Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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歌舞伎役者は「ブレない」と言った
ほぼ7年ぶり。

7年前、何をしていたか、それを即座に思い出せる人は、かなりの記憶力の持ち主だろう。
私は、当然のことだが、7年前の出来事など、思い出せない。

しかし、仕事のこととなると、別である。
7年ぶりにかかってきた電話。
私は、その声を覚えていた。

一度だけの仕事。
それは、確かB4のチラシだった。

「手書きのチラシを撒いてたんだけど、たまには、まともなものも作ろうと思ってね」
目尻に深いしわを刻んで、50過ぎの工務店の社長は、はにかむように言ったのだった。
その照れた様は、今でも、はっきり覚えている。そして、声も。

その会社は、一軒家の自宅の一角を事務所にして、奥さんと二人で細々と工務店を営んでいた。
「そうだね。年に3棟作る程度かな。いつつぶれてもおかしくない会社だな」
自嘲気味に言っていたが、卑屈な感じのしない夫婦だった。

その7年後。
事務所を訪れてみると、事務所は、場所を変えていて、新しいビルのワンフロアを占領していた。

建築業界が不況の時代に、まさかの躍進!
整然とした事務所の応接室の壁には、ゴッホのレプリカがあった。
ゴッホの自画像だ。
生真面目に斜めを向いて虚空をにらむゴッホ。

何の意味が? と聞いたら、「ゴッホは、時代をにらんでいるんですよ。生前はまともな評価を受けなかったゴッホだけど、時代をにらむことで、彼は自分を見失わずに絵を描き続けることができた。ゴッホは時代の先を行った画家だが、我々もたとえ受け入れられなくても、絶えず時代をにらんでいたいという思いを込めて、これを掲げているんだ」と、7年前からは想像できないほど、力強い表情で社長は私をにらんだ。

その社長の隣には、社長の息子がいる。
歳は、28歳だという。
彼は、歌舞伎役者のように、代々受け継がれた品のよさを漂わせて、姿勢よく社長の隣に座っていた。

その彼が言う。
「Mさんに仕事を頼んだのが、およそ7年前。そのときのチラシを見ると、僕の考えている住宅イメージと一致しているんで、びっくりしたんですよ」

7年前のチラシは、「なんか、品がよすぎて、ピンとこねえな!」と社長に言われ、仕事はそれっきりだった。
そのデータは、ハードディスクの中に残っているが、「その他」のフォルダの中に、いつでも捨てられる状態で残してあった。

「僕、このチラシ、いいと思いますよ。うちの会社のポリシーに近いと思います」
そう言って、息子が取り出したのが、B3のチラシの印刷物だった。
1カ月おきに出すチラシは、淡い色調のおとなしめなもので、インパクトは感じられない。
しかし、安心感はある。

そのチラシは、彼が父親の仕事を手伝う前に勤めていたマーケティング会社の系列デザイナーに頼んで作らせたものだという。

「お客様にとって、会社の方針がブレることは、とても居心地の悪いものです。だから、5年間ブレないチラシを発信してきました」
歌舞伎役者が見得を切るように、目を一点に捉えたまま、彼は胸を張った。

チラシを見てみると、確かに、見事なほどブレていない。
奇をてらわずに、正攻法で、自分の主張を押し通している様子が、紙面からにじみ出ているのだ。

「地味な手法だとしても、自分の信念を貫いていけば、必ずユーザーは評価してくれるんです」
そう言いながら「これは、僕の宝物なんです」と言って、歌舞伎役者は、分厚いクリアファイルを私に見せてくれた。

そこには、建物の概観写真とユーザーの写真、ユーザーの感想が書かれたA4のファイルが100枚以上綴られていた。
読んでみると、感謝の言葉のほかに、クレームもあった。

「クレームは、生きた教科書ですよね」と、歌舞伎役者が爽やかに言う。
その爽やかな笑顔を、隣で満足そうな笑みを浮かべて、社長(親父)が見ている。

それを見ただけで、こちらも幸せな気分になる。

世の中、不況である。
未曾有のリストラ嵐が吹き荒れている。
私の取引先にも、この1年で傾いて沈没したものが、いくつかある。

しかし、今回訪問した会社のように、業績を伸ばしている会社もある。
それは、歌舞伎役者風の息子が言ったように「ブレない」ということが、大きなヒントになるのではないだろうか。

ユーザーは気まぐれだが、敏感でもある。
私たちは、素人なりに、企業の姿勢を独自のアンテナでキャッチしているのではないだろうか。

ブレた時の不快感。

それをユーザーは、「なんとなく」というかたちで、キャッチするのだ。
その「なんとなく不快」という感性。
それが「ブレ」ということではないだろうか。

「ブレないチラシを、ちょっと考えてみてくれませんかね。サイズはB4。とりあえず、7年前の感性のままで、イメージを作り上げてみてください」
歌舞伎役者は、薄く微笑んで、「Mさんに、お任せしますから」と、見得を切った。

歌舞伎役者風の息子のそんな言葉に、私は緊張しつつ頷いた。

人一倍ブレてる俺が、ブレないチラシを作る。

う〜ん、実に、面白い(古い?)


2008/12/12 PM 02:35:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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