Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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郵便局前の横断歩道、午後5時
私が住む団地の棟の前に横断歩道がある。
これが、危険なのである。

道幅が広いからだろうか、車が止まってくれないのだ。
ほとんどの車が、60キロ近いスピードで横断歩道を素通りする。
人が渡るそぶりを見せても、知らんぷりなのである。

ノラ猫が轢かれそうになった場面を5回以上見たことがある。幸い轢かれたことはない。
自転車との接触事故を1回見たことがある。
ベビーカーを押したママさんが、横断歩道の真ん中で立ち往生しているのを見たことがある。
そんなときでも、車はかなりのスピードで、ママさんの後ろや前を通り過ぎていくのである。
車が急ブレーキを踏む瞬間は、10回以上見た。
まだ大きな事故はないが、いつ事故が起きてもおかしくないような状況だ。
危険極まりないが、信号を取り付ける予定はないようである。

同じ団地でも、分譲マンション、分譲住宅の近くには信号がある。
しかし、人の流れは、どちらかというと私が住む賃貸エリアの方が多い。

人の流れが少ない分譲住宅近辺に、信号をつけるカラクリは想像できる。
そのエリアに、県議会議員か区議会議員、あるいは有力者の後援会長が住んでいるからだろう。
つまり、お役所の高度な政治的判断の結果、というわけだ。

けしからん、と青臭いことを言うつもりはない。
ただ、現実として私の前の横断歩道が危険だというのは、紛れもない事実なのである。

昨日、得意先から電話がかかってきた。
昨年の12月28日に一悶着あった会社である。

その経緯は昨年12月29日のブログに書いた。
年末の忙しい時期に、文字入力の仕事を超特急で受けて、予定より早くデータを送ったにもかかわらず、お礼のひとこともなく、「40文字近い打ち間違いがありました」と平然と人を責める営業のフクザワ。

私は、すぐさま彼の上司に「あんな人とは付き合えない。あの営業がいる限り、お宅の仕事はやらない!」と啖呵を切ってしまったのである。
上司は丁重に謝ってくれたが、私はあんな失礼なことを言ったのだから、その会社からはもう絶対に仕事は来ないものだと諦めていた。

しかし、来たのである。
上司が恐縮しながら、こちらが申し訳なくなるほど下手に出て、仕事を依頼してきたのだ。

「こちらも人手不足なものですから、担当が同じで申し訳ありませんが、Mさんにぜひやっていただかなければならない仕事なので、恥を忍んでお願いいたします」
そんなことを言われて断れるほど、私は神経が太くない。
こちらも恐縮して、引き受けた。

ただ、仕事場には上がってもらいたくないので、団地内の郵便局のそばで打ち合わせをすることにした。
夕方の5時。
交通事情もあるので、私は15分前に郵便局の前に立った。
待つのはいいが、人を待たせるのは嫌なのだ。

目の前に危険な横断歩道がある。
見ると、横断歩道の向こう側で、車いすの男性が渡る機会をうかがっていた。
しかし、車は高速で素通りである。
どの車も止まろうとしない。

これは私の推測だが、彼は郵便局に用事があるのではないだろうか。
郵便局が閉まるのは5時。今ならまだ間に合うが、渡ろうにも、ドライバーは誰も彼の存在に気づかない。あるいは、気づいていても止まろうとしない。
まだ10分以上の余裕はあるが、早く渡るに越したことはない。
しかし、車は止まらない。
どの車も、無神経にすっ飛ばすだけである。

そんなとき、彼の横に女子高生が立った。
彼女も横断歩道を渡ろうとしているようだ。
そして、車いすの男性に話しかけた。
「渡りましょうか」と促しているようである。
彼女が一歩踏み出した。

しかし、車は止まらない。
こちら側に目をやると、小学1、2年と思われる男子が左手をピンと上に伸ばして、向こう側に渡ろうとしている。
彼はまだ一歩も踏み出していないが、手を上げて、機会をうかがっているようである。

しかし、それでも車は止まらないのである。
それを見て、「ここは俺の出番だ」と私は思った。
横断歩道を無理矢理渡ろうとしたのだ。
30メートル先にかなりのスピードで走ってくるダイハツミラがいたが、「轢けるものなら、轢いてみやがれ」の気持ちで前に出た。

ダイハツミラが急停止した。反対側から来たペリカンのマークを付けたワゴン車も止まった。
その間に、車いすの男性、女子高生、小学男子が横断歩道を渡り出した。

「なに考えてるんですか、Mさん、あっぶねえなあ!」と車の窓から顔を出したのが、フクザワ。

なに考えてるのかわからないのは、おまえだろうが!
待ち合わせ場所は、郵便局前。
そして、郵便局前には横断歩道がある。
どっちが危ないんだ、この野郎!
待ち合わせ場所がすぐそこにあるのに、スピードを落とさない方が、危ないんじゃないのか!

フクザワは、ダイハツミラを路肩に止めた。
肩をいからせて降りてきた顔が紅潮している。文句を言いたそうな顔である。
しかし、私の険しい顔を見て、開きそうになった口を閉じた。
窺うように私の顔を見ている。

「向こう側には車いすと女子高生、こちら側には小学生。ドライバーの目には、まったく映らないのか」
私は、フクザワを睨みつけるようにして言った。

フクザワは少し考える様子だったが、すぐに挑むような目でこちらを見た。
「渡ればいいじゃないですか。横断歩道なんだから」
渡ろうにも、60キロ近いスピードですっ飛ばす車の前で、どうしろというのだ。

「見てみろよ、どの車も止まらないじゃないか」
私が横断歩道を指さして言うと、フクザワは「俺なら渡れますよ」と胸を反らす。

そのピントのずれた言い分に私は腹を立てて、怒鳴るのである。
「君が渡ってもしょうがないんだよ! 車いすの人が渡れなきゃ、意味がねえだろが!」
睨みつけた。
完全にけんか腰である。

フクザワは、すねるような顔で、小さく舌打ちをした。
もともと私とフクザワは、歩み寄れるような性格ではないのだ。
おそらく、どんなに話し合っても、打ち解けることはないだろう。
誰にも、そんな相手は必ず一人はいるはずだ。
つまり、相性が悪い。

我々が睨み合っている間も、車は時に法定速度を超えるスピードで通り過ぎていく。
そんなとき、私の視界に、パトカーが近づいてくるのが見えた。
ドライバーは敏感である。
どの車もスピードを落として走りはじめた。

私も冷静になって、車いすの男性が、郵便局に入っていくのを見届けた。
5時にはまだ、なっていないようである。
ホッとした。
そして、買い物袋を前カゴに満載した主婦の自転車が、ゆっくりと横断歩道を渡っていった。
それを礼儀正しいドライバーが、おとなしく待っている。

パトカーの方を見ると、フクザワが止めたダイハツミラの後ろに、ゆっくりと止まった。
それを見てフクザワは、ダイハツミラに慌てて戻り、私を手招きした。
車内で打ち合わせをしようということらしい。
滑稽である。

チェッ!
車内に入るなり、私が大きく舌打ちをすると、フクザワはビクッと肩を震わせて、私を見た。

それを見て私は、声を出して笑ってしまった。
私も、かなり意地の悪い男である。


話変わって、
夏を待つセイル(帆)のように」というZARDの曲がある。
タイトルの中に、娘の名前の文字が二つ入っているので、とても気に入っていた。
密かに娘のテーマソングだと思っていた。
娘も、気に入っていた。

私はいま、泣きたい気分である。




2007/05/30 AM 07:12:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

キャビアの恩
前回と同じ。
ウチダ氏の事務所である。

ウチダ氏の事務所で、彼の事務所を法人化するにあたってのアドバイスをしていた。
10分ほど説明していたところで、彼の携帯が鳴った。
そこで気づいたのだが、彼の事務所には、電話がない。

彼のデスクの上には携帯ホルダーが3台ある。
仕事によって、携帯を使い分けているようである。
儲かっているんだな(クソッ!)。

「悪いな、ちょっとお呼びがかかったんで、行かなくちゃならん。すぐ近くなんで、待っていてくれないか」
「こんな殺風景な部屋で待たせるつもりか。テレビもコンポもないじゃないか」
「ここは、仕事部屋だ。休む場所じゃない」
「そんなこと、俺には関係ないだろうが!」
「冷蔵庫には、缶ビールが詰まっている。それに、キャビアもあるから、食っていいぞ」

キャビア?!

世界三大珍味の一つと言われるキャビア!
「そ、そ、そ、それは、缶詰か瓶詰めか!」
我ながら、みっともないほどの、うろたえようである。

缶詰だよ」
ウチダ氏は、「馬鹿かこいつ」という蔑(さげす)みの視線を投げかけながら言った。
「わかった! 行ってこい」
私は、唾を飲み込みながら、ウチダ氏に手を振った。

早速、冷蔵庫を覗いてみると、キャビアの缶詰が、4個!
1缶1万円として、4万円。いや、もっと値が張るかもしれない。
何という贅沢さ!
まさか、ロシアの裏社会とコネクションがあるのでは?
疑いの目で、ウチダ氏の事務所を眺め回したが、ロシア関係のものはなさそうである。

キャビアの缶詰を1個手に取ってみる。
青の地に金色のロゴ。
いかにも、高級そうなデザインである。
しかし、キャビアの缶詰の隣にところてんが置いてあるというアンバランスさ。
ここにも歴然とした格差があった。

ウチダ氏は食ってもいいといったが、これは、私には開けられない。
ところてんだったらいくらでも食ってやるが、キャビアは無理だ。
そもそも、私は高い食材に興味がない。
さきほどは、みっともなくうろたえたが、冷静になると、たかがチョウザメの卵ではないか。
卵がなぜ高い?

トリュフにしてもフォアグラにしてもそうである。
何を有り難がっているのか、と思う。
キノコと肝ではないか。

だから、スーパードライだけを飲むことにした。
いや、腹いせに、冷蔵庫の奥に大事にとっておいたらしいブルーチーズを少しばかり失敬したが…(くさいが美味かった!)。

応接ソファに腰を下ろして、殺風景な部屋を見回した。
まったく、つまらない部屋である。
窓から見える景色も、隣のビルの壁と窓だけだ。

スーパードライを1本飲みほし、もう1本を冷蔵庫から取りだして、それを手に持ちながら、本棚に近づいた。
お決まりの「会社四季報」や、企業経営に関する本がぎっしり詰まっている。
笑えるくらい、真面目な本の羅列である。
こんな本を毎日読んで、面白いのだろうか。
成功するというのも、面倒臭いものである。

その日暮らしの私には、彼の住む世界は理解できない。
格差? 結構じゃないか。
彼の仕事場を見て、そんなことを思ってしまった。
だから、私は成功しないのである。

本棚を下までたどっていくと、隅の方に数冊だが小説が置いてあった。
「東京タワー オカンとなんとか」というものや、「がばいばあちゃん」「模倣犯」、そして「ハリーポッター」まである。
ウチダ氏は、まったく私と正反対である。
私はベストセラーは絶対に読まない。
私が読んだものが、結果的にベストセラーになったことはあるが、その反対は嫌なのである。

ウチダ氏は、逆にベストセラーしか読まないようである。
営業畑を歩いてきた男だから、きっと客と話を合わせるために読んでいるのだろう。
成功するというのも、面倒臭いものである。

そんなことを思っているとき、本棚の端に一冊の文庫本を見つけた。
手に取ってみると、それは内田康夫の「高千穂伝説殺人事件」だった。
しかも、これだけはかなり読み込んでいるらしく、表紙がところどころ剥げているし、中も黄ばんでいた。

奥付を見ると「昭和62年11月10日 初版発行」と書いてある。
初版の文庫本を何度も読み返しているのかもしれない。
パラパラとめくると、古本独特のカビくさい匂いが鼻に入ってきた。

これだけが、この本棚の中では異質である。
私は内田康夫の小説は「箱庭」しか読んだことがない。
文章がモタモタしているので、一冊読み終えるのに苦労した。
それだけはよく覚えている。

今回パラパラと飛ばし読みをしてみて、相変わらずモタモタしているな、と思った。
これはミステリィではなく、感想文か紀行文ではないのか。
熟練の物書きなら、この半分か3分の1でストーリーをまとめられるはずである。
そんなことを思いながら、ページをめくっていたとき、ウチダ氏が帰ってきた。

汗をかいている。
いいことでかく汗はいいが、彼の表情から察すると、あまりいい汗ではないようである。
しかし、私はそれを無視して、「これ、何だ?」と聞いた。

「見りゃわかるだろ、ミステリィだよ」
確かに見ればわかる。
しかし、なぜ「高千穂伝説殺人事件」なんだ?
Why The murder of Takachiho\\'s legend?

「言ってなかったか。俺、宮崎の出身なんだ」
高千穂は確かに宮崎県である。
高千穂峡は、実際に見たことがある。
自然美の神々しさに感動した覚えがある。

「つまり、時の人ヤンバルクイナ知事と同郷だというわけだ」
「ヒガシコクバル知事だ!」
ウチダ氏は少しムキになって、私が手に持っていた本を取り上げた。
「しかも、『バル』しか、あってねえじゃねぇか」
と小さく笑った。苦笑というやつである。

ウチダ氏の機嫌が直ったようなので、講義を再開した。
約30分、黙って私の講義を聞いたウチダ氏は、深く頭を下げた。
この辺が、惚れ惚れするくらい彼の素直なところである。
彼の成功の秘訣は、こんな素直さにあるのかもしれない。
ひねくれ者の私は、見習わなければいけない。

しかし、私は下げたウチダ氏の頭に向かって、図々しくもこう言うのである。
「キャビアをくれ!」
「やっぱり食わなかったな。Mさんは、食わないな、とは思ったが、お持ち帰りを望んでいるわけだ」

ウチダ氏は、私の目をじっと見つめた。
小さい目だが、澄んだ目だった。
馬の目を小さくしたら、こんな感じかな、と思った。
彼は、小さく息を吐いた後で、顔全体で笑って冷蔵庫まで大またで歩いていった。

そして、私の前のテーブルにキャビアの缶を2缶(!)置いた。
「息子に食わせてやりたい。つまり、そう言うことだろ」
読まれていた。
たいしたものである。
彼の言うとおり、食い物に対して意地汚い高校二年の息子に食わせてやりたいと思ったのだ。

「一つは息子さんの分、もう一つは、君以外の家族の分だ」
太っ腹な男である。
成功するやつは違う。

「社長、一生ついていきますから」
私が手を合わせて拝むポーズをすると、「わざとらしいんだよ」と言いながら、紙袋にキャビアを詰めてくれた。

キャビアを貰ったから言うわけではないが、ウチダ氏はきっと素晴らしい社長になることだろう。

家に帰って、私が「キャビア獲ったどぉ〜!」と叫ぶと、息子はすかさず「キャビア! キャビア!」とキャビア缶を両手に持って、「キャビアの舞」を踊り始めた。
私と娘は食わなかったが、ヨメと息子は恍惚の表情で、私が作ったキャビアのオードブル(ガーリックトーストにキャビアを乗せたたものとオニオンスライスとキャビアをオリーブオイルとすりゴマで和えたもの)を貪(むさぼ)るように食っていた。

ウチダ社長(まだ社長ではないが)、キャビアの恩は、けっして忘れません!

でも、仕事くれよな………。



2007/05/28 AM 07:25:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

屁と格差社会
本当に景気は良くなったのだろうか。
数字は、正直だという。
経済成長率が上がっていれば景気がいい、と考えるならば、景気はいいのだろう。

だが、見方によっては、違う結論に導くこともできる。
一昨年は、取引先2件が倒産した。
昨年も1件。
そして、先日1件。

どれも従業員50人未満の会社である。
広告代理店、イベント会社、印刷会社。
それらが、時代の波に取り残された、と言うのは簡単である。

少し上の規模の広告代理店は、我が世の春を謳歌しているのに、片方は前年度比40%減で、負債3億4千万円。
経営破綻は、「経営者が無能だから」で片づけられても仕方がない。
だが、本当にそれだけなのか、と私は思うのである。

大手のなりふり構わぬ戦略の犠牲になった側面はないのか。
格差社会のことはよくわからないが、会社の業績を見れば、二極化が進んでいることは間違いがないだろう。
富める会社しぼむ会社

今までの得意先を、根こそぎ大手に取られてしまっては、小さな会社はどうすればいいのか。
「坂道を転げ落ちるときは、早いぜ」
知人のウチダ氏は、自嘲気味に言葉を投げる。

「坂道を転げ落ちそうになったら、やめてしまえばいいだろ」と私が言うと、「個人と会社は違うんだよ」とウチダ氏。
確かにそうだ。
私の場合は、いつやめてもいいが、一人でも社員がいたら、それは無責任ということになる。

ウチダ氏は、2年前勤めていた広告代理店が倒産して、私と同じフリーランスになった。
今の彼は、イベントの企画から編集、出版、講演会のプロデュースなど、多岐に渡る仕事を一人でこなしている。
広告代理店の営業時代には私に仕事をくれたが、独立してからは一度もくれたことがない。
仕事を貰っていたときは、丁寧な言葉で応対していたが、今は対等だからお互い敬語は一切使わない。

「Mさんの仕事はお上品すぎて、今の俺の仕事には合わねえんだよ」
何がお上品で、何がお上品でないか、一度聞いたことがあるが「まあ、何となくだな」と言って、はぐらかされた。

人のことをお上品だと言うが、彼の仕事場は、もっとお上品である。
銀座線京橋駅から歩いて10分ほど。小さなビルのワンフロアに事務所を構えている。
庶民の当然の疑問。家賃はいくらするのだろう?

推定40平米ほどのフロアには、応接セットが一つと本棚とデスク、冷蔵庫しかない。
壁にはカレンダーも絵も時計さえも掛かっていない。
殺風景と言っていい空間である。

この部屋を見て、彼がどんな仕事をしているか、当てられる人はまずいないだろう。
仕事の匂いがまったくしないのである。

「メシ奢ってやるよ」と言われたので、1年半ぶりに行ってみた。
洒落たレストランにでも連れて行ってくれるのかと思ったら、弁当の出前を頼んでいた。
弁当は、一人前3千円するものだから味には満足したが、何となく拍子抜けした。
むしろ私は、ほっかほっか亭の「のり弁当290円」の方が嬉しかったのだが。

男二人、広い空間で弁当を食うというのは、少しも楽しいものではない。
100グラム当たり4千円(!)するという烏龍茶を飲ませてもらったが、癇に障ったので「普通の烏龍茶とどこが違うんだ。成金趣味になったか」と悪態をついた。

「あんただけだよ、有り難がらなかったのは! 他のやつは、もっと気を遣うぜ」
「ヤッター、ヤッター! 4千円の烏龍茶だ! おいしいなぁ!」とわざとらしく叫んだら、ウチダ氏は、舌打ちをしながら冷蔵庫まで大またで歩いていった。
我が家の冷蔵庫よりも大型である。
バランスが悪過ぎる。
仕事部屋に大型の冷蔵庫など、悪趣味としか思えない。

ウチダ氏は、スーパードライの350缶を乱暴に私の前に置いた。
「結局は、弁当とビールをたかりに来ただけか」
「勘違いしないで欲しい。俺は呼ばれたから来ただけだ。どうせ仕事をくれる気はないんだろ。奢ると言ったんだから、自分の言葉には責任を持てよ」

ウチダ氏はいつも食うのが早い。
私が半分食っている間に、彼は食い終わっていた。
彼は私の悪態を無視して、冷蔵庫からところてんを出して食い始めた。
ツルツルと美味そうに食っている。
その間に二回屁をした。

以前彼が勤めていた会社でもそうだった。
事務所のなかで、平気で屁をするのである。
なるほど、お上品な私とは合わないわけである。

対抗したわけではないが、私はビールを飲み干した後で、大きなゲップをした。
「信じられん! 下品極まりない!」
ウチダ氏は怒るが、どっちもどっちだろう。

「弁当食ったし、ビールも飲んだから、帰るかな」
私が立ち上がろうとすると、ウチダ氏は素早く右手を私の前に出して、「待った!」と言った。
そして、「事務所を法人にしたいんだ。知恵を貸してくれ」と早口で言った。

手間のかかる男である。
最初から、そう言えばいいではないか。
「法人にするということは、儲かっているんだな」と私が聞くと、ウチダ氏は胸を反らせて「まあ、そう言っていいかな」と顎を撫でながら言うのである。

鼻持ちならないやつだ。
独立早々、京橋に事務所を構えるなど、胡散臭すぎる。
そして、今度は事務所を法人にするという。

羨ましすぎるではないか。

「社長、人前で屁をコクのは、おやめになった方がよろしいのでは」
「屁と品格は関係ない。俺の屁には、風格がある。しかし、君のゲップには品格も風格もない。端的に言えば、これが格差社会の象徴である」
「社長、シュールなご意見、たいへん勉強になります」
「ああ、君も人前で屁がコケるようになったら、もう少し金儲けがうまくなるのだがね」
「社長、ご忠告、肝に銘じておきます」
「そうしたまえ」

こんなやつを社長にしていいのだろうか?
ウチダ氏に向かって、屁をコキたかったが、残念ながら出なかった。
私の体は、お上品にできすぎているのかもしれない。


2007/05/27 AM 08:24:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

本気と冷やかし
久しぶりのMac出張講習。
今年はじめてである。

問い合わせは6件来ていたが、スケジュールが合わなかったり、ひやかしだったり、「本気かいな?」と考えさせられるものがあったりで、半年間のご無沙汰となった。

本気かいな……の問い合わせは、こんな具合である。

3月初旬、長野県小諸市に住む男の人から、問い合わせのメールが来た。
MacとWindowsの両方を習いたいのだが、パソコンは将棋のゲームをやるくらいの経験しかない。

そこで、両方のパソコンをまず買いたい。
秋葉原まで車で出て行くので、そこで落ち合って、パソコンの購入からアドバイスをしてくれないか。
そして、それを小諸の自宅まで持って帰って、セッティングをして、さらに使い方も教えて欲しい。
一日で無理だというなら、ホテルを確保しておくから、数日間泊まって教えて欲しい。
拘束料は、一日5万払う。

こんな内容である。

それが本当なら、なかなか割りのいい仕事ではないか。
しかし、先方はこうも言うのである。
パソコンは、クレジットカードで買う。
あなたへの支払いもカードでしたい。夏のボーナス払いでどうだろうか、と。

面倒臭いので、丁重にお断りした。
「夏のボーナスの時期が来て、その時にまだパソコンを習いたい気があるなら、もう一度ご連絡下さい」
私がそう返信すると、「それなら、大手のパソコンスクールに行くよ」という返事がすぐ返ってきた。

はいはい。
そうしてください。


続いて、ひやかしの問い合わせは、こんな内容だった。

以前近所に住んでいた主婦が、もう一度教わりたい、と言ってきたのである。
その主婦Hさんは、2年前に、メールで何度も「Shade」のモデリングのことで質問してきたのである。

最初は、メールだけだったが、たまに電話で質問が来るようになり、私とHさんの家が近いこともあって、一度だけだが、仕事場に押しかけてきたことがあった。
それも、夕めし時に、子連れで来たのだ。
そして、その子どもが、ものすごく情緒不安定な子で、私の仕事場を滅茶苦茶に荒らしまくったため、私はHさんに「出入り禁止」を宣言したのである。

そのHさんは、今回来たメールによると、その後離婚して、単身でアメリカに渡ってグラフィック専門の学校に通ったと言う。
そして、一年間学校に通い、2ヶ月前に帰国して、今は就職活動をしている最中らしい。

1年間のアメリカ生活は、私の「出入り禁止宣言」を忘れさせたようである。

「向こうではずっと、Windowsを使って作業していました。Macの操作で忘れてしまった点がいくつかあります。就職活動に必要なので、少し教えていただけませんか。講習料に関しては、規定の料金をお支払いいたします」
そんなメールとともに、「Shade」で作ったであろうと思われる建築パースが添付されていた。

それを見て、目が釘付けになった。
そのあまりの完成度の高さに、驚愕した。

レベルが違う!
こちらが、「師匠!」と呼びたいくらいの力量である。
構図、表現力、透明感、見せる力、どれもが一流のプロの領域である。

冗談じゃない!
こんなすごいものを作る人に、私が何を教えられるというのだ。
ひやかしはやめてくれ!
これは、ただの自慢ではないか。

だから、お断りした。
Hさんには、「あなたに対する『出入り禁止』は、まだ解けておりません。悪しからず」という、我ながら情けなくなるような内容のメールを送った。
Hさんからは、それ以来返信が来ない。

きっと、呆れていることだろう。
自分でも呆れているのだから、Hさんが呆れていたとしても、無理はない。
まるで、負け犬である。

そして、今回の講習会。

42歳の男性。独身。
Macの経験は、5年。
それだけの経験があれば、かなり動かせるだろう、というのが常識的な判断である。

話をしてみると、Macに対する知識は深い。
私より上かもしれない。
ただ、ソフトはまったく動かせないのである。
使えるのはインターネットの閲覧だけだという。

しかも、パソコンが古い。
G3のタワー型のやつである。
あまりにも古いので、型番は忘れた。
今や、滅多に見かけないタイプだ。

聞くところによると、倒産した会社からもらい受けたものらしい。
中には「イラストレータ8」「フォトショップ5.5」「クォーク3.3」の他に「EGワード」などが入っている。
OSは、8.1。ほとんど化石である。

「5年間Macを使ったが、まったく動かせなかった。おれ、頭悪いから」と自嘲気味に語るサワダ氏。
Macに対する深い知識がありながら、なぜソフトを動かすとなると、駄目なのか。
その原因を探らなければ、いくら教えても無駄なのではないか。私はそう考えた。

まずタイピングをさせてみたが、一行打つのに、10分近くかかっている。
今どき、たった40文字の変換に、そんなに時間がかかる人はいない。
「かな入力」を使っているのがいけないのかと思ったが、「ローマ字入力」でも同じなのである。
いや、余計ひどい、と言った方がいいかもしれない。

文字打ちだけで説明に1時間を要したが、一向に進歩の気配がない。
なぜだろう。あんなにMacの知識は豊富なのに、なんで文字打ちすら覚えられないのだろう。
サワダ氏を観察していると、ひとつ、人とまったく違う面があることに気づいた。
人の話を最初のワンフレーズしか聞いていないのである。
ワンフレーズを聞いただけで、すぐに行動を起こすから、肝腎な部分を聞き逃すことがほとんどである。

つまり、自分の思い込みだけで行動しているから、人の話を消化する能力がない。
イラストレータやフォトショップのマニュアル本が大量に本棚に詰まっているが、どれも新品同様である。
聞いてみると、最初の数頁を読んだだけで、頭がこんがらがって、何もする気が起きなくなると言っていた。

そして、次々に新しい本を買うのだが、どれもパラパラめくっただけで諦めてしまうのである。
その結果、Mac関連のマニュアル本だけで50冊以上あるという始末。
話をしていても、絶えず目が泳いでいて、落ち着きがない。

「本は読みますか?」と聞いてみたら、読まないと言う。
結末を早く知りたいので、真ん中を飛ばして一気に結末まで読むから、ちっとも面白くないとも言っていた。
それはそうだろう。
本は、そんな読み方をするものではない。

「でも、Macの知識はすごいじゃないですか。あれはどうやって覚えたのですか」と聞いたら、昔つき合っていた彼女が教えてくれたと言う。
そこで、私は冗談でこう言った。

じゃあ、インターネットで女性だけが講師をしているパソコンスクールを探して、そちらで受講してみたらどうですか。

すると、サワダ氏は、目を輝かせて、「あー、そうか、その手があったか!」と私の手を両手で強く握りしめて、深く頭を下げるのである。

馬鹿馬鹿しくなった。
お前も、やっぱり、冷やかしだったか!


2007/05/25 AM 07:23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

織田フィールドに落ちた汗
2年ぶりの織田フィールド。12年ぶりのコーチ。

高校の時から、織田フィールドには馴染みがある。
ここは、私の若い汗を吸い取った場所だと言ってもいい「思い出の空間」だ。

今回、私をここに呼んだのは、ナカムラ。
高校、大学で同じ陸上部にいた男だ。

彼も私も短距離を専門としていた。
そして、私たちは、まわりから犬猿の仲、と思われていた。
しかし、卒業した後、OB会で普通に話をしていると、まわりは「なんだなんだ」という顔をする。
要するに、本人たちは犬猿の仲とは思っていなかっただけのことだ。

走ることに対する向き合い方が違うので、反撥している、と周りが取ったのだろう。
私は、中学時代から、短距離に関しては、お山の大将だった。
周りに私より速いやつがいない。
高校の陸上部に新入部員として入ったとき、先輩にも私より速く走る人はいなかった。
大学でもそうだった。
そして、私は独特の走り方をするので、先生や先輩が私を指導することもできなかったのである。

それに対して、ナカムラは努力の人だった。
100メートルの持ちタイムは、私とは1秒近く違った。
彼は、その差を練習で埋めようとしたが、大学3年までの間に、それはほとんど変わらなかった。

簡単に言えば、私は練習の「質」を大事にし、ナカムラは「量」を大事にした。
しかし、二人の共通点が一つだけあった。
二人とも、痩せていたところだ。

私は、180センチで、63キロ。
ナカムラは、175センチ、61キロ。

短距離のアスリートとしては、貧弱である。
筋肉量が少ない。
だから、良質の筋肉量さえ増やせば、速く走れるのではないか。
ナカムラはそう思ったようである。

そこで、プロテインを飲むようになった。
彼は私にも勧めたが、私は断固拒否した。
確かに、良質のタンパク質は、良質の筋肉を作る。
しかし、当時出回っていたプロテインは、ほとんどが輸入物で、中には粗悪品もあったし、今で言う「禁止薬物」が入っているものもあったらしい。

それらは、成分表を英語で明記してあったが、わからない成分がいくつかあった。
だから、「やめた方がいい」と私はナカムラに言った。
しかし、彼は高校3年から飲み始めた。
その結果、彼の体重は6キロ増えた。
背中や尻、腿の筋肉が、私の一回り近く盛り上がって、筋肉質な体になった。
しかし、ただそれだけだった。

ぶっ倒れるまでやる、という前時代的な練習方法とプロテインの摂取は、どこかアンバランスだった。
記録も伸びない。
彼には悪いが、私はそんな彼の練習を冷ややかに見ていた。

そんな冷ややかさが、周りからは、犬猿の仲に見えたのだろう。
ナカムラは、大学を卒業すると、陸上をやめて、名前を聞けば誰もが知っている大手のレコード会社に入った。
そして、12年前に会社を辞めて、母校の高校の教師になった。
それから、すぐに陸上部の顧問になった。
私は、その時にナカムラに呼ばれて、一度だけ後輩を指導したことがある。
それ以来のお呼びである。

ナカムラは、ひとりの新入生を指さして、「あいつの走り、お前に似てるだろ」と言った。
そして、「ただ、お前ほどタイムは良くない。しかし、素質はある」と付け加えた。

たしかに、ストライドの大きな走りと痩せた体は、私の若い頃に似ていた。
私の走りは、ストライドでタイムを稼ぐ走り方だった。
脚の回転は早くない。
よく「脚の回転を早くしろ」と言われたが、それはできない。
ストライドを伸ばすことと、脚の回転を上げることは、正反対のことなのである。
それを両方完璧にこなせた人間だけが、国際舞台で輝ける。
私にそこまでの能力はなかった。

ナカムラが指さした新入生は、ストライドは広いが、私ほど走りに癖はないように見えた。
彼は、それほどストライドにこだわっていないのかもしれない。
彼の最高タイムを聞くと、私の高校一年の時と比べて、0秒6遅かったが、その程度なら「質」の練習が身に付けば、挽回できるかもしれないと思った。

私がそう言うと、ナカムラは嬉しそうに私の肩を叩きながら、「お前ならそう言うと思ったよ」と言った。
「で、どんな練習をさせるつもりだ? プロテインでも飲ませるか」
私が軽口を叩くと、ナカムラが、私の尻を叩いた。

「一つだけでいい。お前が直接アドバイスをしてくれないか」
そうナカムラは言ったが、私は「断る」と言った。
この陸上部の顧問は彼なのだから、部外者が口を挟むのは良くない。
「私はアドバイスはするが、伝えるのはあくまでも、お前だ」
私はそう言った。

「カッコつけやがって」
ナカムラは、私の尻をもう一度叩いてから、私の顔を見つめた。
「で、どうすればいい?」

彼は腕が細い。肩にも筋肉がついていない。
軽いダンベルを持って腕ふりをやらせる。そして、ダンベルを持ちながら、30メートルダッシュ。腕は、できるだけ大きく振らせる。
その間に、ダンベルを持たない10メートルのダッシュを入れる。
階段を三段跳ばしでダッシュさせてもいい。
これは、上半身の力で下半身を引っ張るという感覚を養う練習である。
私は、それしかやらなかった。

そして、私はそれを高校・大学時代を通してずっとやっていた。
ただ、疲れるまではやらない。
疲れは、筋肉を固くするからである。
疲労を感じたら、ストレッチをする。疲労をほったらかしにしない。

あとはイメージトレーニングである。
しかし、新入生はまだイメージトレーニングのレベルではない。
「段階を越えたとお前が判断したら、もう一度俺を呼べ」
私はそう言って、ナカムラと別れた。

新入生とは一度も言葉を交わさなかった。
新入生の名字は、タチバナ。
彼が、いつか新聞の一面に乗る日を思い描きながら、私は、私の汗を吸った織田フィールドを後にした。



2007/05/24 AM 07:35:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | [日記]

極道とダルマ
昨日は、一度も仕事の電話がかかってこなかった。
しかし、それは私にとって珍しいことではない。
一週間に一回はあることである。時に三回はある。

ただ、昨日は訪問者が二人いた。
いつもは、仕事の打ち合わせは、近所のすかいらーくですることにしている。
なぜなら、私の仕事場は、ひと様にお見せするのが恥ずかしいほど、乱雑で汚いからだ。
しかし、今回は家まで押しかけて来やがったやつがいる。
客ではない、友だちである。

「俺んちの物置より汚ねえ!」と言ったススキダ。
それは認める。
お前の家の物置は、確かに整然としている。
しかし、言っておくが、それはお前が偉いからじゃない。お前の奥さんが偉いのだ。
勘違いをするな!

「これでよく仕事ができますね。どこに何があるかわからないじゃないですか」と言ったタカダ。
俺の頭脳を見くびるな!
俺の頭には、すべてインプットされているのだ。
君と一緒にするな!

ただ、今回だけは、こいつらの無礼は許してやろうと思う。
ススキダは、手みやげに大トロの柵(さく)を持ってきた。
タカダは、一番搾りを1ケース持ってきた。
殊勝な心がけである。

ススキダとタカダは初対面だ。
極道顔のススキダと、ダルマ顔のタカダ。
タカダは、ススキダの顔を見て、完全にビビっていた。

私も初対面の時はそうだった。
どこから見ても極道そのものの悪意に満ちた顔。
懐にドスを呑んでいたとしても、何の違和感もない、その存在感。
背中に入れ墨が彫ってあっても、納得してしまうほどの迫力。
本物の極道だって、これほど様にならないのではないか、と常々私は思っている。

「タカダさんも、結構怖い顔してますねえ」
ススキダが笑いながら言う。
笑うと、細い目が垂れて、人相が変わるのである。
ほんの少しだけだが、愛嬌が浮き出す。

「あ、あああ……」
タカダは、小さく頷いていたが、ススキダに「怖い顔」と言われたら、誰だって答えに窮するだろう。
まるで、コントである。

話変わって、今日二人が来たのは、私の講義を聴くためである。
ススキダはコピーライターだが、パソコンを苦手としている。
タカダは天才WEBデザイナーだが、パソコンの知識に乏しい。

今回、二人が偶然にもPDFを作る必要に迫られたが、その知識がない。
だから、私にメールで聞いてきた。
ある程度メールで教えることは可能だが、直に教えた方が理解しやすいので、私の美しい仕事場に呼んだのである。

二人はいかにも高級そうなWindowsのノートパソコンを持参してきた。
ケッ!
そんなものに金かけたって、使えなきゃ意味がねえぞ!
ひがんで、思い切り悪態をついた。

講義を始めると、二人の真面目さがよくわかる。
人の話を最後まで聞くのである。
よく、人にものを教わっている最中に質問する人間がいるが、それは熱心でも何でもない。ただ、無神経なだけである。

まず、話は全部聞く。その上で、わからないことがあったら質問する。
こんな簡単なことができない人間が、世の中には大勢いる。
私の経験上、9割以上の確率で、そういう勘違い人間がいる。

しかし、ススキダもタカダも、私が教えている間、一度も口を挟まずに聞いていた。
メモも取らない。
集中して聞いているのである。

こいつら、顔は不細工だが、教えられる側のマナーをよく知っている男たちだ。
二人とも「イラストレータCS」を持っているので、それを使ってPDFを作る工程を教えた。
これは、難しくない。
イラストレータがある程度操作できればすぐにできる。

ススキダに「WORDでもPDFはできるんじゃなかったか」と聞かれたので、「俺はWORDを使うようなやつとは友だちになりたくない」と言ったら、苦笑いをして黙った。

ページもののPDFを作るときは、これに「Acrobat」というソフトが必要になる。
それを今回、重点的に教えた。
「よくわかった」とススキダ。
「意外と簡単なんですねえ」とタカダ。

教え方がいいと、理解するのも早い(この場合は生徒が優秀だからか)。
「で、このアクロバットってのは、いくらするんだ?」
「4、5万円はするんじゃないか」
「高いな、まけろ!」
「オレはまけてもいいが、アドビが許してくれるかな。あいつは手強いぞ」
「鉄砲玉、ぶち込んでやろうか!」

マジ顔のススキダに、タカダがビビっている。顔が硬直している。

講義が終わって、ススキダとタカダに、私が淹れた美味しいコーヒーを飲ませた。
自分でコーヒー豆を粗めに挽いてドリップしたものである。
「おい、すかいらーくより美味いな、これ」
「すかいらーくと比べるんじゃ、たいしたことはないな」
「いや、俺の近所のコーヒー専門店といい勝負ですよ」
「いい勝負じゃ、しょうがないな」

そんな会話をしているうちに、話がタカダが最近気に入っている浜崎あゆみの話になった。
驚いたことに、ススキダも浜崎あゆみがお気に入りだという。

「だってよ、ほら、俺のカミさんに似てるだろ、あゆってさ」

私は、コーヒーカップをススキダに、ぶつけたくなった。


2007/05/22 AM 07:15:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

タクシーの運転手
今年はじめてタクシーに乗った。

普段、タクシーに乗ることはほとんどない。
去年は、嫁の実家に行ったときに数回乗ったと思うが、仕事でタクシーを利用することはない。

昨日、川崎の私鉄沿線にある病院に、友人のお見舞いに行った。
病院は不便な場所にある。
駅からかなり距離がある。
行きはバスで行ったが、帰りは急用ができたので、タクシーで駅まで行くことにした。

乗り込むなり、運転手に「煙草吸わないでくださいよ」と言われた。

は?
いきなり喧嘩売ってんのか!


客商売が、お客に先に言う言葉は、他にあるだろう。
無礼なやつだと思ったが、私は大人なので「新百合ヶ丘駅までお願いします」と冷静に言った。
アホな運転手と喧嘩しても仕方がない。
わずかな時間だけ、黙って我慢していればいいのだ。

すると、相手はしつこく「煙草やめてくださいね」と言うのである。
ムッとしたが、「怒っちゃいかん」と、念仏を唱えるように我慢した。

私には、煙草を吸う習慣がない。
中学の時から陸上の短距離を専門にしていたので、わざわざ息切れをおこすようなものは吸わない。

短距離をやめてからも、こまめに体を動かしているので、煙草とはまったく縁がない。
人が吸うのは許してやるが、私は吸わない。おそらく、一生吸わないだろう。
煙に金を払うほど、私の暮らしは豊かではない。
煙を吸っただけで、心が落ち着く、という幻想も持ったことがない。

だから、アホな運転手の言葉は無視した。

タクシーは、いくつかの坂道を越えたり、下ったり曲がったりした。
高台の多い街並みというのは、見ていて楽しいものである。
坂道の上まで来ると、遠くに豊かな緑が見えたり、坂道を下ったところには公園があって、池があったりする。
それを見るだけで、心が落ち着く気がする。

アホな運転手の存在は、完全に忘れた。

目を閉じた。
私の体は、たいへん単純にできている。
目をつぶると眠るという条件反射が、どんな状況でも襲ってくるのである。

目が覚めたときは、駅に着いていた。
アホな運転手に起こされたのである。
「あんた! あんた!と耳元で叫ばれた。

あんた?
俺って、このタクシーの中では、客だったよな?
たしか、客として乗ったような気がするのだが、この扱いは、いったい何なのだろう?

今の時代に、客に向かって「あんた」と言う職業がまだ存在するなど、思っても見なかった。
昔は、警官が一般人に向かって「オイ、コラ!」と言ったらしいが、ニュアンスとしては、この「あんた」は、それに近いのではないか。

少しだが、キレた。
「おい、俺は客なのか、それとも『あんた』なのか? どっちだ!」
アホな運転手は、私の言っている意味がわからなかったようである。
親切で起こしてやった、と勘違いしているのかもしれない。

私はもう一度言った。
「俺は客なのか、それとも、ただの『あんた』なのか?」
まだわからなかったようである。

私の顔をじっと見つめている。
50年輩のネズミ男みたいな顔をした貧相な男である。
そのネズミ男が、まばたきを繰り返している。

怒るのも馬鹿馬鹿しいほどのアホ面である。
呆れたのを通り越して、むなしくなった。
私は、一気に怒りが冷めて、「いくら?」と聞いた。

その時だけ、ネズミ男は反応して、金額を言った。
釣りをもらって、タクシーを降りようとしたとき、ネズミ男が言った。
「昼間から酔っぱらってちゃ駄目だよ」

これは、どういう意味だ。
病院から乗ってきた男に、「煙草を吸うな」とか「酔っぱらっちゃ駄目」だとか、支離滅裂ではないか。
もしかして、悪いクスリでも、やっているのか。
病院に見舞いに行った男が、なぜ酔っぱらわなきゃいけないんだ。
見舞い帰りの客は、みんな煙草を吸うのか。

私は、あきれる思いで、ネズミ男の顔をじっと見つめた。
すると、ネズミ男は、こう言うのである。
「人の顔をジロジロ見るなんて、失礼じゃないですか」

ここで私は、一気に自信がなくなったのである。
確かに、人の顔をジロジロ見るのは、失礼である。
彼の言うことは正しい。

だから、「すまん」と謝って、タクシーを降りた。

しかし、電車に乗っているとき、まるで魚の小骨が喉に刺さっているような、妙な違和感を覚えたのである。
いったい、どちらが失礼だったのだろうか、と。


2007/05/20 AM 08:36:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

パクリーランドとパクリアニメ
昨日の夜、友人から電話がかかってきた。
多少古い話になるが、話題になった中国の遊園地「石景山遊楽園」に、ゴールデンウィーク前半に行ってきたというである。

笑えた、大笑いした、と友人は言っていた。
私は彼に「写真撮ったか? もしあったら、メールで送ってくれ」と聞いたが、デジカメが充電切れをおこしていて、撮れなかったという。

間抜けなやつである。
「携帯は? 携帯では撮らなかったのか?」と聞くと、「携帯は、ホテルに置いてきてしまった」と言う。
つくづく、馬鹿なやつである。

この遊園地に関しては、色々と言われているようだが、私は大騒ぎするほどのことはないと思っている。
この遊園地のキャッチフレーズ、「ディズニーランドは遠すぎる」というのが、馬鹿馬鹿しすぎて、気に入っているからである。

確かに、海賊版王国の中国のしていることは、著作権知的財産権の侵害であることは間違いない。
偽ブランド、海賊版CD、海賊版DVDのあきれるほどの氾濫。
その不当は、糾弾されるべきものである。

これは、他人に厳しく自分に極端に甘い中国側の政策も、その原因の一つになっていると思う。
それは、政治家たちが自分の座っている椅子を守ることしか興味がないからだろう。
ただ、これは、どこの国の閣僚も同じである。
中国の現実が他と違うのは、人口があまりに多すぎて、彼らの統制能力の限界を超えていることであろう。

中国が起こす問題の多くは、閣僚が民衆をコントロールする能力に乏しいことが起因していると思われる。
彼らの内外に対する唯一の政策は、「威圧」「恫喝」だけなのだから。
しかし、これも致し方のないことである。
とにかく、人が多すぎるのである。そして、国土が広すぎる。
異民族が、入り乱れすぎている。

そんな地理的、民族的な状況を念頭から外して、ただ「けしからん」と言うだけでは、かの国は変わりようがないのではないか。
いまだに、世界の中心である、というアイデンティティにこだわり続ける国なのである。
そして、それは今や世界一の強大国である、どこかの国のアイデンティティと酷似している。

著作権と知的財産権は、絶対に保護されるべきものである。
これは、万国共通の法律である、と言っていい。

しかし、では「ライオンキング」はどうだったのか、と私は思うのである。
あれは、パクリなのか、それとも手塚治虫をリスペクトしたものなのか。
リスペクト、と言えば聞こえはいいが、もし手塚治虫が存命であったなら、ディズニー側はどんな態度を示しただろうか。

と言うより、手塚治虫がいないからこそ、確信犯的にあの作品を作ったのではないかと、私は邪推している。
それほど、あの作品は「ジャングル大帝」に酷似している。

私には、なぜみんなが「ライオンキング」に対して寛容なのかが理解できない。
「ジャングル大帝」という土台がなければ、「ライオンキング」は存在しなかったのではないか。
登場人物のキャラクタの相似性を比べたら、それはただの言いがかりとは言えないと思うのだが。

あれが「偶然」で許されるなら、著作権の定義は、あまりにも力を持つものに対して都合が良すぎるのではないか。

それなら、「石景山遊楽園」だって、「偶然」ということで強弁すればすむことである。
事実、園長は、強弁していたが…。

北京オリンピックが政争の道具になることを恐れて、中国側は珍しくうろたえていたが、私は釈然としないものを感じる。
たかが、遊園地ではないか。
出来の悪い冗談を笑うくらいの鷹揚さが欲しいものである。
ブサイクな偽キティちゃんと偽ドラえもんには、笑えた(藤子プロやサンリオは訴えたのだろうか)。

外国の映画には、時に、あり得ないような日本人が出てくる。
あれと同じだと考えればいい。

「ディズニーランドは遠すぎる」
中国人にとって、確かにディズニーランドは距離的にも遠いし、彼らの想像力のなかでも遠い存在だろう。
しかし、それは、憧れの裏返しでもある。
それは一種の「リスペクト」と言えるのではないか。

あるいは、あれが西洋文明を茶化したものだとしても、そんな現象は世界の至るところにある。
アメリカ人の好きな陳腐で笑えないパロディと同種と思えばいいではないか。

パロディには、パロディで応えればいい。
ディズニーランドに、無断で京劇をパクったミッキーがいたら、中国側は何と言うだろうか。

政治に利用されたミッキーと、超大国に遠慮して、政治から無視された「ジャングル大帝」。
今回のことは、たったそれだけの違いではないのか。
私には、そうとしか思えないのだが…。


2007/05/18 AM 06:58:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

静岡の公園での出来事
朝早く、得意先に呼ばれて行った。半年ぶりのお呼びである。

得意先は、電車で2時間強かかる場所にある。
静岡県。
半分旅行のようなものだ。

天気がいいので、打ち合わせが終わったら、近くの公園で昼飯を食おうと思って、弁当を作って持ってきた。
おあつらえ向きに、得意先の近所に大きな公園があるので、そこのベンチに腰掛けて弁当を食った。

使い捨ての容器に、おにぎりが三つ。
具のひとつは、肉ミソ。もう一つは、からし明太子。そして、エビのすり身をマヨネーズで和えたもの。
このエビのすり身のマヨネーズは、我ながら絶品である。
サッパリとしているのだが、味わいがあって、ご飯に合う。
私がコンビニの外食担当者なら、必ずこれをメニューに加える。
大人から子どもまで、幅広い層に受け入れられる味だと思う。
実際、エビ嫌いの私の娘も、これなら「うめえ!」と言って、食ってくれる。
担当者の方、是非ご一考下さい!

おかずは、自家製のコーンクリームコロッケ、小口に切った鮭の照り焼き、ラディッシュとパプリカのピクルスである。
それを、コンビニで買った500ミリリットルの「極旨」を飲みながら食う。
最初は、350を手に取ったのだが、1本しか買わないのに350では失礼だろう、と思って500にした。

天気がいいので、アウトドアランチにはもってこいである。
食べ終わったとき、おむつが取れていない年頃の子どもが、私の前に立った。
男の子である。
澄んだ目で下から見上げている。

「こんにちは」と挨拶をした。
すると、向こうも頭を下げたのである。
いい子だ。

年は、1歳半から二歳。
男の子だが、セーラー服っぽい上着を着て、下は短パンである。
私を見ても、まったく警戒の色がない目をしている。

「ママはどこにいる?」と聞いたが、首を傾げて、笑うだけだ。
可愛いが、あまりにも無防備に笑顔を振りまくので、心配になった。
もう一度、「ママは?」と聞いた。
しかし、彼は微笑むだけである。

そして、ベンチに座ろうとした。
座ろうとしたが、彼にはまだ、自力でベンチに座る力はない。
だから、私が手伝って、彼をベンチに座らせた。

そして、しきりに何かを言っているのだが、私の頭では理解できない言語である。
「コーエン」とか「チュベリダイ」という言葉は何となく理解できたが、それ以外は聞き取り不能な言葉の羅列である。

しかし、私は笑顔で頷いた。
こちらが笑顔を見せると、彼もとろけるような笑顔を返してくれるからである。

いい笑顔だ。
「う〜ん、う〜ん!」と言いながら、自分の胸を叩く仕草もしている。
これって、パッション屋良のただ一つの芸ではないのか。
これは偶然なのか、それとも真似なのか。

「パッション?」と聞くと、彼も嬉しそうに「パチョン!」と甲高い声で答えた。
真似のようである。
頻繁に胸を叩きながら「う〜ん、う〜ん!」と言っている。

その仕草は可愛いが、幼児が自分の胸を叩くというのは、あまりいいことではない。
だから、「ダメ! それはダメ」と言って、やめさせた。
彼は、私の顔をじっと見つめて、「キャキャッ!」と笑いながら頷いて、胸を叩くのをやめた。
賢い子である。

会話にならない会話を20分ほどしていたとき、「チャー、帰るよ」という声が後ろから聞こえた。
振り向くと、男のように刈り込んだ髪をした女性が、後ろから男の子を抱えているところだった。
彼は、泣いて抵抗したが、大人の力に敵うわけがない。
「ギャー! ビエー!」と全身で泣いたが、母親は、そんなことにはお構いなしに、彼を力づくで連れて行った。

母親は、私には、何の関心も示さなかった。
泣き声だけが、私の耳に残った。
最近の母親はまったく……、と言うつもりはない。知らないオッサンは無視した方がいい。
私も自分の子どもには、そう教えているからだ。
ただ、どんなときでも、私は礼を言うのを忘れたことはないが。

その後、数分、ボーッとした時間を過ごした。
すると、「仕事をお探しですか?」と近づいてきた女がひとり。
40歳前後のサーモンピンク(!)のスーツを着た太った女性である。
化粧が濃い!

私は、黙っていた。
胡散臭い人間とは、関わらない方がいい。
それは、遠い昔、私の祖母が教えてくれたことである。
だから、遠くの綺麗な花時計を見つめながら、無視した。

しかし、彼女は、そんなことにはお構いなしに「お仕事は、どんな職種をご希望ですか」と、たいへん職業的な笑顔で、話しかけてくるのである。
おそらく、公園でのんびり弁当を食って、子どもの相手をしている私の姿を見て、失業中だと思ったのだろう。
仕事を斡旋してくれるつもりらしい。

彼女は、勝手に私の隣に座って、営業的な微笑みを浮かべ、「時給はどれくらいがお望みですか」と重ねて聞いてきた。
私は面倒臭くなって「3千5百円」と答えた。

「それは!」と大袈裟に首を大きく振って、彼女は言った。
「現実を知らな過ぎますね。そんな会社はありません。もっと、現実的にならないと」

では、現実的な額というのは、いくらなのだろう。
「800円から820円です」と私の目を見据えながら、彼女は大きく頷いて答えた。

「8時間働いて、6400円ですか」と私が言うと、「ないよりは、いいじゃないですか」と胸を反らせる。
まあ、それはそうである。
働く場所がないよりは、確かにいい。

「で、それは、どんな仕事ですか?」
興味を持った、と思われるのは嫌なので、なるべくさりげなく聞いてみた。
すると彼女は、体を私にすり寄せて、私の膝に手を置いて力を込めて言うのである(全身に鳥肌が立った!)。

「とても、簡単な仕事です。バカでもできる仕事です!」

「バカでもできる仕事」って、何だ!
このままでは、この女を絞め殺したくなりそうなので、私は立ち上がって、こう答えた。

「おれは、バカじゃないんでね、遠慮しときますよ」
ベンチの横にあるゴミ箱に、使い捨ての弁当の容器を捨てて、極旨を持ちながら私は歩き始めた。
すると、私の背中に女の罵声が聞こえた。

「あんたね、人が親切に言ってるのに、何様よ! 昼間っから酒飲んで、そんなこっちゃ、いつまでたっても、まともな仕事につけないよ!」

はいはい。
たしかに、フリーランスは、まともな仕事じゃございません。
悪うございました!


2007/05/16 AM 07:17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

ガスが充満している
大宮に得意先がある。
4年前から仕事をいただいている印刷会社だ。

得意先のことを、こんなにあからさまに書いていいのか。
自問自答をしたが、「いい」という心の声が聞こえたので、書くことにした。

先週お呼びの電話がかかってきたので、土曜日の午前中に行ってきた。
この会社は、社員全員がよそよそしい。
社長は熱い人なのだが、社員は私に対していつも無関心である。冷たいと言ってもいい。

仕事をしている最中は、まったく近寄らないし、打ち合わせの時も事務的で役所の人と喋っているような錯覚を覚えるほど、血が通っていない応対をする。
いや、今どきは、役所の人の方がもっとフレンドリーかもしれない。
とにかく、話が発展しないのである。会話が成立しない。
無駄話など、できる雰囲気ではない。

今回は、PDFで送られてきたデータを、印刷に適したものにする、という作業である。
これは、何度もやってきた。
担当者には、以前に何度も説明したのだが、今回また同じことを聞かれた。

20歳から25歳、と見える若い担当者は、一応メモを取っているのだが、覚える気は、おそらくない。
なぜなら、二ヶ月前にも同じケースがあったのに、また同じことを聞いてきたからである。

実際にPCを動かしながら説明をしたが、覚える気がない人間にものを教えるほど、虚しいことはない。
腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいので、こちらも事務的に教えた。

そこへ、社長が通りかかった。
「Mさん、ご苦労さま! おや、Mさん、痩せましたね! 恋やつれですか、いやあ、そんなことはねえか!」
一人で盛り上がっている。

そして、担当者の顔を見て、「おい、サカイ! ちゃんと先生に教えてもらうんだぞ。お前やればできるんだからよ。今日の仕事は、先生から教わったことを覚えるだけでいいぞ。絶対忘れるなよ!」と言いながら、サカイさんの肩を激しく両手で叩いた。

サカイさんは、よろけながら「へへ」と頭をかいた。
「Mさん、あとでオレの部屋に来てよ。オタールXOがあるからさ」

そうか、今日は恒例の「あの日」になるのか。

社長は、私に向かって親指を立てたあとで、今度は、サカイさんのお尻を思い切り叩いて、事務所を出ていった。

ここの会社の社長と社員の温度差のギャップは、北極とエクアドルくらいの違いがある。
社長としては、こんなやる気のない社員を抱えてウンザリだろうが、社員の側から見れば、熱すぎる社長というのも鬱陶しいかもしれない。

無表情な顔のままのサカイさんに、ひととおりの講義を終えて、私は社長のいる事務所に入っていった。
社長はすでに、応接室の応接セットに座って、テーブルの上にブランデーグラスをふたつ並べていた。
右手にはオタールXO。

私が社長の前のソファに座ると同時に、社長はブランデーグラスに、やや赤みがかった液体を注ぎ始めた。
テーブル中央のガラスの器には、スモークチーズが盛られている。
BGMは、モーツアルトである。
土曜日午前11時10分。
これから、社長の独演会が始まる。

独演会といっても、その9割は社員に対する不平不満である。
あるいは、罵詈雑言、と言ってもいいかもしれない。
社員17人に対する日頃の鬱憤を、私にぶつけるのである。

「普段は、こんなこと誰にも言えねえんだよ。カミさんにも言えないし、取引先にも言えねえ。でも、Mさんにならわかってもらえるんじゃないかって思ってさ。悪いけど、聞き流すだけでもいいから、聞いてくれませんか」
そう言われたのが、昨年の6月頃のことである。

人の愚痴を聞く趣味は私にはないのだが、社長の目の奥にいつにない懊悩が見えた気がしたので、首を縦に振った。
冗談で、サイドボードにあったオタールエキストラを指さして「あれを飲ませてくれるなら、いいですよ」と言ったのである。

社長は、その冗談を真に受けて「おお! お安いご用だ」と時代劇がかった言い方をして、新品のオタールの封を切った。
オタールエキストラ。私の記憶に間違いがなければ、1本5万円近くしたのではないだろうか。
言ってみるものである。

それから、3、4ヶ月に1回、社長の愚痴を聞くことになった。
オタールエキストラは前回で飲み干してしまったので、今回はXOになったようだ。

チーズをつまみにコニャックを飲む。
社長に言わせると「木偶の坊ども」のゆるい仕事ぶりを、身振り手振りを交えながら、次から次へと語るのである。

社長は、私と同じ人種である。
人を頭ごなしに怒ることができない。
力ずくで人を屈服させたり、人の心を鉈(なた)で切るような無神経なことを言うこともできない。
褒めて育てるタイプである。

しかし、よほど人間の出来が良くないと、そんな性格はただ疲れるだけである。心がすり減る。
だから、溜まって腐臭を放っている心のガスを、どこかで放出しなければ、精神の均衡が保てない。
その放出の場所に、私が選ばれたのである。

高級なコニャックさえ飲ましておけば、黙って話を聞く同類。
同類ではあるが、立場上、私が社長に愚痴をぶつけるわけにはいかない。
社長にしてみれば、ただで高いコニャックを飲ませてやっているのに、愚痴まで聞いてやる義務はない。
だから、私は永遠にガスの放出場に徹しなければいけない。

約2時間、社長の毒ガスを受け止めた。
それにより、社長はスッキリしたようである。
上機嫌で、私にミニチュアボトルのオタールXOをくれた。

毎回、必ずミニチュアボトルをくれる。
私はそれを家に持って帰るが、飲むことはしない。
安いステーキ肉をフランベするときに使うのである。
これをすると、格段に風味が増して、安さを誤魔化せるからだ。

オタールを飲んでしまったら、社長の愚痴を思い出すことになる。
それでは意味がないので、他人の愚痴を、炎と一緒に燃やしてしまう。
これって、なかなか洒落ているではないか。私は、これが結構気に入っているのである。

帰りにロジャースに寄って、安いステーキ肉を仕入れた。
ささやかだが、これが私のガス抜き方法なのである。


2007/05/14 AM 07:41:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

ボーリングでストレスが溜まる
10日は予定通り、入金があった。
しかし、先月末に入る予定だった大口の入金は、まだである。

二度、担当者に催促したのだが、「経理に聞いてみます」と言うだけで、具体的なことは言ってくれなかった。
払ってくれないと今後の予定が立たない、と責める人間が身近に一人いる。
払ってくれないのは、向こうが悪いだけで、私は悪くないと思うのだが。

そんなとき、同業者にボーリングに誘われた。
奢ってくれるというのである。
ストレス解消には、いいのではないか。
だから、つき合ってやることにした。

自慢ではないが、運動神経はいい。
勘がいいせいか、大抵のスポーツは、ひとより早く覚える。
しかし、ボーリングとアイススケートだけは苦手である。
体のバランスが、適していないのかもしれない。

アイススケートは、尻餅ばかりついている。
ボーリングのアベレージは100を少し超える程度である。
ストライクは取れるが、スペアが取れない。
力任せに投げるだけだから、コントロールが一定しない。
フォームも、みんなから「変!」と言われる。

同業者のクドウ氏は、ひと月に最低5回は、ボーリングをしているという。
アベレージは、160。マイボールも持っている。
フォームも、まるでプロのように流れるような美しさである。
だから、私が敵うわけがない。

今日は、クドウ氏の引き立て役に徹するか。
そう思いながら、適当に投げ始めた。
1ゲーム目。クドウ氏は、176点。私は、82点。ダブルスコア以上である。
実力の差は、歴然。

2ゲーム目。クドウ氏 151点。私 77点。
3ゲーム目。クドウ氏 144点。私 95点。
4ゲーム目。クドウ氏 152点。私 107点。
5ゲーム目。クドウ氏 138点。私 161点。
勝ってしまったのである。

クドウ氏の目つきが変わった。
飲み物を掴んだ手に力が入っている。
お互い無口な方だが、ほとんど会話がなくなった。
気詰まりである。
普通だったら、私が勝つわけがないのだが、と思いながら投げた。

しかし、
6ゲーム目。クドウ氏 141点。私 142点。
1点差で勝ってしまった。
7ゲーム目。クドウ氏 165点。私 165点。
同点である。

同点だから、もういいではないか、と思った。
投げていても、全然楽しくないし…。
だから、「もう、やめませんか」と言ったのだが、無視された。
私の方を見ようともしない。
そうすると、私は彼のそんな態度に腹を立てて、ムキになるのである。

ムキになった結果、
8ゲーム目。クドウ氏 150点。私 95点。
「やめましょうか」
クドウ氏が勝ち誇ったように言ったので、さらに腹を立て、「もう一回!」と答えた。

9ゲーム目。クドウ氏 141点。私 101点。
「もう一回!」と言おうとしたが、隣のレーンで投げていたミニスカートの女の子のきれいな脚を見たら、急に冷静になった。
その女の子の顔が、きれいな脚に似合わず●●だったので、さらに冷静になった(ガッカリした?)。

帰りにスドウ氏にカウンターバーで、ビールを奢ってもらった。
「Mさん、5ゲーム目あたりから、力が抜けていて、いいフォームでしたよ。でも、勝ち始めたら、極端に崩れましたね。Mさんらしくないな、って俺は思ったけど、ボーリングは意外と性格が出るんですよ。Mさんの隠れた部分が見えましたね」

そうですか。
しかし、勝てば、何とでも言えますよ。
あなただって、途中でかなり不機嫌になっていたじゃないですか。

ボーリングは性格が出るんですか。
そうですか。
あなたの性格が、私には、よくわかりましたよ。

結局、ストレスは解消されなかった。



2007/05/12 AM 07:22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

レトルト食品
信じられないことが起こった。

昨日一日だけで、見積もりの依頼が5件も来たのである。
それも、すべてホームページだ。

売れっ子WEBデザイナーのタカダならわかるが、私にこれほどの数の見積もりが来るなど、前代未聞である。
この世の終わりが近いのかもしれない。

日本沈没、巨大隕石の落下、宇宙人の襲来、氷河期の到来、The Day after tomorrow・・・。

ただ、すべてが見積もりだけで終わる可能性もある。
いや、ぬか喜びで終わる確率の方が高い。
だから、あまりはしゃがない方がいい。

見積もりは、意外と疲れるものである。
昨日は結局、見積もりをしただけで、仕事は何もしなかった。
5月末アップ予定のホームページは9割方できあがって、大体の目途はついた。
急ぎの仕事はない。
のんびりしたものである。
BoAの「Sweet Impact」を聴きながら、腹筋や腕立て伏せを繰り返した。

朝は、友人が送ってくれたレトルトの中華丼を食いながら、もらい物の銀河高原ビールを飲んだ。
昼は、レトルトの野菜丼を食いながら、銀河高原ビールを飲んだ。
夜は、家族揃ってレトルトのカレーを食った。私だけ、銀河高原ビールを飲んだ。

最近のレトルトは美味いので、3食レトルトでも飽きない。
中華丼などは、出そうと思ってもなかなか出せない味である。濃厚だが、しつこくない。
感心した。

私はこれでたいへん満足なのだが、ヨメは「3食レトルトでは貧乏くさい」と言う。
しかし、そうは言っても、正真正銘の貧乏人なのだから、貧乏くさいのは当たり前ではないか。
こんなことで見栄を張ってどうする!

貧乏のどこが悪い!
レトルトのどこが悪い!
SMAPは音程が悪い!
巨人戦は視聴率が悪い!


などと、テーブルを叩いていたとき、電話が鳴った。
ナンバーディスプレイを見ると、ドラッグストア経営者のK社長からである。
K社長が夜7時過ぎに電話をしてきたことは、今までに一度もない。
気配りの人なのである。

K社長とは、8年近い付き合いで、社長の経営するドラッグストアのチラシの仕事をいただいている。
一昨日、今週末に出すチラシが校了になった。
まさか、それにミスがあったのか。
社長がこんな時間にかけてくるのだから、緊急の用に違いない。

緊張しながら、電話を取った。
「Mさん、プールでき上がりましたよ」
嬉しそうなK社長の声。

なんだ、プールかよ。
力が抜けた。

K社長は、私と同い年である。
ドラッグストアを興してから、12年。
いま、9つのチェーン店を持っている。
今年中にあと2店舗増やしますよ、と先日嬉しそうに言っていた。
私は8年前から、そのチラシを毎月1〜2回やらせていただいているのである。

温厚な性格。無口で照れ屋。家族思い。従業員思い。
人物として、かなりできあがっている人である。
K社長は、伊豆高原に別荘を持っているが、そこはほとんど保養所のようになっていて、自分のための別荘ではなく、従業員のためのものになっている。

「Mさん、いつでも使ってくださいよ。テニスコートも近いから、Mさんにはもってこいじゃないですかね。いつでも部屋を空けて待ってますから」
何度もそう言われたのだが、いまだに一度も行っていない。

K社長のことだから、それは絶対に社交辞令ではないと思うが、私は病的なほど「図々しい」という言葉に反応するタイプだから、踏ん切りがつかないのである。
従業員でもないのに、ホイホイと誘いに乗るのは、あまりにも図々しい行為ではないのか。
そんなことにこだわってしまうのだ。

K社長は、昨年末自分の別荘の隣の敷地を買い取ったらしい。
そして、私にこう言うのである。
「Mさん、プールと離れを作るから、ご家族連れで遊びに来なさいよ。車も好きに使っていいからさ」

何という好意。
何と太っ腹な男。
これほど言うのだから、一度くらいは好意に甘えてもいいか、と思うのだが、それでも私は踏ん切りがつかないのである。
それは、やっぱり、あまりにも図々しいのではないか。

「ホントに来てくださいよ。使ってくれなきゃ、作った意味ないからさ。頼みましたよ」
社長は、それを言うためだけに、電話をしてきたのだ。

同い年の男ふたり。
かたや、3食レトルト食品を食いながら、もらい物のビールを飲んで満足している男。
もう一方は、他人のために、別荘にプールまで作る男。

どちらが上等で、スケールの大きな人間かは、一目瞭然。
比較にもならない。

しかし、それでも私は思うのである。
レトルト食品は、美味い! と。



2007/05/10 AM 07:31:09 | Comment(0) | TrackBack(1) | [日記]

お礼ぐらい言わせろ!
書いてみるものである。

前回、金がなくて一日一食しか食っていない、とこのブログに書いたら、ブログを読んだ友人2人から、すぐに差し入れが届いた。

一人は、天才WEBデザイナーのタカダ君。
銀河高原ビールを15本送ってくれた。
梱包を開けて、その美しい姿を見たとき、涙でラベルの文字がにじんだ。

早速、タカダにお礼の電話をしたのだが、タカダは高いテンションで、「返信来ましたよ、Tさんから。ウッレシ〜イ! サイコー!」と叫びだした。
彼のことだから、私に気を遣わせないように、と思って話題を変えてハイテンションを装っているに違いない。

私は、その気遣いに感動し、ここはきちんと、お礼をしておかなければ、と思った。
それが礼儀というものである。
「タカダ君、宅急便届いたよ。どうも、あり…」
「師匠、『VOYAGE』って歌、知ってます? 『僕達は幸せになるため この旅路を行く 誰も皆癒えぬ傷を連れた 旅人なんだろう ほら笑顔がとても似合う』って、歌詞があるんですけど、それ聞いて、涙が出るくらい感動したんですよ。それをTさんにメールで送ったら、彼女も同じところで感動したって返信をくれて、体が震えましたよ」

それはよかった。
「それでですね。昨日の夜は、こちらからメールをしていないのに、Tさんがメールをくれたんですよ。『今はどの曲を聴いてるんですか』って。これって、すごくないですかぁ! 何か滅茶苦茶ハッピーですよ、オレ! ホントに師匠のおかげです。いやあ、師匠に足を向けて寝られませんよ!」

それはよかった。
「で、オレ今なに聞いていると思います? 『part of me』って曲なんですけど、これがまたいいんですよ。『時々僕は思うんだ 僕達は生まれるずっと前 ひとつの命分け合って 生きていたんじゃないかって』って歌詞で始まるんですけど、これ、すごい言葉ですよね。深いですよ。DEEPですよ。胸に響きませんか? 師匠!」

電話を切った。

もう一つの差し入れは、大学時代の同級生ノナカからだった。
彼と私は、奇妙な偶然で絡み合った仲である。
そもそも、友だちになったきっかけは、馬鹿げた偶然からだった。
大学一年の最初の授業の時、二人ともフランス語を選択していたのだが、間抜けなことに中国語のクラスで授業を受けていたのである。

教授が、黒板に中国語をいきなり書き始めたのを、二人とも「あ〜、このひと中国人なんだ。中国人がフランス語を教えるんだ」と、隣り合わせの席で、感心して眺めていたのである。
途中で、それが本当に中国語の授業だと思ったときは、二人同時に「えっ!」と言って、お互いの顔を見つめてしまったのである。

ヘチマ顔のノナカ。
ノナカとは、それ以来の付き合いである。
そして、ノナカとの偶然の出会いは、それからも運命を弄ぶように、数限りなく繰り返された。

それは旅先だったり、お互いの生活圏とはかけ離れた書店であったり、まったく接点のなさそうな葬儀の場であったり、予測不能な場所で遭遇することが多かった。
彼は15年前から生まれ故郷の仙台で塾を経営しているが、10年以上前の4月末頃の平日に、鶴ヶ城で花見をしているところに出くわしたことがあった。

私が会津若松での出張を終えて、丁度花見の時期だった鶴ヶ城を散策をしていると、「マツ〜」という間延びした声が聞こえた。
嫌な予感がした。
「またかよ!」と思った。

振り向くと、赤ら顔のヘチマ男が一升瓶を抱えて笑っていた。
「いなり寿司もあるぞ〜、おまえ好きだったろ〜」と言われたら、一緒に食うしかない。
日本酒を五合飲まされて、車で仙台の彼の自宅まで拉致された。
それからまた酒盛りである。
彼とは、こんな馬鹿げた偶然が沢山ある。

極めつけは、20代半ば頃、二人して駒沢公園でジョギングをしたあと、サイクリングロードで自転車を走らせているときだった。
ちょっとした勾配の途中、お互いの乗った自転車のチェーンがまったく同時に切れたことがあった。
あり得ない偶然である。
購入時期も、メーカーも違うのに、まったく同時に、同じ場所同じ時間に切れたのである。

だから、ノナカとはあまり距離を詰めないようにしている。
どうせ、偶然どこかで出くわすのだから、積極的に会う必要はない。
メールだけでいい。電話もかけない。
そんな付き合いが、ここ10年続いている。

しかし、私のブログは毎回読んでくれているようである。
メールでのやり取りも、頻繁ではないが、している。

ノナカから送られてきたのは、期限切れが近いレトルト食品が、中型の段ボール箱いっぱいに詰められたものだった。
カレーやシチュー、親子丼、牛丼、中華丼、お粥、麻婆豆腐の素、ご飯パックなど、百食近くある。
知り合いのディスカウントスーパーから8割引きで仕入れた、と同封の手紙に書かれてあった。
日付を見ると、消費期限が今年の5月から7月までのものばかりである。

これは嬉しかった。
しかも、どれも美味しいのである。
高校二年の息子など、ごはんの上にレトルトの牛丼を3パック分のっけて、「うますぎるー!」と叫んでいる。

早速ノナカにお礼の電話をした。
「ありが…」
「おい、来月6年ぶりに東京に行くから、会おうぜ。娘が東京タワーに上りたいっていうから、お前も家族引き連れて埼玉から出てこい。でも、東京タワーのどこで会うか、打ち合わせをするのはよそうぜ。時間も場所も自由だ。会えたらいいし、会えなくてもそれでいい。久しぶりに偶然の出会いを演出してみないか」

相変わらずバカな男だ。
こんなバカな男に勉強を教わる子どもたちが可哀想である。
しかしそんなバカにも、お礼だけは言っておかなければいけない。
それが礼儀というものである。

「ありが…」
ああ、そう言えば、ハセガワの妹のクニコ、この間仙台に出張に来てたぞ、確かおまえ大学時代、つき合ってたよな?!」

電話を切った。

段ボール箱いっぱいのレトルト食品、送り返してやろうか。
もう、10食ほど食ってしまったが。



2007/05/08 AM 07:25:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

餓死寸前
無性に腹が減っている。

4月29日から5月5日までの七日間、一日一食しか食っていない。
二日くらいなら我慢できるが、さすがに一週間はきつい。

なぜ、メシが一日一食なのか。
金がないからだ。

4月末に入る予定の金が入ってこなかった。
それも2社。
1社は、本当なら3月末に6ヶ月分が入る予定だった。
しかし先方の事情で、一月待ってくれと懇願されたので待ったのだが、いまだに入金はない。
6ヶ月分で90万円弱。これは大きい。

もう1社は、毎月20日締めで翌月末払いの会社だが、3月20日に請求書が届かなかったというので、翌月払いで処理されてしまったのである。

3月18日、日曜日の夕方、請求書をポストに投函した。
この場合、郵便物は翌月曜日の朝に必ず回収される。
朝回収されたら、同じ県内なら、翌日配達されるというのが、今までの常識である。
しかし、届かなかったというのだ。
今の郵便事情では、遅配は当たり前なのか。

何のための、郵政民営化だ! 責任者出てこい!
と、思い切り罵りたいところだが、腹が減って、パワーが出ない。
どうか、責任者の方、出て来てくださいませんか〜〜〜〜、グー(腹の鳴る音)。

しかしこれは後日、社長に無理を聞いていただき、支払っていただいた。
感謝、感謝である。
これにより、必要な支払いは、滞りなく終えることができた。

今月は、印刷会社2社への支払い。外注先1社への支払い。カラーレーザープリンタのトナー代(4色分買うと結構値が張る)。家賃。光熱水費。通信費。息子の高校の授業料3ヶ月分。修学旅行の積み立て金、私とヨメの実家への仕送り、と支払いが山積み。
その結果、合計141万円也が、あっと言う間に消えていった。

月末の入金を当てにしていたから、大赤字だ。
新しいパソコンを買うための「パソコン貯金」があるが、これはアンタッチャブルである。
一度手をつけたら、きりがなくなるから、これだけは取り崩したくない。

次の入金予定の10日まで、我慢の日々が続く。

メシに関して言えば、実は大量に冷凍保存したものがある。
だから、3食食おうと思えば食える。
実際、私以外はみな普通に3食食っている。
しかし、その10日の入金がもし遅れたらどうする? と、私は危機感を持っているのである。
二度あることは三度ある、と言うではないか。
だから、私だけ夕飯だけで我慢している。

5月2日に、営業に行ったのだが、打ち合わせの最中に腹が鳴るというみっともなさ。
担当者は、知らぬふりをしてくれたが、あとできっと「Mさん、腹がグーだってさ」と話題にされたに違いない。
被害妄想。

しかし、我が家は貧乏だ、と威張っても、子どもたちにはゴールデンウィークの予定がある。
小学六年の娘は、ステラタウンに友だちとお買い物。
高校二年の息子は、友だちとお台場へ。

子どもたちに向かって、金がないから我慢しろ、とは言えない。
金がないのは、親の都合で、子どもたちには関係がない。
だが、ないものはない。

どうしたらいい? と考えた。

音楽CDを売ろう、と決意した。
CDは、全部で75枚あった。
お気に入りのだけを残しておこう、などとみみっちいことを考えるのは嫌なので、全部売った。

2万6千円で買ってくれた。
高く買ってくれたのか、それとも安く買い叩かれたのかは、判断できない。
やれやれ、と思っただけである。
CDラックには、見事に何もない。目立つのはホコリだけ。

その中から、1万円ずつ子どもたちにお小遣いを上げた。
残りは、事務所の口座に入れた。

娘は3日にステラタウンに買い物に行き、買い物袋を両手に提げて、上機嫌で帰ってきた。
息子は、4日にお台場に遊びに行って、深夜近くに興奮しながら帰ってきた。行く前は風邪気味だったが、帰ってきたときには治っていた。

とりあえず、ささやかではあるが、親の責任は果たせた。
ほっとした。

しかし、腹は減っている。
猛烈に減っている。
発泡酒も飲みたい。

10日の入金が、もしも遅れたならば………、
きっと私は餓死していることでしょう。


2007/05/06 AM 08:28:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

パンダの怪我
今年のゴールデンウィークは、ホームページの仕事が一件。
友人の紹介で貰った仕事なので、結構気を遣う。

ページ数も多く複雑なので、さらに気を遣う。
渡されたワークフローを何度も確かめながら、作業を進めていく。
5月下順にはアップしたいという先方の希望があるので、ノンビリとはしていられない。
メールで頻繁に打ち合わせをしながら、細かいところを詰めていく。

天才WEBデザイナーのタカダに丸投げしたいところだが、彼も忙しいらしく「師匠、それどころじゃありません!」と、珍しく強い口調で拒絶された。

一人で、たまにになりながら、キーボードを叩いている(鬱になる原因は他にもあったが)。
だから、疲れる。

疲れたときは、寝るに限る。
ヨメは、近所の奥さんの家で長話をしている。
高校二年の息子は、大宮のBOOK OFFに行っている。
小学六年の娘は、友だちとステラタウンにショッピングに行っている。
寝るには丁度いいシチュエーションである。

仕事場に毛布を持ち込んで横になった。
目を瞑る。
そして、すぐに眠った。

起きたのは、1時半過ぎ。3時間も寝ていた。
丁度、息子が帰ってきたところだったので、チャーハンを作って、食わせた。
私は諸般の事情があり、朝昼は抜いている(ダイエットのためではありません)。

食べながら息子が言う。
「あのさあ、パンダ、足怪我していたみたいだよ。歩き方が変だった」
それを聞いて、私は「なに!」と叫んだ。

パンダは私が親しくしているノラ猫である。
全体の柄がパンダに似ているので、我が家ではパンダと呼んでいるのである。
「パンダ、どこにいた!」
私の剣幕にひき気味になりながら、息子が場所を教えてくれた。

私は息子が教えてくれた場所まで駆けた。
見回すと、2段式駐輪場の隅っこで、パンダは竹輪を食っていた。
「パンダ」と呼ぶと、顔を少しこちらに向けたが、また竹輪に食らいついた。
私は近づいて、「おい、怪我してるんだって」と話しかけたが、パンダは背中を丸めて、竹輪にむしゃぶりついている。

グシャグシャグシャッっと、音を立てながら、全身で竹輪と闘っている。
重傷なら、そんな食欲はないだろう。
だから、安心した。

パンダは食い終わると、私の顔を見て「ニャー」と鳴いて、すぐ腹を見せた。
私は、すぐにパンダの足を観察した。
怪我の場所はすぐにわかった。左の後ろ足である。
腿の付け根から、5センチくらいのところに、血のかたまりがあった。
それも、かなり広い面積である。
これは痛そうだ。

触ってみようとした。
すると、「フゲェ!」と体を起こしながら怒るのである。
よほど痛いのだろう。

「でもなあ、パンダ。おまえ、これって重傷だぜ。治らなきゃ、おまえだって、つらいだろ」
パンダの目を見つめながら、もう一度触ろうとしたが、足をピクピクさせながら拒む。
怒りはしないが、パンダの目は、いつもの媚びるような目ではない。

「お前になんか、触らせネェぞ」という目つきである。
猫は、さすが独立独歩の生き物。
野生の心意気を見た思いがした。

持てあまし気味になっていたところに、バイクを転がしながら、駐輪場に入ってきた男がいた。
何度か見かけたことがある顔だが、話をしたことはない。
パンダの腹を撫でながら横目で見ていると、男はバイクを駐輪場の隅の柱に、長いチェーンでくくりつけてから、シートをかぶせた。

そして、ゆっくりと私たちの方に近づいてくると「あれ、その猫、おたくの猫なんですか? よくこの辺で見かけますけど」と、気軽に話しかけてきた。
目が可哀想なくらい垂れていて、人の良さそうな笑顔である。
ただ、体の方はマッチョである。肩の筋肉が盛り上がって、アメフトの選手みたいになっている。
学生ではないだろう。勤め人だとは思うが、職種は読めない。

「いや、ノラ猫なんだけどね、子猫の頃から知っているから、まあダチみたいなもんだね」
私が言うと、彼は笑顔のまま頷いた。
「でも、足を怪我してるらしいんだ。だから、ちょっと心配でね」
と続けて言うと、彼はパンダの傷口を確認してから、意外にもこんなことを言うのである。

「わっ、こりゃ痛そうだ。可哀想ですねえ!」と、ひと声上げたあとで「あのー、俺の友だちに獣医のタマゴがいますけど」と、私の顔を窺いながら言った。

獣医のタマゴがいますけど…、何だというのだろう。

その獣医が診てくれればいいのだが、俺は金はないぞ!
ただで見てくれるなんて、そんな都合のいい展開を期待するほど、私は単純な人生を生きてはいない。
だから、「あっそう」と軽く答えた。

しかし、彼は勢い込んで、こう言うのである。
「あいつ、今は何でも勉強だ、って言ってますから、もしかしたら、診てくれるかもしれないですよ。無料で
そう力を込めて言いながら、もう携帯電話を取りだしている。

様子をうかがっていると、彼は勝手に話を進めて、電話を切った。
そして、垂れた目のまま、ガッツポーズを作るのである。
「あいつ、今日は暇なんで、すぐ来るそうです。30分くらいで来られますって」

何と都合のいい展開だろう。
私は、ほとんど信じられない気分で、彼の顔を見つめていた。

すると、彼は「そうだ!」と手を叩きながら言って、突然姿を消した。
そして、次に現れたときは、段ボールと汚れたバスタオルを抱えていた。
大きめの段ボールを組み立て、その底にタオルを敷いた。
そして、パンダを抱えようとしたが、パンダは「グギャア!」という声を発して逃げようとした。
私は、それを慌てて抑え、パンダの目を見て言い聞かせた。

「いいか、おまえは怪我人だ。怪我を治してやるんだから、じっとしてろ。いいな、いい子にしてるんだ!」

パンダは、「ニャー」と抗議の声をあげたが、暴れることはせずに、私に素直に抱かれて段ボール箱に収まった。
そんな様子を彼は、感心したように見つめていた。
「あー、人によって、ちゃんと言うこと聞くんだ。賢いなあ!」

段ボール箱に入れられたパンダは、必死に出ようとするが、足が痛くてジャンプが出来ない。
私の顔を見て、「ニャー」と鳴くが、すぐ諦めて横になった。
ノラ猫にとって、バスタオルはかなり気持ちいいようで、顔をタオルに押し付けて、すぐにウットリとした顔をして目を瞑った。

そんなパンダを見ながら、私たちは、カワサキのバイクの話で盛り上がった。
彼、モリナガ君は、カワサキの中古の400ccを安く手に入れて、手を加えて乗っているという。
バイクが愛おしくて仕方ないという垂れ目の笑顔は、ほのぼのとした雰囲気が溢れていて、話をしていても楽しい。

そして、丁度話が途切れた40分後に、獣医のタマゴ君が到着した。
白衣は着ていない。モスグリーンのジャージの上下である。
手には、黒いバッグを提げている。
無表情。超然とした雰囲気を持った男である。
わざわざ来てくれた礼を言うと、モリナガ君が「こいつ、年中ヒマしてますから、呼べば必ず来ますよ」とタマゴ君をからかった。

タマゴ君は、「ヘン」と軽く笑って、早速パンダを診てくれた。
半分眠っていたパンダは、いきなり足を持ち上げられて、「ギャッ」と大きな声で鳴いたが、タマゴ君は、平気な顔でパンダの顔を押さえている。
そして、「これは木の折れた部分に引っかけて出来た傷ですね。これは意外と厄介ですよ」と冷静に言いながら、パンダの顔を押さえたまま、カバンから消毒薬っぽいものを出して、乱暴にふりかけた。

「グッギャッ!」と鳴いたパンダは、下半身だけで暴れていたが、薬から逃れることは出来なかった。

タマゴ君は、パンダの足を観察しながら、無表情に言う。
「これ、しばらく預からせてくれませんか。この傷は結構ダメージ大きいですよ。化膿する可能性もあります。小さい傷なら猫はなめて治しますけど、これくらい大きいと自然治癒は難しいかな。それに、ノラ猫仲間にいじめられるんじゃないですかね。そうするとさらに悪化します。いま治せば、それほどダメージは残らないと思いますから、預からせてください」

預からせてください、と言ってもパンダはノラ猫だから、私に発言権はない。
そして、治療費を払うことも出来ない。
私がそう言うと、タマゴ君は、「もちろん、それはわかっています。ただ、治ったとしても、またこちらに放すことになりますけど、それでもいいですか。衛生上も動物愛護的にもノラ猫を増やしたくはないんですけどね」と、少し顔をしかめながら、声を落として言った。

しかし、パンダもノラ猫に戻ることを望んでいるのではないか。
勝手な想像だが、と私が付け加えて言うと、モリナガ君も大きく頷いて、「そうだよね。そっちの方が気楽だもんね」と軽い口調で言い、タマゴ君の肩を叩いた。

それを聞いたタマゴ君の行動は、素早い。
いきなり段ボール箱を抱えて歩き出したのである。
私とモリナガ君は、慌てて彼の後を追って、「どれくらいで治るかな」と同時に聞いた。

タマゴ君は、車の後部座席に段ボール箱を押し込みながら、「さあ、猫次第かな」と邪険とも言えるような口調で答えた。
そして、彼の車はそのまま去っていった。

呆気にとられた二人。
お互い顔を見合わせて、苦笑い。

「いつも、あの調子なんですよ」
と頭をかきながら、モリナガ君が独り言のように言ったあと、私に頭を下げて帰ろうとした。
私は、彼のそのあっけない素振りに慌てながらも、彼の号棟と電話番号を聞いた。

「どうもありがとう。助かりました」
私が頭を下げると、「飼い主でもないのに、そんなの、変ですよ」と笑われた。
私は、彼の垂れた目の奥に見える優しい光に、つい見とれた。

ノラ猫一匹のことに、こんなに真剣に向き合ってもらえるとは、正直思わなかった。
このゴールデンウィークは、ストレスの溜まることばかりだったが、張りつめた糸が少しゆるむような力の抜けたひとときを味わうことができた。

「また」と、お互い言って、軽く手を振って別れた。

そして、家に帰った私は、冷蔵庫から竹輪を取りだして、かじった。
「パンダが帰ってきたら、竹輪を大量に差し入れしてやろうか」と思いながら。



2007/05/04 AM 07:12:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

年商一億の男
友だちに奢ってもらった。
大学時代の陸上部仲間である。

彼らとは、4年に1回顔を会わせて、体力測定のようなことをしたあと、飲み会をやる。
しかし、それ以外で集まることはない。
少ない人数で集まることはあるようだが、私はほとんど参加したことがない。
埼玉に引っ越して13年の間に、出不精になってしまったのである。

そんな私に気を遣って、昔の仲間5人が大宮まで来てくれた。
彼らに言わせると、大宮は交通の便がいい。
埼京線、京浜東北線、高崎線、宇都宮線、東武線、新幹線などがあるから、東京から足を運びやすい、と言うのである。

こじつけに近い気の遣い方だが、好意を無にするのも大人気ないので、行くことにした。
わざわざ大宮まで来て奢ってくれるというのだから、断る理由はない。

「忙しくないか」と聞かれた。
毎月5日締めの仕事が、ゴールデンウィークのせいで、2日締めに繰り上がった。
だから、「忙しいに決まってるだろ、バカ野郎!」と、とても奢ってもらう人間とは思えないような悪態をついた。

場所は居酒屋。
彼らは皆、私のカラオケ嫌い、高級店嫌いを知っているから、大衆的な居酒屋である。

私が店に入ると、すでに5人は来ていた。
ハゲ、デブ、カツラ、出っ歯の他に、20数年ぶりに会う男の顔があった。
オオクボ。
彼とは、大学を卒業した次の年に羽田空港のロビーで出くわしたことがある。
それ以来の再会である。

オオクボは、陸上部だったが、二年の前期で辞めてしまったこともあって、陸上部のOB会には一度も出てきたことがなかった。
OBだから、彼が出ても誰も文句は言わないのだが、辞めたときの事情がワケありだったので、彼の方が遠慮したのかもしれない。

久しぶりに見るオオクボは、どこかの会社の社長のような威厳を漂わせて、私を見ると「よう」と軽く手を上げた。その時、左手にはめた高級そうな時計がキラッと光った。
ハゲでもデブでもカツラでも出っ歯でもない、品のある紳士という感じである。
この野郎! 成功しやがったな!

「オオクボがどうしてもマツに会いたいって言うから、みんなでここまで来てやったんだぜ」
カツラが、恩着せがましく言った。
カツラの言葉を無視して、オオクボの前に座り、握手をした。

「どこの社長やってるんだ」
と私が聞くと、ハゲが「なんだ、知ってたのか。オオクボと連絡取ってたのか」と言った。
それを無視して、私は「いい年の取り方をしてるじゃないか」と言って、ハゲが持っていたジョッキを横取りして、オオクボと乾杯をした。
ハゲが「チェッ!」と言うと、みんなの笑顔が弾けた。
こんな些細なことがきっかけで、20数年前に戻るのである。

オオクボは6年前に独立して、コンサルタント会社を経営しているという。
抱えている社員は4人。
「年商は」とストレートに聞くと、「去年やっと一億を超えた」と正直に答えてくれた。
少しはにかむような言い方だった。その顔を見て、私はオヤッと思った。
私のイメージの中のオオクボと変わっていたからだ。

成功したからだろうか。
表情に余裕が感じられる。

「お前はどうなんだ」と聞かれた。
「俺は、水槽の底を、ゆっくりと泳いでいるよ。たまにフンが落ちてくるが、それが今の俺のエサだ」
オオクボは「ハハハ」と大きく笑って、ジョッキを一気にあけた。
そして、「お前は、昔からよくわからない人間だった。今もそれは変わってないな。安心したよ」と言い、それから急に真面目な顔になった。

「でも、俺はお前に教わって良かったことが、ひとつだけある」

何だろう。
出っ歯の顔を見た。ハゲ、デブの顔を見た。カツラの顔を見た。カツラのずれを直しているところだった。

「お前は、絶対に怒らなかった。俺たちは、お前が怒ったところを一度も見たことがなかった。後輩に何かを教えるときや、後輩たちが気を抜いたときも、お前だけは怒らなかった。俺たちは怒鳴り散らしていたのに、お前だけは怒らなかったよな。俺は、そんなお前を見て、なんて軟弱な野郎だ、って怒ったことがあった。覚えているか」

確かにオオクボが私に食ってかかってきたことがあった。
「もっと、親身になれよ。他人事みたいな顔をするな!」、と。

大学時代のオオクボは、いつもピリピリしていた。
いつも何かに怒っていた。
彼は3000メートル障害を得意種目にしていたが、5千メートルも1万メートルも走った。

私たちの学校では伝統的に、2年生が1年生を教えることになっていた。
2年に上がってからの、オオクボの後輩に対するシゴキはすさまじいものだった。
彼は、自分にも厳しかったが、後輩にはもっと厳しかった。
独自にメニューを作って、そのノルマを果たせなかった人間には、特別メニューを用意して、倒れるまでやらせるのである。

倒れたところで何かが見えてくる。俺もそうやって強くなっていったんだ。だから、お前たちも出来るはずだ。
それが、彼の信念だった。

それに対して、私は短距離と中距離、走り幅跳びや投擲(とうてき)の後輩の指導をしたが、集中力を基本にした練習のスケジュールを組んだから、オオクボのグループの3分の1か4分の1程度の練習しかしなかった。
そして、出来なかったとしても怒ることはしなかった。むしろ、一度でもいい走りをしたら、褒めた。

人間の体は、集中力が続く時間は限られている。
同じ反復練習をしても、ピークを過ぎてしまえば、疲れるだけである。
倒れたところで何かが見えてくる、というのは、最もらしく聞こえるが、私には錯覚か自己満足にしか思えなかった。

だから、「自分の体と相談しながら走れ」というのが私の唯一の指導法だった。
そんな私を、オオクボは、軟弱だ、他人事だと言って罵るのである。

しかし、新人戦の結果は、歴然としていた。
私が教えたグループは、みな上位入賞したが、オオクボが教えた長距離のグループは惨敗だった。
彼らは、レース当日は、疲れ切っているように見えた。
体にキレがなく、走りのバランスが崩れていた。

オオクボのプライドは、そんな些細なことでも深く傷ついてしまったようである。
オオクボは、それから陸上部に来なくなった。
キャンパスで会えば話をしたが、陸上の話はしなかった。

「俺はな」と、今オオクボは言うのである。
「みんなから温厚なオッサンだと思われてるんだよ。不思議だろ。学生時代、あんなにとんがっていたのに、今は仏のオオクボさんだよ。それは、お前に教わったんだ。ひねくれ者のお前に、な」
オオクボは新しいジョッキをまた豪快に飲み干して、私を指さした。

「あの時は、お前の指導法が成功したのは、まぐれだと思っていた。あんなのは偶然だと思っていたんだ。しかし、独立してから気づいたんだよ。人をコントロールするのは、力じゃない。ツボだ。人間はどこかに動かされるツボを持っている。俺はそのツボを力で押そうとしてばかりだったが、力では人は動かないんだ。極道の世界では、力は有効かもしれないが、堅気の世界では、ツボは別のところにある。力で支配しても、心は別のところにある。それがわかったから、俺はこうして独立して、曲がりなりにも人様に偉そうなことを言っていられるんだ。これは大学時代、お前に教わったことだ」

あの時のことが、それほどオオクボの心にわだかまりを残していたのか。
しかし、酒の席の余興として、これはあまり上等なものではない。
苦笑いをするしかない。

ハゲ、カツラ、出っ歯は頷いていたが、デブはラフテーにむしゃぶりついていた。
デブはいつでも幸せそうだ。
これでも、中堅会社の人事部長なのである。
大学時代57キロだった体重が、今では百キロ弱。
出っ張った腹を、角煮にしたいくらいである。

オオクボがあまりにも真剣に語るので、場の空気を変えようとして、私はデブからラフテーを奪って、オオクボのジョッキの中に放り込んだ。

「ワッ!ワワワ、なんてことを!」
デブが、ジョッキに指を突っこんでラフテーを取ろうとしたが、デブの指は太くて短い。
底に沈んだラフテーを取ろうとして、指を懸命に動かしたものの、ラフテーまでは届かない。
そして、「指がつったぁ!」と大袈裟に叫んで、左手で右手の指を押さえた。

それを見てオオクボが笑いながら、ジョッキの底に沈んだラフテーを割り箸でつまんで、デブの口に押し込んだ。
デブは、それをヘラヘラと笑いながら、美味しそうに食っている。
全員爆笑。

久しぶりに楽しい時間を過ごした。
今度彼らと会うのはいつになるだろう。
次に会うときは、ハゲはさらに禿げて、デブはもっと太っているかもしれない。
出っ歯は入れ歯になって、カツラはきっと新しいカツラを着けていることだろう。
そして、私とオオクボはどうなっているのだろう。

オオクボは、さらに温厚になって、私は逆にとんがっているかもしれない。
当たり前のように、「またな」と言って、別れた。
みんな新幹線で帰るという。
この金持ちどもが!

オオクボ。
今だから言わせてもらう。

俺は、ただ怒るのが面倒臭かっただけなんだよ。
お前みたいに、怒るエネルギーがなかったんだ。

怒ると、疲れるだろ。
疲れることはしたくなかったんだ。

なんてね。


2007/05/02 AM 07:37:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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