Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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ノムラとマツイ
楽天のノムラ氏が嫌いである。

それは、私の中で、自民党が嫌い、演歌が嫌い、東京ジャイアンツが嫌い、というのと同レベルのものだ。

「試合に勝ったら俺のおかげ、試合に負けたら選手のせい」という姿勢が嫌いなのだ。

こいつの性格、まるでジャイアンそのものじゃないか。
だから、嫌っているのだと思う。

阪神タイガースの監督を3年。
すべて最下位だった。

その結果を選手のせいにして、ノムラ氏はいまだに、名監督の冠を得ている。
楽天でも2年間Bクラスだったらしい。

「このメンバーで優勝を期待するのは無理だよ」
最初から、匙を投げているのだ。
戦う前に、煙幕を張って自己弁護をしている、その姿勢が嫌いだ。

しかし、今年はAクラス(らしい)。

このメンバーでAクラスに入ったのだから、「俺のおかげだよ」。
得意気に見える。

マスコミ向けに色々なことを毎回ボヤいている様が、ネットのニュースの中で取り上げられている。
見出しだけしか読まないので、その「名作ボヤキ」の独演会の内容は、まったく把握していない。

それは、かなり過激なボヤキのようだが、それは直接選手に発言したものなのか、マスコミ向けだけのものなのか、いまひとつ理解できない。

もし、それが選手を蚊帳の外においての「マスコミ向けのサービス」だとしたら、私のノムラ氏への印象は、さらに悪くなる。

選手に恥をかかすのが、監督の役割なのか。
「それは、最低だな」
そう思ってしまうのだ。

ただ、そのボヤキを直接選手に(あるいはコーチ経由で)伝えているとしたなら、「名監督」とまではいかないが、まあ許せるオッサンだと思う。
はたして、どちらなのだろう?

ただ、どちらにしても、ひとつのチームを3年間最下位にした監督が「名監督」のわけがない。
戦力分析が手探りの1年目はともかく、3年間、手持ちの駒を機能させることができない指揮官のどこが「名」だ?
世界中のどこにも、3年連続最下位の指揮官が、「名監督」の評価を受けた前例は、おそらくない。

彼は、よほど「マスコミ操作」が優秀な監督なのだろう。
あるいは、華麗なる催眠術師か・・・。

まあ、自己弁護が上手いのは、どこの国でも「優れた管理職の条件のひとつ」らしいが・・・。

ノムラ氏が、今年で監督を辞めるという情報もある(見出ししか見ていないので)。
しかし、ノムラ氏はボヤキのプロフェッショナルなので、表向きは球団批判をしつつ、球団と適当なところで折り合いをつけながら、最後はボヤキタレントとして、確固たる地位を築き上げるだろうと私は思っている。
薄ら笑いを含む毒舌と、自己弁護を適当に散りばめつつ・・・・・。

それに対して、マツイ。
ヤンキースのマツイのことである。

もちろん、ノムラ氏と同じく、私にはインターネットの上っ面の報道でしか、情報を知ることができない。
しかし、明らかに作為の見える報道だとしても、それを上手に咀嚼吟味したら、彼らの人間性がうかがい知れると言ったら、それは独善的過ぎるだろうか。

マツイは、昨年の終わり、膝の手術をして、万全ではない状態で今シーズンを迎えた。
アスリートにとって肉体にメスを入れることが、どれほど重大なことか、それは想像するしかないが、相当な不安に苛まれたであろうことは、何となくわかる。
レギュラーが約束されていない不安定な立場。

しかし、泣き言を言わないマツイ。
自分の体に対して達観したようなコメントを残すマツイ。

私にとっては、その存在を認めたくないほど嫌いな東京ジャイアンツ。
だから、東京ジャイアンツ時代のマツイには、まったく興味がなかった。
彼がどれだけホームランを打っても、「へぇ〜、そう? だからなに?」という感想しか持てなかった。

大新聞の販促用に作られた野球チームなど、存在意義があるのか、と思っていた。
マツイに関しても、大マスコミの傘に守られた、温室栽培の花のように思っていた。
温室栽培の中で作られた実績に、どれほどの価値があるのか。
(東京ドームは、非力のバッターでも、何であんなに球が飛ぶんだ!)

ジャイアンツを優勝させよう!
ワッショイ! ワッショイ!
ジャイアンツが優勝すれば、新聞が売れる!

だから、選手には、上げ底の靴を履かせて、一流に仕立て上げよう。
世論は、お祭り記事に乗せられる。
俺たち大マスコミには、何でもできる。

ワッショイ! ワッショイ!

大きな偏見を持っていた。

だが、言い訳をせず、怪我と向き合うメジャーリーグのマツイを見て、私の考えが少し変わった。

彼は、イチローのように、メジャーでのポジションは一流ではないが、アスリートの生き様としては、一流なのではないか、と近年私は思い始めている。

ケガを言い訳にする男たち。
負けを選手のせいにする監督。
勝利を傲慢なボヤキで独り占めにする監督。

そんな男たちと対比したら、マツイは、その成績以上に賞讃してもいい存在だと思う。

ただ、私は、今でもマツイには、あまり興味がない。

しかし、薄っぺらではないその存在は、アスリートとして大きいと感じている。
イチローの記録は、とてつもなく大きいが、その「アスリートとしての総合的な品位」を比べたら、マツイと同等に思える。

マツイは、言い訳をしない。
その一点だけを取って、私は彼を認めるのである。

そして、ボヤキ老人は、「活字という戦略」の中だけに存在する「自己弁護の達人」として、日本球界で大きなポジションを、これからも占めていくだろう。
(老人の言い訳の垂れ流しをありがたがるメディアのおかげで)

ボヤキ老人のファンには申し訳ないが、彼の感情だけが表出した言葉の羅列は、品性のカケラもないと感じている。

それに対して、マツイには、メジャーリーグのどこかで、来年も「品格ある姿」を見せてくれることを願っている。

ただ、メディアは、「品格」よりも「老人性ボヤキ」の方が、お好き・・・・・。



2009/10/13 AM 06:45:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]



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