Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








あっぱれなヨメ
かなりリアルな話。

いきなり「別れたらどうだ」と言われて、驚いた。

ドラマや映画で、急に不自然に展開が変わることがあるが、まるでそんな感じだった。
いや、私にとっては、それ以上の、地球の自転が反転するほどの衝撃だった。

義理の兄が二人。
つまり、ヨメの長兄と次兄が前に座っている。

長兄はヨメより4歳上。次兄は2歳上。
ヨメと結婚して22年。
彼女の兄たちとは、あまり深く関わってこなかった。
顔を合わせるのは、5年前の義父の葬儀の時以来だ。

「もう、こんなことをやっていてもしょうがないだろ! やめたらどうだ! もう別れた方がいい。子どもたちは、俺たちが面倒を見るから」

私は、彼らに、私のやっていることを「こんなこと」と、言われてしまったのである。
それがどんなに非常識な言いがかりか、言った本人たちには、全くわかっていないようだった。

そもそも、彼らとは、最初から相容れない関係だった。
義兄たちは、妹であるヨメを可愛がっていた。
ただ、兄が実の妹を可愛いがるのは当たり前だから、それは理解できる。

しかし、私が彼女と結婚したいと言いだしたとき、「司法試験? 馬鹿じゃないの! 受かるわけねえだろ!」と、あからさまに言われた。
言葉をオブラートに包むという気遣いは、全くされなかった。

司法試験浪人のお前に、妹はやれないよ!

これが、最初の行き違いだった。
私は司法試験合格を目指していたが、浪人をしていたわけではない。
法律事務所に正社員として、勤めていたのである。
十分とは言えないが、定期的な収入はあった。

しかし、それを理解してもらえなかった。
あるいは、相手に理解するつもりがなかった、と言った方がいいかも知れない。

最初から、ボタンが掛け違っていたのだ。
私は、普通にボタンをかけたかったのだが、相手は上から2番目のボタンを無理矢理一番下の穴に遠そうとしていたように、私には感じた。
それほど、妹のことを心配していたのだろう、ということは理解できるが、当方が相手の事情を理解するほどに、相手は私たちのことを理解してくれなかった。

古くさい表現だが、ヨメは、駆け落ち同然に家を出た。
そんな極端な手段を取るしかなかった私たちは、もちろん「未熟」と誹(そし)られても仕方がない。

結局は、それが20年以上も尾を引いて、今回のことになったのだろう。

ただ、物事には順序がある。
明確な理由も必要だ。
それらをすべて飛ばして、結論だけを押し付けられても困る。
誰だって、起承転結の「結」だけでは、物語を理解することはできないはずである。

考え方や生き方の違いは、誰にでもある。
しかし、たとえ相手のことが嫌いだとしても、相手の考え方や生き方を認めない態度は、常識的な大人のものではない。

義兄たちと私では、生き方が違う。

長兄は、高校を卒業して、20歳そこそこで、職場で知り合った人と結婚し、男の子3人を設けた。
職場が倒産するという不運に何度も遭遇しながらも、子どもを育て上げ、一戸建ても手に入れた。
それは、尊敬できる。

子ども3人のうち一人は、かなりの問題児で、際どい環境に身を置いていた(我が家に逃亡してきたこともある)が、私はそのことで批判的なことは、決して言わなかった。
他人の家のことは、わからないからだ。

次兄は、高校卒業と同時に家を出て、堅実な会社で働き始めた。
彼は、営業としてかなりの実績を残し、40歳過ぎに「のれん分け」のような形で、有限会社を設立した。
設立するときに、金融機関から融資を受けるというので、私が保証人になった(長兄がその時、会社が倒産して無職だったので)。

次兄には、男の子がいて、大学に入り、ときどき父親の会社を手伝っている。
かなり大きな家も所有している。
その生き様は、やはり尊敬できる。

それに比べて、私には家がない。
昨年、車も売ってしまった。
見事なほどの貧乏暮らしである。

家を建てた建てないを、人間の判断基準にされたら、私などは、間違いなく人間のクズかもしれない。
価値観は、人それぞれあるだろうが、その価値観を無理強いされたら、私は黙るしかない。

貧乏デザイナー。

義兄たちは、このデザイナーという職業を胡散(うさん)臭く思っているらしい。

「あいつ、本当にまともに働いているのか?」
「普通、真面目に働いていれば、家の一つぐらい建てられるだろう」
「家族に惨めな思いをさせて、よく平気でいられるな」
「もう、見込みないんじゃないの」

彼らが、そんなことを義母に言っていたのは、義母経由で何度か耳にしたことがあった。
だが、私は気にしていなかった(いや、正直なところ、少しは腹が立っていたが)。
本当に言いたいことがあるなら、直接言ってくるだろう、と思ったのだ。

そして、彼らは、本当に直接言いに来たのである。
それも、唐突に、「別れたら」と。

私にしてみたら、これはかなり非常識な行為だと思うのだが、彼らは真面目なのである。
妹と甥・姪があまりにも可哀想だ、という大義名分があるから、彼らは「笑い話」を持ち込んできたわけではないのである。

娘が中学1年になる。
だから、丁度いい時期ではないか、と言うのである。

だが、彼らにとっては「笑い話」でなくても、私にとっては「笑い話」である。
こんなタチの悪い「笑い話」を真面目に答えていたら、私のプライドはズタズタになる。
だから、私は一言も喋らなかった。

そして、ヨメも口を開かなかった。
口を開けば、喧嘩になる。

高校3年の息子は、ノーテンキに自分の部屋でDSのゲームをしている。
中学1年の娘は、パソコンでYouTubeを見ている。

リビングだけに、沈黙が落ちている。

「飲み物はいらない!」と、長兄が言ったので、テーブルにはガラスの花瓶に生けた花が置いてあるだけだ。
心なしか、花も萎れて見える。

沈黙だけが、支配する空間。
馬鹿馬鹿しい空間。

こんなことは、時間の無駄だ。

だから、私は、義兄たちにそう言おうとした。
掛け違ったボタンは、お互いが気付かなければ、いつまでも掛け違ったままである。

今日の義兄たちの話を聞いて、私には、一生その掛け違いを直すつもりがない、という決意も生まれた。
だから、時間の無駄だ。

私が、そう言おうとしたとき・・・、

ヨメが、テーブルを叩いて、叫んだのである。

「アンちゃん! うちの子どもたちの幸せな顔を見て、わからないの!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

実に、あっぱれなヨメであった。



★あっぱれな人は、CG「工事中?」


2008/04/06 AM 07:49:22 | Comment(5) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.