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● 使えねえ私・・・ |
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得意先から、東京品川にあるリフォーム会社を紹介してもらった。
お得意様に紹介してもらった仕事は、得意先に恥をかかせてはいけないので気を遣う。 仕事をいただくのはもちろん嬉しいが、バンザイと大声で叫びたくなるほど、割りのいい仕事を人の紹介でいただいたことはない。 大抵は、他の人が持てあました仕事が回ってくることが多い。
全国有数の巨大商店街から少しはずれたところに、その会社はあった。 商店街の喧噪から少し離れただけで、人通りは極端に少なくなり、寂しい感じになる。 リフォーム会社は、4階建てのビルの1階にあったが、看板が小さいので、うっかりすると見落としてしまいそうである。
変な表現だが、およそ会社のドアにはふさわしくない、影の薄いひっそりとしたドアを見て、引き返したくなった。 そのドアを見つめていると、まるで得体の知れない魔物が住んでいるような、背筋に氷を当てられたような、嫌な気分が襲ってきた。
帰りたい。 しかし、帰るわけにはいかない。 何しろ、お得意様の紹介なのだ。
お得意様の顔に泥を塗っては、こんな吹けば飛ぶようなデザイナーなど、途端に路頭に迷うに決まっている。 意を決して、入った。
悪い予感は確実にあたる。 オールバックの男が、横柄に挨拶をし、「まだ、仕事を頼むと決めたわけじゃないよ」と、いきなり言われた。
差し出された名刺を見ると「専務」と書いてある。 年は30から35の間といったところか。
社名と名字が同じところをみると、お決まりの同族経営。 おそらく社長の長男なのだろう。 応接セットの後ろのデスクに「専務」と同じ顔をした60年配の男が、眼鏡をかけて新聞を読んでいた。 この人が社長なのだろうが、私が入ってから一度もこちらに目をくれない。 完全に無視である。
応接セットの左隣にはデスクが2基置いてあって、専務と同じくらいの年の男の人が、ひとりパソコンをいじっていた。 この人は、私に会釈をしてくれたが、名刺交換はしなかった。
専務は、いきなり「これ」と言って、テーブルにカラープリンターで打ち出したどぎついプリントを置いた。 世間話もしていない。 お茶も出ない。 この人は、「いきなり」が好きなようである。
専務は「こいつが」と言って、私の左隣のデスクに座った人を顎で指し示した。 「このチラシの原案をつくったんだけどさ。これ、結構いいだろ?」
これが・・・・・、いいのか? まるで子どもが、買ってもらったばかりの絵の具を全部使って絵を描きました、という落ち着きのない作品である。 おそらくワードでつくったのだろうが、色をコテコテに使っているだけだから、売れない吉本興業の芸人が目立とうと思って、中身のないパフォーマンスを演じているようなものである。
「これは、華やかですねえ」 あまり露骨に言ったら角が立つ。 不本意だったが、誉めているとも、けなしているともとれる表現で答えた。
すると、専務はまた「これ」と、いきなりB4サイズのモノクロのチラシを出した。 「これ、この間出したチラシなんだけど、冴えないだろ。結構有名なデザイン事務所に出したんだが、この程度だよ。全然目立たないだろ。こっちのカラーの方が目立つだろ」 カラープリントの方を指さして、自信満々の顔で私を見つめた。いや、睨みつけたと言ったほうがいいかもしれない。
モノクロとカラーを比べたら、カラーの方が目立つのは当然である。 どんなに落ち着かないチラシだとしても、カラーの方が確かに目立つ。
しかし、このモノクロのチラシはよくできていた。 文字の配置やイラストの使い方、金額の目立たせ方など、ほとんど完璧と言っていい出来だ。 自慢ではないが、私にはこんな良質のチラシデザインはできない。 これを「目立たない」と言われたら、デザイナーはやる気をなくすだろう。
カラープリントの方は確かに目立つが、吉本の若手芸人のオンパレードなど真剣に見る気にならない。 「くどい!」と言って、確実に敬遠されるに違いない。
しかし、専務はこれをチラシにしたいようだ。 嫌な予感がした。 まさか、このまま印刷しろなんてことは、言わないだろうな。
だが、悪い予感というのは、何故こんなにもよく当たるのだろう。 まるで、誰かが筋書きを書いたように、話が嫌な方向に進んでいく。
「これ、よくできてるから、このまんま印刷してくれない?」 ほら、来た!
これをスキャンして、4色に分解すれば、簡単にできる。 版下がカラープリントだから、100%同じ色で印刷されることはないが、「そのまんま」印刷するとしたら、その方式しかない。
もっと綺麗に印刷したいなら、4色に分解できるソフト(イラストレーターなど)を使って、組み直すしかないが、そうすると絶対にカラープリントで出力した原案と同じ色にはならない。 書体も変わる可能性があるから、全部がそっくりとはいかない。
なぜなら、ワードで作ったものをカラープリントで出力したものは、ドキュメント自体がRGBの3色だから、印刷のCMYK4色とは、まったく原理が異なるからである。 書体もWindowsとMacでは、同じプロポーションのものが少ない。
これは、結果を見れば歴然なのだが、残念ながら今日はそのサンプルを持ってきていない。 だから、いくら克明に説明しても、説得力はないだろう。
この場合、最低限、最初に念を押しておかなければいけないことがある。 それは、どんな方法を使おうと、このカラープリントとまったく同じ色で印刷することはできないということである。 最近格段の進歩を遂げた、どんな優秀なカラーコピー機であっても、百パーセントそっくりにコピーすることはできない。 どこかで、妥協して貰わないと、トラブルのもとになる。
そんなニュアンスのことを言ったのだが、専務は目をつり上げてテーブルを叩く。 「俺のところのカラープリンターなら、何度でも同じものが出せるぞ!」
それはそうだろう。 そちらでデータをつくって、自前のカラープリンタにデータを送るのだから、トナーが切れない限り同じものが出力されるのは、当たり前のことだ。 しかし、印刷の場合は、ここでやるわけではない。
最近は、ウィンドウズのデータをそのまま印刷する機械があるようだが、私は使ったことがない。 ただ、印刷できたとしても、色が少し暗くなって、ぼやけた感じになるという話を聞いたことがある。 この専務のような性格の人だったら、確実に「なんだ、色が違うじゃないか!」と言うに決まっている。
だから、この方式は勧めたくない。 「御社と印刷会社の機械とでは環境が違いますから、まったく同じに、というのは無理です。もしかしたら、できるところはあるかもしれませんが、私は知りません。もし絶対にこの色でなければダメだというのなら、必要な部数をご自分のプリンターで出力してチラシにした方がいいと思います。トナーがどれだけ必要になるかわかりませんが、その方法しかありません。お役に立てなくて申し訳ないですが」 頭を下げた。
「なんだ! まったく、どいつもこいつも使えねえなあ!」 専務は、またもテーブルを叩いて、私の左隣の人を見て言った。 「なあ、カジワラ。おまえの方が優秀だよ。こんないいチラシが作れるんだからな。Wさんも、頼りにならないな。こんなのを紹介してさ。時間の無駄じゃねえか」
すみませんねえ、こんなの・・・・で。 胸ぐらを掴みたくなったが、専務の後ろで新聞を読んでいた社長らしき人が、新聞の陰で気弱な笑みを浮かべながら、片手で拝むようにして小さく頭を下げているのが見えたので、かろうじて思いとどまった。
帰りに、商店街の通りにあった公衆電話から、得意先のWさんに電話をかけた。 今日の出来事を手短かに話すと、相手は笑いながらこう言うのである。
「ハハハハ、あの人はひとの言うこと聞かないからねえ。高校卒業してすぐ自分の親の会社で働いてるから、世間を知らないんだよ。あの業界は、特殊な社会だからねえ。でも、Mさんなら我慢してくれると思ったんだけどなあ。まいったなあ、弱ったなあ」
すみませんねえ、使えねえやつで・・・。 私は、小さく呟きながら、電話を切った。
本日の無駄な出費。 往復の交通費、1540円。 得意先への電話代、20円。 帰りに駅のホームのベンチで飲んだヤケ酒、150円。 心に芽生えた殺意、プライスレス(とても高価、あるいは、信じられないほど馬鹿げたこと)。
半日、無駄にした。
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2007/09/20 AM 07:28:09 |
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