Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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赤ちゃん誕生
電話が鳴った。
午前10時15分。
ナンバーディスプレイを見ると、尾崎の携帯からのようだ。

尾崎からの電話で考えられることは、一つしかない。
「産まれたのか」

尾崎は、乾いた笑い声をたてて、「ああ」と言った。
「女の子だな」
「すべてお見通しってやつか」
「いつ産まれた?」
「10分くらい前か」

産まれてすぐ報せてくれたらしい。
律儀な男である。

「恵実さんは、元気か」
「ああ」
お互い口数は少ない。
最低限の意味が通じればいい。

少しの沈黙のあと、尾崎が唐突に「名前を言ってくれ」と言った。
だいぶ前のことだが、尾崎に「名前を考えておいてくれ」と言われたことがある。
尾崎の場合、言葉に出すときは、いつも本気なので、それは冗談ではない。
だから、男女の名を一つずつ考えた。
私は、女の子の名を尾崎に告げた。

尾崎は、その名前が、いいか悪いかは言わなかった。
「そうか・・・・・、だいぶ悩んだみたいだな」
笑いを含んだ声で、そう言った。

確かに悩んだ。
自分の子どもの名前を考えるときも、色々な要素を考えながら、姓に合う名前を選んだ。
親としては、当たり前のことだ。
特に長男の時は、徹夜をしたほどである。
そして、今回も他人の子どもの名前なのに、丸一日悩んだ。

「大事に使わせてもらう」
少し固い声で答えたが、こんなときの尾崎は照れている場合が多い。
自分の感情を抑えすぎて、声があらたまってしまうようである。

そして、「恵実に・・・」とその固い声のまま、声をかすれさせて言った。
「何か言うことはないか」

「おまえをこき使え、と言っておいてくれ」

数秒の沈黙のあと、尾崎は「わかった」と言って、一方的に電話を切った。

時間にすれば、2分程度の長さの会話だ。
しかし、これでも、私と尾崎の会話としては、新記録なのである。

普段は、30秒も会話が続くことはない。
尾崎とは25年の付き合いになるが、ベタベタした付き合いはしてこなかった。
年に1回か2回、酒場で飲むときも、ほとんど会話はない。
お互いの趣味で共通しているのは、ジャズが好きだということだけだが、だからといって、話が弾むこともない。

「あれは、いいな」
「ああ、いいな」
で終わってしまうのである。

酒場のカウンターで、お互い猫背になりながら、酒を飲んでいるだけだが、それが妙に落ち着くのだ。
ただそばにいるだけで、同じ波長を感じるというのは、よほど仲のいい夫婦でも、稀少な関係だと言っていい。
そういった意味では、私はいい友を持ったと思っている。

尾崎は、私より二つ年下の40代後半である。
その尾崎に子どもができたという現実は、私の心を空気満タンのバスケットボールのように弾ませてくれる。
7月13日は、私にとって、特別な日になった。

「めでてえなあー!」
私は大声で叫びながら、「久米仙」をラッパ飲みした。
そして、むせた。

涙が出た。


2007/07/14 AM 08:50:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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