Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








それが、何か!
毎月5日締めの仕事がある。
もうとっくに校了になっていたので、私の記憶からリセットされていたが、昨日の夜、慌てふためいた電話がかかってきた。

「写真が2枚、間違ってたよ! 何でなんだ!」

私より、年がふたまわり近く若い担当者は、声を震わせて私に文句を言った。
こんなときは、「落ち着いてください」と言っても、相手は馬鹿にされたと思うだろうから、私は黙っている。

写真が2枚間違っていた、と言われても、こちらには思い当たるふしはまったくないのだから、返す言葉はない。
「え、なんで!」と、彼と同じようにうろたえていたら、話が進まなくなる。
だから、黙ることにしている。

そして、こんなときの私はどうしようもなく不機嫌になるのである。
なぜ、もっとわかりやすい話の進め方ができないのか。
いくら若いとはいえ、相手に何かを伝えるときは、最低限の手順が必要なことくらいわかるではないか。

ハケンの品格」のヒロイン大前春子ではないが、「それが、何か!」と言ってやりたくなる。
しかし、私は平和主義者なので、波風は立てたくない。
だから、黙るのである。
先方が、私の沈黙をどう受け取るかで、相手が私を軽(かろ)んじているかどうかがわかる。

黙っていると、これ幸いと、まくし立てて感情をぶつける人がいるが、こんな人は私を侮(あなど)っている、と私は判断する。
時間をおくと冷静になる人は、おそらく、私を侮ってはいない。

今回は、後者だった。
私がずっと黙っていると、彼は声のトーンを低くして、「あの〜、Mさん、聞いてます?」と情けない声で話しかけてきた。

彼は、それからは冷静に話し始めた。
要するに、3月号の特集記事で組んだ講演会の写真5枚のうち、2枚に関係のないものが紛れ込んでいたのに気付かず、そのまま印刷してしまったのだという。

しかし、私は先方から渡された写真をそのままレイアウトしただけだから、当然それは私のミスではない。
私は与えられた写真しか使っていないのである。
それを、私のせいにされても困る。

納得してもらうために、私は「初稿」「2稿」「校了」の3つのデータをメールで送り、校正原稿のコピーをファックスで送って、講演会の部分では、初稿から校了まで写真の変更がなかったことを確かめてもらった。
担当者は、もう冷静になっているので、それはすぐ理解してくれた。
ただ、それからは「どうしましょう」と言って、ため息をつくだけである。

そこで、私は「正誤表」を提案した。
何頁と何頁の写真は間違いでしたので、正しいものはこれこれです、という印刷物を差し挟むのである。
全部を刷り直すより、遥かに簡単で、コストもそれほどかからない。

それを聞くと、彼は「ああ〜」と言って、「見たことありますよ、あれですね。ああ、その手があったか」と言うなり、電話を切った。
せっかちな男である。

この間も、こんなことがあった。

長い付き合いの印刷会社がある。
そこの社長は、印刷のプロだが、パソコンの知識は素人以下である。
印刷に関しては、見積もりから、印刷の仕上がりまで、まるで良質のメモリが入っているかのように、きめ細かく瞬時にイメージできる人だ。
それは、もはや名人芸と言っていい。
尊敬すべきオヤジである。

だが、データをどう作るか、ということに関しては、「?」マークが堂々めぐりをする。
そのため、色々な誤解が生じる。

私は、データが校了になっても、その後1ヶ月間は、「初稿」から「校了」までのデータと校正原稿のコピーを残しておくことにしている。
それは、かつて付き合いのあった印刷ブローカーのキクチとの闘いから得た、私の防衛策なのである。

キクチは、ミスがあると、必ず人のせいにする男だった。
クライアントには何も言えないので、私にミスをなすりつけるのである。
最初のうちは、面倒臭いので「はいはい、私が悪うございました」という態度で接していたが、度重なると、さすがに人格者の(?)私でも腹が立つ。

そこで、こちらのミスではないことを示すために、すべてのデータと校正原稿のコピーを取って保管しておくことにしたのである。
データと校正原稿は、嘘をつかない(クライアントは頻繁に勘違いをし、キクチは頻繁に嘘をつくが)。
大抵の場合、校正原稿を見れば、どちらがミスを犯したかは、一目瞭然である。
頭のいい人間なら、すぐわかる。

だが、キクチは頭はいいが、その頭の良さを、人を誤魔化すためだけに使っている。
私が、証拠を提示しても、「よくわからないね。悪いけど、俺パソコン全然ダメなんだ。データ貰ったって、俺んちパソコンないからさ」と逃げるだけだ。
校正原稿のコピーを見ても、「コピーはコピーだからね」でおしまいである。

しかし私は、自分が間違っていない、ということを示すだけで満足だから、キクチの言い訳を許してやっていた。
このような防衛策をとっていれば、キクチがどんなに責めてきても、聞き流していられるからだ。

今回は、印刷会社のオペレータの信じられないミスで、社長とバトルをした。
急ぎの仕事なので、印刷会社のパソコンを使って、クライアント立ち会いの元に仕事をした。
まず「初稿」を出して、クライアントの指示に従ってその直しをした。
そして、その日のうちに、一気に校了まで持っていったのである。

初稿は、デザインを2つ作って、その中からひとつを選んでもらった。
その初稿データは、フォルダ名を「初稿(後日消去)」として、保存しておく。
そして、「校了(重要)」というフォルダを作って、わかりやすいようにフォルダに色を付けて、校了になったデータも必ず「決定」というタイトルを、アンダーバーの次に付けておく。
私のデータはすべてそうである。
今まで、その印刷会社のデータは、すべてそう作ってきたし、他の仕事のデータもみな同じである。

次の日、校了になったデータは、印刷会社のイメージセッタにデータを送って、フィルム出力された。
しかし、この作業をするのは、私ではない。
印刷会社のオペレータである。

その出力されたフィルムを見て、印刷会社の社長が怒って電話をかけてきたのだ。
「全然、違うデータだよ! 何これ! どうしてくれるんだよ!」

呼ばれて行ってみると、それは「初稿」のデータなのである。
オペレーターが間違って、私がわざわざ、「校了(重要)」と目立つように保存しておいたデータは無視して、その一段下の初稿データをサーバに送ったのだ。
「後日消去」と書いてあるデータを、である。
理解不能。意味不明。空前絶後……。

日本語が理解できる人間なら、「校了(重要)」と書いたデータの方が最終データだということはわかるはずだ。
まして、色まで付いているのだ。
それを間違えるなど、想像もつかない。
それまで、一度も間違えたことがないのに、なぜ今回だけ間違えたのか。

オペレータに聞いても、「わからない」と言う。
オペレータ本人がわからないものが、私にわかるわけがない。
しかし、社長という人種は、誰かを犯人にしなければ気が済まない生き物である。

私は、自分のデータの作り方を社長に説明した。
パソコン音痴の社長は、ほとんど上の空で聞いていた(?マークが旋回していた)が、私が初稿データを残していたのが気にくわなかったようである。
その部分にだけ、反応した。

「それだよ! それ!」
要するに、私が校了データ以外のものを保存したのが間違いだというのである。

5年以上も、この会社のデータはそのように作ってきて、一度も間違えたことはなかった。
「校了」を差し置いて「初稿(後日消去)」をサーバに送る人間がいるなど、想像の範囲外である。
しかし、社長は、「うちは『校了』のデータだけがあればいいんだよ。いらないものはすぐ消しちゃってよ。余計なものがあるから、間違えるんだ!」と言うのである。

以前、その会社で、校了になったあと、クライアントの我が儘で、2回目に出してくれたデザインの方がいいから、そちらに変更してくれ、と言われたことがある。
社長は、先方に「昔のデータは捨てるから、残ってないよ」と言ったが、私は残しておく方式だから、その時はその方式が生きて、社長にも感謝された。

私がそのことを言うと「えっ、ああ、あれねえ……、でも、あれはいいんだ! 客のわがままを聞いていたらきりがないからね!」と顔を赤くして、テーブルを叩くのである。
まあ、それは一種の正論ではあるが…。
客のわがままを聞いていたらきりがない、という意見には、同調できる。

そんなバトルをしていたとき、当のクライアントから電話がかかってきた。
修正箇所があるというのである。
グッドタイミングである。
これで、ミスで出力したフィルム代を先方に請求できる。
社長の顔が、少し弛(ゆる)んだようである。

しかも、初稿で出した写真データを使ってほしい、という願ってもない電話である。

「ああ、初稿の写真ね、もちろん、大丈夫ですよ、残ってますから
社長は、胸を反らして答えていた。

それを聞いて、
初稿のデータは、もう消しましたが、それが、何か!
と言いたかったが、ドラマならそれは格好いいが、現実ではあり得ない。
無理して、敵を作ることはない。

それが、何か!

心の中で、何度も唱えるだけで我慢した。


2007/03/17 AM 10:54:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.