Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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いつか来る地獄におびえる日
引きこもりから復活したら、仕事が舞い込んできた。

それは、さいたま市在住のイズミさんからいただいた仕事で、これから書くことに関しては、イズミさんの承諾を得ている。

イズミさんは、私のブログを毎回読んでくれているらしい。
そして、ここで展開される私の悲惨な現状に同情し、「仕事をお願いしたい」と言ってくれたのである。

イズミさんは、42歳の編集会社社長。
まるで財務省の官僚のように、隙のない雰囲気をまきちらして、彼は近所のガストにやってきた。
初印象は、私の苦手なタイプに思えたが、話してみるとオールマイティな知識に溢れた冗談好きの人で、すぐに打ち解けた。

「わぁ、ここがMさんのブログによく出てくる打ち合わせ場所ですか。なんか、面白い!」と言いながら、忙しなく首を回すイズミさん。
外見と違って、飾らない人のようである。

仕事内容は、32ページの小冊子だった。
2色刷りで、画像、イラストを各ページごとに散りばめた明るいものにしたい、とのことだ。
細かいスケジュールを提示されて、細部を詰めた。
打ち合わせは、1時間近くかかった。

そして、打ち合わせが終わったあとで、「Mさんは、やっぱり、ビールでしょうよ」と振られた。
いやしかし、それは・・・、という儀式は嫌いなので、ジョッキを注文した。
イズミさんは、車で来ているので、珈琲のままだ。

「今度、飲みましょうか」とイズミさん。
いいですね。安い居酒屋なら、大歓迎です。
「俺も」

そんな会話のあと、イズミさんが、ゆっくりと自分の話をしだした。
彼の母親の話だ。

イズミさんの母親は、やさしく穏やかな人だったが、4年前に、60代半ばで認知症になった。
それからが、地獄だったという。

買い物に出かけたきり、母親が帰ってこないので探し回ったら、近所の交番に放心状態でいる母親を見つけた。
突然、自分の家が思い出せなくなったというのだ。
バッグもどこかに置き忘れた。
途方にくれているところを、運よく警官が通りかかって、交番に連れていき、事情を聞いていたところだったらしい。

その姿を見て、イズミさんは、愕然とした。
昨日までは、やさしく穏やかな笑みを浮かべていた母親が、突然無表情になって、実の息子の顔を、首をかしげながら見るのだ。
その変わりようは、「想像を絶していましたよ」と、イズミさんは、苦い思い出を噛みしめるような顔になって言った。

その後、イズミさんを襲った修羅場の数々は、認知症の凄まじさを、私に思い至らしめた。

その一番の被害者は、イズミさんの奥さんだったという。

毎日のように「私の財布がない! あんたが盗んだんでしょう!」と責められたと言うのだ。
母親の財布は、いつもタンスの最上段の引き出しに仕舞ってあった。
しかし、母親は、そのことをすぐに忘れて、お嫁さんを責めるのである。

財布は、最上段の引き出し。
何度言っても、それが理解されることはなかったという。
それほど大事なものなら、手にずっと持っていればいい、と思って持たせても、自分で最上段のタンスに入れてしまうのだ。

それを忘れて、「ない! 財布がない! 嫁が隠した! 盗んだ!」と、毎日のように騒いだというから、それは、イズミさんの奥さんにとって、拷問の日々だったろう。

その結果、しばらく奥さんと子どもは家を出て、「別居」という形態をとることにした。

奥さんがいなければ、母親が騒ぎを起こす回数が減るということがわかったからだ。
イズミさんの母親は、いつも穏やかな顔で息子の嫁と接していたが、本当は心にかなりわだかまったものがあったのだろう。
それが、認知症になって噴出したのではないかと、イズミさんは思ったのである。

別居すること2年。
母親の認知症が進んだので、去年母親をホームに入れることになった。
その結果、イズミさんの日常が戻ったので、別居は解消された。

「だから、なんか、人ごとじゃないんですよね」と、イズミさんは、快活な笑いを装いながら、同情を宿した表情で私の顔を見た。

不幸自慢は、したくはない。
しかし、同じ境遇の人がいたら、つい話したくなってしまう。

だから、話した。

異星人は、医者に言わせれば、認知症の境目だという。
「現実の認識が、斑(まだら)になっている状態でしょうか」と言うのである。

そして、異星人がまきおこす事件に関しては、「おそらく性格的なもの」という動機付けが、一番理にかなっているのではないか、とも言われた。

異星人の性格・・・・・。

長男が産まれる前から、夫と言い争いをすると、「家を出る」と言って、異星人が家出を繰り返したということは、ヨメからよく聞かされた。
病院に逃避したこともあったという。
そんなときは、「私は不治の病で、余命半年なんだからね」と泣き叫んだらしいが、実際は健康そのものだった。

健康だから、その後3人の子を産んだ。

育児放棄はしなかったらしいが、夫と喧嘩をすると、飽きもせず家出を繰り返したという。
箱根や鬼怒川で保護されたこともあったらしい(異星人の行動範囲は狭いので、そこまでがテリトリーだったらしい)。
借金を抱えて、家計を圧迫したこともあった。

そんな母親に嫌気がさして、長男、次男は、自分の結婚は、婚姻届を出してから事後報告で済ませるという、賢明な選択をした。

「どうせ、反対するに決まっているんだから」

私たちが、異星人に結婚を反対されて、駆け落ち同然で家を出たとき、異星人の長男、次男は、「馬鹿だなあ。あの人は、誰が相手でも満足なんかしねえよ」と、鼻で笑ったのだ。

現状に満足せず、すべての現象に批判的な人。

そんな人は、意外と多い。
そして、異星人は、その典型なのだろう。

自分では何もしないくせに、不満だけを心に溜め込み、それを人にぶつける人なのだ。

義父が死んでから、長男、次男は、明らかに、実の母親との距離を置くようになった。
それは、見事なほど、徹底していた。
義父が死んでから、異星人は誰にも引き取られず、三鷹で不健康な一人暮らしを余儀なくされた。

その結果、糖尿病が悪化した。

「要するに、Mさんは、押し付けられたんでしょうね」
イズミさんは、半ば同情の混じった目で、私を見た。
私は、曖昧に笑うしかなかった。

それを聞いて、私はある人のことを思い浮かべた。
違う環境の人間を較べることは、フェアではない。
ただ、今回一度だけ、較べることをお許し願いたい。

私の実の母親のことだ。

彼女は、我慢強く、愚痴を言わない人だ。
80歳を過ぎて、一年に3回の手術を受けた時も、泣き言は言わなかった。

我々が見舞いにいくと、自分のことは放っておいて、孫たちの心配ばかりしていた。
85歳を過ぎた今、「物忘れが激しい」「歩くのが遅くなった」と言いながらも、毎日買い物に行き、料理を作っている。
話すことも理路整然としている。

そんな姿を見て、中学2年の娘は、こう言うのだ。
「川崎のおばあちゃんは、すごいね! アタシは、おばあちゃんを世界で一番尊敬してるよ。おまえのことは、永遠に尊敬することはないけどな」

若い頃から、肺結核、そして再発。不治の病と言われる再生不良性貧血、真菌症、気管支拡張症を患いながらも、教師、銀行勤めで家計を支えた。

自分が元気でいれば、息子も嫁も孫たちも、安心する。
それだけを念じて、私の母は、日々の暮らしを懸命に生きている。

その生き様は、確かに尊敬に値する。

人は、それぞれ違う。
人を比較しても意味がない。
それはわかりきっているのだが、疲れきったときは、どうしても較べてしまう。

意味がないことはわかっている。
だから・・・・・、反省。


「認知症が斑のうちはまだいいですが、人格が変わってしまったら、地獄ですよ」
何か得体の知れないものを見るような顔で、窓の外に視線を移しながら、イズミさんは寒そうに、肩をすぼめた。
彼が、かつて陥った「地獄の時間」を思い出したからだろう。

地獄ですか?
「はい、間違いなく、地獄です」

そんな来たるべき地獄に怯えながら、私は、2杯目のジョッキを注文した。



2009/10/03 AM 06:56:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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