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● キモチのいいおごられかた |
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大宮の印刷会社で仕事をした帰り道、また同業者に出くわした。 その同業者のことは、このブログに書いた。
一ヶ月前のことだったが、せっかくお昼をご馳走してくれたというのに、相手がカラオケで演歌を歌ったというだけで、途中で逃げ出すという恥さらしなことをしてしまったのである。
なんて非常識なやつ! 無礼者! と罵られても仕方のない行為だった、と今は深く反省している。
だから、出っ張った腹をゆさゆさと揺らしながら歩いてくる彼を認めたとき、逃げることを考えた。 会わす顔がない。 今なら逃げられる。 気づかれないうちに、回れ右をしようとした。
しかし・・・・・、 「Mさぁ〜ん!」 大きな声で呼ばれてしまったのである。 しかも、派手に手まで振っている。
まん丸の笑顔を作って、近づいてきた。 どう考えても、前回のことを根に持っていない顔だ。 私が思っている以上に、人間の器が大きいのかもしれない(腹も大きいが)。
「Mさん、カラオケが嫌いだったら、嫌いと言ってよ。俺、カラオケのない世界は考えられないからさ。自分が好きだから、きっと他人も好きだろうって考えちゃったんだよね。いやあ、悪かったね。それでさ、今日は偶然また会ったことだし、お詫びにMさんの好きなもの奢りたいんだけど、いいかな?」
お詫びしなければいけないのは、私の方である。 高級料亭で高い料理をご馳走になったのに、途中で帰ってしまうなど、まともな大人がすることじゃない。 絶交を言い渡されても、文句は言えないところだ。
それを彼は、「俺が悪かった」と言うのである。 明らかに、人間の器が違う。 この人は、とてつもなく大きい人だ・・・心底、そう思った。
心底そう思ったが、「好きなものを奢りたい」と言われると、またも構えてしまう私なのだ。 好きな酒は沢山あるが、奢ってもらいたい食べ物はほとんどない。 寿司は好きだが、奢ってもらうには高すぎる。 ウナギや焼肉、バイキングも心理的に負担になる。
かといって、「マクドナルドのハンバーガーや立ち食いそばでいい」などと言ったら、相手は馬鹿にされたと思うだろう。 喧嘩になるかもしれない。
だから、それは避けたい。 相手の機嫌を損ねずに、この場を逃げる方法はないだろうか。 一瞬考えたが、また逃げたりしたら、誠意を疑われるだろう。 では、どうしたらいい?
迷っていると、「Mさん、俺の言っていること、迷惑?」と見透かされたように言われた。
慌てて、首を左右に大きく振った。
同業者は、それを見て、ホッとしたような顔をして大きく頷いた。 そして、両手を大袈裟に叩いて、私の目を探るように見つめた。 「ああ、もしかして、もうお昼食べちゃったの?」
そうか! その手があったか! 昼メシはもう食った、と言えば、強く誘われることはないはずである。 なぜ、そんな簡単なことが気づかなかったのだろうか。
私は、出来の悪いロボットのように強く首を振って「そう! 食べちゃったんだよね! 食べた食べた!」と声を張り上げた。
同業者は、そんな私を見て、小さく肩をすくめながら「Mさん、嘘が下手だね。俺に気を遣って、そう言ってるのが見え見えですよ。じゃあ、手打ちうどんでどう? うまいうどん屋さんがあるんだけど、一人で入るのは寂しいから、つき合ってくれない? そこ、いい日本酒も置いてあるんだよね。誰にもナイショだったけど、Mさんならいいかな。ねっ、行こうよ!」と一気に言った。
負けました。
駆け引きの苦手な私が、すべてが私より数段大人の彼に勝てるわけがない。 完敗です。 素直に負けを認めて、彼の後について、うどん屋の黒く重々しい門をくぐった。
まず「瀧自慢」という初めて名前を聞く日本酒をご馳走になった。 日本酒はあまり飲まないので表現方法がわからないが、一口飲んで「まったり」という言葉が浮かんだ。 美味いのか不味いのかは、わからない。ただ、「まったり」とだけ感じた。
「うまいでしょ、これ?」 と体を乗り出して、同業者が私の顔をのぞき込んだが、私は「はい、まあ」とだけ答えた。 奢ってやっている相手にこんなことを言われたら、私なら卓袱台をひっくり返すところだが、彼はどこまでも鷹揚である。
「ハハハ、俺もよくわからねえんだけど、ここの大将がいつも薦めるから『美味いね』って言ってるんだ。これ、大将には、ナイショナイショ・・・、ハハハ」 本当にいい人なんですね、この人。
こうなるとなおさら、前回の自分の無礼な行為が思い起こされて、深い反省の念が体中を駆けめぐって、自然と頭が下がり、肩を落としてしまう私なのである。
運ばれてきた手打ちうどんを肩を落としたまま食ったが、太さとコシのバランスが絶妙で、美味かった。 肩が少しだけ上がった。 天麩羅の盛り合わせも、上品な味で衣のサクサク感が最高だった。 肩がさらに上がって、平行になった。
「Mさん、これ美味いよね。ああ、でも・・・Mさんの口には合わなかったかな。俺、自分がいいと思うと、人の好み考えないからねえ。悪いねえ、無理矢理つき合わせちゃって・・・」 天麩羅のカスが付いたテカテカの前歯を全開にして、同業者が頭を下げた。
私も、両手をテーブルについて、深く頭を下げた。 まん丸のおなかをした中年男とカマキリのように細い中年男が、同時に頭を下げている図は、相当おかしい。
笑うしかない。 笑いながらまた「瀧自慢」を飲んだ。
「いやあ、いいねえ。こういう美味いものは、一人で食べても美味しくないからね。今日はよかったよ。ホント楽しかったァ!」
いるんですね、こういう「いい人」って。 久しぶりに、いい時間を過ごした、と実感できたひとときだった。
いや、これは奢ってもらったから言っているわけではありませんよ。ホントに・・・。
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2007/11/23 AM 08:18:45 |
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