Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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卒業写真
カネコの夢を見た。

カネコは大学時代の友人だが、今はどちらかというと彼の娘ショウコの方が私の友人という感覚が強い。
とは言っても、最近は、ショウコとも年に一回か二回、電話で話をする程度だ。
ショウコとはもう二年以上会っていない。

ショウコは、その二年の間に高校を卒業し、大学に入り、18歳という若さで結婚をして、いま19歳になった。
ショウコはカネコの奥さんの連れ子で、彼女は6歳の時に、突然私の前に現れた。

ショウコは、鼻のまわりにソバカスが散ったエキゾチックな雰囲気を持った子で、外人のようにハッキリとものを言う子だった。
私はショウコに、勉強やスポーツを教え、遊園地やプールにも何度か連れて行った。
私は彼女と、友人の娘というより、遊び友だちという感覚で付き合ってきた。
漫才で言えば、私がボケで、ショウコがツッコミという役どころだった。

夢の中でカネコは、歌を歌っていた。
カラオケボックスの中で、泣きながら歌っていたのである。
歌は荒井由実の「卒業写真」。
それを、身をよじりながら熱唱し、大粒の涙を流していたのだ。

目が覚めて、何となく気になったので、カネコに電話をした。
昨年の7月以来の電話である。

「元気か」
まったくありきたりだが、そんな言葉しか出ない。

カネコとの会話はいつも少ない。
三時間一緒にいても、まったく話さないこともあるほどである。
私は、嘘臭い言葉よりも、沈黙の方が価値があると思っている。
黙っていても、何かが通じればいい。
それが、コミュニケーションだと思っている。

「ああ、お前も元気か」
偉そうに言葉を返すが、カネコは大学では私の二年後輩だった。
年も、当然だが私より二歳若い。

私が三年の時、新入生として陸上部に入ってきたカネコは、まったく部に打ち解けない男だった。
彼は1500メートルが得意だったが、我々の部では伝統的に中距離を苦手としていたので、彼の力を伸ばすことができなかった。

だからというわけでもないだろうが、彼の練習には身が入っていないように見えた。
部内で、彼は自然と浮いた存在になっていた。
そして、その結果カネコは半年で陸上部をやめた。

しかし、私は無口で無愛想な男が嫌いじゃないので、時々カネコに話しかけていた。
それに対して、彼はいつも面倒臭そうに答えるだけだった。
嫌われているかもしれない、と思ったが、キャンパスで偶然出くわすたびに、私はかまわず彼に声をかけた。
どんなときでも彼は面倒臭そうに答えたが、逃げることはしなかった。

ある日、私が学食で一人で飯を食っているとき、無言でカネコが私の隣に座った。
「おお、元気か」
カネコは無言だったが、小さく笑った。
感情をどう表現していいかわからないという、照れた笑いだったが、構えたところは感じられなかった。

それを見て、「ああ、こいつは俺に心を許してるな」と確信した。
そして、こいつは、ただ表現力が乏しいだけなのだ、と思った。

たまに仲間との飲み会の時にカネコを呼ぶと、彼は何度かついてきたが、隅っこで食べて飲むだけだった。
卑屈なところがまったくないので、そんな彼を何となく皆が認めていた。
カネコは、そんな変なやつだった。

私が大学を卒業する何日か前に、カネコから電話があった。
それまで、カネコから電話をかけてくることなど、一度もなかった。
私の方からは何度か電話をしたが、彼から電話がかかってきたのは、その時が初めてである。

「あのさあ………、卒業するんだよね」
当たり前だ。
単位を全部取ったのだから、大学は卒業しなければいけない。
単位を全部取った人間を留年させる大学など、日本にはない(と思う)。

「こういうときは、おめでとう、って言うんだよね」
カネコは、ぶっきらぼうに、言葉を投げ出すように言った。
すねているようにも聞こえる話し方だった。

「ああ、卒業だ。お前とも会えなくなるな」
私がそう言うと、カネコは少し間を開けた後で、こう言った。
「それなんだけどさ………」
しかし、そう言ったあと、言葉は続かずに、沈黙の時間だけが過ぎた。

私から話すことはない。
卒業間際の忙しいときである。
それに、私はオーストラリアのひとり旅を終えたばかりの時だった。
からだと心に、オーストラリアの匂いが染み込んでいる。
濃厚な旅の余韻がまだ残っていて、気持ちの断片が思い出に酔っぱらっている状態である。

だから、言葉を返すのも面倒で、ずっと黙っていた。
カネコも言葉が続かないようである。

沈黙が続いた。
普通なら、その沈黙を鬱陶しく感じるのだろうが、私は平気なのである。
どうでもいい言葉で、沈黙を埋めるなら、喋らない方がいい。
その方が、言葉が生きる。

その時の沈黙は、どれくらいだったろう。
3分程度だったろうか。
すると突然、カネコが叫んだのである。
「卒業しても、会いたい!」

まるで、思い焦がれていた恋人に告白するような勢いだった。
笑うしかない。
実際に、私は笑ってしまって、何も答えられずにいた。

しかし、彼は真剣なのである。
「何だよ! 俺は真面目に言ってるんだぜ!」
カネコが、駄々をこねるように大声で叫んだ。
彼にとっては、一大決心をして言ったことばだろう。

私は、笑いを抑えて、彼にこう言った。
「わかったわかった。先輩後輩を抜きにして会おうぜ。友だちとして、な」

すると彼は、初めて聞くほどの快活な声で「おう、わかった!」と言って、電話を切った。
カネコとの付き合いは、それからずっと続いている。

私が「お前の夢を見たんだ」と言うと、カネコは「俺はしょっちゅう、お前の夢を見てるぜ」と言った。

それはそれで、大変気持ち悪いものだが、これからも、カネコとはこんな怪しい付き合いが続いていくのかと思うと、つい笑ってしまうのである。

カネコも笑っている。
そして、彼はこう言った。

「ショウコに会いに行ってやってくれないか。あいつの元気な姿をお前に見てもらいたいんだ」

そう言われて、はじめて気付いた。
私はカネコの夢を見ることで、知らずにショウコのことを意識していたのかもしれない、と。

夢の中で、カネコは泣きながら熱唱していた。

人ごみに流されて
かわっていく私を
あなたはときどき
遠くで叱って

(『卒業写真』より)

誰もが、人ごみに流されて変わっていく。
私は、ショウコが変わっていくことを怖れているのではないだろうか。

「本当の親父とパパ、そして、サトルさん。みんなちがって、みんないい」
まるで金子みすゞのようなことを言っていた、ショウコの悪戯っぽい笑顔を思い出す。

「いま、ショウコが一番会いたがっているのは、お前だ。いまいましいが、本当にお前に会いたがってるんだ」
カネコが、珍しく明るい声で言うのを聞きながら、私はショウコに会うことを想像して、身体の奥底から、喜びの渦が巻き上がってくるのを抑えきれなくなるのである。



2007/03/14 AM 10:18:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



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