Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








わがままなやつ
「うちのやつ、我が儘で、ホント俺まいってるんですよ」
新婚一ヶ月の幸せ絶頂男・得意先の営業フクシマさんが、口をとがらせて私に言葉を投げかけた。
28日の午前中のことである。

もしかして、オノロケ? と思ったが、口に泡をためて一気に喋る姿を見ると、オノロケではないようである。
握ったこぶしを振り上げる様子も、鬼気迫るものを感じる。

この間、カナのやつ、料理教室に勝手に入会してきたんですよ。半年間の授業料が、材料費込みで4万8千円。一括で支払ったんです。
「新婚旅行で金を使いすぎて、ピンチだ!」って叫んでいた次の日に4万8千円払うんですから、「どんなつもりだ」って、俺言ってやったんですよ。
そうしたら、「だって、料理をもっと工夫しろって言うから」って、泣きそうな顔で言うじゃないですか。
でも、そんなことは、結婚前に済ましておくものだろ、って言うと、「あなたが結婚を急いだから、そんな時間なかったのよ!」って逆ギレですよ。
まったく我が儘なんだから。


そんなのは、我が儘とは言わない。

一昨日も、月末で金がないって時に、「約束なんだから、レストランに連れてって」って言うんです。
確かに「月に一度は、しゃれたレストランで外食するのもいいな」ってことは言ったんですが、俺、約束した覚えはないんですよ。
でも、カナは「絶対約束した」って言い張るんです。約束した、と言っても、現実問題として金がない。
そうすると、カナは平然として言うんです。「カードでいいでしょ」って。
カードだって、いつかは払わなきゃいけないんだから、それは誰が払うんだ、って俺聞いたんです。
そしたらまた、カナは平気な顔で言うんですよ。「あなたのお小遣いで払うのが当然でしょ」
これって、すごい我が儘ですよね。


そんなのは、我が儘とは言わない。

カナの友だちが食事に招待してくれるって言うんで、この間行ったんです。
でも、俺はその時、ものすごい仕事を抱えていて、ちょっと無理かも、って答えたんです。
そうしたら、カナのやつ、すごい目で俺を睨むんです。目が据わっちゃって、しかも何も言わない。
これは怖かったですよ。俺鳥肌が立ちました。
そして、突然ポロポロと大粒の涙をこぼして、こう言うんです。
「お友だちはみんな旦那さんを連れてくるのに、私だけひとりなんて拷問だわ。あなたは、私が拷問を受けても、平気な顔をしていられるの。そんなに冷たい人だったの」
こんなことを言われたら、仕事を放り投げてでも、行かないわけにいかないじゃないですか。
でも、カナの友だちの家に行ったら、旦那連れで来たのは、俺たちだけなんですよ。
他の3人は、仕事が忙しいからって、旦那なしですよ。
俺ひとりで、女4人の相手をして、もう疲れるわ疲れるわ。
あとで、カナに文句を言ったら、なんて言ったと思います?
「向こうの旦那が忙しいんだから、仕方がないでしょ」ですよ。
腹が立つくらい、我が儘ですよね。


そんなのは、我が儘とは言わない。
本当の我が儘とは・・・・・、

今年の3月の下旬、印刷ブローカーのネギシから、「大急ぎの仕事があるんで、助けてください。ピンチなんです。これがうまくいかないと、俺の将来はない!」と悲壮な口調の電話をもらった。

詳しく聞いてみると、恩のある会社からカタログの作成を頼まれたらしい。
しかし、あまりにも急ぎの仕事なので、誰も引き受けてくれない。
そこで、彼の知り合いの中では一番暇な私のことを思い出した、ということらしい。

内容はA4フルカラーの4頁である。
表紙に関しては、先方が選んだものを使うので、手間がかかるのは、見開きのページだけである。
私の方もそれなりに仕事はあったが、引き受けた。
ネギシに対して、私はまったく義理はない。もちろん、義務もない。
しかし、泣いている子は、頭を「ヨシヨシ」と撫でてやらねばならない。
それが大人というものである。

校了まで4日しかない、と言うので、初稿を1日で仕上げた。
ネギシは喜んだ。
しかし、校正が戻ってきたときは、ページ数が8頁に増えていた。

倍である。しかも、納期は変わらないと言うのだ。つまり、時間がない。
ページが増えれば、当たり前のことだが、値段は上がる。
見積もりを出し直して、最低限これだけはもらわなければ、この仕事は無理だ、と言った。
それに、校了3日前に、ページを4頁増やすなど、あまりにも計画性がなさ過ぎる。
普段は、客に説教がましいことは言わないが、この時は言った。

ネギシは、「はいはい」と言って聞いていた。
最初のものより3倍の値段を付けた見積書を見せたが、ネギシは素直に「ウン」と頷いてくれた。
だから、徹夜して1日で仕上げた。

すぐに校正が戻ってきた。
今度は、表紙が気にくわない。表紙を新たに考えて欲しいというのである。
おい、待て! 表紙はそっちが選んだものだろう。それを変更するのはおかしくないか!
納期は延ばしてくれるんだろうな!

頭に来て、詰問口調になった。
それに対して、ネギシは恐縮する態度を示しながらも、「納期は変わりません」と平然とした顔で言うのだ。

話す時間さえもったいないので、その場で2種類の表紙を作った。
突貫工事である。この場合、突貫工事しかあり得ない。
こんな短時間に、満足なものなど、できるわけがない。だから、作りながら「手抜きに見られてもいいのか」と、ネギシに念を押した。
ネギシは「いい」と大きく頷いた。
私は2種類とも不満だったが、ネギシはそれを持って、先方にお伺いをたてに行った。

表紙にOKが出たのは、期限ギリギリだった。
無事終了だ。
疲れた。
表紙はまったく気に入らないが、とりあえず、やり遂げたことに対しての満足感はあった。

しかし、その日の夜に、ネギシから電話がかかってきたのである。
「表紙は、あらためてプロのカメラマンに撮ってもらうことになりました」

こんなことを言われたら、誰だって怒る。
急ぎの仕事じゃなかったのか! 納期は延びたのか!
結局、延ばしてもよかった仕事なのか!


「表紙は、やっぱり重要ですからね。表紙で手を抜いたら、商品も手を抜いていると思われるじゃないですか」

殴るぞ! この野郎!
今さら何を言ってるんだ。
納期優先で仕事を受けて、「時間がない、時間がない!」って騒いでいたんじゃなかったのか。

「今すぐ来て、ちゃんと説明しろ!」
私は、受話器を握りしめ、喉が痛くなるくらいの声で、怒鳴った。

しかし、ネギシは「俺、今日は疲れていて眠いんで、寝させてもらいますよ」と言って、一方的に電話を切った。

ネギシ、死ね!
歯ぎしりをしたが、私もすぐに眠った。
疲れていたので・・・・・。

それ以来4ヶ月間、その仕事は止まったままである。
ネギシに催促をしても、「俺にだってわかりませんよ。先方の都合でしょ」と言い逃れるだけである。

腹立ちまぎれに「じゃあ、請求書送るから」と言うと、「Mさん、仕事が終わっていないのに、請求されても困りますよ。どんな仕事だろうと、請求書は仕事が終わってから・・・、それがこの世界の常識でしょ」と軽くあしらわれたのである。

この仕事は、ボツになる可能性が高い。
「まさか、ボツにするつもりはないよな」
無駄だと思ったが、一応ネギシに聞いてみた。

「そーんなこと、わかりませんよ。俺、神様じゃないんだから・・・、言っておきますけど、俺は悪くないですからね」

わかりますね。
こういうのを、本当の我が儘というんです。

いや、これは非常識と言った方がいいのか、あるいは、面の皮が厚い、と・・・。
それとも、ただ単に、俺がバカにされただけ・・・・・か?。


2007/07/30 AM 08:11:16 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

今どきの女子高生って・・・
小学6年の娘の浴衣を、ユニクロに買いにいった。

娘は、普段女の子っぽい格好を嫌っている。
Tシャツやタンクトップは黒だし、靴も黒。
カバンも黒、帽子も黒。スカートは絶対にはかない。

髪は長いが、編んだり結わえたりはしない。いつもボサボサである。
だから、浴衣などに興味を示したことがない。
しかし、今回突然「浴衣が欲しい」と言いだしたのである。

もしかして、恋でもしたか。
お父様、実はワタクシ、好きな人が・・・・・(怯)

「馬鹿かお前! 夏祭りがあるんだよ。夏祭りは浴衣を着るに決まってるだろ!」
しかし、夏祭りは毎年あるが、今までは一度もそんなことは言わなかった。
なぜ今年は浴衣を着るのだ。

「みんなが着るからだよ!」
しかし、今まではみんなと同じ格好はしたくないと、言っていたではないか。

「うるせえんだよ! とにかく今年は浴衣! 浴衣を買ってこい!」

ということで、ユニクロに浴衣を買いに来たのである。
娘も一緒に行けばいいのだが、友だちと遊ぶ約束をしたので、行けないと言う。

「だってほら、友だちは大事にしろって、お前いつも言ってるだろ。父親の言うことは聞かないとな。だから、写メで浴衣を撮って来てくれ。アタシが気に入ったら、買う。わかったな」

高校二年の息子の携帯を借りて、ユニクロの店内をうろついた。
浴衣の展示スペースは、真ん中だったので、すぐにわかった。
早速、写メを撮る。
竹久夢二の浴衣」というのを2点撮って、娘にメールを送った。

「そんな地味なやつ誰が着るんだ。もっと他にないのか」

そこで、ピンクや黄色や青い浴衣を5点撮った。
撮っているとき、何となく視線を感じたので、ユニクロ入口付近を見ると、女子高生が4人、こちらを指さしているのが見えた。

私がユニクロに入ったときから、女子高生が入口前に置いてある木のベンチに座って、噂話に花を咲かせていたのだが、彼女たちが、どうやら私に興味を持ったようなのである。

変なオッサンが、女物の浴衣を携帯で撮りまくっている。
浴衣フェチ?
浴衣オタク?
もしかして、変態?

ヤダー! キモイー!

そんな感じで、私を見ているようである。
私がキモイのは、間違いないが、私は人に指をさされるようなことはしていない。
真面目な人生を歩いてきたつもりである。
警察に捕まったことはない。
人を罠にはめたこともない。
脱税をしたこともない。
援助交際をしたこともない。

だから、女子高生に後ろ指をさされる覚えはない。
私は潔白である。

娘からのメールの返事を待つために、私はユニクロを出て、入口前のベンチに座った。
隣に女子高生がいる。
その視線が痛いほど突き刺さる。
女子高生の視線が痛いことを、私はその時はじめて知った。
何ごとも、経験してみないと、わからないものである。

イタッ、イタタタ・・・・・・・。

脳髄に極太の針が突き刺さる感じを味わっていたとき、娘から返信メールが来た。
「青いやつがいいと思うんだけどさ、もっとキレイに撮れないか。もっとはっきり模様が見てみたい」

それは難しい注文である。
私は、携帯で画像を撮ることに慣れていない。
デジカメなら得意だが、携帯は勝手が違う。
そもそも、こんなオモチャで、綺麗な画像が撮れるものなのか。
携帯に縁のないオジさんには、それは不可能なことのように思える。

首をかしげた。
ため息をついた。

その時、隣の女子高生グループのひとりが、好奇心いっぱいの顔で声をかけてきたのである。
「あのー、もしかして、娘さんに浴衣を買って来いって、頼まれたんですか」

鋭い質問である。
私は彼女の顔をサラッと見た(食い入るように見ると殴られると思ったので)。
下ぶくれだが、口元に愛嬌のある、癒し系の顔である。
顎にでっかいバンドエイドが貼ってある。ニキビでもつぶしたのか。
若さいっぱいの、好感の持てる顔だ。

「そうなんですよ。夏祭りに着ていく浴衣が欲しいって言うんだけど、本人は用事があってこられないからって、頼まれましてね」
女子高生が、「うわぁー」と言いながら、頷き合う。
「トモカ、当たりー! スゴーイ」
変態ではないことを、わかってくれたようである。

私が、どうやったら携帯で画像をキレイに撮れるかと聞くと、トモカと言われた彼女は、「ちょっと貸してくれますぅ」と私の携帯を取って、立ち上がった。
そして、「お父さん。ちょっと来てください」と言って、早足で店内に入っていった。

私は、「ハイ!」と大きな声で答えて、彼女のあとに続いた。
浴衣売り場の前まできた彼女は、携帯を鮮やかな手つきで操作しながら、浴衣を私に手渡して、2メートルほどの距離から、パシャパシャとフラッシュを点滅させた。

そして、素早い動作で画像を確かめ、「これでどう?」と私に画像を見せてくれた。
キレイである。
浴衣の模様がくっきりと写っている。
アングルもいい。
その鮮やかな手際に、私は「ほぉー」と言うしかなかった。

トモカさんは、私に携帯を渡すと、グループの方に戻っていった。
私は早速娘にメールを送った。

そして、頭を下げながら、また女子高生グループの横のベンチに座って、娘からの返信を待った。
「娘さん、何歳ですか」
女子高生が、甲高い声で言う。
「12歳です」

すると、4人同時に「若い!」と手を叩きながら、大声でハモった。
そして、キャキャキャッと、体を折るようにして笑った。
「12歳だってェ。遠い昔だよぉー。信じられない。ヤダヤダ! 年は取りたくないよぉー!」
お互いの肩を叩いて、大袈裟な身振りで体をよじっている。
キャッキャッ、グゥワッグゥワッ、ゲゲゲゲ・・・・

アヒルの合唱か! ゲゲゲの鬼太郎か!

そんなことを思っていると、娘から返信メールが来た。
アヒルの合唱が、止んだ。ゲゲゲの鬼太郎が人間に戻った。

「よし、それでいいぞ。ゲットしろ!」
青の浴衣がお気に召したらしい。

女子高生が指でOKサインを出して、私を見ている。
私もOKサインを出した。

女子高生が、ハイタッチをしている。
そのハイタッチが、私にも回ってきた。

若いエネルギーが掌(てのひら)に伝わる感触。
照れる。
顔がニヤケる。

「お父さん、いい仕事しましたねえ」
女子高生に肩を叩かれた。
4人の女子高生が、私の顔を見ながら、同じリズムで頷いている。

「ありがとうございます」
私は立ち上がって、女子高生に深く頭を下げた。

「お父さん、いいから、早く買って来たほうがいいですよ。売り切れちゃいますよ」
私は慌てて浴衣売り場に走った。

キャッキャッ、グゥワッグゥワッ、ゲゲゲゲ・・・・

後ろで、アヒルの合唱が聞こえた。


2007/07/28 AM 08:07:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

サボテンに話しかける男
「ネギシのやろう! 4ヶ月もたつのに校了にならねえ! こんなに時間のかかる仕事じゃねえだろうが! 何をもたついてやがる! ボツにするつもりか!」
Macの上のサボテンに話しかけるというより、罵倒していたとき、電話が鳴った。

「ああ、コバヤシだが・・・・・、Mさん?」
ぶっきらぼうで、抑揚のない声。
思わず舌打ちをする。
何も言わずに、電話を切ってもいい相手だったが、何とかこらえた。

「昨日は・・・、あ〜、何と言いますか・・・、あ〜、すみませんでした・・・、ねぇ・・・」
字にしてみると、謝っているように見えるが、言葉の調子はとても謝っている人のものではない。
ふて腐れている、と言っていい調子である。
あるいは、穏やかに喧嘩を売っている、という判断もできる。

昨日の昼、高校二年の息子の高校で三者面談があった。
その帰りの電車の中で、この男とトラブルがあったのである。
私と息子は並んで座っていたのだが、息子の前に男が立っていた。

男は、ペットボトルの水を飲んでいるところだった。
そのペットボトルの水を、男が息子の膝にこぼしたのである。
「あっ」と男が言った。
そして、男はその水が、どこにこぼれたのかも認識していた。

それなのに、「あっ」と言っただけで、男は知らんぷりをした。
男は、年齢は40〜50歳くらい。身長は低い。160センチあるかないかというところだろう。
顔は、私以上に貧相で、ガイコツ顔。目に傲慢さがあからさまに見えるタイプだ。

それを見て、私は「おいおい、知らんぷりかよ!」と言った。
しかし、無視された。

この日の三者面談で、息子の担任から、無神経な指摘を受けて、私は担任とバトルを繰り広げたばかりだった。
息子がいつもニコニコしているのを見て、担任が「M君は、なんか緊張感がありませんよね〜、男はあまり歯を見せない方がいいですよ」と因縁を付けてきたからである。

気が付いたら、15分の面談予定が一時間以上かかっていた。
バカを相手にすると疲れる。

電車に乗っている間も、気持ちの中に嵐が吹き荒れていて、怖いお兄さんに絡まれても、立ち向かっていきそうな精神状態だった。
そんなときだったから、なおさらこの無神経な男をほうっておくわけにはいかなかった。

私は、立ち上がって、男を上から睨みつけた。
男は160センチ弱。私は180センチ。
男から見れば、私は大男に感じたことだろう。大きいというだけで、威圧感を感じるものである。

しかし、男は「な、な、な」と、のけ反りながらも、私を睨み返してきたのだ。
そうなると、こちらも意地になる。
気持ち悪かったが、男の顔すれすれまで顔を近づけて、睨み返した(ヤクザか!)。

「し・ら・ん・ぷ・り・か・よ」
にらめっこである。
息子は、私のズボンの膝のところを掴んで「やめようよ、やめようよ」とオロオロしている。

息子にしてみれば、普段は温厚(軟弱)な自分の父親が、ついさっきまで自分の担任とバトルを繰り広げ、今は見知らぬ男と睨み合っているのを見るのは、耐え難いことかもしれない。
トラウマになる恐れもある。

威張ることではないが、私は子どもを怒ったことがない。
怒ることで、子どもが何かを理解したとしても、それはフェアではない。
関係が対等ではないからだ。
頭ごなしのお説教は、そのすべてが感情論だと私は思っている。
だから、私は怒らない。

ただ、他人に対しては怒る。
対等だからだ。

私は、血管が切れそうなほど力んで、男を睨みつけた。
そして、男が少し怯んだ目を見せたときである。
「ちょっと、いいですか」と私たちの間に、入り込んできた男がいる。

30歳前後の角刈り。肩幅の広い色黒の顔。紫色の趣味の悪いTシャツを着ているが、怪しいやつには見えない。
その男が、私たちの肩に手を置いて、耳元に口を近づけてこう言うのである。

「オレ、今日は非番だけど、警官なんですよ。もういい加減にしたらどうですか。これ以上いくと、収まりがつかないでしょう」
私たちは、機械仕掛けのロボットのように、ギクシャクした動きで、彼の顔を見た。
確かに、そう言われれば、警官に見えないこともない体型と容貌である。

彼の肩越しに、私は男と見つめ合った(見つめ合ったからといって、もちろん愛を感じたわけではない)。
男が目線を下げた。おそらく、了解したということだろう。
その雰囲気を感じ取って、警官(自称)は、男の方に向かって言った。

「水をこぼしたのは、あなたが悪いんだから、謝った方がいいと思いますよ。それに、もし、彼のズボンにシミが付いたら、それはあなたが弁償すべきです。だから、あなたの名前と電話番号を彼に教えるのが誠意というものです」
柔らかな物言いだったが、その口調には有無を言わせぬものがあった。

男は、子どものように口をとがらせて、名刺をくれた。
一応、礼儀なので、私も名刺を渡した。
表面上、友好的に名刺交換はしたが、男は謝らなかった。
男は名刺交換が終わってすぐ、電車が駅に止まったので、逃げるように降りていった。

そして、今日の電話である。
謝っているとは言えないような、感情のこもっていない声。
腹が立つ。男のガイコツ顔を思い出して、また舌打ちをする。
こちらも同じように、感情のこもらない声で答えた。

「もう、いいですよ」

ガチャン!
同時に電話を切った。

私は大きく息を吸い込み、「ボケッ! 謝る気がないなら、電話してくるんじゃねえよ!」と叫んだ。
そして、サボテンに向かって、穏やかな声で「なあ、サボちゃん」と話しかけた。
「まあ、電話をしてくるだけ、ましなのかなあ。少しは誠意があるってことなのかなあ・・・。どう思う?サボちゃん・・・」

気配を感じて、仕事場のドアの方を見ると、息子が顔を引きつらせて立ちつくしていた。

トラウマにならなければいいのだが・・・・・。



2007/07/26 AM 07:52:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

横須賀市とさいたま市
「おい、めまいはどうした」
いきなり本題から話し始める男、友人のススキダからの電話である。
そして、すぐに電話の声が変わった。

「ああ、Mさん? お久しぶりです。めまいはどうですか? Mさん、毎年6月になると、2週間めまいに悩まされるって言ってましたよね。今年はどうだったんですか」
聞こえてきたのは、ススキダの賢妻・元ナースの穏やかな声だった。
まん丸目の優しい笑顔が目に浮かぶ。この声を聞くと、気持ちが落ちつく。

めまい。
これは私の持病である。
毎年必ず5月か6月に、ほぼ2週間ほど、強烈なめまいに襲われる。

立っているときも、寝ているときも、仕事をしているときも、メシを作っているときも、風呂に入っているときも、絶えず世界が揺れているのである。
腹立たしいほど不快な症状だが、それが2週間後にはピタッと治まる。
何ごともなかったように、治まるのである。
必ず治るから、私はそれほど深刻に考えてはいない。医者にも行かない。
だから、このことは誰にも言っていない。家族にも言っていない(ブログには書いてしまったが)。

昨年は、6月の他に10月にもこのめまいが襲ってきて、憂鬱になった。
そして、その10月に、ススキダ夫婦に、このことがばれてしまったのである。
だから、彼らは、心配してくれているのだ。

しかし、今年は、この恒例のめまいがなかった。
喜ばしいことである。
だから、「めまい? ああ、ないですよ。全然ないです」と答えた。

それを聞いた元ナースは「あんらぁ〜! それはよかったですねー!」と、どこの地方のオバさんか、と思うようなのどかな声で言った。
元ナースは、ひとの全身から力を抜かせるのがうまいようである。
頬がゆるむ。

では、今年は何故めまいが襲ってこなかったのか。
思い当たることは一つしかない。
今年の6月は、珍しく忙しかった。
それが良かったのではないだろうか。
そう考えると、私のめまいは「グータラ病」の一種と言っていいのかもしれない。
仕事に集中していれば、めまいが入り込む余地などない。
病は気から、とはよく言ったものである。

「おい、めまいがないなら、仕事をやるぞ。働け、ほら、働け!」
世界がどんなことになろうと、決してめまいにはなりそうにないゾウリムシ男・ススキダに電話がまた変わった。

「ススキダ様、ありがとうございます。これで一家四人、しばらく食っていけそうです。拝みます、拝みます」
「本当に拝んでいるのか。舌を出してるんじゃないか」
「もちろん、出してるよ」

ウォーッホッホ。

いつものことだが、ススキダの笑い方は、気持ちが悪い。
彼とは5年の付き合いになるが、この笑い方だけは、いまだに慣れない。
この件に関しては、元ナースを尊敬する。
あんな笑い方をする男と、よく結婚したものである。
その勇気ある行動を褒めてあげたい。

「で、いつ仕事を出してくれるんだ」
「今夜7時、すかいらーくに行く。俺とレイコ(元ナース)は、サーロインステーキを食うぞ。お前は何を食う? 何でも好きなものを食っていいぞ」
「お前の奢りか」
「ああ、奢りだ。俺サマの奢りだ。俺が奢ってやる! いいか、たとえ、お前が断ったとしても、俺は絶対に奢る。俺サマの言うことを聞け! 邪魔をするやつは、許さねえ! 鉄砲玉をぶち込んでやる!

後半の方はドスの利いた声に変わって、絞り出すような声になっていた。
想像したくはないが、ススキダの顔を想像してしまった。
強面(こわもて)の極道顔。
背中の龍の彫り物(嘘だが)。
鳥肌が立った。
そして、軽いめまいがした。

だが、「め、め、めまいが・・・」
そう言ったのは、ススキダだった。
力みすぎて、酸欠になったらしい。

こんなバカを野放しにしておくとは、横須賀市というところは、寛容なところらしい。
さいたま市だったら、永久追放である(もちろん、嘘です)。

さいたま市に住んでいることに感謝しながら、私は何も言わずに、電話を切った。


2007/07/24 AM 07:06:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

霊感・正夢・守護霊
一週間前の出来事で恐縮だが、また、新潟県で大地震があった。
現地の深刻な状況を見ると、他人事ではない。
日本列島のどこにいても、我々は地震の恐怖からは逃れられない。
無力感がつのる。

しかし、世の中には、そんなことさえも話の種にする軽薄な輩(やから)がいるから、腹が立つ。

私の得意先に、俺は霊感が強い、と自慢する人がいる。
その人に関しては、昨年5月のブログに書いた。
この人は、世の中のすべてのことを「霊」に結びつけて考えている人なのである。
そして、当たり前のことだが、その思考方法は、まったく論理的ではない。

「新潟で地震がありましたよね。ボク、前の日に地震の夢を見たんですよ。目が覚めたとき、この夢は絶対にあたると思っていました。そうしたら、あの地震でしょ。ビックリしましたよ」

ほぉー、そうですか。

「今年3月の能登半島地震の時も、ボク、夢を見たんですよ。あの時は、はっきり兼六園が揺れている夢を見ました。それが当たったんですから、自分でも怖くなりましたよ」

ほぉー、そうですか。

「この間、ボクの家内が友だちと銀座に買い物に行ったんですけどね。デパートのトイレ前に倒れているお年寄りがいたらしいんですよ。その人はすぐ救急車で運ばれていったんですが、そのすぐあとで、家内がボクに電話をしてきたんです。携帯を取ったとき、ボク、ピーンと来たんですよ。そこで、家内に『誰か、具合が悪くなったんじゃない?』って聞いたら、家内のやつ、ビックリしてましたよ」
Kさんは、鼻をピクつかせながら、得意気に胸を反らした。

ほぉー、そうですか。

「そして、今朝、僕の乗った電車で痴漢騒動があったんですけどね。電車に乗ったときから、何か事件が起きるって、胸騒ぎがしてたんですよ。いつもは、MP3プレーヤーで音楽を聴いているんですが、今日は何となく気持ちが落ちつかなくて、音楽が全然耳に入ってこなかったんです。そうしたら、痴漢騒ぎでしょ。いやー、自分が怖くなりますよ」

ほぉー、そうですか。

この種の話を聞いて、「Kさん、スゴイですねえ。素晴らしい能力をお持ちですねぇ! いやあ、うらやましいですよ!」と言える人が、私はうらやましい。
私には、そんなことはとても言えない。

胡散(うさん)臭え!
嘘くせえ!

と思ってしまうのである。
ただ、この年になると、さすがに正直に顔に出すということはしない。
普段より、0.1ミリほど目が細くなる程度である。

しかし、心の中では、こんなことを思っている。

夢と霊感って、関連があるんですか。
夢が正夢になるのは、その人の霊感が強いからなんですか。
素人には、なかなかわからない世界ですね。
それほど素晴らしい能力をお持ちなら、占い師として充分にやっていけるのではないでしょうか。
ぜひ、その卓越した霊力を一般人のために使って、地震予知や厄災防止に役立てていただきたいものです。
こんなところで、こんな五流デザイナーに自慢するよりも、それは、はるかに有意義なことではないでしょうか。


アクビが出そうになった。
私は、それを誤魔化すために、右手で頬を軽く叩いた。
そして、頭を軽く振った。

それを見てKさんは、「Mさん、眠そうですね。それは、Mさんの守護霊が眠っているからですよ。Mさんの守護霊を、ボクが起こしてあげましょう」と言って、両手を「パチン!」と強く叩いて、合掌した。
そのパチンという音があまりにも大きくて、その会社の社員のほとんどが、こちらに視線を向けた。
みんなの眉間に皺が寄っている。
「仕事中に、うるせえよ!」という顔である。
しかも、みんなKさんではなく、私の方を見ているのである。

濡れ衣だ!

しかし、Kさんは、平然とした顔で言うのだ。
「どうです? 今ので絶対にMさんの守護霊は目覚めたと思いますよ。もう、眠くないでしょう?」

確かに、目が覚めた。
しかし、あんな大きな音で手を叩いたら、守護霊でなくても、誰だって目が覚めるだろう。

だが、反論するのも大人気ないので、私はこう言った。
「本当だ。目が覚めましたよ。でも、私は目が覚めましたが、私の守護霊は、どうでしょうか。私には見えないんで、確認できないんですが」

それに対して、Kさんは、まるで江原ナントカのように、にこやかにこう答えるのである。
「大丈夫です。目が覚めてます。ボクの守護霊と仲良くしていますよ」

それは、スゴイ!
私の守護霊は、なかなか社交的なやつらしい。

2007/07/22 AM 08:54:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | [怖い話]

ハイエナとドブネズミ
人間の感性というのは、当然のことながら、人それぞれ違う。
だから、同じデザインを人に見せても、人それぞれ受け取り方が違う。

ただ、もちろんのことだが、ある程度の基準はある。
バランスが崩れたものは、誰が見てもいいデザインとは思わない。
中には、わざとバランスを崩して、全体の調子を外して成功しているものもあるが、これは高等技術である。
考えもなしにバランスを崩して、「このバランスの乱れがわからないかな〜、これは、そういうテクニックなんですよ」と言っても、誰も感心しないのである。

バランスを崩すには、理由がなければならない。
ただ自分の技術の無さを誤魔化すために調和を崩しても、それは稚拙にしか見られない。
人の目は以外とシビアなものである。
それは、素人でもプロフェッショナルでも、シビアさは変わらない。

しかし、デザインというのは、ただそれだけではないのである。
他にもっと、根本的で奥深いものも潜んでいる。
今回は、そういうお話である。

昨日、京橋に事務所を構えるウチダ氏に、以前彼に頼まれた仕事の初稿を持っていった。
それは、彼が新規に立ち上げる会社のロゴと会社概要の表紙だった。

私は正直言って、ロゴは得意ではない。
だから、友人の一流デザイナーニシダ君に、その仕事を丸投げした。
ついでに、会社概要の表紙も丸投げした。
その方が、統一感が取れると思ったからだ。

ニシダ君が考えたロゴは、大変ダイナミックなもので、一目見て「躍動感」を感じるものだった。
それは、若い会社に相応しく、「希望」や「未来」が、ロゴの隙間から浮き出てくるような、好感の持てるロゴだった。

誰が見ても、文句を言う箇所はない。
これで決まりだ、と思っていた。

しかし、ウチダ氏は、「これじゃ、駄目だ」と言うのである。

なぜ?

「立派すぎる。確かにロゴだけを見れば、どこの一流会社かと思わせるほど、力を感じる。しかし、俺がやる仕事は、そんなご立派なものじゃないんだよ。世間の隙間を身を細くしてすり抜けながら、おこぼれを拾っていくような、まるでハイエナのような意地汚さに満ちた仕事だ。こんなご立派なロゴを付けてできる仕事じゃない」

私は、ウチダ氏の顔をじっと見つめた。
いい男である。爽やかな清潔感も持っている。
着ているスーツも上等だし、着こなしも洗練されている。
声も滑らかで上品だ。その声は、人に安心感を与える。
彼は、決してハイエナ的な仕事をする男ではない。

いいロゴを作って怒る人を、私ははじめて見た。
立派なロゴのどこが悪い!

「おまえ、俺がどんだけ背伸びして見栄張ってるか、わからないのか。吹けば飛ぶような男が、京橋に事務所持ってよぉ、肩肘張って精一杯カッコ付けてるだけだよ。おまえだから言うけどな。俺は空っぽな男だよ。それは、俺が一番よく知っている。外見は、大事だからな。このスタイルを変えるつもりはないが、会社のロゴは別だ。ロゴまでカッコを付けるのは、俺はイヤなんだ!」

しかし、ロゴは会社の顔ではないのか。
むしろ、こっちの方こそ、カッコを付けるべきではないのか。
それが、ビジネスの本質だろう。

私がそう言うと、ウチダ氏は、横を向いて、真っ白い壁を見つめた。
髭のそり跡も綺麗である。そり残しなど、一つもない。
有能なビジネスマンを絵に描いたような感じだ。
あるいは、彫刻的な顔、と言ってもいいかもしれない。

その作り物のような顔に向かって、私は言った。
「おまえがハイエナなら、俺はドブネズミだな。汚いドブの中にいても、何の苦痛も感じない。そこから這い上がろうとも思わない。綺麗な水が、この世の中にあることが想像できないんだ。ドブしか知らないんだからな」

ウチダ氏は、顔をゆっくりと私の方に向けて、頷いた。そして、いつもの爽やかな笑顔をつくって言った。
「おまえと俺は、同類だよ。だから、俺はおまえにロゴを頼んだんだ。悪いが、ドブネズミの発想でロゴを考え直してくれ。ひとに頼んだ分も請求してくれていい。ドブネズミの目から、ハイエナがどう見えるか。それが今回のテーマだ」

そして、笑顔のまま私を指さして、ウチダ氏はこう言った。
「わかったかね、ドブネズミ君」

私はこう答えた。
「わかったよ、ハイエナ君。
じゃあ、まず哀れなドブネズミに、ビールを恵んでくれないか」

乾杯をした。
ハイエナは、コップにエビスビールを注いで飲んだ。小指が立っていた。
ドブネズミは、エビスビールの瓶をラッパ飲みした。

「いいな、ドブネズミは」
「ハイエナも大変だな」

ふたりは貧乏揺すりをしながら、また乾杯をした。


2007/07/20 AM 07:07:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

千円札の使い道
カバンの整理をしていたら、千円札を見つけた。
これは、ミステリーである。
なぜなら、私にはカバンに財布を入れる習慣はないので、財布の中のお金が飛び出したということは絶対にないからである。
カバンの中には、いつも文庫本を入れているが、私には本の間に札を挟むという習慣もない。

では、なぜ、千円札が紛れ込んだのか。
親切な人が、私のカバンの中に「美味しいランチでも食べなさいよ」と、入れてくれたのか。
それとも、たまたまカバンのファスナーが空いていたときに、お札が舞い降りてきてくれたのか。

この殺伐とした世の中に、なかなか夢のある話ではないか。
こんな夢なら、毎日遭遇しても構わない。
毎日遭遇して、ひと月トータル3万円である。
これは、サラリーマンのひと月のお小遣いくらいだろうか。

小遣いゼロ円の人間としては、うらやましいことである。
ケッ!

今では付き合いがなくなってしまったが、中学時代の同級生は、バブルの最盛期に目黒の土地を売って、木更津に豪邸を築いた。
彼は、外車を2台持ち、ハーレーダビッドソンを乗り回し、北海道に別荘を所有し、千葉市内でマンションとアパートを経営していた。
さらに、ゴルフ会員権を持ち、リゾート会員権を持ち、愛人が二人いた(めまいがしてきた)。

彼の財布は、いつも成金の象徴・一万円札ではち切れんばかりに膨れあがっており、カバンの中では、帯留めされた一万円札の束が激しく自己主張していた。

一度、木更津の自宅に招待されたとき、寿司屋のケータリングで持て成してもらったが、その時はじめて私は、ドンペリニヨンというシャンパンを飲んだ。
それは、普通にシャンパンの味がしたが、私は飲みながら思った。
寿司にシャンパン?
これって、合うのかい?

ケッ!

普通の人間だったら、大喜びして、媚びのひとつも売るのだろうが、私は物心ついてから、媚びを売るのが下手で、今に至るまで売ったことがない。
貧乏だから、売るものがないのだ。媚びを売るのももったいない。モッタイナイ。

だから、この時も、「スーパードライを飲ませろ! 納豆巻きを食わせろ! カッパ巻きはねえのか!」と難癖をつけた。
それ以来、彼からお呼びがかからなくなった。

バブルが弾けて以後、彼に関しての色々な噂が私の耳に飛び込んできたが、私はそれを右から左へ受け流していた(決して左から右へは受け流さなかった)。

ただ、このカバンの中から見つけ出した千円札だけは、右から左へ受け流そうとは思わない。
何か有意義なことに使いたいものである。

本を買うのもいい。
BOOK OFFなら、100円の文庫本が9冊買える(消費税を取られるので、10冊買えないところが悔しい)。

立ち食いそば屋で、かき揚げそばに竹輪の天ぷらをトッピングして、ミニカレーを付けてもいい。
おそらく、これで620円。生ビールを付けても、千円以内に治まるはずである。
贅沢だ。

もう5年近く買っていないが、Mac関連の雑誌を買ってもいい。
きっと、Macは相当な進歩を遂げているはずだ。
最新のMac情報を雑誌で仕入れて、浦島太郎の気分を味わうのもいい。

たまには、同じ色の靴下を履いてみるのもいい。
今ある靴下は、すべてが左右不揃いで、情けない状態になっている(穴の開いていない靴下を揃えるとそういうことになる)。
だから、ロジャースで5足598円の靴下を買うという贅沢をしてもいい。

もう2ヶ月半動かしていない原チャリに、燃料を千円分食わせてやってもいい。
久しぶりに、原チャリで風を切るのも、ストレス解消にはいいかもしれない。

夢はどんどん膨らむ。

しかし、その膨らんだ夢も、小学6年の娘の「パパちゃん!」という声で、一気にしぼんだ。
娘は、普段は私のことを「パパ」とか「おまえ」とか呼んでいるが、「パパちゃん」と呼ぶときは、絶対に何かおねだりをする場合である。
全身が緊張した。

娘は、数ヶ月に一回しか出さない甘い声で、私に話しかけた。
牧場物語の攻略本が欲しいんだけどさ。お小遣いが800円しか残っていないの」
「800円じゃ買えないのか」
私が言うと、娘は明らかに蔑みの目で私を見つめてから、「いまどき、800円で買える攻略本なんて、ねえよ!」と吼えた。
甘い声は、つかの間だった。

そうなのか、じゃあ、千円か? それなら、200円あげれば、買えるわけだな。

しかし、娘は非情にも、こう切り捨てるのである。
「アホッ! そんな安っぽい攻略本なんて、今どき売ってるか! 1600円プラス消費税80円だ!」

1680円!

私の大事な千円札が、攻略本に変わるという悲劇は、できるならば避けたい。
しかし、今の私は、この悲劇を回避する方法を知らない。
この悲劇からは、逃れようがない。

私はこれから、牧場物語の攻略本を見るたびに、攻略本を燃やしたい衝動にかられることだろう。

そうしないためには、千円札は、最初からなかった。
そう思った方がいい。

千円札は、なかった。
攻略本は、道ばたで拾った。

そう思うしかない(泣)。


2007/07/18 AM 07:06:31 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

チャーシューデブと干物男
先週の土曜日。
浦和のラーメン屋。
130キロの巨漢スガ君と3ヶ月ぶりに会った。

スガ君の近況に関しては、4月22日のブログに書いた。
バツイチのスガ君は、シマコさんという女性とつき合っているが、シマコさんのお腹はすでに妊娠5ヶ月。
しかし、相手のご両親に、ご挨拶もしていないというのである。
私はそれを、「まるで自分勝手な子どもだ」と叱った。

それ以来のラーメン会談である。
スガ君は、豚骨ラーメンの大盛りと、チャーシューの盛り合わせ、ライスの大盛りを頼んだ。
私は、豚骨ラーメンと生ビール。

10分ほど並んで待った甲斐があって、豚骨ラーメンは、濃厚だが口触りが絶妙で、プロのラーメンという味がした。

「うまいね」
「うまいですね」

スガ君は、替え玉を2回頼んだ。
ライスも追加した。
私も、生ビールと餃子を追加注文した。

2杯目の生ビールを飲みながら、「彼女の家には挨拶に行ったの?」と聞いた。
スガ君は、赤いタオルで、顔を流れる汗を拭きながら、「そ、そ、そ」と大きく頷きながら言った。
「そうなんです」と言いたいらしい。

彼女の父親に投げ飛ばされる覚悟で行ったスガ君は、あまりにも友好的な待遇に、面食らったと言う(ことわるまでもないが、麺を食ったわけではない)。

額を畳にすりつけるスガ君に向かって、彼女の父親は、スガ君の両手を取って、「よくやった!」と言ったというのである。

娘はもう、39歳になる。
だから、結婚は半分諦めていた。
しかし、もし好きな男が現れたら、自分は、バツ2までは、いいと思っていた。
だから、バツイチなどは、何でもない。
しかも、すでに子どもを宿している。
初孫まで作ってくれて、ありがとう。
これほどの幸せはない。
俺は、世界一の幸せ者だ、
と頭を下げたと言うのである。

そして、その日のうちに、二人は籍を入れた。
とりあえず、今はスガ君のアパートに住んでいるが、子どもが産まれたら、引っ越す予定らしい。
将来は、カラオケスナックとトランクルームを経営している、彼女の父親の事業を引き継ぐ段取りになっていると言うのである。

めでたいことである。
「おめでとう」、私はそう言って、スガ君にデコピンをした。

「ギャッ! 痛いッス!」とスガ君は叫んだが、顔はこぼれんばかりの笑顔である。
幸せなやつの笑顔というのは、いいものだ。

「今日は、奢ってくれよ」と私が言うと、「もちろんですよ。そうしないと、シマコに怒られますから」とスガ君は、赤いタオルで顔を拭きながら、口を小さくとがらせた。

そして、大盛りラーメンと2杯目の大盛りライスを平らげたスガ君は、背筋を伸ばして、私に頭を下げた。
「Mさん、俺たち、子どもが産まれたら、式を挙げようと思うのですが、仲人をしていただけませんか」

「ヤダ!!」(即答)

「えー!!」
スガ君がのけ反る。

考えてみて欲しい。
新郎は130キロの巨漢。新婦は80キロ(?)の肉のかたまり(失礼)。
その隣に、58キロの貧相な男が立っていたら、マンガではないか。

「それに俺は、『新郎は優秀な成績で学校を卒業されましてェ〜』なんて、空っぽな紹介なんかしたくネェぞ。あんなセリフを吐くくらいなら、今すぐ舌をかみきって死んでやる!」

赤いタオルが私の目の前を舞っている。
スガ君が、顔と一緒にタオルを大きく左右に振っているからである。

「いえ、そういった紹介は省いて結構です。ただ座っているだけでいいですから」
「俺は、置物か!」
「いや、そうではなくて・・・」
また、赤いタオルが目の前を舞った。

「いいかい、俺が君に勝っているのは、身長だけだよ。それ以外は、完敗だ。想像してごらん。ドラム缶が二つあったとする。その両サイドに鉄パイプが置いてあるんだ。ドラム缶に比べれば、鉄パイプなんてみじめなもんだぜ」

スガ君の額から大量の汗が流れ出ている。
赤いタオルが上下する。

「あ、あのぉ、オレ、式までに痩せますから。シマコにもダイエットさせますから。どうか、ぜひ・・・・・」

そこまでしてもらう必要はない。
スガ君の痩せた姿など、見たくない。
彼は、太っているから、笑えるのである。
笑えないスガ君は、スガ君ではない。

そこで、突然「笑い」ということを考えた。
130キロのチャーシューデブの隣に、58キロの干物(ひもの)男。
これって、笑いを取るには最高ではないか。
ただ立っているだけで、笑いが取れるのである。

チャーシューデブと干物男。
こんなコンビ、吉本にも、いないのではないだろうか。

「よし、引き受けた!」
私は、快く胸を叩いた。


2007/07/16 AM 08:10:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

赤ちゃん誕生
電話が鳴った。
午前10時15分。
ナンバーディスプレイを見ると、尾崎の携帯からのようだ。

尾崎からの電話で考えられることは、一つしかない。
「産まれたのか」

尾崎は、乾いた笑い声をたてて、「ああ」と言った。
「女の子だな」
「すべてお見通しってやつか」
「いつ産まれた?」
「10分くらい前か」

産まれてすぐ報せてくれたらしい。
律儀な男である。

「恵実さんは、元気か」
「ああ」
お互い口数は少ない。
最低限の意味が通じればいい。

少しの沈黙のあと、尾崎が唐突に「名前を言ってくれ」と言った。
だいぶ前のことだが、尾崎に「名前を考えておいてくれ」と言われたことがある。
尾崎の場合、言葉に出すときは、いつも本気なので、それは冗談ではない。
だから、男女の名を一つずつ考えた。
私は、女の子の名を尾崎に告げた。

尾崎は、その名前が、いいか悪いかは言わなかった。
「そうか・・・・・、だいぶ悩んだみたいだな」
笑いを含んだ声で、そう言った。

確かに悩んだ。
自分の子どもの名前を考えるときも、色々な要素を考えながら、姓に合う名前を選んだ。
親としては、当たり前のことだ。
特に長男の時は、徹夜をしたほどである。
そして、今回も他人の子どもの名前なのに、丸一日悩んだ。

「大事に使わせてもらう」
少し固い声で答えたが、こんなときの尾崎は照れている場合が多い。
自分の感情を抑えすぎて、声があらたまってしまうようである。

そして、「恵実に・・・」とその固い声のまま、声をかすれさせて言った。
「何か言うことはないか」

「おまえをこき使え、と言っておいてくれ」

数秒の沈黙のあと、尾崎は「わかった」と言って、一方的に電話を切った。

時間にすれば、2分程度の長さの会話だ。
しかし、これでも、私と尾崎の会話としては、新記録なのである。

普段は、30秒も会話が続くことはない。
尾崎とは25年の付き合いになるが、ベタベタした付き合いはしてこなかった。
年に1回か2回、酒場で飲むときも、ほとんど会話はない。
お互いの趣味で共通しているのは、ジャズが好きだということだけだが、だからといって、話が弾むこともない。

「あれは、いいな」
「ああ、いいな」
で終わってしまうのである。

酒場のカウンターで、お互い猫背になりながら、酒を飲んでいるだけだが、それが妙に落ち着くのだ。
ただそばにいるだけで、同じ波長を感じるというのは、よほど仲のいい夫婦でも、稀少な関係だと言っていい。
そういった意味では、私はいい友を持ったと思っている。

尾崎は、私より二つ年下の40代後半である。
その尾崎に子どもができたという現実は、私の心を空気満タンのバスケットボールのように弾ませてくれる。
7月13日は、私にとって、特別な日になった。

「めでてえなあー!」
私は大声で叫びながら、「久米仙」をラッパ飲みした。
そして、むせた。

涙が出た。


2007/07/14 AM 08:50:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

大食いショー
私が外食をする場合は、たいていは駅の立ち食いそばか、ノリ弁やおにぎりを買って公園や駅のホームで食う場合が多い。
たまに自分で弁当を作って、公園で食うこともある。

ごく稀にだが、得意先と打ち合わせをしながら、近所のすかいらーくでランチを取るときもある。
その時は、私は一番安い日替わりランチを頼むのだが、得意先の担当者の中で、平気で高いものを頼む人がいるのである。

クライアントに金を払わせるわけにはいかないので、私が払うが、そんなときは、いつもハラハラするのだ。
私の財布は大変痩せているので、相手がデザートなどを頼もうものなら、自分でも顔が強張るのがわかる。

打ち合わせの最中に、デザートなんか食うんじゃねえよ!
もう一品頼んだりしたら、払えねえぞ! もっと、気をつかえよ! デザート食うんなら、もっとでかい仕事を出してからにしてくれ!


相手に文句を言うわけにはいかないから、心の中で身悶えしながら叫ぶ。
こんなときは、ランチがちっとも美味しく感じられない。

ただ、昨日の打ち合わせは、違っていた。
同業者Nさんが仕事を出してくれるというので、すかいらーくで打ち合わせをしたのだが、仕事を出す側のNさんの方が、奢ってくれたのである。
それだけで、Nさんがとてもいい人に見える。

しかも、「美味しいものを食べましょう。遠慮しなくていいですから」とまで言ってくれたのである。
同業者Nさんとは、付き合いは短い。
去年の1月に一度だけ、パンフレットに載せる立体的な地図を請け負っただけだ。
そして、今回も地図の仕事である。

今回はさらに複雑な立体的地図がご要望らしい。
ただ、納期は一ヶ月先なので、多少複雑でも、何とかなるだろう。

Nさんが、まず頼んだのは、「和牛手ごねハンバーグステーキ」である。
それに、「オムライスシチューソース」を追加した。合わせると、2000キロカロリー近くあるらしい。
それを嬉しそうに、10分もかからずに平らげた。
隣のテーブルでランチを食っているサラリーマンが、Nさんの食いっぷりを目を丸くして見ている。

その後、水を3杯立て続けに飲んだ後、「スパイシーカレーアジアンテイスト」と「すかいらーくサラダ」を頼んだ。この二つで1300キロカロリーはある。
注文を受けるウエイトレスの目が、激しくまばたきをしている。
しかし、Nさんは平然としている。幸福な目で、メニューを見つめているのである。

私は、Nさんの豪快で幸せそうな食いっぷりを見ながら、地味に「海老とツナのトマトスパゲティランチ」を食べていた。これは、約700キロカロリーである。

Nさんは、身長はおそらく160センチくらい。やせ形である。華奢と言ってもいいくらいだ。
この体のどこに、これだけの食い物が入っていくのか。

追加オーダーも10分とかからず、Nさんの胃袋に格納された。
もうさすがに満足だろう。
見ている方が疲れる。

しかし、まだまだ「大食いショー」は、終わらないのである。
Nさんは、それから「クラシック・ショコラ」と「アイスの盛り合わせ」を頼んだ。
この二つで約350キロカロリー。
それをまた美味しそうに、嬉しそうに食っている。

総カロリー、約3600キロカロリー。さすがに、もう満足だろう。
いや、顔を見ると、まだ食い足らなさそうなのである。
なんと! また、メニューに手が伸びた!

Nさんの口から「野菜たっぷりあんかけ海老ラーメン」という言葉が出たとき、隣のテーブルの男が、「ほえー!」と叫んだ。
ウエイトレスも「ウッ!」と言って、他のウェイトレスと顔を見合わせた。
私は、ただ笑うしかない。
しかし、Nさんは涼しい顔をしている。

Nさんは、5分弱で「野菜たっぷりあんかけ海老ラーメン」を食い終わった。
そして、水を立て続けに2杯飲んだ。
まだ、「ごちそうさま」を言う気配はない。

Nさんは、私に爽やかな笑顔を向けながら、またメニューを手にしようとしている。

この姿を見たら、きっと誰もがこう言うはずである。
「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。ワタシ、回転寿司で八十皿以上食べたことありますから」

信じられますか。
Nさんは、女性なんですよ。


2007/07/12 AM 07:13:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

パンダが帰ってきた
嵐のような一週間も、終わってしまえば、どうってことはない。
眠い眠い、とボヤキながら仕事をしている最中は、「これが終わったら、飽きるほど寝てやるぞ」と思っていたが、いざ終わってみると、寝るのがもったいなくなるのである。

朝6時に起きて、高校2年の息子の弁当を作り、家族全員の朝メシを作った。
洗濯機を回し、家族全員を送り出したあとで、ひとり朝メシを食った。
朝メシは、納豆ごはんと竹輪の磯部揚げ、豆腐のみそ汁である。

午前9時5分。洗濯物を干してから、散歩。
団地の遊歩道を歩いている人は、一人もいない。犬を散歩させている人もいない。
無人の遊歩道で、時々50メートルのダッシュをする。
晴れ間がのぞいているが、蒸し暑さはない。ダッシュをしても、あまり汗はかかない。

4度目のダッシュをしているとき、猫の鳴き声が聞こえた。
立ち止まって、あたりを見回すと、私が可愛がっているノラ猫「パンダ」が、木のベンチに座って私を呼んでいた。

パンダが5月に足を怪我して、親切な獣医さんに一時的に引き取られていった顛末(てんまつ)は5月4日のブログに書いた。
パンダは、傷が癒えて、晴れてノラ猫に戻ったようである。
私がパンダの姿を認めて近づくと、パンダは早速体をくねらせて、腹を見せた。

「帰ってきたのか。元気そうだな」
怪我の具合を確かめてみると、怪我をしたところだけ禿げていたが、傷口は完全にふさがっているようである。
毛並みもよくなったようだ。
以前は、白い部分が薄茶色になっていて、薄汚れた感じだったが、今は白と黒のコントラストがはっきりしていて、男前になっている。

私がベンチに腰を下ろすと、パンダはすかさず私の膝の上に手を置いて、体半分だけ乗っかってきた。
そして、自分の頭と首筋を私の膝に押し付けて「ニャー」と鳴くのである。
「久しぶりだねえ、会いたかったよー」とでもいう感じか。

鼻筋を撫で、首を撫で、腹の横を撫でるたびに「フニャー」と甘えた声を出して、恍惚の表情を作る。
エサをやるわけでもないのに、これだけ人なつっこいノラ猫は珍しい。

私が撫でるのをやめると、パンダは顔を私の腿にすり寄せて、目をつぶった。
まさか寝ないだろう、と思っていたら、小さな寝息が聞こえた。
警戒心のまったくないパンダの寝顔を見ていると、自然と癒されてくる。

大きく息を吐いて、私も目をつぶった。

そして、激しく体を揺さぶられて、目が覚めた。
自分の肩がガクガクと揺れているのがわかる。
誰だ! 乱暴なやつだ。失礼な、と思ったが、夢か現実か、半分半分というところである。

「おい! おい!」
耳元で、でかい男の声がしている。
夢にしては、耳に届く声がリアルだ。
目を薄く開けてみた。

ブツブツの顔をした、眉毛の濃い男が私の顔をまん丸の目でのぞき込んでいる。
若い娘なら、確実に「キモイ!」という種類の顔が、目の前30センチのところにあった。
「あんた! 大丈夫か!」

大丈夫も何も、私はただ寝ていただけである。
何もあれほど強く肩を揺さぶって起こさなくてもいいではないか。
目覚めが悪い。損をした気分である。パンダも揺さぶられたせいで、逃げてしまったし。

「俺、30分くらいずっと見てたんだけどさ。あんた、真っ青な顔して、寝てるだろ。息をしてるのはわかったけど、全然動かないしさ。揺さぶって起きなかったら、救急車呼ぼうと思っていたんだよ」

それはご親切にありがとうございます。
30分も他人様に寝顔を見ていただくなど、初めての経験でございます。
世間も、まだ捨てたものじゃございませんね。


しかし、そんなに病人のような顔をしていたのだろうか。
極度の睡眠不足は間違いないところだが、自分では体調に問題はないと思っていた。
50メートルダッシュをしても、ほとんど息は上がらなかった。

「俺、そんなに死人みたいな顔してました?」
「ああ、真っ青だったよ、真っ青! 俺、はじめて見たよ、そんな顔」
大袈裟に肩をすくめながら、眉毛男は首を振った。
そして、「今は、ちょっと赤みがさしてきたかな。でもまだ顔色悪いよ」と頷きながら言った。

私が彼の顔を寝ぼけまなこで見上げていると、今度は、パチン、と手を叩いて、「栄養ドリンク買ってきてやろうか。コンビニすぐそこだからさ」と太い眉毛を動かしながら言うのである。

いくら何でも、そこまでしてもらう理由はない。
「いや、それはけっこうです。お気持ちだけいただいておきます」
私は、立ち上がって、頭を下げた。

「でも、本当に具合悪そうだよ。大丈夫? 家まで送っていこうか」
親切は嬉しいが、ここまで心配されると、正直鬱陶しい。
自分では、少しも具合が悪いと思っていないから、なおさらである。

「いや、もう元気ですから。ありがとうございました」
私は、もう一度頭を下げて、走り出した。まるでピンポンダッシュのように。

「おいおい、無理すんなって! おい! 死んじゃうぞ! おい! なんだぁ! はえーなー!



2007/07/10 AM 07:23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

CDが一枚もない
睡眠不足だ。
7月4日から7日までの4日間で、トータル7時間しか寝ていない。

そもそもの始まりは、毎月5日締めの仕事の原稿が大幅に遅れたことである。
普段なら先月の23日前後に原稿が少しずつ入り出して、月末には原稿が揃う予定だった。
しかし、今回原稿が入ってきたのは7月2日である。
あまりにも遅すぎる。

この場合、なぜ遅れたのかを担当者に聞いても、5日の納期が延びるわけではないので、私は聞かない。
無駄なことは聞いても意味がない。
だから、頑張って一日で初稿を出した。それが寝不足の始まりだった。

そして、月に1〜2回仕事をいただくドラッグストアのチラシもそれに重なった。
さらに悪いことに、いや、これはいいことに、というべきか。
新規の客が獲得できたのだが、その仕事がTGV並の超特急なのである。
7月5日に原稿が入って、校了が7月9日。

仕事の内容は、B2のチラシ両面だ。
普通は、チラシはB3が主体だが、今回は初めての会社なのに、いきなりB2である。倍の大きさだ。
しかも工業機械の販売会のチラシだから、機械の切り抜きが270点もある。
機械は凸凹が多いので、画像をフォトショップで切り抜くだけで、丸一日かかった。

つまり、24時間。ノンストップの完全徹夜である。
この24時間の間に私が休んだのは、朝メシと夕メシを作ったとき、そして風呂に入ったときだけである。
あまりにも眠いので、包丁を使っているとき、左手の薬指をザックリと切った。おかげで、目が覚めた。
風呂では、突然眠気が襲ってきて、溺れそうになった。

5日締めの仕事は5日の深夜に、ギリギリ校了になった。
ドラッグストアの仕事は、7日の朝、校了になった。
この2つは、基本的にフォーマットが決まっているので、原稿さえ揃えば、時間が読める。
たとえ担当者の怠慢で原稿が遅れたとしても、徹夜すればこなせる仕事だから、力ずくで納期に間に合わせることができる。

しかし、新規の会社はそうはいかない。
一からデザインを始めなければいけないので、その分時間がかかるし、相手のデザインに対する好みも読めないから、神経を使うのである。

はたして、今日はどれくらい寝られるだろうか。

そんなことを思っていたとき、またWEBデザイナー・タカダから電話がかかってきた。
ここ一週間、毎日電話がかかってくる。
結婚願望MAXの33歳独身男は、WEBの技は天才だが、その他のことは「おぼっちゃま」である。
全身が、依頼心の固まりになる。

「あのー、師匠、安室奈美恵って知ってます?」
今度は、安室奈美恵ファンの女の子でも、好きになったか。

「いえ、そうじゃなくて、Tさんは浜崎あゆみの他に安室奈美恵も好きらしいんですよ」
つまり、彼女のご機嫌を取るために、安室奈美恵情報を私から得ようということのようだ。
しかし、私に聞くよりもインターネットで検索した方が、正確な情報が得られるのではないだろうか。

「いや、インターネットを信じないわけではありませんが、師匠のご意見の方が信用できますから」
タカダ君も、最近は世間がよくわかってきたようである。
目上の男を持ち上げる方法を覚えたようだ。
顔が気持ち悪いのは、許してやることにしよう。

「安室奈美恵は、今やHIPHOPの女王である」と私は言った。
「女王ですか」
「そうだ、女王様だ。頭が高い! 控えおろー!」

そんな私の戯言をタカダは素通りして、「でも、安室奈美恵って、オレの中ではただのアイドルですよ。それも、オレ好みではないですし」と小さく語尾を濁した。
タカダは、正当派アイドルが好きで、明るく天真爛漫、清楚な感じが好みの、嫌らしい中年男である。

「君は、遅れている。いつも、待ち合わせ時間にも遅れている」
その言葉もタカダは無視して、「でも、本当にイメージ沸かないんですよ、オレ。なんでTさんが、安室奈美恵が好きなのか。浜崎あゆみと全然タイプが違うじゃないですか」と念仏のようにつぶやいた。
ブツブツブツ・・・・・。

「安室奈美恵のアーティストパワーは、浜崎あゆみよりも上だぞ。ただ、HIPHOPというジャンルが、一部の世代にしか認知されていないから、彼女は過小評価されているんだ!」
「HIPHOPって、そもそも何ですか? おれ、全然わからないんですよ」
「それは、ケツが上がっているってことだろう。ケツは下がっているよりも、上がっている方がいい」

「・・・・・」(完全に呆れているようである)

「実は、俺にもよくわからないんだ。ただ、ラップとかDJミュージックなんかを総称して言っているらしいんだが、おじさんにはよくわからん。ただ、安室奈美恵がかなり質の高いHIPHOPを歌っているのだけはわかる。俺、『QUEEN OF HIP POP』というアルバムは、2年前毎日のように聴いていたんだ。いいぞ、これは」

今の安室奈美恵は、人に自分の歌をカラオケで歌ってもらったり、鼻歌で口ずさんでもらおうとは、思っていないようだ。
歌えるものなら、歌ってみなさいよ! アタシの歌は、そう簡単に歌えるもんじゃないわよ!
最近の彼女の歌からは、そんな、凄みを感じるのである。

「師匠、すみません。そのQUEENなんとかっていうやつ、貸していただけませんか。勉強したいんで」
「残念ながら、我が家のCDは全部、ある事情があって、売っぱらってしまったんだ。ただ、MP3に落としたデータがあるから、それを内緒で貸すことにしよう。いいか、これはあくまでも、ナイショだぞ(小声)」

「あー、ありがとうございます。助かりますよ。いつもお世話になりっぱなしで」
感謝しているようである。
いい気持ちだ。
そこで、調子に乗って、こんなことを言った。

「君は金持ちだから、何枚でもCDが買えるだろう。いま安室奈美恵の『PLAY』というアルバムが出ている。これを2枚買って、1枚俺にくれ!」

タカダは、そんな私の提案を見事に無視して、「でも、師匠、なんでCD全部売っちゃったんですか。もったいないじゃないですか」と無神経にも聞くのである。

「そ、それは・・・・・」
私は、泣きながら、電話を切った。


2007/07/08 AM 08:17:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

NHKの受信料
WEBデザイナーのタカダからまた電話がかかってきた。
このところ、ほとんど毎日である。
仕事の話ではない。

最近は、仕事の電話よりも、タカダからの相談の方が多い場合がある。
まるで、恋愛相談室である。

私は恋愛経験が貧弱なので、毎回適当なことを言って誤魔化している。
ただ、昨日の夜の電話は、恋愛相談とは少し違っていた。

「Tさんのお父さんがNHKに勤めているって聞いて、オレ慌ててNHKの受信料払いましたよ。もう一年以上払ってなかったんで」

おそらく、一連のNHKの不祥事に便乗して、払わないでいたのだろう。
私の知り合いにも、そういうやつが多い。
不祥事と不払いは関係ないと思うが、みんながやっているのだから、「俺も俺も」という集団心理が働くのだろう。

「たとえば、これがNHKでなくて、NTTドコモauSOFTBANKが不祥事を起こしても、君は通話料は払わないかい? 電話やインターネットが使えなくなるけどね」
「いや、それは困りますねえ。電話を止められたら、仕事にならないですよ。払います払います!」

NHKの場合、個別の家庭に対して電波を止めることはできないので、受信料を払わなくても、ユーザーには実害はない。
困るのは、NHKだけだ。
だから、不払い運動が起きるのである。

不祥事は、あってはならないことだが、ごく一部の人間がしたことである。
その一部分だけを取りあげて、「すべてがけしからん」と言うのは乱暴すぎないだろうか。
これは根本的に、不払いで済む問題ではないと思うのだが。

「師匠は、受信料、真面目に払っているんですか?」
私は公共放送は、大地震が起きたときや大災害が起きたとき以外は、まったく見ない。
私の生活の中では、NHKをほとんど必要としていない。
生活感がまったく感じられないアナウンサーの口調を聞いていると、テンションが下がる。
NHKのアナウンサーは、人生がつまらないものだ、ということを見事に教えてくれる存在である。

「いいかい、人生なんて取るに足らないものだよ。つまらない人生だって、立派な人生だ。革命なんか起こしちゃ駄目だよ。政府に逆らったりせず、羊のようにおとなしく生きることが、あなたたちの人生なんだ。決して欲を持ったりしてはいけませんよ」
悟りきったアナウンサーの口調には、そんなメッセージが込められているような気がする。

ウザイ!

だが、NHKのBS放送は、よく見る。

海外のスポーツやコンサート中継などを見るためである。
外国のスポーツ中継は楽しい。
中継するスタッフが、スポーツを愛しているのが、よくわかるからである。
アナウンサーの馬鹿げた絶叫もないし、カメラが捉える選手の表情もいい。
選手の表情を、色々な角度から逃さず映し出しているところがスゴイ、といつも感心して見ている。

それに対して、日本のスポーツ中継は、「スポーツなんて、かったるい!」と思って学生時代を過ごしたような、青っちょろい人間が作っているのが見え見えで、スポーツに対しての愛情がまったく感じられない。
小手先の理屈や理論だけでまとめているので、日本のスポーツ中継からは、スポーツの本質が見えてこないのである。

アナウンサーは、ボキャブラリーが不足しているのを、声のでかさで補おうとしているから、ただうるさいだけである。
解説者は、いつもその場しのぎの解説しかしないし、滑舌が悪いので、年寄りの愚痴にしか聞こえない。

「ああすれば良かった、こうすれば良かった・・、私の若い頃は、ああだった、こうだった・・・・・」

耳を塞ぐのも面倒臭いので、見ないようにしている。

しかし、NHKのBSは、海外の良質なスポーツ中継を買い取って見せてくれるので、それに敬意を表して、私は受信料を払っているのである。

ビッグアーティストのライブなども、BSの場合は、余計な演出がないので、気に入っている。
民放のライブ中継は、下手な演出が見苦しいので、見る気がしない。
これもきっと、中継スタッフが、音楽を愛していないからだろう。

「愛、ですか? 師匠の口から、愛なんて言葉が出るなんて思いませんでしたよ」
「大塚愛、福原愛、飯島愛、上村愛」
「あのー、それ、上村愛子じゃないんですか」

「君には、師匠に対する『愛』はないのか!」

「・・・・・」


2007/07/06 AM 07:08:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

女子アナと「千のナントカ」
「インターネットがあるから、新聞をとるのやめましたよ。インターネットがあれば、情報は充分。満足満足」
得意先の営業フクシマさんが、昨日、得意気に言っていた。

それに対して、「遅れてますねえ、フクシマさん」と私は言った。
私は、もう5年前から新聞をやめている。
ただし、私の場合はフクシマさんと違って、インターネットを信じているから、新聞をとるのをやめたわけではない。

インターネットが、新聞の変わりを充分に果たしているとは、昔も今も思っていない。
インターネットに配信される記事は、多くは新聞社や通信社からの記事のダイジェストである。
だから、インターネットに特別な記事が載っているということは、ほとんどない。
どちらが優れているというものでもない。

私はどちらも信じていない。
ただ、新聞はほうっておくと、どんどん溜まって邪魔になるが、インターネットの記事は邪魔にならない。
そこが、インターネットの唯一のいいところである。

「Mさん、言い切りましたね。どちらも信じてないんですか。新聞とインターネットに恨みでもあるんですか」

恨みはないが、新聞も雑誌もインターネットも、書きっぱなしというところが、気に入らないのである。
フォロー記事や続編がほとんどない。一度書いておしまいである。
つまり、書き手側の一方通達で終わっている。
そこに、釈然としないものを感じている。

どんな文章の達人でも、客観的な記事など書けない、と私は思っている。
では、第三者の意見を聞いて記事を書けば、客観的かと言えば、まったくそんなことはない。
第三者の意見を伝聞として書いているだけだから、それは第三者の主観であって、その第三者の意見を自己解釈している限り、公平な意見とは言えない。

それに、聞き手側の聞き方によって、答えはどちらにも変わるものである。
それを公平な意見だ、というのは幻想に過ぎない。

最近の新聞を読んでいないので、これは的はずれの意見かもしれないが、新聞や雑誌には、「署名記事」が少ないように思われる。
たとえ、どんなにピントのずれた記事でも、記者の署名があれば、その文章の責任者はその記者なのだから、責任の所在がはっきりする。
自分の書いた記事に対して、逃げていない、ということになり、多少は信頼できる。

しかし、署名のない記事は、「書き逃げ」である。
だから、責任の所在がはっきりしない記事は、私には信じられない。

「Mさん、どうしたんですか。いつになく過激ですね。血圧、大丈夫ですか?」

断定的な記事を書く場合、よほど統計学や心理学に通暁していない限り、少ないサンプリングデータで結論を出すのは無理だろう。
たった数人の意見を聞いて結論づけられた論文など、学会だったら、誰も相手にしない。非難の嵐にさらされるだけだ。

さらに、多くの場合、被害者や加害者そして、第三者まで名前や年齢、時には顔まで晒(さら)し者にするくせに、書き手側は、匿名なのである。
書き手側の名前のない論文を信じる人などいるだろうか。試験だったら、絶対に零点を付けられる。
そんな記事を信じるほど、私はお人好しではない。

「まあ、しかし、気にくわない記事は無視して、気に入った記事だけ受け容れる。みんな、そうじゃないですか。そんな目くじら立てることはないですよ」

そうかもしれない。
現代人は賢いから、情報量を自分なりに制御して、メディアを自分に都合よく利用しているようである。
私のように、頭から「信じない」と言っている人間より、頭脳構造がはるかに柔らかい。

「でも、最近は、テレビのニュースも楽しいですよ。インターネットや新聞よりも、リアルタイムで情報が掴めますからね。それに何と言っても滝川クリステル。あれはいい。ニュースが楽しくなりますよ。他の女子アナもいいな。テレビは楽しいなあ」と、ノーテンキなフクシマさん。

私に理解できないことが、最近二つある。
なぜ女子アナが、あんなに持てはやされるのかということと、秋ナントカの「千のナントカ」という歌が、なぜヒットしたのかということである。

言いたいことは山ほどあったが、目の前に女子アナファンの本人がいるので、そこはグッと我慢した。

「では、女子アナ大好きのフクシマさんに問題を出します。滝川クリステル小林麻耶木佐彩子の共通点は何でしょうか」
「エー! 滝川クリステル? 小林麻耶? 木佐彩子? 共通点ですか? バラバラな気がするなあ。うーん………、フジテレビのアナウンサー? 違うなあ。う〜ん、いったい何だろう?」
悩んでいるようである。

「でも、そんなことを知ってるなんて、Mさんも女子アナに結構詳しいんじゃないですか。本当はMさんも女子アナ好きなんじゃないですか?」
「いやいや、私がフルネームで言えるのは、この3人だけなんですよ」
「えー、どうしてですか?」
「それがわかれば、答えは、簡単に出てきます。でも、わからないなら、次に新しい仕事を出してくれるまでのお預けです」
「それは、ずるい!」
「早く仕事をくれれば、いいだけのことじゃないですか。頑張って下さい」
「クソッ!」

本気で悔しがっているフクシマさんは、人間として男前だ。
ここまで単純に悔しがる人はいない。
それだけで、この人は信用できる気がする。

「ああ、そう言えば」と突然話が変わるフクシマさん。
この間、ZARDのベスト盤を買おうと思ってCDショップに行ったんだけど、気が変わって『千のナントカ』を買ったんですよ。あれいいですね」

(怒!)

「な、なんですか! Mさん、そのすごい目は!」

腹立ちまぎれに、私は、このたった一つのサンプリングデータで、人間の嗜好というものを断定したいと思う。

女子アナ好きの男は、みんな「千のナントカ」が好きだ(匿名)。


2007/07/04 AM 07:03:21 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

奇跡の扉
プロポーズ大作戦」というドラマがあった。
これは、「奇跡の扉」というのが、キーワードの人気ドラマで、自分の過去に後悔している男が、その奇跡の扉を開けるために、過去に戻ってやり直すのだが、結局「奇跡の扉」は過去にはなく、自分たちの未来に向かって存在していた、という話である。

小学6年の娘が、このドラマを気に入っていて、いつも一緒に観せられた。
娘は、気に入ったドラマがあると、私に観ることを強要する。
仕事が詰まっていて、どうしても観られないときは、ビデオに撮って時間が空いたときに観る。

娘は、リアルタイムで観ているにもかかわらず、ビデオも一緒に観るのである。
彼女は、このドラマの主演をしている山下智久が好きだ。
山下智久は、ファンから「山P」と呼ばれているらしい。

「『山』はわかるが、『P』って何?」
私がそう聞くと、「うるせえ! 知るか!」と答える。
ファンでも、知らないようである。

話変わって、私の友人に、タカダという天才WEBデザイナーがいる。
はたして、タカダに奇跡の扉は開くのか、というのが今回のお話。

彼については、このブログで何度か書いている。
彼は、ホームページを作る技術は天才だが、女性に関しては、臆病な33歳の独身男。

しかし、そんな彼に親しくなった女性ができたのである。
その人Tさんは、タカダと私が共通の得意先にしている会社の事務員である。
彼女は、爽やかな笑顔で、まわりを幸せな気分にする素敵な女性だ。

昨日、タカダの仕事場に行った。
そこで、これ以上ないというくらい笑み崩れたタカダの姿を見た。
「えへへ、この間Tさんが、僕の仕事場を見に来たんですよ。信じられますか。すごくないですかー」

ちょっとの間に、二人の関係は進展していたようである。
仕事場を見回すと、うるさいくらい自己主張していた上戸彩のカレンダーが姿を消し、浜崎あゆみのポスターが四隅に貼られていた。

「彼女が来ると聞いて、上戸彩を抹殺したな」
「師匠ォ、抹殺だなんて、人聞きの悪い」

しかし、上戸彩の痕跡が見事なほど消えている。
この変わり身の早さは、大したものである。
30男の必死の恋がうかがえる。

高級ステレオコンポから流れる、浜崎あゆみの歌声。
この間までは、このコンポからは、上戸彩と倉木麻衣しか流れてこなかった。
しかし今、CDラックには、浜崎あゆみのアルバムしかない。
きっと、上戸彩と倉木麻衣は、クローゼットの奥深くに追いやられたに違いない。あるいは、捨てられたか。

「きっと上戸彩と倉木麻衣が、化けて出るだろうな」
「師匠ォ、二人とも死んだわけじゃありませんから」
「しかし、君の心の中では、死んだわけだろう? いや、殺したんだ!」
私はタカダを指さして言った。
「おまえが、殺したんだな! いい加減、認めろ!」

タカダは、私の追及を完全に無視して、冷蔵庫まで歩いていき、銀河高原ビール、ありますけど」と冷静に言いながら、振り向いた。
ダルマの顔に余裕がある。
今までだったら、オドオドしていたはずだが、恋がダルマを変えたのか。

「うん、頂戴」
私は、そう言うしかなかった。

銀河高原ビールを一気に飲む。
相変わらず、うまい。喉を通るときの爽やかな切れ味が、心地よい後味を引きずって、口の中にビール本来の味が残るのである。
「師匠の好きなカマンベールチーズもどうぞ」
気持ち悪いくらい、いい待遇だ。

お土産でもくれそうな展開である。
そんなことを思っていると、本当に「師匠、銀河高原ビール、袋に入れておきましたから、帰りに持って帰ってください」とダルマが言ったのだ。

なんていいやつなんだろう。
タカダ君、成長したねえ。
上戸彩と倉木麻衣を抹殺したことは、忘れることにしよう。

ダルマの仕事場を見回してみて、壁に貼ってあるものが違うだけで、かなり印象が変わったのに驚いた。
部屋全体が、華やかになった。
上戸彩に華がないというわけではないが、訴えかけてくる存在感のボルテージは、浜崎あゆみの方が圧倒的に強いのである。
これが、オーラというものなのかもしれない。

私がそう言うと、ダルマは「師匠ォ、嬉しいことを言ってくれますね。Tさんもきっと喜びますよ」と目尻を下げながら、にやけた顔を作った。

「で、ここでTさんとどんな話をしたんだ?」
ダルマは、とろけそうな顔で、「フガガガ」と笑い、体をよじった。
その姿は、たいへん気持ちが悪い。ビールが不味くなった気がした。チーズの味も変わったような気がした。帰りたくなった。

話を聞くのをやめようかと思ったが、ビールを奢ってもらっていることもあり、我慢して聞いた。
想像通り、ほとんどが浜崎あゆみの話題だったらしいが、ダイエットの話も出て、ダルマのダイエットが順調にいっていることを、Tさんが褒めてくれたらしい。

そこでまた、「フガガガ」と笑うのである。
前は「ヘヘヘ」だったが、気持ち悪い度は、明らかに「フガガガ」の方が上である。
気持ち悪さが、バージョンアップしている。

「それでですね、師匠、お聞きしたいことがあるんですが」
気持ち悪い度9のダルマが、手に持った銀河高原ビールの缶をペコペコとさせながら、私を上目遣いに見た。

私は、ダルマの顔から目をそらして、新しい銀河高原ビールのプルトップを開けた。
その時、私は気づいたのである。
どの角度でビールを飲んでも、浜崎あゆみの顔が目にはいるのだ。
あのでっかい目に、いつも見られているという圧迫感。
これは、あまり居心地のいいものではない。

だから、適当に話を切り上げて帰ろうとした。
しかし、ダルマの勘は鋭いのである。
「師匠、飲み逃げは、許しませんよぉ!」
ダルマは、顔を私の鼻先20センチまで近づけて、私を睨むのだ。

気持ち悪い度が、MAXまで上がった。
怖い。真剣な眼差しが、私の脳髄に食い込んでくる。

しかし、私は師匠としての威厳をかろうじて保ちながら、「何が聞きたいんだ」と聞いた。
ダルマは軽くため息をついたあとで、「俺、これから先Tさんに対して、どうしたらいいんでしょうか?」と、か細い声で言った。

今年の初めには90キロ以上あった体重が、70キロ近くまで落ちて、ダルマは以前のダルマではない。
顔がシャープになったし、動作も軽くなった。
今のダルマは、結構いい感じだと思う。

「Tさんにどうしたらいいというよりも、君が自信を持つことだな。君は自分が作ったホームページには、自信を持っているんだろ?」
「ええ、まあ、そこそこ」
「そこそこ、か。じゃあ、Tさんに対しての自信はどうなんだ?」
「全然ないです」

「そこが一番大事なんだよ。まず自信を持つことから始めようぜ。君は決して魅力のない男じゃない。ただ、臆病なだけなんだ。それがいつも相手に伝わってしまうから、相手の方が嫌になるんだと思う」

ダルマは、浜崎あゆみのポスターを見つめて、またため息をついた。
「自信ですかぁ、ハァー!」

ダルマの目が浜崎あゆみを見つめている。
ハァー、と何度もため息をつきながら。
そして、軽く自分の頭を叩きながら、「どうやったら、自分に自信が持てるんだろう」とつぶやいた。

それは誰にもわからない。
自分のことなのだから、自分の心の中で解決するしかない。
ただ、自然体でいれば、相手にも何かが伝わるはずだ、と私は思っている。
格好をつけてもしょうがない。
女の人は概して、よく見ているものである。

ダルマが自然体でいれば、彼の中にある良質の部分が、必ず表に現れるはずである。
漠然とした言い方だが、それは自分で工夫するしかない。
Tさんの前で、いかに普段の自分が出せるか、それが自信につながるのではないか。

「自然体ですか。俺、ガチガチに構えてましたからねえ。自分でも不自然だと思ってたんですよ」
ダルマは、今日何度目かのため息をつきながら、ひとりごとのように言って、肩を落とした。
ダルマのため息を追いかけるように、浜崎あゆみの歌声が聞こえた。

「もう何度目になるんだろう
一体何がほしくて
一体何が不満で
一体どこに向かうのとかって
聞かれても答えなんて
持ち合わせてないけどね」(Boys&Girlsより)

答えなんかないんだよ、タカダ君。
君が君でいることが、大事なだけなんだ。
君は、君でいるだけでいいんだ。

いかんいかん。
あまりにも気恥ずかしいことを言ってしまったので、寒気がして、大きなくしゃみが出てしまった。
そのついでに屁も出てしまった(昨晩からお腹が張っていたので)。

「師匠ォ、何してるんですか。まったく、緊張感ないんだから!」

すまん、年を取ると体のあちこちが、ゆるくなってね。
でも、これが自然体というものだよ。
俺は、君に身をもって教えたんだ(大嘘だが)。



2007/07/02 AM 07:03:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.