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● 似たもの同士 |
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「マンネリだって、読者からハガキが来たんですよ」 ハヤシさんが、1枚のハガキを私の前に出しながら言った。
それは、毎月5日締めの仕事の2稿目の時だった。 修正が思ったより少なかったので、ホッとしていたときに、突然そう言われたので「まったく!」と思った。 「この人は気分良く会話を終わらせることができないのだな」と心の中で呪った。
ハガキを読んでみた。 ハガキにしては長い文章だったが、要約するとこうなる。
いつも楽しく読んでいます。文字が大きくて読みやすく、スッキリした構成は、目にも優しくて負担にならない。毎号楽しみに見ているが、この方式をずっと続けるとなると、将来もしかしたらマンネリになるかもしれない。少しずつ印象を変えていった方がいいのではありませんか。
文面の中に「マンネリ」という言葉はあるが、「この本がマンネリだ」とは言っていない。 「将来マンネリになるかもしれない」と警鐘を鳴らしているだけである。 だから、私はハヤシさんにこう言った。
「マンネリだ、とは書いてませんね」 「でも、マンネリと書いてある。よく読んでください。『マンネリ』という言葉があるでしょう」 「よく読みましたが『将来もしかしたらマンネリになるかもしれない』としか書いてないですよ」 「だから、『マンネリ』と書いてあるわけでしょう」
殴りたい!
マンネリだ、と言うのと、将来マンネリになるかもしれない、と言うのでは、まったく意味が異なる。 私は、国語の先生になって、これを彼に丁寧に説明しなければいけないのか?
私が黙っているとハヤシさんは、すかいらーくのソファにふんぞり返りながら、勝ち誇ったように、こう言う。 「一人『マンネリ』と思ったら、その陰には、何百人もの声にならない声が存在しているわけですよ。つまりこれは、たった一人の声ではないのです」
確かにそうだ。 珍しく、いいことを言う。 ひとりの意見は、概してひとりの意見ではない。 必ずその裏に、同様の意見の人が隠されていることが多い。
つまり、将来マンネリになるかもしれない、という感想を持っている人が少なからずいる、と考えていい。 私は、ハヤシさんを見直した。
文章の読解力は小学校低学年並みだが、結論は間違っていない。 これがテストだったら、過程が間違っているのだから零点だろうが、答えとしては合格である。
普段だったら、大爆発しているところだった。 いつもだったら、大人気なく、バトルを繰り広げていただろう。 この性格を改めなければ、人間として進歩がない。 いけない、いけない・・・(反省)。
そんなことを思っていると、調子に乗ったハヤシさんが、「まあ、マンネリも一つの芸ですからね。しかし、果たしてMさんに芸があるかわかりませんがね」と言いやがるのである。
殴りたい!
20歳近く年上の人間に、普通そんなことを言うか?! 両手が思わず、グーになった。 左のジャブ2発と右フック1発で、確実にダウンさせる自信がある。 いや、ジャブ1発でダウンできるかもしれない。あるいは、ヒジを目に入れてもいい。
そう思ったが、それをやったら、頭を丸坊主にして謝罪会見を開かなければいけなくなる。 だから、グッと我慢した。
これ以上何か言うと、喧嘩の種が増えてしまうので、黙った。 仕事の打合せは終わったのだから、「では、修正はメールで」と言えば、この場は確実に収まるはずである。
しかし、それを言うのが面倒臭い。 このあたりが、私が大人になりきれないところだ。 黙るのは、トラブルの種を蒔くようなものだということはわかっているのだが、つい黙ってしまうのである。
その姿を見て、ハヤシさんはさらに頭に乗ったようだ。 「まあ、マンネリと言われて開き直るか、心を改めるかは、Mさん次第ですがね。しかし、Mさんが心を改めるとは思いませんが、ハッハッハッ・・・」
普通は、こんなことは言わない。 よほどの悪意がない限りは、絶対に言わない。 しかし、この人は平気で言うのだ。 そうなると、私としても戦闘開始せざるを得ない。
「5年前、この冊子を作ったころは、印刷部数は2千部だった。でも、今は8千部。5年間で4倍ですよ。出版不況と言われている時代に、4倍の実績を作った。それはもちろん俺の力ではないが、少なくとも文句を言われる数字ではない。確かに、将来マンネリになる恐れはあるかもしれない。しかし、レイアウトをするのは俺だが、最終的にそれを認めるのはあなただ。俺がマンネリだったら、そのレイアウトを認めたあなたもマンネリだということだ。評論家面して、自分だけが責任を逃れようなんて思うなよ!」
我ながら、よく言った! しかし、仕事を請け負う側は、クライアントにこんなことは言わない。 これは、言ってはならないことである。
言ってはいけないことを、平然と人に言う。 つまり、ハヤシさんと私は、似たもの同士だと言うことになる。
5年間、こんなことを続けながら順調に仕事をこなしているのだから、これは一つの行事と言っていい。 我々にとって、このバトルは、クリスマスや正月と同じものなのかもしれない(毎月、クリスマスと正月が来たら大変だが)。
その日は、最後に睨み合って、無言で別れた。
そして、校了の日。 最終校正を渡して、ハヤシさんがそれを見て大きく頷いた。
二人して、すかいらーくでコーヒーを飲んでいた。 ハヤシさんは、いつもはコーヒーにミルクと砂糖を入れる。 しかし、この日、彼はどちらも入れなかった。
「ああ、ブラックもいいもんですね。コーヒーの味が、はっきりわかりますよ。これからは、ブラックにしようかな。これは、体にもいいかもしれない」
それを聞いて、私は身構えた。 珍しく、ハヤシさんの機嫌がいい。
いったい、どうした? ボーナスでも出たか(いや、まだボーナスの季節ではない)。 彼女ができたのか?(その性格で?) ミニロトが当たったのか?(神のイタズラで) 茶柱が立ったか?(コーヒーに茶柱は立たない)
色々と考えたが、全身にたつ鳥肌は消えない。 コーヒーが、余計苦く感じる。 吐き気が、のど元まで上ってくる。
鳥肌の粒が大きくなったようだ。
しかし、ハヤシさんは、そんな私を残して「ではお先に」と帰ってしまったのである。 呆然として、その姿を見送る私・・・・・。
なんか、寂しい。
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2007/11/07 AM 06:41:28 |
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