Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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友だち・奥さん・家出・大損害
急ぎの仕事を終え、脱力感に浸っていた午後3時14分。
iPhoneが、震えた。

京橋のウチダ氏だった。

「悪いな。もし時間が少しでも空いていたのなら、相談に乗って欲しいんだが」
私の知り合いの中で、(私を除いて?)一番のイケメン・ウチダ氏が、どこか切羽詰ったような口調で語りかけてきた。

彼は、坂口憲二を草食系にした男だと表現すれば、一番わかりやすいだろうか(余計わかりにくい?)。

ウチダ氏は、私よりだいぶ年下だが、彼とは「俺おまえ」に近い関係で、友だちの世界を築いてきた。
一方的に相談を持ちかけられることのほうが多いが、私は心のどこかで、それを楽しみにしている自分がいることに、小さな喜びを感じていた。

今どこだ?

「大宮の手前だな」

すぐそこまで来ていたようだ。
要するに、緊急の用だということだろう。

だから、近所のガストを指定した。

いつもながらの高級そうなスーツに身を包んだウチダ氏。
薄っぺらな男が、そんな格好をしたら反感を買うだろうが、体の内側から品のよさを漂わせるウチダ氏なら、それは許される。

しかし、イケメン・ウチダ氏の顔は、切迫していた。

「Mさん、助けてくれないか」

しかし、まずはビールだろう。

「ああ、悪かった。そうだよな。それがなければ、始まらないよな」
ウチダ氏は、少しばかり焦点の合わない目で私を見つめ、無理矢理、笑顔を作った。

こんなウチダ氏を見るのは、長い付き合いで初めてだった。
ウチダ氏の顔は、心なしか蒼ざめているように見えた。

マヨコーンピザをつまみに、ジョッキを飲んだ。
ことさらに、ゆっくり飲んだ。

ゆっくり飲んでも、ウチダ氏の顔は、蒼ざめたままだった。
いつもなら余裕のある目の動きが左右に揺れて、苛立ちを感じさせた。

ジョッキを3分の2あけたところで、「どうした?」と聞いてみた。

ウチダ氏の目は、相変わらず左右に揺れて、頻繁に唇を舐めていた。
それは、自らイケメンを放棄する仕草だった。

「女房が戻ってこないんだ」
「切迫」という言葉しか思い浮かばないほど、思いつめた表情。

奥さんが、戻ってこない?
いつから?

「昨日」
肩に力が入ったまま、ウチダ氏は、大きなため息をついた。
それは、獣の唸り声に聞こえた。

心がどこかに飛んでいるウチダ氏に、詳しい事情を聞いてみた。
いつもは理路整然と説明できる男だが、混乱しているせいで話が前後して、全体像をつかみづらかった。
何度か聞き返して、それなりに事態を理解した。

ウチダ氏の奥さんは、株が趣味だったという。
ただ、動かす金額は、それほど多くはない。
常識的な額を、堅実に、慎重に運営していたから、大きくは儲けないが損もしないという、いいバランスの中で運用していたという。

それが、今回大きな損失を出した。
その額が、いくらかは聞かなかった。
ただ、それは大きな額だったが、家庭を壊すほどのものではなかったという。

しかし、ウチダ氏の奥さんにとって、そのショックは大きかった。
「少し、頭を冷やしてきます」というメモをウチダ氏の書斎の机に残して、奥さんは家を出たらしいのだ。

奥さんを怒ったのか?

「怒らないさ。俺の仕事が軌道に乗るまで、あいつに助けられたことが、何度もあるんだ。
俺が怒る理由なんて、ない」

さすが、賢明なウチダ氏だ。
ここで怒ってしまったら、奥さんは、確実に居場所がなくなるだろう。

奥さんの友だちにも、遠まわしに聞いてみたが、奥さんが立ち寄った形跡はないという。
心当たりのあるところは、すべて当たってみた。
もちろん、奥さんの携帯にも、何度かかけてみたようだ。

繋がらないか?

「電源は入っているが、出ないんだ」

留守電は、入れてみたか?

「ああ、二度・・・・・。しかし、返事はない」

憔悴しきった顔で、私の目を見つめるウチダ氏。
テーブルの上の珈琲は、手付かずである。
私だけが、2杯目のジョッキを手にしている。
そして、ピザを口に運ぶ。

ピザを咀嚼しながら、「まあ、たった一日だからな。大げさにすることはないと思うが」と、ことさら間延びした口調で、外の景色を見ながら、ウチダ氏に話しかけた。

二、三日待つという選択肢もあるんじゃないか。
ひとりになりたいって意思も、尊重すべきだと思うが。

「しかしな」と、ウチダ氏の肩に、また力が入る。

ウチダ氏は、首を大きく横に振って、歯に力を込めた。
「自分の連れ合いが苦しんでいるのに、何もせずにほったらかしにするほど、俺の神経は太くないんだ」
そして、目にも力を込めて、私を見つめた。

「心配することは、いけないことなのか? 俺たちは14年間連れ添った夫婦なんだぜ」

わかった。
じゃあ、ここは、俺が、電話するべきだな。
私がそう提案すると、ウチダ氏の肩から、少し力が抜けた。

「頼めるか?」
必死の形相。
ウチダ氏の顔が、すぐそばまで、迫ったような気がした。

教えられた番号に電話をした。
想像していた通り、相手は出なかったが、留守電を吹き込んでおいた。

「家を出るなら、家族いっしょにでしょ。絶対に家族旅行のほうが、楽しいですよ。ウチダのご意見番より」
という、ふざけた留守電だった。
内容もふざけていたが、ピザを食いながらだったから、滑舌も悪かったと思う。

「いたずら電話?」と思われても仕方がないものだった。
しかし、深刻になるよりはいい。
混乱した頭には、ちょうどいい「熱さまし」になるのではないか、とノーテンキに考えた。

ウチダ氏は、私が電話をかけるのを聞いて、その内容の酷さに、うなだれていたが、2分後に電話があった。

「Mさんですよね」というので、「そうです。Mです」と、ジョッキを呷りながら答えた。
「ウチダは、心配していますよね」と聞かれたので、「そうです。心配しています」と答えた。
「怒っていますよね」と聞かれたので、「ウチダは、そんなことで怒るやつじゃない!」と、私が怒った。
そして、もう一度「心配はしているが・・・」と付け加えた。

沈黙・・・・・。

ウチダ氏が、私の愛しきiPhoneをひったくりそうになったので、賢明に阻止をした。

そして、ウチダ氏との小さなバトルの後、「ウチダが迎えにいきます」と私は言った。

さらに、22秒の沈黙が続く。

息を吸う音。吐く音。

「お願いします」

私が、ウチダ氏の顔を見て頷くと、ウチダ氏は、中腰になって「場所は!」と怒鳴った。
店内の空気が震えて、視線がひとつのテーブルに集まった。
イケメン・ウチダ氏の顔は上気して、違う空気を店内の隅々にまで放散した。

iPhoneの中だけが、冷静だった。
ウチダ氏の奥さんが、小さな声で、場所を告げた。
品川駅前のホテルだった。

いま、ウチダが行きます。そこなら、2時間も、かからないでしょう。

中腰のウチダ氏に、場所を教えた。
ウチダ氏は、中腰のまま、私の両肩を強く叩いて、頭を下げた。

そして、人間業とは思えない勢いで席を立ち、ガストを出て行った。

それを見送る、薄っぺらな「好奇心」という名の視線たち。
冷淡な視線たち。

その冷淡な視線が、瞬く間に消え去った店内で、私は正気に戻った。

ん? もしかしたら、この店の支払いは、俺持ちか?

なんだよ! 損しただけかよ!



2009/10/11 AM 08:11:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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