Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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赤ん坊の目
尾崎に子どもが産まれた。
それは、今年の7月はじめのことだった。

早速、お祝いの品を送った。
ありきたりのものは送りたくなかったので、熟考のすえ、写真専用のコンパクトプリンターを選んだ。
尾崎がデジカメを持っているかどうかは知らなかったが、恵実(めぐみ)は絶対に持っているだろうと確信して、それに決めた。

産まれてすぐに、尾崎の家にお祝いに行くつもりだったが、ずるずると引き延ばして2か月がたってしまっていた。
今年の2月に、赤ん坊が産まれたら、ワイルドターキーのボトルに赤ん坊の名前を書いて、三人で飲もうと約束した。
そのことは、このブログに書いた。

すぐにでも行くつもりでいた。
しかし、私は照れてしまったである。

尾崎は、私にとって特別な友人だ。
彼との付き合いは、25年以上になる(詳しい経緯は、こちら参照)。
だが、実際に会って話をした回数は、25年間で50回を超える程度しかない。

電話もあまりしない。電話で話をしたとしても、1分も会話が続かない。
メールもしない。
尾崎の携帯の電話番号は知っているが、一度もかけたことがない。

尾崎とは、ずっとそんな関係が続いているが、それでも尾崎は私にとって特別な存在なのである。
どこが特別なんだ、と言われても、説明はできない。
ただ、離れていても、尾崎はずっと気になる友として私の中に存在している。

こいつとは、何かを共有しあっている。
尾崎が困っていたら、私は何をおいても彼を助けに行くだろう。
そして尾崎も、きっとそうするに違いない、と思っている。

だから、なおさら照れる。

恵実からは、3度電話がかかってきた。
そのうちの2回は、子どもの夜泣きに関しての相談だった。
そして、3回目は、「いつ子どもの顔を見に来てくれるんですか」という電話だった。

「Mさんが、照れるのはわかりますけどね。約束ですから、ワイルドターキー、一緒に飲みましょうよ。尾崎の禁酒をこれ以上続けさせるのは、酷ですよ」

尾崎は、子どもが産まれるまで酒を断つといっていたが、その後も酒を飲んでいなかったようである。
私とワイルドターキーを飲むまでは、飲まないと決めているようだ。
それを聞いたら、逃げるわけにはいかない。
行ってみることにした。

尾崎の家に入ると、子どもを抱いた恵実が、穏やかな笑みを浮かべて私を出迎えた。
恵実の顔は、わずか2か月なのに母親の顔になっていた。
女というのは、たったこれだけの期間で変わるものなのか。
子どもを見る目に、崇高な光が宿って、奥深い尊厳のようなものを感じた。

「尾崎が待ってますよ」
声にも、命を産み落とした人の自信が感じられて、圧倒させられた。

尾崎は、リビングのソファにもたれて、鼻歌を歌っていた。
私が、「よお」と言うと、尾崎は「よお」と返したが、私の方は見なかった。
ただ、右手にはすでにワイルドターキーを握っていて、尾崎はそれを無言で私の方に差し出した。

ラベルを見ると、尾崎と恵実、私の名前の横に子どもの名前が書かれていた。
子どもの名は、私が尾崎に告げたものと同じだった。
彼らは本当に、私が考えた名前を自分の子どもに付けたようだ。

それは、もちろん嬉しいことには違いないが、戸惑いも感じる。
第三者である私が、そこまでしていいのかという戸惑いである。

そんな私の思いを感じ取ったのか、恵実が「私たちも色々と名前考えたんですけどね、Mさんが付けてくれた名前が一番しっくり来たんですよ。私たちは、ダメですね。センスがありません」と言って口元に手を置いた。

尾崎は、恵実の隣で眉間に皺を寄せて、気むずかしそうに頷いていた。
照れているのである。
そして、口の端を少しだけ曲げて、乾いた笑い声をたてた。
そんないつもの尾崎の姿を見て、私はやっと落ち着いた。

尾崎が私のグラスにワイルドターキーを注いだ。
尾崎が恵実に注ぎ、恵実が尾崎のグラスに注いだ。
赤ん坊は、恵実の腕の中で、穏やかな顔をして眠っていた。

乾杯の儀式はない。
3人同時に、グラスに口を付けた。
1杯目はストレートだ。
熱い固まりが、喉を通りすぎていく。
濃い主張をしたバーボンが、喉から胃まで落ちていく。

熱い。
しかし、その熱さは、心地よい熱さだった。

「おめでとう」
言葉が、自然と口から出た。

恵実が、子どもの顔に目を落としながら、笑みをつくる。
艶のある長い髪が、まるで印象派の絵のモデルのように、優美だった。
そして、尾崎が、はじめて私の目を見て、小さく頷いた。

「M先輩、これからもよろしく」
尾崎が私に向かってグラスをかざしたが、それは25年以上の付き合いで、私がはじめて見た尾崎の仕草だった。
いつもは、ただ黙ってグラスを口に運ぶだけだ。

私は、その仕草に驚いて、思わずむせた。
喉が異様に熱い。
熱いまま、ワイルドターキーを喉に流し込んだから、喉がさらに灼けた。

痛い。

涙が出た。
それを見て、尾崎が素早く立ち上がって、キッチンからミネラルウォーターを持ってきて、私にくれた。

ミネラルウォーターを飲み、氷を口に含んだが、喉はまだ痛い。
声が出せないほどである。

恵実の方を見ると、肩を上下させて、深呼吸をするように身振りで私に伝えようとしていた。
私は、それに従って、深呼吸を繰り返した。
そんなとき、赤ん坊の目が開いた。
そして、私と赤ん坊の目が合った。

赤ん坊の目は、深遠な透明度をもった湖のように澄んでいた。
神聖で犯しがたいものを湛えたその目を見ていると、喉の痛みが嘘のように消えた。

私が「乾杯」と言って、赤ん坊にグラスをかざすと、赤ん坊の目が笑ったような気がした。
ワイルドターキーを喉に流し込んだが、喉に痛みは感じなかった。

「赤ん坊って、すごいな」
私がそう言うと、尾崎と恵実が同時に頷いた。

赤ん坊を抱かせてもらった。
赤ん坊の目が、また私を見つめた。

茫洋として、とらえどころのない目。
私を見ているのは間違いないが、それはもっとほかの、動かしがたい本質のようなものを見透かしているのではないかと思える目だった。
私の目は、まるでなにか違う力に導かれるように、その目に吸い寄せられていった。

赤ん坊の目が、私の視界いっぱいに広がる。
赤ん坊の目しか見えない。
そして、その目には確実に私の姿が映っていた。

それは、みすぼらしい顔だったが、ゆがんではいなかった。
「これが、俺の今の顔か。これが、俺のありのままの姿なのか」
そう思うと、なぜか涙が出た。

なぜ、涙が出たのかは、わからない。
忘れていたものや、なくしたものを思い出したからか。
それとも、人生の半ば以上を過ぎた現実に、突然気づかされたからか。

涙の意味はわからないが、泣くことは悪いことじゃない。
人前で泣くのは、はじめてのことだが、今はそれを少しも恥ずかしいとは感じていなかった。

顔を上げて尾崎を見ると、目を細めて小さく頷いていた。
目には、赤ん坊と同じような透明な光がある。
恵実の方を見ると、恵実の瞳もすこし濡れていた。

「赤ん坊ってやつは、本当にすごいな」
私を見つめながら言う尾崎の言葉に、恵実と私は無言で頷いた。

赤ん坊は、透明な目で、まだ私を見つめていた。


2007/09/30 PM 01:48:31 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

G4でYouTube?
私は、流行に背を向ける人間である。

流行は、いつか必ず廃(すた)るもの。
みんなが同じ方向を向くなんて、まるで南極のペンギンの日向ぼっこじゃないか。
しかし、ペンギンは、必要性があるから同じ方向を向いているのであって、ただみんなと同じことをしないと落ち着かないから、という理由で同じ方向を向いているわけではない。
だから、ペンギンにたとえるのは、ペンギンに失礼かもしれない。

巷では、YouTubeなるものが流行っていると聞いた。
いくら流行に背を向けていたとしても、これほど流行っていたら、私の目や耳にも入ってくる。
ただ、私はそれを以前「ユーツベ」と読んで、娘からバカにされた。

「アホか! なんでチューブがツベなんだよ! 中学から英語やり直せ!」
小学6年生のくせに、英語のスペルを覚えるのが神懸かり的に早い娘は、容赦なく親父の頭をはり倒す。
これから娘と話すときは、ヘルメットが必要かもしれない。

YouTubeは、動画を閲覧するサイトである。
私の子どもたちは、今年の春あたりから利用していて、好きなミュージシャンのライブや見逃したテレビドラマなどを見ているようだ。

娘は、「探偵学園Q」がお気に入りなので、キャーキャー言いながら、何度も繰り返し見ている。
高校2年の息子は、浜崎あゆみのフアンだ。夜こっそり、イヤホンを付けて、あゆのライブ映像を探し出して食い入るように見ている。

得意先の若い人などは、お笑い芸人の映像を深夜見て、ストレス解消をしていると言っていた。
私は流行に背を向けるのが趣味だが、今回の場合、さらに物理的な問題もあって、流行に背を向けざるを得ない。

なぜなら、私のMacでは、YouTubeをまともに再生することができないからである。
だいぶ前のことだが、浜田省吾のライブ映像を見つけて、嬉々として見ようと思ったのだが、音声からはるかに遅れて映像が付いてくるという悲しい現実に直面したことがあった。

いっこく堂の天才的な腹話術では、口のあとに音声が追いついてくるが、私のMacでは逆である。
これは、多大なストレスを私に与える。
だから、見ない方がいい、と決めた。

それに対して、息子のWindowsは、Pentium3の1GHzだから、それなりに見ることができる。
娘の方はPentium4の1.5GHzだから、もっと滑らかに見られる。
しかし、私のメインマシンは、Mac G4/450MHz。
子どもたちのPCと比べると、まったくお粗末な年代物だ。

他にサブとして、2台Macを持っている。
G3/300MHzに800MHzのアクセラレータを入れたものと、G3/450MHzである。
G3/800の方は、OS X/Pantherが入っていて、これは我慢すれば何とか見られるが、子どもたちのと比べると、歯ぎしりをしたくなるほど遅い。G3/450MHzは、問題外である。

しかし、何故パソコンを使って仕事をしている人間が、子どもたちよりも遅い機械を使っているのか。
それには、色々な理由がある。

一番の切実な理由は、金がないということ。
だが、そう言ってしまっては、身もふたもないので、対外的には、「OS9には、投資をしましたからねえ。周辺機器や書体でかなりの資本投下をしたので、元を取らないといけません。それに、WEBやDTPをしている限り、それほど早いマシンは必要としないんですよ。いや、ほんと」と言って誤魔化している。
言った途端、寒い空気が胸の真ん中を通り過ぎるが・・・。

しかし、これは、ある意味真実である。
新しいMacを買ったら、今までの周辺機器が使えなくなる。
スカジーなどという時代遅れの規格は、もう未来がない。
だが、そうは言っても、まだまだこれらの機械は、私の仕事には必要なのである。

書体にしてもそうだ。
新しい環境にしたら、また書体を買い直さなければならなくなる。
この出費は痛いし、今の私の仕事で、書体を新しくする必要性があるとも思えない。
新しくすることによって、新しい仕事を開拓するなどの恩恵があるとは思えないのだ。

OS9は、不安定で度々フリーズをするが、だからといって、それで仕事をしくじったことはない。
機嫌が悪くなった機械をなだめる方法は、心得ている。
私の機械は、時々おそろしくヘソを曲げることがあるが、それは機械が私のヘソの曲がり方をまねているからである。
だから、「よしよし」と言いながら、ツボを押さえてやれば、機嫌は元に戻る。

唯一、フォトショップで重いデータを扱うときだけ、あまりに遅くて「ケッ! 使えねえな」と罵りたくなるときがあるが、「いやいや、彼にこれ以上のことを求めてはいけない。これを買ったのは俺なんだから、こんなハードな仕事をさせる俺が悪いんだ。彼は、決して悪くない」とすぐに反省する。

だから、YouTubeが満足に見られないことなど、何でもない。
俺のMacは、仕事をするための機械だから、そんなものなんか、見なくていいのだ。

YouTubeなんか、見るもんか!
これからも、流行に背を向けてやる。ケツだって向けてやる!


そう力んだのだが・・・、
「おい、柴咲コウのライブ映像がYouTubeにあったぞ。けっこうイカシテるぞ! 見にくるか?」
と娘が言いに来た。

「おお! 見る見る!」

言ってることと、やることがまったく違う気がしますが、そのあたりはボケた中年の言うことですので、動画ご勘弁を、いや、どうかご勘弁を!(寒)


2007/09/28 AM 07:03:29 | Comment(3) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

朝青龍とサーティワン
朝青龍騒動のことをいまだに言っている人がいる。

取引先に行くと、仕事の説明そっちのけで演説をする人もいる。
ほとんどの人が怒っている。
「けしからん」「なめている」「辞めちまえ!」などなど。
私の友人、WEBデザイナーのタカダ(通称ダルマ)も「どんだけ〜〜!」と言って、興奮していた。

この騒動は、いつから始まったのだろう。
夏の初めのころだったろうか。
相撲は国技ではあるが、身近に感じられるスポーツではないので、私はまったく興味を持ったことがなかった。
いや、あれは私の感覚では、ただの行事や文化であって、スポーツではない。

土俵は神聖な場所、と言っている時点でスポーツとは別物だと思っている。
ゴルフでは、いまだに女人禁制のコースが存在すると聞く。
それも、私の感覚では、スポーツではない。

男にしかできないスポーツや、女にしかできないスポーツがあるのは認めるが、場所に立ち入ることさえ制限するのは、スポーツの本質からはずれている。

相撲の起源は、神事だったとも言われている。
もしそれが本当なら、神のための行事は、スポーツではないのではないか。
だから、私には相撲というのは、極めて特殊な世界に見える。
私はスポーツは好きだが、スポーツではない伝統文化に、興味はない。

特殊な世界に対しては、一般の人が何を言っても無駄だ。
まして相撲は、行事や審判さえも身内で固めている閉ざされた世界なのである。

それはまるで、富士サファリパークの猛獣たちが、狭い世界で自分たちのルールを作って生活しているようなものだ。
我々一般人は、バスに乗って、それを眺めることしかできない。
たまに、懸賞金やご祝儀という生肉を与えるが、彼らがそれを有り難がることはない。当たり前のようにむしゃぶりつくだけだ。

相撲界が門を開いてしまったら、特別な存在でなくなる。
ただのスポーツになってしまったら、既得権がなくなる。
彼らは、それを怖れて門をかたくなに閉ざしているように思える。

しかし、メディアは、相撲界に対しての根元的な批判はしない。
表層的な騒動だけを取り上げるだけだ。
彼らには、反響がすべてである。
反響があれば、どんな小さなことでも膨らませて報道する。
まして、相手が悪役ならば、さらに都合がいい。
視聴者の鬱憤をあおり立てればあおり立てるほど、それは高いニュースバリューの座を確立することになる。
そして、その話題は、延々と続く。

メディアのお祭り騒ぎに踊らされている人は、まるでそれが自分の意見であるかのように、メディアの論調をまねて怒りをまき散らす。

「もう、その話題はやめようよ」
私がそう言うと、ダルマは「えー、師匠は頭に来ないんですか。なんか俺バカにされたような気がするんですけどー」と、鼻の穴を大きく膨らました。

「朝青龍が仮病を使って母国でサッカーをした。しかし、一応処分はされたんだろ。普通はそれでおしまいじゃないか。
タカダ君。裁判には、一事不再理という原則があるんだよ。一旦判決が下ったら、同じ犯罪で新たに刑を科すことはできないのだ。
そのあと引きこもりになろうが、ナントカという病気になろうが、刑に服した人間にムチを打つものではない。その行為は、あまりにも無知である。そして、君のおなかもムチムチである」

「シャレかよ!」
ダルマは、小さい声で突っ込んでくれたが、よく考えると、今のダルマのおなかはムチムチではない。

今年の初めには90キロ以上あった体が、65キロを切って、ダルマはかなりスリムになった。
顔もかなりシャープになったのだが、ダルマ顔はそのままだ。
鼻の穴を膨らますと、よけいダルマそっくりになる。

「ムチムチよ、さようなら」と言って、私はダルマの腹をつまんだ。
約1センチのメタボリック
あと、もう少しだ。

「この1センチのメタボリックが消滅したら、君に好きなだけ、サーティワンのアイスクリームを食わせてやろう」
「えー! それはずるい。オレ1ヶ月で3.5キロ落としたんですよ。この間、約束したじゃないですか。それを楽しみにダイエットしたのにィ〜〜〜〜〜!」

確かに約束した。それは以前のブログにも書いた。
「でも、俺は君のためを思って言っているのだよ。今リバウンドしたら、来月のTさんとのディズニーランドデートが台無しだろ」

グヘヘヘヘ・・・。

ダルマの顔がとろけた。
とろけたダルマは、気持ちが悪い。
33歳にして初めて巡ってきたディズニーランドデート。

そのために、ダルマはエステにまで行ったというのだ。
これを金の無駄遣いというのだが、私は友人にそんな残酷なことは言えない。
「どうりで、肌がきめ細かくなったと思ったよ」
これほど、弟子に気を使う師匠はいない。
我ながら、痛々しいほどである。

「朝青龍騒動やサーティワンのアイスクリームよりも、ダイエット。君が今いちばん力を入れなければいけないのは、そこだよ!
いいかい、タカダ君。サーティワンのアイスクリームはいつでも食える。しかし、今度のディズニーランドデートは、君にとって一生の大仕事だ。アイスクリームのために、その大仕事を無にしてもいいのか!」

「ム、ム、ム、無にはできません!」
さらに鼻の穴が膨らんで、墨で目をかきたくなるほど、ダルマ顔になった。

「朝青龍のことは忘れろ! サーティワンのアイスクリームのことも忘れろ!」

ダルマは、腕を組んで一瞬考えたが、私の目を見返してこう言った。

「師匠、朝青龍のことは忘れますが、サーティワンのことは忘れません。デートのあと、必ず約束を守ってもらいます!」

チェッ!


2007/09/26 AM 07:04:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

捨てられるものと捨てられないもの
取引先と話をしていて、いつも思うことがある。

俺には、この仕事向いてないなあ。

口下手だし、人見知りするから、自分のことや仕事のことを満足に説明できない。
自分では、デザインの知識はあると思っているのだが、それを的確な言葉で説明できないのを、いつももどかしく感じている。
しかも、致命的なことに、デザインのセンスがない。

学生時代は、成績がよくて、スポーツで負けなければ、積極的に話さなくても自己表現ができた。
黙っていても、「ああ、こいつはこんなやつなんだ」とわかってもらって、何の不都合もなかった。

しかし、社会に出ると、説明能力の無さは、時に致命的である。
「おまえ、いったい何が言いたいんだ!」という罵声を浴びせられたこともあった。

え? いま説明しましたけど・・・・・。
「全然、わからないよ。まったく通じないね!」
同じ日本語で話しているにもかかわらず、異邦人扱いである。

そんな人間が、独立してデザインなどというものを職業にすることとなった。
そもそも、私は法学部出身である。
司法試験を8回受けて、毎回論文式試験で玉砕した。

「俺は、頭が悪いんだ」
結局、そう理解するのに、8年もかかったことになる。
どう考えたって、まともな人間じゃない。

法律とデザインに、共通点はあるか?
まったくない。
それが何故、デザインの世界で生きていくことになったのか。
自分に才能があると思ったわけでは、決してない。

絵は、子どもの頃から得意だった。
油絵やパステル画を描いた。
コミックを書いて、友人と同人誌を出したこともあった。

だが、私の作品を見た人は、みな同じことを言う。
「絵はうまいんだけどねえ・・・」

描いている自分でさえ、描きながらそう思う。
絵はうまい。
でも、それだけだな。個性がない。見たままを描いているだけだ。

そんな人間が、独立?
しかも、デザインだと!?
誰もが、鼻で笑った。
私も、つられるようにして笑った。
笑うしかないのである。

何故、デザインを?

それは、そこにMacがあったから。

法律事務所に勤めていたころ、事務所のボスからMacを与えられて、それで裁判記録などを整理していた。
勤めはじめのころは、NECの98を使って整理していた。
他の事務員は、完璧な文系だったので、パソコンをみな敬遠していた。
私も文系だったが、ひねくれた文系だったので、すぐに操作を覚えた。
ただ、NECの98を使っていても、心躍るような感覚は味わえなかった。

ボスが新しもの好きで、自分は使えもしないし、使う気もないのに、Macの評判を聞いて、すぐに導入し、それを私に押し付けた。
「Mくんは、うちで唯一の理系の人だから」(私も文系なんですが)
それが、きっかけだった。
初めてMacに触ったとき、心躍るものを感じた。

裁判記録の整理にはまったく必要ないのだが、ボスをだまして、イラストレータとフォトショップを買ってもらった。
イラストレータのバージョンは、1.9.2!
フォトショップは、1.0!

独学でMacと格闘し、イラストレータ、フォトショップに勝負を挑んだ。
二つとも手強かったが、何とかものにした。

そんなとき、8回目の司法試験挑戦に失敗して、「俺って、もしかして、バカ?」と、やっと気づいたのである。
バカとわかった以上、これから先、法律事務所にいても意味がない。
さらに、このバカには子どもができたから、もっと金を稼がなければならない。

辞めたいんですが、と言ったとき、ボスは「Mくん、冗談は、顔だけにしてよ」と、使い古されたギャグをかました。
私が「本気です」と言って、辞表をテーブルに置くと、彼は眼鏡がずれるほど驚いて、10秒ほど固まった。

しかし、10秒後に復活して、眼鏡がずれたまま「じゃあ、あのMacは君にやるよ。あったって、どうせ誰も使えないんだから」と、太っ腹なことを言ったのである。
当時のMacは高かった。
一式揃えて、車一台が変えるほど高価なものだった(これは大袈裟に言っているのではありません。本当にMacは高かった。いや、本当ですって!)。

辞める日、ボスは泣きながら、私を抱きしめてくれた。
そのとき私は、いいボスに出会ったことを感謝した。

そのMacは、いま押入にしまってある。
今でもおそらく使えるはずだが、OSが化石のように古いので、動くソフトがほとんどない。
だから、使う気はないのだが、捨てる気もない。
私の原点のようなものだから、これから先も同じ場所に、ずっと蹲(うずくま)っていることだろう。

Macは独学で覚えた。ソフトもすべて独学で習得した。
得意先も、ほとんど一人で開拓した。
なんでこんな不器用な自分に、そんなことができたのだろうかと、ずっと不思議に思っていた。

人間、その気になれば何でもできる・・・、などと思ったことはない。
世の中には、その気になったって、できないことの方が多いのだ。
だから、運がよかったと思うしかない。

子育てだって、そうだ。
まさか、自分が子どもをまともに育てられるとは、思っていなかったし、いま現在も半信半疑である。

俺が親? それも、二人の子どもの親だって?
しかも、飢えさせることなく、普通に成長している。
いまでも、信じられない。

こいつら、勝手に大きくなっている。
彼らの成長を感じるたびに、その感覚は強くなる。

普通の父親よりも、濃厚に子どもと接しているにもかかわらず、自分が父親だという実感がまるでない。
何かの間違いじゃないか。それとも、長い夢を見ているのか、といまだに思っている。

Mさんは、子煩悩ですよね、とよく言われる。
仕事人間ですよねえ、と言われることもある。

どちらも、当たっているようで当たっていない。
それは、私が生きていく上で必要なものだから、そうしているに過ぎない。
そして、その状態をいつも楽しみたいと思っている。

ただ、この2つには、明確に違うところが1点だけある。
それは、仕事は捨てることができるが、子どもは捨てることができないというところだ。
そして、私の場合、子どもに愛着はあるが、仕事には愛着を持っていない。

自分には、もっと向いている仕事があるのではないか・・・、絶えずそう思っている。

さてと・・・、いつ捨ててもいい仕事を、今日も真面目にやるとするか。


2007/09/24 AM 08:11:25 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

鼻血を出した朝に・・・
朝6時、息子の弁当をつくっていたとき、鼻血が出た。

最初は気づかなかった。
包丁を持った右手に赤いものが垂れたのが見えたとき、ケチャップか、と思った。
しかし、今回ケチャップはまったく使っていないし、使う予定もない。
サツマイモのきんぴらに、ケチャップは使わない。

また、垂れた。
こうなると、いくら鈍感な私でも、それが鼻血だということはわかる。
左手で触ってみたら、指にベッタリと赤いものが付いた。
右の鼻から出ているようだ。

近くにあったクッキングペーパーをちぎって、鼻の穴に詰めた。
とりあえず弁当づくりを続行して、家族が食うみそ汁とチャーハンおにぎりも作った。

ひととおり作り終わって、鼻の穴に詰めたクッキングペーパーを恐る恐る取ってみると、白いところがどこも見えないくらい赤く染まっていた。
取った途端、また鼻血がボタボタと落ちてきた。

数えると、台所の床に直径1センチ以上の赤い固まりが3個落ちていて、4個目が落ちるところだった。
赤い血が落ちる様子が、まるでスローモーションのようで、綺麗だった。

しかし、いくら綺麗だからといって、見とれているわけにはいかない。
自分の血が大量に出ているのだ。感心している場合ではない。

またクッキングペーパーをちぎって、鼻の穴に詰めた。
今度は鼻の根元を右手の人差し指で押さえた。
こうすると、血管が圧迫されて早く止まる。

高校2年の息子が、小学校低学年のころ鼻血が出やすい子だったので、我が家では脱脂綿は必需品だった。
脱脂綿を鼻に詰めて、人差し指で鼻の根元を押さえると、大体5分くらいで鼻血は止まる。

クッキングペーパーは、脱脂綿の替わりになるか、というのは疑問ではあるが、油を吸うのだから、血も吸うだろうと安易に考えて、鼻に詰めた残りのクッキングペーパーで床に落ちた血を拭いた。

鼻血が出ていること以外、体に異常はない。
頭は痛くないし、めまいもしない。
しいて言えば、少々頭がボーッとしている気がするが、朝はいつもそうだし、よく考えたら、私の場合一日中ボーッとしているので、これは異常ではない。

時刻は、6時25分。
子どもたちは、まだ起きない。
ヨメは花屋のパートがあるので、あと10分ほどで出かける時間だ。

リビングのテーブルに置いたおにぎりとみそ汁を、ヨメがかき込んでいる気配がある。
鼻血が出たことは、ばれていないだろう。
このまま止まってくれれば、誰にも覚られずに済む。

私は変人である。
自分の具合が悪いことを人に心配されるのを極端に嫌う。

子どもの頃からそうだった。
高熱があっても、親に心配されるのが嫌なので、平気な顔をして学校へ行った。
学校で友人から「おまえ、手が熱いな、熱あるんじゃねえか」と言われても、「ねえよ! バカ!」と言って、強がるのである。
38度の熱で、陸上の大会に出たことがある。
水泳大会に出たこともある。

正真正銘のバカだ。

大人になっても、根本的にこの性格は変わらない。
極限まで我慢したのだが、体の具合が悪くなって、入院させられそうになったことが2度あったが、2度とも夜脱出してきた。
注射が嫌いなわけではない。
薬を飲むのが嫌なわけでもない。
ただ、ひとに心配されるのが無性に嫌なのだ。

そのくせ、家族や人の健康に関しては心配性だから、自分でも首をかしげたくなる。

「じゃあ、行ってきます」
ヨメが出ていった。
ヨメには、ばれなかった。

鼻に詰めたクッキングペーパーを取ってみた。
鼻の奥にさしていた部分が黒く変色して軽く固まっていたから、ほとんど止まったと言っていいだろう。
鼻の穴に指を入れて触ってみたが、薄い色の血が付着しただけだ。
もう大丈夫だと思ったが、念のため5分ほど待った。

そして、子どもたちを起こした。
6時45分。
二人とも寝起きはいい。
起きてすぐ、今日の学校の支度を手早く済ませて、ズームイン!! SUPURを見ながら二人並んで朝メシを食いはじめた。

「いってきまーす」
小学6年の娘は、友だちとの朝のおしゃべりが楽しみなので、7時20分頃、家を出る。
学校までは、歩いて5分。学校が始まるのは8時30分。
要するに、1時間以上も友だちと喋っているのである。

それは、コイバナ(恋の話)が中心で、誰が誰を好きで、誰と誰がつき合っているという話らしく、娘は新しい情報をゲットするたびに、私に教えてくれる。
おかげで私は、小学6年生の恋愛相関図をかなり詳しく把握している。

息子が家を出るのは、7時30分。
最近おしゃれに目覚めた息子は、髪にディップをつけ、腰パンで家を出る。
こいつ、青春してやがる、と羨ましく感じる。

その息子が、出かける前に、ひとこと。
「パジャマ、血で真っ赤だよ。鼻血でしょ、大丈夫? 無理しちゃダメだよ。今日、仕事休んだほうがいいよ」

・・・・・・・。

優しい息子に育ったものである(泣)。


2007/09/22 AM 07:04:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

使えねえ私・・・
得意先から、東京品川にあるリフォーム会社を紹介してもらった。

お得意様に紹介してもらった仕事は、得意先に恥をかかせてはいけないので気を遣う。
仕事をいただくのはもちろん嬉しいが、バンザイと大声で叫びたくなるほど、割りのいい仕事を人の紹介でいただいたことはない。
大抵は、他の人が持てあました仕事が回ってくることが多い。

全国有数の巨大商店街から少しはずれたところに、その会社はあった。
商店街の喧噪から少し離れただけで、人通りは極端に少なくなり、寂しい感じになる。
リフォーム会社は、4階建てのビルの1階にあったが、看板が小さいので、うっかりすると見落としてしまいそうである。

変な表現だが、およそ会社のドアにはふさわしくない、影の薄いひっそりとしたドアを見て、引き返したくなった。
そのドアを見つめていると、まるで得体の知れない魔物が住んでいるような、背筋に氷を当てられたような、嫌な気分が襲ってきた。

帰りたい。
しかし、帰るわけにはいかない。
何しろ、お得意様の紹介なのだ。

お得意様の顔に泥を塗っては、こんな吹けば飛ぶようなデザイナーなど、途端に路頭に迷うに決まっている。
意を決して、入った。

悪い予感は確実にあたる。
オールバックの男が、横柄に挨拶をし、「まだ、仕事を頼むと決めたわけじゃないよ」と、いきなり言われた。

差し出された名刺を見ると「専務」と書いてある。
年は30から35の間といったところか。

社名と名字が同じところをみると、お決まりの同族経営
おそらく社長の長男なのだろう。
応接セットの後ろのデスクに「専務」と同じ顔をした60年配の男が、眼鏡をかけて新聞を読んでいた。
この人が社長なのだろうが、私が入ってから一度もこちらに目をくれない。
完全に無視である。

応接セットの左隣にはデスクが2基置いてあって、専務と同じくらいの年の男の人が、ひとりパソコンをいじっていた。
この人は、私に会釈をしてくれたが、名刺交換はしなかった。

専務は、いきなり「これ」と言って、テーブルにカラープリンターで打ち出したどぎついプリントを置いた。
世間話もしていない。
お茶も出ない。
この人は、「いきなり」が好きなようである。

専務は「こいつが」と言って、私の左隣のデスクに座った人を顎で指し示した。
「このチラシの原案をつくったんだけどさ。これ、結構いいだろ?」

これが・・・・・、いいのか?
まるで子どもが、買ってもらったばかりの絵の具を全部使って絵を描きました、という落ち着きのない作品である。
おそらくワードでつくったのだろうが、色をコテコテに使っているだけだから、売れない吉本興業の芸人が目立とうと思って、中身のないパフォーマンスを演じているようなものである。

「これは、華やかですねえ」
あまり露骨に言ったら角が立つ。
不本意だったが、誉めているとも、けなしているともとれる表現で答えた。

すると、専務はまた「これ」と、いきなりB4サイズのモノクロのチラシを出した。
「これ、この間出したチラシなんだけど、冴えないだろ。結構有名なデザイン事務所に出したんだが、この程度だよ。全然目立たないだろ。こっちのカラーの方が目立つだろ」
カラープリントの方を指さして、自信満々の顔で私を見つめた。いや、睨みつけたと言ったほうがいいかもしれない。

モノクロとカラーを比べたら、カラーの方が目立つのは当然である。
どんなに落ち着かないチラシだとしても、カラーの方が確かに目立つ。

しかし、このモノクロのチラシはよくできていた。
文字の配置やイラストの使い方、金額の目立たせ方など、ほとんど完璧と言っていい出来だ。
自慢ではないが、私にはこんな良質のチラシデザインはできない。
これを「目立たない」と言われたら、デザイナーはやる気をなくすだろう。

カラープリントの方は確かに目立つが、吉本の若手芸人のオンパレードなど真剣に見る気にならない。
「くどい!」と言って、確実に敬遠されるに違いない。

しかし、専務はこれをチラシにしたいようだ。
嫌な予感がした。
まさか、このまま印刷しろなんてことは、言わないだろうな。

だが、悪い予感というのは、何故こんなにもよく当たるのだろう。
まるで、誰かが筋書きを書いたように、話が嫌な方向に進んでいく。

「これ、よくできてるから、このまんま印刷してくれない?」
ほら、来た!

これをスキャンして、4色に分解すれば、簡単にできる。
版下がカラープリントだから、100%同じ色で印刷されることはないが、「そのまんま」印刷するとしたら、その方式しかない。

もっと綺麗に印刷したいなら、4色に分解できるソフト(イラストレーターなど)を使って、組み直すしかないが、そうすると絶対にカラープリントで出力した原案と同じ色にはならない。
書体も変わる可能性があるから、全部がそっくりとはいかない。

なぜなら、ワードで作ったものをカラープリントで出力したものは、ドキュメント自体がRGBの3色だから、印刷のCMYK4色とは、まったく原理が異なるからである。
書体もWindowsとMacでは、同じプロポーションのものが少ない。

これは、結果を見れば歴然なのだが、残念ながら今日はそのサンプルを持ってきていない。
だから、いくら克明に説明しても、説得力はないだろう。

この場合、最低限、最初に念を押しておかなければいけないことがある。
それは、どんな方法を使おうと、このカラープリントとまったく同じ色で印刷することはできないということである。
最近格段の進歩を遂げた、どんな優秀なカラーコピー機であっても、百パーセントそっくりにコピーすることはできない。
どこかで、妥協して貰わないと、トラブルのもとになる。

そんなニュアンスのことを言ったのだが、専務は目をつり上げてテーブルを叩く。
「俺のところのカラープリンターなら、何度でも同じものが出せるぞ!」

それはそうだろう。
そちらでデータをつくって、自前のカラープリンタにデータを送るのだから、トナーが切れない限り同じものが出力されるのは、当たり前のことだ。
しかし、印刷の場合は、ここでやるわけではない。

最近は、ウィンドウズのデータをそのまま印刷する機械があるようだが、私は使ったことがない。
ただ、印刷できたとしても、色が少し暗くなって、ぼやけた感じになるという話を聞いたことがある。
この専務のような性格の人だったら、確実に「なんだ、色が違うじゃないか!」と言うに決まっている。

だから、この方式は勧めたくない。
「御社と印刷会社の機械とでは環境が違いますから、まったく同じに、というのは無理です。もしかしたら、できるところはあるかもしれませんが、私は知りません。もし絶対にこの色でなければダメだというのなら、必要な部数をご自分のプリンターで出力してチラシにした方がいいと思います。トナーがどれだけ必要になるかわかりませんが、その方法しかありません。お役に立てなくて申し訳ないですが」
頭を下げた。

「なんだ! まったく、どいつもこいつも使えねえなあ!」
専務は、またもテーブルを叩いて、私の左隣の人を見て言った。
「なあ、カジワラ。おまえの方が優秀だよ。こんないいチラシが作れるんだからな。Wさんも、頼りにならないな。こんなのを紹介してさ。時間の無駄じゃねえか」

すみませんねえ、こんなの・・・・で。
胸ぐらを掴みたくなったが、専務の後ろで新聞を読んでいた社長らしき人が、新聞の陰で気弱な笑みを浮かべながら、片手で拝むようにして小さく頭を下げているのが見えたので、かろうじて思いとどまった。

帰りに、商店街の通りにあった公衆電話から、得意先のWさんに電話をかけた。
今日の出来事を手短かに話すと、相手は笑いながらこう言うのである。

「ハハハハ、あの人はひとの言うこと聞かないからねえ。高校卒業してすぐ自分の親の会社で働いてるから、世間を知らないんだよ。あの業界は、特殊な社会だからねえ。でも、Mさんなら我慢してくれると思ったんだけどなあ。まいったなあ、弱ったなあ」

すみませんねえ、使えねえやつで・・・。
私は、小さく呟きながら、電話を切った。

本日の無駄な出費。
往復の交通費、1540円。
得意先への電話代、20円。
帰りに駅のホームのベンチで飲んだヤケ酒、150円。
心に芽生えた殺意、プライスレス(とても高価、あるいは、信じられないほど馬鹿げたこと)。

半日、無駄にした。


2007/09/20 AM 07:28:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

金持ちってやつは・・・
Windowsのノートパソコンを持っている。

これは、友人が「ハードディスクから異音がする。直してくれ」と言うので、預かったものだ。
私は、修理を専門にしているのではないので、いつ直せるかわからないぞ。もし早く直したいなら、メーカーに修理に出した方がいい、という忠告をしたにも関わらず、彼が一方的に私に押し付けてきたのだ。

いいよ、暇なときに直してくれよ。
そう言ったにもかかわらず、彼はすぐに新しいノートパソコンを買った。
だから、このノートパソコンを彼は必要としていないと私は判断した。
2台もノートパソコンを必要としているほど、彼の暮らしはデジタル化していない。

このノートパソコンは、ハードディスクを変えたら、静かになった。
快適になった。
これは私が使うべきである。
そう思ったから、「メンテナンスしておいてやるよ(永久に)」と言って、私の手元に置いてある。そのことで、彼から苦情が来たことはない。

金持ちは、喧嘩をしないのである。

今年の5月に、他の友人が、壊れたMDコンポをくれるというので貰った。
それは、分解してすぐに復活した。
あまりにも簡単に直ったので、私は拍子抜けしたほどだ。

彼は、壊れたと判断した時点で、すぐにSDカードが使えるコンポを買った。
金持ちというのは、鼻持ちならない人種である。
直したMDコンポは、いま現在私の高校2年の息子が大事に使っている。

その友人は、先月もポータブルCDプレーヤーが壊れたといって、それを私にくれた。
早速分解して、エアークリーナーで丁寧に内部を掃除し、接点復活剤を要所にさし、レンズをクリーニングしたら簡単に直った。
それも、いま息子が愛おしそうに使っている。

その友人は先週、一番高価なiPodを買って音楽生活を楽しんでいる、と得意気に言っていた。
彼に対して、私が殺意を持つのは仕方のないことだろう。

今年の4月に、取引先の社長から「Mさん、DVDプレーヤーが壊れたんだけど、直せますかね」と言われたことがある。
それは、液晶の付いているポータブルDVDプレーヤーらしい。

私は、正直である。
出来ないことは出来ないと、はっきり言う。

「それは、無理です!」

私がそう言うと、驚いたことに、普段はポーカーフェースの社長が、ガックリと肩を落としたのである。
「いやぁ、これ、4年前に娘が私の誕生日にプレゼントしてくれたものなんですよ。大事に使っていたんだけど、10日くらい前からまったく反応しなくなったんだ。Mさんなら、もしかして直せるかと思ったんですけど、そうかぁ、無理ですか」

大きな溜息をついて肩を落としている姿を見ると、同情せざるを得ない。
しかし、いくら何でもポータブルDVDプレーヤーを直すのは無理だ。
メーカーに修理に出した方が、確実である。
普通なら、そう考えるのではないか。
私は、メーカーに修理に出したらどうですか、と聞いてみた。

すると、「俺はメーカーは信じていないんですよ」と、社長が珍しく強い口調で言った。
何年か前、デジカメを修理に出したのだが、何度出しても同じところが具合が悪くなって、結局新しい機種に買い換えたのだが、その機種も初期不良で何度も修理を依頼した。
メーカーに文句を言うと、「機械には、初期不良はつきものですから」と開き直られたという。
それ以来、メーカーの修理は信用していない、というのである。

私も同感だ。

しかし、私は素人である。
メーカーよりもっと信用できない存在だ。
丁重に断った。

だが、社長は「まあ、Mさんのお手元に置いて、時間があったときに触ってみてください。直らなくても、文句は言いませんから」と言って、それを私に押し付けたのである。

家に持ち帰ってすぐ分解してみたのだが、DVDプレーヤーがどのような仕組みになっているのか、まったく想像が付かない。
とりあえずエアークリーナーと接点復活剤を使ってみたが、復活しなかった。

「これは手強いですよ」と、社長に報告を入れた。
社長は「まあ、気長に待っていますから、お暇なときにトライしてください」と鷹揚に答えていた。

メーカーに出す気は、本当にないんですか、と聞いたら、キッパリと「ありません!」と言われた。
しかし、そうキッパリと言われても、直らないものは直らない。
少々重荷に感じていたので、それからずっと、手付かずで放っておいた。

それが昨日、まるで神の啓示のごとく、朝起きたばかりの脳に「ケーブルを見ろ」というヒントが浮かんだのだ。
ケーブル?
なんだケーブルって?

DVDプレーヤーを寝ぼけまなこで分解したあと、ケーブルの接続部分を調べてみた。
よく見てみると、ケーブルの接続部分、コネクターのオスの部分がところどころ変色している。
これは何だ!

なんで変色しているんだろう。
素人なんだから、わかるはずがない。
しかし、これをサンドペーパーで削ったらどうなるか、と考えた。
どうせ素人なんだから、直っても直らなくても、「すみません」と言えば済むことである。

だから、色の変わった部分を他の部分と同じ色になるくらいに、ゴシゴシと削ってみた。
そして、むき出しのままの状態でDVDディスクを入れてみた。

そうしたら、画面が映ったのである。
となりのトトロ。
ジブリのマークが鮮やかに液晶画面に映っている。

もしかして、直ったか?

プレーヤーは最後まで止まることなく、感動的なエンディングを映し出している。
泣けた。
映像に感動したのか、直ったことに感動したのか、自分でもわからなかったが、心が震えたのは間違いない。

宇多田ヒカルの「ヒカルの5」も再生してみたが、一度も途切れることなく再生できた。
直ったようである。

早速、社長に電話してみた。
私が「DVDプレーヤー、直りましたよ」と言うと、5ヶ月ぶりに聞く社長の声は、喜びに弾んでいたが、「Mさん、ありがとうございます」のあとに言った社長の言葉に、私は階段から転げ落ちるような脱力感を味わった。

「でも、この間、防水型のDVDプレーヤーを娘が買ってくれましてね。あれ、もういらなくなってしまったんですよ。もしよかったら、Mさん、使ってくださいよ。いやあ、防水型のプレーヤーはいいですね。風呂でも見られますから、長風呂になって、お肌がツルツルですよ」

はぁ?!

握り拳に力が入ったが、よく考えたら、それは悪い提案ではない。
「ありがたく頂戴いたします」と言って、受話器を置いた。

この時私は、つくづく思った。
金持ちは、ものを大切にしねえ!

いま、そのポータブルDVDプレーヤーは、小学6年の娘が使っていて、「トリック1〜3」と「ごくせん・ごくせんリターンズ」を見続けている。


2007/09/18 AM 07:24:19 | Comment(6) | TrackBack(4) | [日記]

警官が教えてくれた拡大解釈
誰にでもミスはある。
ミスのない人間なんていない。
もしそんなやつがいたとしたら、まったくつまらない人間である。

しかし、そのミスを見苦しいほど責める人は大勢いる。
私のヨメの場合、人のミスは備前の銘刀長船居合いを抜くように、バッサリと斬り捨てるのだが、自分のミスは簡単に笑って済ませる。
大抵の人は、そうである。
次に同じ間違いを起こさないように、ということを言い訳に、ここぞとばかりにミスを責めたてる。
まるで、肉食動物が一度捕らえた獲物は放さない、ここで逃したら、いつ肉にありつけるかわからない、というような執拗さで。

しかし、私の場合は、ミスを責めることはしない。
「これから気をつければいいさ」
それでおしまいである。

誰に対しても、私のこの方針は変わらない。
自分の子どもに対しても、そうだ。
人に迷惑をかけたときは叱るが、それ以外は簡単な注意だけしかしない。
その結果、子どもたちの父親に対する態度と母親に対する態度にかなりの差ができてしまったが。

誰だって、間違えようと思って間違えているわけではない。
時に相手の人格を否定するほどの怒り方をする人がいるが、むしろ私は、怒っている人に対して哀れさを感じる。

教育というのは、教えて育てることである。
決して、怒って育てることではない。

昨日、今月7日締めの仕事にミスがあったと言われたので、得意先に呼ばれて行った。
私はミスをした覚えはないが、思い当たることはあった。
それは、古本、中古ゲームソフト、古着などを扱うショップのポイントカードのデザインと印刷の仕事だった。
赤と濃紺の2種類のポイントカードを作った。

その仕事は、6日の午後校了になったはずだったが、7日の昼前に、担当者のNさんから「色を臙脂(えんじ)と濃緑色に変えて欲しい」という電話があった。
彼にはあらかじめ、急な修正がある場合は、7日の朝までに報せてくれれば、何とか修正できると伝えてあった。
しかし、電話があったのは、昼前。
その時間では、もう間に合わない。
すでに、フィルム出力をしたあとだった。

だから、「無理です。もう私の手を完全に離れてしまいました」と答えた。
相手は、納得してくれたが、彼はそのことを社長に伝えていなかったようである。

いきなり社長から「どうしてくれるんだ!」と怒られたので、とんがった目を見つめながら経緯を説明した。

私が言った、朝までなら修正は間に合うという「朝」をNさんは拡大解釈をして、「12時前なら、まだ朝だろう」と判断されたのでしょう。
朝、という曖昧な表現をした私も悪かったかもしれない、と社長に頭を下げた。

しかし、社長は怒鳴る用意をはじめからしていたようなタイミングで、Nさんを大声で怒鳴り始めたのである。

「アホか! 12時前が朝のわけねえだろう! おまえ、小学校からやり直せ!」

眼球が飛び出すほどの勢いでNさんを睨みつけ、言葉を浴びせかける。
昔の失敗まで、蒸し返して責め立てる。
その姿に、社員に対する愛情は微塵も感じられない。
昔のことをここで持ち出さなくても、Nさんは十分に反省しているではないか。
これは、怒り方を間違えている。
そう思ったが、クライアントに意見をするわけにはいかない。

いたたまれない、とはこのことである。
社長は怒鳴り散らし延々と罵声を浴びせかけ、社員はふて腐れた顔でうなだれる。
これは、人前で見せる光景ではない。

社長の一方的な怒鳴り声を聞きながら、「じゃあ、私はこれで失礼します」、そう頭を下げて、部屋から出ていったが、二人ともまったく知らんぷりである。
ドアを蹴飛ばしたくなった。

こんなときは、隠れ家でシャドーボクシング。

たまに、真っ直ぐ家に帰りたくない気分になるときがある。
そんなときは、隠れ家に寄って、シャドーボクシングをする。
これが、私のストレス解消法だ。

付き合いのあるOA流通会社の倉庫が、我が家から1.5キロのところにある。
その会社の社長のPCメンテナンスを無料でするという条件で、昨年から自由に使わせてもらっている。
倉庫には中古のOA機器が山積みになっているが、倉庫の隅に衝立で仕切られた事務所があって、そこにはソファもあり、エアコンも付いていた。

私は、そこに毛布や電熱器やジャージ、いいちこなどを持ち込んで、心を洗濯するための隠れ家にしているのである。
腹の立つことがあったときは、ジャージに着替えて、シャドーボクシングをする。
汗を大量にかいたら、倉庫の外、隣の倉庫との隙間に水道の蛇口があるので、素っ裸になって水を浴びる。
そこは死角になっているし、フォークリフトの陰になっているから、人の目を気にしないで、水を浴びることができる。
夏は、これが爽快なのだ。

そのあとの発泡酒の美味いことといったら!

この日も、そうしようと思って、倉庫のそばのコンビニで発泡酒の350缶2本とおでんを4種類買った。
しかし、倉庫まで歩いていく途中で、気が変わった。
コンビニから倉庫に行く間に、公園がある。いや、遊具が一つもないから広場と言った方がいいのか。
10メートル四方の小さな空間だが、木のベンチが二つ置いてあった。

そこに腰掛けてみた。
夜の七時。もう完全に暗くなっていたが、街灯が2つあるので、暗すぎず明るすぎずの丁度いい塩梅だった。
白い雲が薄ぼやけて見える空を見上げて、たまには屋根のない空間でのんびりするのもいいかもしれない、と思った。

ゆったりした気分でベンチに腰掛け、発泡酒のプルトップを開けた。
半分を一気に飲む。
そのあと、大根を食い始めた。
コンビニのおでんは、なんでこんなに美味しいのだろう。
サッパリとしているが、噛んでいると濃厚な汁が口の中に充満して、幸せな気分になる。
タコ足も、最初のひとくちは歯ごたえがあるのだが、噛んでいるうちに柔らかくなって、ダシの味が口の中を満たしてくる。

心地よい気持ちで、ビールの残りを飲み干した。
軽く吹き過ぎる風が、優しく肌を撫でる。気持ちがいい。
心の中の苛立ちは、ほとんど消えかけていた。
こんなことでご機嫌になるのだから、何と安上がりな男なのか、と自分を笑いたくなるが、それは悪いことじゃない。

2本目のプルトップを開けて、ゴボ天を箸でつまんだときだった。
「ちょっといいですか」という声とともに、懐中電灯の光が私の顔を照らした。

何だ! 強盗か! と身構えた。
俺は金はないぞ。むしろ、貰いたいくらいだ。
もしも強盗なら返り討ちにして、身ぐるみ引き剥がしてやろうか、と思ったが、その声は何となく聞き覚えがある気がして、思いとどまった。

だが、すぐには思い出せない。
懐中電灯が近づいてくる。
1メートルほど手前まで来ると、懐中電灯が消された。

予想はしていたが、警官だった。
あたりを見渡してみると、この広場は、住宅に囲まれている。
私が座っていたベンチの後ろは2階建てのアパートだった。
おそらく誰かが、広場に怪しい人間がいる、と通報したのではないだろうか。

私は、この近辺でパトカーや警官を見かけたことが、年に数回しかない。
大きな団地であるにもかかわらず、団地内には交番がない。
空き巣に入られたという噂は頻繁に聞くが、物騒なので交番を設置しましょうという要望は、いつも無視されているようである。
頻繁にパトロールしている気配もない。
埼玉では、警官が不足しているのかもしれない。

その希少価値の警官が、私の目の前にいた。
そして、「すみませんねえ。身分を証明するものをお持ちですか」と柔らかな物腰で聞かれた。
今日は、何も持っていない。
ただ、「ない」というのも高飛車なので、ツタヤのカードとみずほ銀行のキャッシュカードを見せた。

警官は、また懐中電灯をつけて、裏表をあらためた。
私は、人の良さそうな警官に「誰か通報しましたね」と聞いた。
警官は、「ハハハハハハハハハハハハハハハハ」と、やたら長く笑って、カードを返してくれた。

「お住まいはどちらですか」と聞かれたので、住所と名前を正直に答えた。
すると、警官は、「ああ、もしかして以前、夜中の1時頃職質しませんでしたか」と聞いてきた。
そこで、私の壊れかけた脳細胞のシナプスの回路が繋がった。

確かに一年以上前、真夜中に近所の印刷会社で仕事をした帰り道に、職務質問を受けたことがあった。
深夜、自転車をすっ飛ばして帰る途中、パトカーから出てきた警官に呼び止められたのである。

「あの時は、すごい勢いで自転車を漕いでましたね。確かお仕事は、デザイン関係でしたよね」
すごく記憶力のいい警官だ。
警官にしておくには、もったいない。

しかし、警官は納得できないという顔を作って、こう言った。
「ここは、団地からかなり離れていますよね。この近所に誰かお知り合いでもいるんですか」
顔は穏やかだが、嘘を言うと承知しないぞ、という迫力のようなものを感じた。

嘘を言うつもりはないので、正直に答えた。
すると、警官はまた「ハハハハハハハハハハハハハハハハ」と長く笑って、大きく頷いた。
そして、ベンチの方に目を移して、「まだおでんが少し残っているようですね。じゃあ、あれを食べ終わったら、できるだけ早く家にお帰り下さい」と言って、小さく頭を下げた。

それは無理だ。あと1本発泡酒が残っている。
2本目の発泡酒は、ゆっくり飲むことにしている。
残りのおでんも、のんびり食いたい。

私が首をかしげていると、人の良さそうな警官は、また長い笑いを引きずったあとで、私の肩を軽く叩いた。
「まあ、できるだけ早くというのは、どうとでも解釈できますからね、これは常識的な時間ということでして、まあ、ある程度拡大解釈してもよろしいんじゃないでしょうか。速やかに、と言ったら、いま直ちに、ということですが、私はそこまでは言っておりませんので」

それを聞いて、警官が少しだけ好きになった。

そうか。
彼の言葉を拡大解釈すれば、こういうことになる。
おでんをゆっくりと食べて、発泡酒をゆっくり飲んで、できるだけ早く帰ればいい・・・・・と。

わかった。
警官が認めてくれたのだから、夜の闇の中で一人の時間を満喫しながら、できるだけ早く家に帰ることにしよう。


2007/09/16 AM 08:26:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

うまい棒、4万3千本
昨日の夜9時半から明け方の4時過ぎまで、レーザープリンタでプリントをしていたので、眠い。
終わってすぐに寝たのだが、6時に起きて、息子の弁当と家族の朝メシを作っていたときは、睡眠不足で頭が重かった。

そのあとすぐに寝てしまえば、なんの問題もなかった。
余計なことをせずに眠っていれば、平和だったのだ。

本当に、眠っちまえばよかった。
悔やんでも遅いことはわかっている。
しかし、そうは思いながらも、大きな溜息をつかずにはいられない。

重い頭を持てあましながら、とりあえず洗濯をした。
ついでに、素っ裸になって風呂を洗い、シャワーも浴びた。
それで爽快になるはずだったが、シャワーのあと、冷蔵庫を開けてみて愕然とした。

発泡酒がない!

なぜ、ない!
腰にバスタオルを巻いた状態で考えた。

飲んだからだ。
いつ?
プリントをしながら、2本飲んだ。
その2本目を手に取ったとき、残りの本数を確かめなかった。
どうやら、それが最後の発泡酒だったようである。

何というヘマを!
浴槽を丁寧に洗い、シャワーを浴びたせいで、体が発泡酒を欲している。
枯れかかった植物が水を欲するように、身体全体が発泡酒に飢えている。
洗濯物を干して、これから寝るにしても、発泡酒がなければ収まりがつかない。
指先が震える(アル中か!)。

そこで、着替えて、近所のコンビニまで発泡酒を買いに行くことにした。
コンビニは、我が家の半径1キロ以内に3店ある。
どれもほとんど距離は同じなので、その時の気分で、16号沿いのコンビニに行くことにした。

それが、まず最初の判断の誤りだった。
焦っていたので、自転車で行くことにした。
この判断も甘かった。

歩いていけば、あいつに会うことはなかった。
わずか1、2分の違いで、その結果は大きく変わっていたことだろう。
人生とは、そんなもの。
いったい、誰がこんなできすぎたシナリオを考えたのだろう。

16号の信号を渡るとすかいらーくがある。
そして、その延長線上にコンビニがある。
すかいらーくとコンビニの中間。
あいつが、高級そうなスーツを着て歩いてくるのが見えた。

なんで、あいつがここにいるんだ。
下を向いているが、顔は随分と平和そうだ。
あいつは、去年の1月に転職して、それと同時に住まいも東京の江戸川区に移ったはずである。
まさか、また舞い戻ってきたなんてことは、ないよな。
それだけは、勘弁してくれ。

コンビニまでの歩道は一直線に伸びているので、身を隠すところがない。
あいつが顔を上げたら、もう逃げられない。
顔を上げないことを祈る。
とにかく、通り過ぎてしまえばいい。
そう思いながら、私は俯いて、ペダルを漕ぐ足に力をこめた。

しかし、現実はそう甘くない。
「あれぇー、Mさんじゃないですかぁ!」
一番呼ばれたくない相手に、でっかい声で、名前を呼ばれた。

知らんぷりをすることもできたが、これ以上低い品位をさらに落としたくない。
だから、精一杯の作り笑いで、「やあ」と答えた。

その男アサクラは、去年の1月までは、同じ団地の住人だった。
そして、7年前小さな広告代理店に勤めていたアサクラは、近所のよしみで私に仕事をくれたのである。
これが、けちの付けはじめだった。

その会社は、2年後に倒産し、売掛金17万円が見事に消えた。
その後、アサクラは出版社に勤めた。
そして、また仕事を出してくれた。

「今度は、大丈夫ですよ」
そう言ったにもかかわらず、その会社は3年足らずでつぶれた。
売掛金26万円が、消えた。

アサクラは、疫病神である。
アサクラの顔を見ると、消えた売掛金43万円を思い出す。

43万円と言えば、うまい棒が4万3千本買える。
これは、小学6年の娘の計算の仕方だ。
娘は何でも、うまい棒で換算する。

たとえば、このような使い方をする。
「えー、このラーメン千円かよ! うまい棒が百本買えるじゃん! どんだけ〜!」

うまい棒が4万3千本! どんだけ〜!
と顔に出たと思うのだが、アサクラは、無神経にもこう言うのである。

「Mさん、俺いま不動産屋に勤めてるんですよ。今度仕事出してもいいですか」

何だとォ!

普通だったら、まず「その節は大変ご迷惑をおかけしました」と言うんじゃないのか!
スーツの襟を掴んで、引きずり回したくなった。
アサクラは、そんな私の殺気を肌で感じたのだろう。
「いや、冗談冗談」と腰を引きながら笑って、「俺、すかいらーくで人と会う約束してますので、これで失礼しますよ。また、ご縁がありましたら」と言い、早足で逃げていった。

ご縁があったら、だとォ!

もし私が、塩を持っていたら、アサクラの体に盛大に振りまいていたことだろう。
発泡酒を2本買って家に帰り、「43万返せ、うまい棒4万3千本分返せ!」と呪いながら、一気に飲んだ。

そして、すぐに眠った。
夢にうまい棒が出てくるかと思ったが、さすがにそんなうまい展開にはならなかった。


2007/09/14 AM 07:21:17 | Comment(0) | TrackBack(1) | [Macなできごと]

ハゲとオール電化住宅
友人のハゲが、家を建てた。
ハゲには、シバタという名前があるのだが、30歳を過ぎて激しくハゲだしたので、それからは愛情を込めて「ハゲ」と呼んでいる。

ハゲとは大学が同じだったが、学部は違うし、クラブも違った。
我々は本当だったら、接点はないはずだったが、大学3年の冬、アルバイト先で偶然知り合い、よく話をするようになった。

当時ハゲは、アルバイト先の女の子に惚れていて、ものの見事に振られたあとだった。
打ちひしがれたハゲの姿があまりにも哀れだったので、その日は明け方までヤケ酒につき合ってやった。
それから、友だち付き合いが続いている。

ただ、友だち付き合いと言っても、私の記憶ではこの5年間に2度しか会っていない。
メールもしないし、電話もしない。
たまにハゲから長文の手紙が届くだけだ。

ハゲは字がうまい。
私は、男でこれほどきれいな字を書く人間にお目にかかったことがない。
たとえ激しくハゲていたとしても、ハゲの美しい字を見ると、心が落ち着いてくる。
字が美しいだけでなく、時に散りばめられる詩的な表現が、ハゲしい知性を感じさせる。
その点だけでも、尊敬できる。

今回、便せんに4枚の手紙をもらった。
家を建てたので、ぜひ見に来て欲しい、と書いてあった。
そして、最後に息子のことで相談がある、とも書いてあった。
高校3年の息子との関係に悩んでいる、というのだ。

これは、行かなければならない。
ハゲの場合、これ以上悩んでも髪の毛が抜けることはないだろうから、放っておいてもいいかもしれないが、新築の家は見てみたい。

ハゲが、髪の毛が抜けるほど苦労して建てた家だ。
見る価値はある。
そこで、横浜の三ツ沢に行って来た。

薄い茶のサイディング
屋根にはソーラーユニットが乗っている。
エコキュートも付けたというから、今流行のオール電化住宅である。

ハゲとオール電化は、とても似合っている。
いつも太陽を浴びているハゲの頭と、いつも太陽を受けているハゲの家の屋根。
どちらも、キラキラと輝いて、まぶしい。

あまり、ハゲハゲとハゲしく繰り返すのは気が引けるので、これからはシバタと書く。
シバタの奥さんは、友だちと韓国に行っていたので、今回は会えなかった。
彼女は、リエさんと言って、名字と名前を続けて読むと、有名人の名前になる。
ただし、シバタの奥さんのリエさんは、かの有名人よりも格段に美人である。
歯は出ていないし、スリムだ。

20帖近いリビングのふかふかのソファに向かい合って座り、キリンのラガーを飲んだ。
つまみを用意するのを忘れたと言うので、シバタの頭を軽くはり倒したあと、台所を借りて、ピ−マンの肉詰めとイカキムチを作った。

IHクッキングヒータを使って本格的な料理を作ってみたかったが、シバタの奥さんよりも美味い料理を作ったら、彼女の立場がなくなるので、やめた。
シバタは、肉詰めが気に入ったらしく、6個作ったうちの5個を一気に平らげた。
「うちのやつのよりも、うま・・」と言おうとしたので、また頭をはり倒した。

そんなとき、リビングに彼の長男が入ってきた。
6年ぶりに会う長男は、頭以外は、シバタにそっくりだった。
彼は、私のことを覚えていたらしく、私の顔を見ると、「お久しぶりです」と頭を下げた。
頭のてっぺんが見えたが、頭髪はまだ大丈夫のようである。
その部分は、これからも父親に似ないことを祈る。

照れた笑顔が6年前のままだったので、安心した。
「座るかい?」と聞いたが、「いえ」と言って冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを手に取り、そのままリビングを出ていった。

親子の会話はない。
目も合わさなかった。
シバタの顔を窺うと、下を向いて、フォークで最後の肉詰めを乱暴に突き刺していた。

私が「断絶か」と聞くと、シバタは顔を上げて気弱な笑いを作った。
「まあ、それに近いな。母親とは喋るんだが、俺のことは2年近く避けている。どこが気にくわないかわからないんだ。リエが何度か聞いたらしいんだが、『なんとなく』としか言わないんだな」
そう言いながら、肉詰めをまるごと口に放り込んだ。

「おまえのところはどうだ。うまくいってるのか」

私の高校2年の息子は、私に反発することはまったくない。
たまに、ヨメに対して声を荒げることはあるが、それは鉈(なた)で心を切るような無神経な言葉に反応するだけだから、一瞬である。口論まではいかない。
彼がわけもわからずに反発したのは、小学校の低学年までで、それも長い期間ではなかった。

息子も小学6年の娘も、私のことを友だちと思っているらしく、学校で起きたことを中心に何でも話してくれる。
娘は私に対して乱暴な口をきくが、鬱陶しい存在とは思っていないようだ。

「そうか、うらやましい限りだな」
シバタが、ハゲしく落ち込んだ。

そこで私は、長男の部屋に行って話をすることにした。
シバタは無駄だと言っていたが、かえって他人の方が話しやすいということもある。
親子の関係は、繋がっているようで繋がっていない。
意識すればするほど、むしろ遠く感じる場合がある。
親子だ、と肩肘を張るより、血の繋がった同居人だと思ったほうが、気楽である。
そのほうが、相手を尊重できる。
別の人格として、意識できる。

2階に上がってすぐのところに、長男の部屋があった。
ノックをすると、いきなり長男が顔を出した。
戸惑ってはいないようである。私が来ることを予測していたのかもしれない。
「入りますか」と言われた。

入った。

いきなり目に飛び込んできたのが、壁中に張られたポスター。
Gackt、L\\\'Arc〜en〜Ciel、Dir en greyなどのヴィジュアル系アーティストのものが、壁といわずドアといわず、部屋全体に充満していた。

「すごいね、この景色は」
私は、思わず呻った。
机の引き出しのところにも、器用に切り抜きが張られていて、まさにヴィジュアルである。

折り畳みの椅子を出してくれたので、それに座ったが、背もたれの狭い部分にも、どぎついメークをしたアーティストのシールが貼られていた。
見事だ。これだけ、徹底していたら、拍手をするしかない。
事実、私は拍手をしてしまった。

それを見て、長男は「ハハハ」と笑った。
それをきっかけに話が弾んだ。
彼は、学園祭のときだけ、バンドを組んで、ヴィジュアル系もどきの歌を歌っているらしい。
普段聞くのも、ヴィジュアル系だけ。

私が、「俺は、GacktもL\\\'Arc〜en〜Cielもみんな同じに聞こえるんだよね」と言っても、怒ることなく、「それはそうでしょう。ヴィジュアル系の音楽全体を引っくるめて、一つのムーヴメントだから、どうしても似ちゃうんですよ」と笑っていた。

普通は、自分の趣味を少しでもけなされたら、この年頃の子は怒るものだが、彼は平然としている。
性格の穏やかさは、シバタに似たのかもしれない。

「親父は、嫌いか」と、突然聞いてみた。
それに対して、彼は「いいえ」と、やはり笑いながら答えた。
そして、ひととおり自分の部屋を見渡したあとで、まばらな無精髭を撫でながらこう言った。

「俺、学校の成績、いいんですよ」
「一番かい?」
「いや、一番ではないけどトップクラスです。中学のころから、成績も良かったし、スポーツもよくできた。生徒会長をやったこともある」
おそらく、照れたときの彼の癖なのだろう、そう言って、また無精髭を撫でた。

「いい子だったんですよ。学校でも家でもね。でも、それが少し嫌になったんです。だから、少しだけでも嫌なやつになりたかった」
「それが親父だったわけか。親父に対してだけ、嫌なやつでいてやろう、と」
「まあ、そうです」
無精髭を撫でる。
そして、大きくため息をついたあとで、こう言った。

「親父は悪くないんです。俺の勝手な事情で、親父を避けているふりをしているだけなんだ。それも、高校を卒業するまでって、決めてるんですけどね」
おかしな理屈だったが、私には何となく理解できた。
私も、子どもの頃から手間のかからない子どもだとまわりから言われて、それをもの凄く気恥ずかしく感じていたことがあった。

要するに俺は、大人にとって、都合がよくて、ただ安心できるだけの人間なんじゃないか。
そんな人間なんて、意味があるのか。存在価値があるのか。
そう思ったことがあった。

彼もどこかで、形だけでもねじれなければ、落ち着かなかったのだろう。
その矛先が、親父だっただけのことだ。

「俺も若いころ、君と似た感じだったな。俺はいい子で終わってしまったから、大人になって、ひねくれてしまったが、君の場合は、ちゃんと闘っているんだな」

事情は、よくわかった。
シバタには今回の話は隠しておくことを約束して、私は長男の部屋をあとにした。

リビングに戻ると、シバタは赤い顔をして鼻歌を歌っていた。
演歌だった。
息子はヴィジュアル系、親父は演歌。

「なるほど、断絶だな」
私が呟くと、シバタは赤唐辛子のような顔になって、「ああ、断絶、断絶!」と叫んだ。

私はシバタが手にしたラガーのボトルをひったくるようにして手に取り、自分のコップに注いだ。
そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。

「あと6ヶ月の辛抱だ」
「ん?」

長男との会話を教えてやってもよかったが、約束は守るべきだろう。
私は、シバタのコップにビールを注ぎながら、「いい息子だよ」と言った。

シバタの顔が赤からピンクになった。
そして、ハゲ頭を縦に大きく揺らしながら、頷いた。
笑み崩れた顔で、私に乾杯を強要した。

「飲もうぜ! 飲もうぜ!」

親父ってやつは・・・、どんなに子どもに邪険にされても、自分の子どもを褒められたら嬉しいものなのである。


2007/09/12 AM 07:05:52 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

突然かかってきた電話
「携帯電話が、なぜ通じないんだ」
その声が受話器から流れてきたとき、鳥肌が立った。

いつもは、ナンバーディスプレイの発信人を見てから電話を取るのだが、今回はすぐ取ってしまった。
油断をしていた。

クソッ!

大きく舌打ちをしたい気分だったが、懸命にこらえた。
しかし、相手はそんな私に構わずに、「使われてません、とはどういうことだ」と畳みかける。
さらに、「連絡がつかなかったら、仕事にならんじゃないか」と責め立てる。

私は、自分の名前さえ言っていないのだ。
一言も発していない。
たとえば、私ではなく、この電話をヨメが取っていたら、どうなっていただろうか?

ヨメは、当然のことながら事情がわからないから、それを聞いて腹を立てることだろう。
何だこのオッサン!
自分の名前も名乗らずに、「携帯が通じない」だの「仕事にならん」だの、何モンだ! 嫌がらせか! イタズラ電話か! 警官を呼ぶぞ! と思うかもしれない。

おそらく、それが普通の人の反応だろう。
しかし、この電話の主は、そんな普通のことを想像する能力がないのである。

声のボルテージが上がって、押しつけがましい言葉の暴力はさらに続く。
「俺が何回携帯に電話をかけたと思ってるんだ! もっと責任を持てよ」

はて、いったい私はこれ以上何に責任を持てばいいのか。
私はささやかながらも、家庭を築き、妻とともに子ども二人を真面目に育てている。
仕事は不定期だが、飢えない程度にこなし、貧乏暮らしを楽しみながら、人様に迷惑をかけずに懸命に生きている。

ジョギングと音楽が趣味で、最近は宇多田ヒカルの「Beautiful World」と絢香の「CLAP&LOVE」がお気に入りである。
夏に発泡酒を飲み過ぎたせいで、最近少し頭がボケてきたが、ここ1週間は発泡酒をひかえたせいか、脳細胞が復活しつつある。

仕事の納期は必ず守る。
クライアントとたまに喧嘩はするが、それは仕事に対して真剣に向き合っている証拠である。
だから、責任は果たしている。

携帯電話は今現在持っていないが、たまに小学6年の娘の携帯電話を借りて、仕事に支障がないようにしている。
携帯を持っていないということが、責任を放棄することになるのか?
携帯は、人の責任を左右するほど重要なものなのか?
携帯を持っていない人間は、みな無責任なのか?
携帯に絶えず縛られている人間が、そんなに偉いのか!

眉間に皺を寄せ、怒りを身体全体に渦巻き状態でクルクルと回転させていたとき、「おい! オイ!」という嗄(しゃが)れ声が聞こえて、我に返った。

しかし、私の人生で、親でも友人でも恩師でも仲人でもない人間から「おい」と呼ばれたことがあったろうか、と考えた。
おそらく、ない。
通りすがりの酔っぱらいに言われたことはあるかもしれないが、その時は延髄ぎりをお見舞いした記憶がある(もちろん嘘です)。

私の娘だったら、即座に「ウゼエ!」と言って、電話を切ったことだろう。

私も「ウゼエ!」とは思ったが、小学6年ではないので、電話を切るわけにはいかない。
だから、黙っていた。

私は、黙りのプロである。
いくらでも、黙っていられる。
沈黙が、まったく苦にならないのだ。
世界陸上に「黙り」という競技があったら、メダルを取る自信がある(今度、織田裕二に頼んでみよう)。

黙っていると、また「オイ! オイ! オイ!」と三連発で言われた。
本気で腹が立った。
だから、「まず、自分の名前を名乗ってください。そして、誰に向かって喋ってるのかもはっきりさせて下さい。俺は『オイ』という名前で呼ばれたことはない!」と一息で言った。

これは、馬鹿馬鹿しい手続きではあったが、怒鳴りつけたい衝動を抑えるにはこれしかなかったのである。

しかし、「チェッ!」という舌打ちとともに、電話は切られた。

進歩のない男である。
私が進歩がないということではない。
電話の主、スドウ氏が進歩がないと言っているのである。

私も大人気ないが、以前のブログを読んでいただければ、私の苛立ちがおわかりになると思います。
世の中には、「俺サマの言うことを聞け!」という人がたまにいる。
可哀想な人種なのだが、自分でそれがわかっていないから、余計に哀れさがつのる。
スドウ氏は、まさしくそんな人である。

それは、コチラコチラ、さらにコチラのブログに記しましたので、興味のある方はぜひお読みください。

人間観察としては、いいサンプルになると思います。


2007/09/10 AM 07:10:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ナマケモノの喧嘩
毎月5日締めの仕事が先日終わったが、今回は半分近くを人に任せた。
これは、私にとって初めてのことである。

前回は、納期ギリギリまで仕事が入らず、イライラした。
定期的に入ってくる仕事は、原稿が同じ時期に入ってこないと、リズムが崩れる。
この5日締めの仕事は、このところ、このリズムが崩れていた。

振り回されている、と感じる状況はあまり気持ちのいいものではない。
その仕事だけをしているのなら我慢もできるが、いくら売れないデザイナーとはいえ、他にも仕事は回ってくるのだ。

その仕事のために他の仕事のペースを乱されると、少なからず色々なところに悪影響を及ぼす。
ストレスも溜まる。
しかし、そのあたりのことが、クライアントにはわかっていない。
「クライアントがわからないのは当然だ、クライアントとはそういうものだ」、と言われてしまえばそれまでだが、約束を守らず義務だけを押し付けられるのは、どう考えてもフェアではない。

仕事を出す側も、マナーを弁(わきま)えてもらいたい。
ほんの一言だけでいいのだ。

「すみません。原稿が遅れて迷惑をかけます」

この一言で、すべてが円滑に進む。
しかし、そんな言葉をHさんの口から聞いたことがない。

だから、嫌になってしまったのである。
今回は先月より2日早く原稿が入ってきた(通常より1週間遅いが)。
頭を撫でてやりたいところだが、Hさんのこの一言で、私のヘソは螺旋階段のように曲がりくねり、ひねくれた。

「いつも納期ギリギリですからねえ。今回はスッキリいきましょうよ」

それは、原稿を揃えるのを1週間も遅らせている男の言うセリフではない。
せめてあと3日早ければ、納期がギリギリになることはない。

しかも、彼はこんなことも言うのだ。

「Mさんって、マイペースですよね」

久しく使っていなかったが、かかと落としをお見舞いしてやろうか!

納期ぎりぎりまで原稿を出さず、人に平気で徹夜を強いながら、その言い草はないだろう。
私は売られた喧嘩は、必ず買うのを信条としている。

「私がマイペースなら、Hさんは俺様ペースですよね」
俺様だけが特別で、他人が少しでも仕事が遅れたら、悪意をこめて「マイペース」と決めつける。
たいへん羨ましい性格である。

私は、片頬だけで笑って、彼の説明を受け流した。
そして、初稿を知り合いのデザイナーに委ねた。

毎回基本的なデザインは決まっているので、フォーマットとテキストデータ、画像データを渡せば、初めてだとしても、それほど戸惑うことはない。
ただ、冊子の読者層が比較的高年齢なので、見出しも本文も普通のものより3ポイント以上でかい。
違和感を感じるとしたら、そこだけである。

外注先のNアートのフジイくんは、大変な機械オンチだが、仕事は几帳面で、しかも速い。
初稿を1日で仕上げてくれた。
ただ、テキストデータは持てあましたようで、「Mさん、テキストが全部入らないんですけど」という泣きの電話が何回か入ってきた。

そうなのである。
本文の文字がでかいから、毎回何人かの作家の文字が、溢れてしまうことになる。
これは、「作家のみなさんに制限文字数でまとめるようにお願いしてください」と、何度となくHさんに提案しているのだが、彼はこちらの言うことなど聞く耳持たないのである。

だから、「こんなくだらねえ文章、削ってやれ!」と思って、毎回大幅に削っている。
文字制限を守らない方が悪いのだし、営業が作家先生と真正面から向き合おうとしないから、こちらも強硬手段に出るしかない。

そうは言っても、一方的に削るのは乱暴なので、削る箇所を書いてファックスで送る。
しかし、その件に関して、一度もHさんから返事が来たことがない。
私はそれを暗黙の了解と勝手に判断して、仕事を進める。
だが、Hさんは毎回、校了間近に文句を言ってくるのである。
何度かHさんとバトルを繰り広げたが、これだけは一向に改善されない。

フジイくんからは、「Mさんの仕事って、意外とギスギスしてるんですね」と呆れられた。

フジイくん。
私は、羊のようにおとなしく、犬のように従順なのだよ。
普段の私は、クライアントを必要以上に崇め奉っている。
しかし、それは相手にもよる。

ナマケモノ相手に自分がナマケモノになってしまっては、すぐに22世紀が来てしまう。
残念ながら、いくら私でも、22世紀まで生きられる保証はない。
だから、ギスギスせざるを得ないのだ。

今回も文字を大幅に削った。
なにしろ、1800字という文字制限があるのに、2340字の文章を書きやがるのである。
通常は、オーバーすると言っても、100〜200字だ。
今回は、常軌を逸している。

5日に、最終の打合せをすかいらーくで行った。
Hさんは、ソファの背にふんぞり返るようにしてもたれ、こう言う。
「今回は、削りすぎでしょう。これは、やり過ぎだ」

この冊子に関しては、タイトル文字と本文文字の大きさと行間を変えてはいけない、と言われている。
つまり、レイアウト内に収めるためには、文字を削るか画像を減らすしかない。
今回は、文字を350字削り、画像を1枚減らした。
それで、何とか収まったのである。

それにしても、なぜ文字制限を守らない方が悪い、という発想にならないのか、理解に苦しむ。
Hさんは、作家と真剣に向き合うのを避けているから、私にしかクレームをつけられない。
それがわかるから、なおさら腹が立つのだ。

「文字ばかりでなく、画像も一つ削ってますよね」
くどいほど、同じことを何度も繰り返す。

勝手に削ったわけではない。今回も了解を取ろうと思ってファックスを送ったのである。
しかし、なんのリアクションもないから、勝手に進めている。
そうしないと、納期に間に合わないからだ。
作家とも私とも、まともにコミュニケーションを取ろうとしないで、最後に文句だけ言うのは、いかがなものか。

「しっかし、今回はひどいですよ。こんだけ削ったら、相手は怒りますよ。俺、責任持てませんから」
大袈裟な身振りで困惑の表情を作っている。

その芝居がかった仕草にカチンと来た。
何度も言うが、私は売られた喧嘩は買うのである。

「じゃあ、俺も責任持てないな」

Hさんの全身が、固まった。
口が半開きである。

このあとの言葉の応酬に関しては、あまりにも生々しいので、書き記すことができません。
ご想像におまかせします。

しかし、ヒントを二つだけ。
私は、最後まで謝りませんでした。
そして、文字を削った状態で、校了になりました。

だって、俺は悪くないもん!
約束を守らない相手が悪いんだもん!


子どもか!


2007/09/08 AM 08:22:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

破れたパジャマのケツ
高校二年の息子が、最近おしゃれをするようになった。
着るものにこだわるようになったし、髪もとかすようになった。
たまに髪の毛にディップをつけたりもしている。

これは、おかしい。
彼女でも、できたのか。
そう思ったが、どうやらそうではないらしい。

「年頃だからねえ」とヨメは言う。
確かに、彼は今年で17歳。
最近の子はもっと早くからおしゃれに目覚めていると聞く。
だから、彼の場合、むしろオクテと言った方がいいのかもしれない。

しかし、何となく違和感がある。
夏休み前までは、まったくおしゃれとは無縁の男だった。
だから、「なぜ?」と本人に聞いてみた。

「だってさ・・・、みんな、してるじゃん」

そうか、彼も普通の子だったのか。

私の場合、人と同じことはしたくない、というのを頑固に守ってイバラの道を歩いてきた。
馬鹿げたことだと承知しながら、流行に背を向けるのが、オレ流の生き方だと力んできたのである。

だから、息子もおしゃれに興味を持つことはないだろう、と勝手に決めつけていた。
しかし、親の思い込みなど、ロト6のように簡単にはずれる(したことはないが)。

私だけが、私の家系では異質だ。
私の母は、若いころから大変おしゃれな人だった。
昔から、ブランド品で身を固めていた。
私から見ると、馬鹿げたことだと思うのだが、200万円以上もする毛皮を羽織っていたこともある。

叶姉妹かよ!
もっとも、叶姉妹の羽織るものは、値段が2ケタ違うようだが。

引きこもりの姉は、外に出る機会を放棄しているにもかかわらず、クローゼットのなかはブランド品の山である。
彼女は、結婚式に一度も参列したことはないのだが、きらびやかなドレスを数着持っている。
これを本当の「宝の持ち腐れ」という。

私の父は、2週間おきに床屋に行っていた。
靴は、イタリア製のものしか履かなかった。
スリッパさえも、イタリア製なのだ。

ケッ!

ヨメも若いころからブランド品に目がなくて、洋服からバッグ、アクセサリーまで完全武装していた。
旅行に行くときも、JTBを通さないと機嫌が悪い、という徹底ぶりである。

ただ、それで得したこともある。
結婚してすぐのことだったが、JTBのパック旅行で北海道に行ったことがある。
豪華なホテルに泊まって、うまいものを食い、温泉を満喫した。
いい気分で進行していたのだが、最後になって、飛行機が最終便しか空きがない、と係の人が突然言い出したのである。

最終便に乗ると、羽田に着くのは、夜かなり遅くなる。
私たちの場合は、それでも良かったが、遠くから参加している人は、家に帰れないという事態になった。
軽井沢から来ている老夫婦が、係員に強行に抗議した結果、パック旅行に参加した人は、希望により羽田のホテルに無料で泊まることができ、その上、ひとり2万円ずつ「迷惑料」がもらえることになった。

大手の旅行会社でなければ、こんないいフォローはできないだろう。
ブランドも捨てたものじゃない。

話変わって・・・、
私の小学6年の娘は、髪はいつもボサボサだが、着るものにはうるさい。
彼女は、自分が選んだ洋服しか着ないのである。

女の子だから、可愛い洋服を着せておけばいいと、私の母などは、明るい感じの洋服を送ってくるのだが、それが無駄になったことが何度もある。

娘は、上木彩矢土屋アンナに憧れているから、かっこいい女系のファッションが好みである。
黒を基調にしたものをいつも選んでいる。
私の母の考えるものとは、大きくかけ離れているのだが、それを何度言っても母は理解しないので、送ってもらった洋服は、人にあげることになる。

もったいない、もったいない。
着られるものなら、私が着たいものだ。

私は若いころ、ヨメとのデートの時でさえ、汚いジーパンとトレーナーで通してきた。
今考えると、ブランド品で身を固めたヨメと、汚い度MAXの私とでは、まったくアンバランスなはずだが、その時はまったくおかしいと感じなかった。

ヨメは、きっと何か言いたかったのだろうが、こいつに何を言っても無駄だと思ったのだろう。
彼女は、自分が着飾ることだけに専念していた。

だから、今も私はおしゃれとは無縁である。
人からよく見られたい、という意識が完全に欠落している。
髪の毛をとかしたこともない。
自分で洋服を買ったこともない。

ヨメが用意してくれたものを黙って着るだけである。
箪笥のなかを開けて、一番上にのっていたものを着るだけだから、必然的に毎日同じものを着ることになる。

近所の印刷会社の社長からは、「あれっ! Mさん、昨日と同じ服? もしかして、奥さんに逃げられたのかい?」と言われることがよくある。
全然、気にしていない。

そんなの関係ねえ!

おしゃれとは違うが、私は食うものにも無頓着である。
我が家では料理は私がする。
ひとにはうまいものを食わせてやりたいと思う。
しかし、自分でうまいものを食いたいとは思わないのである。

3食おにぎりでも問題はないし、3度かけそばを食ったとしても、飽きることはない。
つまり、気持ちが貧しいのである。
気持ちのなかで、大事な部分が、でっかいクレーターのように穴が開いている状態と言えばいいのか。

でも、そんなの関係ねえ!

息子が、そんな私を見て、遠慮がちに言う。
「もう少しさあ、ちゃんとした格好をしたほうがいいと思うよ。いい大人なんだからさ」

それに対して、娘はこう言う。
「いいんじゃないの。もう何しても遅いからさ。このままクタバっちまえば。本人もそれで満足だと思うよ。
いいねえ。パジャマのケツが破れている姿が、妙に哀れで、スッゴク似合ってるよ」


さすがに我が娘。
よくわかっていらっしゃる。


2007/09/06 AM 07:11:32 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

一分前の奇跡
3ヶ月ぶりに大宮の印刷会社からお呼びがかかったので行ってきた。
この会社は、相変わらず私に対して冷淡である。
世間話もなく、ほとんどなんのコミュニケーションもないまま仕事を与えられて、その場で黙々と作業をし、1時間半で仕事を終え、心のこもらない挨拶を交わして、会社をあとにした。

寒々とした秋風が心の中を通り過ぎるのを感じながら、大宮駅まで歩いていった。
大宮駅で、何かチケットのようなものを配っていた。
私は基本的に、配布されているものは何でももらうというポリシーを持っている。

ティッシュの場合、必ずもらう。
ティッシュ以外でも大抵はもらうが、手に取ってみてクーポン券が付いていたりすると、たとえそれを使わなくても、得をした気分になる。
貧乏くさい話だが、スーパーなどでビールのキャンペーンをやっていると、吸い寄せられるように寄っていって、必ず試飲する。

先日は、新橋の駅前で、ジョージアの新しい缶コーヒーを配っていた。
すぐに寄っていって、1本もらった。
打合せを終わって帰るときもまだいたので、また1本もらった。
最初にもらったときと同じキャンペーンガールだったが、気づかれなかったようである。
得をした気分になる。

今回もらったものを見てみると、インターネット喫茶の半額クーポン券だった。
通常2時間1200円のところ、このクーポン券を持っていくと、600円で2時間インターネットと漫画、DVDなどが楽しめると書いてあった。
しかも、ソフトドリンク無料とも書いてある。

財布の中身をのぞいてみた。
660円。
かろうじて利用できる。

急ぎの仕事が1件あったが、すぐ家に帰って仕事をする気にはなれない。
今日は、やる気がない。

だから、行ってみた。
受付でクーポン券を見せ、600円を払った。
受付は小綺麗な感じで、係の若者もてきぱきとしていて気持ちがいい。

室内は幅が狭いが、奥行きはかなり広い。
つまり縦に長いから、見通しがいい。
見渡すと、真っ昼間なのに、思いのほか利用客が多い。
私も含めて、世の中暇なやつが多いということか。

指定されたブロックに行って、まずコーヒーを淹れてから、空いている席に腰掛けた。
インターネット喫茶は、今年の1月に家族で1度だけ利用したことがある。
その時は、「のだめカンタービレ」を1巻から5巻まで読破した。
今回、続きの6巻を読もうかと思ったが、眼が疲れているので、漫画を読むのはやめにした。

インターネットは自宅でいくらでもできるので、まったくしたいと思わない。
DVDも目を使うから、今回はパス。
では、何をすればいい?
せっかく入ったのだから、何かを楽しまなければ意味がない。

そんなとき、壁に「CDプレーヤー無料で貸し出します」の貼り紙が目に入った。
音楽があるではないか。
そこで、受付に行き、CDプレーヤーとアヴリル・ラビーンの「ベスト・ダム・シング 」を借りた。

コーヒーをもう1杯サーバーから注いでから、席に腰掛け、CDをプレーヤーにセットした。
軽快でとんがったアヴリルの声がいきなり耳に飛び込んでくる。
コーヒーを飲みながら、首でリズムを取る。
身体全体に滞った澱(よど)みのようなものが、スーッと抜け落ちていく感じがする。

両隣に誰かいるのだが、それがまったく気にならない空間が持てるのが、インターネット喫茶のいいところだろう。
音楽を聴いたり、映画を見たりしているかぎり、人の存在はほとんど感じない。
自分の部屋にいるような感覚になれる。

少し癖になりそうなくらい、いい空間である。
何ごとも体験してみなければわからないものだ。

まったりとした時間が、通り過ぎる。
あまりにも気持ちがいいので、目をつぶった。
そして、毎度のことながら眠ってしまったのである。

目をつぶると必ず眠る。
これは、どんな状況でも変わることのない私の悲しい条件反射だ。

目を開けて、零コンマ2秒で思った。

ヤバイ!
ここには、2時間しかいられない。
なぜなら、2時間を過ぎると追加料金を払わなければならないからだ。
しかし、財布には60円しかない!
もし2時間を過ぎていたら、どうしよう!
赤っ恥をかくぞ!


目を開けた途端、その現実が洪水のように押し寄せてきた。
咄嗟に受付でもらった時間を刻印した紙を手に取った。
利用開始時間、12時02分と打ってある。
パソコン画面上の時計を見ると、14時00分!

あと1分しかない!
寝ぼけている暇はない。
CDプレーヤーを掴み、バッグを掴み、コーヒーの紙コップを右手でつぶしてゴミ箱に放り投げ、ドタドタと受付まで走った。

パソコンの時計が正確だという保証はない。
むしろ狂っていることの方が多い。
過ぎていたら、どうしよう!
ドキドキ、ドッキン・・・・・・・・。

店員の「ありがとうございました」の声を聞いたとき、滝のような汗が背中をつたうのを感じた。
そして、全身から力が抜けた。
座り込んでしまいたいほど、疲れた。

そんな私を受付の店員は、不思議そうな顔で見ている。
一応、エヘヘと愛想笑いをしておいたが、余計変だったかもしれない。
彼の笑顔が固まっていた。

エレベーターに乗ると、大きく息を吐きながら壁にもたれた。
全身に疲れが澱(よど)んでいる。
インターネット喫茶は疲れる。
こんな忙しい思いは2度としたくない。
もう行くことはないであろう。

いや、しかし・・・・・・
無料の券をくれるのなら、行ってやってもいいかもしれない。
う〜〜〜ん・・・・・・・。


2007/09/04 AM 07:23:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

親バカ
月に1回か2回、チラシの仕事をいただいているドラッグストアがある。
そこは、関東に9つのドラッグストアを展開して、堅実な経営を行っているが、その会社の社長、K社長は、類がないほどの人格者である。

そこの会社とは8年間お付き合いさせていただいているが、その間に社員が辞めたのは数えるほどしかない。
私の記憶では、結婚退職だけだ。
よほど居心地がいいのだろう。

たとえば、K社長は伊豆高原に別荘を持っている。
しかし、そこは社長の所有物ではあるが、いつのまにか社員の保養所のようになっていた。
今年は、社員の意見を取り入れて、となりの別荘を買い取り、プールと離れまでつくったという。

そして、K社長は私に「Mさん、プールつくったんだから、ご家族連れでぜひ遊びに来てくださいよ」と、会うたびに誘ってくれるのである。
だが、私が彼の会社の従業員だったら、喜んで使わせてもらうが、私にとってK社長はお得意さんだ。
いくら好意的な言葉をかけていただいても、真に受けるわけにはいかない。

それがスジというものである。

先日、K社長の会社で営業の担当者と打合せをしていると、K社長が顔を出した。
普段は、打合せの最中にK社長が顔を出すことはない。
チラシの内容に関しては担当者にすべて任せきりにして、社長が私に直接意見を言うことはない。

珍しいな、と思っていると、K社長は心底申し訳ないというような気弱な笑いをつくって、「Mさん、時間ありますか? あとで、お話があるんですけど」と聞いてきた。
私が「はい」と言うと、まるでご褒美をもらった子どものような笑顔を見せて、「じゃあ、あとで」と無邪気に手を振るのだ。
普通、そんな社長はいない。

K社長は、私と同い年。
彼は、純粋で思いやりがあって、人を裏切らない男だ。
悔しいが、人間の器の違いを認めざるを得ない。
自分と比べるのも恥ずかしいほど、彼は上質な人間である。

打合せを終わって、社長室に行って挨拶をすると、K社長からいきなり、「Mさん、今年も別荘使ってくれなかったですね。遠慮というのは、時に嫌みになるものですよ」と真剣な顔で言われた。
私の顔をじっと見ている。
口が一文字になって、顔に悔しさが浮き出ている。
その表情には、演技ではない真摯なものを感じる。

私は頭を下げた。
「仕事が大変忙しかったものですから」
大嘘だったが、そんな言い訳しか浮かばなかった。

そうすると、K社長は、顔全体で笑って「ああ、仕事が忙しいのはいいことですよね。それなら、納得できます」と言った。
肩の力が抜けた。そして、脇の下から、汗がでた。

別荘の話題をこれ以上引きずりたくないので、K社長の娘さんの話題を出した。
K社長の娘Hさんは、某大学の仏文科3年だが、弱冠二十歳でフランス語と英語を苦もなく操ることができる人だ。
将来は、通訳か翻訳家になりたいという夢を持っている。

その大変優秀な頭脳の持ち主であるHさんが、パソコンも自在に操れるようになりたい、という贅沢なことを言うので、私が月に4回彼女に教えることになったのは、今年の5月の終わりのことだった。
その時、私は世の中というのは不公平にできているものだ、と痛感させられた。

彼女にとって、パソコンは拍子抜けするほど簡単なものだったようである。
もともとインターネットやメールは毎日やっていたというから、パソコンには馴染みがあった。
しかし、彼女の理解力は、人並み外れたものだった。

イラストレータを初めて使う人は、必ずと言っていいほどベジェ曲線で挫折する。
私も挫折しかかった。
しかし、彼女は、それをいとも簡単にクリアしてしまったのである。

友人の一流デザイナー・ニシダ君も私の生徒だったが、彼もベジェ曲線を覚えるのに苦労していた。
WEBデザイナーのタカダは、涙目になっていた。
それが普通なのである。
だから、簡単にマスターしたHさんを見て、嫉妬とともに「可愛くねえなあ!」と思ってしまったほどだ。

この女、どんな頭の構造をしていやがる!

教えることがなくなった今でも、月に2回2時間の講義を開き、主に実践的な課題を与えて、それを私が添削するようにしている。

彼女がつくった作品を見るたびに、「天性」という言葉が、頭に浮かぶ。
配色の妙、テキストをデザインとして見せるうまさ、余白の活かし方。
そのどれもが、理にかなっているのである。
情けないことだが、これは私より上だ、と認めざるを得ない。
批評家的に見れば、女性的すぎる、という難癖はつけられるが、私はそれが悪いことだとは思わない。
やさしくて安心感のある表現力は、見るものを心地よくさせる。

K社長に、そのことを言った。
K社長は、自分の娘のことを褒められたのだから、当然のことながら機嫌がいい。
目尻を下げて、「Mさんのおかげですよ」と頭を下げた。

だが、今回に関しては、まったく「私のおかげ」ではない。それは断言できる。
Hさんにもともと備わっていた力を、私が軽くつまんで引き出しただけである。
私自身、力はまったく使っていないのだ。ただつまみ上げただけだ。

Hさんの才能は計り知れない。
だから、私はK社長にこう言った。
「Hさんは、もうすでにプロの領域に入ろうとしています。いま、社長の店のチラシをHさんに任せても、相当のものができあがるはずです」

それを聞いて、K社長の顔から笑いが消えた。
眉に力が入っている。
彼の目が、私の目を刺すような強さで射る。

「Mさんは、俺を親バカにするつもりですか」
声は小さかったが、間違いなくその言葉は、最短距離で私の脳髄に侵入してきた。
私の体が固くなった。まるで、体に太い木の杭を打ち込まれたような感じだ。
K社長のこんな怖い顔を見たのは、8年間の付き合いで初めてである。

身体全体に凄みが充満している。
声が穏やかな分だけ、それを発散する気配が濃い。

K社長は、眉根を寄せたまま、言葉をつなげる。
「Mさんが言うんだから、Hには才能があるんでしょう。Mさんは、お世辞を言わない人だから、そのご意見は素直に受け取って、ありがとうと言っておきます。ただ、Hがたとえどんなに才能があったとしても、知識ではMさんには敵わない。俺はね、Mさん。Hの才能よりもMさんの知識が欲しくて、Mさんに仕事を出してるんですよ。だから、Hがどんなチラシをつくろうが、採用するつもりはないです。これだけは、覚えておいてください」

怖かった。
しかし、感動した。

それは、お世辞と知りつつも、間違いなく私の心を打った。
私は、下手くそな人形師が操るマリオネットのように、ぎこちない動きで深く頭を下げた。

そんな私を見てK社長は、普段の穏やかな表情でこう言うのである。
「あまりしつこく別荘を使って、と言われてもMさんには迷惑でしょうから、それはやめます。そこで、提案なんですが、今度うちの別荘でパソコンの講習会を開いてくれませんか。我が社のパソコン音痴の社員を集めますから、足腰が立たなくなるくらい、鍛えてみてくださいませんかね」

そして、こうも付け加えた。
「その間、私と娘が、Mさんのご家族を接待しますので、図々しいかもしれませんが、ぜひノーギャラでお願いしますよ」

彼はそう言って、私が別荘に行きやすい環境を、無理なく作ってくれたのだ。
まるで制御不能のオンボロ飛行機を、手際よく軟着陸させる名パイロットのような際立った誘導の仕方。

完敗である。
今年の世界陸上、日本代表以上の完敗だ。

しかし、日本代表にはオリンピックという目標が残されているが、私は一体何を目標にすればいいのだろうか。

器の小さい人間は、そんなことにも思い悩んでしまうのである。


2007/09/02 AM 08:31:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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