Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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タダほど素敵なものはない
突然自転車の後輪がパンクした。

自転車で桶川の得意先に行こうとした途中のことだった。
我が家から桶川までは、15キロ弱。
普段は、10キロ以上の距離は原付で行くことにしているのだが、エンジンオイルが切れているので、自転車で行くことにしたのである。

5年以上乗っているオンボロ自転車。
しかし、大事に使っているので、それほどくたびれた感じはしない(と思っている)。
ただ、何度もパンクしているので、チューブは補修の跡だらけである。
タイヤもよく見ると、擦り切れた跡が無数にある。

タイヤとチューブは、自転車の足である。
その足が、使えなくなった。
桶川の得意先まで、あと2キロの地点。

私の記憶では、近所に自転車屋はない。
ただ、1キロほど戻ると、北上尾のダイソーがあるから、そこでパンク用のパッチと簡易空気入れを買うことができる。

面倒臭いが、今はそれしか選択肢はない状況だ。
パンクした自転車を引きずって、戻りかけようとした。
しかし、思いとどまった。
よく考えたら、金がない。
財布を持ってこなかったのだ。

もっとも、財布を持ってきたとしても、中身が入っていないから意味はない。
得意先までの2キロを自転車を引きずって歩くしかない。
帰りも引きずって帰るしかないだろう。
他のことは全て自信がないが、体力だけには自信がある。

歩いた。
1キロほど歩いたころだろうか、私と同じ速度でトロトロと走っているオンボロワゴン車に気づいた。
白のワゴンだが、ところどころ泥がこびり付いている。
そして、車体の横には、「自転車修理巡回中」と茶色の文字で書いてあった。
おそらくその文字も、最初は赤だったのだろうが、変色して茶になってしまったのだろう。
私の自転車に負けないくらいオンボロだった。

そのオンボロワゴンが私に付きまとう理由は、ただ一つしかない。
「修理をさせろ」ということだろう。
私の自転車の後輪がパンクしているのは、誰が見てもわかる。
自転車の修理屋さんなら、ヨダレが出るほどの状況に出くわしたことになる。
しめしめ、と思ったことだろう。

しかし私は、ワゴンの運転者に「金がない光線」を冷たく送った。
この光線は、冷たくて鋭い。しかも、気体が固体になる氷点温度並に冷たい光線である。
敏感な人間なら「寒!」と言って、背筋が凍るはずだ。
ただ、この光線は受け手側が「冷てぇ!」と感じてくれなければ、何の意味も持たない。

そして、ワゴンの彼は、私が怖れていたごとく鈍感な人種だった。
私の「金がない光線」を「ヘルプ ミィ!」と勘違いしたらしく、車を止めて「パンクしたんですかぁ!」と叫びやがったのである。

はい、パンクしましたけど、それが何か!
無視して、通り過ぎようとしたが、ワゴンの彼はしつこい。
「引きずったままにしていると、タイヤが傷むから、早く修理した方がいいですよ」

そんなことは、わかっている。
金がない、と言ってしまえば、話は簡単に終わるのだろうが、それでは少し惨めだ。
そこで、私は「すぐそこが我が家だから、家に帰って自分で修理する」と言った。

これは、我ながら素晴らしい言い訳だと思った。
これなら、ワゴンの彼も諦めるはずだ。
自分で修理する、と言っている人間をかまっても一銭の得にもならないはずである。
舌打ちの一つもして、通り過ぎると思っていた。

しかし、「あー、でも無料で修理しようと思ったのにぃ」と、ワゴンの彼が言うではないか。

無料?
タダ?
Free?
まさか!

と、心では思ったのだが、顔はニヤケていたようである。
ワゴン車が止まって、ワゴンの彼が出てきて、すぐ私の自転車を点検し始めた。

無料? あり得ないだろう。タダ、と言って油断をさせておいて、実は法外な値段をふっかける新手の暴力自転車屋ではないだろうか?
そう思ったが、相手の体格を見ると、私よりはるかに背は低いし、胸板も薄い。存在感も薄い。
これなら勝てる、と判断して、彼の修理する様子を冷静に見守った。

プロの作業は早い。
「これは、使い込んでるなぁ。いつ空中分解しても、おかしくねえな」などと、失礼なことを言いながら、10分もたたずに修理が終わった。

修理代を請求されたら困る私は、また「金がない光線」を送って、身体全体にバリアを張ったが、彼には効かなかったようである。
「直りましたけど、これはそろそろ寿命ですね。もし新しい自転車を買う時が来たら、うちで買ってください。この券を持って来てもらえれば、2割引きで売るんで、よろしく」
白い歯をオープンにした笑顔で、そう言いながら、ポケットから出した割引券を差し出してきた。

「ホントに、今のタダでいいの?」
券を受け取りながら、私は彼の白い歯を食い入るように見つめた。
白い歯が、「はい」と言うのを確認して、深くお辞儀をした。

外人だったら、ハグをするところだろうが、純粋な大和民族の私には、そんな恥さらしなことはできない。
「ありがとう」を三回言って、また深く頭を下げた。

頭を上げたときには、ワゴンの彼はもう運転席に座ろうとしているところだった。
ワゴンは汚くてオンボロだが、持ち主はカリフォルニアの青い空のように澄んだ心を持っていた(カリフォルニアには行ったことがないが)。
彼は爽やかに左手を振ると、オンボロワゴンをスタートさせた。
オンボロワゴンが輝いて見えた。

そして、ボロい自転車に乗ったボロい男は、「タダほど素敵なものはない」と歌いながら、桶川の青く澄んだ空の下を駆け抜けていった。


2007/11/13 AM 06:48:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]



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