Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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無駄なものなんてないんだ!
昨日、得意先に集金に行くと、経理担当の女性から頭を下げられた。

「すみません。3週間ほど、お支払いを延ばしていただけると、助かるのですが」
その女性は、緊張して、鼻の頭に汗を浮かべていた。
いつもは、笑うと目がスマイルマークになって、人懐っこい雰囲気を撒き散らす人だが、今回は可哀想なくらい肩に力が入って、恐縮していた。

ないものは、払えない。
これは、当たり前のことである。
私は、悪徳業者ではないし、お金がないときの惨めさを知っているから、「はい」とだけ言って、得意先をあとにした。

さて、貧乏な夏の始まりだ(もう半分以上過ぎているが)。

一昨年も、昨年も、大口の入金が滞って、たいへん寒い夏を過ごした。
夏が嫌いになりそうである。

ただ、今年の6月は、レギュラーのドラッグストアのチラシが、普段は月に1回か2回のところを3回入ってきた。
その報酬が、昨日入金されていた。
そこが、昨年と違うところである。
これがなかったら、と思うとゾッとする。

ゾッとしながら、「無駄」ということについて考えてみた。
私は、普段それについて考えたことがない。

きれいごとを言わせてもらえば、この世に無駄な人などいないし、無駄なものなどない、と私は思っている。
どんなものでも、必ず何かの役には立っている。
だから、「無駄」を真面目に見つめようとは思わなかったのだ。

いま、冷静に考えてみて、やはり「無駄」はない、と思った。
ただ、使わないもの、あるいは使わなかったものはある。
これらが、はたして無用なものであったのか、という検証をしてみたい。

まず、8年前、ヨメが息子のために買った50万円近くした教材セット。
これは今、ほとんど使われずに、クローゼットの奥深くに格納されている。
勉強より遊びにエネルギーを使っている息子のために、ヨメが何とかして勉強に目を向けさせようと、独断で(つまり私や息子に相談せずに)ローン(24回払い)で買った最新式の教材セット。

しかし、最新式であっても、本人に使う意欲がなければ、ただ段ボールの中に眠るしかない悲しい運命を背負った「かたまり」に過ぎない。
私は、息子がこれを使うのを5回程度しか見たことがない。

そもそも私は、子どもは遊びの中から何かを学ぶべきであって、強制の中から何かを学ぶものではないと思っている。
だから、高価な教材セットがあったとしても、それを息子に無理強いすることはしなかった。
ヨメは、「使え使え! もったいない!」と言ったが、私が無関心だったので、息子も無関心で通した。

これは、無駄なのか。
ヨメが息子を思う気持ちを考えれば、これは無駄ではないと私は思う。
ただ、息子が使いたがらなかった。それだけのことである。

次は、仏壇。
これは、大きい。そして、立派だ。

4年前、仕事をしていたら、突然運送屋が来て、「お届け物です」と言ったのである。
緩衝材にくるまれたそれを見たとき、箪笥か、と思った。
しかし、箪笥を買った覚えは、私にはない。
キャビネットや本棚も買った覚えはない。

何ですか、それ? と聞いてみた。
作業員は、「仏壇です」と誇らしげに答えた。

仏壇? 聞いてないぞ!
しかし、聞いていなくても、配送先は明らかに我が家になっている。
そして、宛先は、ヨメに。

もしかして、悪い霊感商法にでも引っかかったか? と思った。
そこで、近所のお友達の家にお邪魔しているヨメに電話をかけてみた。
「ああ、和室の角に置いてもらって」とアッサリと言われたので、霊感商法でないことだけはわかった。

梱包を解かれた仏壇は、輝かしいくらい立派だった。
電気仕掛けの部分が何か所かあって、それは仏壇と言うより、メカニカルな家具という感じがした。
仏壇に見とれていたときに、ヨメが帰ってきたが、値段のことは聞けなかった。
ただ、とてつもなく高価なものだということだけはわかった。

この仏壇は、無駄なのか?
義父が亡くなって、2ヶ月後に届けられた仏壇。
ヨメがこの仏壇を見たときのキラキラ光る、ウットリとした目を見たら、「無駄」などと言えるわけがない。

今もこの仏壇は、燦然とその存在を和室で主張している。中央で義父が微笑んでいる。
光り輝いている。
だから、これは、無駄ではない。

ゲーム機が、たくさんある。
スーパーファミコン1台。NINTENDO64 2台(息子と娘に1台ずつ。親バカ?)。ゲームボーイ4台。ゲームボーイアドバンス2台。プレイステーション2 2台。ゲームキューブ2台。ニンテンドーDS 2台。
そして、ゲームソフト200本以上。

これは、無駄なのか?
スーパーファミコンは、私が「ファミスタ」で使っている。
プレステ2も、私が時々「ぼくの夏休み」と「ぼくの夏休み2」をするために使っている。
ゲームキューブは、息子がたまに使っている(スマッシュブラザース)。
ゲームボーイでは、ヨメが時々オセロをしている。
だから、無駄ではないのだろう。

我が家に、無駄なものなどないのだ。

しかし、先日、ヨメがボソッと呟いた。
「うち、パソコン多すぎない? あれ無駄でしょ? 場所もとるし」

何をおっしゃいます!
Mac3台。Win4台。
どこが無駄なんですか!
パソコンは、私の仕事道具ですよ!

Macは私が使い、WInは家族が1台ずつ使っているではないですか。
それぞれ有効に使っているはずですよ!
どこにも無駄はありません。

「でも、電気代がかかるのよ。あれって、無駄でしょ。エコじゃないし」

ああ、それは、ごもっともですね・・・・・、たしかに。



★無駄のない人は、CG「ちょっと一休み」



野口みずき選手のオリンピック出場が、危ぶまれています。

脚の故障。
それが、危機的な状況かどうかは、冷静な第三者が見れば、一目瞭然だと思います。
ただ、本人は「やれる」と思っているでしょうから、本人が出る気になったら、誰もそれを止められないでしょう。

きれいごとを言うなら、「オリンピックのために将来を棒に振ることはない。チャンスはいくらでもある。次を目指せばいい」ということになりますが、(金儲け主義ではない)真のアスリートが見ているのは、常に「現在(いま)」しかないはずです。

冷静な第三者が危ないと見たら止めるべきだ、というのは正論です。
外国の選手だったら、将来のことを考えて、間違いなく辞退させるでしょう。

ただ、アスリートの本能(レースこそが、自己表現の場である)がそれを拒んだら、そして、もし野口選手が、そんな強い本能の持ち主だったら、それを受け入れてあげるべきだと、私は思います。

たとえ、つぶれても・・・。

不調であっても、野口選手は、あの大きなストライドで北京の街を躍動するでしょう。

そして、彼女は、勝つつもりで走るでしょう。

勝ちたいという思いを全身にみなぎらせた、野口選手の躍動感を見たいという私の思いは、身勝手なものかもしれません。

ただ、その手にメダルはなくとも、私は、そんなアスリートの生きざまが好きです。
はなはだ、勝手な意見ですが・・・。


2008/08/12 AM 08:05:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]



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