Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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猛暑日のジョギング
8月の中旬、酷暑のさなか、「暑いぞぉ! うれしいなぁ」と叫んで、まわりから顰蹙(ひんしゅく)をかった。

私は、自分でも何故かわからないのだが、暑さが苦にならないのである。
全身に汗がしたたり落ちるほどの暑さを体感すると、アドレナリンが体中に充満する体質のようだ。
わけもなく、ハイになる。

しかし、暑いといっても限度がある。
熱中症で何人もの方が亡くなるという酷暑だ。浮かれていいわけがない。
暑さは体力を奪う。
病気を持った人やお年寄り、体の弱い人にとっては、暑さは大敵である。
凶器と言ってもいい。

その現実を認識しながら、「嬉しい」と言うのは、非常識である。
だから、反省しております。
猛暑バカ、と自分を罵っております。

かなり古いお話になりますが、この猛暑バカが、最高気温を記録した8月16日にしでかしたおバカな所業を、反省をこめて書き記します。

私が住んでいるさいたま市の場合、16日の最高気温がどの程度まで上がったのか、正確なデータを知ることができない。
埼玉の場合、熊谷が基準なので、さいたま市の詳しい気温がわからないのである。
人によって、「40度いったよ」とか「39度くらいか」、いや「37度くらいじゃないの」などと言っていたが、はっきりしない。

ただ、猛暑日だったことだけは間違いがない。
とにかく猛暑。

誰もがウンザリとした顔をしていた昼下がり。
岐阜県の多治見市が40.9度の国内最高気温を出したと報じられた午後2時過ぎ、「ちょっと走ってくる」という私の言葉に、家族全員の顔が凍り付いた。

普通なら、すぐに反応するはずの娘も「えっ」という顔で固まっている。
しばしの静寂。

静寂が支配している間に、私はジョギングシューズを履いた。
そして、立ち上がろうとしたとき、「死ぬぞ!」という娘の声が聞こえた。
珍しく、うろたえた声だった。

「スポーツドリンク飲んだから、水分補給はバッチリ。つらかったら、すぐやめるよ。パパは、暑さと闘おうとは思ってないからさ。そんな根性はない」
そう言うと、娘は普段の彼女の口調に戻って、こう言った。
「そうだよな。根性があったら、こんなビンボー生活してないもんな」

外に出た。
頭にタオルを巻いて、日向にでる。
確かに暑い。空気が歪むほどの暑さ。
入念にストレッチをするが、日差しが肌に痛い。
体感温度は、かなり高いようである。
ただ、耐え難いほどではない。

軽く走り始めた。
1キロ6分のペースで走った。
1キロでは、まだ汗はかかない。
1キロ半くらいのところで、汗がでてきた。それも、いきなり噴き出してきたのである。
2キロ地点にコンビニがある。ここを過ぎると当分コンビニはない。
だから、水分補給のために入った。

ポカリスエットの500ミリペットボトルを買う。
レジでお金を払うときも、汗がずっと噴き出ていた。
レジの女店員が、「まさかこのクソ暑いときに、ジョギング?」というような尊敬の眼差し(?)で見ていた。

日影でポカリスエットを半分飲んだあと、また走り出した。
タオルを頭に巻いているせいか、頭に受ける直射日光は、かなり軽減されている。
だから、走っていると、それほど厳しい暑さとは感じられない。

少し、この暑さをなめていた。

5キロあたりまでは順調だった。
俺って本当に暑さに強いな、といい気分でいた。
しかし、5キロを過ぎたあたりで、右足のふくらはぎがつった。
私の場合、足の筋肉がつるという経験は、まったくと言っていいほどない。

体を動かす前には、必ずストレッチをする。準備は万全にしている。
ほかのスポーツの時や日常生活でも筋肉がつったことがない。
だから、この時は焦った。

おい! 何があった! という、うろたえぶりである。
すぐに走るのをやめた。
走るのをやめると、さらに激痛が走る。
立っていられない。
これはもしかして、熱中症の症状か! と脅えた。

無様ではあるが、日影まで這って行った。
50メートル近い距離を尺取り虫のように這った。
見ると、ふくらはぎが別の生き物のように、変な盛り上がり方をしていた。
触れてみると、痛い。

持っていたポカリスエットのボトルを、ふくらはぎに当ててみた。
気持ちがいい。
少し痛みが和らぐ感じである。
しかし、それも一瞬だ。
ペットボトルを離すと、痛みがまた戻ってくる。

安静にしていれば治るのかもしれないが、初めての経験なので、いつ治るかわからない怖さがある。
だから、無理矢理ふくらはぎを軽くマッサージしながら伸ばしてみた。
足首のストレッチもしてみた。
しかし、痛い。

色々なことをしてみたが、効果がないようなので、仕方なく安静にしていることにした。
遊歩道の端に、土が盛り上がったところがあって、上に草が生えている。
それを枕がわりにして、横になった。

汗はかなり出ているが、暑さはそれほど感じない。
少しずつ、ポカリスエットを口に含む。口が潤う程度である。
30分くらい、そうしてじっとしていた。

そこで気づいた。
走っているときも、コンビニにも、遊歩道にも人影がまったくなかった。
コンビニの店員以外、誰ひとり出会わなかった。
遊歩道で、だらしなくダウンしていても、誰も通りかからない。

もし今、俺がここで熱中症で死んだら、いつ発見されるんだろう?
そう考えると、背筋が寒くなった。
そして、立ち上がった。
立ち上がると、ふくらはぎに強張った感覚はあるが、痛みは小さくなっていた。

歩いてみた。
歩ける。
ポカリスエットの残りを一気に飲み干した。
あと1.5キロ行けば、もう一件コンビニがある。そこで、水分補強をしよう。
ゆっくりと歩き出した。

10分ほど歩いているうちに、足の痛みが気にならなくなってきた。
少し走ってみた。
痛くないようである。
スピードを上げた。
調子がいい。

コンビニを通り過ぎて、スタート地点まで戻ったが、まだ走り足りない。
そこで、時にダッシュを入れながら、最初のコンビニまで走った。
ここで本日のジョギングは終了。距離は、約10キロ。
発泡酒の500缶を買った。

コンビニ近くの公園のベンチに座った。
この公園には、日差しを遮るものが何もない。
だから、誰も遊んでいない。
ベンチが灼けていて、大変暑い。
しかし、我慢して座った。
二、三度暑さで飛び上がったが、汗を大量にかいていたおかげで、すぐに冷めた。

発泡酒を半分ほど飲む。
滝のような汗が噴き出してきた。
しかし、爽快である。
噴き出た汗に、強烈な日差しが降り注ぐが、最初ほど日差しに痛さは感じない。
たまに吹いてくる風が、肌を軽く撫でて、気持ちがいい。
発泡酒の残りを一気に飲み干した。

また汗が噴き出した。
そこで、水飲み場まで行って、頭から水をかぶり、全身を濡らした。
肌に付着した水滴は、またたくまに蒸発して、湯気が上がっているのが見える。

それを見ながら、スゲエ! と感動していたときだ。
薄い青の事務服を着た中年の男が、近づいてきた。
その人が強い口調で言う。
「高温注意報がでてるから、早く帰りなさい! 死んでもいいのか!」

高温注意報? そんなのあるのか。
聞いたことないぞ、と思ったが、彼が着ている服から察すると、お役人っぽい感じに見えないこともない。
私は、素直に言うことを聞いて、時々ダッシュを入れながら、家に帰った。

家族に「高温注意報がでてるんだって?」と聞いてみたが、声を揃えて「なにそれ?」と言われた。

からかわれたんじゃない?
このクソ暑いのに走っているバカを見て、ちょっと脅したのよ。


みんなに笑われた。

あれは、からかわれたのか、本当だったのか。
私は、あれから二週間、ずっと悩んでいるのである。



2007/08/31 AM 08:31:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

高校自慢
高校野球が終わったらしい。
いつ終わったかは定かではないが、まわりが静かになったし、8月も終わりに近づいたから、きっと終わったのだろう。

今年も私は、いたるところで鬱陶しい気分を味わった。
私は高校野球に興味がない、とあちこちで言っているにもかかわらず、高校野球の話題を振られたからである。

これは、喧嘩を売っているとしか思えない。

いきなり、ナントカ高校の名前を出されても、私にはそれが高校野球の出場校なのか、わからないのだ。
ナントカ高校?
そこが、なにか重大な事件でもやらかしたのか、と思って、その都度懸命に記憶を呼び起こす。
しかし、それが高校野球の出場高校だと言われるたびに、私の心に相手に対する殺意が芽生えるのである。

相手が喧嘩を売るなら、こっちも買ってやるぞ。

クソ熱い中、ひとりの人間に百球以上も投げさせやがって、甲子園では虐待が当たり前なのか。
バントが多すぎる。高校野球は教育の一環というのなら、選手を信じて、自由に打たせろ。目先の一点にこだわりすぎて、野球が小さい。
審判があまりにも未熟で、バッテリーが可哀想じゃないか。いくら審判はボランティアだとはいえ、もっと勉強しろ。
みんな足が遅すぎる。野手の肩が弱すぎる。基本練習にばかり気を取られて、肝腎の足が死んでいる。
投手が普通の硬球を投げているのに、打者が金属バットでは、不公平だろう。投手も鉄の球にしろ(タチの悪い言いがかり)。

私のまわりには、ほかのスポーツは興味ないが、高校野球だけは好きだ、と言う人が結構いる。
そういった意味では、スポーツ嫌いの人を引きつける魅力が、高校野球のどこかにあるのだろう。

地域性が強調されるから?
俺の出身地が勝ち進んでいる。だから、応援しなければ。
ほかのスポーツより、感情移入がしやすいのかもしれない。

あるいは、将来のスターを先取りしたり、予見したりする楽しさ?

「俺さあ、あの選手、高校時代から注目してたんだよね。それが今や、メジャーリーガーだよ。俺って、見る目があるなあ」
本当は、あなただけでなく、日本中のみんながそう思っていたんですけどね。

先日、ドジャース斉藤と同じ高校なんですよ」と、ある人にいきなり言われた。
そう言われても困る。
ドジャースの斉藤は知っているが、彼がどこの高校かは知らない。
よほどのフアンでない限り、普通は知らないだろう。

しかし、彼はまるでそれが周知の事実であるかのように、語り始めるのである。
「まあ、私の方が10年以上先輩ですから、直接は知らないんですけどね。でも、嬉しいですよ。まさか彼が大リーグであんなに活躍するなんて。誇りですよ。我が校の誇りです」

大リーグですか?
メジャーリーグと言って欲しかったんだが。

我が校の誇り、と言いますが、あなたは校長先生ですか?
それとも理事長?
素晴らしい卒業生を持ちましたね。
うらやましい限りです。
そうですか、斉藤隆と高校が同じなんですか。
それは、よかった。

「え? 斉藤は、隆って言うの。知らなかった」

殴るぞ!

よくいるんですよ。
確かな情報もなしに、不確かな記憶で自慢をする人が。
そんなことも知らないで、「同じ高校です」って、騒いでいるのか!
こいつに、高校の名前を聞くだけ無駄だな。

インターネットで調べることにしよう。

斉藤隆。
1970年2月14日生。
身長188センチ、体重88キロ。
出身高校・東北高校。
大魔神・佐々木やプロゴルファーの宮里藍も同じ高校らしい。

それなら、「宮里藍と同じ高校だ」と言ってもよかったんじゃないか。
そちらの方がわかりやすい気がしますが。

高校自慢をするやつの心理は、よくわからん。


2007/08/29 AM 07:16:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ワゴンRと新婚さん
ワゴンRっていいですよね」
得意先の新婚ボケ・フクシマさんが、珍しく真面目な顔をして言った。

以前は、たまに無精髭を蓄えて、鬱陶しい顔をしていたが、最近はスッキリした顔をしている。
顔の艶もいい。
奥さんのうまい手料理を食って、幸せMAXと言ったところだろうか。

フクシマさんは女優の井上真央が大のお気に入りだが、奥さんはどちらかというと「にしおかすみこ」に似ているのだという。
写真を見せてもらったが、確かに顔の輪郭や口元が似ている。

笑える。

しかし、フクシマさんはプリウスに乗っていたはずである。
プリウスはどうしたんだろう?

「ああ、2台は必要ないですからね。売っちゃいましたよ」
それって、逆ではないのか。
いくら奥さんがワゴンRに乗っていたとしても、ワゴンRはプリウスよりもいいのか?

5年ほど前のことだが、アベという車好きの男がチェロキーに乗っていた。
その気に入りようは、病的と言ってもいいほどで、私は一度も乗せてもらったことがなかった。
「チェロキーは、俺だけのものだ。嫁さんだって数回しか乗せたことがないんだぜ」と見当違いなこだわりを見せていたのである。

ある日、その男が、セカンドカーとしてワゴンRを買った。
「ワゴンRはいいぞ! 日本にもこんな洒落た車を作る時代が来たのか」と、やたら興奮して私に自慢したのである。

そして、ワゴンRに乗せてくれた。
「いいだろ! 洒落てるだろ!」と口に泡をためて言っていたが、私にはどこが洒落ているかわからなかった。

だいいち、狭いじゃねえか!

アベは、身長185センチ、90キロ。
私は180センチ、58キロ。
圧迫感があって、少しもおしゃれな感じはしない。

「お前みたいにでかいやつには、この空間の気持ちよさがわからないんだよ!」

185センチのお前に、言われたくない!

ワゴンRは、車の雑誌などで、かなり評判がよかった。
ある評論家などは、「メルセデスに乗っている人が、セカンドカーにこれ(ワゴンR)を買い物などの足がわりに使うと、大変おしゃれである」と書いていた。

アベもまったくその通りに使っているようである。
鼻持ちならない。
要するに、普段高級車に乗っているやつが、優越感に浸って「俺って、軽自動車の良さもわかるクルマ通なんだよ」と言いたいだけではないのか。

トッポじゃいけないのか。
ムーヴはどうなんだ?

「トッポは、トッポいしさ、ムーヴは中途半端なんだよね」

意味がわからん。
私がワゴンRで唯一いいと思うのは、ステップが低いところだけだ。

彼らは、メルセデスやチェロキーを特別なものとして見ているように、ワゴンRも、ただ自分のステータスをあげるための道具にしているだけじゃないのか。

俺メルセデスに乗ってるんだけどさ、軽の良さもわかるんだよね。ワゴンRは、軽の中では、まあ、ましな方かな。

本当は何でもよかったんじゃないか。
優越感さえ満たしてくれるのなら。

「いやあ、Mさん。相変わらず、ひねくれていますねえ」
フクシマさんが、余裕を持った笑みを浮かべて、私を見る。

新婚さんは、血色がいい。
肌の艶がいい。
ワイシャツがきれいである。

太りましたか?

「3キロ、太っちゃいましたよ」
目尻を下げて照れる姿は微笑ましいが・・・・・。

ヘン!

さらに太って、メタボリック化して、「にしおかすみこ」にお仕置きしてもらえ!

「Mさん、いま、ボクにかなりの悪意を持ちましたよね?」

いやいや、新婚さんの幸せな顔を見るのは最高ですよ。目の保養になります。

「にしおかすみこにムチで叩かれろ、って思ってませんでした?」

滅相もない。

「今回の仕事、ほかに回そうかな」

そうですか。では、新婚前の悪行の数々を奥さんに耳打ちしますが。

「さあ、仕事の話を始めましょうか。無駄話はこれくらいにして」

勝った!



2007/08/27 AM 08:07:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ハイエナのボス
京橋に事務所を構えるウチダ氏に頼まれた仕事ができ上がったので、見せに行った。
彼が自分の事務所を法人化するので、そのロゴと会社概要を頼まれたのである。

前回のブログで、ロゴのやり直しを命じられたことを書いた。
だから、今回はまったく新しい発想で作り直したものをウチダ氏に見せた。

ウチダ氏は、ロゴを一目見るなり「こりゃ、シンプルでいい。おい、やればできるじゃないか」と、テーブルを軽く叩いて言った。
気に入ってもらえたようである。

アルファベットのRoman系のUの文字の上に社名の欧文をのせただけのものだが、社名がシンプルなので、意外と印象深いロゴに仕上がったと、自分でも気に入っていたのだ。

「やっと、普段のおまえの顔に戻ったな。これを見せる前は親のカタキでもとるような顔をしていたぞ」

これをボツにされたら、こいつとは絶交だ、というくらいの気合いを入れて彼の事務所に乗り込んだのだが、それが顔に出てしまったようである。

ウチダ氏が、私の前にスーパードライの350缶を置いた。
「ごくろうさん。いいものを作ってもらった。さすがドブネズミ君だ。ハイエナの心がよくわかっている。完璧だよ!」

お褒めの言葉をいただいたが、ひねくれ者の私は、非常識にもこう言い返すのである。
「おい、ビールだけかよ。つまみはないのか!」

ウチダ氏は、私の性格をよくわかっているから、余裕の笑いを見せて、「キャビアか、それともブルーチーズか」と言って立ち上がった。

「キャビアなんてのは、人間が食うもんじゃない」
以前、ウチダ氏にキャビアを2缶もらった恩を忘れて、ドブネズミは悪態をつく。

「ブルーチーズだって、臭くて嫌いなやつの方が多いだろ」
「知らないのか。アメリカのマンガでは、チーズはネズミの大好物なんだ」
「あれは、ブルーチーズじゃねえ!」
「ドブネズミは、ブルーチーズが好物なんだよ」

馬鹿げた会話を交わしながら、ふたりでブルーチーズをつまんだ。
ウチダ氏は、これから車を使うというので、彼は烏龍茶である。
しかも、100グラム4千円という、いかにもハイエナが好みそうな成金趣味の烏龍茶だ。

烏龍茶とブルーチーズは合うのか?
ブルーチーズに合うのは、ビールだけじゃないのか。
私はスーパードライを一気に飲み干した。

「普通、ブルーチーズには、シャンパンかワインだろ。その次が烏龍茶だ。ほかはあり得ない。ビールなんて問題外だ!」
ウチダ氏は、鼻の穴を膨らませて、熱弁を振るったが、これ以上この話を掘り下げても意味がない。
だから、軌道修正した。

法人化は、はかどっているのか。
社長としての心構えはできているのか。
それに対して、ウチダ氏は、私の前にもう1本スーパードライの缶を置いて、首を横に振った。

「やることは今まで通りだ。仕事は全部俺ひとりでこなす。法人化したからといって、何も変わらないさ。ハイエナはハイエナらしく、サバンナの残飯を処理するだけだよ」
「その残飯のおこぼれは、ドブネズミには回ってこないのか」

ウチダ氏は、にやりと笑って、腕を組み、私を見つめた。
その姿を見ると、社長の風格のようなものを感じて、私は少々気後れを感じた。
このハイエナのボスは、ハイエナだけで終わる男ではない。
いつの日か、ライオンに勝負を挑む野望を、心の奥深くに秘めているに違いない。

「まあ、俺にはドブネズミ君しか相談相手はいないからな。頼りにしてるよ」
調子のいいことは言わない男なので、それは本心に近い言葉なのだろう。

私はいい気分になって、缶ビールを呷りながら、まわりを見渡した。
本棚がある。
本棚の一番下の棚に、宮部みゆきの「模倣犯」があった。
ハードカバーだ。

先日、同業者のイナバに文庫版の模倣犯(1)をもらった。
成功するやつは、やっぱりハードカバーを読むのか。
そう思いながら「模倣犯」を見つめていると、ウチダ氏はその視線をたどって、腰を上げると、分厚い本を2冊持ってきて、私の前に置いた。

「これ、読みたいのか?」
「いや、そうじゃないが・・・」

ウチダ氏が、「なんだこいつ! はっきりしないやつだな」というような目線を送って、私の目をのぞき込んだ。
正直に言わないと、納得しない目である。
だから、先日のイナバとの経緯を話した。

ウチダ氏は、「ハハハ」と軽く笑った。
「俺も実は『文庫本派』なんだ。ここではカッコつけて、ハードカバーを置いてあるが、うちには文庫本ばっかりさ」
そして、模倣犯をパラパラとめくった。

「きれいなもんだろ。ここの本はほとんど飾りだからさ。カッコばっかつけて、自分が嫌になるよ」
ウチダ氏は、顎を撫でながら、皿の上に残った最後のブルーチーズのかけらを私の方に押して寄こした。
そして、顎で「食えよ」と合図をした。

普通は、遠慮をするのだろうが、私はすぐにそれを口に入れた。
ウチダ氏が頷きながら、笑う。
「ドブネズミ君は、そこがいいところだよな。くだらない遠慮や演技はしない。見てて気持ちがいいよ。だから・・・」と言って、彼は立ち上がり、新しいビールをまた私の前に置いた。

「うちに文庫本の『模倣犯』が全巻ある。それをやるよ。宅急便で送る。いつ送るかは、はっきりは言えないが、近いうちに必ず送るから。ただ、ページが汚れているところがあるかもしれないが、そこは我慢してくれ」

私に異存はない。
喜んで受け取る。
儲けた。儲けた。

しかし、よく考えたら、私はウチダ氏には、もらい物ばかりして、何も返したことがない。
ドブネズミ根性が、身に染みついて、人から恵んで貰うことに慣れすぎてしまったか。

しかし、ウチダ氏は、そんな私の考えを見透かすようにこう言うのである。
「おまえに小細工はいらないんだよ。有り難がる必要もない。胸を張って、何でももらっとけ。それが、おまえだ。そこだけは、ハイエナの俺が、どんなに頑張っても、ドブネズミ君に敵わないところだ」

これって、褒められたのかな?
いや、そんなことはないか・・・・・。
でも、今回は褒められたことにしておこう。


2007/08/25 AM 08:10:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

炎天下野球大会
毎年ではないが、大学陸上部OBと不定期にハーフマラソン大会を開いている。
それも、暑さ真っ直中の7月か8月に。

ハーフマラソンは、言うまでもなく距離は、42.195キロの半分、21.0975キロである。
しかし、素人にこんな正確な距離が測れるわけがないので、地図を計測して、大体こんなもんだろうという距離を設定して走っていた。

クソ熱い中、こんな馬鹿馬鹿しいことをいつまで続けるつもりだ、と誰かが言い出すのを待っていたが、誰も言い出さないから、この行事は15回も続いていた。

しかし、今年は言い出したやつがいたのである。
女医と再婚したコガだ。
その女医が、「馬鹿ねえ、いつか死者が出るわよ。陸上部ってバカ揃いなの!」と、当たり前のことを言ってくれたので、今年は野球大会に変わったのである。

19日の日曜日、場所は、三鷹市にある企業のグラウンド。
女医が、そこの会社の提携医をしている関係で、2時間だけ貸してくれることになったのである。
コガはいい人と再婚をした。
だから、頭を撫でながら、ケツを蹴飛ばしてやった。

野球大会に参加した陸上部OBは16人。16人では2チーム組めないので、お互いの友人を誘った結果、総勢22人になった。
1チーム11人である。

22人全員が、普段野球に馴染みがない。
むしろ大学時代などは、野球部の練習を見て、「なんだ、あの無駄に長い練習は! あれじゃ疲れるだけだろ!」と冷ややかに見ていたから、野球を必要以上に軽く見る傾向があった。

だから、ハーフマラソンから野球大会に変わって、今回は楽ができるとみんな思っていたはずである。
しかし、それはおのれの衰えた肉体を省みない錯覚だったと、始まってすぐに思い知らされることになった。

まずはピッチャーを決める。
子どもの頃は、みんながピッチャーをやりたがったが、年を取ると誰も重労働に従事しようという気にはならないらしく、ひとりも手を上げるやつがいない。
だから、私がやった。

OB16人の中で、私だけが大学時代と比べて、体型が変わっていない。
ほかはみんな軽く見積もっても10キロ以上メタボリック化していた。
50キロくらい太ったと思われる人物もいた。
デブがマウンドに立っているのを見るのは、暑苦しくて、耐え難い。
デブの舞いは見たくない。

私は、大学時代と体型は変わらないと言ったが、実は当時より5キロ痩せている。
苦労が忍ばれる。
貧乏はつらいよ。

相手のピッチャーは、唯一高校時代野球部に籍を置いていたというワタナベ。
しかし、こいつも楽に80キロは超えているだろう。

デブの舞い vs ツルの舞い。
先に結果を書くと、この勝負、ツルの方が圧勝したのである。
24対8。スリースコアの大差である。

なぜか。
ワタナベは、コントロールがいい。ストライクゾーン近辺に投げる能力がある。
だが、当然のことながら昔のような球威はないので、ストレートが打ち頃のスピードになって、いいコースに入ってくる。
その結果、みんな面白いようにバットに当たるのである。

そして、ワタナベはデブだから、1球投げるごとにゼイゼイ言ってインターバルを取るのだ。
それが、こちらのデブ軍団のリズムに合うのである。
こちらも打席でゼイゼイ言い、塁に出てからもゼイゼイ言っているのだが、ピッチャーがゼイゼイ言って間をおくから、その間に体力が多少なりとも回復するという好循環。

それに対して、私もスピードはないが、私はキャッチャーミットをめがけて投げるのではなく、バッターの出っ張った腹めがけて投げているから、デッドボールが全部で8個。
私は公平な性格なので、1人に2回当てることはしない。1人1回ずつである。
その結果、みんな腰が引けてしまって、前にボールが飛ばないのである。

三振か死球か四球。
失点は、すべて押し出しのフォアボールだった。

敵は「ピッチャーを代えろ!」とブーイングの嵐を浴びせかけるが、誰も投げたがるやつがいないので、ひとりマウンドを死守して、心おきなくぶつけた。

みんな前日にバッティングセンターに行って練習したと言うが、バッティングセンターでは球のよけ方は教えてくれない。
練習はすべて無駄になった。

しかし、マウンドというのは、暑い。
当たり前のことだが、日差しを遮るものが何もない。
私の場合、上半身裸で、下はジョギングパンツという、とても野球をやるとは思えない格好でいるから、なおさら暑く感じる。

マウンドだけにでも、ビーチパラソルが欲しい! と切に願う。
(甲子園のマウンドにもビーチパラソルがあった方がいいんじゃないか。どうせ、高校野球では、ピッチャーしか働いてないんだし)。

クソ暑い!
ケツにボールがあたって、のたうち回っている姿を見るだけで、汗がしたたり落ちる。
腹立たしい。だから、余計ぶつけたくなるのである。
もはや、勝敗はどうでもいい。
ぶつけることだけが、目的になっている。

相手のワタナベは2回を投げ終わったあと、半分失神して、木陰で大きな腹を上下させている。
代わりにマウンドに上がったスワもデブである。
そして、すぐ失神した。
次のナガイも失神した。

ハーフマラソンのときは、失神はしない。
いくらデブでも、自分のペースをわきまえているから、ハーフマラソンは自分で体力を計算する余裕がある。
だから、リタイアするやつは、ひとりもいなかった。

それに対して、マウンドでは計算ができない。
地面から舞い上がってくる鉄板を焼くような暑さを、体で制御することができないのである。
その結果、失神したデブが5人。
気が付いたら、相手チームは、まともに動けるのが6人になっていた(熱中症にはお気を付けください)。

しかし、そのデブたちも、試合が終わって、昭和記念公園のバーベキュー会場に行く頃には復活して、すぐさま肉に食らいついていた。
デブは、肉を食わせておけば元気になる単純な生き物のようだ。

バーベキュー大会の途中で、「本日のMVPを発表します」と幹事の叫ぶ声が聞こえた。

え? MVP? 聞いてないぞ、そんな賞があったのか。
それなら、もっと頑張ればよかった。
しかし、勝利投手は俺なんだから、俺がMVPだよな、普通は。

と思っていたら、「MVPは、ホソヌマ!」と聞いて、激しく落ち込んだ。
ホソヌマ?
活躍したか? ヒット3本打った? それだけ?
それだけで、MVPかよ!
灼熱地獄のマウンドをひとり守ったのは俺だぞ!
たとえヒットを3本打ったとしても、レフトで暇をつぶしていたやつが、なんでMVPなんだよ!

そんなことを思いながら、やけビールを呷っていると、ホソヌマが「いや、MVPは、Mだよ。Mが一番大変だった。だから、賞品はMにやる」と言ってくれたのである。
「えー!」とブーイングの嵐が、またまた吹き荒れたが、賞品がJCBのギフトカード1万円分だと言うことを聞いて、嵐はまたたくまに去っていった。

「あー、それじゃぁ、いらないな。ギフトカードなんて、面倒臭くて」
「もっといいものかと思ったよ。おい、幹事、賞品ショボくねえか!」
「次回は、大画面液晶テレビにしてくれよ」

口々にデブどもが騒いだが、私は賞品を握りしめて、ひとり満足感に浸っていた。

1万円分、食材が買えるぜ!

私は、左手で持ったJCBのギフトカードをスカイブルーの夏空にかざしながら、爽やかな気分でビールを呷った。


2007/08/23 AM 08:12:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

アル中のクマさん
ひとのブログを読むのは、楽しい。
ホノボノとしたもの、情報系、過激な内容のものや毒舌系、画像中心のものなど様々である。

私が気に入ったブログがいくつかあるので、これからたまにご紹介していきたいと思う。
いま気に入っているのは、宇多田ヒカルのブログ
これは、面白い。

クリエイティブな仕事をしている人のブログとは思えないほど、どこかが外れているブログである。
適度な虚脱感と四コママンガを見ているような楽しさも感じる。
洒脱な落語家が、寄席の舞台の上で、思いのままに客を操っている粋な風情も感じ取れるブログだ。
また、時に不器用なほど正直なところも見えるので、スーパースターが身近に感じられる。

このブログには、ぬいぐるみのクマと宇多田ヒカルとの会話がよく登場する。
これが楽しい。
まったりした漫才を見ているようである。
以前、彼女の直筆の絵で「ベルサイユのクマ」というのが出てきて、娘と一緒に大笑いした記憶がある。

ぬいぐるみのクマは、可愛い。
宇多田ヒカルが描くクマも大変魅力的である。

しかし、クマ、と書いて、私の脳細胞に、笑えない現実が突然思い起こされたのだ。
それは、1トンの重さのハンマーで、頭蓋骨を叩きつぶされるほどの回復不能の大きな衝撃である。

私には3歳年上の姉がいる。
そのことに関しては、何度かこのブログに書いた。
昨年の1月18日から22日のブログには、かなり詳しく書いた。
もし興味がある方は、それを読んでください。
ただし、どんな不幸があなたの身に降りかかろうとも、私は責任を負えません。
自己責任でお願いいたします。

クマ。
3歳のクマ。
この50歳を過ぎた私の姉が、2年前から、「私は3歳のクマだ」と言いだしたのである。

これは、かなり深刻な話なのだが、深刻な話を深刻に書くと笑える話になるので、笑いたい方は続きを読んでください。

私は可愛い3歳のクマだ。
そう聞いて、「クマも3歳になったら、かなりでっかいだろう。可愛くなんかねえよ!」などと彼女に言ってはいけない。
それを聞いたら、彼女は半日泣き続けて、部屋に引きこもるに違いない。

「あたしは、可愛いんだもん! だって、3歳なんだから!」

ただ、このクマさんの場合、夜の7時になったら、引きこもりを解除して、缶酎ハイを飲み始める習慣があるから、涙にまみれるのは午後7時までである。
どんなに泣いていようが、夜の7時になったら、必ず缶酎ハイを飲むのは、どんな驚天動地の重大な事件が起ころうとも、絶えることがない彼女の優先事項なのである。

たとえ、親が死んだとしても・・・・・(怖)。

「クマはごはんは食べないんだよね」とクマは言う。
これは文字通りご飯、つまりお米のことで、クマさんは米は食べないのである。
野菜もまったく食べない。

「だって、クマさんは、米も野菜も嫌いでしょ」

だったら、クマは、缶酎ハイも飲まないんじゃないか。
などと言ってはいけない。
そんなことを言っても、彼女には意味が通じないのだ。
「クマだって、お酒飲むんだよ!」
その一言で、おしまいである。
クマは、すべてを自分の都合のいいように解釈する生き物なのだ。

朝は、ハムにマヨネーズをかけて食べたり、ローストビーフを食べるらしい。
昼は、チャーシューや豚肉の生姜焼きなどを食べる。
夜は、缶酎ハイを飲みながら、ウナギの蒲焼きや牛丼の具だけを食べる、とクマの母は言っていた。

クマさんの生態を知らない第三者からは、幸せで、のどかな娘さんだと思われているかもしれない。
このクマさんは、にこやかに隣近所に挨拶ができるのである。
私は、いい娘です、というのを全身で表現する演技力は過剰なほどに備わっている。
そして、身内にはニコリともしない、という徹底ぶりである。
3歳のクマは、賢いのである。

しかし、クマさんの日常は、限りなく怠惰だ。

朝10時頃起きて、肉を食う。
寝っ転がって、テレビを見る。
何もしない。
昼は、2時頃、肉を食う。食わないときもある。
昼寝をしたあと、買い物に行く。
肉が中心の買い物である。
ほかに何もしない。たまに、パチンコをする。
そして、夜7時になったら缶酎ハイを飲み始める。
肉を食う。
母親に愚痴をこぼす。
3本目の缶酎ハイの頃には、激しく罵倒する。咆吼して、のたうち回る。

私は、世界で一番不幸なクマだ!
40過ぎまで一生懸命働いて、家族を養ってきた。
だから、結婚もできなかった。
子どもも産めなかった。
いったい、誰が悪いんだ!
母親のお前が悪いんだ!


母の名誉のために言わせてもらうが、クマさんは、50余年の生涯の中で、働いたのはたった1年足らずである。
それ以外は、ずっと家にこもって、夜7時になると酒を飲んでいた。

何も生産したことがない。
誰かの役に立ったこともない。
だから、40過ぎまで一生懸命働いたというのは、クマさんの妄想である。

妄想の中に逃げなければ、自分があまりにも惨めだからだろう。
妄想の中でクマさんは、月に100万円以上稼ぐキャリアウーマンになっている。
10回以上、結婚を申し込まれたことになっている。
しかし、母が病弱なので、それを理由に、すべての結婚を断ったというストーリーができあがっている。

「ゴメンナサイ。私は、長女なので、母親の看病をしなければいけませんから・・・(泣)」

昨年母は、6度入院し、3度手術をしたが、クマさんは母の入院先でまわりに愛嬌を振りまいていただけだった。
世話らしい世話はしない。

酒を飲むと、病弱な母親相手にも、クマさんは容赦がない。
自分が一番可哀想だと思っているから、年老いた母がどんなに疲れ切っていたとしても、妄想の中に入り込んで、何も感じないのである。
現実は、彼女の頭の中では、ボウフラほどの大きさでしか存在しない。

そして、彼女の頭の中では、自分以外の人すべてがボウフラほどの大きさであり、自分はクマなのである。
たとえ身内であっても、自分以外はボウフラなのだ。

最近、クマさんの生態をこと細かく精神科医に伝えた(相談するだけでも結構高いので、皆さんお気を付けください)が、「ああ、それはアル中ですね」とあっさりと言われた。
たしかに、酒を飲まない日は一日たりともない。
母親を罵倒するのは、酒が入ってからである。
妄想を繰り返すのも、酒が入ってからである。

アル中だってさ。
母にそう言うと、彼女は「そんなのは、昔からわかってました。でも、お酒を取り上げようとすると、部屋中の壁を叩いて、『人殺し!』って叫ぶのよ。救急車を呼んでも、『醒めれば治りますよ』と言って帰ってしまうの」と、涙目で語るのである。
私も、その現場は何度も見た。

何度か病院に無理矢理連れて行こうとしたが、クマさんは、壁を叩いて「人殺し!」と叫べば、すべてが収まると思っているらしく、いつまでも壁を叩き続けるのだ。
2時間でも3時間でも、こちらが諦めるまで。
その結果、実家の壁は、あっちこっち凹んでいる。

昨晩は、突然「クマ牧場に行く!」と言って、旅行の支度をし始めたらしい。
「クマ牧場はどこにあるの?」と母親。
「登別よ。知らないの! バッカじゃないの!」とクマさん。

クマ牧場のクマさんに会うために、失礼があってはならないと思い、歯を何度も磨き、顔を何度も洗い、手を何度も洗う3歳のクマさん。
慌てて実家に駆けつけてみると、玄関先にクマさんが横たわっていた。

突然アルコールが切れて、玄関先で寝てしまったのだという。
口元には、ベッタリと歯磨き粉が付いていた。
母親と顔を見合わせて、笑うしかない。
苦笑いではない。
お互い疲れ切った笑いである。

だから、そのままほったらかしにした。
一応、クマの柄のタオルケットはかけておいたが。

2時間かけて我が家へ帰る途中、私はずっと寒気がしていた。
それは、冷房のせいだけではないと思う。

アル中の3歳のクマさん。
童話の中のクマさんは可愛いが、さすがにアル中のクマさんは童話に出てこないようだ。

だから私は、いま本気で、アル中のクマが登場する童話を書こうかと考えている。
童話のエンディングは、立派に自立するクマさんの姿を書いて、ハッピーエンドで終わらせたいと思うのだが、それは私の妄想で終わる可能性もある。


2007/08/21 AM 08:17:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

模倣犯
模倣犯をもらった。
そう書くと、模倣犯という犯罪者をもらったと勘違いする人がいるかもしれない。
もしかして、モホウハンという語感から、「模倣犯」を想像する人は、あまりいない可能性もある。

「おい、モホウハンあげるよ」
「ありがとう。モホウハン欲しかったんだよね」

この会話をそばで聞いていた人がいたら、きっと首をかしげたことだろう。
「モホウハンって、なんだ? 蒙古斑なら知っているが、モホウハンって、あげたりもらったりするものなのか? そんなハンコあったっけ?」
そんな風に考えすぎて、その人は、ノイローゼになるかもしれない。

友人のリアルイラストの達人イナバとすかいらーくで会ったときに、彼は突然私の前に文庫本を放り投げた。
イナバは旧姓シマと言って、今年になって奥さん側の入り婿になったのだが、その大変面白い顛末(てんまつ)に関しては、いつか書いてみたいと思う。
それは、とても信じられない話であるし、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、作り話だと思われる可能性もある。
だから、今回はその話はボツ。

イナバは、今年の6月に原因不明の高熱が続いて入院したことがあったが、その経緯に関しては、以前このブログに書いた。

「高熱の原因はわかったのか」
「わからない」

「体調はどうだ」
「悪くない」

そんな無味乾燥とした話題の後に、イナバは文庫本を放り投げたのだ。

「これ、気まぐれで買ったんだけど、50ページ読んで面倒臭くなったんで、Mさんにやるよ」
偉そうに言うが、イナバは私より11歳年下である。
11歳年下のくせに、いつもタメグチだ。
「Mさんって、さんづけで呼んでるんだから、一応これでも気はつかってるんだよ」と言い訳をしているが、彼は年上を敬う心を持ち合わせていない、無礼な男なのである。

初めての打合せの時、彼のあまりにも尊大な態度に腹を立て、最初の10分間は「この野郎!」と頭に来たが、すぐに冷静になって、それからはずっと友だち関係が続いている。
私は、怒りが長続きしないタイプなのである。

「この本(1)ってなってるけど、(2)はないのか?」
「あるよ」
「どこに?」
「本屋で売っている」

要するに、第1巻を読んだが、理解不能で、リタイアした本を私に押し付けに来たようである。

そもそも、イナバに複雑なミステリィは無理だ。
仕事では、精緻なリアルイラストを描きあげるが、彼の頭の中は、イラストほど精緻ではない。むしろ空洞と言っていいかもしれない。

ほとんど新品と言っていい本を見て、「お前、50ページ読んだといったが、5ページくらいしか読んでいないんじゃないか」と私は言った。
イナバの顔が、こわばった。わかりやすい男である。

宮部みゆきの本を初めて読むのなら、「模倣犯」では、荷が重すぎる。
短編から入っていく方が無難である。
それをいきなり、大長編の「模倣犯」では、劇団ひまわりに入ったばかりの子が、蜷川幸雄の舞台に抜擢されたようなものである。

「1巻だけもらってもしょうがないんだけどな」
「でも、オレが持っていてもしょうがないんだな」
「しかし、オレはD-1ファイターだぜ。2巻を買おうにも、買う金がない」
「なんだ、そのD-1ファイターってのは?」
「ドビンボウ・ファイターだ!」

イナバは、大きな溜息をつきながら、軽蔑の眼差しを私に投げてよこした。
「それを言うならD-1グランプリ、つまり、ドビンボウ・グランプリじゃないのか」

イナバに、座布団を一枚!

「そこで、ドビンボウ・グランプリの俺がお前に言いたいことがある」
「?」
「俺は昨日も今日も、ビールを飲んでいない。可哀想だとは、思わないか」
「思わない」

イナバァ! と叫びながら、私は「模倣犯」をイナバに投げつけた。
イナバは、私の剣幕に恐れをなし、イナバウアーのように体をのけ反らせ、「模倣犯」をよけたあと、生ジョッキを奢ってくれた。

私は生ビールを飲みながら、宮部みゆきの作品に関して、イナバウアーにレクチャーした。いや、イナバに抗議した。いや、講義した(しつこい)。
宮部みゆきの最高傑作は、「火車」と「理由」である。
ただ、これはお前のように頭が空洞の人間には、ハードルが高い。

以前、ミステリィ好きと自称する男にこの二つを勧めたが、「火車」に関しては、一番最後に犯人が登場する方式がフェアではない、というピントのずれたことを言われた。
その男は、「理由」についても、登場人物が多すぎて、人物の描写に力を入れすぎているからストーリーが埋没している、という言いがかりをつけてきた。
だから、バカな男には、この2つは勧めない。時間の無駄である。

初心者が読むなら、短編小説がいい。あるいは、コミカルな設定のものもいい。
たとえば「ステップファザー・ステップ」。子ども向きの設定だが、お前の頭には丁度いい。
そして、「心とろかすような マサの事件簿」。これは、犬が主人公の軽いタッチのミステリィだ。
これならハードルが低いから、お前にもわかるはずだ。

というような話をイナバにしていたのだが、イナバは、マヌケヅラを窓の外の方に向けて、人の話を聞いていない。

「おまえ、宮部みゆきの本を読む気があるのか?」
「ない」

「ところで、今日、お前は何をしに来たんだ?」
「わからない」

(怒)

「じゃあ、もう一杯生ジョッキを奢ってくれるか」
「いいよ」

新しいジョッキがやってきた。
断言はできないが、イナバは、もしかしたら、いいやつなのかもしれない、と私は水利している。
いや、推理している。


2007/08/19 AM 08:29:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

メーカーの修理は当てにしない
EPSONのカラーレーザープリンタの調子が悪い。
A3サイズのデータを普通紙で出力すると、3枚に1枚あたりの割合で、縦にシワが寄るのである。
A4とB4では、シワは入らない。

ローラーが摩耗したか。
それとも、寿命?
あるいは、紙が湿気を持っているため、その部分だけシワが寄るのか、と考えた。
しかし、買ったばかりの新品の紙をセットしてもシワが寄るのだから、湿気のせいではないようである。
大事に使ってやっているのに、たった3年半で寿命はないと思うのだが・・・。

ローラーの摩耗なら、ローラーを取り替えればいいと簡単に考えがちだが、自分でローラーを取り替えようと思っても、ローラーを入手するのは結構大変である。
メーカーは、心が狭いから、ローラーだけを売ってくれることはない。

何度電話しても「それは、できかねますが」と、判で押したような答えが返ってくる。
こちらの責任でやるのだから、いいではないか、壊れたって文句は言いませんよ。
そう言っても、「申し訳ございません。当社の決まりですので」紋切り型の言葉が返ってくる。

融通の利かないやつは、嫌いだ!

「お困りでしたら、修理にうかがいますが」
お困りだから、電話しているのではないか。
修理代がいくらかかるかわからないから、自分でローラーを交換する、と言っているのだよ。

私は、お金にもお困りなのだ。
それがなぜわからないのか!

世の中の人間が、みんな金持ちだとは思うなよ!


「ローラー以外の箇所が、故障の原因とも考えられますので、サービスのものが見た方が確実だと思いますが」

それは確かに一理ある。
しかし、以前モノクロのレーザープリンタを修理に出したとき、ドラム交換しただけで返ってきたことがあった。
出力された紙の左右に、毎回小さな傷が付くのである。
出力状態は良好だが、傷が付くのが気になって、これは複雑な症状かもしれない、と思ってメーカーに修理に出したのだ。

出すとき、状態を説明する欄に「ドラムは2週間前に取り替えたばかりです」とはっきりと書いたにもかかわらず、ドラムだけを交換して、「はい、修理しました」と送り返してきたのである。
しかし、相変わらず、傷の付いた用紙が出力される。
つまり、直っていない。

修理代は、2万7000円!

怒りで、激しく立ちくらみがした。
数分間、怒りが渦を巻いていた。
何かを蹴飛ばさなければ気持ちの収まりがつかなかったが、まわりにあるのは、大事な仕事道具ばかりである。
蹴るわけにはいかない。

仕方ないので、近所の小学校まで走って、サッカーのボールを蹴った。
10本蹴って、全部がゴールに突き刺さった。
そして、気分をよくして家に帰った。

冷静になってよく調べてみると、用紙を排出する内側の部分に、ホチキスの針が2本詰まっているのを発見した。
それを取ったら、簡単に直った。

メーカーの修理のずさんさに腹が立ったが、またボールを蹴りにいくのは面倒である。
だから、電話をした。
先方は、ゴチャゴチャと言い訳をしたが、ドラムの購入日が記載された領収書とホチキスの針が詰まっている箇所を撮ったデジカメ画像をメールで送ったら、修理代を全額返してくれることになった。

メーカーのサービスを信じるな!
それ以来、その教訓を私はかたくなに守っている。
だから、今回もメーカーは当てにしない。

A3はキヤノンのインクジェットプリンタでも出力できるのだが、これは年代物なので、かなり遅い。
色は、それなりに忠実に再現してくれるから、重宝している。
だが、急いでいるときに、ジーコジーコという音を聞いていると、悪夢のワールドカップを思い出すので、精神衛生上良くない。

ストレスが溜まる。
だから、早くモンゴルに帰りたい!(某横綱談)

話が脱線した。

しかし、レーザープリンタの調子が悪いとき、自分でも「オレは恵まれている」と思うのである。
近所に懇意にしていただいている印刷会社がある。
そこのPCのメンテナンスをしている関係上、よほどの枚数でない限り、カラープリンタを無料で使わせてくれるのだ。

早速、社長にお伺いをたててみた。
「うちのプリンタの調子が悪いので、そちらのプリンタをお借りして、A3で60枚ほど、プリンタしたいのですが」
「ああ、その分のカウンター料金を払ってくれるならいいよ」
目論見が外れた。金を取りやがるのである。

カウンター料金は、確か1枚あたり25円だったはず。ということは、トータルで1500円!
これは痛い。
あきたこまちが、5キロ買える値段である。
育ち盛りの子どもがいる我が家としては、米を優先させたい。
諦めるしかないか。

などと思っていると、社長は「嘘だよ嘘。Mさんにはお世話になってるんだから、いいよ、使って」と言うではないか。
なんと心の広いお方!

「カウンター料金払って」と言われたときは、薄い頭をはり倒してやろうかと思ったが、一瞬でもそんなことを思った自分が恥ずかしい。

私は、罰当たりで罪深い人間である。
悔い改めて、社長の好きな水ようかんを買って、深夜印刷会社に行ったとき、冷蔵庫に入れておいた。
しかし、よく考えてみたら、水ようかんの詰め合わせが、1セット1500円!

これって、何かおかしいとおもうのだが、頭の悪い私には、今ひとつわからないのです。


2007/08/17 AM 08:12:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

コンセプトの亡霊
何年もやっていながら、デザインとは何だろうか、といつも自問自答する毎日である。

先月の半ば頃、まったく同じ時期に2つのチラシのデザインを請け負った。
一つは長年の付き合いがあるハウスメーカー。
もう一つは、中古バイクの販売店が、車の中古車センターを立ち上げるというもの。

どちらも、新しいイメージで「生まれ変わり」をアピールするというものである。
だから、基本的にコンセプトは同じだ。

私の場合、自分で持てあました仕事の場合は、必ず人に相談する。
自分の考えだけでは、必ず壁にぶち当たるからである(情けない話ではあるが)。
私は、低い壁でも高いと認識してしまう人間なので、今回もすぐに一流デザイナー・ニシダ君に相談した。

「先生、イメージ戦略で生きましょうよ。仮想線(目に見えない想像上の線)誘導と文字をイメージとして有効に使えば、告知型の質のいいチラシができるはずです」
ニシダ君は、かつて私がMacを教えたので、いまだに私のことを「先生」と呼んでいる。

しかし、いまや彼は一流会社をクライアントに持つ、押しも押されもせぬ第一線のデザイナーに成長した。
先生の方が、今でははるかに格下というのが、紛れもない現実なのだが、私はあまり気にしていない。
能力のある人は、優遇されて当然だからである。

ともあれ、私もニシダ君の意見に賛成した。
どぎつく「生まれ変わりました」と言っても、巷(ちまた)にはそんなチラシは溢れているから、誰も目に留めてくれない。
かえって、目にやさしいものの方が、いい場合がある。

それは人の好みにもよるが、とりあえず今回はその路線でいくことにした。

しかし、ハウスメーカーのチラシは難航した。
デザインワークを先方に見せると、「何を言いたいのかわからない」というご指摘を受けた。
俺は、デザイン学校に行っている人を知っているが、彼ならこれくらい、3時間くらいで作れるよ、とも言われた。

一流デザイナーのニシダ君が半日かけて作ったものを3時間で作れるなら、その人は、今すぐプロになるべきである。
私が保証する。
その人は絶対に一流デザイナーになれる。

仮想線誘導というデザイン理論を述べようと思ったが、一刀両断のもとに切り捨てられては、二の句が継げなかった。
だから、仮想線誘導の話はやめることにした。

それに対して、中古車センターの方は、「ああ、面白いね」と言って気に入ってもらえた。
細かい文字の修正はあったが、全体のコンセプトはそのままで、2稿目で校了となった。
それは、11日の折り込みチラシで配布された。

お盆休みの土日だし、猛暑である。だから、先方はせいぜい50組来てくれればいい、100組来てくれたら大成功、という皮算用でいたらしい。
しかし、実際の訪問者は、2日間で154組! すごい数である。
大成功と目論んだ数の1.5倍の訪問者があったのだ。
成約数も、10件を超え、予定額を超えたという。
めでたしめでたし。

日曜日の夜に、社長から「盛況でしたよ。Mさんに見せてあげたかったな。家族連れで大勢の人が来てくれて、オレ涙が出てきましたよ」とうわずった声で感謝の言葉をいただいた。
私も感激した。

それに対して、ハウスメーカーのチラシは、頓挫している。
同じようなコンセプトで作ったものでも、会社が違うと、反応がまったく違う。
袋小路に入った感がある。
どこをどうすればいいのか、まったくわからない。

コンセプトを一から考え直さなければならない。
ニシダ君も、頭を抱えている。

今はおそらく、ニシダ君が新しいアイディアを出すたびに、それはボツにされるだろう。
コンセプトのスパイラルである。
このスパイラルにはまったら、抜け出すことは難しい。

もともとコンセプトは、人の頭の中でそれぞれ形を変えるものである。
それがスパイラルしてしまっては、いつまでも到達点が見えなくなる。
だから、スパイラルは怖い。
スパイラルは、まるで亡霊のようである。

今年のお盆は、コンセプトの亡霊が、私のまわりをウロチョロするかもしれない。



2007/08/15 AM 08:05:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ダイエットのごほうびはサーティワンのアイスクリーム
お盆の仕事は、3件。
そのうちの1件は、WEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)が、一週間実家に帰るというので、溢れた仕事を回してくれたものである。

「師匠に全部おまかせしますので、師匠の好きなようにやってください」という、考えようによっては、いい加減な仕事の押し付けられ方をしたが、仕事がないよりはいい。

ダルマの実家は、岩手県久慈市
リアス式海岸で有名なところらしい。
風光明媚。
人間も素朴で、口べたな人が多い、とダルマは言っていた。

確かに、ダルマは素朴で、口べたである。
「あのー」と言ってから、次の言葉を聞くまで、8秒待たされる。
自分の言葉に自信がないのか、同じ内容を必ず2度繰り返す。

「一回言えばわかるから」と私が言うと、「ああ、そうですよねえ」と頷くが、また同じことを繰り返すのである。
だから悪いが、私は2回目は聞いていない。

「そうだ!」と、突然大きな声を出すダルマ。
「俺、26キロ落としたんですよ!」
明るい声である。誇らしげ、と言ってもいい。

26キロ、落とした?
鉄の塊でも落としたのか?
それとも、今流行の札束を?
札束26キロはいくらになるんだ! 君はそんなに金持ちだったのか!
え? ダイエット?

なんだその中途半端な数字は。
ダイエットの努力は認めるが、26キロというのは、あまりにも半端ではないか。
どうせなら、30キロしてみろ。

「何を言ってるんですか、師匠。師匠が言ったんですよ。26キロ減量したら、サーティワンのアイスクリームを好きなだけ食わしてやるって。だから俺、頑張ったのに」

そうだっけか?
26キロの減量? 覚えがない。
何か意味があったのだろうか。
ダルマを勇気づけるために言ったのだろうが、全然覚えていない。
それはいつの話だ?

「今年の2月4日午後8時25分です!」
半年前のことなど覚えているわけがない。
一昨日の夕メシのことさえ忘れているというのに。
本当に、そんな約束した?

「そうですよ。実家から帰ってきたら、お願いしますよ。約束ですから」
ダルマの息が荒くなってきた。
いい年をして、アイスクリームを腹一杯食いたいなんて、君もお子様だねえ。

しかし、いまアイスクリームを腹一杯食ったら、せっかくの減量が台無しになるぞ。
リバウンドしたら、どうする?
29.5キロ減量するまで、我慢したらどうだ。
それなら、アイスクリームをたらふく食っても、安心だろう。

「29.5キロですか・・・?」
ダルマは、考えた。
沈黙の時間が、32秒。

重いため息の後、ダルマは、か細い声で言った。
「わかりましたよ。あと3.5キロ、頑張ります。1ヶ月で減量して見せますから、師匠も絶対に約束忘れないでくださいよ」

ああ、そうすれば、君は65キロだろ。
理想の体重じゃないか。

「えっ! なんでわかるんですか、俺の体重のこと? ど、どうして!」
ダルマが絶句する。

もちろん、テキトーだよ。タカダ君。
私の言っていることは、すべてテキトーなのだ。
とにかく、減量を頑張ってくれ。

今回3.5キロのダイエットに成功したら、次は1.75キロ。その次は、0.875キロ
いつサーティワンのアイスクリームが食えるかは、私の気分次第だ。

悪いね。
底意地の悪い師匠で。


2007/08/13 AM 08:23:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

平和ボケのワタシ
東京事変「OSCA」に聴き入ってしまって、クライアントの話を聞いていなかった。
仕事はなんとか貰うことができたが、後味が悪い。
そんな反省しっぱなしの一日のお話。

京浜東北線沿線の居酒屋が、秋に開店10周年を迎える。
そこで、チラシとメニューのデザインを頼まれたのである。

開店前の午後4時、仕込みが忙しい中、打合せの時間を作ってもらった。
チラシはB4の二つ折りで、開店10周年を大々的にアピールし、クーポン券を大量に付けるというものである。
メニューの方はB4の両面が2種類。

料理はすべてデジカメで撮る。
来週の月曜日に、開店前から開店後にかけて、店の休憩室を使って、70点近い数の料理を撮ることになった。
慌ただしいが、たとえお盆でも店を休むわけにはいかないと言うから、この方法しかない。
それに、4時間もあればできるので、それほど手間がかかるというわけではない。

居酒屋は、壁に珪藻土を使い、内部は間接照明でやさしい空間を作っている。
カウンターだけの店だが、狭い感じはしない。
後ろの通路が広くとってあるので、移動がスムーズだ。
なかなか居心地のいい店である。

打合せが終わって、「今日は、車?」と聞かれて、「いえ」と答えた。
すると、カウンターにサッポロ黒ラベルのボトルと冷えたグラスが置かれた。
「えっ、いいんですか」と言いながら、頬がゆるむ。
60歳前後と思われる四角い顔のご主人が、大きく頷く。
枝豆も出してくれた。しかも、冷凍ではない。
かなり、いい待遇である。

グラスに手酌で注いだビールを一気に飲む。立て続けに飲む。
うまい!
枝豆を口に入れる。ほどよい塩味とプリプリ感が絶妙だ。
嬉しくなる。

調子に乗っていた。
それがいけなかった。
いつもなら、クライアントに対しては従順なのだが、気が大きくなって、議論を闘わせてしまったのである。

この居酒屋は、基本的にご主人と彼の息子のふたりで切り回しているらしい。
彼の息子は、30歳くらいの、親父さんそっくりの四角い顔をした、頑固そうな男だった。

話の途中で、タリバンによる韓国人人質事件を、彼が突然話題にしたのである。
「あり得ないことですよねえ」と言っているうちは、まだよかった。

話が進むうちに、「俺は、若い頃、20カ国以上を旅して回ったが、危険な国も沢山あった」、と息子が言うのである。
俺は色々な国の事情を知っている。だから、国際派である。俺の言っていることはすべて正しい。
鼻の穴を膨らませて、眉は逆八の字になっていた。
そんな思い上がった口調に、私は大人気なく反応してしまったのである。

「日本はさあ、平和ボケなんだよね!」と息子は言う。
それに対して、「平和ボケのどこが悪い」と私。

では聞くが、平和は悪いことなのか。
銃を構え、それを生身の人間に当てることを正当化していいのか。
彼らは本当に平和を欲しがっているのか。
彼らには、平和が見えていないんじゃないか。
やられたからやり返す、ただそれだけのために銃を構えているんじゃないか。

昔、日本にもそんな時代があったらしい。
授業では教えてくれないので、正直なところ、私は深く考えたことがなかった。
それを平和ボケというのなら、確かに俺は平和ボケなんだろう。

でも、平和でいいじゃないか、と思う。
紛争で苦しんでいる人の苦しみがわからない、他国の犠牲の上に成り立っている、という非難はある。
日本の平和は、多数の血によって創り上げられた蜃気楼のような平和に過ぎない。
そういう見方があったとしても、平和という現実が悪いわけではない。
先人が平和な世界を創り上げるために、多数の犠牲を払い努力したことは、誇りに思っていいのではないか(靖国問題は別の話です)。

アメリカや他国が日本を平和にしてくれたのだとしても、それを維持し続けたのは、日本人の努力である。
それを「平和ボケ」と言って、一刀のもとに切り捨ててもいいのものなのか。

つい最近まで、「日本人は、安全と水はただだと思っている」と言われてきた。
私の心許ない記憶では、これは「日本人とユダヤ人」という中に書かれた一部分を取り上げて、ご都合主義の文化人が流したお話だと記憶している。

青臭い理想論を言えば、「すべての国が、安全と水はただになればいいと思うし、平和であって欲しい」と思う。
安全と水がただで(実際はただではないが)、平和ボケの国というのは、国家としての理想ではないか、と私は思うのである。

確かに、色々な国がある。
あなたは、色々な国を見てきたのだから、私よりはるかに知識は上だ。
だから、その深い知識を歪めることなく、第三者の目で見て、平和ボケの日本は悪で、まわりの国に貢献していない、というなら、それは経験者の意見として尊重できる。

だが、どの国も平和を求めているはずである。
そして、どの国も平和であるべきである。
しかし、それが押し付けられた平和だとしても、今現在平和な日本を「平和ボケ」という言葉で否定するのが、私には理解できない。
平和ボケというのは、本当に恥ずべきことなのか。


私がそう言ったとき、店内に流れたのが東京事変の「OSCA」だったのである。
息子は、私の意見に対して、かなり強い口調で言い返したと思うのだが、私は聞いていなかった。

東京事変はすごい!
椎名林檎の紡ぐ言葉、密度の濃いメロディ、完璧な演奏、そして、椎名林檎の神懸かり的な歌い方、そのすべてに心を奪われて、私の魂のすべてが「OSCA」に入り込んでしまったのである。

曲が終わって、わけのわからないラップに音楽が変わったとき、息子の厚い唇が激しく動くのを見て、我に返った。
「〜世界があっての日本だろ!」
というのだけが聞こえた。

ああ・・・・・・、そうですよねえ。
はい・・・・・・、そうですね、確かに・・・・。

しぼんだ風船のように、言葉の勢いを失った私を見て息子は、「アホかこいつ!」というような顔をして睨んでいた。
それを見て、ご主人が「Mさん、一気にビール飲んだから、酔っぱらっちまったかな」と間を収めてくれたので、話はそれで終わった。
仕事も無事いただいた。

平和ボケはいいが、ボケたデザイナーは仕事をなくす恐れがある。
これが、今回の教訓である。


2007/08/11 AM 08:18:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

徹夜明けの朝
明け方の5時半まで仕事をしていた。
当然のことながら、徹夜明けなので眠い。
ただ、今日はすぐに寝るのがもったいない気分である。

5時半に寝るのは、中途半端だという事情もある。
夏休みだから、子どもたちがいる。
彼らは大体8時頃起きるから、私が爆睡中に彼らは起きることになる。

どうせ、「おい、朝メシ食わせろ! 遅くまで寝てるんじゃねえよ」とマクラを蹴飛ばされるに決まっている。
だから、彼らに朝メシを食わせてから寝た方が、いい睡眠が取れる。

そこで、朝早く花屋のパートに出かけるヨメに、具だくさんのみそ汁を作ってから、散歩に出ることにした。
友だちからお中元にジョギングシューズをもらったので、それを履いて、なま暖かい空気の中、遊歩道を早足で歩き始めた。

この時間、誰も歩いていないかと思ったが、意外と犬を散歩させている人が多いのに驚く。
ツンと澄ました顔でキャバリエが、ご主人様と悠然と歩いている。
ご主人様も、ツンとした感じである。

たいへん感じが悪い(ひがみ)。

走り出した。
軽いダッシュである。
200メートルほどダッシュをすると、寝不足のせいか、足首がつる感じがした。
すぐに、ウォーキングに切り替えた。

中学1年から大学3年まで、陸上の短距離を専門にしてきたが、無理をしたことがない。
根性などという目に見えないものにこだわって練習をしたこともない。
後輩に、根性の押し売りをしたこともない。
無理だと思ったら、さっさとやめる。疲れたら体を休める。
サボっているやつがいても、文句は言わない。
練習に参加しても、走りたくないときは2週間以上走らないこともあった。
そんなときは、早足で歩いたり、ストレッチをしたりした。それも重要な練習である。

ただ、まわりからは、勝手なやつだと陰口をたたかれたこともあった。
しかし、自分の体のことを一番よく知っているのは、他人ではなく私である。
無理をして怪我をしたとしても、誰も治してくれないのだ。

みんなと同じ練習をしなければいけない、という理由はない。
個性を認めない練習は、ただの虐待である。
それはスポーツを愛していない人がすることである。
私は走ることが好きだったから、自分を大事にした。同時に、他人も尊重した。

20代半ばに短距離からジョギングに切り替えたときも、そうだった。
痛かったり、調子が悪いと思ったら、すぐやめた。
だから、今日もすぐにやめて、遊歩道途中の大きなベンチに上がって、ストレッチをした。

ストレッチも真剣にやれば、かなりの汗が出る。
15分ほどストレッチをしたが、全身汗まみれである。
しかし、爽快だ。
体は、少々重い感じがするが、眠気は飛んでいった(と思っていた)。

2メートル四方のでっかい木のベンチに寝っ転がった。
絵に描いたような青空とまではいかないが、朝の空は薄い青色に塗られていて、それなりにきれいだった。
深呼吸をする。
いい気持ちだ。

目をつぶる。そして・・・・・・・。

「おいバカ親父!」
頭を強く叩かれて、目が覚めた。

薄く目を開けると、ボサボサの長い髪を朝の風になびかせて、小学6年の娘が仁王立ちしていた。
「朝メシはどうした! 殺す気か! いま何時だと思っている!」

何時?
6時過ぎに家を出て、少し歩いて、ストレッチングをしたから、6時半くらいか。

「とっくに9時過ぎてるよ! なに寝ぼけてんだ!
しかもこんなクソ熱いオモテで寝ていて、おまえ、よく死ななかったな。
普通だったら、熱中症で死んでるぞ。
野生動物は、強いな。
おい! 野生動物。早くなんか食わせろ」


確かに私は野生動物だが、ここで私が寝ていることを探り当てた娘の野生のカンもなかなか鋭いものがある。

さすが、野生の親子だ。

「お前なんかと一緒にすんな! アタシは女王蜂だ。ほら、エサをとっとと運んでこい」

ブ〜〜〜〜〜〜ン。

働き蜂は、わき目もふらずに、我が家に飛んで帰りましたとさ。


2007/08/09 AM 08:01:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ウエイトレスのきれいな脚は、怒りを消してくれる
人間というのは、忙しいときは、この世の中で自分が一番忙しいと思っている生き物である。
私も、そう思っている。

しかし、私はそれを何かができないことの言い訳に使おうとは思っていない。
だから、「忙しいから」と言い逃れる人間を見ると、腹が立つ。

だが、私の場合は、そんな怒りさえも些細なことですぐに消えてしまうお気楽な人間だということが、今回よくわかった。
これは、そんなバカな男のお話である。

毎月5日締めの仕事がある。
毎回スケジュールは、だいたい決まっている。
たいていは、毎月23日頃に原稿が少しずつ入ってきて、月末に原稿が全部そろい、校了までに3回校正があって、5日ギリギリに校了になる。

それが2ヶ月前は、1回の校正で校了になるという奇跡があり、逆に先月は、月の初めまで原稿が入らず、徹夜して何とか校了にこぎつけた。
そんなことがあったから、今回はスケジュール通り行くだろうか、という不安はあった。

悪い不安というのは、概してよく当たるものである。
偉そうなインチキ占い師よりも、よく当たる。

担当のHさんから、先月25日に「俺、ほかの仕事が忙しくて、手が回りませんよ」という、メールをいきなりもらった。
いつもは電話なのに、なぜ今回だけメール?
忙しくて電話をかける暇もない、ということを言いたいのか。

しかし、手間のかかり方は、どちらも同じだろう。
私は、早速「電話が壊れたんですか」と返信した。
しかし、無視された。

翌日26日の朝、先方に電話をした。
すると、「Hは夏休みを取っております」という、信じがたいことを言われた。
メールには、「仕事が忙しくて」と書いてあったが、彼の仕事とは「夏休み」のことだったようである。

と、ここまで書いて、得意先のことを、ここまで悪意を持って書いていいのだろうか、と心の表面に軽い痛みが走った。
しかし、軽い痛みだったので、簡単に振り払った。
言いようのない苛立ちが、心の軽い痛みを場外ホームランではじき飛ばしたのだ。

電話の相手に、Hさんの夏休み明けの日を聞いてみたが、「さあ、明日だったか、明後日だったか、明々後日だったか」と言われた。
この調子では、原稿はそろっていますか、と聞いても無駄だと思ったので、ため息を大きくついて電話を切った。

まだ校了まで10日あるのだから、何とかなるだろう。
俺は俺の仕事をするだけだ。
そう思って、ほかの仕事に没頭した。

Hさんから電話があったのは、7月31日の夜である。
「も〜〜う!、忙しくて忙しくて」というのが第一声だった。
無闇に力んで忙しがっている人に、「夏休みはどうでしたか」とは聞けない。
「大変ですね」と言うしかない。

それで、今回の原稿は?
「それが、全然そろわないんですよ。俺、ここんとこずっと忙しいから、催促する時間もなくて、本当に困ってるんですよ」
どうやら、私が電話をして、同僚が「Hは夏休みです」と言ったことを、Hさんは知らないようである。

しかし、原稿を催促する時間もない状況というのが、私にはよくわからない。
そもそも、それが彼の仕事ではないのか。
彼は一体どんな仕事をしているのだ!
原稿が歩いてやってくるのを待つのが、彼の仕事なのか。

だが、Hさんは見当違いの憤りを私にぶつける。
「今、4件も同時進行の仕事を抱えてましてね、毎日家に帰るのが12時前ですよ。過労死してもおかしくない状況です。原稿揃えている暇がないんですよ」

それは、夏休みを取ったからではないか。
だから、そのしわ寄せが、休み明けにドドッと来たのではないのか。

それは、大変ですね・・・・・、とは私は言わない。
それは俺の問題じゃないし、俺の仕事でもない。
俺は俺で忙しいから、同情はしない。

「あと2日待ちます。それ以上遅れると、納期には絶対間に合わないと思います。もし、どうしても5日に校了にしたいのなら、その仕事、他の人にやってもらってください。私の能力では無理ですから」
私がそう言うと、「あ」と言ったきり、Hさんは、言葉を返さなかった。

次の日、午前11時半頃のことだった。
「いま、すかいらーくにいます。原稿全部そろいましたよ」という電話が、Hさんからあった。
自分の仕事がなんであるかを思い出したようである。

しかし、私がすかいらーくで彼の前に座ると、Hさんはソファの背もたれにふんぞり返るようにして座り、私の顔を窺うのである。
そして、水を一気に飲んだ後で、こう言うのだ。

「忙しい忙しい! もう、仕事が遅い人が多くて困りますよ。自分のことしか考えていない人が、世の中多すぎる。なんで、自分のことしか考えないのかなあ」
まるで閑古鳥が鳴く舞台で、大根役者が怒っている芝居を見ているようで、そのセリフは心にまったく響いてこない。

何か嫌みの一つでも言ってやろうか、と思っていたとき、ウエイトレスが注文を聞きに来た。
大学生のアルバイトだろうか。
若い。
キリッとした目が、女優の菅野美穂を連想させる。
要するに、美人の範疇に入る顔である。

気に入った!

その顔を見て、Hさんに対する怒りは、もうどうでもよくなった。

はいはい、忙しかったんですね。
それは、よかったよかった。

その後、Hさんが何か言ったが、私は彼の言葉を右から左へ受け流して、厨房の方に帰っていくウエイトレスのきれいな脚に見とれていた。
あんなきれいなナマ脚を見るのは、何年ぶりだろう。
心の中で、ウエイトレスの脚に向かって、拝んでいた(エロ親父)。

よし! すかいらーくに毎日コーヒーを飲みに行こう。
忙しくても、絶対に行こう!


だが、あれ以来、ナマ脚ウエイトレスには一度も遭遇していない。
オバちゃんウエイトレスばかりである。

なんだか、今年も、淋しい夏になりそうだ。


2007/08/07 AM 08:16:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

吉野家の牛丼デビュー
私は今まで、吉野家の牛丼を食ったことがない。
早い! 安い! うまい!

牛丼は、高級食材嫌いの私にはピッタリの食い物のはずだが、今まで避けて通ってきた。
それを先日家族4人で食った。

全員、吉野家の牛丼を食うのは、初めてである。
記念すべき日だ。

5日締めの仕事の合間を縫って、夏休みを取った。
イプサムで行く最後のドライブ。
八景島シーパラダイス横浜中華街を巡る一泊旅行の帰り道に、吉野家の看板を見た高校二年の息子が突然叫んだのである。

「牛丼が食いてえ!」
それに対して、小学6年の娘は「ヤダ、絶対にヤダ!」と叫び返す。
娘は、基本的に肉が嫌いである。
ハンバーガーは食うが、「これが肉料理です」という主張をしたものは、食わない。
牛丼は、いかにも「これが肉料理です」と主張している食い物である。
娘は、私が作った牛丼は食うが、せいぜい丼半分を義理で食うだけだ。

だから、彼女にとって、吉野家の牛丼は、一生食わなくていいものの一つなのである。
「牛丼なんか、食いたくねえ!」

私は、すべてにおいて、子どもに無理強いはしない、ということを貫いてきた。
誰もが、嫌なものの一つや二つはあるはずである。
それを強制して、好きになれというのは、横暴だ。
たとえ、親でも、それは許されることではない。

私も実は、子どもの頃、肉が嫌いだった。
それでも、180センチのオッサンになるし、スポーツは万能である(イヤミな自慢)。
肉を食わないからといって、何の問題もない。

だから、食いたくないものは食わなくていい。
それに、みんなで同じものを食いましょう、同じことをしましょう、というのも私の性に合わない。
(私は、給食の時間が嫌いだった。みんなで同じ方向を向いて、同じものを食うなど、まるで刑務所の食事じゃないか)
だから、一応吉野家には入るが、牛丼は食わなくていい。
何かほかに食いたいものがあったら食えばいい、と説得して、吉野家に入った。

私も特別、吉野家の牛丼が食いたいわけではなかったが、一度くらいは食べてもいいか、と思って「並盛」を頼んだ。
私はB級グルメに愛着を持っているが、吉野家の牛丼は、みんなが有り難がるので、それが鬱陶しく感じられて、まったく興味が湧かなかった。
奢ってやる、と言われても、かたくなに拒否していた。

「俺は毎日牛丼でもいいぞ!」と言うやつがいたが、「はいはい、ご自由に」と思っていた。
「吉野家の牛丼が戻ってきたぞ!」と興奮して電話してきたやつがいたが、「それはよかった。おめでとう」と言うだけだった。

そんな風に、冷たく接していた牛丼を食べる日が、ついにやって来た。
娘も、みんなが牛丼を頼むので、「しょうがない、食ってやるか」と言って、並盛を頼んだ。
家族4人、カウンターに座って、牛丼とご対面である。

我が家では、牛丼というと、私のオリジナル料理しか食ったことがない。
これは、吉野家の牛丼とは、まったく違うものだし、他の店の牛丼とも違うと思う。

我が家では、肉は安いしゃぶしゃぶ用のやつを使う。
牛がなかったら、豚で代用する。

他の牛丼と大きく違うところは、肉を一度冷凍してから解凍し、高温のごま油で一度軽くサッと揚げるところだろう。
これをやると、安い牛肉がワンランクバージョンアップする。

タレは、白ワインのアルコールを飛ばしてから、しょう油、砂糖、コショウ、ショウガのすり下ろし、林檎のおろし汁、酒を加えてもう一度沸騰させる。
そして、そこに肉を入れて、10秒煮込む。
その後、肉だけを取り除き、タレにタマネギを入れて10分煮込む。
あとは、肉をごはんの上に盛り、タレをかけるだけである。

息子の友だちが来たときなど、冷凍しておいたタレを使って牛丼を作るのだが、「吉野家よりうめえ!」と言ってくれる。
もちろん、お世辞だと言うことは、重々承知しております。
しかし、お世辞だとわかっていても、そう言われると嬉しいものなのです。

さあ、M家の牛丼 vs 吉野家の牛丼。
どちらがうまいのか。
カウンターの上に乗った特盛をいきなりかき込み始めたのは、息子だった。
猛烈なスピードでかき込んでいる。
フゴッ!フゴッ!フゴッ!
これがおそらく、正しい牛丼の食い方なのだろう。
我が息子ながら、惚れ惚れするほどの食いっぷりである。
フゴッ!フゴッ!フゴッ!

ヨメもムシャムシャとかなりのハイペースで食っている。
最近若干メタボリック化してきた体形を気にすることもなく、素早いペースで食っている。

私と娘は、並盛をゆっくりと食う。
娘は5口食ったところで、箸を置いた。
「なーんか、もの足りねえな。パパの作ったやつの方が、うめえぞ」
嬉しいことを言ってくれる。
なかなか、舌の肥えた娘さんである。

私はと言えば、全部食って、美味しいと感じた。
これぞB級グルメの王道、という感じの、安心できる味だと思った。
タマネギが少ないのが物足りないが、牛が主役だから、わざとタマネギを少なくしたのだろう。
ごはん自体も、肉と丁度いいバランスを保って、肉をサポートしている。

値段を考えたら、満点をあげてもいいのではないだろうか。
やはり、食わず嫌いはいけない、と痛感した。
息子もヨメも、私も満足顔で箸を置いた。
娘だけが、ケッ! という顔をしている。

娘が残した牛丼の残りは、当然のような顔をして、息子が平らげた。
いいサポートである。

車内での会話。
息子・・・「吉野家の牛丼、うまかったけど、やっぱりうちの牛丼の方が絶対に美味いよ」
ヨメ・・・「当たり前すぎて感動がないわ。食べていて、うちの牛丼が懐かしくなったわ」
娘・・・「おい、いい家族を持ったな。こんなに気をつかう家族がいて、おまえ、幸せだな。アタシもお前の牛丼が無性に食いたくなったぞ」


・・・・・・・(涙)。

さようなら、イプサム・・・・・・・・(涙)。


2007/08/05 AM 08:30:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | [料理]

トイレットペーパーがない
トイレットペーパーを切らした。
夜の10時過ぎのことだったから、大騒ぎである。

我が家では、たいていは買い置きをしている。
ティッシュペーパー、洗剤、シャンプー、ボディソープ、コンディショナーから亀田の柿の種まで、切らしたことがない。
トイレットペーパーもそうである。

いつもなら、押入に12ロール入りのトイレットペーパーが、機嫌よく座っていたはずである。
しかし、「ああ、アダチさんちが切らしたって言うからあげちゃった」とヨメが言うではないか。

「あげたって、まさか、全部?」
「そう、全部」
「12個、全部?」
「全部」(キッパリ)

普通は、全部はあげないだろう。せいぜい、2ロールくらいではないのか。
それを、全部!
「いつ?」
「1週間くらい前」
「お返しは?」
「ない」(キッパリ)

普通は遅くとも二日後あたりに、「ごめんなさいねぇ」と返しに来るものではないだろうか。
借りっぱなしかよ!
ヨメは、いいお友だちを持っているようである。

彼女は、我が家の常備品で何が足りないか、ということにはまったく無関心だ。
すべてそろっているのが当たり前だと思っている。
「米や塩やマヨネーズやシャンプーは、いつ無くなるんだろう」などと心配したことは、一度もないはずである。

だから、まあ、しょうがないか(ハハハ)。

しかし、トイレットペーパーがないのは、大問題だ。
しかも、高校二年の息子が、激しく腹を下している。
一秒を争う事態である。

私は、コンビニまで走った。
そこで私は、怖ろしい現実に直面した。
4ロール、348円もするのだ!
1ロールあたり87円!

一瞬、見間違いかと思ったが、何度見ても348円だった。
我が家のトイレットペーパーは、12ロールで、228円である。
1ロールあたり19円だ。
コンビニの4分の1以下。

1ロール87円! ケッ! そんな高い紙で、ケツがふけるか!
しかし、夜の10時に、行きつけのドラッグストアは開いていない。
ロジャースも閉まっている。
コンビニしか選択肢はない。

ヨメに頼んで、アダチさんちに「トイレットペーパーを返して」と言わせようと思ったが、「ヤダ!」と即答されるに決まっている。
無駄なことは、してもしょうがない。

仕方がない。
この348円の超高級トイレットペーパーを買うしかない。
背にシリは変えられない、と言うではないか(これ、間違ってます?)

意を決して、348円の超高級トイレットペーパーを右手で掴んだ。
そして、レジの方に歩き出そうとしたときである。
レジのおじさんの顔を見て思い出したものがあった。
近所の印刷会社の社長の顔である。

レジのおじさんの顔が、その社長にそっくりだったのだ。
そこで、ひらめいた。
印刷会社にはトイレがある。
そして、トイレには、必ずトイレットペーパーがある。
それを、借りよう!
今は、緊急の事態だ。だから、後でおまけを付けて返せばいい。

私は、すぐに555メートル先の印刷会社まで走った。
印刷会社は、今日もそこにあった(当たり前である)。
印刷会社のパソコンのメンテナンスをしている関係上、いつも会社の鍵は持っている。
すぐにトイレに駆け込む。
棚の上には、真新しいトイレットペーパーが立ち並んでいる。
美しい光景だ。
それを「ちょっとお借りします」と言って、二つ掴んだ。

二つ掴んだまま、家まで全速力で走った。
トイレットペーパーを両手に一個ずつ掴んで暗い夜道を走るなど、初めての経験である。
そして、それは、しなくてもいい経験である。
したからといって、人に威張れるものでもない。
せいぜいブログのネタになるくらいだ。

家では、息子がトイレの便座に、憔悴しきった顔で座っていた。
そして、私が両手に持っていたロールをすごい勢いでもぎ取ると、彼はバタンとドアを閉めた。
何とか間に合ったという安堵感が、私の全身を駆けめぐる。

親父の役割を果たした。
ヨメと小学6年の娘が、「よくやった!」という顔で私を見ている。
そんな満足感に浸りながら、私は発泡酒を2缶立て続けに飲んだ。

翌日、トイレットペーパーを4ロール持って、印刷会社に行った。
「昨晩、緊急の事態がありまして、御社のトイレットペーパーをお借りしました。本日、ここにお返しいたします。ありがとうございました」
私が、深く頭を下げると、社長はトイレットペーパーを手にとって、即座にこう言うのである。

「駄目だよ、ダメ! Mさん」
「は?」
「うちはダブルなんだよね。これ、シングルでしょ。シングルは、うちの社員に評判悪いんだよ」
「ですから、2つお借りしたところを、4つお返ししますので、それでダブルと言うことで、ご勘弁を」
「Mさん、冗談もいい加減にしてよ! うちはダブルロールなの! それが決まりなの!」

何を細かいこと言ってるんだ!
ダブルだろうが、シングルだろうが、どっちにしたって、ケツを拭くのは、一緒じゃないか!

ケツの穴が小さいことを言うんじゃない!
私だったら、「いいよ、そんなの返さなくて。トイレットペーパーくらいあげるよ」と言うところだぞ!


と、思いましたが、そんなことを言ったら友好関係が保てないので、ダブルロールのトイレットペーパーを買ってお返ししました。
2ロールだけですけどね・・・。
4ロールでは、もったいないから。

我ながら、ケツの穴の小さいこと・・・・・・。


2007/08/03 AM 08:25:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

蚊にも嫌われた男
仕事ができあがったので、得意先T社に届けに行った。

仕事は、紳士服専門店の閉店セールのチラシである。
そこは、もともと店のオーナーが趣味でやっていた店だったから、固定客しか来ない淋しい店だった。

だから、閉店セールのチラシも200枚という淋しい数である。
印刷するほどの数ではないので、我が家のレーザープリンタで出力した。
黒1色で、ベタも少ないので、トナーもそれほど使わない。
だから、格安で請け負った。

軽いものだから宅急便を使うのも、もったいない。
T社は、近い。
最近我が家の近くに引っ越してきたこともあり、自転車で届けに行った。

住宅街の一軒家である。
二階建ての、普通の民家だ。
そこの広いリビングが事務所になっている。
リビングの他に3室洋間があるが、その使い道はまだ決まっていないという。
一応、広告代理店と名乗っているが、何だか、よくわからない会社である。

チラシを届けにいったら、庭でバーベキューパーティをやっていた。
引っ越しを祝って、パーティを開いたというのである。
社長は、すでに赤い顔をして、できあがっていた。

「ウォッホイ! Mさん、いいところに来た。Mさんの好きな松阪牛、焼けてるよ。ビールもあるよ! イッイェーイ!」
ハイテンションである。
(社長のはしゃぎぶりとは対照的に、営業3名、事務の女性1名〈自称ミス秋田〉は、眉間に皺を寄せて、引き気味である)

私は、高級な食材が嫌いだ。だから、松阪牛は好物ではない。しかし、ビールは好物である。だから、バケツの中で冷やされていたビール瓶を掴んだ。
コップを探すのが面倒臭いので、ラッパ飲みした。

それを見て社長が、「おーい! サガミ、見てみろ! これが男の飲み方だぜ。ウォッホイ! 惚れ惚れするぜ!」と叫んだ。
目の前に「肉」と言って、肉の盛られた皿を出されたが、「今は、お腹がいっぱいなので」と恐縮しながら、トウモロコシにかぶりついた。

アチッ! アッチイ!

指も熱いし、舌も熱い。
しかし、「熱い!」と言って、のたうち回るのはみっともないので、平気な顔をして食った。
指が、熱さで膨張する。痛くて持っていられないほどである。しかし、懸命に耐えた。
それを見て、また社長は言うのである。

「おい、このMさんの食いっぷり、見たか! 粋だねえ! よし俺も」と言って、社長もトウモロコシにかぶりついたが、当然のことながら熱い。

「ジョワッチィ!」と言って、社長は、のたうち回った。

社長。あなたはまだ、修行が足りない。
男には、やせ我慢が必要なときがあるのです。
ごらんなさい。ミス秋田(自称)が、笑っていますよ。
金歯が丸見えです。
ミス金歯と言った方がいいかもしれない。

営業3人は、松阪牛にかぶり付きである。
ミス秋田は、エビを上品に食っている。
社長は、舌を火傷したらしく、だらしなく舌を出して、ビールの入ったコップを舌にあてて冷ましていた。
私は、庭の隅のデッキチェアに座って、ビールをラッパ飲み。

全員無言。
社長が口を開けなければ、静かな会社なのである。

静寂が支配する空間。
これは、私には居心地のいいシチュエーションである。
黙ってタダ酒(ビール)を飲めるなんて、なんていい日なんだろう。
ほとんど、感動していた。

しかし、その感動もつかの間だった。

「かゆい!」
「かゆい!」
「かゆーい!」

私以外の全員が、叫びだしたのである。
社長の場合は、まだ舌が痛いので「ファユヒ!」と聞こえたが・・・。

みんな蚊に食われたらしいのだ。
腕や首筋を一様に叩いている。
ミス秋田は、足首あたりを刺されたらしい。
鬼のような形相で、自分の足首を叩いている。
その顔は、秋田名物なまはげに似ていた。

パチッ パチッ パチッ
みんな大変なようである。
しかし、私には蚊の被害は、まったくない。
私は、ほとんど動いていないから、蚊にとっては、私が一番刺しやすい獲物のはずである。

「おい、キンチョールはないのか! なんで蚊取り線香を用意しなかった! 蚊の大群が来たぞ。どうするんだ!」
社長が、叫んでいる。

「いま、買ってきます」
ミス秋田が、体をかがめながら、庭から脱出した。
残った4人は、パチパチ、パチパチ。
まるで下手くそなカラオケに、お義理で拍手をしている感じだ。

私は、依然ビールをラッパ飲み。
私だけが、平和な時間を満喫していた。
しかし、人間というのは、他人の平和を妬むものである。

営業3人が私のそばに寄ってきた。
私のそばには、蚊がいないと思ったのだろう。
しかし、ここにも蚊はいたのだ。
だから、当然のように彼らは蚊に刺された。

そして、一斉に叫ぶ。
「なんで!」

君たちは、知らないのだ。
蚊にも嫌われる男が、この世界にいることを。

ちなみに、蚊に食われやすい人の体質というものがあるらしい。
血液型はO型。
酒好き。
色黒。あるいは、黒い服を着ている人。

私は、O型。
ビール好き。
色黒ではないが、この時は、黒のポロシャツを着ていた。

蚊に食われる条件はそろっているのに、食われない。
不思議である。
もし将来、蚊の言語が理解できる機械が開発されたら、真っ先に私が購入して、理由を聞いてみたいものである。

「なぜ、俺のことを刺さないんだい?」
「だって、あんた、蚊みたいな顔してるじゃん。俺たちは、人間と違って、仲間割れはしないんだよ」


2007/08/01 AM 07:16:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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