Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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未完の小説
 幅広の坂道をゆっくりと上っていくと、右手にギリシャ神殿を思わせるようなホールがある。そのホールを行き過ぎて右に折れると、人ふたりが肩を寄せて擦れ違えるほどの急斜面の石段があり、左右に生い茂った木の葉が昼間でも辺りに濃い影を作っている。
 石段に猫が佇んでいる。老婆のような顔をした大柄な猫だ。口笛を吹いてみるが、彫像のように目を閉じたままだ。
 百段ほどの階段を上りきると、急に視界が開けて、子どもがキャッチボールをするのに十分な広場があった。
 現に子どもが四人、軟式のボールでキャッチボールをしていた。
 十歳前後の少年たちだ。どの顔も日に灼けて健康そうな、そして無邪気な表情をしている。
「智(さとし)」と呼んでみる。
 4人の中でも一番小柄な少年が、グローブを持った手を小さく上げる。
「よう」
 私はすべての感情をそこに集約させるように、頬をゆるめながら少年に近づいた。
「よくここがわかったね」
「仮の父親としての勘さ」さらに頬をゆるめながら言う。
 智は、細い肩を軽く上下させながら私を見上げた。
「お母さんはまだ…」
(見つからないの)という問いをまるで自分に納得させるかのようにのみ込んだ。
 右手につかんだ泥だらけの野球のボールが微かに震えていた。
「あせるなよ、智。まだ2日しかたっていない」
「そうだね」
 不思議なほど大人びた表情が、私をどきりとさせた。小さな顔の中にあきらめと希望と、幼さをかくして、少年は私を見上げていた。
「痣、一昨日よりひどくなったみたい」
 少年が私の右頬を見て言った。
「俺は、元ボクサーだ。殴られるのは慣れている」
「でも、痛そう」
「痛いさ。本気で殴ってきたんだからな」
「僕のパパが」
「そう、無責任なおまえの親父がな」
 私と智の父親とは、この2年間同じ会社で働いていた。つまり、同僚だったわけだ。だったというのは、4日前に会社の上司を殺した容疑で智の父親は今、警察で取り調べを受けていた。
 会社は馘首。だから今は、同僚ではない。

 智の父親、伴野吾郎が上司の田中を殺したと言って、深夜私の家に来たとき、驚きはあったが、彼とはたいして親しい間柄ではなかったせいか、戸惑いの方が強かった。
 伴野は人を殺したというわりには、表情にこわ張ったものはなかった。
 会社で見る生真面目な表情を少しくずしただけで立っている姿に、私は違和感を持ったものだった。
「田中が死んだ。」と伴野は言った。
 自分が殺したとは、最初は言わなかった。伴野は、いつものように私から視線を少しはずして、抑揚のない声で言った。
 田中が…死んだ。唐突な出来ごとではあったが、悲しくはなかった。驚きもそれほど強くはなかった。
 直属の上司であること以外に、とりたてて接点のない中年男の死など、私の生活に入り込む余地などはない、私は伴野にそんなことを言ったように思う。
 伴野はそんな私の言葉に驚きもせず、「そうだな。おまえにはなんの関係もないよな。だが、俺が…俺が、やつの人生を止めた男だったとしたら…」と、こもったような声で言葉を繋いだ。
 そう言ったときの伴野もやはり、いつものままだった。
「つまり、おまえが殺ったというのか。あの田中を」
「そういうことだ」
 伴野は、はじめて微かに感情を出して笑った。
 自棄気味の笑いというのではない。普通に笑った。そうとしか言いようのない笑い方だった。
「理由を、聞こうか」
 パトカーのサイレンが聞こえた。遠くだ。闇に消えるように遠ざかっていくサイレンの音。私たちには関係のないサイレンだろう。
 伴野は、首をサイレンの音の方にまわしたが、頬にはまだ笑いがあった。
しかし、闇に目を凝らすと伴野の頬の右側が、かすかに痙攣しているのが見て取れた。


これは、10年以上前から書いている小説の冒頭である。

10数年前の私のキータイピングは大変お粗末で、10行の文字を打つのに30分近くかかっていた。
だから、「文字打ちはちっとも面白くない!」と、苦手なものから逃げて、お絵描きだけに没頭していた。

しかし、没頭していたからといって、そのお絵描きが群を抜いてうまかったわけではなかった。
せいぜい素人を感心させる程度のものだった。
この程度でプロの冠を付けるのは、あまりにも面の皮が厚すぎる。
それは無謀である。
そう考えた私は、広く浅い技術で世の中を渡っていこうと思った。

そう考えると、「文字打ちなんて面白くない」とは言っていられなくなった。
最低限、一般人よりは早く正確に打てるようになりたい。
そう思って、キータイピングに真剣に取り組むことにしたのである。

だが、やっぱり文字打ちは退屈だし、上達の速度も遅々としたものだった。
そこで、それまでの闇雲に打つ方法をあらためて、好きな小説を正確にタイピングすることにした。
これは、ある程度効果はあったが、この方式では集中力が続かないということがわかった。

じゃあ、どうすればいい?
それなら、小説でも書いてみるか、と思った。
他人の書いた小説は面白いが、所詮はひとの言葉だから、のめり込めない。
しかし、自分の考えた文章なら、のめり込むことによって、文章は上達するし、タイピングも上達するのではないか。
そう思ったのである。

その目論見は、ものの見事に当たって、わずかの間に私のタイピングは長足の進歩を遂げた。

頭の中にあるイメージを早く文章にしたい。そうしなければ、忘れてしまう。
そんなもどかしさと競争しながら、キーボードと向き合い、ブラインドタッチに近い打ち方ができるようになった。

だから、私が文字打ちが早くできるようになったのは、この小説のおかげである。

だが、この小説は完結していない。
10年以上かけて、147120文字を打ったというのに、やっと半分が終わったところである。
147120文字といえば、四百字詰めの原稿用紙で約370枚分だ。
それでやっと半分とは、無駄に多く文字を打ったものである。

この小説は、一体いつ終わるのか。
高校2年の息子が、成人するまでに終わるだろうか。
あるいは、小学6年の娘が成人するまで、かかるか。

あるいは、私の肉体が・・・・・・。


2007/11/27 AM 06:55:43 | Comment(6) | TrackBack(0) | [日記]



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