Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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のりピーが日本を滅ぼす日
遅ればせながら、酒井法子さん。

酒井法子さんの話題が世間を席捲していた時、その話題に触れるのは、同じ熱病に浮かされているように思えたので、意識的に避けていた。
道徳的な意見の多い井戸端会議的話題にも、参加しなかった。

ひねくれものなので。

他にもっと、話題にすべきことがあるはずなのに・・・・・、
そう思っていた。

新型インフルエンザが流行り始めた頃、数年ぶりに、ヨメと言い合いをした。
二人の間で、議論が白熱するということは普段はないのだが、このときは結構熱く盛り上がった。

新型インフルエンザは、当時は「豚インフル」と言っていたと思う。
ニュースをつければ、豚インフルを競って取り上げ、各社こぞって、かなり不確かな情報を垂れ流していた。

深夜に、なぜか国民に大人気のマスゾエ厚労相が出現し、深刻な顔をして、「水際で阻止する!」などと吠えていた。
(知識不足を承知で言うが、マスゾエ氏は、年金問題やインフルエンザ問題で、テレビに露出していただけで、「何かを成し遂げた」わけではない。それなのに、人気があるのは、CM効果と同じで、映像の繰り返しが脳にインプットされた影響だろう)

さらに、マスメディアは、インフルエンザ報道で、識者という名の「お騒がせ屋」を座敷に呼び、推理劇を披露した。

そのとき、私はヨメに言ったのである。

たいしてインフルエンザが蔓延していない状態で、これほどの急カーブでヒステリー現象を巻き起こしていいのだろうか。
これでは、本当の蔓延期が来た時に、いつものようにマスメディアも受け手も飽きてしまって、まともな報道をしなくなるのではないか、と。

そんな私の意見に対して、、ヨメは強く否定したのだ。
「いま正確な報道をしないと、みんながインフルエンザを軽く見て、十分な対策をしなくなる。こんな非常事態のときは、報道は大袈裟な方がいいのよ」

街には、異様なほどのマスクマン、マスクレディが溢れ、パンデミックは、すぐそこに来ていると思われた。

しかし、いつのまにかマスヒステリーは収まり、マスクマンたちも街から消え去った。
インフルエンザの報道は、嵐が去るように終息した。

だが、その間も、新型インフルエンザは、世界各地で魔の手を広げていた。
当初の数倍の蔓延率で、地球を包み込もうとしていたのである。

しかし、日本のマスメディアの報道は、なぜか酒井法子さん一辺倒になった。
マスヒステリーの矛先が、「覚せい剤のりピー」に向けられたのだ。

新型インフルエンザの脅威と酒井法子さん。

比べてみれば、どちらが重要なのかは、日本以外のマスメディアなら、考えなくてもわかる。
3歳児にも、わかる理屈だ。
しかし、インフルエンザのマスヒステリーが過ぎ去ってしまった日本では、その話題は「飽きたもの」なのである。

「覚せい剤のりピー」こそ、大衆が求めている話題だ。
そんな無知で凝り固まったマスメディアの自己満足。
そして、その合間に民主党の組閣問題が、申し訳程度に割り込むだけの報道。

新型インフルエンザが世界的に蔓延しようとしている時に、この国のマスヒステリーは、見当違いのほうに舵を取っている。

いったい、新型インフルエンザで、何人の方が亡くなった?
その重みを、マスメディアは、どんな秤で量っているんだろう。

それよりも、「覚せい剤のりピー」の方が、重いというのか。

最初のマスヒステリーの頃と比べると、街には、マスクマンの数が、確実に少なくなったように思える。
最初の流行の時、「インフルエンザにマスクは有効なのかねえ。科学的根拠はあるのか」と私が疑問を投げかけたとき、大量にマスクを買い込んだヨメは「マスクしないと、絶対うつるのよ」と、マスクを手放さなかった。
しかし、本格的な流行時のいま、ヨメはマスクには見向きもしないのだ。

手洗いとうがい。
除菌・消毒用の石鹸と、うがい薬を洗面所において、家族にそれを促している。
子どもたちと私は、外から帰るたびに、必ずそれを励行しているが、ヨメと異星人は、知らんぷりだ。

インフルエンザの報道に、飽きてしまったからだろう。
かつての津波のようなインフルエンザ・マスヒステリーは、受け手の脳に間違った免疫を植え付けたようである。

「あれだけ騒いだのだから、もういいんじゃない?」
インフルエンザのことは、もう十分わかっているし・・・・・。
死者が増えているの? へぇ〜〜〜、何人?

冷静な報道はいいが、無関心な報道は、人から必然的な関心さえも奪う。

そんな状態で、インフルエンザのマスヒステリーが去り、のりピーヒステリーが押し寄せてきた日本。
医学の分野では、決して世界に引けを取っていないはずの日本。
しかし、マスメディアは、確実に世界の最低ランクに成り下がっていた。

覚せい剤も怖いが、インフルエンザは、それよりもはるかに怖い。

そんなまともな感性を持った人間が、マスメディアには、いないのだろうか。

彼らは、きっと思っている。
「バカな大衆は、インフルエンザなんかより酒井法子を求めている」
そんな大いなる勘違い、そして、思い上がり。

マスメディアは、いつの時代も、国民をミスリードする。

西暦2009年。
のりピーが日本を滅ぼした日として、この年は、歴史に大きく刻まれるかもしれない。

(ただ、ひとつ言い訳をさせていただきます。私は新聞を取っていないので、大新聞がインフルエンザに対して、どんな報道をしているか、正確な知識がありません。この意見は、大新聞の報道は前提にしておりませんので、悪しからず)



ところで、私は、酒井法子さんに関して、ほとんど知らない。
彼女は、私の視野の外側にいた存在だから、どんな歌を歌って、どんなドラマに出たのか、どれほど有名なのか、その知識がほとんどない。
ただ、彼女が、「のりピー語を駆使した有名人」だということは知っている。

その有名人が、覚せい剤を使っていたというのだから、それは当然の罰を受けるべきだろう。
しかし、誤解を恐れずに言わせてもらうが、彼女は、売人だったわけではない。
覚せい剤、麻薬の売人は悪魔だが、使っていた人間は、悪魔とは言えないのではないか、と私は思っている。
さらに、誤解を恐れずに言えば、それは微罪だ。

彼らは、ただ単に、法律の枠からはみ出て、自分を傷つけただけなのだから。
もちろん、快楽に身を任せて、他人を傷つけたのなら、その罪は、さらに重くなる。
それは、弁護する余地のない行為である。

売人、傷害行為、薬物使用。
それら全てをひっくるめて、悪であるという断じ方は、ある意味、間違いではない。
しかし、全てを同列に断じられるものでもない。

「復帰など、言語道断。断じて許さない」という常識人のことば。

だが、犯罪を犯したとしても、悔い改めたのなら、道を閉ざすべきではない。
私は、世間から断罪され罪を償った人には、それなりに機会を与えるべきだと思っている。

先日、居酒屋で酒を飲んだとき、「お掃除オバさん、雑巾がけから始めるならいいが、復帰なんてもってのほか。そんなことをしたら、世間が黙っていねえ!」と息巻く友人がいた。
彼は、ニュース番組のコメンテーターと同じ温度で、同じ言葉を叫んでいた。

ヤホー知恵袋」で検索してみた。
槇原敬之、長渕剛、美川憲一、研ナオコ、井上陽水。
彼らは、罪を償って、堂々と復帰したようだ。
そして、いまはそれぞれの分野で大きなポジションを占めている。

ヒステリー状態で、常識を振りかざす人たち。
いま、酒井さんを擁護したら、常識人やネット住民に袋叩きにあう。
だから、常識の鎧を身につけて、ただひたすら同じ道徳観を手にして、一点集中で攻撃をしている。

ひとつの方向にしか向かわない、同意見のブリザード(吹雪)は、怖いですね。
逆方向に向かおうとしても、口があけられず、息もできない。

ただ、このマスヒステリーという名のブリザードは、消えるのも早いから、ほんの少しだけ、息を止めていれば、あたりは静かになる。
そして、そのブリザードは、いつしか新たな方向に向かう。

そんな現象を見て、私は思ったのだ。
それは、虐めの構図と、どこか似ているような気がする。

つまり、マスヒステリーは、イジメ社会の根源と言えるのかも。



2009/09/24 AM 05:37:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]



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