Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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親バカ
月に1回か2回、チラシの仕事をいただいているドラッグストアがある。
そこは、関東に9つのドラッグストアを展開して、堅実な経営を行っているが、その会社の社長、K社長は、類がないほどの人格者である。

そこの会社とは8年間お付き合いさせていただいているが、その間に社員が辞めたのは数えるほどしかない。
私の記憶では、結婚退職だけだ。
よほど居心地がいいのだろう。

たとえば、K社長は伊豆高原に別荘を持っている。
しかし、そこは社長の所有物ではあるが、いつのまにか社員の保養所のようになっていた。
今年は、社員の意見を取り入れて、となりの別荘を買い取り、プールと離れまでつくったという。

そして、K社長は私に「Mさん、プールつくったんだから、ご家族連れでぜひ遊びに来てくださいよ」と、会うたびに誘ってくれるのである。
だが、私が彼の会社の従業員だったら、喜んで使わせてもらうが、私にとってK社長はお得意さんだ。
いくら好意的な言葉をかけていただいても、真に受けるわけにはいかない。

それがスジというものである。

先日、K社長の会社で営業の担当者と打合せをしていると、K社長が顔を出した。
普段は、打合せの最中にK社長が顔を出すことはない。
チラシの内容に関しては担当者にすべて任せきりにして、社長が私に直接意見を言うことはない。

珍しいな、と思っていると、K社長は心底申し訳ないというような気弱な笑いをつくって、「Mさん、時間ありますか? あとで、お話があるんですけど」と聞いてきた。
私が「はい」と言うと、まるでご褒美をもらった子どものような笑顔を見せて、「じゃあ、あとで」と無邪気に手を振るのだ。
普通、そんな社長はいない。

K社長は、私と同い年。
彼は、純粋で思いやりがあって、人を裏切らない男だ。
悔しいが、人間の器の違いを認めざるを得ない。
自分と比べるのも恥ずかしいほど、彼は上質な人間である。

打合せを終わって、社長室に行って挨拶をすると、K社長からいきなり、「Mさん、今年も別荘使ってくれなかったですね。遠慮というのは、時に嫌みになるものですよ」と真剣な顔で言われた。
私の顔をじっと見ている。
口が一文字になって、顔に悔しさが浮き出ている。
その表情には、演技ではない真摯なものを感じる。

私は頭を下げた。
「仕事が大変忙しかったものですから」
大嘘だったが、そんな言い訳しか浮かばなかった。

そうすると、K社長は、顔全体で笑って「ああ、仕事が忙しいのはいいことですよね。それなら、納得できます」と言った。
肩の力が抜けた。そして、脇の下から、汗がでた。

別荘の話題をこれ以上引きずりたくないので、K社長の娘さんの話題を出した。
K社長の娘Hさんは、某大学の仏文科3年だが、弱冠二十歳でフランス語と英語を苦もなく操ることができる人だ。
将来は、通訳か翻訳家になりたいという夢を持っている。

その大変優秀な頭脳の持ち主であるHさんが、パソコンも自在に操れるようになりたい、という贅沢なことを言うので、私が月に4回彼女に教えることになったのは、今年の5月の終わりのことだった。
その時、私は世の中というのは不公平にできているものだ、と痛感させられた。

彼女にとって、パソコンは拍子抜けするほど簡単なものだったようである。
もともとインターネットやメールは毎日やっていたというから、パソコンには馴染みがあった。
しかし、彼女の理解力は、人並み外れたものだった。

イラストレータを初めて使う人は、必ずと言っていいほどベジェ曲線で挫折する。
私も挫折しかかった。
しかし、彼女は、それをいとも簡単にクリアしてしまったのである。

友人の一流デザイナー・ニシダ君も私の生徒だったが、彼もベジェ曲線を覚えるのに苦労していた。
WEBデザイナーのタカダは、涙目になっていた。
それが普通なのである。
だから、簡単にマスターしたHさんを見て、嫉妬とともに「可愛くねえなあ!」と思ってしまったほどだ。

この女、どんな頭の構造をしていやがる!

教えることがなくなった今でも、月に2回2時間の講義を開き、主に実践的な課題を与えて、それを私が添削するようにしている。

彼女がつくった作品を見るたびに、「天性」という言葉が、頭に浮かぶ。
配色の妙、テキストをデザインとして見せるうまさ、余白の活かし方。
そのどれもが、理にかなっているのである。
情けないことだが、これは私より上だ、と認めざるを得ない。
批評家的に見れば、女性的すぎる、という難癖はつけられるが、私はそれが悪いことだとは思わない。
やさしくて安心感のある表現力は、見るものを心地よくさせる。

K社長に、そのことを言った。
K社長は、自分の娘のことを褒められたのだから、当然のことながら機嫌がいい。
目尻を下げて、「Mさんのおかげですよ」と頭を下げた。

だが、今回に関しては、まったく「私のおかげ」ではない。それは断言できる。
Hさんにもともと備わっていた力を、私が軽くつまんで引き出しただけである。
私自身、力はまったく使っていないのだ。ただつまみ上げただけだ。

Hさんの才能は計り知れない。
だから、私はK社長にこう言った。
「Hさんは、もうすでにプロの領域に入ろうとしています。いま、社長の店のチラシをHさんに任せても、相当のものができあがるはずです」

それを聞いて、K社長の顔から笑いが消えた。
眉に力が入っている。
彼の目が、私の目を刺すような強さで射る。

「Mさんは、俺を親バカにするつもりですか」
声は小さかったが、間違いなくその言葉は、最短距離で私の脳髄に侵入してきた。
私の体が固くなった。まるで、体に太い木の杭を打ち込まれたような感じだ。
K社長のこんな怖い顔を見たのは、8年間の付き合いで初めてである。

身体全体に凄みが充満している。
声が穏やかな分だけ、それを発散する気配が濃い。

K社長は、眉根を寄せたまま、言葉をつなげる。
「Mさんが言うんだから、Hには才能があるんでしょう。Mさんは、お世辞を言わない人だから、そのご意見は素直に受け取って、ありがとうと言っておきます。ただ、Hがたとえどんなに才能があったとしても、知識ではMさんには敵わない。俺はね、Mさん。Hの才能よりもMさんの知識が欲しくて、Mさんに仕事を出してるんですよ。だから、Hがどんなチラシをつくろうが、採用するつもりはないです。これだけは、覚えておいてください」

怖かった。
しかし、感動した。

それは、お世辞と知りつつも、間違いなく私の心を打った。
私は、下手くそな人形師が操るマリオネットのように、ぎこちない動きで深く頭を下げた。

そんな私を見てK社長は、普段の穏やかな表情でこう言うのである。
「あまりしつこく別荘を使って、と言われてもMさんには迷惑でしょうから、それはやめます。そこで、提案なんですが、今度うちの別荘でパソコンの講習会を開いてくれませんか。我が社のパソコン音痴の社員を集めますから、足腰が立たなくなるくらい、鍛えてみてくださいませんかね」

そして、こうも付け加えた。
「その間、私と娘が、Mさんのご家族を接待しますので、図々しいかもしれませんが、ぜひノーギャラでお願いしますよ」

彼はそう言って、私が別荘に行きやすい環境を、無理なく作ってくれたのだ。
まるで制御不能のオンボロ飛行機を、手際よく軟着陸させる名パイロットのような際立った誘導の仕方。

完敗である。
今年の世界陸上、日本代表以上の完敗だ。

しかし、日本代表にはオリンピックという目標が残されているが、私は一体何を目標にすればいいのだろうか。

器の小さい人間は、そんなことにも思い悩んでしまうのである。


2007/09/02 AM 08:31:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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