Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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思い出を飲み乾す男
ヨメの長兄・次兄の家族が車4台を連ねて年始の挨拶に来たことは、前回書いた。

そして、自治会長から「非常識でしょ、Mさん!」と叱責を受けたことも書いた。
ただ、この件に関しては、私が全面的に悪かった。
私が彼らに、団地の来客用の駐車スペースを教えなかったのが悪いのだ。

しかし、その駐車スペースにしても、一世帯に割り当てられた台数は1台。
他の3台はコインパーキングに入れるしかないから、私が長兄たちから「新年の挨拶に来て、なんで金払わされるんだよ!」と罵声を受けることは間違いがない。
つまり、いずれにしても、私にとって、いいことは一つもない。

さらに、自治会長からのクレームは、もう一件あった。
「なんで、あんな大きな音で音楽聞くの? それも、演歌だよ。Mさん、演歌きらいじゃなかったの!」

リビングにおいてあるミニコンポは、いまや義母の独占状態になっている。
そして、聞くのは演歌だけ。
ヨメ一族は、ヨメ以外は、演歌にドップリ浸かった人種だったのです。

演歌一族が、大音量で音楽を垂れ流していると、20分ほどで両隣の奥さんが直接苦情を言いに来たので、長兄が仏頂面で謝ったらしい。
「妹夫婦が、親をほったらかしにして遊びに行っちゃったんですよ。だから、わけがわからなくて」

はいはい。
すべては、わたしのせいです。
申し訳ございません。

最近の私の心には、怒りの炎が、いつも小さく灯っている。
そんな炎を消すには、ジョギングが最適だ。
何と言っても、金がかからないのがいい。

自由業の私にとって、ジョギングは、一番手ごろなスポーツである。
空いた時間を有効に使えるし、何と言っても、金がかからないのがいい。

私の場合、走る曜日も走る時間帯も決まっていない。
走るのは、適度に天気がよく、一時間以上の自由時間があって、体調がそれなりにいいときだ。

そして、何と言っても、ジョギングは金がかからないのがいい(しつこい?)。

天気のいい水曜午後2時。
快調なペースで、団地の外回り7キロを走った。
足は痛くない。息も上がっていない。不調なところはない。ただ、心はボロボロに傷んでいるが・・・・・。

このままどこまでも走り続けられると思っていた2週目、9キロあたりだった。
私の前方50メートルをドタバタと不様なフォームで走る男の姿が見えた。

3年くらい前から日曜日に、たまに見かけるジョガーだ。
名前は知らない。どこに住んでいるかも知らない。
年齢は40歳前後だろうか。

おそらく、若い頃まったくスポーツに親しんでこなかったのだろう。
全身の筋肉が弱い人は、足の裏に適度な力が伝わらず、走る足音が異様に大きくなる。
彼は、その典型である。

ドタバタ、ドタバタ・・・・・。
私が見る限り、彼の走りに、この3年間あまり進歩が見られない。
つまり、運動が極端に苦手なタイプと見た。

しかし、よく観察してみると、今日の彼の走りは、さらにお粗末だ。
首を大きく左右に振って、両手は溺れてもがく人のように、リズムが完全に崩れている。
顎も上がって、まるで瀕死のマントヒヒという感じだ。

どうしたのか、と一瞬思った。
これは、明らかに異常ではないか。
具合でも悪いのか。大丈夫か?

しかし、すぐに思いなおした。
他人の走りなんかどうでもいい。
私は、他人のことを心配している場合ではないのだ。

私は、ボロボロに傷んだ心を修復すべく、ドタバタ男を一気に追い抜こうとした。
抜いた時、横目で男の顔を見た。

泣いていた。

顔面を大きく歪めて、声を出さずに泣いていたのである。

こんな時、人がとる態度は、おそらく二つ。

見なかったふりをする。
「どうしたんですか」と聞く。

おそらく、見なかったふりをする人が圧倒的に多いと思うが、私が選んだのは、まったく違ったものだった。

私は、男の走るペースに合わせて、彼の一メートル先を走ったのである。
つまり、先導する形だ。
鬱陶しいと思われるかもしれないが、そのときは彼は走るのを止めるだろう。

むしろ、男にとっては、そのほうがいいのではないか。
彼に何があったか知らないが、真昼の団地の歩道を泣きながら走ることは、彼にとって決していいこととは思えない。
団地はどんなに住みやすいところでも、悪意の視線は、いたるところに張りついているのだ。

約2キロ、その状態で走って、私は公園の方向に足を向けた。
ドタバタ男も私の後ろについて、公園に入った。
私は、ストレッチ。男は、足踏み。

そして、男は、いきなりドスンというかたちで、地面に胡坐をかいた。
顔は伏せていたが、まだ泣いている気配がある。
右手は、ジャージのズボンのすそを強く握っている。そして、左手は、グーの形で額に当てていた。

数分、そんな状態が続いた。

かける言葉は、ない。かけるつもりもない。

ただ、喉が渇いたので、私は公園となりのセブンイレブンに発泡酒の500缶を4本買いに行った。
公園に戻ると、男はまだ同じ姿勢でいた。
しかし、私が戻った気配を感じたのか、男は赤く泣き腫らした目を向けて私を見た。

「さっき・・・・・・」

次の言葉が出ないようなので、私は男のそばに腰を下ろしながら、発泡酒の缶を渡した。
男は、無言で受け取った。

男が、勢いよくプルトップを引く。
少し、泡があふれた。
その泡を見ながら、男が言った。

「さっき、離婚届に判を押したんです」
泡はまだ小さくあふれ続けている。

男の声は小さい。囁くほどの大きさだ。そして、声が震えている。
「11年間・・・・・・・。この泡のように思い出はあふれるけど、もう俺たちの新しい思い出は増えることはないんですよね。あふれて、いつか消えていくんだ」

思い出を飲み乾す男。

2本目を渡した。
涙は、止まったようだ。
しかし、私が男にかける言葉は、やはりない。

汗が引いて寒くなったので、私はウインドブレーカーを羽織った。
男と同じペースで発泡酒を飲む。

男が大きく息を吐いた。酒臭かった。
だが、不快なにおいではなかった。

「女々しいですか、オレ?」
私は、首を横に振った。
人が本当に泣きたい時、女々しいも雄雄しいもない。

「女々しくはないけど、思い出を涙で消すのは無理だ。それは、消しちゃいけない」

・・・・・・・寒い・・・、あまりにも寒すぎる!

私は、自分の言葉に寒気を感じたので、勢いよく立ち上がった。

そして、空の缶の入ったレジ袋を男に渡した。
「捨てておいてください。俺は、まだ走りたいんで」

男が何か言葉を返したような気がしたが、私は振り返らずに公園を走り出た。

だが、1リットルの発泡酒のダメージは、予想外に大きかった。
早いペースで飲みすぎた、ということもある。

公園から5百メートルほど走った時点で、私は足をもつれさせ、道端に膝をついた。
よろけながら、懸命に立ち上がろうとするが、足はもつれたまま。
そんなとき、目の前に、散歩中の柴犬。
見上げると、リードの先には、飼い主のM氏。

M氏の苦笑い。

なんか、たいへん、格好が悪い・・・・・・。



2009/01/09 PM 12:45:26 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]



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