Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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友を待った1時間半
「断れない客からのオファーが突然来た。俺の馴染みの店だから、先に食ったり飲んだりしていてくれ。だから、何時にそこに行けるかはわからないが、俺の名前を出せば、請求書は俺に回るから、遠慮なくやっててくれ」

一年ぶりに会う約束をしたオオクボから、待ち合わせ場所に直接かかってきた電話。
オオクボに関しては、昨年のブログに書いた。
あれから一年以上、何の連絡もなく、一昨々日の夜、電話があった。

「ちょっと知恵を貸してくれ」
「成功したやつが、成功してないやつの知恵を借りようなんて、ずいぶん嫌味だな」
怒るかと思ったが、オオクボは怒らなかった。
大学時代だったら、大声で怒鳴っていただろう。
「仏のオオクボ」と言われているのは、本当なのかもしれない。

「これから成功するもの同士、仲良く知恵を出し合おうということだよ。月曜日の夜7時に会おう」その後、待ち合わせ場所を一方的に言って、オオクボは電話を切った。
ただ、忙しさ、慌ただしさをまき散らしただけの電話だった。

面倒臭い、とは思ったが、昨日彼が指定する居酒屋に顔を出した。
そこで私を待っていたのは、冒頭に書いたオオクボから居酒屋にかかってきた電話だった。

丸の内線新宿御苑駅から厚生年金会館へ至る道の途中に、その居酒屋はあった。
小さな店だ。
特別新しくもないが、特別古くもない。
内装は、白壁が土蔵の雰囲気を漂わせていて、倉敷あたりに、こんな喫茶店があったと思い起こさせる造りをしていた。

L字形のカウンター。座席は、15程度しかない。
カウンターの中には、3人いた。
その中で一番年長のゴマ塩頭の人に、オオクボの名を言ったら、「」のボトルを目の前に置かれた。

「響」が高級な酒だということは知っていたが、本当の価格は知らない。
私の人生には、まったく関係のない酒だろう、とは思う。
しかし、ただなら飲んでもいい。

氷と水が出されたが、とりあえずストレートで飲んでみた。
一口飲む。
「芳醇な味」とは言えない。ただ、香りはいい。
酒は、飲んでしまえば、みな同じである。
この酒が、特別美味いとは思わない。
しかし、香りは楽しめる、と思った。

この酒はきっと、香りの分だけ高いのだろう。
香りに、高い金を払う。
要するに、金持ちのための酒だ。
普段なら毒づいているところだが、残念ながら毒づく相手がいなかった。

ストレートを一気に飲んでから、黙って、「響」のロックをゆっくりと飲み始めた。
目の前のゴマ塩頭の男に「何をお作りしましょうか」と聞かれたので、「この酒に合う料理を」と答えた。
カウンターの中の男たちは、無闇に客に話しかけてこない。
その雰囲気は、いいと思った。

太刀魚の南蛮漬けとアサリの酒蒸し、茄子の揚げ出しが出てきた。
特別凝ったものではないが、どれも味のバランスが絶妙だった。
誰にでもできる料理だが、すべて味が完結していて、他の料理の邪魔をしていなかった。
無駄な余韻がない味。水を少し口に含んだだけで、余韻が消える味。
だから、ウィスキーの邪魔もしていない。

この料理には余韻がありますね、というのは、私には「不味い」と同義語に聞こえる。
いつまでも後を引く味は、他の料理やデザートの邪魔になる。
完結した料理こそ、私はプロの味だと思っている。

料理に満足し、「響」を飲みながら、まわりを見回してみた。
客は、私を除くと5人。みな40才以上の男だ。
その5人が、きれいに1つずつ座席を空けて座っている。
つまり、誰もがひとりで来ているということだ。

もしかしたら、ここは、彼らにとって「隠れ家」的な店なのかもしれない。
オオクボもきっと、いつもひとりで来ているに違いない。
照明が暗い。本当に、土蔵の一角にいるような気分になった。

音楽は、クラッシックが控えめに流れている。
曲は、マーラーの「復活」だ。
スケールの大きな曲だが、居酒屋で聴く音楽ではない。
合唱部分が平坦に聞こえるから、ただの雑音にしか聞こえない。

「響」のロックを4杯飲んだ。
オオクボは、まだ来ない。
また、「何かお作りしましょうか」と聞かれたので、「豆腐料理なら何でも」と答えた。

豆腐とカニと空心菜、エリンギの炒め煮が出てきた。
片栗粉のとろみが効いていて、すべての味を上品にしていた。
そして、これも完結した味だった。
プロだと思った。

「響」のストレートを1杯とロックを5杯。
しかし、オオクボはまだ来ない。
壁に時計が見あたらないので、ゴマ塩頭に時間を聞いた。
8時半を過ぎていた。

あと30分待とう。
いい店だが、2時間も一人で飲む場所ではない。
ここは、経済的に余裕のある人間が、落ち着いて飲むところだ。
私には、まったく似合わない。

「響」のロックを6杯目。
いい加減、この香りにも飽きてきたころ、オオクボが入ってきた。
成功者の匂いをばらまいて、まわりを見回す目にも、ゆとりが感じられる。

「悪かったな」
「いや」

遅いぞ、と怒ってみても、自分の格を下げるだけだ。
「響」の水割りを作って、オオクボに渡した。
喉が渇いているだろうと思ったので、かなり薄く作った。

オオクボは、それを一気に飲み干して、「美味いな」と、疲れを吐き出すように言った。
さらに、もう一度息を大きく吐き出してから、私の方に体を向けた。
口元に、言いようのない豊かさが見える。
目は、人の意思を表すが、口元には人間の本質が見える、と私は思っている。

あらゆるもので自分を武装しようとしても、下卑た人間は、口元が下卑ている。
政治家の口元が、その証拠だと言ったら、偏見が過ぎると怒られるだろうか。
口先だけで生きている人間の口元は、下衆の口元になる。
私の口元は、誰が見ても下衆に見えるだろう。

しかし、オオクボの口元には、何とも言えない優雅さがあった。
思わず「いい大人になったな」と言っていた。
オオクボは、軽く笑っただけだった。

それから、仕事の話になった。
オオクボは最近、ウォーターサーバーの会社の顧問を頼まれたという。
企業や家庭にサーバーを貸し出して、ひと月ごとに一定の金額の料金を取るシステムだ。
競争が激しいので、それほど儲かってはいないということだ。
だから、コンサルタントのオオクボに、「お知恵を拝借」という依頼だった。

私も一度無料で借りてみたことがある。そして、無料期間だけでやめた。
水道水よりも少し美味しい程度だったからだ。
支払う対価に見合わない味だと思った。

美味い水が飲みたいときは、浄水ポットを利用している。
これは、ポットの中の浄水フィルターが、塩素などを除去して、まろやかな水にしてくれるものだ。
2か月に1回程度、フィルターを取り替えるだけだから、こちらの方が経済的にもいい。

ウォーターサーバーもいいが、浄水ポットのレンタルも考えてみたらどうか。
儲かるかどうかは、俺は素人だからわからない。
それを考えるのが、お前の仕事だろ。

そう言うと、オオクボは小さく笑いながら頷いた。
オオクボの高級そうな時計が、9時半を指しているのが見えた。
オオクボが3杯目の水割りを飲んでいる。
私は、7杯目のロックだ。

料理は、オオクボが好きだというアジフライ。
ほとんど何の苦労もなくかみ切れるフライの感触。しかし、口の中にアジの濃厚さが広がるのである。そして、食べ終わった途端に消える。
居酒屋の料理のお手本のような味だった。

「気づいていたか?」
オオクボが、自分のグラスを見ながら言った。
「何が?」
「俺たちが一緒に酒を飲んだのは、去年が初めてだったんだよ」

ああ、確かにそうかもしれない。
大学時代は、オオクボが私を避けていたような気がする。

「そして、二人きりで酒を飲むのは、今日が初めてだ」
オオクボが私を見た。
仏のオオクボ。
しかし、昔はいつも眉間に皺を寄せて険しい顔をしていたものだ。

今は、羨ましいくらい、いい顔をしていると思った。

「俺と一緒に、酒を飲みたかったのか?」
私が言うと、オオクボは、一度顔を天井に向けて、「ああ」と頷いた。

「気持ち悪いな」
「確かにな」

二人の笑い声が、暗い空間に漂っていた。



★気持ち悪い人は、CG「診察室」


2008/07/01 AM 06:52:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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