいくらでもあるんだから、辞めちまえばいいのに」

親子なのに、背筋が寒くなるほど、そこには薄く細い糸しか見えない。
その糸は、切れかかってはいても繋がっていて、かろうじて「絆」の形を成しているが、今にも切れそうな危険性をはらんでいる。

一度ご老人に、ヨメが怒っている理由を説明したが「私は、そんなこと言ってない!」と、無表情に怒ったので、説得はあきらめた。

細く危うい糸。
私は結局、その糸の危うい様を、触ることもできず、ただ見ているだけだ。

この二人の関係を、いったい、どうやって修復したらいいのか。

同じような経験のある方。
アドバイスをいただけたら・・・・・。



2010/02/09 AM 07:07:50 | Comment(12) | TrackBack(0) | [日記]

テクニカルノックアウト
白状するが、あまり体調がよくない。

体調を崩した理由は、私の計画性のなさからくる。
まるまる3日間、仕事がなかった日がある。
余裕のある人だったら、それを休養に当てるのだろうが、私は余裕ゼロの人間である。

得意先、知人に片っ端から電話をして、「仕事をくだせえ。仕事がないと、オラァ死にますだ」と頼み込んだ。
その成果もあって、違う種類の仕事を4件手にすることができた(俺って、営業向き?)。

ホームページ、チラシのデザイン、画像の切り抜き362点、そしてライター(火が点くやつではない)の仕事。

貰ったはいいが、どれも納期は短い。
すべてが、一週間以内の仕事だ。

私がメインで使っているMacは、G4/450MHz。
これは化石といっていいほど、優雅に動きやがる機械なのである。
大学一年の息子が使っているウィンドウズのノートパソコンの5分の1程度の速度しかない、まるで大正レトロの機械だ。
だから、能率が悪い。

そして、皆さんも薄々お気づきだとは思うが、私には才能も仕事の処理能力もない(キッパリ)。
一週間で、4件の仕事。
才能に溢れたお方は、絶対に徹夜などはしない。

頭の中で、自分の処理能力を見事に計算しつつ、効率的な仕事をなさる。

しかし、才能をデスクトップのゴミ箱に捨てた人間は、4件の仕事をこなすには、徹夜をするしかないのである。
今週の木曜日、金曜日と土曜日。
仕事が大詰めに来たので、朝5時まで仕事をした。
しかし、私の場合は家事も同時にこなすのである。

そんなもの、ヨメさんにさせればいいだろうという、当たり前のご意見は、とりあえず無視する。

だって、家事をしていないと、俺がオレでなくなるような気がするんですよ。
オレは、変人ですから。

金曜日の朝は、徹夜明けの澱んだ頭脳を意識しつつ、家族の朝メシを作った。
そして、ヨメ、息子、娘を送り出し、ご老人がメシを食い薬を飲む様子を監視しながら、自分はおにぎりを一個頬張る(ツナマヨ)。

そのあと、仕事にかかろうとすると、ご老人が廊下に粗相をする。
それを、雑巾と両手に持ったファブリーズで除菌しながら、廊下の景色をレマン湖のほとりのような清浄な空気に変換する。

ご老人が我が家に来てから、ファブリーズの消費量が半端ではない。
メーカーの方、お願いいたします。
いくらでも宣伝いたしますので、ファブリーズ一年分を、ただでいただけないでしょうか。
本当に、ハンパねえんですよ。
ファブリーズの消費量。

このままでは、我が家はファブリーズ破産をしてしまうかもしれません。

両手に持ったファブリーズを仕事場の床において、また仕事を始める(雑巾は洗濯機に放り込み、すぐにお洗濯)。
残ったのは、花の画像の切り抜き、約200点と文章書き。
目がチカチカする。
そして、イライラする。
あーあ、めんどくせえ!

昼メシまえ、ご老人が私に、廊下から声をかける。
「ムコさんよう。今日のお昼は、力(チカラ)うどんが食べたいんだけど」

しかし、力うどんには、餅が入っている。
ご老人の歳では、餅は危険物だ。それは、やめたほうがよろしい。

「じゃあ、餅の入っていない力うどんを作っておくれ」
はいはい(古典的な漫才ですな)。

そして、夜。
晩メシを作っていたら、部活から帰った娘がキッチンに顔を出した。
「おい、今日の夜メシは何だ?」

鮭のムニエルとラタトューユだ。
「あちゃぁ! 今日の給食はラタトューユだったぜ」

本当か。じゃあ、君のだけシチューにするか。
「ウッソー! 給食にそんなの出るわけないだろ! バーーーーーカ!

おバカな私・・・・・。

そして、仕事が一段落した午後11時55分。
風呂に浸かっていた。

そのとき、ご老人の声が聞こえた。
「ムコさんよう」
はい。

「あたしゃ、睡眠薬飲んだかねえ」
さあ・・・・・。
「ああ、思い出した! 飲んだ飲んだ。でも、ちっとも眠くならないんだけどねえ」
いつ飲みましたか。
「今だよ」
じゃあ、もう少し待ちましょうか。
(またまた古典的な漫才ですな)

そんな馬鹿馬鹿しい一日を終えて、一時間ほどの仮眠。
全身が痺れるような奇妙な感覚の睡眠を終えて、気だるい朝を迎えた。

そして、土曜朝早く、桶川の得意先・フクシマさんから電話。
「あけましておめでとうございます」

なんだって?
「だって、Mさんと話をするの、今年初めてですよ。だから新年のご挨拶を」
相変わらず、おバカなフクシマさん。

「急ぎの仕事があるんですけど」
なに! 急ぎの仕事だって? 何でこのクソ忙しいときに!
(たじろぎながら)「い、いらないんですかぁ?」

いただきます。
ただ、フクシマ様。ワタクシ、忙しいのでございます。ホントに忙しいのでございます。
「ああ、じゃあ、Mさんちの近所のガストで打ち合わせってことで」

それと、フクシマ様。ワタクシ、朝から何も食べていないのでございます。
「ああ、俺にピザをおごれと?」

はい。しかし、フクシマ様。ピザを食べている間に、のどが渇いたら、いかがいたしましょうか。
「ああ、ビールですね。了解です!」

ガストでフクシマさんと密会。
フクシマさんは、私の顔を見るなり言った。

「Mさん、顔が白いですね」

なにぃ! あなたに私の「顔がひどい」と言われる筋合いはない!

「いやいや、『ひどい』ではなく『し・ろ・い』。顔色のことですよ」

フクシマさん。今まで隠していましたが、私は白人だったのです。

・・・・・・・・・・。

という恒例の挨拶を1分30秒で終えて、料理の注文に20秒。仕事の打ち合わせに10分。ピザとビールをかっ食らう時間、3分20秒。
しめて15分10秒の時間を消費したあと、私はフクシマさんを置いて、ガストを後にした。

土曜日は息子と娘がいるので、作って冷凍しておいたチヂミを昼メシとして食わせた。
ご老人のリクエストは、カツ丼。しかし、当然のことながら無視。五目いなりを高速で作って出した。

あとは、仕事、仕事、仕事。
夕飯は、ビーフシチューwithフランスパンとしゃきしゃきレタスのサラダ。
ご老人は、別メニュー。
懐石料理と間違うくらい、素晴らしい料理をテーブルに並べたが、ひとこと「味が薄い」(減塩醤油をドバドバドバとかけやがった)。

ケッ!

また、仕事、仕事、仕事。
夜は、作業している最中に気分が悪くなって、失神すること数回。
しかし、そのたびにカウントエイトで立ち上がって、ノックアウトは、かろうじて免れた。

ただ、熟練のレフェリーなら、確実にテクニカルノックアウトを宣告したかもしれない。
それほど、ダウン寸前の状態だった。

仕事の目途が96パーセントついた日曜午前4時。
気合を入れるために、風呂に浸かった。
そして、気合を入れるために、東京事変の「修羅場」「群青日和」「ミラーボール」「OSCA」「スーパースター」を防水ラジカセで流した。

気合が、入った。

まさか椎名林檎様も、自分の歌で気合を入れる人がいるなんて、想像しなかったに違いない。

日曜日午前4時35分。
気合が入ったまま、Macの前に座り、友人から貰った黒糖梅酒をストレートで飲んだ。
飲んだあとで、少しだけ目をつぶった。

目を開けたら、時計は、午前6時5分(つまり、つい先ほど)を表示していた。

1時間半も、寝てしまったようだ。

テクニカルノックアウト!

テンカウントのゴングを聞きながら、私はブログを書いている。



あーあ、体調が悪い。



2010/02/07 AM 08:41:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

もうメンテナンスはしない
鍵を預かっている会社が4社あった。
それが、今年になって2社に減った。

内訳を言うと―――――
パソコンのメンテナンスをする代わりに、倉庫を利用させてもらっている中古OA販売会社。
私が設置したので、私とほぼ同じMac環境を持つ鴻巣市の同業者。
パソコンのメンテナンスをする代わりに、高速のカラーレーザプリンタを使わせてもらっている印刷会社A社。
同じくメンテナンスをする代わりに、カラーレーザと大型インクジェットプリンタを使わせてもらっている印刷会社B社。

年初のご挨拶に行ったとき、印刷会社A社・B社から、まったく同じことを言われた。
「悪いんだけど、うちも大変だからさ。今まで無料にしていたプリンタの出力を有料にしたいんだけどね」

「悪いんだけど」と言いながら、顔は少しもそうは見えない。
そう提案されたので、私のほうも、当たり前のことを言ってみた。

じゃあ、私のほうもメンテナンス料をいただいてもよろしいでしょうか。

ところが、「どうして?」と、社長が言葉を返してきた。

どうして?
それはこちらが聞きたい。
こっちが金を払うばっかりで、ただ働きを強要するのは、それはヤクザさんと同じ行為ではないか。

いいですか、社長さんがた。
私がメンテナンスをしていないレーザプリンタやフィルム出力機、大型インクジェットプリンタ、印刷機は、頻繁に故障して修理を頼んでいる。
それに対しては、あなたたちは、修理の対価を支払っているはずだ。

それに比べて、私がメンテナンスをしているパソコンは、私があなたの会社に出入りをするようになってから、(10年近く)一度も壊れていない。
これは、偶然そうなったと思っていますか。たまたま運がよくて、故障しなかった、と。

印刷会社B社には、去年も同じようなことを言われて、私は気分を害したことがある(コチラ)。

私が、印刷会社A社・B社のレーザープリンタを使う枚数は、年間でせいぜい300枚程度だ。
1枚あたりの単価は、かなり高く見積もっても100円。つまり、年間で3万円。
それは、私としては、「超」がつくほど格安なメンテナンス料だと思っているのだが。

二人の社長に共通した性格は、お人よしであるということ(商売が下手)。
そして、困ったことに、思い込みが激しくて、自分の感性だけが、すべての判断の基準だというのも共通している。
つまり、物事を客観的に見ることができない。

さらに、パソコンに対して、強烈な苦手意識を持っていて、それが劣等感になっている。
その劣等感の裏返しで、パソコンを軽んじる傾向が強い。
「パソコンなんて」という思い込みが強いから、こちらがパソコンの説明をしても、それに対して意味のない反撥をするのだ。

「パソコンは、おかしいよねぇ。
何で、もっと使う側の身になって作れないのかねぇ。
これは、メーカーの横暴だよ」

何度説明しても、パソコンとOS、メモリ、ハードディスク、ソフトの区別がつかない。
私がメンテナンスをしているところを見ても、彼らは何も感じない。
「何やってんの? それは何か意味があるの?」と聞かれたことがある。

人間の健康診断と同じですよ、という説明をしても、「うちのテレビは15年前に買ったものだけど、一度も修理に出したことないよ。冷蔵庫も10年間壊れてないなあ。メンテナンスなんか必要なのかな?」と、ピントのずれたことを言う。

じゃあ、社長の同級生は、色々なタイプの人がいると思いますが、みんな元気で病気もしたことはないんですね。
皆さん健康診断をしたことはないんですね。
元気でピンピンしていて、医者いらず薬いらずなんですね。

「いや、それとこれとは話が別だからね」

そうですよ。話が別です。
だから、テレビとパソコンも別です。
テレビ、冷蔵庫などの家電とパソコンを比較しても意味はないんですよ。
まったく別物なんですから。

「そうかなあ。何か誤魔化されたような気がするなあ」

「どっちにしても、うちの経営状態からして、プリンタをボランティアするわけにはいかないなあ(おかしな日本語)」

めんどくさくなった。

だから、「ああ、じゃあ、メンテナンスはもうやめましょう。会社の鍵もお返ししますので、これからは、故障したら業者に頼んでください」と私は言って、頭を下げ会社を後にした。

これで、中小企業のオヤジのお守りとメンテナンスに割いていた時間を、他に活用することができるようになった。
その分、私は時間を有意義に使える。
これは、私にとって、おそらくプラスになったと思う。
カラーレーザでの出力は、自宅のカラーレーザでも事足りる。
時間は倍以上かかるが、無知な社長のお相手をするストレスからは、確実に逃れられた。

しかし、メンテナンス解除から一ヶ月近くたった、昨日の朝早く、B社の社長から電話がかかってきた。
「パソコンが一台起動しないんだけど。それに、パソコンの画面にサーバのマーク(アイコン?)が出てこないってオペレーターが言ってるんだけど、どうしたんだろ?」

さあ、どうなんでしょうか。
業者に修理を頼めば、すぐに直してくれますよ。

それに対して、社長が言う。
「だって、業者に頼んだら、金とられるだろ?」

なんだ、その言い草!

俺も、もちろん修理代いただきますよ(またただ働きさせる気かよ!)。

「Mさん、そんなこと言わないでさ。長い付き合いなんだから・・・・・」
さらに、他にもグダグダと言いつのりそうになったので、私は相手が言葉を繋ぐ前に早口で言った。

申し訳ありません。
忙しいので、失礼します。


まったく・・・・・・・。


バーーーーーーーーーーカ!
(不適切な発言があったことをお詫びいたします)



2010/02/05 AM 06:54:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ドタキャン確率5%の男
ドタキャン確率5%。
消費税並み。

以前のブログで、非常識なドタキャンをされたと書いた。
そのことを書こうと思う。

8日前に、電話で仕事の打ち合わせ時間を決めた。
金曜日午後2時。
それは、お互い了承のうえで決めた時間だった。

ただ、嫌な予感はした。
その担当者は、メールのレスポンスが、いつも遅い人だった。
こちらが、メールで修正箇所を送っても、いつも反応が遅れる。

5日以上待たされることがあった。
こちらは、反応がないのは「何かトラブルでも」と気を揉みながら待っているのだが、答えは決まって「すみませんねえ、忙しかったもんで」。
5日以上ほったらかしにされて、作業が止まっていたのだ。

そのくせ、校了間際になると、途端にせかされる。
午後3時過ぎに修正原稿を出して、夕方までに修正して欲しい、という無茶な要求を平気でするのだ。

「納期優先ですからね。他の仕事は後回しでお願いしますよ」
自分が、仕事を止めていたことなど、完全に忘れている。

こちらが無理です、と言うと、「納期に間に合わないよ」と、自分の都合だけを主張する。
そんなことが、毎回とは言わないが、頻繁にある。

いるんじゃないですかね、どこの世界にも、こんな人。
「俺だけが、特別」

打ち合わせ時間の20分前。
得意先の最寄り駅に着いた途端、iPhoneが震えた。
通話ボタンを押すと、担当者の間延びした声が聞こえた。

「宅急便が、まだ届かないんですよ。なんか、手違いがあったみたいでぇ〜」

宅急便?
いきなり、そんなことを言われても、私には意味がわかりませんが。

「一週間前から頼んでいた資料が、まだ届かないんですよ。あれがないと、オレ、説明できないしぃ〜」

8日間も余裕があったのに、資料を揃えられない?
で・・・・・、納期は、いつなんでしょうか?

「できるだけ早く」

具体性のない話は、時間の無駄。
で・・・、宅急便は、いつ届くんですか。

「今、相手に確認をしているところですけど、今日は、無理かなあ・・・」

それがないと、本当に打ち合わせはできないんですか。

「できないですよ。重要なものだからねえ」

重要なものなら、打ち合わせ日時の前に揃えるのが、世間の常識。
もう、会社のそばまで来ているんですが。

「でも、資料がないとねェ〜」

つまり、今日の打ち合わせは、キャンセルすると?

「悪いですねえ、ホントに悪いねぇ〜」
ことばで言うほど、悪びれた様子もない。

会社まで、あと550メートル。
まるで大きな壁にぶち当たったような、そんな虚無感。

俺は、この憤りを誰にぶつければいい?

とりあえず、冷静にならなければいけない。
次の打ち合わせ時間は、いつにいたしましょうか。

「宅急便が届いてからですかねぇ〜」

それなら、最初に宅急便待ちだと言っていただいた方が、わかりやすかったですね。

「まあね。でも、こんなに遅れるなんて、オレ、知らなかったから。申し訳ないよねぇ〜」

それで、いつ届くんですか。今日は、絶対に届かないんですか。

それに対して、相手はキッパリとこう言う。
「問い合わせはしてみたけど、よくわからないんだ。ホーントに悪いんだけど・・・」

話が、噛み合わない。
私が、おかしいのだろうか。
こんなことで怒る方が、間違いなのだろうか。

混乱してきた。

つまり、今日の打ち合わせは本当にない、と判断してよろしいのですね。

「まあ、そうなりますよねぇ〜」
当たり前のように、断定された。

脳みそは、大混乱。
小さな怒りが渦を巻く。

「また、連絡するから」
話を断ち切るように、そんな横柄な口調で言われたら、混乱した頭には、その言葉は、爆発の起爆剤にしかならない。

お断りします!

あ〜あ、言っちまったよぉ〜。

このご時世。仕事を出す人は、神様同然なのに、一時の感情で、なんてことを言ってしまったんだ、俺は!

激しく自己嫌悪。

しかし、救いの神は、いたようだ。
いつのまにか、電話の相手が、代わっていた。

「こちらの不手際で、Mさんには大変ご迷惑をおかけします。
原稿が届き次第ご連絡しますので、ぜひMさんに仕事をお願いしたいのですが」
渋いトーンの、説得力ある大人の声。
T課長ですね。

恐縮です。
はい! もちろんお願いいたします。
どんな急ぎの仕事でも、お受けいたします。

帰りの地下鉄を待ちながら、安堵のため息を何度も漏らす、ドタキャン確率5%の男。

地下鉄は、それなりに混んでいた。
思わず、しゃがみ込みそうになるくらい疲れた私の姿を見かねて、若い娘が席を譲ろうとした。

いや、大丈夫ですから。
強く拒んだが、若い娘は無理矢理私の手を取って、私を座席に座らせた。
そんなに憔悴して見えたのか、オレ。

若い娘のご厚意は、嬉しくもあり、哀しくもあり。

座席に座っても、顔を上げることができなかった。

そして、乗り過ごしてしまったんですな。
二駅の乗り過ごし。

無駄な一日だったような・・・。



バーーーーーーーーカ!



2010/02/04 AM 07:04:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

たらは嫌いだ
「〜したらよかった」「〜していたら、今ごろは」

ヨメの会話の49パーセントは、「たら」がついている。
ヨメの愚痴。
いま大学一年の息子に対して、「中学のとき、もっと勉強させていたら、もっといい高校に入れた」「高校一年から本気で受験勉強していたら、もっといい大学に入れた」と何度も繰り返し言われる。

息子は、いま三流以下の大学に通っていますが、それもいいんじゃないですかね。
何を基準にして「一流大学」というのか、私にはわからない。
世間で言うところの一流大学に入れば、幸せなキャンパスライフ、幸せな人生が送れるというわけでもない。

それは、個人個人の心の持ちようではないだろうか。
私がそう言うと、ヨメは「一流大学に入っておけば、何とでもなるの」と力む。

何とでもなる?
いったい、どうなるというのだろうか。

「就職とか、将来設計とか・・・」

まあ、それは一般的な考え方でしょうね。
ようするに、それはブランド志向、ブランド信仰に近い考え方だ。

「いいえ! それが現実です!」

では、現実問題を一つ定義します。
10年前、息子の勉強嫌いを何とか克服しようと、学習教材の営業マンに言いくるめられて、数十万円もする最先端の教材を買ったことがある。
息子は、その教材を見向きもしなかった。活用しなかった。

もしも、あの教材費用にお金を費やさなかったら、我が家は困窮して車を売ることはなかったのではないだろうか(ヨメの息子を思う気持ちに免じて、私は今まで何も言わなかったが)。

「・・・・・・・」

その教材は、中学2年の娘の学習に役立てようと思ったが、娘は授業を聞いただけで理解できる優秀な頭脳を持っていた(えげつない娘自慢)ので、それはクローゼットの奥深く今も格納されている。

ヨメが黙ったので、勝ち誇った顔を作って、私は言った。

息子の通っている大学は、確かに偏差値は低い。
しかし、彼は、いつも微笑みを絶やさず、人に優しい。そして、嘘をつくことができず、他人を疑うことをしない。

その性格は、人間としての偏差値の高さを表してはいないだろうか。

たとえば「ライヤーゲーム」の主人公・神崎直ちゃんは、純粋な心を持っていて人を疑うことを知らない。
彼女は、最初は人々に馬鹿にされながらも、徐々に人の心に影響を植え付け、純粋な「人間力」でまわりを幸せにしていく。

我が息子も、直ちゃんと同じ性格を持っている、と私は思っている。
それは、誇るべきことだ。

しかし、ヨメは、強く否定する。
「あんなのドラマだから成り立つのよ! 現実は、ただ利用されて痛い思いをするだけだわ! きれいごとよ!」

でも、人間としての偏差値は、相当に・・・・・。

「誰がその偏差値を認めてくれるの? 証明書でも出してくれるの?」

あらあら、何と表層的なご意見・・・・・。

「〜だったら」「〜していたら」というのも、相当非現実的な話だが、それには目をつぶって、実の息子に対して凶器のような悲観論をぶつけるのですね。
テストの偏差値だけが大手をふるって、それが決定的な「人間価値」を測る尺度になるという社会は、どこか歪んでませんかね。

「だから、それが現実なの! 現実は厳しいのよ」

しかし、現実を直視するなら、「〜だったら」「〜していたら」という考えは、成り立たないと思うのですが・・・。
「たら」を何度言っても、現実は、現実方向にしか向かないものである。

「たら」なんて、ないんだ。
すべてのことは、「いま」が現実なのだ。
両手を握り締め、力説したが、ヨメは花の雑誌を開いていて、もうその話題には、触れようとしなかった。

哀しいことだが、それも現実・・・・・。


昨日、大学時代の友人・ノナカが仙台から埼玉に出てきた。

ノナカは、仙台で塾を経営している。
そして、彼はミニパソコン塾なるものを考え、仙台と東京で実験的に2店舗を展開するという挑戦の真っ只中にいた。

店舗を展開するに当たって、ノナカが資金を募ったので、激しく赤面しながら、私は5万円を差し出した。
この時点で、私の人間の小ささが露呈した。
たった5万円の資金提供など、普通は恥ずかしくて出せない。
明らかにケタが一つ違う。

これを書いている今も、私は激しく赤面している。

この程度の資金提供だったら、しない方がよかったのでは・・・・・。

しかし、「いやあ、お前のおかげだよ」とヘチマ顔のノナカが、最近出っ張ってきた腹を押し出しながら言う。
近所のガストで久しぶりに会ったノナカの顔は、膨張したCGのようなヘチマ顔になっていた。

俺は何もしてねえぞ! 嫌みか!

私が睨むと、ノナカは両手を顔の前で大きく振って、「いや、お前のアドバイスがあったから、事業がいいスタートを切れたんだよ」と口を尖らせて言った。

へっ! アドバイスだぁ! ようするに、俺には金のかからないアドバイスしかできないってことなのか!
悪かったな、金のかからないことしかできなくて!

「まあ、あれだ。まずビールを飲んで、お前の好きなピザでもつまもうじゃないか」
私の言いがかりを持て余し気味に、ノナカは、いつもより低い声で、私の顔を覗き込むようにして言った。

これも久しぶりに会った友だちとの儀式のようなものだ。
つまらない言葉のやり取りが、会えなかった時間を埋める役割をする。

「いきなりなんだけどさあ!」
とヘチマが、直視したくない不愉快な顔をクローズアップさせて言った。
そして、続ける。
「なんと!」
ここで、声を大きく張り上げた。

嫌な予感がした。
この声のトーンは、あまりいい内容ではない、と私は名探偵沢崎(知る人ぞ知る)ばりに推理して、ヘチマの話を遮ろうとした。
だが、ヘチマの顔が35センチ先に迫ってきたので、つい笑ってしまい、その機を私は逃した。

「クミコに会ったんだよ。2日前のホヤホヤだ」(クミコに関しては以前こんなことを書いた)
嫌な予感が当たって、私は横を向いた。
ここで席を立たないと、またつまらない話を蒸し返される。

舌打ちをして、立ち上がる準備をした。
しかし、ノナカは「逃げるのかよ」と、私を指さした。

逃げるよ。
どうせ、「たら」の話だろ?

「何だ? 『たらの話』って」

あの時、ああしていたら〜、こうしていたら〜、の「たら」だよ。

私がそう言うと、ノナカは訳知り顔でうなずいて、「まあ、俺にとっては楽しいかな」と、私をもう一度指さした。
さらに、「だって、お前をいじめられる材料は、それしかないからな」と、私に向けた人差し指を回しながら笑った。

そのノナカの態度に、私は大きく舌打ちを返したが、ノナカは悠然とした笑いをつくって、私を見つめた。
そして、言う。
「相手の弱点を攻めるのは、勝負の鉄則だ」

お前と勝負している気は、俺にはないよ。

「つまり、最初から逃げているわけだ」
しつこい男だ。

わかったよ。「たらの話」続けろよ。

勝ち誇ったような、ノナカの顔。
「お前のPCのアドレスに、クミコの近況写真を送っておくから、こっそり見てみるんだな。夜中に、こっそりと見てみな。泣きたくなるか、懐かしく思うかはお前の勝手だ」

その後、ノナカが仙台の塾の話をしたが、私はほとんど上の空だった。
心の中で、舌打ちを繰り返したが、20回数えたところでやめた。
ノナカが奢ってくれるビールの味は、ほろ苦くて、吐く息が重くなったような気がした。

「メールを楽しみに、な!」
得意気なノナカの顔に背を向けて、私は自転車にまたがった。

そして、昨日の夜、確かめてみたら、確かにノナカから5点の画像が送られてきていた。
しかし、私は躊躇することなく、その画像をゴミ箱に捨てた。(多少、マウスを持つ指が震えたことは、白状する)

ヘチマ。
言っただろう。
俺は「たら」は、嫌いなんだよ。

バーーーーーーカ!



2010/02/02 AM 07:06:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]



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