Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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年商一億の男
友だちに奢ってもらった。
大学時代の陸上部仲間である。

彼らとは、4年に1回顔を会わせて、体力測定のようなことをしたあと、飲み会をやる。
しかし、それ以外で集まることはない。
少ない人数で集まることはあるようだが、私はほとんど参加したことがない。
埼玉に引っ越して13年の間に、出不精になってしまったのである。

そんな私に気を遣って、昔の仲間5人が大宮まで来てくれた。
彼らに言わせると、大宮は交通の便がいい。
埼京線、京浜東北線、高崎線、宇都宮線、東武線、新幹線などがあるから、東京から足を運びやすい、と言うのである。

こじつけに近い気の遣い方だが、好意を無にするのも大人気ないので、行くことにした。
わざわざ大宮まで来て奢ってくれるというのだから、断る理由はない。

「忙しくないか」と聞かれた。
毎月5日締めの仕事が、ゴールデンウィークのせいで、2日締めに繰り上がった。
だから、「忙しいに決まってるだろ、バカ野郎!」と、とても奢ってもらう人間とは思えないような悪態をついた。

場所は居酒屋。
彼らは皆、私のカラオケ嫌い、高級店嫌いを知っているから、大衆的な居酒屋である。

私が店に入ると、すでに5人は来ていた。
ハゲ、デブ、カツラ、出っ歯の他に、20数年ぶりに会う男の顔があった。
オオクボ。
彼とは、大学を卒業した次の年に羽田空港のロビーで出くわしたことがある。
それ以来の再会である。

オオクボは、陸上部だったが、二年の前期で辞めてしまったこともあって、陸上部のOB会には一度も出てきたことがなかった。
OBだから、彼が出ても誰も文句は言わないのだが、辞めたときの事情がワケありだったので、彼の方が遠慮したのかもしれない。

久しぶりに見るオオクボは、どこかの会社の社長のような威厳を漂わせて、私を見ると「よう」と軽く手を上げた。その時、左手にはめた高級そうな時計がキラッと光った。
ハゲでもデブでもカツラでも出っ歯でもない、品のある紳士という感じである。
この野郎! 成功しやがったな!

「オオクボがどうしてもマツに会いたいって言うから、みんなでここまで来てやったんだぜ」
カツラが、恩着せがましく言った。
カツラの言葉を無視して、オオクボの前に座り、握手をした。

「どこの社長やってるんだ」
と私が聞くと、ハゲが「なんだ、知ってたのか。オオクボと連絡取ってたのか」と言った。
それを無視して、私は「いい年の取り方をしてるじゃないか」と言って、ハゲが持っていたジョッキを横取りして、オオクボと乾杯をした。
ハゲが「チェッ!」と言うと、みんなの笑顔が弾けた。
こんな些細なことがきっかけで、20数年前に戻るのである。

オオクボは6年前に独立して、コンサルタント会社を経営しているという。
抱えている社員は4人。
「年商は」とストレートに聞くと、「去年やっと一億を超えた」と正直に答えてくれた。
少しはにかむような言い方だった。その顔を見て、私はオヤッと思った。
私のイメージの中のオオクボと変わっていたからだ。

成功したからだろうか。
表情に余裕が感じられる。

「お前はどうなんだ」と聞かれた。
「俺は、水槽の底を、ゆっくりと泳いでいるよ。たまにフンが落ちてくるが、それが今の俺のエサだ」
オオクボは「ハハハ」と大きく笑って、ジョッキを一気にあけた。
そして、「お前は、昔からよくわからない人間だった。今もそれは変わってないな。安心したよ」と言い、それから急に真面目な顔になった。

「でも、俺はお前に教わって良かったことが、ひとつだけある」

何だろう。
出っ歯の顔を見た。ハゲ、デブの顔を見た。カツラの顔を見た。カツラのずれを直しているところだった。

「お前は、絶対に怒らなかった。俺たちは、お前が怒ったところを一度も見たことがなかった。後輩に何かを教えるときや、後輩たちが気を抜いたときも、お前だけは怒らなかった。俺たちは怒鳴り散らしていたのに、お前だけは怒らなかったよな。俺は、そんなお前を見て、なんて軟弱な野郎だ、って怒ったことがあった。覚えているか」

確かにオオクボが私に食ってかかってきたことがあった。
「もっと、親身になれよ。他人事みたいな顔をするな!」、と。

大学時代のオオクボは、いつもピリピリしていた。
いつも何かに怒っていた。
彼は3000メートル障害を得意種目にしていたが、5千メートルも1万メートルも走った。

私たちの学校では伝統的に、2年生が1年生を教えることになっていた。
2年に上がってからの、オオクボの後輩に対するシゴキはすさまじいものだった。
彼は、自分にも厳しかったが、後輩にはもっと厳しかった。
独自にメニューを作って、そのノルマを果たせなかった人間には、特別メニューを用意して、倒れるまでやらせるのである。

倒れたところで何かが見えてくる。俺もそうやって強くなっていったんだ。だから、お前たちも出来るはずだ。
それが、彼の信念だった。

それに対して、私は短距離と中距離、走り幅跳びや投擲(とうてき)の後輩の指導をしたが、集中力を基本にした練習のスケジュールを組んだから、オオクボのグループの3分の1か4分の1程度の練習しかしなかった。
そして、出来なかったとしても怒ることはしなかった。むしろ、一度でもいい走りをしたら、褒めた。

人間の体は、集中力が続く時間は限られている。
同じ反復練習をしても、ピークを過ぎてしまえば、疲れるだけである。
倒れたところで何かが見えてくる、というのは、最もらしく聞こえるが、私には錯覚か自己満足にしか思えなかった。

だから、「自分の体と相談しながら走れ」というのが私の唯一の指導法だった。
そんな私を、オオクボは、軟弱だ、他人事だと言って罵るのである。

しかし、新人戦の結果は、歴然としていた。
私が教えたグループは、みな上位入賞したが、オオクボが教えた長距離のグループは惨敗だった。
彼らは、レース当日は、疲れ切っているように見えた。
体にキレがなく、走りのバランスが崩れていた。

オオクボのプライドは、そんな些細なことでも深く傷ついてしまったようである。
オオクボは、それから陸上部に来なくなった。
キャンパスで会えば話をしたが、陸上の話はしなかった。

「俺はな」と、今オオクボは言うのである。
「みんなから温厚なオッサンだと思われてるんだよ。不思議だろ。学生時代、あんなにとんがっていたのに、今は仏のオオクボさんだよ。それは、お前に教わったんだ。ひねくれ者のお前に、な」
オオクボは新しいジョッキをまた豪快に飲み干して、私を指さした。

「あの時は、お前の指導法が成功したのは、まぐれだと思っていた。あんなのは偶然だと思っていたんだ。しかし、独立してから気づいたんだよ。人をコントロールするのは、力じゃない。ツボだ。人間はどこかに動かされるツボを持っている。俺はそのツボを力で押そうとしてばかりだったが、力では人は動かないんだ。極道の世界では、力は有効かもしれないが、堅気の世界では、ツボは別のところにある。力で支配しても、心は別のところにある。それがわかったから、俺はこうして独立して、曲がりなりにも人様に偉そうなことを言っていられるんだ。これは大学時代、お前に教わったことだ」

あの時のことが、それほどオオクボの心にわだかまりを残していたのか。
しかし、酒の席の余興として、これはあまり上等なものではない。
苦笑いをするしかない。

ハゲ、カツラ、出っ歯は頷いていたが、デブはラフテーにむしゃぶりついていた。
デブはいつでも幸せそうだ。
これでも、中堅会社の人事部長なのである。
大学時代57キロだった体重が、今では百キロ弱。
出っ張った腹を、角煮にしたいくらいである。

オオクボがあまりにも真剣に語るので、場の空気を変えようとして、私はデブからラフテーを奪って、オオクボのジョッキの中に放り込んだ。

「ワッ!ワワワ、なんてことを!」
デブが、ジョッキに指を突っこんでラフテーを取ろうとしたが、デブの指は太くて短い。
底に沈んだラフテーを取ろうとして、指を懸命に動かしたものの、ラフテーまでは届かない。
そして、「指がつったぁ!」と大袈裟に叫んで、左手で右手の指を押さえた。

それを見てオオクボが笑いながら、ジョッキの底に沈んだラフテーを割り箸でつまんで、デブの口に押し込んだ。
デブは、それをヘラヘラと笑いながら、美味しそうに食っている。
全員爆笑。

久しぶりに楽しい時間を過ごした。
今度彼らと会うのはいつになるだろう。
次に会うときは、ハゲはさらに禿げて、デブはもっと太っているかもしれない。
出っ歯は入れ歯になって、カツラはきっと新しいカツラを着けていることだろう。
そして、私とオオクボはどうなっているのだろう。

オオクボは、さらに温厚になって、私は逆にとんがっているかもしれない。
当たり前のように、「またな」と言って、別れた。
みんな新幹線で帰るという。
この金持ちどもが!

オオクボ。
今だから言わせてもらう。

俺は、ただ怒るのが面倒臭かっただけなんだよ。
お前みたいに、怒るエネルギーがなかったんだ。

怒ると、疲れるだろ。
疲れることはしたくなかったんだ。

なんてね。


2007/05/02 AM 07:37:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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