Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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変なガイジン
新しく訪問する会社は、緊張するものである。
先々週初めに、問い合わせのメールがHP経由で来たのだが、先々週、先週は暇なデザイナーとしては珍しく仕事がたて込んで、時間が取れなかった。

断られてもいい、という気持ちで、ずっと返事を延ばしていたが、先方は気分を害することもなく、気長に待ってくれて、28日の土曜日午前中に訪問した。
場所は上尾。
駅から5分もかからない場所だった。

担当者は、かなり年輩の人だ。私より10歳は上だろう。
見るからに温厚そうな紳士で、腰が低く、声も渋い。
ドラマの世界から抜け出してきたような人である。

まず、私が出来ることと出来ないことを、こと細かく説明した。
これはかなり肝腎なことである。
出来ないことを要求されて、「なんだこいつ、使えねえな」と勘違いされても困るからである。

独立当初は、どんな仕事でも引き受けていた。
出来ないものは、人にやってもらえばいい、と軽く考えていたからだ。
しかし、これは時に大きな失敗を招く。
私と同じように、世の中には安請け合いの人間が少なからずいるのである。
彼らも、「ああ、それなら任せてください。得意ですから」と調子のいいことを言うが、できあがったものを見ると、私がやった方が良かった、と思うケースが何回かあった。

そんなときは、時間と金の無駄使いを痛感する。
何回か、そんなことがあって、出来ることだけを請け負うことにした。
だから、この最初の説明は大事なのである。

担当者は、穏やかな顔で、私の話に何度も頷いてくれた。
そして、「でも、あれですなあ」と体を少し私の方に乗り出して、私の目をじっと覗いた。
私は見られる職業ではないので、照れる。
それに、人にストレートに見られるというのは、あまり好きではない。

柴咲コウになら、いくら見られてもいいが……。
いや、柴咲コウに見つめられたら、オレの心臓は止まってしまうかも。
見つめられたい気もするが、心臓が止まるのは嫌だ。
妻夫木聡は、よく死なないな。

そんな妄想に入り込んでいるとき、「エヘン」と咳払いが聞こえた。
「いやあ、Mさんは、正直な方ですね。普通個人で仕事をしておられる方は、もっとはったりをかましますよ。自分を大きく見せようと、見苦しいほど虚勢を張るんですが、Mさんにはそれがない」
ゆっくり首を縦に振って、感心する様子は赤ベコを思い起こす。

「大変いい人と巡り会ったようです。仕事に関しては、部内のものと相談してまとめますので、その時は、Mさんのお手を煩わせますが、よろしくお願いします」
深々と頭を下げられた。

なんだ、すぐ仕事をくれるわけではないのか、と思ったが、ことを急いではいけない。
話を聞いてもらえただけでも、儲けものである。
何もせずに舞い込んできた話なのだから、もともとがゼロなのだ。
そう思えば、いつまででも待てる。

「よろしくお願いします」と大きくお辞儀をして、会社をあとにした。
上尾駅までの道を、ノンビリと歩いていた。
商店街の手前まで来たとき、「チョット、チョットチョット!」という軽薄な声で呼び止める声がした。
イントネーションは、外人のものである。

悪い日本のギャグを覚えて、それを使いたくて仕方がないという幼児的な困った外人の声。
横を向くと、マウンテンバイクに乗った二人の外人が、私のすぐそばにいた。
笑っている。

ロジャースの駐車場で、お会いしましたね」
流暢と言ってもいい日本語だが、微妙にイントネーションがずれている。
変なところで息を吸っているから、「ロッ、ジャーゥスゥノォ、チュウシャジョォウデ、オ、アーイシマスタネ」に聞こえる。

確かに会った。
一ヶ月以上前のことである。
買い物袋を持って駐車場の中を歩いていると、今日と同じように、2台のマウンテンバイクが近づいてきたのである。

寒い日だったが、彼らの格好を見ると、紺色のボロボロのスーツを着て、ズボンなどは裾がすり切れてスダレ状態になっていた。ワイシャツのボタンもひとつ取れていた。
マウンテンバイクだけは、新品の高級そうなものだったので、その違和感が妙に印象に残っている。

お決まりのことだが、布教活動で、イギリスから来ている留学生らしい。
二人ともいい男である。
まともな格好をしたら、若い女の子が騒ぐのではないか、と思うほどのイケメンである。

そのイケメンが、パンフレットを渡しながら、「怪しいものではありません」と言うのである。
ボロボロのスーツと新品のバイクの組み合わせは、充分に怪しいが、私はこの手の人を邪険に扱うことが出来ないのである。

布教と言われると、誰しも腰が引ける。
外人から日本語で突然話しかけられると、さらに胡散臭く感じて、及び腰になる。
「忙しいから」と言って、無視して通り過ぎても文句は言わないだろうが、それが出来ないのである。
外人コンプレックスはないと思うのだが、自分でもよくわからない。
目の奥に真剣な光がある。それだけで許してしまうのである。

だから、その時も丁寧に答えてしまった。
10分くらい、真面目に話をした。
彼らは、何かを買ってくれとか、どこそこに来てくれということは一切言わず、パンフレットに書かれたホームページアドレスを指さして、「もしパソコンを持っていたら、これ見てください」と言うだけである。

そして、唐突に「今いちばん大事なものは何ですか」と聞かれた。
私が、「君たちと同じだよ。自分の家族だ」と言うと、彼らは大きく頷いて、意外にも泣き出すのである。
「私も、そうです。立場上、神と言わなければいけないのでしょうが、私も一番大事なのは、イギリスに残してきた家族です」
そう言って、涙をポロポロとこぼすのだ。
演技か、と一瞬思ったのだが、二人のあまりにも見事な泣きっぷりに、私は少し感動してしまったのである。

「ホームページは見させてもらうけど、俺、神様信じてないから
私が意地悪にそう言っても、「わかります、わかります」と頷き、涙でビショビショの顔で「いいです、それでいいです」と無理矢理握手を求められた。

その時は、それだけで別れた。
そして、今日の「チョット、チョットチョット」である。
「思い出しましたか」と、また無理矢理握手を求められた。

着ているものは、相変わらず紺のボロボローのスーツ。
バイクは大切に扱っているらしく、ピカピカである。
「神が素敵な偶然を与えてくださいました」と大袈裟なことを言うので、ここで布教されても困る、と身構えたが、「ああ、神様、信じてなかったですね」と、惚れ惚れするような笑顔で言われた。

布教するつもりはないようである。
その代わり、意外なことを言われた。
マクドナルド、好きですか」

は?

意味がわからない。
なんで、ダイワハウスなんだ?
いや、なんで、マクドナルドなんだ!?

「これ」と言って差し出されたのが、マックのプリペイドカードである。
今度は、カードで吊る作戦か、と思ったのが私の顔に出たのかもしれない。
彼は慌てて、「ノー」と大声で言って、「私たちは、ファーストフード嫌い。だから、あなたにあげる。これもらい物です」と言ったのである。

しかし、そんなものを貰う理由がない。
友だちならわかるが、彼らは友だちではない。
私がそんなことを言うと、彼は悲しそうに目を伏せて、袖振り合うも多生の縁、というじゃないですか」という最近の日本の若い人では絶対に言わないようなことを言うのである。
目に真面目な光を宿して、私を見つめている。

笑った。
そして、もらってもいいか、と思った。
彼の言うとおり、2回も偶然出会えば、縁はあると言うことだ。
彼らの宗教は、受け入れられなくとも、好意は受けてもいいんじゃないか。
都合のいい話だが、そう思ってしまったのである。

「ありがとう」と言って受け取ると、また惚れ惚れするような笑顔で「サヨナラ」と言われた。
頑張れよ、と言って手を振った。

そして、私は上尾のマクドナルドに入って、フィレオフィッシュのセットを食った。
人からもらったカードで食う昼食は、たいへん美味かった。



2007/04/30 AM 08:24:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

「あや」から「あゆ」へ
「師匠、ご相談が」
と、WEBデザイナーのタカダから、昨日の朝電話がかかってきた。

仕事のことではないだろう。
彼に教えることは、もう何もない。
むしろ、私の方が教わりたいくらいである。

立場逆転。
普通の人なら、やけ酒を飲むところだろうが、天才と同じ土俵で相撲を取ってもしょうがない。
私には私の優位なところがある(はずだ)。

「相談料はいらないが、ビールならいくらもらってもいいぞ」
私が言うと、タカダは銀河高原ビール、入荷しました!」と大きな声で言った。
「よし、相談にのろう!」

「実は先日いただいたTさんのメルアドですが」
と何故か小声で喋るタカダ。
「メールしたのかい?」
「それが、まだでして……」

先日、タカダと私が共通の得意先にしている会社の事務員Tさんのメルアドを、彼に教えた。
浜崎あゆみ大好きのTさんに、「あゆ」を話題にして近づくようにアドバイスしたのである。

純な30男は、照れ屋で臆病だ。
自分の人生の中で、出会いのチャンスが少ないのを知っている。
あと何回チャンスが訪れるのか。それを怯えながら、数えているのである。
だから、一つひとつのチャンスを大事にしたい。

その考えは、よくわかる。
「気楽に行こうぜ。結婚を申し込むわけじゃないだろ。とりあえず、あゆの話だけしていればいいんだから」
「それはわかってるんです。だから、一昨日、Tさんに聞いてみたんです」

タカダの話によると、あれから2回Tさんの会社に行ったが、話しかけることはできなかったらしい。
そして、いきなりメールを送るのも怖かった。

「だって、いくらなんでも、不自然じゃないですか。師匠のご紹介でメールをしました、なんて」
「俺は、紹介はしてないぞ。ただメルアドを教えただけだ。あとは、お前の責任だ」
「師匠、それはない! そんな冷たいことを」
「やっとわかったのか。俺の心は氷でできているんだ」
「何を言ってるんですか。師匠の心は、マグマのように温かいじゃないですか」(タカダ君、マグマは温かいんじゃなくて、熱いんだよ)
「そうなんだよ。俺の心はドロドロさ。そして、氷もマグマも、触ればヤケドをする。だから、俺には気をつけろ」

いつものことだが、私の話は必ず関係ない方にずれていく。
そんなとき、タカダは無言で抗議をするのである。
沈黙。

「で、タカダ君。一生、そのメルアドを大事にしまっておくつもりかな」
「いや、ですから、一昨日、Tさんに聞いたんです。師匠、もう無駄な話の回り道はやめましょうよ」
ごめんなさい。回り道をして迷ってしまうのが、私の駄目なところなんです。

「師匠にあなたのメルアドを教えてもらったんですが、浜崎あゆみさんの情報交換をしたいので、メールを送ってもいいですか、って」
なんと、バカ正直な男。
だから、私はタカダに敵わないのである。
彼のこの純度の高い正直さは、芸術的である。

彼にWEBデザインをはじめて教えたとき、その吸収の早さに舌を巻いた。
彼の頭脳は、まるで良質のスポンジのように、新しい知識をまたたくまに吸い込んでいくのである。
それは、彼の純な性格がポンプの役割をして、天賦の才能を汲み上げているのだろう。

タカダは、あらためて、すごいやつだと思う。

「で、彼女はなんて言った?」
最初は、いつもの笑顔が凍り付いて、タカダの顔をじっと見ていたらしい。
しかし、すぐに笑顔に戻って、「ああ、タカダさんも、あゆがお好きなんですか」と嬉しそうに答えてくれたと言う。

「あゆの情報交換なら、という限定ですが、メールを送ってもいいって」
最後の方は、デレーッとした顔が浮かぶくらい、鼻息荒く語っていた。

「とりあえず、あゆのCD全部買いました。アルバムだけですが」
アルバムだけでもたいしたものである。
いったい何枚あるのだろう。
しかし、これだけでもタカダの力の入り方がわかるというものである。

「まさか、ファンクラブに入ったなんてことはないよな?」
「・・・」

入ったようである。

「毎日、あゆ漬けですよ。いやあ、師匠、食わず嫌いはいけませんねえ。もう、ホント、最高ですよ、あゆ!」
上戸彩は、どこいった!?」
「・・・」

まあ、「あゆ」も「あや」も一字違いだから、いいか。
「で、ご相談とは?」
「あのー、さきほど、師匠にメールをしたんですよ。ちょっと読んでみてくれますか」

ARENA」を開く。
確かにタカダからメールが来ていた。
読んでみると、あゆの歌を聴いた感想が、箇条書きで綴られている。
力が入りすぎである。
若い子なら、ウザイ、と言って3行以上読むのを拒むだろう。

「それで、これを読んで、どうしろと?」
「それ、Tさんに送るメールなんですが、文章を添削していただけませんか。オレ、文章にはまったく自信がないので」

タカダ君、言っておくが、
俺は、学習塾の先生じゃない!



2007/04/28 AM 07:55:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

迷い犬スバル
これは最近の話ではない。
3月初旬の頃の話である。
以前ブログに書こうと思ったが、話が長くなりそうなので、途中で書くのをやめた。

しかし、書くことがなくなったので、今回書いてみようと思う。
話は長くなります。
もし犬に興味のない方は、またのお越しを!

毎月5日締めの仕事も終わって、気分転換のジョギングをしたあとで、クーリングダウンをしながら、遊歩道を歩いていた。
帰り道にトイレがある。
そのそばに、リードのついていない犬を見かけたのである。

おそらくシュナウザーの一種。
このあたりでは見かけたことのない犬種である。
賢そうな顔をしている。
トイレのそばの水飲み場で、水を飲んでいた。
あたりを見渡したが、誰もいない。
不思議に思ったが、飼い主はトイレに入っているのだろうと思って、また歩き始めた。

少し歩いていくと、電柱の貼り紙が目に入った。
「犬を探しています」
と大きく書かれたA4サイズのカラーコピーが、パウチされて貼られていたのである。

犬の写真も載っている。
シュナウザーである。
偶然か? まさか? それはないよな。
と思いながら、よく見ると、毛並みは先ほど見たシュナウザーそっくりである。

まさか、ね。
それは、話ができすぎだろう、と思ったが、シュナウザーはそうそう頻繁に見かける犬ではない。
「名前:スバル、4歳、中型犬、性格:おとなしい、いなくなった場所:自宅前、日時:2月27日」
と書いてある。

引き返した。
まだ犬はトイレの横にいた。
「スバル」と呼んでみた。
犬は、素早く声の方を見て、ゆるく尻尾を振った。

近づいて、頭と身体を撫でながら、「スバル」と声をかけ続けると、その間犬はずっと尻尾を振っていた。

これは、当たりだな、と思ったが、さあ、どうしよう。
携帯電話は持っていない。
確か、貼り紙の下に連絡先が書いてあったと思うが、近くに公衆電話はない。
我が家まで走って帰り、電話をするしかないようだ。

私は犬の目を見つめながら、「いいか、スバル、動くなよ、ここにずっといろよ」と言った。
犬が頷いた感じがした(そんなことはないか)ので、私は貼り紙のところまで駆けていき、電話番号を覚えた。
調査会社の番号である。
犬の飼い主が、依頼したのだろう。
ということは、かなり犬を大事にしていて、今はかなり落胆しているに違いない。
だから、急がねばならない。

全速力で家に帰り、電話をした。
調査会社の担当者は、「あー、ホントですか! すぐ行きます」と怒鳴るように言って、そのあと「ありがとうございます」と叫んだ。

私はまた全速で駆けて、トイレまで戻った。
スバルは、トイレの横で、寝っ転がって日向ぼっこをしていた。
私の言ったことが通じたようである(そんなことはない)。
私が「スバル」と呼ぶと、顔だけ持ち上げて、尻尾を振った。

「おまえ、本当にスバルだよな?」
と体を撫でながら私が言うと、今度は大きく尻尾を振った。
鼻筋を撫でると、恍惚の表情を浮かべて、顔を地面につけ「フゴゴ」と鼻を鳴らした。

10分ほど待ったところで、白い車がトイレの脇に止まって、中から若い男が走り出してきた。
「Mさんですか、ありがとうございます」
90度の角度で頭を下げている。
そのまま2秒ほど停止。
大袈裟な感謝のポーズである。
しかし、悪い気はしない。好青年と見た。
年は20代後半か。眼鏡をかけていた。

「J調査のYです」と言って、名刺をくれた。
すべての動作が、シャープである。さらに好感を持った。

Yさんは、「スバル、スバル」と言って、犬の前でしゃがみ込んだ。
スバルは、また顔を持ち上げて、尻尾を大きく振った。
そのあと、Yさんはスバルの首輪を見て、大きく頷いた。

「Mさん、大当たりですよ。首輪にSUBARUって刻印されています。間違いありませんね」
私も首輪を見てみた。
確かに「SUBARU」の刻印がある。
さすが、専門家である。私は首輪を見ることなど、まったく思いつかなかった。

「貼り紙をして四日目です」
とYさんは言った。
そして、「だいたい、こういう迷い犬のケースは、見つからないことが多いんですよ。事故にあったり、連れ去られたりで、不幸な結果が多いんですが、今回は本当に嬉しいです」とまた90度の角度で頭を下げられた。

「それに、電話がかかってきても、ひやかしや悪戯電話が多くて、まったく嫌になるんですよ。『お前の犬は首をちょん切って、川にほうり投げた』とか『車でひいてペチャンコになっている。ざまあみろ』なんて電話をわざわざかける人がいるんですよ」
Yさんは、眉をきりっと上げて本気で憤慨していた。
世の中には、暇を持てあましているやつが大勢いるということか。

しかし、今回は、良かった良かった。一件落着である。

二人して、笑いあった。

そして、Yさんは携帯を取り出して、電話をした。
「飼い主にも連絡しましたので、もうすぐ来ると思います。Mさん、ご都合はいかがですか」
Yさんは、そう言ったが、これ以上関わるのは面倒臭いので「ちょっと急ぎの用が」と嘘を言って、私はその場を離れた。
私の連絡先は知らせたので、何かあったら電話してくるだろう。

Yさんからの電話は、夜7時過ぎにあった。
しかし、Yさんの声は沈んでいた。
「飼い主にスバルを渡しました。でも、喜んだのは最初だけで、変なことを言うんですよ。『なんか、私が知っているスバルじゃないみたい。』って。『でも、首輪にはSUBARUって彫ってありますよ』とぼくが言うと『姿形はスバルだし、エサの食べ方もスバルなんだけど、なんか前と違うのよ。名前を呼んだあとの表情が少し違うような気がするの』って言うんです。『それは、しばらく会わなかったからじゃないですか。スバルも少し警戒しているのかもしれませんよ。でもすぐ戻りますよ』って僕が言っても、飼い主は『でもね〜』って暗い顔をして首を傾げるんです」

調査会社に依頼するくらいだから、犬を可愛がっていたのは間違いないだろう。
あまりにも心配の度が強くて、心に違和感が生じただけではないのか。
犬も千差万別。飼い主を見て、すぐ飛びつく犬と、遠慮がちに様子を見る犬がいてもおかしくはない。
性格はおとなしい、と書いてあったんだし。

「それだといいんですけどね。でもぼくが帰ろうとすると、飼い主はポツンとこう言ったんですよ。『新しい犬を飼おうかしら』って」

それはどういう意味だろう。
なぜそんな発想になるんだろう。

「新しい犬が来たら、スバルはどうなるんですかね」と私が言うと、Yさんは「それ、怖くて聞けませんでしたよ、ぼく」とため息をつきながら言った。
沈黙があった。

私は苦笑いをするしかなかった。
おそらく、電話の向こう側でYさんも苦笑いをしていたのかもしれない。
彼はもう一度大きく息を吐いて、「またご連絡します。今回は本当にご協力ありがとうございました」と言った。

それ以来、飼い主から連絡はない。
私が犬の飼い主なら、犬を見つけた人間に何かしら挨拶をする。
電話をするか、手紙を書く。
しかし、今に至るまで、何もない。

その代わり、スバルが見つかって六日目に、高級そうなチョコレートの詰め合わせを持って、Yさんが私の家を訪ねてきた。
律儀な男である。
その後の経過を報告に来たのであるが、彼もスバルのその後については、よく知らないようだ。
依頼主のお宅に行ったが、スバルとは会わなかったと言う。
「スバルはどうしていますか」と聞いても、ただ礼を言うだけで、会わせてくれなかったというのである。

その代わり、依頼主は胸にチワワを抱えていた。
「この子は、部屋の中だけで飼おうと思ってるんですよ。そうすれば、逃げ出したりしませんからね」
と言う飼い主の顔は、満面の笑顔だったらしい。

「それで、スバルはどうしたんでしょうかね」
私が聞くと、Yさんは「いや〜、それ、しつこく聞こうと思ったんですが、怖くて聞けませんでしたよ、ぼく」と、まるで怖いものから逃れるような顔をして、首を振った。
私の背筋にも、ヒンヤリしたものが走った。

私たちはお互い、顔を見つめながら、首を振るしかなかった。
お互い釈然としない気持ちを抱きながら、サヨナラをした。

私は神様も仏様も信じないという、たいへんバチ当たりな男である。
しかし、今回だけは祈りたいと思う。

神様仏様、お願いします。
スバルが、新しい子犬と仲良く遊んでいますように!




2007/04/26 AM 07:38:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

結果オーライ
少々真面目な話をしたいと思う。

先週の土曜日、息子の小学校時代の同級生に偶然出会った。
山手線内回りの車内である。
三年ぶりに会った彼は、だいぶ大きくなって顔つきが多少変わっていたが、私にはすぐわかった。

しかし、彼は私のことを忘れていたようで、目が合っても何の反応も示さなかった。
彼が小学生の時は、毎日のようにゲームをしに我が家に来ていたというのに。

「K君だよね」
声をかけると、頬をぴくっとさせて頷いたが、探るような目をしたその顔は、拒絶らしきものを漂わせていた。

迷惑のようである。
私はそういうことには敏感なので、何も言わずに彼から離れようとした。
嫌がる人間と、無理に話をしたいとは思わない。

回れ右をして、つり革をたどって、彼から遠くへ行こうとした。
5メートルほど歩いたところで、「マッちゃんのお父さん」と呼ばれた。
振り返ると、すぐ後ろにK君がいた。
私のことを思いだしたのだろう。
背はそれほど高くない。165センチくらいか。そして、華奢な体型をしている。

目にあまり意志が感じられないタイプである。
そういえば、昔から何ごとにも反応が鈍かった。ゲームで負けても、他の子のように全身で悔しがることはしなかった。
素直な子だったが、明瞭さがない。

中学の時、いじめられていたという噂があった。
そのために転校した、という噂だった。
K君は、中学二年の6月に、突然彼の母親の実家に引っ越した。
父親は、東京に職場があるので、父親だけ会社の近くに引っ越し、単身赴任というかたちを取った。

いじめ。
それが本当かどうかはわからない。
彼が転校したあとに聞いた伝聞だからである。
しかし、この伝聞がもし本当なら、それは腐臭を放つほどひどい話だった。

K君がいじめられていたのは、ほとんど学校外だったらしい。
だから、表面上は目立たなかった。
暴力とゆすり。
親は何度か学校側に相談を持ちかけたが、学校側は「学校外のことまでは責任は持てない」という態度だったという。
自校の生徒のことなのに、だ。

そして、ここが信じられないことなのだが、「警察に知らせようと思うが」と相談に行ったK君の親に、「そんなことより転校したほうがいい」と学校側がすすめたと言うのである。
いじめる側はほったらかしで、いじめられている生徒に転校をすすめる学校というシステム。
公平を教えるべき学校が、積極的に「不公平」を教えているという現実。

いじめっ子には、学校はさぞ天国に映ったことだろう。
彼らは、学校が楽しくてしかたなかったのではないか。
いじめを陰ながら、学校側がサポートしてくれるのだから。

K君の親が、警察に行ったかどうかは定かではない。
伝聞の中に、それは入っていなかった。

それが三年前の出来事である。
重ねて言うが、これは伝聞である。
本人から直接聞いたわけではない。

いまK君を目の前にして、「いじめられてたんだって?」などと聞けるわけがない。
彼の表情や言葉の調子からその裏付けを取ろうとしても、それは推測に過ぎないし、彼にとっては余計なお世話だろう。

「今どこに住んでるの?」
そんな、ありきたりなことしか聞けない。
「秋田」
左手でつり革をねじりながら、私と目を合わさずに、K君は言った。
私の記憶にあるK君の声よりも、確実に太くなっていた。

「今日は、ひとり?」
K君は、やはり横を向いて、小さな声で「お父さんと約束」と言った。
土日を利用して、一人で東京に出てきたのかもしれない。
デイパックを背負っていた。

電車は、もうすぐ新宿駅に着くところだった。
私は、ここで乗り換える。
K君は、どこまで行くのだろう。
偶然会って、つかの間、話をして別れる。
こんな場合は、それが一番自然である。
そして、お互いに今日のことはすぐに忘れる。
日常というのは、そんな小さな出来事からできあがっている。

新宿駅に着いた。
「じゃあ、俺は降りるから」
私が言うと、K君は「おれも」と言って、私と並んでホームに降りた。

降りた途端、K君が、彼にしては珍しく強い声で言った。
「マッちゃんは元気ですか」
目が合った。
彼は私の目をそらさずに、見つめていた。

「ああ、元気に高校に行ってるよ」
その時、はじめてK君が笑った。
「おれも、秋田で高校行ってるから」
そして、肩に食い込んだデイパックの紐を強く引っ張って、もう一度はっきりした声で言った。
「ゲームばかりしてたら駄目だよって、言っておいてください。マッちゃん、きりがないから」

「そうだね。でも、最近はほとんどゲームはしないんだ。卓球の部活で疲れちゃってね」
私がそう言うと、K君は、両手を強く叩いたあとで、両方のこぶしを握った。
私がはじめて見る、K君の弾けた姿だった。

「良かった! まだ卓球やってたんだ。おれも高校から卓球始めたんだ。そうか! 一緒だ!」
「それを聞いたら、あいつも喜ぶよ」
私は嬉しくなって、K君の華奢な肩を叩いた。
K君がまた笑った。

「今度、もしまたこっちに来る用があったら、遊びに来いよ。卓球のラケット持ってな」
K君は私の言葉に大きく頷いたが、一瞬考える顔をした。
「あの団地に行ったら、もしかしたら、いじめたやつと顔を会わせるかもしれない」
と思ったのか、一瞬だが目の焦点が合わなくなった。

しかし、それは私の思い過ごしだったかもしれない。
彼はすぐにまた頷いて、私を見つめた。そして、身体をゆっくりとひねった。
「うん。夏にまた来るから。じゃあ、さよなら」
澄んだ笑顔を作って、手を一回振ったあと、階段を下りていった。

華奢な後ろ姿が、小さくなっていく。
私は、階段の上がり口の隅で、ずっとそれを見ていた。

彼が、いじめられていたことが、本当のことなのか、それともただの噂にすぎないのか。
それは、とても重要なことだが、今という時点を考えるなら、彼は悪い時間を過ごしていないように思える。

おそらく、いじめは永遠に続くものではない。
しかし、たとえ一瞬でも、いじめられたら、それは心の傷として永遠に残るだろう。
時が傷を小さくしてくれるが、心の傷を負ったという記憶は、永遠に消えることはないのではないか。
だが、その傷が永遠に消えないとしても、いつか笑い飛ばすことはできるはずだ。

K君は、笑い飛ばしたのか。
もし笑い飛ばしたのなら、K君の転校は、正解だったことになる。
しかし、逆に考えれば、いじめさえなければ、彼はあのまま私の息子と一緒に中学を卒業して、もしかしたら同じ高校に通っていたかもしれない。
父親とも離ればなれにならずに済んだ。

転校することによって、彼が捨てたものや無くしてしまったものは沢山あっただろう。
まるで、逃げるように引っ越していった家族。
いじめっ子はそのままなのに。

彼の転校は、あくまでも結果オーライである。

彼のいまの姿を見て、おそらく、こんなことをしたり顔で言うやつがいるかもしれない。
「ほら、転校して良かったじゃないか」

しかし、教育は「結果オーライ」でいいんだろうか?
現状を解決できず、逃げるだけの教育は、教育の名に値するのか。

私としては、あれが、ただの噂だったと思いたい。



2007/04/24 AM 07:25:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [子育て]

ラーメン屋にて
中野のラーメン屋。
ここは、友人のスガ君がお気に入りの店である。

スガ君と会うときは、いつも場所はラーメン屋である。
なぜなら、彼は以前ラーメン店を経営したこともあったほどの大変なラーメン好きだからだ。

推定120キロから130キロの巨漢。
年は36歳。もうすぐ37歳になる。
見るからに、暑苦しい男である。

そんなスガ君が、「Mさん、紹介したい人がいるんですが……、えーと」と、語尾をヘニャヘニャと濁した言い方をしながら、私に電話をかけてきた。
紹介したい人、イコール彼女。
そう思うのが、普通だろう。
巨漢の彼女は、やはり巨漢なのか。
興味深いので、二つ返事でオーケーした。

そう思いながら待ち合わせ場所に行ったら、本当にスガ君の隣に女性が座っていた。
そして、想像通り太っていた。
70キロ(いや80キロ?)はありそうである。
彼の大好きな広末涼子とは、ほど遠いイメージだ。
しかし、顔は可愛い顔をしている。
年はよくわからないが、タレントの麻木久仁子を太らせたら、こんな顔だろうという感じだ。

ラーメン屋のテーブルで、二人同時に立ち上がって、深くお辞儀をされた。
テーブルの上には、チャーシューの皿。
それを二人で食っていたらしい。

麻木久仁子似のポッチャリさんは、口をモグモグさせながら、「はじめまして」と挨拶をしてくれた。
チャーシューが口の中に大量に入っているようだ。

「彼女、N・シマコさんです」
スガ君も同じように、口をモグモグさせながら、彼女を紹介してくれた。
チャーシュー好きな二人。
共食いじゃないか?(失礼)

「お、お、お、お忙しいところを、お呼びだてして……」
スガ君が、まるでお粗末なコントのように、大汗をかいて、赤い大型のタオルで顔をぬぐいながら私を見つめるので、私は思いきり吹き出してしまったのである。
「ちょっと待ってくれないか」
私は、ゆっくりと水を飲んだ。

スガ君の言いたいことは、百パーセント察している。
これからどういう展開になるかも、読むことができる。
鼻の頭に大量に汗をかいたシマコさんを見ても、話の内容は完璧に想像ができる。
しかし、この何とも言えない生真面目で気恥ずかしい雰囲気は、一度リセットしなければならない。
そうしなければ、笑いがこみ上げてきて、まともに話を聞けなくなる。

しかし、スガ君にそんな余裕はなかったようだ。
いきなり本題に入った。
「実は、5ヶ月なんです」
「は?」

つき合いだして5ヶ月、ではないらしい。
妊娠5ヶ月だというのである。
太っている人は、臨月になるまでお腹は目立たないと言われている。
服の上から見ただけでは、ただ食い過ぎたとしか見えない。

「それで、籍は入れたの?」
スガ君は、「そ、そ、そ」と言って、また汗をぬぐった。
それが、まだらしい。
しかも、先方の親に挨拶もしていないと言う。

「馬鹿野郎!」
こういうときは、年上の人間は、バカな後輩をきちんと怒ってやらなければいけない。

大人なんだから、責任を持てる範囲なら、何をしてもいい。
しかし、最低限相手のことは考えて行動すべきだ。
突然、「子どもができました。しかも5ヶ月なんです」と言われた先方の親の気持ちを君は想像したことがあるか!
結婚も妊娠もめでたいことだが、二人だけでめでたがっていては駄目だ!
君たちは、まだまだガキだ!


私は、テーブルを強く叩いて、二人を睨みつけた。
二人は神妙な顔をして、うなだれていた。
そして、私は大きく深呼吸して言った。

なんてね。

ここで、二人はズッコケた。
シマコさんは、目が点になっている。
思うつぼである。
これぐらい激しくリセットしないと、この手の話は照れる。
全身が痒くなる。

あらためて話を聞いてみると、シマコさんは38歳。スガ君より2つ年上である。外見は、30代前半と言っても通るほど若く見える。
初婚。初産。初物づくし。
それにひきかえ、スガ君はバツイチ。
詳しいことを書くのは差し控えるが、ある日突然、妻が子どもを連れて実家に帰ってしまったという悲しい過去を持つ男なのである。

あれから6年。
二度目の結婚に臆病になる気持ちは分かる。
しかし、過去は過去。
できちゃったんだし。

「まあ、とりあえずラーメン食おうぜ」
ふたり仲良く、豚骨ラーメンの大盛りを食い、仲良く「かえだま」をお代わりしている姿は、笑える。
くんたま」も二つずつ食っている。
これを似たもの夫婦という。(まだ夫婦ではないか)

「で、どうしましょう。彼女のご両親には何と言えば……」
「ご両親にお会いしたら、すぐ土下座。頭を床にすりつけなさい。そして、泣いて詫びを言う。それしかない」
「あ〜、そうですよねえ。それぐらいはしないとねー」
「まあ、殴ったり投げ飛ばしたりはしないと思うよ。君の身体を見て殴りかかるやつは、武道の達人だけだ。確か君は柔道二段だったよね」

スガ君は、また赤いタオルで顔中をぬぐいながら、泣き笑いの顔をして言った。
あの〜、彼女のお父さん、柔道四段だそうです」

それは良かった! スガ君、思いっきり、投げられてきなさい。



2007/04/22 AM 08:16:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

酒豪のおめでた
イルカのストラップをもらった。
若くてきれいな女性からである。
女優の仲間由紀恵ナウシカを注入したような顔をした1981年生まれの女性だ。

「これ、八景島のシロイルカのやつだね」
コスモワールドの方が良かったんだが……。
そんな思いが、私の顔に出てしまったかもしれない。

「あーっ、不満そうな顔してるぅ!」
と顔を指さして言われた。

「だって、シンジがこっちの方がセンスがいい、って言うもんだから」
チヅルさんが、ニシダ君の横っ腹を肘でつついた。
ニシダ君は、ただニコニコと笑っている。
まったく、仲のいい新婚さんである。

ニシダ君の家のリビングで、世界中のチーズを皿に盛り上げて、それをつまみにして飲み会をしていた。
「センセイ、ほら、食べて、飲んで!」
チヅルさんは、以前は私のことを「Mさん」と呼んでいたが、新婚旅行から帰ってきたら、ニシダ君と同じように「センセイ」と呼ぶようになった。

なぜ?

「だってほら、夫婦だから、同じにしないとね!」

馬鹿馬鹿しい。

「あーっ、この人、呆れた顔してる!」
また指をさされた。
チヅルさんのテンションが高い。いつも高い人だが、今日はさらに高い。
そして、もっと大きな変化があったのだ。
驚天動地と言ってもいい、スケールの大きな変化が。
なんと、酒豪チヅルが、ノンアルコールのビールを飲んでいるのである。

この事実から導き出される答えは、ひとつしかない。
私の死にかけた脳細胞でも、それはすぐにわかる。

「ニシダご夫婦、まさか俺に隠しごとはしてないよね?」
二人を交互に見ながら私が言うと、ニシダ君がまず顔を伏せ、チヅルさんの頬が赤くなった。

「ホントに正直な夫婦だねえ!」
チーズをまとめて2つ口に含みながら、バドワイザーを飲んだ。
むせた(ふりをした)。チーズが喉に詰まって、「ウゴガガガ」と手を口に当てる。

それを見て、二人が慌てふためいて立ち上がり、私の後ろに回ってきた。
「だ、だ、大丈夫ですかぁ!」
私は、新しいバドワイザーのプルトップをあげて、一気にビールを飲み干した。
そして、床に倒れ込んだ。

「センセイ!」
二人の叫び声が、きれいにハモっていた。
楽しくなった。
顔を伏せて笑う。

それを見て、「センセイ、冗談もほどほどにしてくださいよ!」とニシダ君が怒る。
私は、椅子に座って、またチーズを頬張った。
「ウゴガガガ」と言ったが、さすがにもう相手にしてくれない。

「俺に隠しごとをするからだよ。ほら、早く報告しなさい。その方が気が楽になる。さあ、早く吐くんだ!」
私はテーブルを叩いた。

「おいおい、このオヤジ、今日は変だぞ!」
やっと、チヅルさんらしいツッコミが出てきたようである。
それに対して、ニシダ君は、少しきまじめな顔をして、かしこまって椅子に座った。

「あの〜、つまり、僕たち夫婦はですね……」
今どき珍しいくらい、純な男である。
普通だったら、あっさりと言っていい話題である。
これほど、照れる必要はない。
ニシダ君は、本当にいいヤツである。

しかし、チヅルさんは、そんなニシダ君の頭を思い切り叩いて、こう言うのだ。
「ほらほら、もうバレバレなんだから、サッサと言えよ!」
そして、ノンアルコールのビールを呷って、「ガハハ」と笑うのである。

「11月に、こいつはパパになります」
チヅルさんがまた、ニシダ君の頭をはり倒す。
浪速(なにわ)の夫婦漫才を見ているような光景である。
しんじ・ちづるの夫婦漫才(めおとまんざい)。
ただで見るのはもったいないくらい、いい味が出ている。

「よっ! パパァ」
と私が言うと、ニシダ君は目を細めて、笑っているのか照れているのかわからないような顔で私を見た。
そして、そんなニシダ君をチヅルさんは「パッパァ!」と言いながら、またはり倒すのである。
おそろしい女だ。
これで、母親になれるのか。

まあ、どちらにしてもめでたい。
一人でバドワイザーを呷った。
少なくとも、チヅルさんは11月までアルコールが禁止である。
聞くところによると、バドワイザーの在庫が70缶以上あるらしい。

これからは、頻繁に来て、飲むところを見せびらかしてやろう。
子種を宿った新妻は、どんな顔でそれを見るのだろうか。
私も、つくづく性格の悪い男である。

「センセイ、これにセンセイの名前を書いてくれないか」
チヅルさんが、ワインのボトルを持ってきた。
見ると、1977年ものの赤ワインである。
ヴィンテージだ。

1977年といえば、ニシダ君の生まれた年か。
そのラベルに私の名前を書けと?
この光景は、どこかで見たことがある。

すぐに思い浮かんだ。
私が2月10日に書いたブログの内容と一緒ではないか。

苦笑いをしながら、名前を書いた。
ニシダ君とチヅルさんも名前を書いた。

「赤ん坊が生まれたら、ここに赤ん坊の名前を書いて、一緒に飲もうぜ」
チヅルさんが真面目な顔をして言った。
「ああ、いいね」
私も、低い声で重々しく答えた。

チヅルさんと目が合う。
「ガハハハハ」と突然笑われて、肩を強く叩かれた。

「ダメダメ、笑っちゃう! 全身が痒くなる。ギャー! おっかしいぃ〜!」
笑い転げている。
本当に、これで母親になれるのか。

ひとしきり笑ったあとで、急に真面目な顔で「でも、本当に飲みましょうよ。それを楽しみに禁酒しますから。つらい半年も、それを思えば我慢できるし」と言って、ニシダ君と手を繋いで、私を見上げた。

きれいな目をしていると思った。
ニシダ君もである。

お幸せに……。
私は両手でバドワイザーとハイネケンの缶を握り、交互に飲みながら二人に微笑みかけた。

それを見たチヅルさんの目には、少々敵意があるように見えたが……。



2007/04/20 AM 07:29:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

居留守を使うな、と言われても…
薄力粉と強力粉をこねて、ピザ生地を作っていた。
粉を何度もこねながら、時に大型のまな板に叩き付け、力仕事をしていた。

ピザはこの段階で手を抜いたら、ただ柔らかいだけのパンになってしまって、歯ごたえがなくなる。
だから、200回以上叩き付け、こね続ける。

あまりにも真剣にこね続けているので、普段は冗談を飛ばして茶化す娘も、黙って見ている。
「このバカ親父は、珍しく本気だ」
おそらく彼女は、そう思っているに違いない。
からかうのもアホらしく思ったのか、「チェッ」と言いながら、娘は自分の部屋に入っていった。

スナップを利かせて、こねて伸ばす。そして、叩き付ける。
単調な力仕事だから、飽きる。
しかし、あと50回は、同じ作業を続けないと、経験上満足な生地はできないのである。

そんなとき、電話。
ナンバーディスプレイを見ると、「シバタ」となっている。

同業のデザイナーである。
あまり親しくはない。
年は、私よりひとつ上。あまり可愛げのある男ではない。
しょっちゅう蘊蓄(うんちく)をたれているが、いい加減な蘊蓄が多い。
そして、適当に聞き流していると、態度が豹変する。
目を引きつらせて怒るのである。禿げ上がった額からは一気に汗が噴き出して、見苦しい。

そんなシバタ氏からの電話だったので、無視した。
緊急の用なら、留守電に吹き込むだろう。
いまは、ピザ生地の方が大事だ。
生地を両手で引っ張って、自分のイメージに近くなってきたから、あともう少しである。

あと4、5回こねれば大丈夫だろう、というところまで来たとき、また電話。
シバタ氏である。
あと少しだが、ここで作業を止めたら、生地に「気」が入らなくなる。
美味い生地になれ! という気をこめなければ、いいものはできない。
これは、小麦粉と私の勝負なのである。

だから、また無視した。
最後の力を振り絞って、こね上げる。
ここでとりあえず、下準備は完了である。
これを発酵させるのだが、それは私の力とは関係ない。
電子レンジの「発酵キー」を押せば済む。

一時間発酵させれば、膨れあがって第二工程に移るのだが、それまでしばし発泡酒タイムである。
発泡酒のプルトップを上げ、一気に飲む。
炭酸が喉を通っていくときの爽快感は、ひと仕事終えた人間だけが味わえる至福の感覚である。

椅子にもたれて、首をゴキゴキと鳴らす。力を入れすぎて、首から背中までの筋肉が強張っている。
腕と背中の筋肉のストレッチをしていたときに、また電話が鳴った。
おそらく、シバタ氏だろう。
電話を取る。

「なんだ、いたんですか」
不機嫌なシバタ氏の声。
少し怒っているようである。
ただ、シバタ氏の場合、本当に怒ったらこんなものではない。
唾が飛ぶのがわかるくらい、がなり立てるのである。

それは、年下だろうが年上だろうが関係ない。
だから、大変わかりやすい人物でもある。
裏表のない性格である。この点は尊敬できる。

「来客中だったんですよ」
ピザ生地をこねていたから出られなかった、とは言えないので、嘘をついた。
「しかし、来客中でも、電話には出られるでしょう」
声のボルテージが少し上がった。
怒りのスイッチが入ったのかもしれない。

「仕事が最終仕上げの段階だったんで、クライアントが中断するのを嫌がったんですよ」
大嘘である。
「しかし、もし緊急の用だったら、どうするんだね。取り返しのつかないことになりませんか」
いつものネチネチが始まった。

「緊急だったら、留守電に吹き込みますよ。普通は」
少し嫌みだったかもしれないが、そう言った。
一拍おいて、予想通り、シバタ氏の声のトーンはさらに高くなった。
「でも、いたんだろ、アンタ! 要するに居留守を使ったんだよね!」

面倒臭い男である。
これ以上、吠えてもらいたくないので、「はい、そうですね。私が悪かったようです。これから気をつけます」と、神妙に答えた。
電話口で頭を下げた。意味のない動作ではあるが、意外とこういうのは、相手に伝わるものである。

すると、シバタ氏は大きく息を吸って、「まあ、わかってくれればいいんだけどね」と言って、電話を切った。

やれやれ、である。
また、首をゴキゴキと鳴らした。
冷蔵庫から、発泡酒を取りだし、グビリと飲んだ。
飲んだが、今度は爽快な刺激とは、ほど遠いものだった。

電話というのは、相手の事情がわからないから、かける方はすべて、自分の事情を優先する。
かけている自分の方が、いつも正義なのである。
つまり、どんなときも、電話をかけるというのは、自分の事情を押し付ける押し売り的な行為だ。

だから、私も電話をかけるときは、相手の事情を考慮しなければいけないな、と思った。
思ったが、それと同時に、頭に「?マーク」が突然灯った。

シバタ氏は、いったい何の用事があって、電話をしてきたのだろう。
まさか、「居留守を使うな」と電話をしてきたわけではないはずだが………。


2007/04/18 AM 07:35:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

幼稚園児シマダ
疲れた。

仕事は、殺人的に混み合っているという状況ではないが、我が儘なクライアントが一人いると、ペースをかき乱されて、他の仕事に悪影響を及ぼす。

その悪影響がいつまでも尾を引いて、ストレスになるのである。
世の中には、どうしようもなく自己中心的な人間、というのがいる。
人間性善説を固く信じている人でも、この事実をくつがえすことはできないほど、「己(おのれ)」のことしか考えない人種というのがいることは、疑いがない。

ある健康食品の瓶に貼るラベルのデザインを2週間前に頼まれた。
そして、ラベルの印刷も頼まれたのである。
これは、私がレーザープリンタで市販のラベル用紙に印刷して、先方が自分で貼る約束になっていた。

数はA4で630枚。A4で8面付いているから、ラベルの数は5040枚。予備を10枚サービスして640枚プリントした。つまり、全部で5120枚のラベルである。
商品のロゴは先方からの支給だから、ロゴに関しては、まったく問題ないはずだと思っていた。
それ以外のデザインはこちらの責任である。
しかし、校了になってしまえば、こちらに責任はない。
それが道理というものである。

だから、校了になったものにケチをつけるのは、言いがかりと言っていい。
それも、私にはまったく責任のないロゴに関してクレームをつけるなど、喧嘩を売っているとしか思えない。

そして、私は売られた喧嘩は必ず買うのである。

「ロゴが、薄いんだよね」
というクレーム。
ロゴが薄い、と言ったって、それは俺がやったわけじゃない。
色を決定したのは、そのロゴを作ったデザイナーであり、そのロゴを認めたお前らの問題だ。

こちらは、ただあてがわれたロゴをそのままデザインに使っただけだ。
ラベルを作るに当たっては、4回実際のラベル用紙を使ってプリントして、仕上がりのイメージを見せた。
その4回の中で、一度もクレームをつけなかったのに、今さら何を言ってるんだ!
プリントしたあとで、なぜ文句を言う!


これが言いがかりでなかったら、この世に言いがかりなどない。
私は、最低限の礼儀はわきまえているつもりである。
だから、最初は丁寧に応対した。
あるいは、丁寧すぎたのかもしれない。
だから、先方が私を侮(あなど)ったのか。

こいつは、強く言えば頭を下げるやつなんじゃないか、と思ったのかもしれない。
「もう一度、やり直してくれませんかね」
白痴的に笑いながら、担当者のシマダが言うのである。
20代後半の、タマゴのようにツルンとした顔の男である。
上目遣いにこちらを見る目が、蛇のような執拗さだ。

それでも、私は我慢した。
「そちらは、私がミスをしたと判断されているんですか?」
と私が聞くと、肩頬だけで笑って、横柄にこう言ったのである。
「もちろん。こんな薄いロゴでは、目立たないでしょう。あなたもプロのデザイナーなら、それくらいはわかるはずだ」

その薄いロゴを持ってきたのは、お前だ。
そんな思いを込めて、黙ってシマダを見つめた。
まばたきをしないシマダの目。
私は揃えていた両足を崩して、足を組んだ。
持久戦を覚悟したからだ。
無言である。

シマダが少し眉を寄せた。
まばたきをせずに、目を細めて私を見ている。
口が少し動いたが、声は出ていなかった。
何を言おうとしたかわからないが、表情に変化があったということは、少し動揺した、と私は判断した。

試しに舌打ちをしてみた。
シマダの目が少し大きくなった。
やはり動揺しているようである。

「やり直しはしない」
と私は早口で言った。
シマダには、何と言っているかわからなかったかもしれない。
わざと曖昧に言ったのである。

シマダは、私が思ったとおり、私の言葉が理解できなかったようだ。
目をパチパチと何度もまばたきしている。

「俺は、やり直しはしないんだ!」
私は、ゆっくりと前に乗り出しながら、シマダの目を見て言った。
客に言う言葉ではないが、もはやシマダは私の中では客ではない。
客でない人間に、丁寧な言葉をかける必要はない。

そして、「これは回収させてもらう」と言って、私は梱包したラベル用紙を私の方に引き寄せて、立ち上がった。
シマダは、私を無言で見上げていた。
私が本心から言っているのか、探っている目である。
その鈍い表情を見て、私はなぜか無性に腹が立った。

私は、もう一度座り直して、シマダの目を見つめた。
シマダに謝ってもらわないと、気がすまなくなったのだ。
このまま立ち去ったら、何の解決にもならない。
どちらが悪いのか、決着をつけなければ、気持ちが収まらなくなったのである。

シマダは、受け身になると弱いようである。
「あのー、とにかく、やり直していただけませんか」
下手に出てきた。

「じゃあ、そちらが悪いことを認めるんですね。ロゴを濃くしてプリントしますが、その分は請求しますよ」
「いや、それは困る」

これでは、ふりだしである。
話が一歩も前に進まない。

「4回校正して、ロゴでは一回もクレームが付きませんでしたよね。しかも、そのロゴは俺がやったもんじゃない。それに関して、何か言いたいことは?」
「でも、こちらとしても、使い物にならないものを受け取るわけにはいかない」
シマダは相変わらず、鈍い表情で答える。
彼には、ロゴを作ったデザイナーにクレームをつけるという知恵はないようである。
幼稚園児の方がまだましかもしれないと思ったが、とりあえず言いたいことは言わねばならない。

「じゃあ、こんな話をしようか」
私は、舌打ちしたい気分で話し始めた。
「君が行列のできるうどん屋のオーナーだったとする。上品な京風のうどんを出す店だ。そこに、客が来て、うどんを一杯食ったとする。その客は、うどんをきれいに平らげたが、いざ金を払うとなったら、こんな味が薄くてまずいものを食わせやがって、どういうつもりだ、と怒り出した。俺は、関東風の濃い味付けが好きなんだ。こんなのはうどんじゃねえ! だから、勘定は払わねえぞ。そんな風に無理なことを言い出した。そのうどん屋のオーナーである君は、そんな客に対して、どんな態度を取る? はいはいわかりました。薄い味のうどんを出して申し訳ありません。お代は結構です、って言うのか」

シマダは、話の途中から、興味をなくしたようにそっぽを向いていた。
そして、小馬鹿にしたように薄く笑って首を振り、「それって、ただの喩(たと)えじゃないですか」と言った。
もちろん、たとえ話である。
それはわかりきったことだ。
そして、それほど上等なたとえ話でないことは、私にもよくわかっている。
しかし、幼稚園児にもわかるように説明してやった私の話を、彼は理解する気も能力もないのである。

天然記念物的な馬鹿である。
あるいは幻のツチノコ級の、あり得ない馬鹿さ加減。

幼稚園児とこれ以上話しても無駄である。
私は、ラベルの梱包を彼の方に押しやり、幼稚園児に噛んで含めるようにこう言った。
「これは引き取ってもらう。今月請求書送るから、この代金は払ってもらう。そして、もし支払われなかったら、少額訴訟を起こす。この意味がわからないのなら、ちゃんとした大人に意味を聞いてくれ。もし君がインターネットが使えるなら、そこで調べればすぐわかる。いいか、少額訴訟だ!」

ポカンとした顔の幼稚園児を残して、私は彼の会社を出た。
家に帰ると、早速、シマダの上司から電話がかかってきた。

「少額訴訟、受けてたちますよ」
ここにもツチノコクラスの馬鹿がいた。
馬鹿な部下の上司は、やはり馬鹿だったというお話である。

しかし、そんなことはどうでもいい。
それよりも、私を憂鬱にさせるのは、独立してからどんどん自分の性格が悪くなっていくことである。

幼稚園児を相手に、まともに喧嘩をする自分が、ひどくみじめで、情けなくなったのだ。



2007/04/16 AM 07:38:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

泡盛とwinding road
腹を下した。
朝、突然である。

4回続けて、トイレに駆け込んだ。
水用便。
腸がキリキリと痛む。

食べ物に当たったか。
最近は拾い食いをしていないので、衛生面は問題ないと思う。
昨日の朝は、みそ汁。昼は、タラコスパゲッティ。夜は餃子とつけ面。
味は普通だったと思うのだが、何かが傷んでいたのか。

今日は、午前中に大宮の印刷会社に行く用がある。
予定を変更して、などと言える会社ではない。
いつも、切羽詰まった仕事しか出さない会社なのである。

ゆるいお腹を押さえながら、自転車に乗った。
力が入らない。
駅に行く途中に腹が痛くなったらどうしよう。
野○○でもするか。

野○○をすることもなく、駅に着いたが、途端に腹にさし込みが来た。
駅のトイレに駆け込む。
幸運にもトイレは空いていた。トイレットペーパーも満タンである。
今日は運がいいかもしれない。
ウンウン言いながら、○○をした。

電車に乗ったが、吊革をつかむ気力もないくらい、テンションが低い。
大宮駅に着いたときは、降りる人に背中を押されるようにして降りた。
普段は階段を利用するのだが、自力で上る気力はない。
エスカレーターを使ってホームを上がった。

印刷会社へは駅から徒歩15分くらい。
それを倍の30分近くかけて歩いた。
肩で大きく息をしながら、担当者に挨拶をしたあと、仕事にかかった。

部品メーカーのパンフレットの仕上げである。
しかし、パソコンを前にして、仕事に集中しようと思っても、下っ腹から痛みが襲ってくるので、集中できない。
そして、5分もすると我慢できなくなって、トイレに駆け込んだ。

本日何回目のトイレだろう、と思ったが、それを数えることに何の意味もない。
ため息をつきながら仕事をしていると、担当者が話しかけてきた。
珍しいことである。

普段は、この会社の人たちは、私にまったく関心を示さない。
仕事をしていても、ほったらかしである。
仕事が終わっても、「はい、ご苦労様」さえもないことが多い。

それが、声をかけてきたのである。
不吉な予感がする。何か悪いことが起きる前兆かもしれない。
たとえば、ピスタチオを殻ごと食って、前歯が欠けるとか…。

「Mさん、つらそうですね。風邪ですか?」
よほど、病人っぽく見えるのだろう。こんなご親切は初めてである。
いつもは、夜遅く仕事をしていても、自分たちだけピザを食いやがって、私には勧めもしないし、「Mさん、少しコーヒーブレイクしたら」などという、甘い言葉もかけてもらったことがない。
会社全体が、クールなのである。

「腹を下しましてね。いまはトイレがお友だちです」
私が力なくそう言うと、彼は社内常備の薬箱を持ってきてくれた。
その中から、下痢、消化不良に効く薬、というのを選んで飲ませてくれたのである。

親切だ。涙が出る。
しかし、「腹に力が入らないと、つらいですよね」の言葉のあとにこう言われた。
「でも、午前中に校了にならないと、現場から叱られますんで、ペースあげてくださいよ」
「はいはい」

ムキになってキーボードを叩いた結果、11時半に校了になった。
そして、すぐにトイレに駆け込む。
薬を飲んだが、効果はないようである。
全部出し切らないと駄目なのかもしれない。
しかし、いつになったら、出し切るのか。

私に無関心な会社に背を向けて、また30分かけて駅まで歩いた。
駅でポカリスエットのペットボトルを買って飲み、電車に乗るがすぐに腹痛。
次の駅で慌てて降りて、トイレに駆け込む。

家に帰ってきたときは、息も絶え絶え。
何もする気が起きない。
何もする気は起きないが、トイレにだけは駆け込む。
もう、嫌だ!

俺がいったい、何をしたというのだ!
誰が呪いをかけているんだ!

クソッ!

もうヤケクソである。(クソが多いが、ダジャレではありません)
こんなときは、何かに当たるしかないので、先日もらった泡盛「久米仙」の封を切ることにした。
こんな状態で飲む酒ではないが、もう私に理性はない。

「久米仙」をラッパ飲みした。
アルコール度数43%。濃厚な味。
むせた。
喉が灼ける。
しかし、意地になって、もう一回ラッパ飲み。

今度は、胃が灼ける。
しかし、これはうまい。
はじめて味わう、リッチで広がりのある味である。
からだの細胞すみずみに、泡盛が染み込んでいく心地よさがある。

少し元気が出たので、ブログを書くことにした。
音楽をかけるのを忘れていたのに気付き、iTunesを立ち上げた。
いきなり聞こえてきたのが、絢香×コブクロの「winding road」。
力強いハーモニーと躍動感が心地よい楽曲である。
泡盛の濃厚な刺激と、この曲はマッチしているかもしれない。

「winding road」を繰り返し聞いていると、腹痛が治まってきたような気がした。
気のせいかもしれないと思って、フルーツの入ったゼリーを食ってみたが、15分ほど待っても、腹痛は襲ってこなかった。

もうすべて出し切ったから、治ったのか。
それとも、泡盛と「winding road」のおかげか。

それを「久米仙」を飲みながら、これからじっくり考えてみようと思う。


2007/04/14 AM 07:20:51 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

お花見とキャッチボール
遅ればせながら、お花見に行った。
花見のピークは過ぎていたが、とにかく花見をしたいと思ったので、子どもたちを巻き込んで、花見に行った。

当然のことながら、学校は休ませた。
花見のために学校を休ませるなど、バカ親の極みだが、新学期が始まったばかりなので勉強が遅れることもないと思い、仮病を使わせた。

学校で勉強することよりも、自然に親しむことの方が有意義であるという、私のこじつけを子どもたちは信じて、「よし、行こうぜ!」と言ってくれたのである。
近所の花見スポットといえば、大宮公園だが、もうほとんど散っているだろうから、「武蔵丘陵森林公園」に行くことにした。

武蔵丘陵森林公園は、埼玉ではかなり大きい公園らしい。
花見の盛りは過ぎているかもしれないが、雰囲気を味わえればそれでいい。
朝早く起きて、花見弁当を作り、缶ビールを保冷袋に詰めて出かけた。

ビールを飲めなければ、花見の意味がないので、電車で行くことにした。
約1時間半かけて着いた森林公園は、確かに広かった。
そして、人がまばらだった。

さくらは、散りかけていた。
だが、それでも花見はできる。
桜のじゅうたんを踏みしめながら、適当な場所を探して、ビニールシートを敷いた。

天気は、時々晴れ間がのぞく程度だったが、寒くはない。
軟式ボールとグローブを持ってきたので、子どもたちとキャッチボールをした。
高校二年の息子は小さい頃は運動音痴で、キャッチボールなど夢のまた夢で、私としては、彼とのキャッチボールは諦めていた。

しかし、彼が卓球に興味を持つようになってから、彼の運動神経はかなり改善された。
ぎこちない感じではあるが、キャッチボールができるようになったのである。
小学六年の娘も運動神経は良くない。
しかし、彼女は大変な負けず嫌いなので、兄にできることが自分にできないのが悔しくて、私にキャッチボールのコツを教わると、それを何度も練習して、最近ではかなり様になってきた。

二人とも、まだ私が真剣に投げた球は取れないので、いつも弓なりのキャッチボールである。
しかし、私はそれでも嬉しいのである。
一生、子どもたちとはキャッチボールができないと思っていたので、できるだけでも高価なプレゼントをもらったような気になる。

キャッチボールを続けて10分。
我が家の子どもたちは、疲れやすい。
「あ〜、疲れた、休もうよ」
すぐ音を上げるのである。

私としては、かなり物足りないが、無理に続けて、キャッチボールが嫌いになられても困るので、休むことにした。
すると、いつの間に近づいてきたのか、ひとりの男が私たちのすぐそばまで来て、話しかけてきたのである。

「僕も混ぜてもらえませんか?」
唐突である。
30歳くらいの肩幅の広い男だ。
髪は短いが、茶髪である。健康的な肉体をしていて、さっき南国から帰ってきました、というような日焼けした顔をしていた。

家族水入らずの雰囲気を読めない男。
つまり、図々しいやつ、と言っていいのではないだろうか。
見たところ、彼はひとりである。
まわりを見渡しても、連れはいそうにない。
暇を持てあまして、興味本位に声をかけてきたと思って、間違いはないだろう。

私の眉間に皺が寄る。
子どもたちも逃げるように、レジャーシートに避難して、様子をうかがっている。
「キャッチボールが、したいと?」
私が言うと、彼は眉を器用に上げ下げして、嬉しそうに大きく頷いた。

笑うと眉が八の字になって、漫画のキャラクターのような愛嬌のある顔になる。
それを見て、「やりますか」
つい、言ってしまった。
子どもとのキャッチボールでは、不完全燃焼だったからである。

20メートルほどの距離を取って、彼にボールを投げた。
弓なりのボールである。
しかし、彼の方は、力一杯投げてきたのだ。
無礼な!

気を抜いていたから、あやうく取り損ねるところだった。
しかも、グローブの皮の一番薄いところで取ったから、手が痛い。
アホか! この野郎!
手加減というものがあるだろう! 年上をもっと敬え!


敵意をボールにこめて、私も力を入れて投げた。
しかし、悲しいかな、彼ほど力のある球は投げられない。
年を取るというのは、無惨である。
ボールがおじぎをしてしまうのである。
何度投げても、礼儀正しくおじぎをする。

このままでは、「パパは昔は140キロのスピードボールが投げられたんだよ」という、大ボラが嘘だったことがばれてしまう。
そこで、姑息なことを考えた。
フォークボールを投げたのである。
フォークボールは、子どもの頃から得意だった。
指が長いので、何の苦労もなくマスターできたのである。

向こうもまさか、フォークを投げてくるとは思わないので、後ろに逸らした。
ざまあみろ!
今度はもう一つ得意のスライダーを投げた。また、逸らした。
ざまあみろ!

彼は、投げるのは得意なようだが、受けるのはあまり上手くないようだ。
さらに、ざまあみろ!(大人気ない)

しかし、それからの彼は、ムキになって速い球を投げてくるのである。
私は全神経を集中して、ボールを逸らさないようにした。
おそらく、全部で50球くらいだったろうか。
どちらからともなく、投げるのをやめた。
二人して、顔中汗まみれになって、握手をした。

「ビールでもどう?」
とすすめたが、「すんません、俺、車なんで」と言いながら、彼は小さく何度も頭を下げて我々から離れていった。

いったい、何だったんだ!
本当に、あいつはキャッチボールをしたかっただけなのか!?
よくわからない。

しかし、そんなことはどうでもいい。
私の左手は、いま赤く腫れ上がって、熱を持っている。
家に帰ってアイシングをしたが、腫れはひかない。

腫れた左手を見ながら思う。
いったい、何のための花見だったのやら。



2007/04/12 AM 07:33:53 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]

カラオケも高校野球も封筒も
月曜日。
年下の友人が手術をしたので、病院で手術が終わるのを待っていた。
本来なら、仕事をしなければいけないところだったが、手術の結果が気になって仕事にならないから、今日は休むことにした。

4時間後に、手術は終わった。
成功しました、という言葉を聞いて、安堵。
奥さんと子どもの涙を見て、もらい泣き。

足取りも軽く、我が家へ帰った。
Macの電源をつけているとき、電話が鳴った。
午後8時半。
ナンバーディスプレイを見ると、Nアートのフジイくんからのようだ。

嫌な予感。
電話をとると、「ああ、Mさん、帰ってきましたか。助かったぁ〜!」
「ぁ〜」がいつまでも尾を引いている。
何回もかけてきたようである。
よほど、緊急の用なのだろう。

予想通り、Macが起動しなくなったが、夜遅いのでサービスが来てくれない。そこで、私にSOSコールをした、ということらしい。
フジイくんの会社には、Macが60台近くある。
だから、一台くらい故障しても大丈夫、と思ってしまうが、彼の会社では一台一台IDで管理されているので、他人のPCを勝手に動かすことはできないらしい。

電話では埒があかないので、彼の会社に行くことにした。
フジイくんが会社の車で迎えに来てくれた。

会社に着いてマシンを見てみると、OSは9.2.2。
私のデスクトップマシンと同じである。
ただ、彼のはG4の867MHzデュアル。メモリも2GB積んでいる。
贅沢なヤツである。

しかし、言っては悪いが、フジイくんはど素人である。
パワーボタンを押すと、PCは普通に起動しているではないか。
ただ、PC本体のインジケータが壊れているので、パワーが入っているかどうかの判別がしづらい。
そして、起動していないというより、モニタがまったく反応していない。
ハードディスクが回る音があまりにも静かなので、起動していることにフジイくんが気付かなかっただけである。
パニクって、冷静な判断力が働かなかったのだろう。

つまり、モニタがおかしいのだ。
余っているモニタはないかと聞いたら、17インチの液晶があるという。
それを繋いでみたら、画面が映ったのである。

「あれまー!」
フジイくんが、のけ反ったが、それは俺のセリフだ。

「全然起動しないんですよ。パワーボタンを何度押しても駄目です! 電源はちゃんとささってるんですよ! 何しても駄目なんです!」
電話で泣きそうな声で訴えていたが、ただうろたえていただけではないか。

もうすぐ夜の10時になろうとしている。
なんか、むなしい……。時間の無駄だ。
車で送ってもらうことにした。

その時、会社の隅っこから声がした。
「ああ、ご苦労様です。直りましたか。助かりましたよ」
私と同年輩の血色のいい男が話しかけてきた。

フジイくんが「部長です」と紹介してくれた。
太っている。100キロは超えているだろう。
愛想はいい。しかし、太って血色がいいこと意外は、取り立てて特長のない容貌である。

私はフジイくんの会社からは、一度も仕事を貰ったことがない。
以前、一度だけ今日と同じように、夜SOSの電話をもらってPCを直したが、その時も修理費は請求しなかった。
近所の居酒屋でご馳走になっただけである。
今回も、請求するつもりはない。
だから、彼の会社に関しては、心おきなく好きなことが言える(悪口も)。そして、愛嬌を振りまく必要もない。

「Mさん、あなたの噂はフジイから聞いていますよ。いやあ、助かりましたな」
腹を揺すりながら、両手を広げて、感謝の意を表している。
しかし、全然誠意は感じられない。

面倒臭いので、頭を下げて帰ろうとした。
しかし、部長は「Mさん、カラオケはいかがですかな」と聞くのである。
私は、「カラオケはしません」と即座に答えた。

「尾崎豊はご存知ですか」と聞かれた。
知りません、と答えた(知っているが)
「じゃあ、甲斐バンドは知っていますか」と聞かれた。
知りません、と答えた(知っているが)
「では、矢沢永吉は知っていますか」と聞かれた。
知りません、と答えた(知っているが)

まだ聞かれそうだったので、「カラオケは嫌いなんですよ!」と言った。
部長は、「ああ、そうなんですか」と心底残念そうな顔をして言った。
太っているので、額や首筋に汗が浮かんでいる。
暑苦しい。

「ああ、そう言えば、ナカタはすごいですなぁ〜」
と、また唐突に言われた。
私の中でナカタと言えば、元サッカー選手のナカタしかいない。
しかし、今さら、何でナカタなんだ!

救いを求めるように、フジイくんの方を見た。
「オーサカトーイ(?)のナカタですよ」
フジイくんは、頷きながら教えてくれた。

しかし、それを聞いて、私は余計わからなくなった。
なんだその、オーサカトーイのナカタというのは?
大阪は確かに遠いが、それとナカタと何の関係があるのか。

こういう時の私は、すぐに面倒臭くなる。
わけのわからないことを言われると、無性に腹が立ったりもする。
夜の10時過ぎに、仕事とは関係ないことをゴチャゴチャと言われるのは、拷問に近い。
「ナカタは嫌いなんですよ」
強い口調で言うと、部長はしらけた顔をして、下を向いた。
無礼なヤツ、と思ったかもしれない。
しかし、そう思われてもいい。
とにかく今は、この場所を早く立ち去りたい、その一心だった。

私は、フジイくんに「送ってくれ」と言いながら、部長に頭を下げて彼の会社をあとにした。

車の中で、ナカタというのが、高校野球で活躍している選手だと聞かされたとき、大きな声で「ケッ!」と言ってしまった。
今は、高校野球より、マツザカの話題の方が熱いのに、何を寝ぼけたことを!
フジイくんは、その声にビクッとして、私の顔をマジマジと見ていた。
おいおい、フジイくん。君は運転の最中ではなかったのか。
よそ見はいけないよ。

「俺さあ、カラオケも高校野球も嫌いなんだよね」
私が言うと、フジイくんは、もう何も言わなくなった。

無言のドライブが終わって、車を降りようとしたとき、「あのー、これ」と言って封筒を渡された。
中をのぞいてみると、万札が一枚はいっていた。
それを見て、なぜだかわからないが、私は腹を立ててしまったのである。
善意でしたことを、こういうかたちで表されると、自分が馬鹿にされたように感じるのかもしれない。

フジイくんとしては、もちろん当然の報酬のつもりだったろうが、私は変人なので、その時々の感情の方を優先するのである。
そこで、封筒を彼に押し返しながら、こう言ってしまったのだ。

「俺はよう! カラオケも高校野球も封筒も大っ嫌いなんだよ!」
(封筒の中身は大好きだったが)



2007/04/10 AM 07:32:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

三日月おじさん
熱は下がった。
負傷した膝も完治した。
そして、久しぶりにジョギングをした。

嬉しくなって、8キロ近く走った。
快調に走ったが、何といっても病み上がりである。
気持ちがいいうちに切り上げた方が、身体へのダメージは少ない。
病み上がりには、クーリングダウンが重要である。
これをしないと、身体に疲労が溜まる。

早足で歩きながら、腿上げをしたり、時々止まってストレッチをした。
そうしながら、コンビニまで来た。
久々のコンビニである。
私の生活の中で、コンビニに入るのは、ジョギングの時だけだ。
私にとってコンビニは、あまり魅力的な場所ではないからだ。

雑誌は本屋で買えばいいし、コンビニ弁当やおにぎりも食わない(たまにおでんは食うが)。
飲み物や食料の類は、ロジャースの方が安いから、そちらで調達する。
雑貨類もほとんど買い置きしてあるので、夜中に何かが必要になるということもない。
夜、コンビニの灯りが恋しくなったことは、一度もない。

しかし、それでもコンビニが便利であることに変わりはない。
ジョギングを終えて、発泡酒を買い、コロッケをひとつ買って、近所の公園で食べる。
これは、コンビニだからできることで、ロジャースで発泡酒1本、コロッケ1個を買うことなど、絶対にできない。
する人もいるだろうが、私には絶対にできない。

公園のベンチで、コロッケをひとくち食う。
サクサクホクホクしていて、うまい。
雲は多いが晴れ間ものぞいて、気温は丁度いい。
クーリングダウンしている間に汗はひいたが、コロッケを食べたら、また汗が出てきた。
発泡酒を一口飲んだら、さらに汗が噴き出してきた。

しかし、それが心地よい。
風は適度な微風。
一気に発泡酒を飲み干した。
喉に心地よい潤いを与える炭酸の刺激。
それは、爽快、のひとことで表すことができる、至福の時間である。

そんなとき、男が近づいてきた。
「よく見かけるよね」
私より明らかに10歳は若いと思われる男である。
そいつが、俗に言う「タメ口」で話しかけてきたのだ。

このひとことで、私の身体を支配していた爽快感は台無しになった。
男の方を睨んだ。
あごの長い、三日月のような顔だ。しかし、当たり前のことだが、三日月ほど優雅ではない。
顔全体から、鈍そうな、ゆるそうな雰囲気を発散したバカ顔である。

私は、若い頃から沸騰点が高いと、友人から言われていた。
人が怒るような場面でも、怒らないのである。
だから、私が怒るときは、よほどの時である、と思われていた。

人間は、年を取ると円くなると言われている。
しかし、私の場合は、年を取るごとにカドが出てきたような気がする。
特に、無礼なヤツには、すぐ沸騰する。

「今日も、ビール飲んでるの?」
私を見下ろして、三日月が軽薄な笑いを振りまいている。
また、睨む。

「あのさあ、オレの言ってること聞こえる? 耳聞こえないの?」
紫色の品の悪いジャージの上下を来て、右手にはタオルを握りしめている。
ウォーキングでもしていたのかもしれない。
しかし、その効果は全くないようだ。
腹が、大きくせり出している。
その部分は三日月ではなく、満月である。

「俺に話しかけるときは、言葉遣いを覚えてからにしな、坊や」
発泡酒の缶を握りつぶしながら、低い声で言った。
私は、完全に沸騰してしまったのである。
自分でも滑稽なほど、力んでいた。

そうすると、三日月は、無邪気にこう言うのである。
「なーんだ、喋れるじゃん! 心配したよ。喋れないのかと思った」
手まで叩いている。

見事な肩すかしを食ったものである。
笑うしかない。

それを見て、「笑った、笑った。怖い顔してるから、殴られたらどうしようかと思ったよ。ああ、ホッとした」
三日月は、大袈裟に胸をなで下ろすのである。

また、笑うしかない。
煮えたぎった湯が、いきなり水に変わってしまったようなものだ。
「俺のこと、知ってるの?」

三日月は、子どものように大きく頷いて、「うん、土曜に、真剣な顔してこの辺、走ってるじゃん。そして、ビール飲んでる」と言った。
怒るのも馬鹿馬鹿しいほどの、無邪気さである。

私が、おそらく始めてみる人種だ。
年は、おそらく30半ばから後半か。
顔が異様に長くて、短足、そして太鼓腹。髭が濃く、顔全体に締まりがなく、目の焦点が定まっていない。
童顔ではあるが、顔の肉がたるんでいるから、どう見ても若くは見えないのである。

「この辺に住んでるの?」と私が聞くと、三日月は、金歯を見せて頷いた。
悪い男ではない。
むしろ、まったくトゲがない人間である。
最初に怒って、損をした気分になった。

「カツヒコー!」
誰かが呼ぶ声がした。
すると、三日月は、そちらの方を振り向いて、大きく手を振った。
声の方を見ると、高齢の女性が、こちらも大きく手を振っていた。

太っている。
そして、あごが長い。
母親のようである。

「オカンが呼んでる」
三日月が、もう一度私に笑いかけた。
いい笑顔である。
心温まる、というほどではないが、邪心のない澄んだ笑顔だ。

「じゃあ、またな」と私が言うと、三日月の心はもうすでにオカンの方へいっているらしく、何も言わずに私に背を向けた。

まったく、自分を笑いたくなる。
気にくわないことがあると、すぐに反応して、心の沸点が上がる。
心をどんどん狭くしているようなものである。

どんなことにも動じなかった20代に戻りたい。
そんな今日この頃である。


2007/04/08 AM 08:22:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

落ちろ!
先週の土曜日から、微熱が続いている。
微熱といっても、夜には38度以上に上がることもある。

3月31日(土) 昼37.1度 夜37.9度
毎月5日締めの仕事の初稿をあげる。
4月1日(日) 昼37.4度 夜38.0度
娘のピアノの発表会で、いいアングルを取るために、席取りに専念。バカ親カメラマン。
4月2日(月) 昼37.0度 夜38.5度
朝4時半、築地の魚市場をデジカメで撮影。本来なら専門のカメラマンにとってもらうところだが、予算を削られたので、自分で撮った。
午前7時半に帰宅して、5日締めの2稿をあげる。
午後は、熊谷のハウスメーカーとの打ち合わせ。
4月3日(火) 昼36.6度 夜37.6度
朝9時から午後2時まで、大宮の印刷会社のMacのメンテナンスと他人がやったデータの修正。
弁当くらい出せ! 腹が減って、目が霞んだぞ!
その後、病院へ知人の見舞いに行く。
4月4日(水) 昼37.6度 夜37.9度
新装開店ブティックホテルの割引きチケットのデザインとポスターを2種類。夜は友人の一流デザイナーと「すかいらーく」で打ち合わせ。
4月5日(木) 昼36.2度 夜37.5度
午前9時に5日締めの仕事が校了になり、データを送る。
その後はのんびり散歩。食料品の買い出しもついでに。そして、午後はハウスメーカーのラフデザインを2種。

今の熱は、37度。
だるい。そして、イライラする。
だから、腹立ちまぎれに、悪口をひとつ。

8年前から、地方選の選挙関係の仕事をいただくようになった。
ポスターや、ハガキ、リーフレット、マニフェストなど。
数えると、11件あった。

私が手がけた候補者のすべてが当選して欲しいとは思うが、当然のことながら、人生ではそんな幸運など、滅多にあるものではない。
もともと、私は消えそうなほど薄い運しか持っていないのだ。
3人が落選した。

前々回の統一地方選。
2人が落選した。
落選も時の運、とは他人だから言えることで、当人にとっては、大変ショックな現実である。

しかし、落選後の態度というもので、ある程度、その人の人格が見えてくるのではないだろうか。
ひとりを仮にAさん。もうひとりをBさんとする。

Aさんは、落選後すぐに電話をくれた。
「Mさんにお手間をとらせて、大変素晴らしいものを作っていただきましたが、私の力が足らずに、落選してしまいました。しかし、次回を期して、これからも勉強を積んでまいりますので、これからもお見捨てなく、是非ご助力をお願いします」
模範的な、あまりにも優等生的な電話ではあるが、こう言われて、悪い気はしない。

よし、次回こそ、もっといいものを作って、彼の力になろう!
単純ではあるが、そう思ってしまうのである。

そして、Bさん。
まったく、連絡はない。

そして、選挙から2週間後、大宮のジュンク堂の一角で、Bさんに出くわした。
同時にお互いの存在に気付いたのだが、私の会釈をBさんは、ものの見事に無視して足早に逃げ去っていったのである。

おい、オヤジ! 無視することはネエだろうが!
夜中の1時まで、ああだこうだウダウダと細かいところにこだわって、最後はけんか腰になって指図していたお前さんに、最後まで付き合ってやった人間を、落選したからといって、無視するのか!


私は、心の狭い人間である。
こんな無礼者とはもう一生つき合いたくネエ!
完全に愛想を尽かしてしまったのである。

そして、前回の地方選。
Aさんからは、仕事の依頼が来たが、Bさんからは来なかった。
Bさんも出ていたから、他に頼んだのだろう。

その選挙で、Aさんは、見事に当選した。見事に、といっても、ギリギリセーフの瀬戸際だったが。

そして、Bさん。
世の中は、呪いたくなるくらい、理不尽にできている。
Aさんよりも上位で当選しやがったのである。

選挙の神様というのは、何を基準に人を選んでいるのか。
あるいは、選挙民がただ盲目なだけか。
しかし、それはまだいい。
その後の出来事が、腹立たしいのである。

選挙から数ヶ月たった日のすかいらーく。
私は、得意先の担当者と昼飯を食いながら、打ち合わせをしていた。
真剣に話をしている最中に、無神経な大声が聞こえたので声の方を見ると……。

「ああ、Mさん、久しぶりです。お元気でしたか」
Bさんの得意気な大きな顔をのせた身体が近づいてくるところだった。
鳥肌が立った。
前は無視したのに、当選すると、人が仕事中でも割り込んでくるのか!(なんて、わかりやすいヤツ!)
握手を求めてくるかもしれないと思ったので、咄嗟に右手を背中の方に隠した。
案の定、彼は握手を求めてきたが、私は原稿に目を落として、それを無視した。

しかし、そんなことには委細かまわず、彼は言うのである。
「いやあ、おかげさまで当選させていただきました。今回は諸事情あって、Mさんにはお声をかけなかったのですが、もし機会がありましたら、またお願いしますよ」
ステレオタイプで漫画的な図々しさである。

目の前の担当者も、小さく肩をすくめて、首を振っている。
真剣に仕事の打ち合わせをしていた空気が台無しである。
これは、コップの水をぶっかけてもいいシチュエーションではないか!

しかし、さすがに私は大人である。
「おめでとうございます」
立ち上がって、深く頭を下げた。
そして、ずっと下げていた。
Bさんが立ち去るまで、ずっとその姿勢でいようと思った。

当選すると、議員センセイは、忙しくなるようである。
彼は私の皮肉を受け流して、サッサと自分で席を見つけて、取り巻きと一緒に窓際の席を陣取っていた。

どうせなら、はっきり言いやがれ!
前回は、アンタに頼んだから、俺は落ちたんだ。今回は他に頼んだから、当選したんだよ! ハハハハハ!

我ながら自虐的だと思う。
しかし、私の価値観では、こういう人間は、評価するに値しない。
ただ、呪いはかけることにする。

Bさんは、今回も出ているようである。
気を集中して、私はいま全身で念じている。
落選しろ〜〜〜!


2007/04/06 AM 08:10:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

どこかで見かけたような
毎月5日締めの仕事も、2稿目が終わって、目途がついてきた。
そこで、先日交通事故に遭った担当者ハヤシさんの見舞いに行くことにした。

見舞いの品は、いつもながら適当である。
食べ物は好き嫌いがあるし、花は沢山もらっているだろうし、彼が遭遇した事故がどういう状態かわからないので、退院してからも使える「タオルセット」を買った。
いつものことだが、デパートに入って、一番最初に目に入ったタオルをセットにして、詰めて貰っただけである。

「色は、これでよろしいでしょうか」と聞かれて、おかしな色を選んだか、と思った。
もしかして、白のタオルはお見舞いにあげてはいけないのか?
私は一般常識に欠ける人間なので、念押しされると自信がなくなるが、「かまいません!」とやけくそで言った。

あるいは、色よりも、タオルを見舞いに持っていくこと自体が非常識なことなのか。
色々と考えたが、「ああ、面倒くせえ」と思って、病院に向かった。
間違っていたら、あとで謝ればいいだけのことだ。

午後3時前。
外来の患者はいないので、入口もロビーも人はまばらだった。
昨年は、母の入院が長引いたので、病院には何度も足を運んだ。
病院の雰囲気には慣れているし、お見舞いの段取りもわかる。
遠くに東京タワーが見える。
オカンとボクと、時々、オトン (?)

病院にしては明るく広い廊下を通って、エレベーターで入院病棟まで行った。
ハヤシさんの入院している部屋は、2人部屋だった。
スペースにかなり余裕のある、2人部屋だった。
こんなことは言いたくないが、いい相手に当たったのかもしれない。

部屋をのぞくと、見舞いの先客がいた。
若い女性である。
白のワンピースの上に水玉のジャケットを着たほっそりした人だった。
彼女は私の姿を認めると、立ち上がって会釈をした。
私が会釈を返すと、首を軽く曲げるようにして、「どうぞ」といったが、何かを思いだしたように、一瞬、私の顔を見つめた。

どこかで見たことがあるような……。
そんな表情をしていた。
そして、おそらく、私も同じ表情をしていたと思う。

どこかで見たことがあるような……。

「あれ、Mさん、まさか、見舞いですか?」
ハヤシさんが、首だけ持ち上げて言った。

間抜けな質問である。お見舞い以外に何をしに来るというのだ。
漫才でも、しに来たと思ったのか。
ハヤシさんの顔は艶が良くて、病人という感じがしない。
左手に巻かれた包帯がなければ、入院患者だとはわからないだろう。

女性は、私に席を勧めると、「下に行ってるから」とハヤシさんに言って、すれ違いに出ていった。
挙措が優美な感じである。歩いていく様子は、キム・ヨナの氷上の舞のようなしなやかさがある。
つい、見とれてしまった。

ハヤシさんの怪我は、肋骨を二本骨折。左の手首のヒビ。全治1ヶ月。
今週中に退院して、来週の中頃から仕事に復帰する、ということなので、大事にならず、ひと安心。

たいして親しくもない人間に見舞われても、疲れるだけだろうから、10分ほどで帰ることにした。
先客の女性のことが気になったが、私はそう言うことが聞けないタチなので、もやもやを抱えたまま、ハヤシさんと別れた。

ハヤシさんの彼女、というのが一番妥当な考えだろうが、そんな推測は、彼にとっては「余計なお世話」かもしれない。
面倒くせえ。
そう思いながら、ロビーを横切ると、先ほどの女性がロビーの長椅子に座って飲み物を飲んでいた。

私が気付くと同時に、彼女も私の存在に気付いて、立ち上がった。
「あら」
失礼を承知で言うが、取り立てて特徴のない顔である。

見る人によっては、美人、と取る人もいるかもしれないが、顔立ち自体は目立たない作りである。
ただ、人にまったく不快感を与えない雰囲気を持っていて、立ち姿を見て、「たおやか」という表現が真っ先に浮かんだ。

そして、また思った。
どこかで、見たことがある。
それも、つい最近、だったような気がする。
なぜ、思い出せないのだろう。

こんなときは、妙にイライラするものである。
頭の中を根こそぎ、かき回したいくらい、不快な感情が脳内を駆けめぐるのである。

私のそんな感情を察したのか、彼女は、「あのー、何処かでお会いしましたよね」と言って、首を傾げた。
私も大きく頷いた。

「そうなんですよ。でも、思い出せない。なんなんでしょうね」
「つい、最近ですよね」

二人して、何度も頷いている。
しかし、私の頭の中は記憶の渦が空回りしているだけである。
彼女の方も、同じように記憶回路が空回りしているようだ。
眉根に皺を寄せたために、たおやかな雰囲気が少し崩れている。

「どこでお会いしたんでしょうねぇ」
「どこでしょう」

堂々巡りである。
気持ち悪いことこの上ないが、思い出せないものは、どうしたって思い出せない。
顔を見合わせて、お互い笑った。

笑うしかないのである。

その困ったような笑顔を見て、私の頭にひらめいたものがあった。
そうすると、不思議なことに彼女も目を大きく開いて、人差し指を宙に浮かばせた。
そして、二人同時に叫んだのである。

「昨日の高崎線!」

近くのソファで飲み物を飲んでいた、見舞客らしき二人連れと、遠くで点滴器具を引きずった入院患者が、一斉にこちらを見た。
また二人して笑った。
彼女の佇まいに、たおやかさが戻った。

月曜日の夕方、熊谷のハウスメーカーの打ち合わせを終えて高崎線に乗っていたときのことだ。
座席はすべて埋まっていたが、混んでいるというほどではなかった。
そのとき、私の前に座っていたのが、彼女だった。
私は、文庫本を読んでいた。
宮部みゆきの「淋しい狩人」。連作の短編集である。

北鴻巣駅に着いたとき、80歳前後の女性が入ってきたのを、何となく感じた。
文庫本越しに、足下が頼りなげなのが見えた。
ふた呼吸ほど置いて、私は立ち上がった。
席を譲ろうとしたのである。

しかし、その一呼吸前に、前に座っていた女性も立ち上がって、「どうぞ、こちらへ」と言って、おばあさんの手を取ったのである。
私は、その場で、みっともなく、立ちつくしてしまった。

それを見て、目の前の彼女は、口に手を当てて、心底申し訳ないという表情を作って、深く頭を下げた。
その困った顔が、先ほどの顔と同じだったので、思い出したのだ。

それが、時間にすれば、わずか21時間前のことだ。
「あのときは、勝手なことをして」
と彼女は頭を下げたが、別に勝手なことではない。
善意である。
謝ってもらっても困る。

「それにしても、素早い立ち方でしたね」
「わたし、反射神経はいいんです」
「負けましたね」


小さく頷きながら、二人して、また同時に笑った。
「じゃあ、ハヤシさんによろしく」
「これからも、兄をよろしくお願いします」
こちらが恐縮するくらい、深く頭を下げられた。

妹だったのか。
こんないい妹がいるということは、ハヤシさんの印象を多少修正しなければいけない。
正直、私はこの4年間、ハヤシさんとは距離を置いて接していた。

はっきり言ってしまうなら、ハヤシさんは自分の都合を優先して、他人の都合は吟味しない人間という印象を持っていた。
たとえば、仕事の段取りをしたとする。
彼はガチガチのスケジュールを立てて、仕事を進行するだけで、こちらの言い分はまったく聞かずに、とにかくスケジュール優先なのである。

私が、「できません」と言っても、「やってもらいます」の一点張りで、会話にならない。
だから、まともに取り合わない方がいいと思って、私はいつも自分のペースでやっているのである。
ハヤシさんは、仕事が遅れても怒ることはしない。元々守れるスケジュールではないのだ。
ただ、「次は守ってもらいます」と何度も念を押すことは忘れない。それが、とにかくしつこい。

そして、彼の性格を端的に表すのが、コーヒーである。
彼の会社で、打ち合わせをしているとき、彼は自分の分だけコーヒーを淹れて、私の前には何もないのである。
これは、この4年間まったく変わらない、彼の私への接し方だ。

仕事をもらう身だから、文句を言っても仕方がないし、特別コーヒーを飲みたいわけではないとはいえ、「自分ひとり」というのが、いつも気にかかっていた。

今日彼の妹を見たことで、次回ハヤシさんと接するときは、妹さんの顔が浮かんで、彼に対する意識も変わるかもしれない。
しかし、変わらないかもしれない。
人間の感情は、そんなに単純なものではないからだ。

おそらく、「妹とは大違いだぜ!」と思う確率の方が高いかもしれない。
まあ、それはそれで、どうでもいいことだが……。


2007/04/04 AM 08:46:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

笑顔
思い出したことがらを、ひとつ。
はるか遠い昔の、ひとつの笑顔のことである。

旧聞だが、青木鈴花ちゃんという6歳の女の子が、保育園を卒業したというニュースをやっていた。
それを見て思い出したのだ。

鈴花ちゃんの話題は、行政側とひと悶着あったので、以前から、ニュースでもネットでも頻度高く取り上げられていた。
ネットでは、障害者を公立の保育園が受け入れることで、その分行政側の負担が増えるという(受け入れに否定的な)意見が多く見られた。
しかし、税金というのは、そのために使うものではないのか。

鈴花ちゃんを受け入れることで、行政側に必要以上の負担がある、という点に重きを置いて、「きれいごとじゃなく、もっと深い議論を」という意見も、いくつかあった。
しかしこれは、正論の仮面をかぶっているが、その論からは「平等」という視点が抜け落ちている。

もし、保育園で不測の事態があったときは、誰が責任を取るのだ、という意見もあった。
家の中で起きた事故は親の責任で、保育園で起きた事故は保育園の責任に決まっているではないか。
責任を逃れるために、福祉を放棄するなら、税金を徴収する意味はどこにあるのだ。

障害を背負った人が優遇されない行政など、強者の巣窟でしかない。
強者の観点からだけでは、福祉という正しい定義は生まれないのではないか、と私は思っている。

健常者が平等を語るとき、自分のことはすべて棚に上げる。
しかし、その感覚はわかる。
健常であることが当然のこととして、日常生活を送っている人には、肉体の一部に欠陥のある人のことは想像できないだろうから。

私もいま、右耳が聞こえない、右目が超弱視、という欠陥を得てはじめて、僅かながらだが、それが想像できるようになった。

人間の想像力は、千差万別。
むしろ、想像力のない人の方が多いのではないか。
それは、私自身が想像力がないから、みんなもそうだという思い込みから来ている可能性もあるが。

しかし、インターネットの世界を彷徨(さまよ)っていると、私と同じように想像力の欠けた人間が多々いることは、否定できないと感じる。
インターネットの世界だけでなく、集団の中の個人は、集団のエネルギーに引きずられて、否応(いやおう)なしに無神経になっている人が多いように思われる。

自分を平均だと思っている人は、彼らが平均以下だと判断した人に対しては、強者の論理を振りかざす。
そして、まことしやかな理由を探すのである。

今回の鈴花ちゃんの例でいうと、「行政側の負担」という理由付けで、強者の論理をすり替えるのである。
税金を無駄に使うな、というもっともらしい論理をかざし、そして、「もっと深い議論を」と言って、論点を人に預ける。
彼らは、自分の意見を、論点の底に沈めて逃げるのである。

他の税金の無駄遣いは、見て見ぬふりをしているのに、である。
(この部分は揚げ足取りだから、自分でもあまりいい意見だとは思っていないが)

極論をいえば、財政が破綻するのは、すべて行政側の責任である。
健全な行政なら、財政が破綻することはない。
そして、もっと極論をいうならば、たとえ財政が破綻をしていても、あるいは健全な行政ならなおさら、障害者は優遇されるべきだと、私は考えている。
有意義な無駄遣いは、絶対にある、と私は信じている。

無駄遣いかどうかは、優遇したあとで、個々の案件ごとに考えればいい。
それが、福祉というものの本質だと、私は思っている。
障害が、個人的な事情なのは、当たり前のことだ。
その個人的な事情を行政側が酌(く)まなければ、行政はただの「いじめっ子」にしかならない。
あるいは、慣例にこだわり、柔軟な思考能力と機能の停止した集団。

大きな財布を握った「いじめっ子」など、ただの「悪」である。
あるいは、弱者を意識しない行政は、金遣いの荒い放蕩息子か。
いずれにしても、勘当してもいい存在である。

話の本質からは外れるが、鈴花ちゃんの笑顔はいい。
彼女の笑顔は、前を向いている人の笑顔である。
そして、覚悟を持った人の笑顔である。

私は彼女のその笑顔を、讃(たた)えたいと思う。
豊穣な笑顔は人を幸せにする。
彼女を見ていて、私はそう思うのである。
そんな笑顔を見て、私はひとつの笑顔を思い出した。

私の小学生時代にも、そんな豊かな笑顔を持った女の子がいた。
彼女は、足の悪い子で、学校の中では松葉杖を使っていた。
学校外では、車いすである。
学校側に、車いすを受け入れる態勢がなかったので、校内では松葉杖を使っていたのだ。

彼女は、いつもニコニコしていた。
体育の授業は、いつも見学だったが、明るくよく通る声で、みんなに声援を送っていた。
まぶしいほどの笑顔で、まわりを幸せにした。

そして、彼女は、絵が上手だった。
東京都のコンクールで特選を取ったこともあった。
私は、彼女の絵を見るのが楽しみだった。
休み時間は、いつも嬉しそうにスケッチブックに絵を描いていた。

「これ、マツが走ってる絵を描いてみたんだよ」と言って、私のことを描いた絵を何枚か見せてくれたことがある。
彼女は、私のことを他の男子と同じように「マツ」と呼んだ。
「マツはいいよな。走っているときのマツが、アタシは一番いいと思うよ」
彼女が描く私は、みな走っているものばかりだった。
それらはみな、私が恥ずかしくなるくらい、実物より格好よく描かれていた。

走れない彼女が、走るのが得意な男の子の絵を、どんな気持ちで描いていたのか。
当時の私は、ただ無神経にそれを得意がっていただけだった。

6年生になってすぐ、彼女は入院した。
やせ細った彼女の姿を病室で見たとき、叫びだしたいくらい凶暴な感情が湧き上がってきた。
そんなやせ細った顔をしていても、いつも通りの笑顔があったからだ。
実際に私は、病院をあとにしてから、目黒川の橋の下で叫んでいた。
うち捨てられた錆びた自転車を、何度も蹴りながら。

そして、夏休みが来る前に、彼女は死んだ。
先天的な病気で、どうすることもできなかったらしい。

足下から血の気がひいていく感覚を、私はそのとき初めて味わった。

いまでも残念に思うのは、あの時に描いてもらった絵を、なぜ貰っておかなかったのかということである。
健常者には、というよりも、私には想像力がない。
彼女が、あの絵をどんな気持ちで描いたかということを、当時の私も、今の私も想像することができないのである。

しかし、絵が残っていたら、今なら想像できるかもしれないのだ。
それが、自分に愛想が尽きるほど、いま残念で、腹立たしいほどに、いま悔しい。


2007/04/02 AM 08:19:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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