Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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武勇伝
それは、2年ぶりに行った会社でのお話。

M社からお呼びがかかるときは、その会社の社員が辞めたときか、病気になったときだけである。
この2年間、私にお呼びがかからなかったということは、M社では、その間に辞めた人も病気にかかった人もいなかったということだろう。

つまり、そこは健全な会社だということだ。
M社は、飯田橋駅から歩いて7、8分のところにある狭小ビルの1階から3階までを占めていた。
1階がオペレーターが仕事をするところ。2階が社員が休むための休憩室と小さな作業室と事務室。3階が社長室と会議室。

私はいつも2階の作業室で、ひとり淋しく作業をさせられていた。
なぜなら、この作業室にしかMacOS9.2.2が使えるマシンがないからだ。
1階はすべてが、OS X(オーエステン)である。私もオーエステンを使えるが、慣れた9.2.2の方が作業効率はいい。
だから、ひとりで作業していたのである。

しかし、今回は、オペレーター6人のうち3人が休みということで、連繋を取るためにオーエステンで作業せざるを得なくなり、1階で作業することになった。
アプリケーションは、「イラストレータCS2」と「フォトショップCS2」。
我が家では、ほとんどCSは使わないが、ソフト自体は持っているので、作業に困ることはない。

B4のスーパーのチラシ裏表を3種、1日で仕上げるというのが、今回の仕事である。
朝8時半に原稿が来て、午後4時前までに仕上げるというハードな仕事だが、この種のチラシはフォーマットが決まっているので、手間がかかるのは、画像の切り抜きだけである。
今回私がやる切り抜きは、93点。それを一括で貰えれば、ちっとも難しい仕事ではない。
二時間もあればできる仕事である。

しかし、データはメールで少しずつ送られてくるから、思い通りにははかどらない。
「急いでいるなら、もっと早くデータをよこせ! この野郎!」
自分の直接の客ではないので、時々悪態をつきながら、データを待っていた。

「Mさん、どうしたんですか? 今日は荒れてますね」
いつも穏やかな雰囲気のサエキさんが、目を見開いて私を見ている。
その横には、190センチの巨人・カトウさん。一番奥に、くまのプーさんに似た風貌の癒し系・タグチさん。
いずれも、30代前半の好青年たちである。

この3人は、2年前にもいた。
しかし、私はいつも個室に隔離されて作業をしていたので、彼らとまともに話をしたことがない。
サエキさんがたまに、私が作業している個室に、親切にもコーヒーを運んでくれることがあったので、その時少し話をする程度だった。

今回は、同じ部屋なので、いつもと勝手が違うが、人がそばにいる方が張り合いがあっていい。
3人とも、アクの強くない人なので、気を遣わずにすむ。それが一番嬉しい。

7割程度仕事が進行したので、12時前だったが、昼飯にすることにした。
私は手作り弁当。他の3人は、仕出し弁当である。
弁当は、2階の休憩室で食った。
3人とも、私が自分で弁当を作ると言ったら、「えー!」と同じリアクションで驚いていた。
それにしても、驚きすぎだ。男が弁当を作って何が悪い。

その後、仕事の話を中心に話は盛り上がったが、突然190センチの巨人・カトウさんが、先週の土曜日に池袋で喧嘩をしたという話になった。
カトウさんは体はでかいが、華奢である。その外観からは、喧嘩というイメージが浮かんでこない。
意外に思ったが、彼は高校時代から武闘派で、停学を食らったこともあるという。
高校時代、喧嘩をしない日はなかったと、目尻を下げながら言っていた。
人は、外見では判断できないものである。

さらに驚きなのは、気配りの人・サエキさんも若い頃からバイクを転がしていて、白バイとバトルを繰り広げたことがあると言っていた。
今も、ストレスが溜まると、夜中に東名を爆走しているというのである。
相手が仕掛けてきたら、俺は絶対受けてたつぜ、と鼻息荒く語っていた。

そして、その話に割り込んできたのが、くまのプーさん・タグチさんである。
タグチさんは、小学校の頃から合気道をやっていて、段位は三段!
この間も渋谷で若い男数人にからまれて、俺ひとりで撃退したんだよ、と鼻毛を抜きながら、語っていた。

すごいものである。
3人とも、穏やかな外見からは想像できない武勇伝の持ち主のようだ。

「で、Mさんは、どうなの?」
と聞かれた。

私には何もない。
昔、友人尾崎と渋谷の宇田川町を歩いていたとき、チンピラ6人にからまれたが、その6人を一瞬で撃退したのは尾崎ひとりだった。
私は、ずっと逃げる態勢をとり続けていたのである。
だから、これは武勇伝にはならない。

そして、以前、夜中に団地の前の道を爆音を轟かせて往復するバイクがいた。
夜中の一時過ぎ。音から察すると、一台のようである。
20分以上爆音を続けているので、子どもたちも目が醒めてしまった。
あまりの無神経さに腹を立て、私は前後の見境なく家を飛び出していった。
一台だから、何とかなるだろう。足には自信があるし、体当たりを食らわせてもいい。
そう思って、通りまで走った。

すると、そこにはすでに、木刀を持ってバイクに挑みかかろうとしている20代の男がいた。
「てめー! うるせえんだよ! 成敗してやる!」
木刀を2本両手に持って、鬼気迫る姿でバイクに迫っていく男。
まるで、映画のワンシーンを見ているような光景だった。

その剣幕に恐れをなして、バイクは慌てふためいて逃走した。
木刀男は、意味不明の言葉を叫びながら、さらに追いかけていったが、バイクに勝てるわけがない。
木刀を2本投げつけたが、とどかず、カランコロンという木刀のはねる音だけが残った。

唖然とした。
そして、団地に静寂が戻った。
しかし、その静寂は、私がもたらしたわけではない。私は何もしなかった。
木刀男の武勇伝のおかげである。

だから、私に武勇伝はない。
しかし、この雰囲気で何も言わないのでは、格好がつかない。この中では、私が一番年上なのである。私にも見栄がある。

そこでこんな話をした。

先週の土曜日の午後、家の近くの公園を歩いていると、中学生と思われる男の子4人が、ヤンキー座りをして煙草を吸っていた。
私は、ガキが煙草を吸おうが、酒を飲もうが構わないと思っている。
大人が吸ったり飲んだりしているものを、子どもに無理に我慢させることはない。
酒と煙草は、子どもの身体に悪いというが、子どもの身体に悪いものは、大人の身体にも悪いはずだ。
だから、それは説得力がない。自分の体なのだから、ガキだって自分が責任を持てばいいのではないか。そう思っている。

ただ、人に煙を吹き掛けるのだけは許さない。それは、明らかに害がある。
私が彼らの前を通ったとき、煙が立ち上っていた。
私は、それを吸いたくはない。しかし、煙をよけて迂回をするのも嫌だ。真っ直ぐ歩いていきたい。

「なあ、俺さあ、タバコの煙嫌いなんだけどな」
私は、彼らの前にしゃがみ込んで、そう話しかけた。一番偉そうな態度を取っているガキの目を見ながら。
ガキは、眉をつり上げて私を睨んだ。
にらめっこは得意なので、私も彼の目を見つめた。
ガキは意外と澄んだ目をしていた。ただ、目の端が痙攣したようにピクピクと動いていたから、こいつ、結構緊張してるんだな、と思った。

「君らが、煙草を吸うのはいいさ。だが、俺は煙が嫌いだ。わかるか、俺は嫌いなんだよ」
ガキはまだ俺を睨んでいる。目の端がピクピク。
「だから、俺がいる間だけでも、煙草は吸わないでくれ。俺がいなくなったら、勝手にすればいい」

私が笑いかけると、ガキは、素直に「はい」と答えた。ピクピクが治まった。
他の3人に目を移すとと、3人とも薄く笑いながら頷くのが見えた。
私は、それを見て腰を上げ、得意気に歩き出した。

話は、それでお仕舞いである。

「え? それだけ?」
サエキさんが、椅子からずり落ちそうになりながら、呆れ顔で私を見た。
他の二人も、ほぼ同じリアクションだった。
みなさん私の話に、ご不満のようである。

じゃあ、お前ら、タバコを吸っているガキどもを見て、他に何ができるって言うんだ!
どっちにしたって、吸うときは吸うんだ。
中学生と喧嘩したって、ちっとも武勇伝には、ならねえぞ!



2007/06/30 AM 08:08:57 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

仙台が嫌いになった
以前ブログに書いたが、大学時代の友人ノナカが、6年ぶりに東京にやって来た。

東京タワーで会おう。家族引き連れて出てこい。だが、時間は決めるが、会う場所は決めない。会えればいいし、会えなくてもそれでいい」
そんな馬鹿なことを提案したノナカは、家族を引き連れて、6月16日午前中に仙台から東京に出て来た。

早速、私に電話をしてきたのだが、生憎(あいにく)私は、その日だけ珍しく徹夜するほどの仕事を抱えていた。
そして、その日は、高校二年の息子は沖縄への修学旅行、小学六年の娘は友だちの誕生日会、ヨメは頭痛でダウン、というタイミングの悪い日だった。

「悪いな、我が家は全滅だ。家族で東京タワーを楽しんでくれ」
そう言うと、ノナカは、「やだやだ!」と駄々をこねたが、私が「坊や。人の言うことはちゃんと聞くんだよ」と優しく諭したら、わかってくれた。

普通なら、これで話はお仕舞いである。
残念ながら、会えなかった。じゃあ、またの機会に、ということになる。

しかし、ノナカと私の場合は、何故かそうはならないのである。

26日の午後、横浜元町の得意先に1年3ヶ月ぶりに行ったときのことである。
松雪泰子似の(それ以上の)極上の美人担当者と仕事の打ち合わせをした。

その会社は、過去FLASHのゲームしか私に出したことがない。
しかも、悲しくなるくらい簡単なゲームだ。
自慢ではないが、私には面白いゲームを作る才能はないので、そう頻繁に依頼が来るわけではない。
松雪泰子とも頻繁に会えるわけではない。

だから、私が元町に足を運ぶのは大変珍しいことである。
以前、横浜の日吉に住んでいたときは、ヨメとよく元町をぶらついたものだが、埼玉に越してからは、元町は遠い世界となった。

打ち合わせを終えて、おしゃれでエキゾチックな通りを、松雪泰子似の美人の顔を思い浮かべながら、鼻歌交じりで歩いていたときのことである。
突然ヘチマ顔が私の前に現れたのだ。

「なんだお前! なんでこんなところにいるんだ!」
ヘチマは、オシャレな街というシチュエーションを完全に忘れて、だみ声で叫んでいた。

お前こそ、なんでここにいる?
お前に元町は似合わない。元町を汚す気か! 帰れ! Return to Sendai !

私がそう言うと、ノナカは「へへへ」と言いながら、気持ち悪い笑顔を作った。
「やっぱり、俺たちは、こんな運命だったんだな。ドラマチックだな。東京タワーで会うよりもドラマチックじゃないか」

鳥肌が立った。
松雪泰子似の美人との運命だったら受け入れるが、ヘチマとの運命など、認めたくはない。
私はもう一度言った。

「仙台へ帰れ! とっとと帰れ!」

「帰るよ。今日帰るけどさ。とりあえず、お茶しようぜ」(お茶しよう? なんと古くさい表現!)

ということで、お洒落なパン屋の上の喫茶店でコーヒーを飲んだ。
そこで、ノナカがなぜ、場違いな元町にいるかということを問いつめた。

簡単に言うと、彼の仲人が元町の近くに住んでいて、仲人の奥さんの方が還暦を迎えたので、挨拶に来た、ということらしい。

「還暦を祝うために、わざわざ仙台から出てきたのか」
「悪いか。仲人は親も同然だろうが」

そこで、思い出した。
ノナカの親は、二人とも亡くなっていたのだった。
だから、彼は仲人を親同然に思っているのだろう。
私は、こういう話に弱い。
涙腺が弱くなる。紙ナプキンで涙を拭いた。

「おまえ、大丈夫か? 年取ると涙腺が弱くなるっていうけど、年取ったなあ」
「俺が年を取ったということは、お前も年を取ったということだぞ。それを忘れるな」

二人して、紙ナプキンで涙を拭いた。
それをウェイトレスが不思議そうな顔をして見ている。
「なに? あの変なオッサンたち!」

変なオッサンたちは、お互いの近況報告をしあい、昔の友だちの消息を語り合った。
話が一段落ついたので、私は先月ノナカにレトルト食品を大量に送ってもらったお礼を言おうとした。

しかし、ノナカはお冷やの氷をガリガリとかみ砕きながら、こう言うのである。
「あのさあ、ハセガワの妹のクニコ、頻繁に仙台に来ているらしいぞ。得意先が仙台にあるらしいんだな。クニコに会いたくねえか。なにしろ、おまえ大学時代付き合ってたんだからな」

「とっとと、仙台へ帰れ、この野郎!」
私は、紙おしぼりをノナカのヘチマ顔に向かって放り投げた。

ノナカは、おしぼりを真正面で顔に受けて、「へへへ」と笑った。
「クニコ、相変わらず、スタイルいいらしいぞ。10歳は若く見えるってよ。しかも、まだ独身だってよ。惜しかったな、おまえ」

それを聞いて、私の心に、ヘチマに対する殺意が芽生えた。
そして、仙台が急に嫌いになった。



2007/06/28 AM 07:07:53 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

立ち飲み酒屋を知っていますか?
私に向かって、「焼肉奢ってやるよ」という人は、私と付き合いの短い人である。
「寿司奢ってやるよ」という人も同じ。

焼肉は嫌いじゃないが、奢ってもらっても、あまり嬉しくない。
寿司も同じである。
あまり高いものは、奢ってもらっても、美味しく感じない。
「悪いけど、俺は遠慮します」
いつも恐縮しながら断っている。
人の好意を無にしやがって、という痛い視線を感じながら。

それに対して、「ハンバーガー奢ってやるよ」というのは、嬉しい。
ハンバーガーは好物ではないが、喜んでご馳走になる。
奢ってくれた人には、80点を付けてもいい。
ラーメンの場合は、安っぽい店なら90点。行列のできる店は10点。

「立ち食いそば奢るぜ。ビールも付けるよ」と言ってくれたら、99点をあげたいと思うが、さすがにそんなことを言われたことは、一度もない。

私にとって、満点をあげたくなるのは、こんな人だ。
「立ち飲みしようぜ。いくら食っても飲んでもいいからさ」
たとえば、中央区京橋の立ち飲み酒店「枡久(ますきゅう)」に誘ってくれたら、私はその人を一生尊敬する。

ビジネス街に行くと、古びた酒屋があって、酒屋の一角に、立ち飲みスペースのある店がたまにある。
つまみは、乾き物や魚肉ソーセージ、缶詰の類である。
日本酒の升酒が150円から300円だったりする。ただ、基本はワンカップの瓶である。
ビールは、瓶もあるが、缶が基本。ワインなども飲める。頼めば、コップも貸してくれる。
満足するまで飲んだり食ったりしても、トータルで千円程度である。

「ごちそうさま」が気持ちよく言える店だ。
雑然とした店で肩を寄せ合いながら、適当に食べて飲む。
まったく気兼ねの入らない空間である。

ただ、こういった環境が好きな人は、ごく稀である。
私の知り合いには、一人もいない。
だから、私はいつも一人で入っている。

最近では、立ち飲み酒屋を知らない人の方が多い。
たとえ知っていても、落ち着かない、貧乏くさい、と思っている人もいるようである。

私は根が貧乏くさいので、こういった空間にいると落ち着く。
それは、子どもの頃の環境が影響していると思われる。

むかし、中目黒に住んでいた頃、家の近くに酒屋があった。
そこに立ち飲みスペースがあったのである。
飯場のオッサン、季節労働者などが、夕方5時過ぎになると狭いスペースにたむろして、酒を呷(あお)っていた。
赤い顔をして、大きな声で、時にどこの国の言葉か、というくらいすごい訛(なまり)で怒鳴っている人もいた。

小学校の頃、友だちと遊んだ帰り道に、そこの酒屋はあったから、私は毎日必ずその前を通った。
そして、通りかかるたびに「おい、坊主! これ食え!」と言って、イカの薫製や魚肉ソーセージをくれたのである。
酒臭い息を吹き掛けられたが、私には全然気にならなかった。

私は、そこで初めてイカの薫製の味を知り、ベビーチーズの味を知った。
ビールを初めて飲んだのも小学5年の夏、そこの常連のオッサンにすすめられた時だった(時効。関係ないが、『時効警察』好きでした)。

「にがい! なんだこいつ!」
と叫ぶ私をオッサンたちは、笑っていたが、その目には温かいものを感じた。
私が野球のグローブとバットを担いでいると、「おい、坊主! 有名になっても、俺のことを思い出してくれ」と言って、サンマの缶詰をまるごとくれたときもあった。

そんな思い出があるから、立ち飲み酒屋は、私にとってノスタルジーを誘う場所なのである。

先日、銀座線京橋駅近くに事務所を構えるウチダ氏に、立ち飲み酒屋に寄って行かないか、と誘ってみた。

「立ち飲み酒屋?! スタンドバーじゃないのか」
と言われて、丁寧に説明したのだが、彼には理解できなかったようである。
おまけに「なんじゃ、そりゃ! Mさん、ふざけてんのか!」
と言われた。

そして、変人を見るような目で、マジマジと見られた。
変人に見られるのは慣れているが、なぜか悲しくなった。

「いいよ! じゃあ、俺一人で寄ってくから!」

私の後ろ姿が、よほど淋しく見えたのだろうか。
優しいウチダ氏は、私の後を付いてきて、立ち飲み酒屋の隅で乾杯をしてくれた。
いいやつである。

ただ、そんなときでも、ウチダ氏は一番高い酒を飲むことだけは、忘れなかったが。

この成り上がりが!
と罵りたかったが、私の分まで勘定を払う彼の背に、後光が差すのが見えた。

私は、それを思わず拝んでいた。



2007/06/26 AM 07:07:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

銀行前のスクーター
大宮のみずほ銀行でお金を下ろそうとした。
時刻は、6月23日午後1時過ぎ。
キャッシュコーナーの自動ドアの前に、1台の自転車と1台のスクーターが入口を塞ぐようにして置いてあった。
世の中には、非常識なやつがいるものである。

みずほ銀行前の歩道には、自転車やバイクが溢れているから、置くスペースがない。
だから、キャッシュコーナーの前に置いたのだろう。
ちょっとの間だから、いいだろう。それぐらい許してくれよ。
おそらく、自転車とスクーターの持ち主は、そんな軽い気持ちで置いたに違いない。

しかし、邪魔である。
中に入れないことはないが、多少迂回をしなければならない。
鬱陶しいし、その無神経さに腹が立つ。

スクーターを動かすのは面倒臭いので、自転車を無理矢理、密集した自転車置き場に押し込んで、キャッシュコーナーの中に入ろうとした。
その時、銀行から出てきたのが、Oさんである。

Oさんは、大宮駅近くの土手町に事務所を構える同業者だ。
彼は足が短くて、声がでかくて、顔がでかくて、態度がでかい。
しかし、年は私より5歳若いデザイナーである。ただ、キャリアは20年近いから、キャリアだけなら、私より先輩だ。

「わぁー、Mさん! 久しぶりですねえ!」
物事にこだわらない、いい人なのだが、とにかく声がでかい。
人間スピーカー、と言っていいくらいだ。

「去年忘年会やらなかったから、一年半ぶりだよね。相変わらず痩せてるね。気苦労が多いんじゃないの。気楽に行こうよ。自由業なんだから、自由に生きようよ。ああ、腹減ったから、メシ食わない? 梅雨にはウナギだよ。精をつけよう。ホラホラ、なにボーッとしてんの。どうしちゃったの? 行こうよ」

これを、自動ドアの真ん前でやるのだから、肩身が狭い。
キャッシュコーナーに入ろうとしているご老人が、眉をひそめて、こちらを睨んでいる。
私は慌てて、Oさんの手を引いて、ドアの前から離れた。
そして、歩道の脇までOさんを連れて行き、「俺、ウナギ嫌いなんだ」と答えた。

Oさんは、そんな私を「信じられない」というような目で、見つめた。
「おごるからさ。行こうよ。遠慮しなくていいから」
私の肩を叩く。
そして、大きな顔を近づけて、私の目をのぞき込むのである。
私が遠慮をしているかどうか、探っている目である。

遠慮しているわけではない。私は本当にウナギが嫌いなのだ。
理由は、値段が高いから。それ以外に理由はない。
高価な食い物に、敵意を持っている。ただそれだけのことである。

「ごめん、俺ホントにウナギ駄目なんだ。悪いね」
「えー! ウナギ嫌いな人なんているんだ! 俺、はじめて見たよ。ホントに嫌いなの? 無理してない?」
「してないしてない!」
手を顔の前で大きく振って、私は何とか自分の意思を伝えようとした。

Oさんは、太い腕を組んで天を仰ぎ、考えるポーズを作った。
鼻の穴が広い。しかも、鼻毛が太い。髭が濃い。暑苦しい。
その姿は、昔の漫画の主人公「がきデカ」に似ている。
おそらく、人のいい彼のことだから、久しぶりに会った同業者に対して、何かためになることをしてやろう、と考えているに違いない。

そんな彼の姿を見ながらも、私は銀行の自動ドアの前に置かれたスクーターが気になるのである。
スクーターの存在に気が付いて5分以上たっているが、持ち主はまだ出てこないようだ。
ATMコーナーが混んでいるのか。あるいは、ATMが壊れていて、使える台数が少ないのかもしれない。
ただ、どちらにしても邪魔である。
中に入る人のほとんどが、「このスクーター、なんでこんなところに置いてあるんだ! チェッ!」という目をしている。

「話変わるけど、今度またみんなで飲もうよ」
Oさんにまた肩を叩かれた。
「Mさんとは、ここ何年か、忘年会でしか顔合わせてないけど、たまに他の連中と飲みに行っても、話が弾まないんだよね。Mさん、物知りじゃん。誰とでも話し合わせられるし、言っちゃ悪いけど、Mさんがいると便利なんだよね」

そうです。私はコンビニエンスな男です。

しかし、コンビニエンスな男は、スクーターが気になるのである。
持ち主は、まだ出てこない。
もしかして、持ち主は、銀行に用があるのではなくて、他に置くスペースがなくて、ただそこに置いただけなのではないか。
そうなると、いつ持ち主が戻ってくるか、予測が付かない。
ずっと邪魔なままである。

銀行の係員が片づける気配もない。
銀行の利用者も片づけない。
となると、俺がやるしかないか……。

「あれ、Mさん、さっきからなに気にしてんの。美人でも歩いてた? 駄目だよ、ストーカーしちゃ。あっ、でも、大宮にゃ、美人はいねえか、ハハハハ」
声がでかいから、皆が振り向いている。恥ずかしい。
(大宮を歩く女性の方、申し訳ありません。これは、「Oさん」ことオギワラが言ったことなので、責めるならオギワラを責めてください。私は全員が美人だと思っておりますので)

「いや、銀行の前に置いてあるあのスクーター、邪魔なんだよね。それが気になる」

「ああ、あれ? あれは俺のスクーター」
アッサリ言われた。

はぁ!

「邪魔だった? そうかな、邪魔かな? 置くところがなかったから、置いたんだけど、そうか、邪魔か。まいったな」

Oさんは、呟きながら銀行前まで歩いて、スクーターを転がしながら、またこちらに戻ってきた。
確かに邪魔だよね。いやあ、金おろすことしか考えてなかったから、全然気が付かなかった。でもねえ、Mさん。そんなことばっかり気にしてるから、太れないんだよ。もっと、大らかにいこうよ。ところで、何食おうか。好きな物言ってよ。何でも奢るからさ」

大らかと無神経とは、明らかに違うものだが、彼にとっては同列のようである。
面倒臭くなった。

「奢ってもらってもいいけど、巨人の話と他人の噂話は、なしだよ。それと、昔は良かったっていう話も」

「えー! それは無理だぁ!」
Oさんが天を仰ぐ。
そして、もう一度大きく「無理!」と言った。

「じゃ、またの機会に」
私は笑いをこらえながら、彼に手を振った。

50メートルほど歩いたところで、金をおろすのを忘れたことに気づいて、銀行前まで戻ったら、まだOさんがいた。
まるで通り雨でびしょ濡れになった老犬のように、悄(しょ)げた顔をしていた。
「ねえ、Mさん、ちょっとだけでいいから付き合ってよ。巨人の話はしないからさ。でも噂話はさせて欲しい。これをしないと、ストレスが溜まる」と言ってから、「お願い」と手を合わせて拝まれた。

「わかった。日高屋で生ビールとマグロの竜田揚げを奢ってくれるなら」
「お安いご用だ!」

「でも、もう店の真ん前にスクーターを置いちゃ駄目だよ」

「すみません、生ビール2杯でお見逃しを!」
「3杯!」
「よし! 商談成立!」

しかし、日高屋に入ったら、オギワラのやつ、いきなり巨人の話題を出しやがった。
これだから、無神経なやつは嫌いだよ!


2007/06/24 AM 08:21:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

車売ります
車を売ろうか、と考えている。

以前ブログに書いたが、毎年2回、3月末と9月末に6ヶ月分を支払ってもらっている会社からの支払いが、いまだにない。
冷静に考えてみて、3月末の分が支払われていないということは、9月末の分もまったく期待できないということだ。

その入金を当てにして計画を立てていたから、少々焦っている。
かといって、今すぐ生活に困ったり、家賃が払えなくなるということはない。
ただ、半年先のことを考えたら、あまり楽観的ではいられない、と思うのである。

新しい顧客を開拓するにしても、NH美術のように大口の仕事をくれる確率は低いだろう。
計画を練り直さなければいけない。

金融機関から融資を受けるという手はあるが、独立当初に一度利用して嫌な思いをしたので、二度と利用したくない。
クレジットカードは持っているが、一度しか使ったことがない。

もし、突然仕事をやめたくなったときに借金があったら、まわりに迷惑をかける。
それが怖いから、借りないようにしているのである。

我が家では、基本的に欲しいものがあったら、現金買いである。
たとえば、新しいテレビが欲しかったら、金が貯まるまで待つ。
そして、貯まったら買う。
切実に「あれが欲しい」と思っても、金を貯めている間に「あ〜、これはいらないな」と思うことがよくある。
つまり、この方式だと、衝動買いをする危険性がほとんどない。

家電製品、仕事関係のパソコン、プリンター、そして車もそうやって、金を貯めてから買った。
ただ、この方式の弱点は、突然家電製品が壊れたときに対応できないことだ。
だから、あらかじめ予測をするのである。
これは、5年使っているから、あと1年で買い換え時だ、などと予測して一年前から貯め始めるのである。
まだその家電が使えるなら、その貯金は維持しておく。無理に新しい家電に買い換えることはしない。

ほとんど、この予測は当たってきたのだが、4年前に洗濯機が予想外に早く壊れたことがあった。
私の予測では、壊れるのは2年後だったが、ある日突然動かなくなったのである。
この時は、困った。
電子レンジ用の貯金をしていたから、それを回そうかと考えたが、その時は、友人が丁度洗濯機を買い換えたので、買い換える前の洗濯機をもらったのである。

古い機種だったが、その洗濯機は、いまだに健在で、毎日力強く稼働している。
ありがとう、カネコ。

こんな暮らしをしていると、今さら融資を受けようという気にならない。
それに、売れないフリーランスに、金を貸してくれるような親切な金融機関があるとも思えないし。

だから、今現在あまり使っていないものを処分する、という「生活スリム案」を考えたのである。
そして、一番最初に思い浮かんだのが、車だった。
我が家では、あまり車を必要としていない。
私は腰痛が怖いので、ほとんど運転をしない。
ヨメも運転は下手だ。

先日、一年ぶりに車を運転しながら、「手放してもいいかな?」と、運転しながら心の中でマイカーに問いかけた。
マイカーは「いいとも!」と答えてくれた(ような気がする)。古い?

そして昨晩、家族にそのことを提案した。

「えー! 今どき車のない家なんてないでしょ。かっこわるい!」
こう言うのは、ヨメと高校2年の息子。
「別に、車がなくても生きていけるさ」
と言うのが、小学6年の娘。

2対2だ。
イーブンである。

こんなときに必要なのは、説得のテクニックである。
数字が、一番説得力を持つ。
我が家の現状を、入金状況と今現在の手持ち資金を紙に書きながら、1年後までを予測して説明した。
一見すると、それほど緊迫度はないように思われるが、これから先、今まで順調に入金があった会社のうち、1社でも入金が途絶えたらどうなるかを、シミュレーションしたリストを見せた。

それを見て、まず最初に反応があったのが娘である。
「ちょっと、やばいかな。特にこのHっていう会社。1回、入金が遅れてんじゃん! それも4ヶ月前だ。つい最近のことだよ。これ、金額大きいよ。もし、次にも同じことがあったら、秋頃にはヤバイんじゃない?」

そして、こう続けるのである。
「兄ちゃんの授業料3ヶ月分、7月に払わなきゃいけないんだろ。それに、部活の夏の合宿費用もある。来月の10日の入金を当てにしてるけど、これもHでしょ。もしもこれが遅れたら、高校の授業料払えなくなるよ。ヤバイヤバイ!」

よく見ているのである。
それに対して、ヨメと息子は、無言でリストを見るだけだ。

「まあ、これから新規の客を取り込むようにするけど、NH美術ほどの大物にはぶつからないと考えて欲しい。小さい客の数を増やすつもりではいるが、そのためには、経済的な余裕が必要だ。余裕があれば、営業もしやすくなる。俺も、しばらくは古いパソコンで我慢するから、みんなも車を諦めてくれないか」

一人ひとりの目を見ながら、私は小さく頭を下げた。
ついでに、水槽の金魚にも頭を下げた(エサが減るかもしれないから)。

「まあ、しょうがないわね」
とヨメが頷くと、息子も頷く。金魚は知らんぷりだ。
その時、娘が手を上げて、こう言ったのである。

「あのさあ、夏の旅行を早めにしようぜ。旅行に行ったあとで、車を売ろう。そうしないと、電車だと交通費がかかるだろ。旅行にいけなくなるのは嫌だからな」

ヨメと息子が感心したような顔で、娘を見ている。
金魚が目を見張っている(出目なので)。
私も拍手をしたい気分である。

まいりました。
そう言うしかない。

この娘がいる限り、我が家は安泰のようだ。


2007/06/22 AM 07:10:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

俺は刑事じゃない
久しぶりに車の運転をした。
ほぼ一年ぶりである。

私は、よほどのことがない限り、運転はしない。
腰に持病がある。
15年以上前にヘルニアを患ってから、30分以上同じ姿勢でいることができなくなった。

だから、仕事をしているときも絶えず姿勢を変えたり、時々ストレッチをしたりしている。
しかし、運転のさなかにストレッチをするわけにはいかない。
我慢するか、どこかで休憩するしかない。
ただ、状況によっては、休憩できないこともある。
以前、休憩を取れないまま運転を続けていたら、腰が固まってしまって、まったく動けなくなったことが、二度あった。
そのうち一度は、救急車を呼んだ。
人に迷惑をかけたくないので、それ以来、よほどのことがない限り運転をしなくなった。

こういう話を人にすると、「俺も腰が悪いけど、そんなことはないよ」という人が、必ずいる。
「腰が悪くても、俺は運転してるけどね」と胸を張って宣言する。
「腰が悪くて大変ですね」という発想にはならないらしい。
「俺なんか、腰が痛くても我慢して運転してるぜ」と言いたいのだろうが、私の場合、我慢した結果が救急車なのである。

誰でもそうだが、自分の尺度でしか、物事を判断できない。
私もそうである。
しかし、私の場合は「ああ、そういうこともあるだろうな」と理解を示すが、「そんなこと、ありえねえよ」と、まったく理解を示さない人も、結構多いのだ。

腰が痛くても、俺がそんなことにならないんだから、他人も絶対にそんなことにはならない。
だから、運転できないなんて、おかしい。
そんな信念に凝り固まっているようである。

私は右目が弱視である。
裸眼では、0.01以下の視力しかない。
コンタクトをつけても、0.7には届かない。

そして、こういう話をしても、「俺も弱視でおまけに乱視だけど、眼鏡をかければ見えるよ。普通に運転してるよ」という人がいる。
私がコンタクトをつけて、さらに眼鏡もつけて運転している、と言うと「えー、ありえないでしょ!」と大袈裟に首を振る。

さらに、私が突発性難聴の後遺症で、右耳がほとんど聞こえず、運転中は補聴器をつけている、と言うと、「耳が悪かったら、運転なんかできないでしょ。普通は事故るよ」と言う。
この手の人間と話をしていると、ストレスが溜まる。

「自分がこうだから、他人も絶対にこうである」という思い込みを他人に押し付ける人は、どんな頭の構造をしているのだろうか。
人間は、自分の経験から物事を判断する生き物だが、優秀な想像力も持っているはずである。
外人は個人主義、とはよく言われることだが、大学時代、何人かの外国人と接した経験で言わせてもらうなら、彼らは他人を認めた上で、自己を貫いている。
自分だけを尊重することはない。同じ比率で、他人も尊重するのである。

自己がある程度確立されていたら、人を思いやる心も生まれる。
他人と自分の違いを認める度量の広さも培われる。

だが、最近は年齢を重ねた人でも、自己が肥大しすぎて、他人を受け入れる度量が薄っぺらになっている人が多い。
自分の感情だけがブヨブヨと太って、人を思いやる心をダイエットしている人が多くなった。

昨日、腰に負担をかけないように、30分おきにファストフード店かコンビニに入った。
いちいち、補聴器を外すのは面倒なので、付けたままコーヒーを飲んでいた。
その私の右耳を無遠慮に見つめる人が多い。
10代から60代までの男女。不躾(ぶしつけ)、とも言える視線を、彼らは投げかける。

ロッテリアでの出来事である。
女性が、いきなり私の横に立って、「あのー」と言った。
見上げると、50歳くらいの「いま美容院に行って来ました」という髪型をした女性が、私を見下ろしていた。
その女性が、ガラガラ声でこう言うのである。

「あのー、張り込みですか」
「は?」
私は、口紅を塗りたくった大きな口を見つめた。

「刑事さんですよね」
声が耳障りなほど、野太い。
店内の客のほとんどが、私たちの方を見ている気配がある。
ため息が出る。
その後に続いた口紅オバさんの言葉を聞いて、ため息はさらに大きくなった。

「だって、刑事さんって、張り込みの時はイヤホン付けてるじゃないですか」
これはイヤホンじゃなくて、補聴器!
まあ、思い込みの激しい人に、そんなことを言っても無駄でしょうけどね。
それに、張り込み中にそう聞かれて、「はい、私は刑事です」と答える刑事がいるとでも思っているのだろうか。

面倒臭いので、黙っていた。
この場合、黙秘は肯定と取られるかもしれないと思ったが、声を出す気にもならないので、黙ってコーヒーを飲んだ。

口紅オバさんは、大きく頷きながら、自分のテーブルに戻った。
そして、彼女はもう一人の口紅オバさんに向かって、ヒソヒソとなにやら告げていた。
そこでヒソヒソするのなら、こちらに問いかけるときも、ヒソヒソ話して欲しかったのだが…。

次のブレイクタイムでは、ローソンで缶コーヒーを買って、駐車場の隅で飲んでいた。
すると、20代前半と思われるサラリーマンが二人、私の近くに寄ってきたのである。
「これ、覆面車ですか」
ここにも、勘違いバカがいた。

こいつらも、私の補聴器をイヤホンと勘違いして、刑事と間違えたのだろう。
お前ら、刑事ドラマの見過ぎだよ!
こんなお人好しの顔をした刑事がいるか?
犯人を全員逃がしてしまうではないか。
日本国警察の威信はどうなる!

そして、そのあとで、もう一人寄ってきたのがいるのである。
洗練された着こなしの30歳前後の美人である。
伊東美咲、ほどではないが、モデルでも通用する雰囲気を持ったひとである。
美人が近づいてきたら、誰でも何かを期待する。
自然と顔がニヤける。

美人は、こちらの顔を真っ直ぐに見た。
薄茶色の瞳に、アホ面の男が映っている。
口元も形が良くて、品がある。
その口が動いた。

「あのぉ、どこの警察の方ですか。私、ちょっと警察に用があるんですけど」
ガッカリである。

「いや、私は警察関係ではありませんので、わかりません」
「え、うそ!」
大きな目がさらに大きくなった。
そして、途端に険しい顔になった。

「なに? 違うの! なんだ、紛らわしいわね!」
小さく舌打ちをして、私に背を向けた。

おいおい、勝手に間違えておいて、なんだその言い草は!

逮捕するぞ!


2007/06/20 AM 07:05:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

八万円
高校2年の息子が修学旅行で、沖縄に行っている。
沖縄はまだ梅雨が明けていないようだが、修学旅行期間中だけでも、晴れてくれることを祈る。
そして、息子が真っ黒になって帰ってくることを望む。

修学旅行、といって私が思い出すこと…。
6年か7年前の苦い思い出。

10月の初めだったと思う。
夜10時過ぎに、同業者のシマから電話がかかってきた。
「今すかいらーくにいるんですが、出てこられますか?」
シマに常識を求めるのは無理な相談である。言っても無駄だ。だから、出かけた。

シマは、私の姿を認めると、席から立ち上がって、深く頭を下げた。
「お忙しいところを、まことに申し訳ありません」
身体全体から、誠意が滲み出ている。
演技にしても、大したものだと思う。感動する。

シマとは、懇意の印刷会社社長の紹介で知り合った。
初めて会ったとき、なんて礼儀正しく爽やかな人なんだ、と感心した。
シマは、量販店と、その量販店系列の酒屋のチラシを請け負っていた。
彼の仕事はそれだけである。
一社だけでやっていけますか、と問うと「毎週広告を打っていますから、忙しくて忙しくて」と白い歯を見せて笑っていた。
爽やかである。

彼の仕事場は1DKの分譲マンション。自宅も与野駅近くの豪華な造りの一軒家だった。
つまり、儲かっているのである。
爽やかな外見と人当たりの良さ。第一印象は、申し分ない。
誠実さが滲み出た姿勢は、大変好感が持てる。

ただ、彼の能力には疑問符が付く。
彼が作るチラシは、どれもお粗末だし、ホームページに至っては、素人以下である。
夜遅く、シマからよく電話がかかってきた。
HTMLJavaScriptのことを質問してくるのである。
「ホームページがうまく動かない、表示されない」という内容がほとんどで、考えなくてもわかることばかりだったが、彼の電話の態度が心地よいので、どんなに夜遅くても丁寧に応対した。

なんて、いいやつなんだろう、と思っていた。
しかし、その印象は、彼の仕事を受けてから一変した。

シマから、量販店の幟(のぼり)のデザインをやって欲しいのですが、と依頼を受けて、承諾した。
しかし、打ち合わせにいった彼の仕事場で、シマの態度が見事なくらい変わったのである。
仕事を出す側に回ったら、途端に横柄になった。

そのとき、6、7月限定の幟なので季節のイラストを小さくあしらって欲しい、と言われた。
そこで、「紫陽花(あじさい)はどうですか」と私が言うと、「ああ、いいね。季節を感じるね」とシマが答えた。
しかし、次に会ったときはこう言うのである。

「駄目だよ駄目! 紫陽花なんてありふれていて、全然面白くないよ。もっと、真剣に考えてよ!」
自分が「いいね」と言ったことは忘れて、私を責めるのである。
きっとクライアントに、けなされたのだろう。

何だこの野郎、という気持ちを隠して、「青空と雲を散りばめますか」と私が言うと、「ああ、いいね」とまたシマは言うのである。
しかし、次に会ったときは「青空と雲じゃ、良くわかんねえ! それで夏だと思うか!」とけなすのだ。

結局、4回目のデザインをクライアントに気に入ってもらって、その仕事はなんとか終わった。
しかし、私の心は完全にシマから離れていった。

その後も、シマからHTMLなどの質問を受けた。
シマは横柄な口調そのままで質問をしてきた。
一度でも仕事を出すと、たとえ、HTMLを教えたとしても、下請け扱いになるようである。
たいして難しい質問ではなかったので、適当に答えて、すぐに電話を切った。

その後も何度か幟のデザインを頼まれたが、私は「悪いね、今忙しいんだ」と言って断った。
一生お前の仕事なんかやんねえよ! と思いながら。

普通は何度も断られたら、「ああ、避けられてるな」と思うものだが、シマは構わずに何度も電話をしてきた。
すごいやつだ、と毎回感心しながら、私は毎回断っていた。

そして、すかいらーくに突然呼ばれたのである。

「Mさん、いつもお世話になっています。わざわざ来ていただいたんですから、今回は私の奢りです。好きなものを頼んでください」
ビールのジョッキを頼んだ。

シマは、いきなり「娘が、明後日から修学旅行なんですよ」と話を切りだした。
「ほぉー、どちらに?」
「ハワイです。最近の高校は修学旅行も豪勢ですね。まいりますよ」
シマは、にこやかな笑顔を作って、紅茶を飲んだ。

そして、いきなり頭を下げるのである。
「すみません。Mさんにしかお願いできないんです」
そう言いながら、頭を下げ続けて固まっている。
誠実さのオーラが、身体全体から滲み出している。あの横柄な姿は、どこにもない。
見事なほど、「いい人間」になっている。
主演男優賞ものの演技だ。

演技だとわかっていても、ここまで誠実さを出されたら、恐縮するしかない。
「なんですか。頭を上げてくださいよ」

シマは、私の目を控えめに見つめて、もう一度小さく頭を下げた。
「10万円貸していただけませんか」
そして、背筋を伸ばして、口を強く結び、またテーブルにくっつくほど頭を下げるのである。
まわりの客がそれを見つめている。
恥ずかしくて、汗が出る。

そして、頭を下げたまま、シマが言うのだ。
「娘の修学旅行に金がかかるんですが、私のところは、今度手形が落ちなかったら、危ないんですよ。何とか資金の目途はついたのですが、子どもの旅行の支度までは手が回らなかったんです。そこで、無理を承知で、Mさんにお願いをいたします。来月には必ずお返しいたしますので」

私は考えた。
今も昔も、私は貧乏である。
10万円なんて大金はない。
ヨメに頼めば都合してくれるかもしれないが、あとが怖い。
もしシマが返してくれなかったら、明らかに修羅場になる。
だから、ヨメは期待できない。

しかし、私には、新しい原付バイクを買おうと思って、3度のメシを2.5回に減らし、ビールを発泡酒に変えるという涙ぐましい努力をして貯めた8万円のへそくりがあった。
古い原付は、もう少し我慢して使えば乗れないことはない。
8万円なら、何とかなる。

そこで、こう言った。
「無理ですよ、10万円なんて」
それを聞いて、シマは「そうですか」と、悄然と肩を落とした。

「しかし、8万なら、お貸ししてもいいですよ」
シマの目が輝いた。
また両手をテーブルについて、頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
舞台の主役は、完全に彼のものである。
嘘だとわかっていても、その演技に惹き込まれる。
私は、その姿を見ながら、一息でジョッキを飲み干した。
彼に言いたいことは沢山あったが、それはビールの泡とともに飲み込んだ。

彼の車に乗って、私は自宅に戻り、8万円を封筒に入れた。
「サヨナラ、原チャリ」と呟きながら。

外で待っていたシマに封筒を渡した。
シマは、それを押し頂きながら、手回し良くモバイルプリンターで打ち出した借用証を私にくれた。
そこで私は、誰もが言うようなありきたりなことを言うのである。

「余裕のあるときに返してください。無理しなくていいですから」
シマは、それを聞いて泣きそうな顔をして頭を下げた。
私が「じゃあ」と言って背を向けても、彼は頭を下げ続けていた。
建物のかどを曲がるとき振り向いたが、頭を下げ続けているシマの姿が見えた。

たいしたものである。感動する。

しかし、それを最後に、シマからの音信は途絶えた。
何の音沙汰もない。
私からも連絡はしない。連絡をするつもりもない。

金を貸した時点で、私の負けである。
8万円は私にとって、とてつもない大金だが、シマの演技に対しての対価だと思えばいい。
そう思わないと、つらくなる。

突然息子の話になるが、彼はよく友だちにゲームソフトを貸している。
それを見て私は、毎回のことだが「貸した以上は、返ってこないと思った方がいいぞ。貸すということは、覚悟のいることなんだよ。簡単に考えてはいけない」と息子に言っている。

そして、ゲームソフトは、返ってこない。
息子は、泣くが、それでもまた次に貸すのである。
そして、泣く。

だが私は、息子のそんな性格が好きである。
借りたものを返さないで平然としている奴らより、彼は真っ当で綺麗な心を持っている。
それは、いいことだと思う。

話変わって、小学6年の娘は最近伝染病にかかっている。
WIIが欲しい! 904iが欲しい」という伝染病である。
時に、「欲しいよー! ウォー!」と叫んだりもする。

この伝染病に効くワクチンが二つある。
「諦めるワクチン(0円)」「買ってやるワクチン(6万円)」である。

しかし、貧乏な我が家は、「諦めるワクチン」しか買うことができない。
「ウォー!」と娘が叫ぶ。
その叫び声を聞きながら、私は「ハ・チ・マ・ン・エ・ン!」と歯ぎしりをするのである。

そして、父娘揃って、「ウォー!」と叫ぶのだ。
悲しいほど切実な叫びだ。

誰か、この哀れな父娘に、「買ってやるワクチン」をください。


2007/06/18 AM 07:20:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

独立は大変だよ
昨日、知人から、「独立したいんですが」という相談を受けた。

相談は受けたが、あまりうまい返事ができなかった。
誠実な答えとはほど遠いことを言ってしまったのではないか。
それを今、猛烈に反省している。

相談者のI君には、5年半ほど前、MacとWindowsの操作を教えたことがある。
I君は、飲み込みの早いひとで、操作はすぐに覚えた。
そして、その日のうちに、簡単なデザイン理論まで教えることになった。

彼はフォトショップに強い興味を示したので、フォトショップを重点的に教えた。
そして、一週間後に次のステップを教えることになったのだが、すでに彼は私が教えようとしているステップの数歩先を予習していて、私を驚かせたのである。

彼はまた、4回の講義で、私と同レベルのフォトショップ使いになるという恐るべき進歩を見せた男でもあった。
彼に教えることがなくなった私は、丁度写真の切り抜きの仕事を大量に抱えていたので、それをI君に丸投げした。

I君は、期待以上の早さと技術でそれを仕上げてくれた。
それから、彼は明治大学を卒業するまで、私の仕事をたまに手伝ってくれた。
真面目で根気よい性格の彼は、仕事のパートナーとしては、最適だった。

彼の誠実さと能力があれば、どこでもやっていけると思ったが、ただ一つだけ、心配なところがあった。
ひどく落ち込みやすいのである。
人に叱られるのを病的なほど怖がるのだ。

私は、人にものを教えるときは、絶対に怒らない。
相手が間違ったとしても、いつも同じトーンで話すように心がけている。
しかし、I君は、私のほんの僅かな声のトーンの違いを感じ取って、可哀想なほど落ち込んでしまうのである。

たとえば私が、こう言ったとする。
「この箇所だけは、絶対にいじらないで欲しかったんだ。全体のイメージが変わってしまうからね。悪いね、ここだけもう一度、やり直してくれないかな」

彼は私にこう言われただけで、体を固くして下を向くのである。
そして、場合によっては、5分ぐらい固まったままでいることもあった。
その姿は痛々しく、時に呆れるほどマイナスオーラを発散しているように見えた。

大学を卒業して、I君は病院の事務員になった。
彼は母親思いの男だった。
彼の母親が難病で、大学病院に入退院を繰り返していたため、母親の様子がいつも見られるようにと、その病院に勤めたのである。
しかし、残念なことに、彼の母親は今年の4月に他界した。

彼は、4年間病院に勤めたが、もう自分がこの病院で働く意味を見つけられない、と言って、私に相談に来たのである。
病院の仕事を定期的にもらえそうなので、独立したい、と。

そこで、M氏曰く、

君は、技術的にも感性の上でも、俺よりワンランク上だと思う。
若いし、真面目だ。集中力も体力もある。
しかし、だからと言って、独立してやっていけるかどうかは、俺にはわからない。

砂糖菓子のように脆(もろ)い君の性格は、フリーランスには向いていないように思える。
しかし、それを技術と人間関係でカバーすることはできる。
それは、君次第だ。
だから、独立すべきかどうか、俺に聞かれても困る。

俺のことを話そう。
俺は、お気楽でいつも適当な生き方をしているが、一つだけ頭から離れないことがある。
それは「フリーランスは、仕事がなければ、無職だ」ということだ。

その思いが、頭の隅にいつも居座って、俺はどんなときでも本当の意味で安らいだことがない。
何をしていても、一部分だけが醒めているのだ。
この部分だけは、絶対に酔っぱらわない場所だ。
こんなやすらぎのない暮らしは、これから先もずっと続くだろう。

君は、それに耐えられるのか。君にその覚悟はあるか。
ある、と言うなら独立すればいいし、ないのなら独立すべきではない。
悪いが、俺には、それしか言えない。


居酒屋「魚民」の一角で、こんな程度の低いアドバイスしかできない私を、I君は真剣な目で見つめて、口を真一文字に結びながら、私の言葉に頷いていた。

自分の言葉に照れる。
真面目なI君の顔が、気恥ずかしい。

この空気はリセットすべきだ。
私は、こういう雰囲気が苦手である。
だから、こう言った。

BONNIE PINKの『Water Me』を聞いたときに、魚民を思い出しちゃってね。君と今度飲むときは、絶対ここにしようと思ってたんだ。君、BONNIE PINKのファンだったろ。Water Me、いい曲だよね。魚民、いい店だよね」

「?」

「魚民と同じ系列で『笑笑』って居酒屋があるの知ってる? 英語でWaterのこと『ワラ』って発音するだろ。だから、『笑笑』は英語で言えば、WaterWater(わらわら)。ハハハ、魚民と笑笑は、Waterつながりなんだよ。知ってた?」

「?」

I君は、確実に「こんなやつに相談するんじゃなかった!」という顔をしていた。



2007/06/16 AM 06:55:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

言いがかり
こういうことは、続くものらしい。
昨年は、母が三度手術をした。

今年に入って、同業者が目の手術をした。
20年の付き合いになる友人が、大腸の手術をした。
得意先の担当者が、交通事故で入院した。
先月は、友人の奥さんが、階段から落ちて鎖骨と肋骨を折って、入院した。

そして、今回、イラストレーター・イナバが、高熱が一週間続いて、入院した。
いまは検査の過程だから、高熱の原因はわからない。
その高熱がどこから来ているか、探っている状況らしい。

昨日、ついでがあったので、中央線沿線にある病院に、イナバのお見舞いに行った。
ありきたりだが、花を買ってお見舞いに持っていったが、イナバは挨拶ぬきで、私の顔を見ると「おにぎりが食いてえ!」と叫んだのである。

病院のメシが、殺人的にまずいらしいのだ。
しかし、奥さんは「我慢しなさい」と言うだけだから、大喧嘩になったらしい。
そして、私が来る前に、愛する奥さんが怒って帰ってしまった、と泣くイナバ。

イナバが土下座して頼むので、私はコンビニを探して、おにぎりを買うことにした。
イナバのリクエスト通り、たらこ、シーチキンマヨネーズ、高菜おにぎりと生茶を買って、レジに並んだ。
店はすいていた。客は、ひとり。
私の前に185センチ以上はあると思われる大男が、金を払っているところだった。

「はい、4901円のおつりです」
99円のものを買ったようである。
その時、怒声が聞こえた。ドスの利いた声である。

「おい、俺は一万円札を出したんだぜ! これはおかしいだろう!」
肩をいからせ、仁王立ちをしている。顔はどんな表情をしているかわからない。
鬼のような顔かもしれない。
しかし、店員の方を見ると、あまり動じた気配がない。
度胸のある人のようだ。

店員はレジの端を指さして、「お客様が出されたのは、これでございますが」と軽く頭を下げながら言った。
レジの端にマグネットで固定された樋口一葉があった。
高額紙幣は、すぐにレジに入れないで、そこに置いておくようである。

「ふざけるな! 俺が出したのは一万円だ。誤魔化そうとしても駄目だ! レジの中を見てみろ! 一万円札が入っているはずだ」
大男の声は、さらに大きくなっている。大変うるさい。

しかし、それでも、その店員は慌てず騒がず、レジを大きく開くのである。
「どうぞ、ご覧ください」と、品のいい笑みまで浮かべている。
私もレジを覗いてみたが、お札と言えるものは、五千円札と千円札しかなかった。
まさか、儲かっていないコンビニ? と思ったが、そんなことはないだろう。
おそらく、一万円札はどこか他に格納する仕組みになっているのではないだろうか。

大男は、それを見て、突然「ははは」と笑った。
「ああ、勘違い勘違い、そうだ! 五千円だったな。確かに俺が出したのは、五千円だったよ」
変わり身の早いやつである。

そして、「悪かったな」と大声で吠えて、大またで出ていった。
店員は、何ごともなかったように、私に「いらっしゃいませ」と微笑みかけた。
たいしたものである。
ボクシングで言えば、ごっついボディブローを決めたが、顔色を変えずに相手のダメージをはかっているような感じか(?)。

「ああいうことは、しょっちゅうあるの?」
と聞くと、「あまりないですけど、たまにあります」と苦笑いをしながら答えた。
コンビニも大変だな。

病院に帰って、イナバにその話をすると、イナバはものすごい勢いでおにぎりを頬張りながら、「最近は、油断がならねえ!」と憤るのである。
そして、備え付けのテーブルに置いてあったノートPCを、ごはん粒が付いた手で開いた。

「俺がいま直面している原因不明の高熱の問題を、インターネットで検索してたんだよ」
とイナバは言うのである。

その検索の過程で、彼が主治医にしている医院のことが、ある掲示板に書いてあったのを見つけたそうだ。
その掲示板は、医者の評判を書き込むものだという。そして、お決まりのことだが、ほとんどが悪意に満ちた意見ばかりが書き込まれているらしい。

イナバは、「ここを読んでみろ」と、画面を指さした。

読んでみると、「X医院は下手くそで、何かと問題のある医者である。セクハラまがいのこともしている。あんな男に医師の資格を与えてもいいのか」というのが大まかな内容である。

たいして珍しくもない、ありがちな投稿である。
これの、どこがおかしいのだろうか。
私は、イナバに「これがどうした?」と、当然の疑問を口にした。

「これはな、大嘘なんだよ」と、イナバは憤慨する。
口の両側には、ごはん粒が6粒ついていた。

X医院は、女医が医院長で、他に一人医者がいるが、その人も女医だと言う。
「ただ、医院長の名前が、男に間違えられやすい名前なんだな」
つまり、掲示板に投稿した人は、X医院の存在は知っているが、自分がかかったことはないから、医院長の名前だけを見て、勝手に男だと判断したのだろう、とイナバは推理したのである。

投稿の主は、掲示板に参加したくて、自分の近くにある医院の評判を書き込んだが、それは彼の作り話だったということだ。
「俺も嫁さんも子どもも、この医院にお世話になっているが、いままで一度も男の医者にあったことはない。わかるだろ? 世の中には、こんな嘘やはったりが溢れてるんだ」

イナバは、高熱のせいか、あるいは興奮したせいか、赤い顔をしながら、憤慨していた。
「Mさんが言うコンビニの客も、程度の低いクレーマー、そして、この投稿の主も架空のクレーマーだ。実体のない世界で生きているクズだ!」

さらに、イナバの憤慨は、おさまらない。
「俺のホームページ経由で、仕事の依頼が来るが、3分の1、いや、最近は半分は冷やかしだな。メールに書いてあった電話番号に電話しても、でたらめだ。この2年ほど、そんな冷やかしが増えてきた。年に20件くらいはあるかな。もう俺は、人にモラルを期待しなくなってきたよ」
そして、「まったく!」と言いながら、ノートPCを閉じた。

そんなイナバを見て、私は思わず、こう言ったのである。
「そうか、そんなにすごいのか。お前、儲かってるんだな。そんなに問い合わせがあるのか。すごいなあ。たいしたもんだ!」

それを聞いて、イナバは、蔑(さげす)みの目線を私に向けながら、こう言った。
「おいおい、そっちかよ!」



2007/06/14 AM 07:15:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

給食費
給食費、払ってますか?

最近は、給食費を滞納する家庭が増えているという。
一人だけならたいした額ではないが、まとまると数億、数十億になるらしい。
しかしここでは、「払わない親は、けしからん」という話をするつもりはない。

家庭環境は、一様ではない。
それぞれ事情がある。
余裕があるのに払わない。あるいは、外車に乗っているくせに払っていない。
そんな非常識な親もいると言われているが、確証があるわけではない。
不確かな情報源をもとに、話をしても意味はない。

だから、これについて、私が経験した学校側の対応を述べようと思う。
娘の通う小学校では、今年から、給食費の銀行引き落としをやめて、手集金にすることになった。
引き落としでは、払わない家庭があっても、まわりにはわからない。
だが、手集金ということにすれば、給食費を持ってこない子はすぐわかるから、恥ずかしくなって払うだろう、というのが学校側の目論見である。

効果はあるだろうが、それは、給食費を払わない家庭イコール悪、という単純な発想から生まれている気がする。
苦肉の策だが、どこかずれている感がある。

もし、事情があってどうしても払えない親がいたら、「恥ずかしさ」を強制することにならないか。
給食費くらい払えるだろう、というのは、傲慢な考え方である。
給食費すら払えない、という発想は、組織の画一的な頭脳では、浮かんでこないのか。

システムを変えても、それでも払わない親がいたら、どうする?
その策は、そのあたりまでの展望を持った上での策なのか。
どうやら、それが違うようなのである。

私のヨメは、PTAの役員をしている。
先日、役員を前にして、校長は言ったそうである。
「もし、払わない家庭が相当数あった場合は、給食のおかずを減らすことも考えています」

それを聞いて、ヨメは、聞き違いをしたのかと思った。
真面目に給食費を払っているのに、全員の給食のグレードを落とす?
それは、勘違いをしていないか。
真面目に払っている人間が、なぜ割を食う?

「払っていない子に、給食を出さないわけにはいきませんので」
それはそうだが、確実にその理論は、安易に連帯責任だけを拠り所にしている。
学校側は「魔女狩り」をしたいのだが、道義上できないので、全体で責任を取ってもらいましょう。
つまり、そういうことらしいのだ。
この場合、連帯責任というのは、一番楽な方法であるが、給食費を払っている人に対して、まったく根拠を持たない方法である。

税金を払っていない人がいるので、この地域の人は、道路の使用を制限します、道路の灯りも消します、と言っているようなものだ。
逆に、「給食費が赤字なので、職員の給料を減らさざるを得ません」と言われたら、職員らはどんな反応を示すだろうか。
おそらく、馬鹿げている! 横暴だ! と騒ぎ立てることだろう。
それと同じことなのである。
ただ、職員たちの給料は、法律で守られているだけだ。
つまり、こんな短絡的な説明は、ただの暴論で、一方的な通達に過ぎない。

そして、追い打ちをかけるように、校長はこう言うのである。
「引き落としのときは、学校側がしていましたが、手集金の場合は、役員の方に作業をお願いします。事務が一人なので、手が回りませんので」

これを聞いて、役員全員の眉が吊り上がったという。
引き落としは学校側がやったというが、それは銀行がやったのではないか。
学校は、銀行から回ってくるリストを、チェックするだけで済んだはずである。
威張るほどの仕事ではない。一日もかからないだろう。

それに、手が回らないと言ったって、それをするのが事務の仕事だ。
そのために給料をもらっているのではないか。
給食費の管理をPTAに押し付けて、事務員は何をするつもりなのだ。
空いた時間に、温泉にでも行くつもりか。

「それが本当なら、我が家も給食費を払うのをやめようか」
私がそう言うと、ヨメは「他の役員のご主人もそう言う人が多いらしいわよ」と険しい顔をする。

余裕があるのに、給食費を払わない親は、非難されるべきである。
しかし、短絡的な思考しか持たない、学校という組織も、非難すべきところは沢山ある。
真面目に費用を負担している都合のいい親に、すべてのしわ寄せを持っていく。
給食費を払わないひとがいる、という現象だけに反応して、都合のいい親だけを踏みつけにして平然としている学校という組織。

まるで、自校の事務員を使うように、都合よくPTAを使うというのは、あまりにも横暴であり、まるで独裁者のようである。
おそらく学校側は、PTAの役員、という意味を勘違いしている。
使い捨ての100円ライター程度にしか、思っていないのではないか。

PTAの役員は、学校側に使われるためにいるのではない。
学校と生徒の橋渡しをするためにいるのである。
そのためには、上意下達ではなく、形だけでない議論の場が必要である。

え! 本当! そうなの?
知らなかった!
PTAって、ただの都合のいい道具じゃなかったの!


そして……
だって、払わない人が悪いんだもん!
学校は、悪くないもん!
だから、みんなに責任を取ってもらうんだもん!

(校長の本心を言ってみました)

きっと、素晴らしい人格教育を受けて、お偉くなったのだろう。
うらやましい人種である。

非常識な親がいて、非常識な教師、非常識な校長がいる。
そして、こんな偉そうなことをブログに書く、売れないデザイナーがいる。

主旨とは外れるが、あまりにも自分勝手な言い分を聞かされたので、ここでひとこと自分勝手なことを言わせていただきたい。

NH美術、早く売掛金を払え!
給食費が払えなくなるじゃないか!


変なオチで、まことに申し訳ありません。


2007/06/12 AM 07:24:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

マツモト? 誰?
暇になったので、得意先にご機嫌伺いに行ってきた。

その会社は、2年前まではよく仕事をくれたが、昨年はゴールデンウィーク開けに一度仕事をくれただけだった。
今年もゴールデンウィーク開けに仕事をくれるかも、と期待したが、いまに至るまで音沙汰がない。
だから、出かけたのである。

「あれ、Mさん、仕事出してましたっけ?」
部長のT氏が、私の姿を見ると立ち上がって、近づいてきた。
「呼ばれてはいませんが、仕事の催促に…」と言うと、T氏は大きく突き出た腹をさすりながら、あたりを見回した。

この会社は、社員の移り変わりが激しい。
一年に、平均して5〜10人の社員が入れ替わる。
今回も、私の知らない社員が4人いた。
T部長は、 「エイジ! イベントのプレゼン用の資料、まだできてねえだろ! あれ、Mさんにやってもらおうぜ」と、豊かなバリトンで発声した。
エイジ、と呼ばれた人も、私の知らない顔である。

「あのぉ、資料を揃えるまで、一時間かかりますが…」
すねるような顔をして、エイジさんが言う。
それに対して、T部長は、「22分で揃えろ!」と言った。
「22分? 何ですか、それ!」
エイジさんが、眉をつり上げる。

しかし、T部長は、笑いながら私に向かってウインクをするのである。
これは、私とT部長がお遊びでよくやる会話なのだ。

「Mさん、初稿はいつごろ上がりますかね?」
「そうですね、16日の午後3時19分ですね」
「いや、16日の2時51分で、お願いします」

昔は、そんな意味のない会話をしたものだ。
T部長は、それを思い出したようである。
いかにも頭の悪い会話である。

資料が揃う間、T部長と部下3人で世間話をした。
この会社は、イベントの企画、CMの制作や、最近ではガーデニングのプロデュースまでやっている。

話の中で、セコムのCMの話題が出た。
それは、先頃話題になったココセコムのもので「動物を悪として描いている」と物議を醸したものである。
そのCMは、クレームを受けて、いま現在放映が中止されている。
これについて、同じようにCM制作に携わるT部長らは、セコム側に批判的な意見を述べていた。

CMの内容が、「無神経である」というご意見である。
CMは、あらゆる人が見るのだから、あらゆる人に最大限の気を配らなければいけない、と言うのだ。
それに対して、私は「そうでしょうか」と反論した。

誰も、電柱工事の関係者が獣に変身するとは思っていない。どんなに想像力の豊かな人でも、そんなことは思わない。
だいいち、あんな真っ暗な中、電柱工事などしていないし……。
それに、警鐘を鳴らすには、ある程度インパクトのある表現の方が、説得力があるのではないだろうか。あの程度の表現なら、許されるのではないか。
あのCM中止は、いったい誰に遠慮したのだろう。
電柱工事関係者? 夜中に道を歩いている男? それとも、動物?


そんなことを言ったら、T部長とその部下は、私の顔をマジマジと見た。
「Mさん、それ、本気で言ってるの?」
雲行きが怪しくなったので、話題を無理矢理変えた。

T部長が好きな藤原紀香の話題を振ったのだが、T部長の機嫌は余計悪くなったようである。
気まずい空気が充満しているときに、エイジさんが資料を抱えて、応接室に入ってきた。
「すんません。26分かかってしまいましたぁ!」

仕事の打ち合わせを19分で終えて、私はその会社を後にした。

会社を出て駐車場を斜めに横切っているとき、キクチが歩いてくるのが見えた。
思い出した。
この会社は、唯一、私とキクチの共通の得意先だったのだ。
心の中で、舌打ちをする。

キクチのことは、昨年の10月13日のブログに書いた。
これを読めば、私がキクチを毛嫌いする理由がおわかりいただけると思う。

キクチは私の姿を認めたようだが、私は無視した。
彼との距離はおよそ3メートル13センチ。
私は、キクチの目の前を黙って通り過ぎた。

「マツモトさん!」
キクチが声をかけたが、やはり無視した。
だいいち、俺は「マツモト」じゃないし。

しかし、キクチなら、わざと人の名前を間違えることはあり得る。
唾を吐きたい気分である。
無視した。

すると、キクチは早足で私に近づいて、私の左腕をとるのである。
「マツモトさん、俺だよ、俺!」
私はマツモトではないし、「俺」なんてやつも知らない。

私はキクチに一瞥をくれただけで、彼の手を振りきって歩き出した。
すると、今度はキクチは私の肩を強く掴むのである。
「マツモトよぉ〜!」

私は素早く振り向いて、得意の右フックをお見舞いしようとしたが、この手の男は、殴ると後がうるさい。
だから、一度深呼吸してから、向き直ったあと、私の左肩を掴んだキクチの手をそっと引き剥がした。
そして、彼の目を見つめながら、スーツ内側のポケットから名刺をとりだした。

吊り上がったキクチの目を見る。
細い目の奥に、表現しがたい卑しい光がある。
その目を睨んで、私は名刺を彼の顔の前に持っていった。

「人違いのようですね。私はこういうものです」
キクチは、無表情に名刺を見ていたが、卑しい光の奥に「しまった!」の文字が見えた。

私は、握りしめたこぶしをキクチの目の前に突き出した。
キクチは一瞬目をつぶって、私のこぶしをよけた。

キクチが目を開けたとき、卑しい目の奥に怒りが見えたが、私は体の奥から絞り出すような声で彼に言った。

「マツモトって、誰だよ!」
私は、もう一度キクチを睨んだ。
キクチは、私の剣幕に臆したようである。

それを見届けてから、私は彼に背を向けた。
キクチは、今度は追いかけてこなかった。

名前を間違って呼ばれただけで、これだけ怒る私は相当な変人だが、反省はしない。
だから、ここで、もう一度言わせてもらう。

さよなら、キクチ。


2007/06/10 AM 08:00:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

携帯電話はまだ持っていない
携帯電話を持っていないと、まれに不便なことがある。

どうしても必要なときは、娘の携帯電話を借りることがあるが、携帯ストラップはスティッチピンクパンサーだし、待ち受け画面は大塚愛だ。
着メロは、「ひと恋めぐり」!
これは嬉しいが、突然鳴るとビックリする。照れる。

だから、よほどのことがない限り、借りることはない。
昨日、新宿御苑近くの得意先に8ヶ月ぶりに行って、仕事の打ち合わせをした。

夜9時前、打ち合わせを終えて、埼京線のホームを目指して、わき目もふらずにJR新宿駅の構内を歩いていたときのことである。
「おい、マツ!」と呼ばれた。

「マツ」と呼ぶのは、たいていは、高校か大学時代の友人である。
いろいろな男の顔が浮かんだが、考えている間に本人の顔が私の視界に現れた。
サトウだった。

高校2年のときの同級生である。
大学も同じだったが、彼は教育学科、私は法学部だった。
サトウは役者志望だった。
劇団に入っていたこともあったし、遊園地の怪獣ショーでヌイグルミを着て、子どもたちにボコボコに殴られていたこともあった。

卒業後も演劇を続けていたが、卒業して4年後に、突然我々の前から消えた。
サトウは皆の心配をよそに、消えてから半年後に姿を現して、「悪い悪い」と頭を下げた。
サトウの隣には、小柄だが陶器のように美しい肌をした、エキゾチックな容姿を持つ女性がいた。
「こいつ、俺の奥さん」
9歳年下だという。なんと、18歳!
いったい、どんな手品を使ったんだ。
そして、差し出された名刺には、彼の新しい名字が印刷されていた。

名刺の名字は、「カタオカ」となっていた。
近畿地方で代々続く造り酒屋の家の養子になったのだという。
逆玉、というやつだろう。
サトウは、汚い大学時代とはうって変わって、高そうなスーツを身につけ、ブレスレットをジャラジャラさせながら、「エヘッ!」と笑った。

しかし、我々は今でも彼のことを「サトウ」と呼んでいる。
その方が、「大学時代に気持ちが戻れる」と、彼がそう望んでいるからである。

「おい、何度も自宅に電話したんだぜ。おまえ、全然連絡取れねえな。携帯、なんで持たねえんだよ。不便だろうが」
そのことに関しては、昨年12月8日のブログをお読みください。
「オオバと久しぶりに会ったから、ついでにお前も呼んで奢ってやろうと思ったんだが、連絡がつかないだろ。二人じゃ話も弾まないから、さっきオオバと別れたところだよ」

「じゃあ、いま奢れ。メシはいらん。酒だけでいい。オオバは、ほっとけ!」
サトウは、「おまえなぁ」と、心底呆れた顔を作ったあとで、大きくため息をついた。
「おまえは、羨ましいくらい、変わってねえなぁ」
「変わらなきゃならない理由があるのか」

新宿駅東口近くのショットバーに入った。
木のカウンター、木の椅子が洒落れている小綺麗なバーである。
奢りなので、ボウモアの25年を頼んだ。
自腹なら絶対に飲まない酒である。一生飲むことはないと思う。

乾杯をした。
香りが強く、辛みと苦みが舌に残るウィスキーである。
奢ってもらって言うセリフではないが、あまり美味くない。
だから、すぐ飲み干して、ジャックダニエルを頼んだ。
これは美味い。テネシー・ウィスキーの風格を感じる。

3杯目もジャックダニエルを頼んだ。
サトウは、まだ1杯目のボウモアを飲んでいる。
入り婿先の造り酒屋のことを聞こうと思ったが、どうせ繁盛しているだろうから、いい気にさせることもないと思って、聞くのをやめた。

しかし、何も聞かないのは、奢ってもらう立場としては失礼だと思ったので、彼の奥さんのことを聞こうとした。
その時、サトウが「アムロ」と言った。

アムロ?
アムロ・レイ?
ガンダム?
フィギュア?
オタク?
アキハバラ?


私が連想ゲームをしていると、「これ、Funky Townだろ、安室奈美恵の」と言いながら、にやけた顔でボウモアの残りを一気に飲み干した。
「?」
確かに、流れているのは安室奈美恵のFunky Townだが、なぜ、それがそんなに嬉しい?
なぜ、顔がそんなに気持ち悪い?
The face is feelings bad so much why !

「安室奈美恵って、俺の嫁さんに似てないか」
芋焼酎・黒丸を頼んだサトウは、グラスの底でカウンターをこつこつと叩きながら、Funky Townを口ずさんでいた(下手くそ!)。

似てるか?
必死に思い出してみた。
似てるような気がする。
しかし、似てないような気もする。
似ていたかなぁ? う〜〜ん。
思い出せない。
面倒くせえ、どうでもいい。


「おい、いま、どうでもいいって思ったろ!」
正解です。
正直な私は、すぐ顔に出てしまうのです。

「似てる! 似てる! チョ〜似てる!」
4杯目をお代わりした。
サトウが、「ハァー」とため息をついた。

「オオバは、似てるって言ってくれたんだぜ」
「だから、俺も似てるって言ったじゃないか」
「酒欲しさに言っているだけだろ!」

正解です!

でも、安室奈美恵のFunky Townは、私の好きな歌である。
テーブルを叩きながら、安室奈美恵が素晴らしい歌手であるということを私が力説しているとき、サトウの携帯が鳴った。

「あ〜、アキちゃん! いま? 大学時代のバカに奢ってやってんだ。明日の朝いちの新幹線で帰るから、待っててね〜」
安室奈美恵似の奥さんからの電話だったようである。
サトウの空気が抜けたような声、サトウのスダレ状の髪の毛、サトウの出っ張った腹。
時の流れ、という現実に直面して、私は重い虚無感に襲われた。

そんな現実から逃れるように、大学時代のバカは、5杯目もジャックダニエルを頼んだ。


2007/06/08 AM 07:05:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

クソバカ機械オタクキモ親父
友だちに、故障したMDコンポをもらった。
「おまえ、壊れた機械好きだったろ」と言われたが、別に好きなわけではない。
私だって、新品の方が好きに決まっている。
ただ、直すことが面白いだけだ。

彼には、以前「ハードディスクの音が変なんだ。直してくれ」と言われて、WindowsのノートPCを預かったことがある。
私は、修理を専門にしているわけではないので、「いつ直せるかわからねえぞ」と言って、それを預かった。

10日後に、安く手に入れたハードディスクに交換したら簡単に直ったが、彼はその時すでに新しいノートPCを買っていた。
金持ちは、待つのが苦手なようである。

その直したノートPCは、メモリを増設して私がいま使っている。
友だちには、「いつか返してくれよ」と言われているが、返すつもりはない。
金持ちは、貧乏人に恵む義務がある。我が家の憲法には、そう太字で書いてある。

今回、彼はMDコンポが壊れてすぐ、SDカードが使えるコンポを購入した。
簡単に買い換えてしまうのである。
機械に対する愛着がない。
金持ちというのは、鼻持ちならない人種だ。

私はそれをすぐに分解してみた。
「おい、そんなことが、よく平気でできるな」
小学6年の娘が、私の横で興味津々という顔で、作業を見ている。
「このクソバカ親父、本当に直せるのか」という顔である。

私の高校2年の息子は、私のすることは何でも尊敬の眼差しで見てくれるが、娘は「クソバカ親父」という目線でしか見ない。
しかし、勉強など、わからないことがあると、彼女は必ずこのクソバカ親父に聞くのである。
母親には絶対に聞かない。

クソバカ親父だと思っていても、それなりに信頼はしているようである。

分解はドライバーがあれば簡単にできる。
露わになったメカニックを、前と斜めから食い入るように見ていると、娘が「かっこつけんじゃねえよ」と小さいツッコミを入れた。

格好をつけているわけではない。
MDコンポを初めて解体したので、感動しているだけである。
機械の美しさに、気持ちが惹き込まれる。
要するに、見とれているわけである。

「機械オタクかよ! クソバカ機械オタク親父!」
娘がまた突っ込んできた。
そうです。私は、クソバカ機械オタク親父です。

クソバカキカイオタクオヤジ、クソバカキカイオタクオヤジ……、と念仏を唱えるように、作業を続けた。

読み取りレンズを覗いてみると、それほど汚れてはいない。
故障箇所はここではないだろう、と思ったが、一応クリーニングをしておいた。
次にMDの窓の部分を開ける歯車。
小さなホコリがたくさん付着していたので、丁寧に麺棒で取り除いて、グリス(潤滑剤)を軽く塗っておいた。

他にメカ的には、いじるところはないようである。
あとは基盤であるが、基盤をいじるのは設計図がない限りは無理だ。
だから、ホコリの見える部分を、エアクリーナーで吹き出すだけに止(とど)めた。
つまり、素人の修理では、これが限界である。
とりあえず、メカむき出しのまま、スロットにMDカセットを入れてみた。

カシャ、ウィーン!
作動している。
音楽が聞こえた!

え! こんなに簡単なの?
これでいいの? ホントに直ったの?!
拍子抜けした。

試しに、何枚か他のMDを入れてみたが、どれも正常に再生されている。
「やったな!」
娘は感動してくれたが、私は物足りない。
全然、感動がない。

難しいと思っていた司法試験に、一発で受かってしまったような気分である。
あるいは、ダメモトでニコール・キッドマンにプロポーズしてみたら、あっさりOKしてくれた気分か。
または、パー3(スリー)の2番ホールで、目をつぶって7番アイアンを振ったら、ホールインワンになってしまった気分。
それとも…………、しつこい!

とにかく、簡単すぎて、面白くない。
「ぜいたく言うんじゃねえよ!」
娘のツッコミに、弱々しく笑うクソバカ機械オタク親父。

MDコンポが直ったと聞いて、顔をのぞかせた息子が言う。
「これ、修理に出したら、いくらくらい取られるんだろう?」
「場合によっちゃ、1万円は取られるかもな」

「ホントに!」
子どもたちが、大声でハモる。

そうなのだ。
修理に出せば、それくらいはかかるだろう。
ということは、得をしたということである。

へへへ……。
自然と、顔がにやけたようである。
それを見て、娘は「クソバカ機械オタクキモ親父!」と言って、私の肩を力一杯叩いた。

痛かったが、得をした気分の方が強い。
へへへ……。

「クソバカ機械オタクキモキモ親父!」

いや、「キモ」を3回言ったかもしれない。
それも、3回目の「キモ」は、かなり力を入れたような気がする。

「クソバカ機械オタクキモキモキモ親父!」

どうでもいいことだが……。


2007/06/07 AM 07:10:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

ガキの使い
毎月5日締めの仕事が校了に近づいている。
しかし、今回はたいへんな異変があった。

なんと、一回の修正だけで終わりそうなのである。
本来なら、23日に原稿をもらっても、一括で原稿が揃うことはない。
何段階かに分けて送られてくるから、大抵は原稿が全部揃うのは、28日頃である。
それが、今回は23日に一括でもらったのである。

これが、まず最初の異変。

初稿の期日を取り決めるときに、担当のハヤシさんが私の言い分を素直に聞いたこと。
これが、二番目の異変。

30日に初稿を出して、1日に修正が戻ってきたが、修正箇所は文章と挿し絵、写真画像だけだった。
レイアウトデザインに関しては、まったく修正がなかった。
これが、三番目の異変。

そして、最大の異変は昨日の電話だった。
「この間の修正でオーケーになりそうなんですよ。おそらくもう修正はなさそうです。ご苦労様でした」
ハヤシさんの口から「ご苦労様」という言葉が出るのを初めて聞いた。

怖い。
これは、あり得ない出来事である。
何か悪いことが起きる予兆なのか……。
身辺に気を付けなければいけない。

そして、案の定、その危惧が現実的なものとなった。

私は大抵は暇だが、月末から5日までは忙しい時を過ごしている。
しかし、今回はこの異変のせいで、暇になった。
まさか、こんなに簡単に仕事が片づくとは思っていなかったので、時間をもてあますことになった。

だが、暇だからといって、飲んだくれて寝ているわけにはいかない。
そこで、3月末に支払ってくれる予定だったが、いまだに支払いのない会社に直接出向くことにしたのである。

この会社は、毎回6ヶ月分を3月末と9月末に支払ってもらう約束になっていた。
しかし、今回は2ヶ月以上たっても入金はない。
その額、およそ90万円。

普通の人はどうか知らないが、私にとって90万円というのは、気が遠くなるほどの大金である。
その額が、支払われていないのだ。
気絶寸前、青息吐息
そのストレスは、筆舌に尽くしがたい。

円形脱毛症になるほどである(嘘だが)。

先方に出向いて、経理担当の方に会った。
電話では何回も話をしているが、いつも適当に誤魔化されていた。
だから、直接会って談判をしようと思い、全身に力を入れて敵地に踏み入ったのである。

相手は、40歳前後のカマキリのように細い男だった。
電話では何回か話をしたが、実際に会うのは初めてである。
正直言って、何度も会いたくない相手だ。

目にまったく表情がないのだ。
声も甲高い。
不気味である。
夢にこんな顔が出てきたら、確実にうなされるだろう。

経理のS氏は、無表情のままこう言う。
「順繰りに支払っていますので、もうしばらくお待ちください」
頭を下げる気もないらしい。

もう2ヶ月以上も待っているのに、「もうしばらく」という神経が私にはわからない。
順繰り、というのはどういう意味なのか。
私の順位は何番目なのか。
具体的な話をしてくれなければ、話は何も進展しない。

子どもの使いではないのだ。
ガキの使いやあらへんで!

「いつとは言えません。当方にも都合がございまして、お宅様だけを特別扱いするわけにはいきません」

2ヶ月も待たせたのだから、それは充分私を「特別扱い」していることにならないか。
確固たる理由を提示せずに待たすのだから、説明責任は先方にあるはずだ。

説明責任を果たせ!
議会なら必ず、誰かがこう叫んでいるところだ。

当方に落ち度が少しでもあったなら、我慢はできる。
しかし、今回、私には何の落ち度もない。
請求書は毎月末に、担当者に手渡している。

遅れたことは一度もない。
間違いがあるといけないので、専用のノートを作って、請求書の受け取り印を毎月押してもらっている。
ここまでしているのである。

支払いがないにもかかわらず、先月も封筒のデザインを2種類仕上げた。
あとは先方の誠意の問題である。

「しかし、支払わないとは言ってないのでありまして、ましてや当方は逃げ隠れをする気もございません」

逃げ隠れはしていないが、支払わないのなら、世間ではそれを「開き直り」と言う。
払う気があるなら、説明責任を果たすのが、企業のあるべき姿である。
重ねて問う。私の支払い順位は何番目ですか?

「それは当社の秘密事項でございまして」

見事なものである。
政治家にしたいくらいだ。
そして、露骨に腕時計をチラチラと見て、時間を気にする素振りを見せる。
小さくため息までついている。
あるいは、有能な政治家秘書、というところか。

私は自分でも押しの弱い人間だと思っている。
いい加減だとも言える。
何でも、まあいいか、で済ますことが多い。

しかし、90万円は、まあいいか、で済ませられる額ではない。
だから、全身に「気」を漂わせて、S氏を睨んだ。
そして、上着を脱いだ。腕まくりもしてみた。

ガキの使いじゃねえんだ! あんたも誠意を見せろ!
それを全身で表した。

この時ばかりは、お気楽でお人好しのMさんではない。
相手にもそれが伝わったようである。
顔色が変わった。
「いま、しばらく……」と言ったが、声が震えていた。声が裏返っていた。

「社長と連絡を取ってみます。少々お待ちください」
裏返った声のまま、S氏は応接室を出ていった。

ブレイクタイムである。
だが、これは相手に考える時間を与えてしまう危険性がある。
こんなときは、相手に席を立たせてはいけない。
畳みかけるように責めなければいけないところである。
何らかの言質を、相手からつかみ取らなければいけなかったのだ。

振り出しに戻ったか……、私は負けを予感した。
そして、私のその予感は適中した。

しばらくして戻ってきたS氏の顔は、無表情な顔に戻っていた。
そして、こう言うのである。

「後ほど、社長のNが直接Mさんに電話を差し上げるから、と言ってました」

いま電話で話したいのだが、と詰め寄ったが、「車で移動中ですから」とかわされた。
「では、連絡が取れるまで、こちらで待たせてもらいましょうか」と私が言うと、「社長は、体調を崩しておりまして、いま病院に向かっている途中です。それはご遠慮ください」と、しらけた顔で言われた。

結局、ガキの使いで終わってしまった。
相手が一枚も二枚も上である。

そして、いまに至るまで、社長から連絡はない。
会社に電話をかけたら、「本日の業務終了」の留守番テープが流れていた。
担当者の携帯電話にかけたら、電源を切られていた。

内容証明付きの郵便を送って催促する、というのは、何度か他の会社に対してやったことがある。
今回もそれをしなければ駄目か。
気が重いことである。

ため息が出る。
私はいつになったら、まともなお使いができるのだろうか。


2007/06/05 AM 07:06:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ブログの効能
ブログを書くようになって、変わったことが一つある。
以前より、物事をよく観察するようになったことだ。

昔から大ざっぱな性格なので、普通なら見落とさないことでも見落とすことが多かった。
たとえば、大学時代、渋谷の東急プラザ前で友だちと待ち合わせをしたとする。

夕方6時の約束をして15分前に行って、待ち合わせ場所で立っていた。
向こうが自分を見つけてくれることを期待して、早く行くのである。
私の方から見つけるのは、面倒臭いからだ。

6時になっても友だちは来ない。
イライラはしないが、あまり長く待つのは嫌なので、30分待ったら帰ろうと思っていた。
6時30分。
来ねえな。じゃあ、プラザ内の本屋でも寄ってから帰るか、と思って場所を移動したら、5メートルほど先に友だちが立っていたのである。

「おい、ハセガワ! 俺は15分前に来て待ってたんだぞ!」
それに対して、ハセガワは言うのである。
「俺は、20分前に来て待ってた」

要するに、お互い自分を見つけてもらおうと思って立っていたのだが、その場所が5メートル離れていたから、見つからなかっただけである。
万事がそんな調子だった。

子どもができてからは、子どもの健康状態などは神経質とも言えるくらい観察したが、その他のことは相変わらず適当だった。
特に自分のことに関しては、まったく無頓着に過ごしてきた。

友人の家にお邪魔したときなど、「おい、靴下に穴が開いてるぞ」と言われて、はじめて穴の存在に気づくのである。
「新品の靴下があるから、あげるよ」と言われて靴下を脱ぐと、足の裏のマメがつぶれて大きな血のかたまりができているのを発見したことがあった。

「痛くねえのか」と聞かれて、「血のかたまりを見たら痛くなってきた」と答えたら、「アホ!」と馬鹿にされた。
大ざっぱ、鈍感、無神経。
どれを取っても、人間として上等とは言えない。
これはなかなか治らないものだが、観察力だけは最近ワンランク・バージョンアップした。

ブログのおかげである。
つまらない出来事でも、書いてみれば面白いし、考える癖がついて、脳も活性化してきたような気がする。

先週の金曜日も、こんなことがあった。
母親が少々体の具合を悪くしたので、川崎の実家に見舞いに行った。
その帰りに腹が減ったので、カレーハウスCoco壱番屋に入った。

午後2時を過ぎていたので、店内はすいていた。
見渡すと、テーブル席には誰もいない。
テーブル席を勧められたが、一人の時はカウンター席の方が落ち着くので、カウンターに座った。
間に席を二つ置いて、サラリーマンらしい男が、何かの大盛りを食っていた。

私が頼んだのは、一番安い400円のポークカレー。辛さは普通。
Coco壱番屋の場合、すいていても、カレーが出てくるまで多少時間がかかる。
その間に水を飲む。
そのときに、鼻歌が聞こえたのである。

カウンターの客がカレーを食いながら鼻歌を歌っているようだ。
聴いたことのあるメロディだが、すぐには思い出せない。
カレーを食いながらだから、時々メロディが途切れる。
何だろう、なんていう曲だろう? 気になった。

昔の私なら、そんなことは気にも留めなかったはずだ。
ああ、鼻歌を歌ってるな、で終わりである。
しかし、今は気になるのだ。
目の前に「お待たせしました」と言って、ポークカレーを置かれても、鼻歌が気になって、ポークカレーに没頭できない。

食べている間も、「あれは何て歌だっけ」の疑問が駆け回って、眉間に皺が寄る。
まさかカウンターの隣人に「その歌なんですか」とは聞けない。
しかし、気になる。

鼻歌男は、大盛りを食い終わって、水を飲んでいる。3杯立て続けに飲んだ。
そして、立ち上がった。
レジでお金を払う間も、首を縦に振ってリズムをとりながら、同じ鼻歌を歌っていた。
ご機嫌のようである。

しかし、わからない。
あれは、なんていう曲だっけ?
頭の中で疑問が堂々巡りをしているから、カレーの味がよくわからない。
わからないまま、カレーを食い終わってしまった。

帰りの電車の中でも、鼻歌が頭から離れない。
思い出せないことが、これほど気持ちの悪いことだとは、想像外である。以前はこんなことはなかった。
家に帰ってからも、鼻歌が脳の真ん中に居座って、とぐろを巻いている状態である。
思考能力が、著しく落ちる。

しかし、人間の脳というのは、突然スイッチが入るものである。
夜風呂に浸かって、鼻歌を繰り返しているうちに、歌詞が、急浮上した潜水艦のように頭に浮かんできたのである。

曲は、長渕剛の「乾杯」。
いま思うと、別に思い出さなくてもよかったのではないか、と悔やんでいる。
これは、はたして思い出すほどの価値があったのか。
私の頭の中に、長渕剛の歌が半日居座ったというだけで、気が重くなる。


半日、損をした。
まったく、自分を罵りたい気分である。


ところで、後日談。
カレーを味わえなかったのがあまりにも悔しくて、昨日大宮のCoco壱番屋に行って、またポークカレーを注文した。

ひとくち食べた。
美味い。
ひとに言わせると、Coco壱番屋のカレーはコクもなく深みもない無難な味だということだが、私はそれでいいと思う。

コクや深みがなくても、それなりに美味いのだから、それは立派な個性である。
すべてのカレー屋のカレーに、コクと深みがあったら、選ぶ楽しみがなくなる。
まるで、まわりがすべて東大法学部出身の某省庁みたいで、面白みがない。
だから、Coco壱番屋はこれでいいのだ。

二口目を食った。
しかし、いまいましいことに、食べている最中にまた、鼻歌が頭を占領したのである。
これは、かなりタチの悪い条件反射である。

頭を無にしよう、カレーに没頭しようと思っても、「乾杯」が頭から離れない。
私はヤケになって、カウンターに備え付けのスパイスを大量にルーに振り掛けた。
気が付いたら、ルーの上にスパイスが充満していた。
店員がそれを見て、息を呑んだようである。

しかし、かまわずに私は、それを食べた。
舌が痛くなるくらい、辛い!
とてつもなく辛いから、鼻歌など出る余裕がない。
首から顔から頭のてっぺんまで熱くなって、汗が噴き出す。

水も飲まずに、一気に食った。
汗が噴き出し、舌がヒリヒリしているが、鼻歌を退治した爽快感と満足感がある。
ざまあみろ! という感じである。

幼稚なことをしたと思う。
しかし、こんな馬鹿な話が書けるのだから、ブログというのはいいものである。


2007/06/03 AM 07:56:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

泣きそうな一日
前々回登場したウチダ氏が今回も登場する。

ウチダ氏は銀座線京橋駅近くに事務所を構えている。
今はフリーランスだが、近々事務所を法人化するつもりらしい。
つまり、鼻持ちならないが、儲かっているということだ。

そのウチダ氏にまた呼ばれた。
「弁当食おうぜ」
前回は3千円の弁当をご馳走してくれた。
これは美味かったが、私の趣味には合わない。
だから、「ホカ弁にしてくれ」と私は答えた。

ウチダ氏は呆れていたが、「わかった」と言った。
事務所に行くと、ほっかほっか亭のシャケ弁当と特注弁当がすでにテーブルの上に置かれていた。

当然ウチダ氏は、特注弁当を食べる。
成金が骨まで染み込んできたようだ。

ウチダ氏はこれから車を使うというので、烏龍茶(100グラム4千円!)。
私はスーパードライを飲みながら弁当を食った。
「なんだ、3千円の弁当と1200円の特注弁当、たいして内容変わらないじゃねえか」
ウチダ氏がぼやく。
「ほっかほっか亭を馬鹿にするな。これこそ弁当の原点なのだ」
ゲップをしながら、私は胸を張った。

ウチダ氏は、そんな私を無視して、恐るべきスピードで弁当を食い終わった。
どんなに高い弁当を食ったとしても、このスピードでは味はわからないだろう。
「貧しいな」と私はひとりごとを言った。

それを聞きつけて、「え? Mさん、そんなに貧しいのか?」
面倒臭いので、頷いてやった。
「そうか、そんなに困っているのか」と言いながら、ウチダ氏は食後のところてんを食っている。
大きな屁を一回しながら。

「じゃあ、仕事やるよ」
ウチダ氏は、さらにもう一回屁をしながら、身を乗り出した。
「断る!」
私は断固として言った。

ウチダ氏は、眉をつり上げて、「何でだぁ!」と言いながら、ところてんの汁を飲み干した。
そして、むせた。屁をした。
忙しいやつである。

「君に仕事を貰ったら、また君に敬語を使わないといけないだろ。一応、客だからな。たとえ、ヘコキ王子だとしても、客は客だ。今さら、面倒臭え!」
「くだらん!」
「確かにくだらんが、理屈としてはそうなる」

「新しい会社に、ロゴが必要なんだよ」
ウチダ氏は、眉をつり上げたまま、私に手書きのメモを見せた。
意外と綺麗な字である。
品のいい字、と言ってもいいかもしれない。知性も感じさせる。
見直した気分である。
この男、屁をコクだけの男ではない。

「今まで通りでいいよ。仕事は出すが友だちだ。それで納得してくれないか」
おかしなものである。
仕事を出す側が、下手に出ている。
心が動かされたが、ひねくれ者は、心とは別のことを言う。

「わかった。一応やってやる
ビールと烏龍茶で乾杯をした。

ウチダ氏は細かく要望を出してきた。
頭の中にいくつかプランがあって、それを箇条書きにしたようだ。
几帳面で無駄のない説明は、わかりやすくて、頭脳の冴えを感じる。
こいつ、やはり屁をコクだけの男ではない。また、感心した。

それを見た私は、「いいものを作ってやらなければいけない」と強く思った。
しかし、私にその能力はない。
だから、友人の一流デザイナー・ニシダ君に丸投げすることにした。

「なんだ、Mさんがやるんじゃないのか」
呆れ顔のウチダ氏。
「俺は苦手なことはしない主義なんだ。それは時間の無駄だ。一流のデザイナーを紹介するんだから、文句を言うな」

ウチダ氏は呆れ顔のまま、肩をすくめた。
「まあ、俺としては、いい仕事をしてくれれば、それでいいんだがね」と言いながらも、釈然としない面もちである。

「俺のことを、できるデザイナーだと思っていたのか?」
「いや、全然思っちゃいない」

淋しい。

1時間打ち合わせをしたあと、またウチダ氏と雑談をした。
ウチダ氏は3時前に出かけると言っていた。
車で新宿まで送ってくれるというので、好意に甘えることにした。
時間がくるまでの、しばしの雑談。

その間に仕事の電話が4件かかってきた。
儲かっているようである。机を蹴飛ばしたくなった。

そのとき、新聞のラックが何気なく目に入った。
讀賣新聞と報知新聞。
ケッ! と私は大きく舌打ちをした。
ウチダ氏が咎(とが)めるような目で私を見つめている。

「普通はさあ、日経新聞じゃないのか。曲がりなりにも経営者になろうって男が、讀賣と報知かよ!」
私が顎で新聞のラックを指すと、ウチダ氏は手を伸ばして新聞を取った。

「自宅では日経と讀賣、朝日をとっている。しかし、ここでは、讀賣と報知だ」
家で讀賣、仕事場で日経ならわかる。それが経営者のあるべき姿ではないのか。
私は、ウチダ氏に冷ややかな目線を投げつけた。

「知らなかったのか。俺は熱烈な巨人ファンなんだよ。子どもの頃宮崎にキャンプに来た巨人の選手をよく追っかけたもんだ。高田にサインをもらったこともある。あれから、俺は巨人一筋だ!
威張っている。

「俺はアンチ巨人、アンチ讀賣、アンチ日本テレビだ! 文句あるか!」
睨み合った。

その結果、新宿に行くまでの車内では、二人ともずっと無言だった。
気まずい。
この仕事、断ろうか、と思った。
ガチガチの巨人ファンとは付き合いたくない。
私は、心の狭い男なのである。

新宿駅に着いた。
私が無言で降りようとすると、ウチダ氏が「これ」と言って、ポケットから封筒を出して、私の膝の上に置いた。
「ん?」
中を見てみると、千円の音楽ギフトカードが束になって入っていた。

私がウチダ氏の方を見ると、「オレ、音楽聴かねえからさ、もらっても使い道がないんだよ」と前を見つめながらぶっきらぼうに言った。

前回はキャビア、今回は音楽ギフトカード。
私は、ほとんど泣きそうである。
「ありがとう」と言うだけでは足りない気がしたが、それしか言うことばが見つからない。

じれったい思いを抱えながら、私は車を降りた。
「ロゴ、期待してるから」
不器用に立ちつくした私に、ウチダ氏は爽やかな笑顔を向けて手を振り、去っていった。

去っていく車に向かって、私は大きく頭を下げた。
それしか、私にできることはない。

震える手でSUIKAを取り出し、私はJRの改札を通った。
泣き出しそうな顔の私を、4歳くらいの女の子が、首を傾げながら見上げていた。

東大宮駅に着いて、CDショップに入った。
そして、ZARDの「Golden Best 〜15th Anniversary〜」をギフトカードで買った。
いまそれを聞いている。

泣きそうである。


2007/06/01 AM 07:04:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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