Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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シナリオ通りの偶然
「嘘みたいな偶然だな」と娘はつぶやいた。

金曜日の朝。
朝メシを食う前に、「学校、行きたくないな」と中学2年の娘が言った。

私は、なんで、とは聞かない。

じゃあ、休んで3連休にしちまうか。
ばあちゃんのマンションの空気の入れ替えをしに行こう。
先月、行けなかったからな。

「おお、行こうぜ!」

これを読んで、親として最低の行為、と眉をひそめる方もいるだろう。
しかし、私は娘を信じる。
娘が学校に行きたくないというからには、余程の理由があるのだろう。

私は、小学3年から高校2年まで皆勤賞だった。
38度以上の高熱があっても行った。
学校には、あちこちに宝箱が埋まっているような感覚を持っていたからだ。

毎日違う宝箱を開けるというワクワク感。
その機会を逃したくないので、毎日学校へ行った。

そして、私の娘も、同じような感覚を持っているという。
だから、娘も学校は休まない。
休む時は、私が親としての強権を発動して、無理に休ませたときだけである(例えばこんなとき)。

その娘が、休みたいと言うのだから、私はその娘の意思を尊重したい。
ということで、異星人が昨年の10月まで住んでいた三鷹のマンションの空気を、娘と二人で入れ替えに行ったのである。

掃除をするほどではなかったので、空気を入れ替え、ガスと電気、水道の点検をし、郵便物を確認して、早々とマンションを出た。
あまり、異星人の基地に長くいたくなかったので。

「腹へったぞい」

午後1時30分過ぎ。
昼メシ時である。

三鷹駅前まで戻って、昼メシを食うことにした。

ラーメンがいいか、それともカレー、ファーストフード、ハンバーグ、何でも言ってくれ。

「じゃあ、通りを歩いて、一番先に目に入った店に入ろうぜ」

一番最初に目に入ったのは、スパゲッティ屋さん。

決して店構えは、綺麗ではない。
だが、雰囲気は悪くない。
いいのか?

「いいんだよ、食べられれば!」

まったく、この娘は、いつも私と同じ発想をする。
私もそうなのだ。
腹が減ったら、何を食っても同じ。
中味は、どうでもいい。

店内は、壁の両サイドに3つずつのテーブルが並び、奥にL字型のテーブルがある。
そのテーブルの中が、厨房のようだ。

「いらっしゃいませ」
タレントの麻木久仁子に東南アジアのテイストを注入したような30歳前後の女性が、カウンターから声をかけてきた。

店内左奥のテーブルに、席を取った。
先客は、1人だけだ。
首の長い白髪頭のオッサンが、L字型のカウンターの一番奥にいた。

何を頼む?
「面倒くせえ。ランチでいいだろう」
確かに、考えるのは、面倒くせえ。

ランチを二つ頼んだ。
トマトの冷製パスタとオニオンスープだった。

「なんか、埼玉くさい店だな」
我が家では、唯一埼玉生まれの娘が、ゆっくりと店内を見回しながら、安心したように呟いた。
埼玉くさい、イコール田舎くさいってことか?

「まあ、そうだな。なんか落ち着くな。このオニオンスープも埼玉の味だな」
それは、違うと思うが。

トマトの冷製パスタは美味かった。
パスタの茹で具合は完璧だし、トマトも缶詰ではなく質のいいものを使っていた。
オリーブオイルは癖があるが、にんにくとタマネギがからんだ時、バランスがよくなる。
上にのせた大葉が、絶妙のアクセントになっていた。

美味いな。
目と目を合わせてうなずく、似たもの親子。

そんなとき、カウンター席から声が聞こえた。

「ミキちゃんの作る料理は、いつも最高だね。これは、全国展開のチェーン店を出しても、絶対成功するよ。
ミキちゃんは、もっと欲を出した方がいいよ、って俺は思うよ・・・ね

親しい人の声でない限り、その人の声だけを聞いて、相手を特定することは難しい。
しかし、この「〜よ・・・ね」の部分で、私の記憶は、4年前にタイムスリップしたのである。

アイツか。

4年前の2月。
M印刷。そこの社長のM氏。確か60歳を過ぎていたと思う。
22万5千円の請負代金が、その月、振り込まれなかった。

抗議をすると、軽薄な声で「Mさん、15万円にまけてくれたら、翌月に絶対にお支払いしますよ・・・ね
面倒な駆け引きはしたくないので、請求書を15万円に書き直して、翌月を待った。

そして、翌月の10日。
M印刷に行ったら、「当社は、3月1日付けをもって、営業を停止いたしました」の紙が貼られていた。
当然、事情を聞いてみた。

「しかし、ないもんは、ないんですよ・・・ね

「〜よ・・・ね」
まったく同じイントネーションではないか。

しかし、M印刷は、さいたま市の会社だった。
そして、M氏は、奥さん共々北海道の出身だと聞いたことがある。
その人が、なぜ三鷹のパスタ屋さんに?

そんな偶然があっていいものか、と思いながら、「この踏み倒し野郎が!」という目線を、店の隅のオッサンに向けて送った。
殺意を含んだ目線は、伝達密度が高いようである。

4年前と同じく、長い首の上に、鶴のように痩せ細った貧相な鳥顔が、こちらを向いた。
からみ合う視線。
こちらは確実に殺意を含んでいる。
負けるわけがない。

相手の鶴は、4年前の自らの悪行を思い出したのであろう。
驚愕の表情で固まる白髪頭の鶴。
肩に力が入るのが、3メートル20センチの距離から確認できた。

ここで、文句を言ってもいい。
それは、許される行為だろう。
しかし、今日は娘がいるのだ。
娘の前で、醜態は見せたくない。

だから、私は娘に、こう話しかけた。

4年前、M印刷っていうお得意さんがあったのを覚えているかい?

ヨメと息子は、あまり私の仕事のことを聞かないが、娘は、知りたがった。
仕事に関して、私のほうから話すことはしないが、娘が聞いてきたら、いつも答えるようにしている。
だから、M印刷のことは、娘も知っているはずだ。

「ああ、4年前に、トンズラした会社だろ。M印刷から入金があったら、家族でスキーに行こうと思っていたんだよな。
でも、トンズラされたんで、ボツになった。あの無責任な会社だろ!」

そうだ。あそこからの入金があれば、楽しい旅行ができたんだよな。
まったく、無責任極まりないな。
もし今Mのやつが目の前にいたら、どうしてやりたい?

娘が、両方のコブシを強く握って、それを小刻みに揺らした。
「もちろん、グーで殴ってやるさ」

それが聞こえたのか、カウンター奥のM氏は、長い首を壁側にひねって、壁とお見合いをした。

「でも、何で今ごろ、そんなことを言い出したんだ。4年前の話だろ」

本当に、何でだろうな?
なあ?

勘のいい娘は、ゆっくりと振り返って、壁とお見合いをしている鶴の姿を発見した。
そして、私のほうに顔を戻して、大きくうなずいた。
そして、少し声のトーンを上げて、こう言った。

「まあ、今さら殴ってみても、仕方ないよな。
殴る価値のあるやつだったら、殴るけどな」

よく言った!
さすがだ! さすが、俺の娘だ!

ふたりで、大きくうなずきあった。

鶴は、依然として、壁とお見合いをしている。

しかし、この不思議な偶然。
娘が、学校を休みたいと言わなければ、三鷹に来ることはなかった。
そして、娘が「一番最初に目に入った店に入る」と言わなければ、鶴には、出会わなかった。

決して愉快な出会いではなかったが、偶然ってやつは、面白い。
本当に、面白い。

しかし、このシナリオは、いったい誰が書いているんだろう。



2009/10/17 AM 07:19:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]



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