Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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結婚記念日が3回
仕事の打ち合わせをドタキャンされた(少しばかり非常識な対応をされたので、それに関してはいつか実名入りで書こうと思う)。

丸一日ヒマになったので、仕事場のウィンドウズで「We are the world」のメイキング映像を見ていた。
みんな若い。
いつまでも熱い男ブルース・スプリングスティーン、コケティッシュなシンディ・ローパー、ニューヨークが似合うビリー・ジョエル、大御所ボブ・ディラン、どこへ行ったヒューイ・ルイス、首振りスティーヴィー・ワンダー、お騒がせジョージ・マイケル。
そして、MJ。

このときのMJは、輝いていたな。
「This is it」見たくなりましたよ。

そんな感慨に耽っていた時、ヨメが仕事場に顔を出した。

「ねえ、うちって、メリハリがないわよねえ」

なんだ、突然。
メリハリ? ん?

聞いてみると、我が家には、節目節目のイベントが少ないとボヤクのだ。
確かに、思いあたることは少々だが、ある。

年越しに、年越しそばを食うこともしない。
もちろん、年明けうどんも食わない。
ただ、新年のカウントダウンは、私とヨメはビール、息子たちはシャンパンもどきで乾杯する。
私は、これは立派なイベントだと思うのだが・・・。

正月は雑煮もお節も作らない。食わない(人の家にお邪魔したときは食う)。
ただ、ここ数年元旦には手作りのピザを食っている。これはお節と判断してもいいのではないだろうか。何も和食だけがお節ではない。

我が家のご老人は、伝統を重んじる日本古来の風習の中で生きているので、彼女にだけ小さなお重にお節を盛り合わせ、雑煮は餅は危ないので、鱧のすり身を使ったお吸い物をつけた。
それだけで、ご老人は満足する。

初詣も行かない。

正月らしい行事といえば、子どもたちのお年玉くらいか。

節分もしない。
一度、ヨメが恵方巻きという、馬鹿げた陰謀に身を任せようとしたが、私は断固拒否した。
マイナーな風習を無理矢理メジャーに仕立て上げ、金儲けしようという企みに加担するのは嫌だ。

バレンタインデーは、ヨメとつきあい始めて一年目二年目まではお付き合いしたが、「馬鹿げてないか」と私が提案して、三年目からはやめた。
当然のことながら、ホワイトデーというオマケのこじ付け行事もやめた。

雛祭り、こどもの日は、はるか彼方の風習だ。
それなりに値の張った雛人形、武者人形は持っているが、出すと仕舞わなければいけないので、出すことはしない。
私は、極度の面倒くさがりなのです。
人形は、虫干しをしなくてはいけないらしいが、防虫剤を毎年変えるだけで済ませている。

七夕もしない。
最近では、これはしない家庭のほうが多いかもしれないが。

夏の風物詩、花火大会は、我々夫婦は揃って好きだが、大学一年の息子が音がうるさいと言って嫌い、中学二年の娘は人込みが鬱陶しいといって嫌うので、10年以上行ったことがない。

クリスマスだけは、子どもたちメインのイベントとして、存在する。

ヨメとの間では、つきあって一年目は、ディナーショーなどに出かけて頑張ったが、翌年からはしなくなった。

クリスマスイブに、なんで恋人たちが愛を確かめ合わなければいけない?
クリスチャンたちも、そんなことをしているのだろうか。
クリスマスを豪華に過ごすのは、世界の常識なのだろうか。
みんなは、それを変だとは思わないのだろうか。

クリスマスは、ただのクリスマスで、恋人たちとは何の関連性もないと私は思うんだが・・・。

しかし、これに子どもがからむと、突然サンタさんが出現してくる。
夢の世界になるのである。

子どもたちの夢を壊してはいけないので、とりあえず私も真剣になる。
クリスマスケーキを作り、プレゼントを用意する。
それなりに手の込んだ料理も食卓に出す。

メリークリスマス!

誕生日も、それなりに祝う。
ケーキを作って、プレゼントも買う。
主役の好きな料理を用意して、誕生日らしい雰囲気を作る。

ハッピーバースデイ!

ただ、私の誕生日は、断固拒否する。
私が生まれたことによって地球上の空気は確実に汚染されたから、それは祝っていいことではない。
だから、「私の誕生日のことは、忘れろ」と、家族には言ってある。
それは、ここ10年ほど、忠実に守られている。

ようするに、子どもがらみのイベントは、我が家でも人並みにしているということだ。
だから、メリハリがないとは、私は思っていない。

しかし、ヨメは、「メリハリがない」とご不満である。

そこで、言ってみた。
「俺たちは、3回の結婚記念日を持っている」

「ああ」と、宙を見上げて、ヨメが思考を停止させる。
思い出したようである。

我々夫婦には、記念日が3つある。

駆け落ちした日(なんと古典的!)。
婚姻届を出した日(実際に夫婦になった日)。
友だちを呼んで披露パーティを開いた日(みんなに認めてもらった日)。

5月31日。
6月12日。
10月29日。

毎年、その日にはワインで乾杯するようにしている。

「でも、ワインで乾杯するだけだわ」と、ヨメ。

しかし、千円のワインだぞ。
たまに飲むワインより、702円も高いではないか。

「それは、そうだけど」
ヨメは、不満そうである。

では、一体どうすればいいというのだ?

・・・・・・・・・・・。

まあ、それは、今年の宿題ということにしときましょうか。



2010/01/31 AM 08:10:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

からんでないが美味い
懇意にさせていただいている中古OA会社の社長から、久しぶりに電話があった。

その中古OA会社の社内のパソコンのメンテナンスをする代わりに、この会社の倉庫を隠れ家として使わせてもらっている。
つまり、私と社長は、貸し借りなしのヒフティヒフティの間柄である。
だから、好き勝手なことが言える。

前回、彼の弟が屋台のラーメン屋を始めたことを書いた(コチラ)。
彼の弟の作るラーメンは、商売として出すにはお粗末な味なので、私はそのことをはっきりと言った。
それ以来の、社長との会話である。

「Mさん、弟があれから味を工夫しましてね。頑張ったんですよ。俺は、そこそこいけるんじゃないかと思うんですが、時間があったら、ちょっと味見してもらってご意見を伺いたいんですが」
そして、「リベンジ、アゲイン!」という意味不明の単語を叫んだ。

まあ、暇なデザイナーですから、いいですよ。

弟さんは、すぐ近くまで来ていて、団地の通りの駐車可能な場所に屋台を停めてスタンバイしているというので、中学2年の娘と二人で顔を出した。
娘は、屋台のラーメンは見たことがあるが、食うのは初めてだ。

「おお、これが屋台ってもんか。なんか、いいな。日本文化を感じるな」
最近、日本の古い文化に興味を持ちだした娘は、軽トラックの屋台を360度ぐるりと回って、その佇まいを観察した。
そして、感嘆の声とともに言う。
「年季が入っていて、いいな。文化の香りがするな」

社長の弟と挨拶を交わした。
緊張した面持ちの弟は、しきりにまばたきを繰り返していた。

「しょうゆでいいですか」と聞かれたので、娘と二人「ショーユーこと」(by村上ショージ)と答えた。
弟は、笑ってくれなかった。
それどころではなかったのか、あるいは、ただ我々がスベっただけなのか。
それとも、村上ショージのギャグが根本的につまらないからか。

弟がラーメンを作る手つきは、半年前より格段に進歩していて、プロの技を感じさせた。
手際もいい。
白い鉢巻と白い前掛け、スープのいい香り、鮮やかな麺さばき。

屋台だねえ。文化だねえ。
娘と二人、心沸き立つ思いで、ラーメンが出来上がるのを待った。
この待つ時間も、食い物には重要なんですよね。

牛丼ください。ツユだくで。
「はい! どうぞ!」
わずか19秒でカウンターに出されても、ありがたみが感じられませんよ。
200メートル競走じゃないんですから。

4分59秒後。鼻腔をくすぐる湯気を伴った丼が、我々の前に置かれた。
海苔と葱、メンマ、チャーシュー。
娘は、豚をこよなく愛しているので、チャーシューは可哀想で食えない。
だから、娘のチャーシューを私の器に移動した。

チャーシューをひと口食べてみる。
悪くない。特別味付けがいいわけではないが、軽く噛んだだけで溶けていく感触がいい。

麺を箸でつまんでみる。
前より太い麺を使っているようだ。
歯ごたえは悪くない。茹で加減が丁度いいようだ。

スープを飲んでみる。
淡白な味だが、旨みが口の中に広がってくる。出汁の調和が取れているということだろう。

ただ、全体の味は、何か物足りない。
太い麺にスープが絡んでいないように思われた。

目線を上げると、裁判の審判を待つような深刻な顔で、社長の弟が私たちの顔を見つめていた。
そして、長椅子の一番端に座った社長が、「どうですか」と身を乗り出すようにして、私たちの顔を覗き込んだ。
その顔は、鼻の穴が大きく広がっていて、カバさんに見えた。

カバさんは、ラーメンを食っていない。
第三者の意見を冷静に聞こうということなのだろう。

ふた口、三口、四口。
麺をすすり、チャーシューを噛む。葱を絡め、スープを絡ませて五口目を食う。

見上げると、社長の弟の鼻の穴も広がっていて、カバさん2号になっていた。
焦らすわけではないが、全部食わなければ、採点はできない。
五口食っただけでリアクションできるほど、私は芸を磨いてはいない。

最初は淡白だったと思っていたスープが、後半は少し濃く感じてきた。
麺もふやけずに、コシを保っている。
チャーシューは、大きな自己主張をせず、自分のポジションをわきまえているようだ。

ただ、スープが麺に絡まない現象は続いている。
何故なんだろう、と思ったが、その答えを出すのは私の仕事ではない。
だから、すべて食べ終えた後で「スープが麺に絡んでいませんね」と、正直に言った。

その言葉を聞いて、カバさん2号は、「ああ」と天を見上げた。
そして、大きな鼻から激しく息を吐いた。

横からカバさん1号が、「やっぱりね」と言った。
「美味いとは思ったけど、何か足りないと思ってたんだよ。そうか、絡んでなかったか」
それを聞いて、カバさん2号は、おでこに右手を当てて上を向いたまま、また大きく鼻息を漏らした。

でも、前回に比べたら、格段の進歩だ。
これは、褒め言葉にはなっていないかもしれないが、もっと不味いラーメンを出す店は、たくさんある。
ラーメン屋としての偏差値は、確実に50を超えている。
ただ、偏差値60を求める人には、不満な味だということだ。

偏差値60を目指さなければ、別にこれでもいいんじゃないか。

何となく場の空気が固まりかけてきた時、時間差で食べ終わった娘が、声を張り上げて言った。
「ああ、美味かったよ。アタシは好きだな。このラーメン」

それを聞いて、カバさん2号が、「ウォッ!」と言って後ろにのけぞるリアクション芸を見せた。
次にカバさん1号が、急に立ち上がって、芸のないガッツポーズをした後で、両手で娘の肩を軽く掴んだ。
娘は、「何じゃ、このオヤジ、キモイな」という顔をして、私に助けを求めた。
私は、やんわりとカバさん1号の指を、娘の肩から剥がした。

美味かったか。そうか。絡んでないと思ったのは、パパの気のせいだったか。
まあ、偏差値50でも、いい大学はたくさんあるからな(?)。

「いや、スープは確かに絡んでなかった。でもな・・・、それでも、美味かったぞ」

ん? 絡んでいないが、美味かった?
そんなことがあるのか。

「ん? ????? え?」

カバさん1号と、カバさん2号が、難しい宿題を出された小学生のような顔で、お互い顔を見合わせていた。




2010/01/30 AM 07:56:39 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

請求書トラブル?
請求書の扱いは難しいものですね、というお話。

当然のことだが、取引先によって請求書の締め日が違う。
もちろん、それを把握して、締め日の前に請求書を送る。
ただ、それでもトラブルがあったことが何回かある。

郵便事故というやつだ。
今は倒産してしまった熊谷のハウスメーカーは、20日締めだった。
その月の状況によって違うが、17日か18日の朝に請求書を投函する。

同じ埼玉県なので、よほどのことがない限り、次の日には届く。
しかし、「21日に届いたので、この分は来月回しになります」と言われたことがある。

え!? 30万近い請求額が、翌月回しに? それは、困る。

いや、チョット待ってください。
封筒の消印を見てください。
17日の午前か昼のスタンプが押してないですか。

確かめてもらうと、間違いなく消印は17日だ。
それが、21日に届くのは明らかにおかしい。
私に落ち度はないはずだ。そう主張したら、親切にも事務員が郵便局に電話をしてくれて、相手が「振り分けの段階でミスがあったかもしれない」と言ってくれた。
事務員は郵便局員の説明に納得して、支払いは正常に行われた。

やれやれ・・・・・。

もう一つは、東京のデザイン事務所。
独立した時からのお付き合いだから、かなり古い得意先だ。
ただ、仕事を出してくれるローテーションは、かなり長い。
2年間、仕事をくれなかったことがある。

そこの締め日は毎月20日で支払いは翌々月10日。
5年前、その会社から締め切りぎりぎりの仕事をもらって、19日夜に請求書を投函していたら20日には間に合わないという状況になったことがある。
そこで、夜、東京飯田橋の会社にまで請求書を持って行った。

しかし、もう事務所は閉まっていて、やむなく請求書は事務所のポストに入れておくことにした。
だが、後日事務員から電話があって、「請求書が届いていない」と言われた。

事情を説明したところ、事務員は納得してくれたが、社長は納得しなかった。
Mさんよう。そんなこと言ったって、俺が確認したのは21日だから、そんな理屈は通らないよ。これは、来月回しだな」

20万円近い請求額が来月回し。
貧乏デザイナーの血の気が引いた。
一般の方の20万円が、どの程度の価値を持っているかは判断がつかないが、我が家にとっては相当な大金である。
それが来月回し?

しかし、私が19日の夜に、請求書を事務所のポストにいれておいたのは間違いがない。
何とかなりませんか?

Mさんよう。それなら、電話で事前にそのことを言っておくべきじゃないのかね。俺が手にしたのは21日。そして、うちの締め日は20日。そのへんのルールは、はっきりしておこうよ」

郵便だったら消印が押してあるから抗弁のしようがあるが、自分で持っていったものには、消印はつかない。
電話で断りを入れなかったのは、明らかに私のミスだ。
だから、証明のしようがない。

仕方なく、その時はあきらめた。

そして、今回―――――
また昨日、デザイン事務所から電話があった。

「先月の請求書が届いたのが21日です。これは来月回しになります」

チョット待ってほしい。
先月の請求書だって?
なぜ、一ヶ月以上もたってからそんなことを言ってくるのだ。

それに、5年前の教訓から、私は請求書は「メール便の速達」で送るようにしていた。
この方式なら、よほどのことがない限り、翌日の午前中には配達される。
それに、これは記録が残るし、追跡調査も可能だからだ。

電話を受けながら、ネットで調べてみると、思ったとおり昨年12月17日に請求書は送ってあった。
そして、18日午前10時過ぎに配達完了となっていた。
「21日ということはありえない。今ネットで確認したら18日に届けられたのは間違いがない」と、私は電話をかけてきた事務員に主張した。

すると、今度は社長に電話が代わって、「Mさんよう」と言うのである。
「宅配会社だって、間違いはあるだろう。俺が確認したのは、21日だよ。それは間違いがない」

しかし、記録が残っていますからね。

「だから、Mさんよう」と社長は、押し付けるように言葉をかぶせる。
「あんた、どっちを信じるの? 俺? それとも宅配会社?」

2万5千円の請求書。
一般の方の2万5千円が、どの程度の価値を持っているかは判断がつかないが、我が家にとっては大金である。
それが、来月回しは、困るな。

そこで、ネット画面の配達状況をプリントして相手にファックスで送った。
しかし、社長の態度は変わらない。
Mさんよう。こんなの間違いかもしれないだろ」

めんどくせえな。

「Mさんよう」と言われるたびに、胃の奥から不快な感情が湧きあがってきて、iPhoneを持つ手に力が入った。

殴りたい、と思った。


そこで、問題です。
私は、このあと、どんな態度を取ったでしょうか?


1.無言で電話を切った。
2.宅配会社に電話をして、もう一度配達時間を確かめた。
3.宅配会社のオペレーターに得意先へ電話をかけてもらい説得してもらった。
4.「一ヶ月以上たって何で今ごろクレームをつけるんですか!」と得意先の社長に文句を言った。



正解は――――――――――
全部です。

私は、無言で電話を切った後、宅配会社に電話して配達状況を確認してもらい、それを得意先に告げて説明してもらった。
そして、相手が納得したところで、文句を言ったのです。

一ヶ月もたってクレームをつけるのはおかしいでしょう!
届いていないなら、何故そのときに言わないんですか。
それは、ルール違反じゃないんですか!

それを聞いた社長の態度ですか?

Mさんよう。今回だけは許すけどさ。次回からは請求書の期限は守ってくれよな」
―――――だってさ。

ケチくさい野郎だな!
2万5千円が払えなくなったのか?
大丈夫なのか、あんたの会社。

そう言おうと思ったが、無言で私は電話切った。



2010/01/29 AM 07:09:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

メールに反論する
一昨日あるメールをいただいた。

ブログのコメント欄に書き込もうとしたが、長文になりそうなので、メールにしたのだという。
そのメールには、私にとって、かなり耳の痛いことが書き記してあった。

ただ、かなり誤解が多いようなので、ここで説明をしておきたいと思う(わずかばかりの怒りを込めつつ)。

いただいたメールの中身を要約すると、大体こうなる。


あなたが同居している義母のことについて、色々と書いているが、あなたは何故あの程度のことで大騒ぎをしているのか。
人間、年を重ねれば、具合の悪いところは必ず出てくる。
糖尿病は、大変な病気だ。その苦しさを少しでも理解しようと思うのなら、あんな感情的な文章は書けないはずだ。

私の父親も糖尿病だが、自分で治そうと努力している。
あなたにはわからないところで、義母も努力しているはずだ。
あなたの目は曇っていて、その努力を見ようとしていないだけかもしれない。

あなたは、義母が同居することによって、経済的な恩恵も受けているでしょう。
それなら、少しの我が儘は、受け入れるべきである。
人を非難するだけでは、何の解決にもならない。

もっとお年寄りを尊敬して、明るい気持ちで日々を過ごしたらどうだろうか。

次に、あなたのお姉さんに対しても、自分勝手な感想をいい募っている。
癌を患ったことが、どれほどつらいことか、身内のあなたが理解してあげなければ、誰が理解するというのだ。

お姉さんの性格に関しては、「病気」と思えば、もっと優しく接することができるのではないだろうか。
それに、お姉さんを甘やかしたのは、やはりあなたのご両親だと思う。
まともな教育をしていれば、我が儘な性格は百パーセント抑えられる。

幼いうちに適切な教育をしていれば、普通は、正常な大人になるものだ。
だから、親の教育の失敗を、お姉さんのせいにしてはいけない。
むしろ、お姉さんは被害者なのだ。


それに対して、反論したい。

まず、経済的な恩恵に関してであるが、私はご老人が我が家に来た15ヶ月間、一円たりとも、その恩恵を受けたことがない。
ご老人の年金は、彼女の長男が管理している。
ご老人の長男は、月に一回「お小遣い」という形で、ご老人宛に現金書留を送ってくるが、私たちがそれを管理することはない。

その金が、我々の食費に使われることもなく、彼女の医療費に使われることもない。

数回、長男に、ご老人の医療費を請求したことがある。
しかし、長男は「バアちゃんには、金を送っているんだから、そこから貰えばいいだろ」と言って、邪険に電話を切るだけだ。

ご老人にお伺いを立てると、「だって、これは、アタシの小遣いだろ?」

要するに、話し合いにならない。
五度も六度も同じ拒絶の言葉を聞くと、文句を言う気が失せる。

ご老人のお小遣いの使い道―――――

ご老人は、長男から現金書留が送られてくると、いそいそとタクシーでお出かけをする。
そして、靴や洋服、電化製品、脂っこい食い物などを買い溜めしてくる。
金はほとんど、その日のうちに使い切ってしまう。
ご老人は、江戸っ子なので「宵越しの銭は持たねえ」のである(すべて自分の都合のいいように解釈する)。

脂っこい食い物は、糖尿病には毒なので、私が隠して冷凍しておく。
次の日の朝には忘れてしまうので、ご老人が「ない! ない!」といって騒ぐのは、いっときだけである。

しかし、靴や洋服、電化製品は―――――
買ってはみたものの履かない靴が、五足以上ある。
着ない服が十着以上ある。
同じようなバッグが、五、六個ある。

同じメーカー、同じ機種のトースターが何故か2個ある(ご老人はパンを食べる習慣はないのに)。これはまったく使っていない。
電気ケトルが1台ある。使っていない。
高機能の電子辞書(新品を買えばおそらく3万か4万円)が1台ある。使っていない。
キティちゃんの目覚まし時計が1台ある。使っていない。
手首で測る血圧計が1台ある。使っていない。

昨年の大晦日のことだが、ベランダを掃除していたヨメが、悲鳴を上げた。
駆けつけると、ヨメの指差した先には、使っていない細長いプランターがあって、新巻鮭が薄汚れたかたちで横たわっていた。
ヨメがご老人に聞いてみると、ご老人は「アタシは知らない」と高速で首を振る。

もちろん、私は買っていない。ヨメも買っていない。そして、子どもたちが買うわけがない。
鮭の状態を確認すると、かなり傷んでいた。切ってみると、中の身がボロボロに崩れている箇所があった。
スーパーの鮮魚係の人に聞いてみたら、横にして置きっぱなしにしたら身は数日で崩れるだろうと言われた。
何日間置きっぱなしだったかはわからないが、プランターでは鮭の鮮度は保てないとも言われた。
あの鮭は、一体いくらしたのだろうか? モッタイナイ。

他にも、栗きんとん500グラムを2袋買って、リビングのホットカーペットの上に置きっぱなしにして変色させたのも昨年末のことだ。食えるわけがない。モッタイナイ。

要するに、買っただけで満足してしまって、それを活用しないのだ。
ただ、ご老人が物を買うことによって社会が少しでも潤うのなら、それでいいと思って、私たちは何も言わない(たとえ言ったとしても、ご老人は聞く耳を持たない)。
ご老人も満足だろうし・・・。

その品物は、いつか団地のフリーマーケットに出すことを提案しようと思うのだが、おそらくご老人は、こう言うに違いない。
「これは、アタシのものだよ! 何で売るんだい!?」

医療費(入院費含む)に関しては、我が家の家計からの「持ち出し」である。
ご老人が我が家に来てから、我が家の家計はプラスになったことがない(私の家計管理が下手だといって責めるのは勝手ですがね)。

入院費用を請求しても、長男は「俺は毎月送ってるだろ」、次男は「俺は次男だからさ、先ずはアニキに聞きなよ」。
これは、理由になっているのか。

だから、毎回喧嘩してますけどね・・・。

ご老人のわがままに関してだが―――――
その中には、許せる我が儘もある。
ただ、私は世界一こころの狭い人間なので、自分の心が消耗する我が儘は、我慢できない。

こればかりは、どんなに非難されようが、直しようがない。
しかし、これからも毎日、私はご老人の糖尿病食を三食作るし、ズルをして薬を飲み忘れないように監視をする。時に、命令口調になることもある。

その結果、ご老人の糖尿病は、今かなり安定してきた。

血の繋がった子や、かかりつけの医師でさえ、できなかったことを私はしているのだ。自分の仕事を真面目にこなしながらだ。

少々の文句を言って何が悪い?
これの、どこがいけない!?


また、私の姉が癌になったことに関して、私の母親に責任はないし、私にもない。もちろん、姉にもない。

姉の性格に関してだが―――――
私もかなり変わった性格だが、姉ほどには人様に迷惑をかけていない(と思う)。
同じような環境で育ちながら、姉は確実に私とは違う性格を形成している(当たり前といえば当たり前)。
同じ親、同じ祖母から、同じような人間教育を受けながら、姉はハリネズミのように棘のある個性を身にまとっている。

まともな教育、ってなんだ?

そして、姉がまともじゃない教育を受けたと、なぜ他人が断言できる?

誤解されることを承知で書くが、ハリネズミは、生まれたときからハリネズミだ。
心やさしいハリネズミには、なれるかもしれないが、カピバラには、なれない。
そして、長年姉を見ていた私が断言する。
姉は、心やさしいハリネズミになる気がない。努力する能力がないからだ(ADHDを疑え、と言われたことがあるが、その話は専門的になるので、ここでは書かない)。

癌を患ったことは、不幸だ。
姉が不安で押しつぶされそうだということは、毎日のように私のiPhoneに文脈の乱れたメールを10通以上送ってくることでも想像がつく。

それに対して、母親も私も、手を差しのべている。
ただ、「あんたらに、私の苦しみがわかるわけないじゃない!」と言われるだけでは、次の行動が取りようがないのも現実だ。

担当医に対して、姉が「医者なら早く治しなさいよ!」という罵声を投げつけると、担当医は「一緒に治していきましょう」と、穏やかに答える。

「ひとのことだと思って、いい加減なこと言って!」
(医者)まず、ご自分が治す気持ちを強く持つことですね。
「私が聞きたいのは、完全に治るかどうかよ!」
(医者)我々は、できる限りのお手伝いをします。
「治るの? 治らないの? どっちよ!」
(医者)努力はします。

その後、姉は医者に対して、言ってはいけない幾つかのことばを投げつける。時に、物も投げつける。

感情がハリネズミの針になった姉の性格。
それは、本当に親の教育が悪いからなのか?

私に物心がついたとき、私の目には、人からものを学ぼうとする姉の態度が見えなかった。

そろばん塾は、二日でやめた。
スイミングスクールは、一日でやめた。
書道教室は、初日に玄関で暴れまくった。
頼んだ家庭教師に対して、姉は、ひと言も口をきかなかった。
カウンセラーに連れて行こうとすると、暴れてまわりのものを投げつけた。
運よくカウンセラーに連れて行ったとしても、熟練のカウンセラーでさえ、姉の口を開かせることはできなかった。
学校の女性担任の前では、姉は貝になって、ひと言も喋らない一年間を過ごした。
メンタルクリニックに連れて行こうとすると、暴れる。泣き続ける。
幼児だって、これほどは泣かないだろうと思うほど、姉は二時間でも三時間でも泣き続けた。
運よく医院に連れて行くことができたとき、姉は女医を罵倒して叫び、そして暴れた。

それを、親の教育の失敗だって?

では、どんな親が教育すれば、姉はまともな人間になったのだ?

教えてくれないか。


本当に、教えてくれないか、誰か―――――




2010/01/27 AM 07:07:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

14年前から弁当男子
自分弁当、弁当男子。

独身男性が、自分で弁当を作って、会社に持っていって食べる。
その様が、「可愛い〜!」らしい。
以前、ニュースの特集で、そんな映像を見たことがある。

キャラ弁に近いものを作っている男性もいて、「あらあ、器用ですねえ」と、女性レポーターが大げさに驚く。
そして、「味見してもよろしいですか」。
弁当男子は、困りながらも、玉子焼きをレポーターに分け与えていた。

「まあ、美味しい! 私が作ったのより全然おいしい! お上手ですねえ」(全然の使い方が間違っているんですがね)
ちょっとはにかむ弁当男子の顔のアップ。

まったく、脚本どおりの演出だ。
こんなのは、ニュースとは言わない。
あらかじめ決められたストーリーをなぞっているだけの寸劇だ。

・・・・・などと、目くじらを立ててみても、仕方がないか。

狭い世界で、少しだけ目についた現象を取り上げて、「流行っている」と囃すのが、ニュースの根本原理だということは承知している。
広い世界で流行っているものは、終末が見えているから、大流行の時点で、もう現象が終わっている。
だから、むしろ小さい流行に目を向けるのは、健全な報道であると言える。

昨年末のことだが、池袋のハンバーガーショップの前を通りかかったら、いつもは閑散としている店内が、客で溢れかえっているのが見えた。
そういえば、このハンバーガーショップは、日本から撤退するというニュースをネットで見た記憶がある。

「申し訳ありません! 売り切れましたぁ!」
店員が、叫んでいるのが聞こえた。

「えー!」「うっそー」「なんだよ!」「ちっ!」
客が、口々に何かを言っているのが、耳に入ってくる。
ただ、ひねくれ者の私は、そんな反応も「筋書き通り」にしか聞こえない。

「くそ! 食べ損ねた」と言いながら店を出て行く人。
その人とすれ違いに、売り切れを知らずに店に入っていく人。
そんな小さな流れが続いていく様子を、私は少しの間、立ち止まって観察していた。

ああ、これも形を変えた流行なんだ。
流行は、こんな風にして瞬間風速で作られていく場合もあるんだ。

外国資本のハンバーガーショップが、不況の影響で、客足が極端に落ちた。
店舗閉鎖、そして日本からの撤退。
それを聞いて、客が店の存在を思い出し、大挙押し寄せる。
商品が売り切れる。
「最後に一度、食べたかったのにな」「オレ好きだったんだよ、ここのハンバーグ」「残念だよ、本当に残念だよ」
惜しまれながら、閉店。
終わりの決まった短い流行。

それまでは見向きもしなかったのに、閉店が決まった途端に惜しくなるって、どうなんだろう・・・、という意地悪な感想は、「客」という名の小さな役者にとっては、どうでもいいことだ。
彼らは「筋書き通り」を、わかりきって演じているに違いない。

つまり、自分から「筋書き」に乗るのが、流行ということ。

私の弁当男子歴・・・・・。

いま大学一年の息子が産まれた頃、私は、それまでほとんどヨメに任せきりだった料理を始めることにした。
まずは、息子の「離乳食作り」。
そして、幼稚園の「弁当作り」。

最初は、ひとつ作るのに30分以上かかったものだが、要領を覚えると10分程度で出来るようになった。
最初の「味が薄い」という文句も、三日もたつと「うまい」に変わった。

弁当作りの楽しさを覚えてからは、自分の食う弁当も自分で作るようになった。
ただ、恥ずかしいので、人には「家内が作ってくれまして」などと、聞かれもしないのに、そう言っていた。

弁当男子、いや、弁当おじさん歴、14年。

池袋の広告代理店から、4年ぶりにお声がかかった。
フリーペーパーの広告部分のデザインを2点、格安で・・・、というご依頼である。

格安で?

打ち合わせをし、相手の希望額を聞いて、聞き間違いかと思った。
いくらデフレだと言っても、そんなギャラで仕事をする人間はいないだろう・・・・・普通は。

すみません、もう一度おっしゃっていただけますか?
はい、そうですか。
聞き間違いでは、なかったようだ。

私のデザイン料は、確かに格安です。
しかし、いくら格安とはいえ、ここまで地を這うがごとく底辺まで価格を下げたことは、さすがにない。

東大宮から池袋まで電車で3往復して、立ち食いソバ屋で、かけソバを1杯食ったら、それで消える金額。
それなりに目立つ広告を2点デザインして、その金額ですか。
日本経済は、そこまで落ち込んでいるのか、という暗澹たる思いを込めて、32歳の担当者の顔を見つめた。

事務所内を見回してみた。
以前は、20人を超える社員がいたような気がしたのだが・・・・・。
みな営業に出ているのだろうか。
いや、壁にかかったホワイトボードに、名前の書いたマグネットが散らばって付いているが、その数、5個。
今、事務所内には、担当者と女子事務員ひとりがいるだけだ。

パソコンと電話機の数が、確実に半分以下に減っていた。
4年前は、電話の鳴る音が頻繁に聞こえたのに、今はシ〜〜ン。

ギャラも寒いが、事務所内の雰囲気は、もっと寒い。
女子事務員が、妙に厚着だと思ったら、暖房がついていなかった。
寒いわけですな。

そう言えば、お茶も出していただいていない。
まあ、私はお茶を飲むと、55パーセントの確率で腹を下すから、別にいいんですが・・・。

省エネ。
担当者の口も、省エネ。
仕事内容と金額を言い終えたら、黙ってしまった。

私の方も、あまりの金額の低さに、呆れて口を開く気にもならない。
女子事務員だけが、真剣な顔で、書類に目を通していた。

10分近く、二人して黙っていた。

そんなこんなで・・・・・、12時の時報。

担当者が、突然伸びをしながら言う。
「ああ、お昼かぁ。じゃあ、ボクお昼にしますから」

ん? 打ち合わせの最中なのに?
オレまだ、やるともやらないとも、答えていないのに?

あまりにも安いギャラを提示されて、抗議の意味も込めて黙っていたのに、まさかの展開。
担当者は、私の前で、本当に昼メシを広げだしたのである。

そして、黒いプラスティック製の2段重ねの弁当を、私に開いて見せながら、自慢げに言う。
「これ、自分弁当っていうやつ。いま、流行っているらしいですね、自分で弁当を作ってくる男。弁当男子って言うらしいですよ。知ってました」

ヨシダさん。
自慢じゃないが、私は14年前から、弁当男子です。

「ああ、流行の先取りですね」
いかにも冷凍というコロッケを口に運びつつ、ヨシダさんが、目を丸くしながら言った。

尊敬の目で見られた。
「14年前といったら、ボク、高校を出たばっかりですよ。Mさん、それ、威張れますよ」

そうは言っても、流行を先取りした覚えは、私にはないんですがね・・・・・。

で・・・・・どうしようかな、この仕事・・・。



2010/01/26 AM 06:46:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

酒飲みが仕事
3年ぶりの仕事? のはずだった。

大学の後輩に、業界紙をいくつも出している男がいる(それに関しては、コチラに書いた)。

一応、私のほうが先輩なので、気を使ってくれて、年に数回、仕事のオファーは出してくれる。
ただ、仕事の中心が取材と記事を書くことがほとんどなので、私の得意分野ではない。
だから、申し訳ないが、断ることのほうが多い。

2年前、ある月刊誌からミナミの会社に仕事の依頼があった。
それは、ネット難民の生態をレポートする仕事だった。
ミナミは、外部のライターに頼んで取材と文章を任せたが、依頼人からダメ出しをされた。
直して持っていった原稿も、突き返された。

そこで、私に文章を書き直してほしいと言ってきたのだ。
ダメ出しされた文章を読んで見ると、ほぼ完璧に思えた。
取材は、かなり細かいところまで行き渡っているし、文章の組み立ても申し分ない。

これは、格調高いプロの文章である。
シロウトの私が直していい文章ではない。
正直にそう言った。

すると、ミナミは、「格調高いからダメなんですよ」と言ったのだ。
さらに彼は、「文章は、公平性を保っていますが、どちらかと言えば、ネット難民に同情的な部分が見受けられます。できれば、批判的にまとめてほしいんですが」とも言うのである。

そうは言っても、百点に近い文章を直すのは無理がある。
取材をして、ライターの主観がネット難民に同情的なら、それはひとつの見解だから、それでまとめればいいのではないかと思う。
ネット難民に批判的な文章を書いてほしいなら、取材前の段階でそう告げるべきではないのか。

この文章は、直しようがない。
だから、俺の出番はない。
そう言って、ことわった。

それ以来の、ミナミとの本格的な仕事話だった。

先週末、「M先輩に是非、会わせたい人が」と、彼は珍しく力を込めて言ってきた。
毎回毎回断るのも悪いので、昨日足を運んだ。

2年ぶりに会うミナミは、相変わらずいいスーツを着ていた。
4紙出していたのが、広告不況で2紙に減って、「夜逃げしたいですよ」と泣きを入れていたが、左腕にはナンタラコウタラいう外国製の高級な腕時計をしていた。

なんだ、儲かっているんじゃないか?

先ずは、取材相手のご自宅に伺った。
新百合ヶ丘の高台にある豪邸である。
立派な門がある。

玄関へと続く道のまわりに芝が敷き詰められているのだが、その芝が不規則な波を打っていて、ところどころ山が盛り上がっている部分がある。
そのいくつかの山のてっぺんには、ブロンズの動物の彫刻がそれぞれ置かれていた。
変わったつくりの庭だ。
そして、玄関の近くには、噴水もある。

つまり、大金持ち?

取材相手は、玄関で待っていてくれて、私たちが近づくと深く頭を下げた。
長身で痩せているが、からだ全体から「金持ちオーラ」がにじみ出ていた。
しかし、柔和な目が心地よさを感じさせる社長さんだった。

輸入家具販売会社の社長。37歳。
スーツはきっと、イタリア製の高級なものに違いない。
スーツからもオーラが立ち上っていた。

「まあ、飲みましょうか」と、レミーマルタンを出された。
グラスも高そうだ。
「ご遠慮なさらずに」と言われたので、口に含み、ブランデーの香りが鼻まで上ってくるのを感じつつ、飲み下した。

高級なブランデーだということはわかった。
うまい、ということもわかった。
しかし、それだけだった。

私が、ブランデーを口の中でもてあそんでいる間、ミナミは社長を取材していた。
話の流れからすると、ミナミは2度目の取材だったようだ。
前回、聞き忘れたことを必死に聞いているという感じだ。
レミーマルタンには、手をつけていない。

豪邸での取材が終わって、我々は社長のロールスロイスに乗せられた。
我が人生初のロールスロイス!
乗り心地は、いいのか悪いのか、わからん。
ただ、かなり高い車だということだけは、我がケツが認識をした(下品?)。

車内で、ドイツ製のビールを出された。
うまかった。

午後12時半。
「お昼をご一緒に」と言われて、新宿のフランス料理の店に連れて行かれた。
個室ではなかったが、テーブルには「予約」というプレートが置かれていた。

わざわざ予約をしていただくなんて、何と気配りのある社長!
店内は、吐き気がしそうなほど気取った雰囲気だったが、社長の優しさに免じて、許す。

ナンタラコウタラという高いワインを社長がテイスティングして、それを振舞ってもらった。
「万札の香り」のする気品溢れるワインだった。

その後、ナンタラコウタラいうスープ、ナンタラコウタラいう前菜と、ナンタラコウタラいうメインディッシュを食った。
注文する時、下品だとは思ったが、値段を盗み見た。
それは、一時的に酸素不足になったほど非常識な額だった。
味の方は、ナイフとフォークを動かすのに気をとられて、よくわからなかった。
「これは三ツ星クラスの味ですね」と賞讃したが、確実にピントはずれのコメントだったと思う。

ただ、とにかく肩が凝った。

社長の会社に行くために、またロールスロイスに乗った。
ロールスロイスの中で、こっそりと凝った肩を揉んだ。
ロールスロイスのシートが、マッサージチェアだったら良かったのに。

車内では、またドイツ製のビール。
ミナミは、もったいなくも、そのビールを断った。

社長の会社は六本木にある。
会社は、7階建てのビルの1階から3階までを占めていた。

1階が輸入家具のショールーム。
2階が、事務所。
一般的な日本の会社なら、この広さには、30個以上のデスクが所狭しと配列されるのだろうが、数えてみたら、デスクは8つだけ。
それが、すべて背の高いパーテーションで区切られていて、一つ一つのブースの広さが、3畳以上はありそうだ。
こんな広いスペースで仕事ができる社員は幸せものだ。
仕事の能率も上がりそうな気がする。

そして、3階は、会議室、応接室、娯楽ルーム、社長室。
娯楽ルームを覗くと、ダーツとビリヤード、年代もののピンボールマシン、バーカウンターがあった。
バーカウンターのテーブルの端には、ビアサーバが置いてあって、何故か「ジョッキは、一人1日1杯まで」と、貼り紙が貼ってあった。
つまり、仕事中に飲んでもいいって言うこと?

社長室に入ってまた取材。
取材は、すべてミナミがした。
社長が、「『』を飲みませんか」と言った時、漫才コンビの「響」を思い出したが、あれは飲むものではない。
ああ、ウィスキーなんだなと思って、反射的にうなずいた。

大きな氷が浮いたウィスキーグラスが出された。
色が薄い。
麦茶みたいな色だな、と思って飲んだが、けっこう美味かった。
これも、「万札の香り」がした。
ミナミは、取材中も取材が終わってからも、グラスには手をつけなかった。
大酒飲みのミナミが何故?

「響」の水割りのお代わりを3回。
いい気分になった私の横で、ミナミが必死に取材を続ける。
社長も4杯飲んでいるはずだが、まったく顔に出ない。
相当、強いと見た。

取材を終了して、帰りのタクシーの中。
ミナミが「助かりましたよ」と言う。

ん? 俺、何か助けたっけ?
横で、酒を飲んでいただけだったような気がするんだが。

「ハハハ」とミナミが笑う。
そして、「それこそ、俺が望んでいたことなんです」と言う。

「前回、取材に行ったとき、今日みたいに色々な酒を飲まされて、俺、話を聞くどころじゃなかったんですよ。
インタビュアー失格ですね。その反省があったから、今回先輩に付いてきてもらったんです。
酒は、先輩にお任せしようと思って」

そうか、私は、社長の酒のお付き合いをさせられるためだけに、連れて行かれたのか。
ホストみたいな・・・。
何か複雑・・・・・。

で、俺、役に立った?

「はい、ものすごく!」

よかった。
で、ギャラは?

「もちろん、お支払いしますよ」

よかった。

酒を飲んだだけで3万円!

しかし、安上がりのホストですな。



2010/01/24 AM 08:22:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

オザワ悪人説
闇商人と闇将軍。
以前、そんなことを書きましたが(コチラ)、思ったとおり説明責任は、果たせないようだ。

国を統べる行政の長は、疑惑をもたれたら、たとえそれが謂われなきことであっても、自ら疑惑を晴らす義務がある。
少なくとも政治家としての職責にまつわるすべてのものに対して、彼はガラス張りであるべきである。

有権者のほとんどは、彼の膨らんだ財布や権力を崇め奉りたいがために投票したのではない。
有権者が思うところは、単純である。

ただ、我が暮らしを良くしてほしい。

しかし、だからといって、景気その他の政策に対して、性急に結論を出すべきではない。

政権交代から、約5ヶ月。
私は、その政策に関して、結論を出すのは早すぎると思っている。
5ヶ月で簡単に好転する世の中なら、バブル後の悪夢とも言える「空白の10年」など、なかったはずである。

「負」を背負い込んだ大企業が低迷し、中国の「民力」に押しつぶされる数年の状況をみると、わずか5ヶ月で結果を出すなど、魔法を使わない限り無理だろう。
闇商人と闇将軍は、錬金術は超一流だが、おそらく魔法は使えない。

だから、早期の景気回復を期待してはいけない。
また、「既得権」という概念だけが、その脳細胞を支配する官僚という頭脳明晰集団は、ある意味魔法使いだが、彼らはその魔法を日本を良くするためには、使っていないように思える。
自分たちの天下り先を確保することに関しての魔法は、いつも使い放題だが。

だから、政権交代だけで日本の景気がよくなるのを期待するのは、都合がよすぎると私は思っている。

ただ、政権交代をしなければ、何も変わらないのも事実。
そして、自民党が変えてこなかったものを他の政党に託すというのは、有権者としては、健全な願望だといえる。
しかし、まだ日が浅すぎる。
人間だったら、生後5ヶ月では、歩きもしない。
それは極論だとしても、新しいシステムが機能するには、まだ時間がかかるだろう。

もう少し待つべきだと、私は思っている。

だが、闇商人と闇将軍の疑惑は、行政の長の立場を考えたら、見逃してはいけないものだ。
権力者が、大金を手にしやすい構図は、万民に明らかにすべきである。
その金が、社会に健全な状態で出回るのならいいが、ただ権力を維持するために身内だけに溜め込まれた金なら、法の監視が行き届いていない場合、それは死に金になる。

そのことは、速やかに解明してほしいものだ。

もし明らかにできないのであれば、辞めていただくしかないのではないか。

疑惑に対する説明責任というのが、民主党のマニフェストにあったかどうか、私は知らない。
しかし、なかったとしても、そこは「有権者に権力を信託された政治家として」判断すべきことだろう。

でも――――――それは無理なのかな。
民主党の看板を掲げていても、自民党的な政治家として染み込んだゴマカシの体質は、抜けきれないのかな。
秘書を生け贄にする逃れの技術は、保守政治50年の長きにわたって培った「最高のテクニック」だ。
その染み込んだ体質は、簡単には抜けないのだろうな。

それは、有権者にとって、不幸だ。

だが、不幸といえば、短絡的なマスメディアを持ったことも、不幸だとはいえまいか。

「オザワは悪人」
メディアの報道は、その一方向にしか向いていない。

新聞、雑誌、テレビ、インターネット。
すべての媒体で、なぜか「検察サイド」が書いた筋書き通りに、ニュースが形づくられている。

そこには、当然あるはずの合理的な検証、分析が抜け落ちている。

「検察の言葉」は、神ではない。
「検察の行動」も、神ではない。

まだ、明らかにされていないことのほうが多いのだ。
それなのに何故、みんなが同じ方向を向いているのだろう。

冤罪が作られる構図を作り出したのは、こういったこの国のメディアの体質だ。
検察と警察という権力が垂れ流す情報を無批判に報道するだけでは、メディアの主体性を見出すことはできない。

疑惑を追及する態度は、いい。
しかし、それには権力とは別の検証が伴うべきだと、私は思っている。

検察が唱える正当性というものを、もっと吟味して報道したら、いまの「オザワ悪人」一辺倒の報道は、もう少しましなものになるのではなるのではないだろうか、と私は思うのだ。

そして、アソウ氏の時のように、言葉遣いの間違いで揚げ足取りをするのは、もうやめたらどうか。
政治家に国語力を求めてどうするというのだ。
政治家に求めることは、もっと他にあるだろう。
あれには、ニュースの価値は一片もない。

知りたいのは、ただ真実のみ。

決して、オザワ氏を極悪人に仕立てることではないと、私は思っているのだが。



2010/01/23 AM 07:26:46 | Comment(0) | TrackBack(1) | [メディア論]

どうしたらいいのでしょうか
ブログを少しの間休んだ、もう一つの理由。
またもトラブル話。
暗い話で申し訳ありません。


心理学の大先生、精神医学のお医者様、是非ご意見をお聞かせください。

私には、3つ年上の姉がいる。
その姉が盲腸癌を患った。
そのことに関しては、以前書いたことがある(コチラ)。

色々な人にご迷惑をかけながら、PET検査という最先端の検査を年末に受けた。
その結果が、年初にわかった。

癌は、転移しておらず、とりあえず術後の経過は良好である、という嬉しい結果が出た。

ただ――――――
検査結果を聞きにいったとき、姉はまた醜態を見せた。
検査を受けた時は、若い男性の医師が担当だった。
だが、結果を教えてくれたのは、40歳前後の女医だった。
運の悪いことに、若い医師は、遅い正月休みを取っていたのだ。

以前にも書いたことがあるが、姉は、キャリアウーマン、高学歴、頭のいい女性に嫌悪感・敵意をむき出しにする。
あるいは、女性全般が嫌いである。
女性から何かを言われると、逆上する性癖がある。
これは、あまりにも極端なので、嘘かと思われるかもしれないが、姉は買い物に行って、レジの店員が女性だと何も買わずに帰ってきてしまうという、救いがたい性癖も持っている。

このとき、姉は首を90度下に向けたまま、女医の顔を見ず、何の反応も示さずにいた。
私としては、逆上して女医を罵倒しなかっただけでも有り難いことだと思ったが、相手から見たら、それは大変失礼な態度だったろう。
女医さんは、終始憮然とした顔で説明を続けた。

帰りのタクシーの中。
「何よ、あの女! 偉そうな態度で人に説教して、私は患者なのよ。私のほうが偉いのよ!
あんな女の言うことなんか信じられるか! もっとちゃんとしたところで検査しなきゃ、安心できないわ!」

姉の異常なキレ具合に、タクシーの運転手が、からだを固くしていた。

何でいつもこうなるのか?
同じ結果を若い男性医師が言ったのなら、素直に聞いただろうに。

「世の中は不公平よ。何で私だけが、こんな目に遭わなくてはいけないの? 私は真面目に生きているのに!」

そうだろうか――――――
高校を出てから、まともに働きもせず、引きこもり状態で無駄なときを過ごした姉。
たまに出かけるのは、パチンコ屋か場外馬券売り場。

6年前に、たまたま当てた万馬券を心の拠り所にして、自分のギャンブル好きを正当化する50過ぎの女。
夜は、缶チューハイを飲んで、年老いた母親を罵倒する日々。
少しでも注意をすると、姉は泣き出し、暴れだす。
実家の壁は、姉の不可解な「抵抗の跡」で、ボコボコになっている。

私が癌になったのは、あんたのせいなんだ!

責任転嫁、という言葉は、姉の辞書にはない。
姉の辞書には、「自分が可哀想」という言葉しか載っていないのだ。

教育者であった祖母、そして母。
教育者だからといって、自分の孫、あるいは娘を教育できるものではない。
そのことは承知している。

しかし、祖母の命日に、数々の花が手向けられている事実。
いまだに母親に、教え子から季節の便りが数十通も届く事実を考えると、二人が優秀な教育者だったことは疑いがない。

だが、姉にとって、その教育は無力だった。
いや、これは教育とは別次元の問題なのかもしれない。
もしかしたら、脳の中に常人とは違う小さな傷・空洞があるとか。

なぜなんだ? と私はいつも立ち止まって考える。

しかし、それを考える時、いつも濃い霧の中で行き先を見失ったような不安な感情だけが、私の心を満たすのだ。
姉は、いったい何なんだ?
どうしてこうなってしまったんだ?

姉は、いったい――――――誰なんだ?

得体の知れない新生物を見ているような、そんな不安感が、私の心に増殖してくる。

タクシーの車内で、姉が感情のコントロールを制御できないまま叫ぶ。

「だいたいさあ!」
大きな声である。

「あんたの娘、私は大っ嫌いなんだよね! だから、お年玉はやんないよ」

何を突然言い出すのかと思った。
なぜ私の娘の話に飛んだのだ。
それに、姉は、私の子どもたちにお年玉をくれたことなど、一度たりともなかったではないか。

「あんたの娘、可愛くないんだよね! 女は、バカでおとなしい方がいいんだよ! その方がみんなに好かれるんだよ!」
その罵声を聞いて、タクシーの運転手さんの肩が、また固まった。

親バカと言われることを承知で書くが、中学2年の娘は、性格はハキハキしている。
そして、成績も学年でトップクラスである。
私が母親にそう自慢しているのを、姉はいつも苦々しい思いで聞いていたのかもしれない。

私の娘は、姉が一番嫌うタイプの子どもかもしれないと、そのとき遅ればせながら思った。

しかし――――――
それは、普通、父親である私の目の前で言うことではない。

少なくとも、私の娘は、姉のただ一人の姪なのだ。
正常な思考回路を持った人間なら、そんなことは遠慮して言わない。

タクシーの運転手さんの肩が、戸惑っているように見えた。
私も、もちろん戸惑った。

反論はできるが、反論したら、車内は恐ろしいほどの修羅場になるのが想像できた。

だから、私は横を向いて、車外の景色を見ることにした。
通り過ぎていく町の景色。
どんなに美しい街並でも、こんな状況では、殺伐としたものにしか見えない。

隣では、姉が「まったく、可愛くないんだよ、あんたの娘は! 勘違いしてるんだよ。女はバカじゃなくちゃダメなんだ!」
酔っ払いのように、呂律の回らない舌で、何度も同じことを繰り返す。

心理学の大先生、精神医学のお医者様。
この人は、いったいどうすれば、人並みの理性を身につけることができるのでしょうか。

数年前のことだが、姉が機嫌のいい時に、「近所で評判のメンタルクリニックがある。その人は若い男性だ」と説得して連れて行ったことがある。

しかし、そのとき、その若いイケメン男性医師は、身内に不幸があったということで不在だった。
代わりに出てきたのが、柔らかい雰囲気を持つ包容力のありそうな女医だった。
誰もが安心して身を任せる空気を身につけた信頼できそうな医師。

しかし、姉にとっては、性別だけが判断の基準だった。

「ふざけんなよ! こんなやつに話なんかできるか! だましたな! だましたな!」

それ以来、姉は精神科医を信じていない。
さらに、そのとき、姉にとって、だました我々が悪人だということになって、私と母親の点数は、永遠にマイナス点がついた。

「私はね、あんたたちのことを許さないからね!」

母親と私は、姉の中では、ボウフラ以下の存在になった。


心理学の大先生、精神医学のお医者様――――――

こんな人間がいるのですが、私たちはいったい、どうしたらいいのでしょうか。



2010/01/21 AM 07:14:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

10万円事件
少しの間、ブログを休んでおりました。

その間のことは、書かなくてもいいことだが、書かないと気持ちの整理がつかないので、書くことにする。

例によって、一昨年の11月から我が家で生活を共にする79歳のご老人のことである。

大きなトラブルが、二つあった。
どちらも書くのが恥ずかしい出来事だ。

一つは、ご老人が、病院の主治医に向かって、罵詈雑言、悪態をついたというもの。
これは、確実に言いがかりだし、病院の名誉もあるので、詳しくは書かない。
ただ、ヨメと私が、ひたすら平身低頭して謝ったということだけは、記しておく。

これで、丸二日、時間をロスした。

次は、金銭がからむ。
ご老人が、彼女の団地応援団から、10万円の借金を申し込まれたことから、事件は始まった。

ご老人は、お金の管理ができないので、年金はご老人の長男が管理している。
ご老人の場合、大金を持つと「浪費の虫」が騒ぎ出して、またたく間に使い切ってしまうか、全財産を満載した財布を落としてしまう確率が99パーセント。
我が家に来てから、財布を落としたことは数え切れない。
そして、信じられないことだが、長男が送ってきた現金書留を、その日のうちに現金の入ったまま、落としてしまうということもあった(もちろん、書留は永遠に行方不明)。

毎月、長男から送られてくる現金書留に、いくら入っているかを、私は知らない。
ただ、額が多かろうと少なかろうと、お金を大事にしないという生活態度は、感心できない。

そして、ご老人がいくら持っているかを私は把握していない。
おそらく、ヨメも把握していないだろう。

しかし、10万円は持っていなかったようである。
だから、ご老人は、長男に「10万円ちょうだい」と手紙を書いたという。
ご老人は、携帯電話を持っているが、その使い方を知らない。
覚える気がないのだ。

長男との数回の手紙のやり取りの後、長男からご老人の誕生日プレゼントが宅急便で送られてきた。
その中に、10万円が忍び込ませてあったという。

その日のうちに、ご老人は、団地応援団に、10万円を渡した。
相手は、借用証を書くと言ったらしいが、「いいのよ、アタシはそんなの嫌いだから」と言って、ご老人は受け取らなかった。

数日後、リビングのチェスト、クローゼットの中を、必死の形相で掻き乱すご老人の姿があった。
「何を探しているの?」とヨメが聞いても答えない。

リビングのまわりを唸りながら探し回るご老人。
探し物が見つからないとわかって、放心したようにソファに腰を落とし、うなだれるご老人の姿は、声をかけづらい雰囲気があった。

そして、困ったことに、ご老人はショックからか、ご飯を食べなくなったのである。
何度我々家族が促しても、ご飯に箸をつけない。薬も飲まない。
一日中うなだれて、ブツブツと独り言を言うだけだった。

次の日、ご老人は、朝8時に、突然家を飛び出したらしい。
そのとき、運の悪いことに、家族は、私を含めて全員出かけていた。
(話は違うが、ご老人は家の鍵を持っていない。持たせても、失くしてしまうからだ。ご老人が出かけるときは、我が家には鍵がかかっていない。だから、このときも家のドアはオープンだった(怖)。だからといって、泥棒さん。我が家を狙わないでください。貧乏人をいじめないでください)

その修羅場は、後で知らされた。

夕方、私が遠距離の得意先から帰ってくると、「大変!」と、いつもとは違う波長の「大変」を叫びながら、ヨメが私を迎えた。
私は、その「大変」の根源が何なのか、すぐに察することができた。

ご老人は、長男から10万円を送ってもらったが、それを自分がどうしたのか、忘れてしまったらしいのである。
10万円を送ってもらったのは間違いがない。しかし、自分の手元にはない。
なぜ、ないのだ!
そこで、パニックになった。

しかし、一晩寝て、10万円の行き先を思い出すことができた。
ただ、それを貸したという認識だけが、なかった。

「アタシの10万円を返しなさいよ」

そう言われても、相手は困るばかりだったろう。
お互い納得の上で貸し借りしたものだと思っていたからだ。
そこで、相手はご老人に最初の経緯から説明をした。

しかし、ご老人は、理解できない。
「それは、アタシの10万円だよ」
そう言い張るばかりだった。

詐欺だ、訴えてやる、警察に電話する。

団地応援団は、困りきって、我がヨメに助けを求めて来たという。
ヨメは、団地応援団の話を聞き、ご老人の長男にも事情聴取をした。

その間、ご老人は、一言も発せず、壁を見つめたまま、食事もとらず、薬も拒否するという最悪の状態だった。
誰の話も聞かない。

その姿を見て、ヨメは、「ボケている」のひと言で片付ける。

しかし、私はそうは思わない。
以前ヨメから、20年以上前のご老人の性向にまつわる「事件」を聞いたことがある。

ご老人の夫(つまり私の義父)が、定年退職をしたとき、多額の退職金を手にした。
そこで、長男が「家の改築をしたいので、2百万貸してくれないか」とお伺いを立てたという。
義父は、快くその申し出を受けた。
ご老人もそれを承諾した。

そして、改築が無事終わり、2ヶ月が経った。
しかし、突然、ご老人が「約束が違う! 金を返せ!」と騒ぎ出したと言う。
事情を聞いて見ると、ご老人は長男の家の改築は、自分たちと同居するためのものだと、思い込んだらしい。

しかし、長男はそんなことはひと言も言っていなかった。
義父も、そんな話は聞いていない。
つまり、ご老人だけが、そう思い込んで、頭の中で勝手にストーリーを作り上げていたのである。

それが叶わなかったご老人は、怒り狂い、長男夫婦を罵倒した。
その思いがけない、ご老人の怒りにみんな戸惑って、関係者一同なすすべがなかったという。

困り果てた義父が、ご老人を「秋の京都3泊4日の旅」に連れて行くことで、ご老人の怒りは、何とか終息した。

ご老人の中で、勝手にふくれ上がる妄想。
これは、ご老人の性格なのだ。

だから、おそらく今回のことも、ご老人が頭の中で異次元の妄想を膨らませた結果に違いないと、私は読んだ。
いまご老人は、妄想と現実の狭間で、もがき苦しんでいる。
その折り合いをつけるには、何かのきっかけと時間が必要だと思ったのだ。

「家出してやる! 死んでやる!」と叫ぶご老人。
長男の嫁が、「また10万円渡しましょうか」と申し出てくれたが、そんな好意は、ご老人をよけい甘やかすだけだ。
「入院させたら」という意見もあったが、我が家には、そんな経済的なゆとりはない。

今までも甘やかし放題にしてきたから、糖尿病が悪化し、我が家に転がり込み、回りまわって私に災厄をもたらしている。
今回だけは、ご老人を甘やかすわけにはいかない、と私は固く決心した。

そこで、私は一つのアイディアとして、大きな紙に箇条書きで今回の出来事を簡潔に書いてみることにした。
そして、それをご老人の生活の場であるリビングの壁に貼った。

団地応援団から借金の申し出があり、ご老人がそれを快く受けたこと。
長男にお金をもらい、それを相手に渡したこと。
そして、相手がお金を借りた理由。
借用証は受け取らず、相手は近日中に必ず返済すると言ったこと。

それらを書いて、子どもたちに毎日、お題目を唱えるように数回読ませることにしたのである。
私たち夫婦の言うことは聞かないが、孫の言うことなら、少しは聞く気配があったからだ。

これは、宗教家が経典を唱えて、無垢な信者を洗脳するようなものですな。

最初は無表情だったご老人が、二日目からは、お題目に反応するようになった。
洗脳は、徐々にご老人の脳細胞を侵食しているようだった。
時に「家出してやる! 死んでやる!」と叫ぶこともあったが、その声は、最初ほどは力を持っていなかった。

ご老人は、お題目を唱えて三日目の夕方に、大好きな焼き鳥に手をつけた。
そうなれば、正気になるのは近い。

頃合を見計らって、中学2年の娘が、「お金は、困っている人に貸したんだよね」と聞くと、ご老人は「そうだね」と答えた。
回路が正常に繋がってきたようである。

そのあと、団地応援団に、正式に借用証を書いてもらい、ご老人がそれを受け取る儀式があった。
それで、話が無事収まった。

しかし、私自身は、時間を多大にロスした。

昼はご老人が危ない行動を取らないか監視し、仕事は深夜することになった。
ご老人は、食事を拒否したが、かといって作らないわけにはいかない。
食べてもらえない食事を3食つくり、その間、ご老人の生態を寝不足のまま観察する。
そんな4日間。

気力が、萎えましたよ。

結局、4日間、私は余計な時間を過ごした。

ブログどころでは、ありません。
疲れ果てていても、発泡酒は飲めません。
ご老人が、どんな行動を取るか予測がつかないからだ

そんな私に、ヨメが言うのだ。
「バアちゃん、入院させた方がよかったんじゃない?」

冗談ではない!

俺のほうが、入院したい!



2010/01/20 AM 06:59:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

相性が悪い
相性の悪い作家というのが、いると思う(いないか)。
私にとって、それは内田康夫氏だった。

友人から何冊か本を借りたことがある(ほとんどが無理矢理押しつけられた)が、毎回30ページ読むとため息をついて、本を閉じることを繰り返した。
何だこのフニャフニャした文章。緊張感のない展開。
これは、本当にミステリーなのか?
「ユダの愛した探偵」というのを何とか我慢して後半近くまで読んだが、苦痛に感じて、結末までは至らなかった。

内田康夫氏は超人気作家である。
その作品は、ドラマ化もされているらしい。
しかし、私とは相性が合わない。
それは、相性が悪いとしか言えないものだと思う。

ベストセラー作家の作品が、面白くないはずはないのだ。
私の感性が、きっとおかしいのだろう。

海堂尊 氏というのも、最近のベストセラー作家である。医者でもある。
友人が彼の作品を絶賛していて、3年前に、彼から「チーム・バチスタの栄光」を借りた。
これも、相性が悪かったようだ。

比喩を多用している文体が、すべて上滑りしているように感じて、物語に集中できなかった。
この程度の話なら、半分の文章でまとめられたのではないか。
そう思ってしまったら、ページをめくる手が、鉛のように重くなって止まってしまっのだ。

百ページも行かずに挫折した。

友人には、「楽しめなかった」と正直に言った。
すると、次に「螺鈿迷宮」というのを貸してくれた。

「これは、おまえ好みかも」と言われて読んだが、30ページで挫折。

友人は、今度は意地になって「ジェネラル・ルージュの凱旋」を貸してくれた。
「これは、俺が一番好きな作品なんだ」

しかし、50ページも行かずに挫折。

「何でだろうな」と友人。

文章に、無駄が多すぎるんだよ。
それが、ミステリーだと言われたらそれまでだが、もっとスッキリまとめられないのかな。
いたずらに文字をこねくり回した比喩は、自己満足にしか思えないんだが・・・。

それに対して、友人はあきらめ顔で言う。
「まあ、お前は、変わっているからな」

そうです。
私は、まぎれもなく変人です。

他にも、その友人は、音楽が好きな男だった。
それも、大御所のミュージシャンが好きなようだ。

例えば、さだまさし、松任谷由実、長渕剛、矢沢永吉、中島みゆき、チャゲ&飛鳥、小田和正、井上陽水、吉田拓郎など。

「松任谷由実の新しいアルバム買ったんだけど、聞く?」
聞かない。
「矢沢永吉の新しいやつ、いいよ。聞く?」
聞かない。

その人たちは、きっと今もいい曲を作っているのだろう。
しかし、その人たちの曲は、昔も聴かなかったから、いまも私は聴かない。
おそらく、一生聴かない。

きっと相性が悪いからだろう。

団地の住民で、オオタケさんというのがいる。
彼は、40歳から50歳前後の男の人を集めて、「男子厨房会」というのを作っている。
会員は、4名だという。

3年前まで、オオタケさんに「Mさんも、入りませんか」と頻繁に誘われていた。
私より4つ年下の小太りの男。

彼は、私がジョギングをしている姿を見て、「Mさんは、いつも走ってるから、そんなにガリガリなんですね」と言う。そして、「貫禄ないですよ」と言われた。

私が買い物袋を両手に捧げて団地内を歩いていると、オオタケさんは袋の中身を遠慮なく見て、「ずいぶん野菜が多いなあ。なに? Mさんは、ベジタリアンなの? ああ、違うの? ベジタリアンみたいな顔してますけどね」と言った。

近所のマクドナルドで、のんびりコーヒーを飲んでいたとき、突然そばに立って、「自営業はいいですね。優雅ですね。なんか、そんな姿を見ると、覇気が感じられませんね」と、オオタケが言った。

団地内を子ども二人を連れて散歩していたら、「Mさんは、子離れしていないんですね。俺なんか、娘と出歩くことなんか、とっくの昔にやめてますよ。気恥ずかしいじゃないですか」と、オオタケは胸を張った。

ガストで得意先の人との打ち合わせを終え、自転車にまたがった時、偶然出くわしたオオタケは「あれ、Mさん、自転車? Mさんって、健康ヲタクだねえ。百歳まで生きるつもり? 家族に嫌われますよ」と、ぬかした。

私が、団地内の遊歩道を歩きながら、iPhoneで仕事先と会話をしていた時、それを見ていたオオタケの野郎は、「Mさん、iPhoneなんか使ってるの? Mさんって、もしかして、外国かぶれ?」と、ほざいた。

ロジャースで食料品を買ってレジで並んでいると、「あれ、Mさん、車がないのに、そんなに買って大丈夫かい? 自転車で持っていける? 運んでやろうか」とオオタケが、タメ口で言った。

冬のある日曜日、ジョギングを終えて、遊歩道のベンチで日向ぼっこをしていたとき、オオタケが通りかかって、私の姿を見て「アハハハ」と笑いやがった。

オオタケには、いつか得意の右フックをお見舞いしてやろうかと思っている。

相性の悪いやつというのは、いるようだ。



2010/01/09 AM 08:12:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [こんな本読みました]

お金は使いましょう
友人が、沖縄に別荘を買った。
テクニカルイラストの達人・イナバだ。

イナバには、いつもお世話になっている。
私の姉の癌治療の費用を貸してくれたのが、彼だ。

彼の奥さんは、一昨年、亡き父親から受け継いだ株券を処理することによって、大金持ちに変身した。
だから、イナバも大金持ち。

イナバは、確実に「アホ星人」に分類されるが、彼は人の言うことを素直に聞くという愛すべき性格を持っている。

私は、彼に言った。

金持ちは、金を使う義務があるんだよ。
それが、まわりを潤すんだ。
使わなければ、日本経済はいつまでも滞ったままだ。

得体の知れない政治家という人種は、献金という名の生きた金をどう使っているのか、明らかにしない。
極端なことを言えば、闇から湧き出た汚い献金であっても、それが社会に行き渡れば、その金は生きるのだ。
流通した金は、何かを形づくり、人々のふところを潤す。

国家は、思想ではなく経済で成り立っている。
経済の根本が磐石でない国家は、国民を貧しくするだけだ。

献金結構。
それが、ちまたに大手を振って出回るのなら、それは生きた通貨となる。

しかし、自己の権力を維持するためだけに貯め込まれた、仲間内だけで使われる金は、「死に金」だ。
それは、日本社会を潤すことは、けっしてない。
それは、犯罪と言っていい。

あの世間を騒がす献金は、どっちなのだろうか?

世界金融危機のとき、トヨタが赤字を出した。
世界有数の自動車会社・トヨタは、何年も天文学的な業績を上げて、指折りの優良会社として君臨していた。
だから、私は思った。
そんな大企業が、1期、2期赤字を出したからといって、何を大騒ぎする必要がある?

それまでは、多大な利益を上げていたのではなかったか。
日本経済に顕著な貢献を果たしたトヨタは、日本企業のフラッグシップである。
その旗手である大会社の業績が落ち込んだとしても、そのときこそ、トヨタは平静を装うべきではなかったか。

「赤字は出しましたが、我が社は磐石です。
日本経済を揺るがすことは決してありません」


なぜ、そう宣言できなかったのだろうか。
メディアも、トヨタの弱気な対応に慌てふためき「不況、不況」と囃し立て、不況を煽るだけの白痴的な報道しかしないという芸のなさ。
毎度のことながら、負のベクトルを増幅することしかできない馬鹿さ加減には、呆れるばかりだ。

トヨタは、少々の赤字では、びくともしませんよ。
トヨタ自身も、メディアも、そのように鷹揚に構えていたら、社会を不安に陥れた「派遣切り」は、もう少し形態が違っていたのではないかと私は思っている。

もしも、百万円のボーナスをもらったら、8割貯金しますなんてことは言わないでください。
全部使いましょう。
使って、社会にお金を回しましょう。
それが、生きた金の使い方です。

そして、全部使っても、生活を脅かされないよう考えるのが、政治家であり、大企業であり、メディアの役割なのだ。
安心して暮らせる未来を提示しないで、悲観論だけをばら撒いていたら、いつまでも明るい日は来ない。

持てる人たちは、その財産を生かす義務がある。
ただ税金を払えばいいというものではないのだ。

だから、イナバ君。
使いたまえ。
それが、日本経済を活性化するのだよ。

資産運用なら、アパートを建てるのもいいだろう。
世界共通の価値を持つ「金(GOLD)」を買うのもいいだろう。
そして、形あるものを手に入れて、そこにお金をつぎ込むのもいいんじゃないか。

アホだが素直過ぎるイナバは、私の忠告を受け入れて、沖縄に別荘を購入した。
そして、これから月に一度か二度訪れて、生きた金を沖縄に落とすというのだ。

それは、いいことだ。
彼が落としたお金は、回りまわって日本経済を微小ではあるが、動かすに違いない。

金持ちが金を使ってくれないと、世の中は暗いままですよ。
使いましょう、使いましょう。
金を大っぴらに、ばら撒きましょう。

それが、停滞した日本を救う唯一の道です。

そして、これは厚かましい相談だということは重々承知しているのだが・・・・・。
私たち家族を、君の沖縄の別荘に招待してくれないだろうか。
(小声で)航空運賃は、もちろん君持ちで・・・。

「ああ、かみさんに聞いてみます」

え・・・、あのぉ、今のは、冗談のつもり・・・・・・・・。

う〜ん・・・・・イナバ君、キミって、いいやつだねえ。



2010/01/07 AM 08:17:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

似ないほうがいい性格
おじいちゃんになった気分だった。

ショウコが、旦那と去年産まれた娘を伴って、大宮まで来てくれた(ショウコに関しては、コチラに書いた)。
我が家には、わけありのご老人がいることを配慮して、大宮のホテルに一泊するという気の使いようである。

滞在中のホテルに、中学2年の娘を連れてお邪魔をした。
ショウコにいきなり、お年玉をふた袋渡された。

ありがとう、ゴッツァンです、と受け取ろうとしたら、「オヤジ、ざけんなよ!」と、ショウコと娘が、見事にハモって手を叩かれた。
その痛さが、意外と気持ちよかったりして(変態?)。

それを見て、ショウコの夫、マサが手を叩いて笑う。

マサくん。
私は、君の大学の先輩なんだがね。
その遠慮のない笑いは、いかがなもんかね。

しかし、3年前までは私がお年玉を上げていたショウコが、今年は私の子どもたちにお年玉をくれるというのは、感慨深いものがある。
時は、誰の身にも当たり前のように、通り過ぎていく。
時が、止まることはない。
そして、誰もが、年をとる。

お年玉のポチ袋を見ながら、そんなことを実感した。

カネコ(ショウコのオヤジ、私の大学時代の後輩)は、元気か。
芋洗坂係長に、また近づいたか。

私がそう言うと、マサがまた大きく手を叩いて笑った。
「確かに、髪の毛以外は、完全に芋洗坂係長化していますよ、ハハ・・・」
マサって、こんなによく笑う男だったっけ。
父親になると、何かが外れるのだろうか。

赤ん坊は、マサの腕の中で「神の子」のような顔をして寝ている。
その寝顔から透明な粒子が立ち上っているのが、確実に私の目には見えた。
娘も、その寝顔から何かを掴み取ろうとするかのように、息を詰めて見守っている。

私も同じように「神の子」を見つめていた。
その姿に向かって、ショウコが言う。
「ジイちゃんの顔、してるね」

そうかもしれない。
もちろん血は繋がっていないが、赤ん坊の寝顔を網膜に焼き付けながら、この子が、自分の何かを受けついでくれそうな都合のいい予感を、私はずっと感じていたのだ。

そんな私を見て、頭のいいショウコは、すぐに察したようだ。
「この子に、サトルさんのなにを受けついでもらおうかな」

私が答える前に、娘が答えた。

「足の速いところかな」と言いながら、娘が私を指さす。
「だって、こいつは、それしか取りえがないからな」

「ハハハ」とショウコが笑う。
マサも笑う。
娘が、勝ち誇ったような顔をして、また私を指さした。

そんな小さな笑いが、家族を感じさせた。
笑顔のマサに、聞いてみた。

子育ては、楽しんでいるかい。

マサが、無言で大きくうなずいた。
そして、私を見上げて言う。
「ショウコから聞いているんですよ。先輩が、深く子育てに関わってきた姿を」

その会話を引き取って、ショウコが言葉を繋げる。そして、娘の方を見ながら言った。
「すごかったからね、あなたのパパ。出産に当たり前のように立ち会って、どんなに仕事が忙しくたって寝る間も惜しんで離乳食作りはするし、何があっても幼稚園行事、学校行事には参加するし、熱が出たら寝ないで看病するし、ちょっとビョーキだったよね」

6歳の時、突然カネコの子どもとして、私の前に現れたショウコは、私の息子と娘の成長をリアルタイムで経験していた。
彼女は、私と私の子どもたちに、深く関わってきた一人なのである。

そんなショウコが、思い出を噛みしめるような穏やかな笑いを娘に向けている。
ショウコの顔、娘の顔。
似てはいないが、通じる空気はある。

私が懸命に温めてきた「何か」。
その「何か」が、ショウコにも、娘にもある。
それが、家族ということではないのか。

だから、この「神の子」も、家族なんだ。
私は、もう一度、赤ん坊の寝顔を見つめた。

赤ん坊の寝顔から目を移すと、そこにはマサの柔らかな笑顔。

そのマサが、「少しでも先輩に近づけるように頑張ってます」と真剣なまなざしを私に向ける。

照れる。
こんな雰囲気は、好きではない。

場が真面目な空気になると、私は居心地が悪くなる。
脳の中にプツプツと異分子が侵入してくるような気になる。
そして、何かを壊したくなる。

そんな困った性格・・・・・。

その遺伝子は、確実に私の娘にも、受けつがれていたようだ。

「焼肉は、叙々苑! 福沢諭吉は一万円!」

お年玉袋を開けて、福沢諭吉様をその両手に掲げながら、娘が突然叫んだ。
そして、ピョンピョンと跳ねている。

マサとショウコの大笑い。

そして、ショウコが、感嘆した声で言う。
「Kちゃんは、怖いくらいにサトルさんにそっくりだねえ。血は怖いわ。この子も、こんな風になったら、どうしよう」

ショウコと娘が、同時に赤ん坊の寝顔に顔を近づけた。
そして、顔を見合わせて、首を振った。

「そこだけは、似てほしくないよねえ」
二人の声が同期していた。

マサも、小さく控えめにうなづいていた。

確かに、俺も、そう思う。




2010/01/05 AM 08:14:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | [子育て]

お正月
正月の仕事は、2件。
しかし、それも年末にほぼ終わった。

WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)から恵んでいただいたホームページ作成の仕事は9割がた終わって、あとは最終校正を待つだけだ。
もう1件の仕事。この10年来レギュラーでいただいている年初の社内報も、年末にほとんど組み終わって、やはり最終校正を待っている状態だ。

この社内報は、2年前に担当者が変わってから仕事がしやすくなった。
以前の担当者は、年末ぎりぎりに原稿を出して、三が日に初稿、2稿を出させるという計画性のないことを平気でやる人だった。
原稿が揃うのがあと3日早ければ、私は人並みの正月を送ることができたのだ。
仕事って、人が変わると、こんなにも楽になるものなんですね。

それによって、私は昨年から念願の人並みの正月を手に入れることができた。
しかし、人並みの正月って、退屈なんだな。
テレビは見る気にならない。

「年末から、同じ顔ぶればっかりじゃん!」という、中学2年の娘の鋭いツッコミが聞こえる。

年末の歌合戦は、NHK主催の敬老会の催し物。ご老人の精神安定剤。
年末年始のバラエティ番組は、予算を無駄遣いする学芸会。
年始の駅伝は、大新聞社演出の綺麗ごとと感動の押し売り。

我々はここ数年、ツタヤで借りてきたDVDを観る習慣になっている。
今年は、「ナイト・ミュージアム2」「ハリー・ポッター/謎のプリンス」「インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国」「レミーのおいしいレストラン」「レッドクリフ」など。

我が家のご老人は駅伝画面に釘付け。テレビに向かって、「頑張れ、キャー、抜かれる!」と叫んでいる。
幼稚園の運動会で、我が子の走る姿を見ている親の気分なのかな。

しかし、倒れこむほど走って、いったい何の意味があるの?
自分の走るペースくらい身体に覚えこませておけよ。
普段、真面目に練習しているのかね(いいがかり)。
母校が出ているが、ニュースのダイジェストで、結果を知れば十分。

そんなことを考えながら、私は元旦恒例のジョギングを自分のペースで、へたり込むことなく終えた。
走り終わったあとの、クリアアサヒが美味い!

世間では正月恒例の初詣には、私は一度も行ったことがない。
大学時代、「明治神宮に行こうぜ」という友人の誘いに、私はこう答えた。
「我が大学内には、ご立派なチャペルがある。手を合わせるなら、何も神社でなくてもいいだろう。お前たちは神道か」

「じゃあ、お前はクリスチャンか」
その工夫のない問いに対して、私は答える。

私は、目に見えないものは、空気以外は、ないものだと思っている。

神様も仏様も、見たことがない。
ご立派な神殿も十字架も、それは神殿であり、十字架であるに過ぎない。
何かを象徴しているのだろうが、ご本体は、目に見えない。
だから、存在が見えない。
存在の見えないものは、ないのと同じだ。

「罰当たりめが!」

そうです。罰当たりです。私は、最低の日本人です。

私のヨメは、ある宗教の信者なので、彼女だけは罰当たりではないが、宗教上の理由から、彼女も神社に詣でたことは一度もない。

そこで、暇を持て余した罰当たり家族は、ブックオフに出かけた。
娘が、昨年から「名探偵コナン」と「One Piece」を揃え始めたからだ。
ただし、娘は105円の中古本だけで全巻揃えるという偉業を成し遂げるつもりのようだ。

「だって、新品を買うと高いだろ」

娘と私は、価値観がよく似ている。
簡単に言うと、感覚が二人とも貧乏臭い。
たとえば、ブックオフで「名探偵コナン・29巻」を売っていたとする。
105円のものと250円のものがある。

ヨメと息子は、250円の綺麗なほうを選ぶが、娘と私は250円の本は眼中にない。
105円のものにしか目がいかないのだ。
「だって、内容は、同じだろ」

たとえば、昼メシ。
正月の繁華街は、どこも混んでいる。
かなりの時間並ばないと、メシにありつけない。

そんな時、娘と私は、立ち食いソバでいいだろう、という価値観を持っている。
しかし、ヨメと息子は、それを「貧乏臭い」と言って嫌がるのである。

「食えりゃ、いいじゃん!」
コンビニでおにぎりを買って、駅のホームで食ったって、娘と私は平気だ。

しかし、それも「貧乏臭い」とブーイング。

「それが平気なのは、心が貧しいからなのよ」と、ヨメ。
痛いところを突いてくる。

確かに私の心は、貧しいと思う。
もしも、「心が貧しいワン-グランプリ」があったら、私は初代王者に輝く自身がある。
優勝だぞ! 誇らしいではないか。

しかし、結局、ヨメと息子連合に押し切られ、30分待って、ファストフード店に腰を落ち着けた。
店内は、大混雑。
うるさいし、慌しいし。
落ち着きませんよ。

娘と私は黙々と食い、そしてすぐに食い終わった。
それに対して、ヨメと息子は、店内の喧騒をよそに、優雅にノンビリ食っている。
息子は、マンガ本を読みながら食っているから、よけい遅い。

何気なくあたりを見回すと、トレイにハンバーガーとフライドポテトを山盛りにして、席を探しているお父さんの姿が、2つあった。
娘もそれに気付いた。
娘は、モグモグのんびり食うヨメと息子を「早く食おう、席の空くのを待っている人が沢山いるんだから」と急き立てた。
そして、席を探しているお父さんに対し手を上げて、「ここいま空きますから」と言ったのだ。

おお、気配りのできる、なんと偉いやつ!
娘は、私と同じ価値観を持ってはいるが、この子の心は、私と違って絶対に貧しくはないと断言できる。

帰りの電車。
ちょうど3席分空いていたので、私以外の3人は、座席に座った。
最寄り駅まで2駅、立っていても疲れる距離ではない。

電車が発車する寸前、杖をついたお年寄りが二人、スローモーションで入ってきた。
それを見た娘と息子は、競うように立ち上がって、お年寄りに席を譲った。

貧しい正月、貧しい家族。
しかし、少なくとも子どもたち二人の心は貧しくない、と私は誇らしげに胸を張った。

正月早々、えげつない子ども自慢でした・・・・・。



2010/01/03 AM 08:18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

埼玉に住んで16年
埼玉に住んでいる方には申し訳ないが、16年間住んでいて、いまだに埼玉になじめない。

それがなぜなのか、自分ではわからなかった。
埼玉で友だちができた。
仕事もいただいている。
しかし、腰が落ち着かない。

かといって、東京かぶれというわけではない。
私は、東京世田谷生まれの目黒育ちだが、場合によっては、母親の生まれ故郷・島根出身だと名乗ることもある。
東京育ちを誇らしげに宣言しているわけではないのだ。

ただ、埼玉になじめないという現実がある。
それが何故だろうかと、ずっと思っていた。

その理由が、昨日なんとなくわかったような気がする。

27歳で結婚するまで、私は中目黒に住んでいた。
しかし、中目黒の家は、今はもうない。
12年前、両親が老齢になって、セキュリティのしっかりしたマンションの方がいいだろうと考え、東横線新丸子駅近くのマンションに移り住んだからだ。
東京から神奈川に移ったわけだが、同じ東横線沿線ということもあって、両親には、ほとんど違和感がなかったようだ。
すぐに地域に溶け込んだ。

お年よりは、たくましい。

中目黒の自宅は取り壊されて、今は壮麗な趣の家が建っている。
その隣に、Kさんという方が住んでいる。
Kさん家のご当主は、私の母の永年の友だちだ。
そのKさんの家に、大晦日の昨日、中学2年の娘と大学1年の息子を連れて行ってきた。

中目黒に根を生やしたのは、私の母の方が早いが、年はKさんの方が10近く上である。
お互い中学の国語教師をしていたという共通項があったせいか、二人はとても仲がよかった。

しかし、そのKさんが、11月初めに亡くなった。
93歳だった。
20年前に癌を患い、3度の手術を受けながら、癌と闘ったすえ、大往生した。
お葬式は、身内だけで済ませたという。

そのKさんの娘婿から、12月半ばに、母親に電話がかかってきたという。
「お預かりした絵をお返しするよう遺言があったので、お返ししたいのですが」
私の母は、自分でそれを取りに行きたかったのだが、少し体調を崩したので、代わりに私が行くことになった。

そのKさんの遺品というのは・・・。
40年以上前、母がKさんとの友情の証に、自分の父親が描いた絵をKさんにさし上げたという。
私の母の父親(つまり私の祖父)は、それなりに名の知れた日本画家だった。
掛け軸だけを専門に描いていたが、ただ一つだけ板に描いたものを残したらしい。

それは、鳥専門の日本画家だった祖父が、唯一残した板書の牡丹の絵だった。

桐の箱に入れられ、肌ざわりの良さそうな和紙に丁寧にくるまれた祖父の作品。

大正時代半ばの作品だから、色がくすんでいる。
赤い牡丹が、こげ茶色にしか見えない。
背景の薄い黄色も少し澱んでいるから、冴えた感じがしない。
わが祖父の作品ではあるが、見ていて感動はない。
私が、鳥の絵を見慣れているせいかもしれない。
祖父の作品イコール鳥の絵という固定観念。

「これをお返ししようと思います」
大学の講師と自己紹介されたが、どう見ても井筒監督にしか見えない娘婿が、厳かに桐の箱を私の前に押し出した。

わかりました。
頂戴いたします。

ついでに、井筒監督は、我が子どもたちに、一足早いお年玉をめぐんでくれた。

ヨッシャアー!
息子の天真爛漫なガッツポーズを見て、井筒監督は、のどの奥が見えるほど口を大きく開けて笑った。

風雅あふれる風呂敷に、霧の箱を包んでいただき、お礼を述べ、K家を辞した。


家を出ると、そこは、中目黒。

記憶が、瞬時によみがえる。

子どものころ、毎日、当たり前のように小走りに通り過ぎた路。
壊れかけの家。
間口の小さなおでん屋。
大人が屯(たむろ)していた立ち飲み酒屋。
信じられないほど大きな敷地の洋館(プールもあった!)。
大きなセントバーナードがいた八百屋。
立派な梵鐘のある寺内へと続く銀杏並木。

路地裏までもが、頭のスクリーンに鮮明に映し出された。
普段は思いだしもしないのに、この地に立った途端、確かな記憶として、それは私の中にワイドスクリーンで蘇った。

ないと思っていた故郷(ふるさと)が、ここにあった。

思い出が居坐る場所。
郷愁が帰る場所。

この感覚が欲しくて、私は現在の生活の場、埼玉を拒絶していたのかもしれない、と思った。

地面から足を伝って、懐かしさが、せり上がってくる。
ゆっくり首を巡らすと、こぼれ出した記憶の断片が、私の身体を包み込むような気がした。

故郷は、中目黒。

大きく息を吐き、空を見上げた。
記憶は、こぼれ出しはしたが、消えてなくなることはない。

今度は息を吸って、こぼれ出した記憶の断片を吸い込んだ。
心が、震えた。

よし! 帰るぞ。


「その前に、腹減った。何か食わせろ」
思い出を断ち切る娘の声。

中目黒駅近くのファストフード店で、遅い昼メシを食った。
フライドポテトを口に運びながら、娘が言う。

「おまえは、いつもいい加減でアホな男だが、さっきは人が変わってたぞ」

私の全身が、郷愁に身を巻き取られていたとき、私は確かに別人だったと思う。
自分でも、違う世界の空気を吸っているような気がしていた。

「なんか、声がかけづらかったな。おまえも人間だったんだな」

そうか、とうとう人間だということがばれてしまったか。
宇宙人のつもりで生きてきたのだが・・・。

「・・・・・・・・・・」
無視された。

気を取り直して。
パパの子どもの頃は、学校は寺子屋と言って、ちょんまげを結った先生が勉強を教えてくれたんだよ。
水道もないから、毎日大きな桶を担いで、5キロ離れた庄屋さんの家の井戸に水を汲みに行ったんだ。
電気もないから、夜は蝋燭の光で勉強してたな。
蝋燭が切れたら、蛍の光の下で本を読んだっけ。

ほた〜るのひ〜か〜りぃ〜

それを聞いて、物事を何でも素直に受けとめる息子は、「スッゲェ!」と感動してくれた。

しかし、娘はそんな兄を呆れ顔で見上げて言う。
「おい! アニキ! こいつの言うことを信じるな。こいつの話には、1パーセントの真実もないんだから」

たしかに。

それでな・・・・・。
パパは一所懸命勉強して、医者になったんだよ。
そして、江戸時代にタイムスリップして、当時の医学では救えない患者を助けようと、大奮闘したんだ。
しかし、タイムパラドックスというのがあってな・・・・・。

娘に、つま先を強く踏まれた。


書き忘れましたが、今年もよい年でありますように。



2010/01/01 AM 08:54:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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