Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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卒業(心に刺さったトゲ)
場所は八王子。
京王八王子駅から歩いて10分くらいだ。
地方裁判所が近くにある。
大きな通りに面しているので、わかりやすかった。

エントランスは、オートロックではなかったので、入口からそのまま階段を上って3階まで行った。
インターホンを押そうとしたら、少し指が震えた。
笑うしかない。

何を緊張しているのか、と思う。
娘に会うようなものじゃないか。
そう心に言い聞かせたが、指の震えはおさまらなかった。

押した。
すぐに、「ハイ」という声が返ってきた。
「おれ」
「はーい」という弾むような声。そして、懐かしい声。

ドアが開いた。
2年ぶりに見るショウコの顔は、大学生の顔だった。
生活感が染み込んでいない顔。
そこには、当たり前のように19歳になった、私の知っているショウコがいた。
指の震えがおさまった。

「サトルさん、老けたね。髪薄くなったね」
「いきなり、ダブルパンチだな」
「ねえ、2年前も、その靴はいてなかった?」
ショウコが、私がぬいだ靴を指さして、手を叩きながら笑った。
「靴下もかなりくたびれているんじゃない? 進歩ないなあ」と言って、私の肩を叩いた。
そして、「でも」と言いながら、私を見上げた。

「安心したよ。そんなに変わってなくて」
「おい、それは普通、俺のセリフだろうが」
ショウコがまた手を叩きながら、笑った。
「ざまあみろ」と言いながら、舌を出している。
鼻の両側に散ったソバカスが、初めて会った6歳の頃のショウコを思い出させた。
今度は、指ではなく、心が震えた。
6歳のショウコが、成長して19歳になった。
しかし、ショウコはやはりショウコのままだった。
それが、嬉しかったのだ。

「どうぞ」
短い廊下の突き当たって左がリビングだった。
8畳くらいだろうか。家具が少ないので、広く感じる。
真ん中にベージュのダイニングセットがおかれている。
テーブルの上に、TAKANOの「クリスタルデュオ」を置いた。

「ありがとう。サトルさんのことだから、一番最初に目に入ってきたものをサッと買ったんでしょ。『いちいち選ぶの面倒くせえ』とか思って」
「面倒くせえ」

ショウコは相変わらず、いい勘をしている。
本当にそうなのだ。
お土産で悩むのは時間の無駄だと思っている。
だから、店に入って、一番最初に目にしたものを買ったのだ。

相手の好みなどは考えない。
土産物というのは、中味はどうでもいいと私は思っている。
どこで買ったか、で誠意が伝わるものである。
今回はTAKANOで買ったというのが、私の精一杯の誠意である。

椅子に座って、ショウコがコーヒーを淹れるのを待った。
私は、室内を見回すことはしない。
家具などを見て、生活ぶりを想像することはできるだろうが、それは独りよがりの推測である。
家具を見ただけで、その人の真実など見えはしない。
たとえ見えたとしても、それは錯覚である。
無駄なことはしたくないので、窓の外の空を見た。

何も考えられない時間というものがある。
空を見ている。そして、空を認識しているのだが、見ているだけで、脳細胞がまったく活動していない凪(なぎ)の時間。
自分の存在さえ、実体を感じなくなる、精神の無風状態。
空しか見ていないのだが、自分が何かに同化していくという、冴えきった無の時間。

陸上の短距離のレース前に、一度だけこんな心境になったことがある。
2百メートルのレースで、まわりが何も見えなかった。テープさえも見えなかった。
自分がゴールしたのかも、わからず、気が付いたら、競技場の壁が目の前に迫っていた。
ゴールを遥かに過ぎて、壁にぶつかる寸前だったのだ。
その時の感覚に似ている。

「サトルさん、コーヒー置きましたよ、サトルさん」
気が付いたら、目の前30センチのところに、ショウコの顔があった。
長い睫毛。スッピン。艶のある漆黒の髪。指が伸びてきて、鼻の先を弾かれた。

「いてっ」
「目を開けて寝てちゃ駄目ですねえ。仕事、そんなに忙しいの?」

「よく考えたら、今日は人妻と二人きりだ。こんなの俺の人生で初めてだ、って思ったら緊張しちゃってね」
また、鼻の先を弾かれた。
ここちよい痛み。

「サトルさん、顔がやらしいよ」
「男は、人妻と二人きりのときは、みんなこんな顔になるんだよ」
「サトルさん。私ね、いま護身術習ってるんだ。実験台にしてやろうか」
「実験台は、キミの親父にしなさい。あいつなら、喜んで殴られるだろう」
「パパはもう、何度も投げ飛ばしてるから、飽きた」

ショウコの親父カネコとは、3年以上会っていない。
会っても特別話すことはない。
ただ、元気でいればいい。
同じ時間を共有した仲間は、ただ元気でいてくれればいい。

「パパ、デブになったけど、サトルさんは、変わらないねえ。相変わらず『食べるの面倒くせえ』って言ってるの?」
「面倒くせえ」

「でも、今日は食べていってよ。旦那、一緒の食事、楽しみにしてるんだから」
ショウコの口から「旦那」という言葉を聞くのは、抵抗があるかと思ったが、意外とすんなりと聞けた。

「旦那のことはなんて呼んでるんだ」
「マサ」
「まるで、犬みたいだな」

「ああ、その犬が帰ってきたみたいよ」
確かに、ピンポンという音がした。
ショウコが立った姿を見て、エプロンをしていたのに、いま初めて気づいた。
薄いブルーの無地のエプロンである。

奥さん、か。
小さなトゲが、心の隙間に刺さったような気がしたが、無視することにした。
立ち上がった。

リビングに入ってきたショウコの夫は、私の顔を見るなり、「お会いしたかったんですよ」とよく通る声で言って、ゆっくりと頭を下げた。
背は私より少し低いが、身体は明らかに私より頑丈そうである。
しかし、何といっても、彼の身体の中で一番真っ先に飛び込んでくるのは、その優しい目である。

笑っていなくても、目に優しい光がある。
英語の教師とのことだが、教師というより、伝道師という感じに近い。
「先輩、と呼ばせていただいて、いいですか」
さりげなく私に座るように促して、ショウコの夫は、私の正面に座った。

私が彼の先輩であるのは間違いない。同じ大学なのだ。
だから、それを拒む理由はない。
私が頷くと、「ショウコ、先輩にビール差し上げてないのか」と言いながら、自分で冷蔵庫からビールを持ってきた。
グラスはひとつである。

私が不思議な顔をすると、「マサは、飲めないんだよ」とショウコが私のコップにビールを注ぎながら言った。
「すみません、先輩。お付き合いできなくて」

「俺は、君のことは、なんて呼べばいいんだろう」
「マサ、でお願いします」
このひとことで、私はこの男を気に入ってしまったのである。
自分でも、なぜだかは、わからない。
マサが持つ、人間としての心地よさに、安心したのかもしれない。

もし私がショウコの父親だったとしたら、こんなにすぐ、娘の相手を気に入るものだろうか。
カネコはどうだったのだろう。
カネコとショウコは血の繋がりはないが、彼らは親子である。
誰よりも親子らしい親子である。

ショウコが結婚したとき、カネコの心にも、小さなトゲは刺さったのだろうか。
そして、彼も私と同じように、その痛みを無視することにしたのだろうか。
それとも、そのトゲはあまりに大きすぎて、抜くのを諦めてしまったのか。

私の正面にマサがいる。
そして、ショウコが彼の隣に座っている。
その現実は、私にとって、受け入れがたいものではなかった。
二人ともいい顔をしていたと思う。
陳腐な言い方をすれば、幸せというものを、身体全体で表現している二人だった。

「サトルさん、カルパッチョ、全部平らげてよ。これ、サトルさんに教えてもらったんだからね。責任あるんだからね」
「ビールまだ1本しか飲んでないじゃん。どうした、サトル! 老け込むのは早いぞ」
「サトルさん、またテニスやろうよ。マサは下手くそで、全然相手にならないからさ。やっぱり、サトルさんとやりたいよ」

ショウコの生きた言葉が、私の心に染み込んでいく。
私は、段々と無口になっていく自分を持てあましながら、ビールを飲み続けた。
マサは、そんな私たちを、目を細めながら見ていた。

車で送るというマサの申し出を断って、私は駅までの道をショウコと二人で歩いた。
無言だった。
私の心の隙間に、まだトゲは突き刺さっているのだろうか。

我が家へと帰る人の流れに逆らいながら、私たちは下を向きながら駅への道を歩いていた。
駅が見えるところまで来たとき、ショウコがぽつりと言った。
「パパがね」
ショウコに似合わない沈んだ声だった。
「お前はもう、俺から卒業したんだな、って言うんだよね」

卒業、か。
そう言えば、以前見た夢で、カネコは「卒業写真」を泣きながら歌っていた。
あれは、カネコの心情が私の夢の中に入り込んできたものなのか。

「でも、私はパパから絶対に卒業してやんないから、って言ったんだ」
「カネコは、泣いたんじゃないか?」
「泣いた」

また、沈黙があった。
前よりももっと遅い歩みで、私たちは歩いていた。
ショウコが突然、立ちどまった

「サトルさん、また、来てよね」
ショウコの目は、私を見ているようで、見ていないようだった。
そして、唇を噛むようにして、言った。

「私は、サトルさんからも、絶対に卒業しないから」
ショウコが、どういう表情をしているか、わからなかった。
ショウコの姿がにじんでいた。
駅前の景色もにじんでいた。

「ああ、絶対に、来る」
そう言うのが、精一杯だった。
私は、にじんだショウコの左肩を、右手で軽く掴んでから、ショウコに背を向けた。

「はい、待ってます」

私の背に投げかけたショウコの言葉が、心の内側を震わすように響いた。

京王線の車内で、ショウコの「卒業しないから」という言葉が、私の心の四隅を駆けめぐっていた。
にじむ視界の中で、私は心に刺さったトゲが消えていくのを感じていた。



2007/03/31 AM 08:03:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

WEBデザイナーは、大嘘つき
喫茶店を利用しなくなって、どれくらいたつだろうか。
独立してからは、一人で入ったことはないかもしれない。

スターバックス」や「ドトールコーヒー」には、たまに入るが、あれは喫茶店に分類されるのだろうか。
たまに入ると言っても、年に一回あるかどうかだから、頻度は極めて少ない。

だから、喫茶店業界には、まったく貢献していない。
街中から喫茶店が消えたのは、もしかしたら私のせいかもしれない。

「師匠、ここのコーヒー、美味しくありません?」
とWEBデザイナーのタカダに聞かれた。
場所は、荻窪の彼の事務所に近い喫茶店である。

私は、「美味しくありません」と答えた。
価格表を見ると、コーヒー1杯が500円と書いてある。
価格というのは、提供するものの質と正比例していなければならない。

ここのコーヒーはマクドナルドのコーヒーより、5倍うまいわけではない。
だから、美味しくありません。

「師匠、場所代や雰囲気というものも考慮してあげないと、可哀想じゃないですか」
「マクドナルドは、どれも立地条件はいいぞ。しかも、価格はどこも変わらない。味も変わらない。雰囲気は好きずきだが、頼むときのあの作り笑いさえ我慢すれば、あとは結構快適だぞ」

「でも、雑誌や新聞も置いてあって、ここはサービスがいいじゃないですか」
「新聞買ってマクドナルドに入っても、込みで250円くらいですむ」
そして、「ワン・クエスチョン」と言って、私は人差し指を立てた。

「喫茶店には、もう一つどうでもいいサービスがあります。それは何でしょうか?」
タカダは、キョロキョロと店内を見回して、首を傾げた。
ダルマが腕組みをすると、こんな感じになるのか、と考えていたら、「グハハハ」と声を出して笑ってしまった。

隣のテーブルで、「週刊文春」を手にした暇そうなサラリーマンがこちらを見ていたが、私が睨んだら、わざとらしく咳をして下を向いた。

「タカダ君、教えてあげよう。聴きたくもない音楽を聴かせられることだよ。こちらの好みを無視して、無理矢理音楽を聞かせるというのは、サービスを勘違いしているとしか思えない。マクドナルドは、音楽がないというのが、最高のサービスなんだ」
「でも、師匠、いま流れてるのはジャズですよ。師匠、ジャズ好きじゃないですか」

「ジャズなら何でもいいわけじゃない。君はアイドルが好きだが、アイドルならみんな好きなのか?」
「いえ、やはり好みはありますよ。上戸彩がダントツの一番で、二番が石原さとみで、三番が堀北真希で、四番が、え〜と…」

「四番は、レフト松井秀喜、あるいは、サード、アレックス・ロドリゲス、彼はA・ロッドとも言われている」

「・・・・・?」

店内に寒い空気が充満したようである。
二人同時に、コーヒーを飲んだ。
タカダは、以前は私の目が点になるくらい、砂糖を大量に入れていたが、カロリーを意識して、今はブラックで飲んでいる。
ダイエットは順調にいっているらしく、顔がかなりシャープになってきた。

「82キロ」
私が言うと、タカダは、コーヒーにむせた。
顔を真っ赤にしてむせると、ダルマそのものである。

「師匠、何で!」
当たったようである。
ということは、前回会ったときより、3キロ痩せたことになる。
1ヶ月半で3キロの減量だから、理想的なダイエットだと言えるだろう。
今回のダルマは本気である。
よほど結婚したいのだろう。

「そこでだが、タカダ君。ささやかだが、プレゼント」
私は、タカダに二つ折りにした小さな紙を渡した。
メールアドレスが書かれた紙である。
タカダは、震える手で紙を掴んで、緊張した面もちで、食い入るようにそれを見つめた。

「師匠、これは!?」

タカダと私の共通の得意先が一社ある。
そこの事務員の一人が、笑顔が素敵な子なのである。
名前は知っているが、年はわからない。女性の年はわかりづらいので、20から30歳の間だと思っている。

私は年に3、4回しか行かないが、タカダは月に1回は必ず行っているようである。
彼は、腹が立つくらい、売れっ子のWEBデザイナーなのだ。
ただ、彼は年頃の女の子と話すのが苦手らしく、彼女とは挨拶をする程度だという。
好意を持っているところまではいかないが、「笑顔がいい」とは、私に何度も言っていた。

私も若い女の子は苦手だが、なぜか彼女の方から、私に気軽に話しかけてくるのである。
いつもニコニコと話しかけてくるので、私は彼女の笑い顔しか知らない。
そこで、前々回その会社に行ったときに、遠回しにダルマのことをどう思っているか、聞いてみたのである。

私がタカダのことを「ダルマ」と表現したら、「イーヒヒヒッ!」とすごい笑い方をされたが、「ああ、癒し系ですよね、あの方」という答えが返ってきた。
「あの方」と言うからには、悪い感情は持っていないのではないかと、勝手に判断した。

その時は、その程度の会話で終わらせたが、次に行ったときに、もう一度タカダの話題を振ってみた。
「この間、見えましたけど、随分痩せましたね。もうダルマじゃないんじゃないですか」
いつも通りの笑顔で、彼女はそう言っていた。
私は、駄目で元々という勢いで、単刀直入に聞いてみた。

33歳のダルマ君は、只今お嫁さんを募集中です。
あるいは、彼女を募集しています。
もしくは、メル友を募集しています。
あなたなら、どれをお望みですか?


「すみません。どれもお望みではないのですが……」
予測はしていたが、そう言われた。

そこで、私は作戦を変えた。
「Tさん、浜崎あゆみが大好きなんですよね」
「はい、ものすご〜く憧れています」
目が輝いている。全身から憧れの粒子が湧き上がっているように見える。

「うちの高一の息子も、あゆが好きなんですよ。コンサートに連れて行ってやりたいんだけど、なかなかチケットが取れなくて、いつも息子には悲しい思いをさせてるんですよ。そこで、もしチケットがうまく手に入る方法があったら、教えてくれませんか」
「ああ、いいですよ。でも、Mさんって、思ってた通り、いいパパなんですね」

いやあ〜、照れますねえ。

「じゃあ、私のメールアドレス教えますので、もしいい情報がありましたら、こちらの方へ」
と言って、私のアドレスを教えた。
そして、こうも付け加えた。
「ああ、ダルマのやつも浜崎あゆみ、大好きなんですよ(嘘だが)。部屋中、あゆのポスターだらけなんですよ(大嘘だが)

私の作戦に引っかかって、今週の月曜日にTさんから、メールが送られてきた。

Tさん、有力な「あゆ情報」ありがとうございます。
息子は大変喜んでいました。
しかし、同時にお詫びもしなければいけません。
ダルマにあなたのメールアドレスを教えるという、取り返しのつかない背信行為を犯してしまいました。
お赦しください。


「いいか、タカダ君、キミは浜崎あゆみの大フアンということになっているからな。話を合わせるんだぞ」
はい、オレは浜崎あゆみが大好きです! CDも全部持っています!(この大嘘つきが!)

ダルマ、健闘を祈る。



2007/03/29 AM 07:15:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

讀賣のせいで
我が家のレーザープリンタは、両面印刷ユニットがついていないので、両面プリントができない。
手差しトレイを使えば、一応両面プリントは可能だが、表と裏が微妙にずれてしまう。
毎回ずれ方が違うから、調整するのが面倒臭い。

1枚2枚の時はいいが、大量の時は、紙の無駄が多く、経済的でない。
そこで、両面プリントをしたいときは、近所の印刷会社のレーザープリンタを借りることにしている。

そこの印刷会社の社長とは長い付き合いで、いつも格安で仕事を請け負っているし、Mac周辺のメンテナンスも一手に引き受けているので、フリーパスである。
会社の鍵を預かっているから、いつ行ってもいい。
いつでも使える、コンビニエンスな会社である。

しかし、私は図々しさとは無縁な性格をしているので、大量にプリントするときは、枚数に応じて必ず使用料を支払う。
誰も見ていないから、誤魔化そうと思えば誤魔化せるのだが、社長との信頼関係を裏切ることは、自分さえも否定することになると思っているので、そういう意地汚い真似はしない。

私生活では、充分に意地汚くて、オヤジ臭い男だが、ビジネスではクリーンでありたいと思っているのである。

家族に夕飯を食わせて、一段落してから、印刷会社へ行った。
印刷会社へは、自転車で5分もかからない。
時刻は、午後10時過ぎ。

昼間使わせてもらっても、誰も文句は言わないが、営業時間内に機械を占領するのは、気が引ける。だから、いつも営業の終わった時間に行くことにしている。
しかし、誰もいないときに入るのは、こそ泥みたいで嫌なので、あらかじめ社長には「今日の夜、使わせてもらいます」という電話だけは入れておく。
そうすれば、気がねなく、侵入できるからである。

明かりをつけて、機械の電源を入れる。夜はさすがに寒いので、エアコンもオンにする。
そして、冷蔵庫に保管してある「極旨(ゴクうま)」を取り出す。
これは、私がいつも、ここの冷蔵庫にストックしているものだ。
350と500ミリリットルの缶を6本ずつ入れておくのだ。なくなれば補充する。
そして、「ご自由にお飲み下さい By M」という紙を貼っておく。

この印刷会社は、めったに残業をしないが、たまに残業をしたときなど、社員の人たちは500ミリの缶を飲んでいるようである。
いつも、500ミリ缶の方が減りが早い。
私は、たいてい350ミリ缶の方を飲む。

家族に夕飯を食わせたが、私は食っていない。
今日の夕飯は、カジキの唐揚げとメバチの竜田揚げ、メバチのお刺身サラダだった。(マグロづくし!)
私も食べたかったのだが、他の三人が勢い込んで食べるのに圧倒されて、ひとくちも食べることができなかった。
ご飯だけを食べるというのも、虚しいので、食べるのを諦めた。

印刷会社の冷蔵庫に、カラシナ菜の花の和え物が入っていたので、それをつまみに「極旨」を3本飲んだ。
私の夕飯はこれだけである。
カラシナは、当たり前だが辛い。鼻の奥に強烈な刺激が来て、涙が出る。
それを「クーッ、きたきた!」と言いながら、ビールで流し込むのが、いいのだ。
それを人気(ひとけ)のない広い空間で、一人寂しくやっているのだから、間違いなく馬鹿である。

今日は、クォークで組んだ30ページのマニュアルを2部プリントする。
これは、慣れているので完璧に表裏の位置を合わせることができる。
モノクロのデータなので、プリントも早い。
10分もかからなかった。

プリントされたものをチェックしているとき、入口のドアがガタン! と大きな音を立てて開いた。
振り返ると、40年配の太った男が、入ってくるところだった。
不機嫌な顔をしている。
眉間に皺が寄って、肩を怒らせている。
その雰囲気だけを見れば、喧嘩を売りそうな危うさがある。

私は、得意の右フックが出るような態勢を取りながら、立ち上がった。
時刻は、午後11時前。
こんな時間に、印刷会社に用のあるヤツは、普通はいない。
入ってくるとき、「ごめんなさい」も「すみません」も言わないやつは、間違いなく怪しいヤツである。
だから、こちらも声をかけなかった。

右のこぶしを握りしめた。
武器になるのは、このこぶししかない。
蹴りを入れたいところだが、サンダルなので、足場が悪い。
蹴りは使えないだろう。

男は、肩を怒らせたまま、ゆっくりと入ってきた。
右手に紙袋を持っている。
ということは、右手で攻撃は仕掛けてこないということだ。
コイツは、左が利き腕なのかもしれない。

私は、男の左手に意識を集中した。
左足を斜め前に出し、心もち腰を落として、男との間合いをはかった。
場合によっては、掌底を出すつもりだった。
体格のいい相手には、掌底の方が効く場合があるからだ。

完璧な構えを取って、息を少しずつ吐き始めたとき、男が口を開いた。
「Mさんですかぁ、ここだと伺ったので来ました。すみません、夜分遅くに」
と言いながら、紙袋を私に差し出した。
声だけ聞くと、声変わり前の中学生という感じの甘い声である。
心の中で、ズッコケた。

紙袋をよく見ると、見覚えのあるものである。
毎月5日締めの仕事をくれる会社の紙袋だ。
ということは……?

「あのー、担当のものが交通事故に遭ってしまって、朝うかがう予定でしたが来られなくなったので、私がピンチヒッターで持ってきました。ホントに遅くなってすいません!」
70度の角度で頭を下げられた。
頭のてっぺんが禿げていた。可哀想である。

そうだった。
担当者が、午前中に原稿を持ってきてくれる約束だったのに、来ないのでおかしいと思っていたのだ。
しかし、私は寝不足だったので昼寝をしてしまい、先方に確認の電話をかけるのを忘れてしまったのである。

それを今持ってきてくれたらしい。
我が家に行ったらいなかったので、家族にここの場所を聞いて、わざわざ届けに来てくれたのである。

「ああ、大変でしたね。『極旨』飲みます? ゴクうまですよ」
と言ったが、「車なので」と、心底残念という顔をして断られた。

その後、細かい打ち合わせを手短にして、彼は帰っていった。

彼が帰った後で、交通事故にあった担当者の具合はどうだったか、聞くのを忘れたことに気付いた。
彼も何も言わなかったから、大事故ではないとは思うが、念のため、新聞を見て確かめることにした。

印刷会社に置いてあるのは、讀賣新聞だけだった。
讀賣新聞がうずたかく積まれている。
思わず、「ケッ!」とつばを吐きそうになったが、人の職場なのでかろうじて我慢した。
私は、ちまたに蔓延する花粉症以上の「讀賣アレルギー」だから、触るのも嫌だったが、確かめないと落ち着かないので、手に取ってみた。
またたくまに、手が痒(かゆ)くなる。

痒さを懸命にこらえて、夕刊を開いた。
一応、ひととおり目を通したが、それらしい事故は乗っていなかった。
朝刊も見てみたが、出ていないようである。

新聞に出ていないからといって、事故がたいしたことがないとは言いきれないが、とりあえずホッとした。
確かめてしまえば、新聞に用はない。
ゴミ箱にポイした。

そして、今日の朝、印刷会社の社長から電話があった。
「Mさん、困るねえ、新聞をゴミ箱に捨てちゃ。うちは、新聞は新聞でまとめておくことにしてるんだよ。今度から気をつけてね」

すみません。
すべては、讀賣が悪いんです。



2007/03/27 AM 07:39:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

イオスキス君とキャメディア君
キヤノンの一眼レフのデジカメが、ピントがまったく合わなくなった。
そして、シャッターも降りなくなった。

要するに故障した。
3年間で3回目の故障である。
故障箇所は毎回同じだ。

つまり、1年に1回、同じ箇所を故障していることになる。
それほど酷使しているわけではない。
多いときは、商品画像を400点くらいまとめて撮るが、撮らないときは1ヶ月以上間があくことがある。

ただ、使っていないときでも、ほったらかしにはしない。たまに電源を入れる。
被写体に向かって、ピントを合わせたりもする。
メンテナンスも、頻繁ではないが、している。
充電の量を見て、お腹が減っているようなら、電気を腹一杯食わしてやる。
使わないときは、お煎餅の入っていた大きなアルミ缶に緩衝材を何層も敷いて、そこに保管してある。

かなり大事に使ってやっているのだ。
しかし、このお坊ちゃんは、体が弱いようである。
年に一度ストライキを起こして、「休みたいよ〜!」と言わんばかりに、その活動を停止する。

これが人間なら「我がままで、使えねえヤツ!」という烙印を押されるが、キヤノンのイオスキス君は澄ました顔である。
十日もすると、悪びれもせずに戻ってくる。
イオスキス君を治療した医者は、多額の治療費を請求するが、いつも澄ました顔で治療費を受け取りやがる。
まるで、治してやった、と言わんばかりの態度だ。
延髄斬りをお見舞いしてやろうか!

これは、横浜アリーナ浜崎あゆみコンサートのチケット代が飛んでしまうほどの出費である。

あゆ好きの息子を驚かそうと思って、こっそり貯めていた金が、こんなことで消えてしまうなんて。
サプライズが台無しではないか!

今回も、ライブ盤のDVDを買うことで、我慢してもらうしかないのか。
オヤジの威厳は、どうしてくれる!

といっても、威厳など元々ないのだが………。

イオスキス君の代わりに活躍したのが、オリンパスのキャメディア君である。
キャメディア君は、200万画素という今ではおもちゃのようなスペックしかないが、頑丈な子である。
彼は、我が家にやって来て、まる6年になるが、一度も病気にかかったことがない。

スマートメディアという、ほとんど化石になったメディアしか食わないので、将来性はまったくないが、彼は働き者である。
光学10倍ズームという得意技があるから、スナップ写真ではかなりの威力を発揮する。

娘のピアノの発表会や運動会などは、これで撮ることにしている。
レンズが明るいので、一眼レフのイオスキス君より、シャープな画像になる場合がある。
キャメディア君で気をつけるのは手ぶれだけだ。
手ぶれにさえ気をつければ、400ミリ近い望遠の威力が実感できる。
アップで娘の表情をうまく捉えることができたときは、感動ものである。

今回は、バラエティショップの商品を20点撮影したのだが、画質はなかなか上品で落ち着きがある。
明るい部分にノイズが少々見えるが、フォトショップで修正すれば、充分に使える。
イオスキス君ほどの奥行き感はないが、光源の調節をうまくやれば、ある程度の立体感は出せる。

キャメディア君は、まだまだ現役で十分やっていけるだけの実力を持っている。
この発見は、私にとって、かなり嬉しいものだった。

イオスキス君の画質には、満足している。
最近では、これ以上のハイスペックを持った一眼レフが市場に溢れているが、商品撮影だけに使うなら、これでまったく不足はない。
どぎつさのない抑えめの色調が私好みである。

高額な契約金で獲得したイオスキス君を使わなければもったいないので、これからもフォワードとして使う予定である。
そして、タフなキャメディア君は、いざというときのスーパーサブとして使っていこうと思っている。

頑張れ、オシムジャパン!
いや、イオスキス&キャメディア!

どうでもいいことだが、イビチャ・オシムの記者会見での、焦点をぼかした答弁は、東北楽天の某カントクのイジイジ・ネチネチと同類のように思える。
自己顕示の方式を、ねじ曲げて覚えてしまったのではないかと思えるほど、不必要なくらい自己が肥大していて、鬱陶しい。

揚げ足を取られることを怖れているような会見は、政治家の答弁のように、ことごとく言葉が死んでいた。
小心者の自己主張ほど、聞き苦しいものはない。

なるほど、ひまわりでなく、月見草だな、と思った。
ジーコは、花弁を開くのを忘れたひまわりだったが……。



2007/03/26 AM 07:12:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

柴咲コウのクリアファイル
桶川の得意先に行って来た。
今年2回目である。

「たいした仕事じゃないんで、申し訳ないんですけどね、これはMさんにしかできない仕事なんで…」
と言いながら、フクシマさんが私の前に資料を置いた。
バイクの写真である。
写真の上に「さいたまのM氏にリアルイラストを依頼」と書いたポストイットが貼ってある。

これは、私がイラストが苦手だということを知っての、嫌がらせか!

怒りを心の奥底に封印して聞いた。
「これを、そっくりそのまま描け、と言うんですね」
「もちろんです」
フクシマさんは、大袈裟に首を大きく縦に振って頷いた。
目が真剣である。
ということは、つまり……、これは冗談だということだ。

「わかりました。ギャラは、200万いただきます」
「はい、いいですよ。でも、分割でお願いします」
「何回のご予定ですか」
「3600回で」
「300年払いですね。うけたまわりました」
と私は頭を下げてから、資料を手に取って、ゆっくりと立ち上がった。
そして、30度の角度でもう一度頭を下げて、フクシマさんに背を向けた。

午前11時。
営業はほとんど出払っていて、事務所内にいるのは、フクシマさんと社長だけである。
事務の女性は、二人ともお使いにでもいっているのだろう。
事務所を出る前に、社長に一礼してから、ドアの前のカウンターを回り込んで、ドアまで来た。

このあたりで、「チョット、チョットチョット!」と声をかけてくれないと、格好がつかない。
今までも2回、こんなお馬鹿な遊びをしたことがあるが、2回とも、このあたりで必ず声がかかっていた。
これが、私とフクシマさんとの間のお約束なのである。

ドアノブに手をかける。
しかし、声はかからない。

まさか!
これは新しいサプライズが用意されているのか!

少し不安になってきた。

ドアを半分以上開けて、一歩踏み出した。
あと一歩踏み出したら、事務所の外である。
ドアを閉めなければならない。
ドアを閉めて、私が出ていってしまったら、シャレにならないではないか。

ためらった。
しかし、一歩踏み出したまま、ずっと止まっているのも間抜けである。
仕方なく、あと一歩踏み出そうとした。

そんなとき、笑いを含んだ大きな声が聞こえた。
「シバサキコウ(?)」

フクシマさんの声ではない。
ということは、社長か。
まさかと思って振り向くと、社長が目を細くして微笑みながら手招きをしていた。
まるで、ベトナム産の招き猫(?)のようなポーズだ。

わけがわからないが、呼ばれたら行かないわけにはいかないだろう。
しかも、空耳かもしれないが「シバサキコウ」と言ったような気がする。
普通、ここは「シバサキコウ」が出てくるシチュエーションではないが……。

私は、東大の合格発表を見に行く受験生のような不安感を胸に秘めて、社長の前に立った。
私より四歳年下の、この社長とは、ほとんど話をしたことがない。
事務所にいないことの方が多いからだが、いたとしても、マルチーズのお世話をしていることの方が多い。
それも、ほとんど溺愛に近い様子で世話をしているから、声をかけづらいのである。

今日はマルチーズはいない。
トリミングでもしてもらっているのかもしれない。

「これ」
社長が目尻を下げて、私にクリアファイルを渡した。
目に飛び込んできたのは、柴咲コウ
柴咲コウが、微笑んでいる。

しかし、私は思うのである。
この状態で、どんなことを言ったらいいのだろう。

「わあ、柴咲コウだぁ!」
「これは、し、し、し、柴咲コウ!」
「なんじゃこりゃぁ!」
「社長、ご冗談を!」

どれを言ってもしっくりこないので、黙っていた。
すると、
「私もね、内緒にしていましたが、柴咲コウのフアンなんですよ」
そう言って、社長が握手を求めてきた。
同類のようである。
ここにもいたのか! 世を忍ぶ柴咲コウフアン。

手を握るしかない。
「以前、EPSONさんの機械を入れたら、そのクリアファイルをくれましてね。こっそり取っておいたんですよ。余分にありますので、Mさんに差し上げますよ」
確かに、左上に「EPSON」のロゴがある。

「しかし、なぜ、私にこれを……」
「うちのフクシマが教えてくれたんですよ。あいつはアサダマオっていう若い子が好きらしいが、女優といえば、柴咲ですよね、Mさん」
ちなみに、社長さん。それはアサダマオではなく、井上真央ですよ。
それからは、応接セットに場所を移して「柴咲コウ談義」である。

12時前に社長に電話がかかってきたのを潮時に、談義はうち切られたが、有意義な会談だった。
6カ国協議も、これくらい友好的にできれば、核の脅威とも無縁である。
北朝鮮に柴咲コウフアンはいないのか!
フクシマさんの方を見ると、あきれ顔でこちらを窺っていたが、社長に文句を言うわけにはいかないだろう。

社長は、「Mさん、また、いらっしゃい。次も語りましょう」と言って出ていった。

社長の姿が見えなくなってから、フクシマさんが「まったく、しょうがないなあ。肝腎なことを言い忘れて!」と言った。
肝腎なこと?

「そのシバザキコウのクリアファイルの中に、Mさんに頼む仕事が入ってるんですよ」

ちょっと待て!
シバザキコウではなく「シ・バ・・キ・コ・ウ」だ!

心の中で軽く舌打ちをしながら、ファイルの中を見ると、確かに仕事の原稿が入っていた。
こんなおふざけをしながら仕事をくれる会社に、悪い会社はない、……(と思う)。
しかも、社長みずからが、である。
馬鹿馬鹿しいが、私の波長には合っている。

しかし、できれば原稿は、他のファイルに入れて欲しかった。
これは、真っさらのまま、取っておきたかった。

社長。
次に来たときには是非、未使用のものを下さい。


2007/03/24 AM 08:04:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

マクドナルドの変なヤツ
同時進行の仕事が2件。
しかし、どちらも校了は月末なので、今はのんびりしている。

家族に朝飯を食わせて、食後の珈琲を飲み始めた朝9時前、知人から、こちらをイラつかせる電話がかかってきた。
「Mさんよぉ、あんた、自分のホームページ、もう一年以上更新してないだろ。そんなんじゃ、やる気ないって思われるぜ」

朝早くから、大変お節介なご忠告、どうもありがとう、と言っておく。
私のHPの更新ができないのは、あなたのホームページを頻繁に更新させられているからなのです。
いい加減、人に頼らずに、操作を覚えたらいかがですか。
ホームページ・ビルダー」は買ったんですよね。
簡単なマニュアル本がたくさん出ていますから、そろそろご自分でなされたらいかがでしょうか。


朝っぱらから、カツラ野郎の声を聞いてイライラしてきたので、散歩に出ることにした。
バッテリーを新調して生き返った、借り物のWinのノートPCをバッグに詰めて、家を出た。
遊歩道のベンチに座ってPCを動かすには、丁度いい気候である。
天気はいい。
洗濯物も、早く乾くだろう。

団地の遊歩道を普段の半分のスピードで歩いていく。
風がほとんどないので、うららかな春の匂いが実感できる。
鼻歌を歌いたくなるくらい気持ちはいいが、朝の電話を思い出すと、またイライラしてくる。

無神経な人間というのは、その存在を思い出すだけで、心に暴風が吹く。
「アホか! あのカツラ野郎!」

前を歩いていた、コーギーとお散歩中の60年配のご夫婦が、素早く振り向いて私を見た。
自分では、心の中で罵ったつもりだったが、声に出てしまったようである。
横を向いて知らんぷりをした。
横目で見ると、ご夫婦は、こちらをじっと見つめるという無粋なことはせずに、散歩の態勢に戻った。

少し立ち止まって、ご夫婦との間をあけようと思った。
尻尾のないコーギーのお尻を見るともなく見ていると、その可愛く揺れる様子がおかしくて、「ククク」と、つい笑った。
すると、私の横を、怖いものから逃れるように足早に通り過ぎていく黄色いコートの女。
後ろ姿が、怯えているように見える。

今日の私は、完全に「変なヤツ」になっている。
「私としたことが……」と、また呟いて、ハッと気が付き、まわりをキョロキョロと見回した。
誰も聞いていなかったようである。
今日はおかしい。いや、いつもおかしいが、今日は特におかしい。

こんな調子では、散歩をしてもストレスが溜まりそうなので、国道沿いの「マクドナルド」に入ることにした。
祝日なので、それなりに混んでいたが、空いている席はあった。
財布には、175円しかなかったので、100円コーヒーを頼んだ。
ここでノートPCを30分くらいいじっていれば、心も落ち着いてくるだろう。
そうしたら、帰るつもりだった。
100円で長々と居座るつもりはない。

大学時代、「俺はコーヒー一杯で、6時間も粘ったよ」とか「水割りとおつまみひとつで、2時間粘ったぜ」と自慢するやつがいたが、それはただ無神経で図々しいだけだろう。
店にとっては、営業妨害である。だから、私にはそういう彼らの行為がまったく理解できなかった。

私は、コーヒー一杯でその店の一角を借りられる時間は、せいぜい30分だと思っている。
それ以上いると落ち着かなくなるから、30分以上いた場合は、必ずお代わりを頼む。
「客が店に気を遣ってどうすんだよ。店だって、ガラガラよりはいいと思っているはずだぜ」とよく言われたが、店が客に気を遣い、客が店に気を遣わなければ、商売は成り立たないと私は思っている。

だから、客が店に気を遣いっぱなしで、なおかつ有り難がっている「行列のできるラーメン屋」が嫌いなのだ。

マクドナルドのコーヒーは薄味だが結構うまい。昔は、あまり香りがしなかったが、最近はいい香りがするようになった。
PCの電源を入れて、「イラストレータCS」を起動した。
そこに、ホームページのアイディアを書き込んでいく。

確かに、一年以上HPを更新していないのは、カツラ野郎の言うとおり、怠慢だと思われても仕方がない。
ここはじっくりと吟味して、更新と言うより、リニューアルのつもりで作ろうか、と思っている。

カチャカチャとキーボードを叩いていると、後ろからもカチャカチャという音が聞こえた。
そっと振り返ると、若いサラリーマン風の男が、私の(友人の?)より遥かに高そうなノートPCに向かっている。
しかし、同じカチャカチャでも、何となくイライラした感じがする。
私もイライラしていたが、キーボードにイライラをぶつけることはしない。
これは商売道具なのだ(借り物だし)。

彼の方は凶暴にイライラしている感じがした。
PCの調子が悪いのかもしれない。
あるいは、ゲームで遊んでいて、そのゲームがうまく進行しないからか。

まあ、どうでもいいことだ。

「CS」にアイディアを打ち込んでいく。
ページをチャート風に配置して、後でそれをつなげていく。
自分のHPだからといって、強烈な自己主張はしたくない。あっさりしたつくりの方が私の性分に合っているので、今回もその方向性で行こうと思っている。

と、ある程度方向性が決まったところで、25分がたった。
PCの電源を切って、席を立とうとした。これ以上いると、落ち着かなくなって、またイライラしてくるからだ。

そんなとき、
「あの〜、よろしいでしょうか」と声をかけられた。低音である。映画の吹き替えを思わせる艶のある声だった。

見上げると、後ろのイライラ青年だった。
「あの、そちら様のパソコンはマックですか?」
手を体の前で合わせてモジモジしている様子が、好感が持てる。
先ほどのイライラが嘘のようである。

「いや、これはウインドウズなんですが」
「ああ、そうですか〜、そうですよね、普通はウインドウズですよね〜、じゃあ、ダメですね

一体何がダメなんだ!
ウインドウズは確かにダメなOSだが、それをマクドナルドの店内で主張して何になるというのだ!
ビル・ゲイツ氏とリチャード&モーリス・マクドナルド氏に失礼だろう。

「もしかして、マックの調子が悪いんですか?」
私が言うと、彼は頭をかきながら、「WORDとEXCELがすぐ落ちるんですよ。そして、すぐフリーズです」と答えた。

ということは、オーエステンではないな。
オーエステンは滅多にフリーズをしない(はずだ)。
新しいと思ったノートだったが、昔のタイプだったか。
しかし、マックでわざわざWORDとEXCELを使うなど、卓球のラケットでテニスをするようなものである(?)。

「ちょっと見せてもらってもいいですか」
私が言うと、揉み手をするような感じで大きく頷いてくれたので、彼のテーブルに移動して、画面をのぞいてみた。
OSは9.2.2。私のデスクトップマシンと同じOSである。
ホワイトパネルの14インチだから、最後のOS9起動モデルかもしれない。
発売されてから3年以上たっているはずだが、大事に使っているのだろう。かなりきれいである。
あっぱれなマック使いと見た。

メモリを見ると、512MB。WORDとEXCELを同時に使うには、メモリ不足の可能性もある。
とりあえず「Disk First Aid」で検証をしてみたが、問題なし。
仮想メモリがオンになっていたので、オフにして再起動。
デスクトップの再構築をして、WORDとEXCELを立ち上げてみたが、フリーズ。

今度はPRAMをクリアして、立ち上げた。
そして、「機能拡張マネージャー」を開いて機能拡張類とコントロールパネルを調べると、余計なものがてんこ盛り
おそらく、いらないであろうと思われるもののチェックを外して、再起動。

そして、WORDとEXCELの割り当てメモリを増やして起動。
新規ドキュメントでデータを作って保存したら、何ごともなく保存できた。
試しに、何度も開いて閉じることを繰り返したが、フリーズはなかった。
機能拡張類の何かが邪魔をしていたようである。
おそらく、これで問題解決。

無言で私の作業を見ていた彼は、「何と!」と言って、私の顔をマジマジと見ていた。
店内の壁時計を見ると、私がマクドナルドに入ってから、40分以上たっている。
これは、ヤバイ!
不測の事態ではあるが、何となく落ち着かなくなってきた。

「あの〜、ありがとうございます。助かりました。いやあ、お詳しいんですねえ」
と感嘆の声を投げかけられたが「いえいえ」と言い、「40分、40分」と呟きながら、私は慌てて席を立って、出ていった。
まるで尻に火がついたカチカチ山のタヌキのように、滑稽な逃げ方だったと思う。

彼の顔は見なかったが、「なんだ、あいつ!」という顔をしていたのではないだろうか。

今日の私は、我ながら「変なやつ」だった、と思う。




2007/03/22 AM 07:43:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

「すかいらーく」で酒盛り
一流デザイナーは、いい仕事をする。
そんな当たり前のことに感心しながら、ニシダ君に感謝の昼飯を奢った。

先月末に、得意先のハウスメーカーのチラシデザインで行き詰まっていたとき、ニシダ君の事務所に押しかけてアドバイスを受けた。
同じことを何年も続けていると、イメージが固まってくる。
クライアントから「斬新なイメージで」と言われても、長年のイメージに絡め取られて、アイディアが広がっていかない。

三流・四流のデザイナーは、すぐに思考がフリーズする。
そこで、他のハウスメーカーのチラシを参考にしようと、チラシをあれこれ手に取ってみるが、どれも目に痛いデザインだから、あまり参考にならない。
他の業種のものを参考にしようと手に取っても、どうもしっくりこない。

袋小路である。
こんなときに頼りになるのは、友しかいない。それも、一流の。

一流デザイナー・ニシダ君は、嫌がる素振りも見せずに、快諾してくれた。
運良くニシダ君はその日、急ぎの仕事がなかったので、五流デザイナーに丁寧に手ほどきをしてくれた。
新妻のチヅルさんがいなかったのは残念だったが、バドワイザーを飲みながら、天才のご意見を拝聴した。

彼にそのハウスメーカーの過去のデータを見せると、この天才は、5分ほどの沈思黙考のあと、紙にラフデザインを書いていった。
色指定、写真のトリミングや文字サイズの指定も、ササッという軽やかさで書いていく。

表と裏のラフデザインは、20分もかからずにできあがった。
そして、森永の「DARS」を口に放り込みながら、パソコンディスクに座って、あらかじめ取り込んでおいたデータを、自分が書いたラフを見ながら、無駄のない手順でレイアウトしていった。

その横顔の何と凛々しいこと!
チヅルさんが惚れるのも無理はない。
普段は物静かな好青年だが、パソコンを前にすると、オーラが出ている感じさえする。
一流の輝き。
まぶしい!

おもて面のレイアウトは、簡単に終わった。
全体の配置を見ると、グリーンを基調にした落ち着いた色調のものだが、文字が生きている。
派手ではないが、文字を効果的に見せながら、画像も目立たせるという表現方法の冴えが、見る側の視覚を捉える。
この切れ味には、恐れ入る。

ニシダ君は、チラシのデザインは、ほとんどしない。
だから、チラシのベタベタ感に染まっていないのがいい。
紙面からはクールな感じを受けるが、全体が抵抗なく目に入ってくる心地よさは、目に痛いチラシの多い他のハウスメーカーのチラシと比べると、特異性が際立つ。

うら面までやってもらうのは気が引けるので、うら面は自分でレイアウトした。
とはいっても、ニシダ君のラフ通りにレイアウトしただけだが…。

そして、そのチラシは先週無事校了となった。
クライアントにも喜んでもらえた。
すべてはニシダ君のおかげである。

ニシダ君は「センセイに教わったことをそのままやっただけですから、これは当然のことです」と報酬を拒んだが、私はそこまで図々しくはない。
ささやかだが、デザイン料を支払った。
それは一流のプロに支払うには、あまりにも恥ずかしい額だが、ニシダ君は恐縮して受け取ってくれた。

場所は、我が家の近所にある「すかいらーく」。
「デザイン料もらって、お昼までご馳走になるなんて、ラッキーラッキー、ガハハハ!
と、新妻チヅルさんが、ビールのジョッキを呷りながら、デザイン料の入った封筒を自分の方に引き寄せた。
ニシダ君は、それを微笑みながら見ている。

テーブルに並んだものは、「BLTクラブサンド」「ミックスピザ」「シーフードサラダ」「ポテトフライ」「若鶏からあげ」である。
飲み物は、私と新妻チヅルさんが、ジョッキの生、ニシダ君は車の運転があるので、「ドリンクバー」だ。

ニシダ君は、細身の体のわりによく食べる。
クラブサンド、ミックスピザ、シーフードサラダは、すべて彼の胃袋に入った。(なんと、1700kcal !
チヅルさんは「若鶏からあげ」を少し食べては、ジョッキをグビグビし、4杯もお代わりをした。
この新妻は、私にもお代わりしろと強制するので、私も嫌々だが、4杯付き合ってやった。
大酒飲みというのは、ホントに困ったものである。
すかいらーくで、昼間こんなにビールを飲む人間は前代未聞なのではないか。
反省してもらいたい。
(このブログを読んで、怒るチヅルさんの顔が目に浮かぶが、新妻なんだから、穏やかにおだやかに…)

「Mさん、相変わらずですね」
珍しく目のまわりを赤くさせた、ほろ酔いのチヅルさんが、ジョッキを握りしめながら言った。
「ん?」
「ほら、普通なら、新婚生活はどうなの? とか、旅行は行ったの? とか、聞くじゃないですか。Mさん、ぜ〜〜んぜん、聞きませんねぇ」

二人の生活に興味はあるが、私はTVのレポーターではないから、他人の家に土足で上がり込むようにして詮索する気はない。
彼らが自分から話をするなら、喜んで聞くが、こちらから無粋にマイクを突きつけようとは思わない。

「センセイは、わかりやすい人だって、いつもチヅルが言ってるんですよ。だから、絶対にセンセイは裏切らないって」
それは、買い被られたものだが、そう言われて悪い気はしない。
人を裏切るというのは、エネルギーを使う。
私には、そんな余分なエネルギーがないだけなのだが、彼らは私のことを好意的に見てくれているようである。

「実は、新婚旅行の相談に来たんですよ」
「いや、俺は妻子ある身だから…いまさら、新婚旅行なんて」
「これこれ」
新婚さんは、ツッコミが弱くなるようである。
以前なら、「オイオイ、オヤジ、違うだろうが!」と言ってくれたはずだが。

幸せボケか!

新婚旅行に行きたいが、ニシダ君のスケジュールの都合で、休みが4月第2週の3日間しか取れない。
その大事な3日間で、どこに行ったらいいか、という相談である。
おそらく、二人であれこれ考えたが、決定打が出なかったのだろう。
考えれば考えるほど、疲れてくるので、第三者にアイディアを聞く。
考えが煮詰まったときは、この方式が一番楽である。
他人の意見なら、素直に聞ける場合があるからだ。

「どこに行きたい、よりも、どこに連れて行ってあげたい、って考えてみた?」
私がそう聞くと、二人は顔を見合わせた。

「ヨコハマ!」

随分、近くである。
「チヅルは、仕事でしか、横浜に行ったことがないんですよ。プライベートで行ってみたいって、いつも言ってたんです」とニシダ君。
「シンジは、中華街で死ぬほど美味しいものを食べてみたい、って言ってた」とチヅルさん。

決まりである。
旅は、遠くに行けばいいというものではない。
行きたいところにいくのが、旅である。

「行ってらっしゃい。お土産は、コスモワールドで、イルカのストラップを、ヨロシク!
「何ですか、それ?」

「見事ゲットしたら、次のステージに上がれるよ」

「わかりました。じゃあ、最後にエビスビールで乾杯しましょ!」
結局最後はビールで締める、若妻と酔っぱらいオヤジだった。


2007/03/20 AM 10:31:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

暖冬でも寒い
寒いのは苦手だ。
だから、暖冬というのはありがたい。
もし、地球に悪影響がないのならば、冬は暖かい方がいい。

今年は暖冬だったそうだが、最近は寒い。
そして、我が家は、暖冬でも寒い。

娘が友だちの家に遊びに行って、帰ってくると必ずこう言う。
「ああ、気持ち悪い。ユナちゃんの家、暑すぎだよ」

私も、冬に人様の家にお邪魔したとき、真っ先に感じるのが、家の暑さである。
たいていの家は、室温28度以上はありそうなほど、暑い。
それに対して、我が家は21度前後。

7度の温度差は、大きい。
だから、長くいると、暑さに負ける。
室内が乾燥しきっていて、息苦しくなる。

我が家では、冬はどんなときも寒い。
すきま風が入ってくることはないが、暖房器具が少ないから寒いのである。

リビングは、エアコンだけ。設定温度は24度。しかし、24度まで上がることはない。
21度前後で安定している。
朝は19度。夜エアコンを切っても、温度差は2度しかない。

和室は、ホットカーペットだけ。室温は20度。
朝は、17度まで下がる。

娘の洋間は、カーボンヒータだけ。
陽が当たらないので、朝は14度まで下がる。
昼と夜は、カーボンヒータをつけても、20度までしか上がらない。
娘の友だちが来たときだけ、これにセラミックヒータを足す。
そうすると、23度くらいまで上がる。
それでも、娘の友だちは、「寒い寒い」と言っているようである。

贅沢だ!
君たちの家が、無駄に暑すぎるのだ!

と、心の中で悪態をつく。

私の仕事部屋も、エアコンだけ。
4畳半の広さなので、これでも一応温まるが、設定温度は、パソコンのことを考えて23度。
しかし、室温は常時21度前後しかない。
タイマー設定をして、一時間で切るようにしてあるからだ。
寒く感じたら、また一時間だけつける。
友人に言わせると、私の仕事場は「田舎の一軒家よりも寒い」らしい。

俺の家に来るときは、厚着をしてこい!
お前らは、「ウォーム・ビズ」を知らないのか。
我が家は、それを実践しているのだ!(嘘だが)

我が家で一番温かいのは、脱衣場、洗面所である。
風呂場と脱衣場は、温かい方が、体にいい。
子どもも大人も、ヒートショックは体に良くない。
脱衣場では、夕方になるとセラミックヒータをつけて、あらかじめ温めておく。
狭いので、すぐ26度くらいになる。ある程度温まったら、つまみを「弱」にして、温度を保っておく。
これで、快適な風呂環境ができあがる。

どうしようもなく寒いときは、各自「マイ毛布」を持ち出して、かぶる。
それで、とりあえず寒さをしのぐのである。
ずっと寒さが続くわけではない。
気象庁は、まだ「氷河期宣言」を出していない。
必ず、春は来るのだ。

暖房器具として、石油ストーブを2台持っている。
これを使えば格段に温かくなるが、室内が乾燥する。
加湿器もあるから、それを使えば乾燥は防げるが、朝起きたときの結露がすごい。
ワンシーズン使ってみて、サッシの下や壁紙、家具の裏などがカビだらけになったのを見て愕然とした。
その結果、安普請の団地の場合、部屋を暖めすぎるのは良くないと思って、石油ストーブを使うのをやめたのである。
私自身、寒いのは大嫌いだが、借り物の部屋がカビだらけになるのも、嫌なのである。

うちはビンボーだから、灯油が買えないんだよ。
それに、暖房だけは、今はやりの「オール電化」だ!

これは、子どもたちにとって、かなり説得力のある言葉だったらしく、最初のうちは「寒い寒い」と泣きの入っていた子どもたちも、今ではそれなりに工夫をして、冬の寒さに向き合っている。

ビンボーだから、と言えば、我が家の子どもは絶対に文句を言わない。
しかし、それが果たしていつまで続くことやら……。



2007/03/18 PM 03:41:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

それが、何か!
毎月5日締めの仕事がある。
もうとっくに校了になっていたので、私の記憶からリセットされていたが、昨日の夜、慌てふためいた電話がかかってきた。

「写真が2枚、間違ってたよ! 何でなんだ!」

私より、年がふたまわり近く若い担当者は、声を震わせて私に文句を言った。
こんなときは、「落ち着いてください」と言っても、相手は馬鹿にされたと思うだろうから、私は黙っている。

写真が2枚間違っていた、と言われても、こちらには思い当たるふしはまったくないのだから、返す言葉はない。
「え、なんで!」と、彼と同じようにうろたえていたら、話が進まなくなる。
だから、黙ることにしている。

そして、こんなときの私はどうしようもなく不機嫌になるのである。
なぜ、もっとわかりやすい話の進め方ができないのか。
いくら若いとはいえ、相手に何かを伝えるときは、最低限の手順が必要なことくらいわかるではないか。

ハケンの品格」のヒロイン大前春子ではないが、「それが、何か!」と言ってやりたくなる。
しかし、私は平和主義者なので、波風は立てたくない。
だから、黙るのである。
先方が、私の沈黙をどう受け取るかで、相手が私を軽(かろ)んじているかどうかがわかる。

黙っていると、これ幸いと、まくし立てて感情をぶつける人がいるが、こんな人は私を侮(あなど)っている、と私は判断する。
時間をおくと冷静になる人は、おそらく、私を侮ってはいない。

今回は、後者だった。
私がずっと黙っていると、彼は声のトーンを低くして、「あの〜、Mさん、聞いてます?」と情けない声で話しかけてきた。

彼は、それからは冷静に話し始めた。
要するに、3月号の特集記事で組んだ講演会の写真5枚のうち、2枚に関係のないものが紛れ込んでいたのに気付かず、そのまま印刷してしまったのだという。

しかし、私は先方から渡された写真をそのままレイアウトしただけだから、当然それは私のミスではない。
私は与えられた写真しか使っていないのである。
それを、私のせいにされても困る。

納得してもらうために、私は「初稿」「2稿」「校了」の3つのデータをメールで送り、校正原稿のコピーをファックスで送って、講演会の部分では、初稿から校了まで写真の変更がなかったことを確かめてもらった。
担当者は、もう冷静になっているので、それはすぐ理解してくれた。
ただ、それからは「どうしましょう」と言って、ため息をつくだけである。

そこで、私は「正誤表」を提案した。
何頁と何頁の写真は間違いでしたので、正しいものはこれこれです、という印刷物を差し挟むのである。
全部を刷り直すより、遥かに簡単で、コストもそれほどかからない。

それを聞くと、彼は「ああ〜」と言って、「見たことありますよ、あれですね。ああ、その手があったか」と言うなり、電話を切った。
せっかちな男である。

この間も、こんなことがあった。

長い付き合いの印刷会社がある。
そこの社長は、印刷のプロだが、パソコンの知識は素人以下である。
印刷に関しては、見積もりから、印刷の仕上がりまで、まるで良質のメモリが入っているかのように、きめ細かく瞬時にイメージできる人だ。
それは、もはや名人芸と言っていい。
尊敬すべきオヤジである。

だが、データをどう作るか、ということに関しては、「?」マークが堂々めぐりをする。
そのため、色々な誤解が生じる。

私は、データが校了になっても、その後1ヶ月間は、「初稿」から「校了」までのデータと校正原稿のコピーを残しておくことにしている。
それは、かつて付き合いのあった印刷ブローカーのキクチとの闘いから得た、私の防衛策なのである。

キクチは、ミスがあると、必ず人のせいにする男だった。
クライアントには何も言えないので、私にミスをなすりつけるのである。
最初のうちは、面倒臭いので「はいはい、私が悪うございました」という態度で接していたが、度重なると、さすがに人格者の(?)私でも腹が立つ。

そこで、こちらのミスではないことを示すために、すべてのデータと校正原稿のコピーを取って保管しておくことにしたのである。
データと校正原稿は、嘘をつかない(クライアントは頻繁に勘違いをし、キクチは頻繁に嘘をつくが)。
大抵の場合、校正原稿を見れば、どちらがミスを犯したかは、一目瞭然である。
頭のいい人間なら、すぐわかる。

だが、キクチは頭はいいが、その頭の良さを、人を誤魔化すためだけに使っている。
私が、証拠を提示しても、「よくわからないね。悪いけど、俺パソコン全然ダメなんだ。データ貰ったって、俺んちパソコンないからさ」と逃げるだけだ。
校正原稿のコピーを見ても、「コピーはコピーだからね」でおしまいである。

しかし私は、自分が間違っていない、ということを示すだけで満足だから、キクチの言い訳を許してやっていた。
このような防衛策をとっていれば、キクチがどんなに責めてきても、聞き流していられるからだ。

今回は、印刷会社のオペレータの信じられないミスで、社長とバトルをした。
急ぎの仕事なので、印刷会社のパソコンを使って、クライアント立ち会いの元に仕事をした。
まず「初稿」を出して、クライアントの指示に従ってその直しをした。
そして、その日のうちに、一気に校了まで持っていったのである。

初稿は、デザインを2つ作って、その中からひとつを選んでもらった。
その初稿データは、フォルダ名を「初稿(後日消去)」として、保存しておく。
そして、「校了(重要)」というフォルダを作って、わかりやすいようにフォルダに色を付けて、校了になったデータも必ず「決定」というタイトルを、アンダーバーの次に付けておく。
私のデータはすべてそうである。
今まで、その印刷会社のデータは、すべてそう作ってきたし、他の仕事のデータもみな同じである。

次の日、校了になったデータは、印刷会社のイメージセッタにデータを送って、フィルム出力された。
しかし、この作業をするのは、私ではない。
印刷会社のオペレータである。

その出力されたフィルムを見て、印刷会社の社長が怒って電話をかけてきたのだ。
「全然、違うデータだよ! 何これ! どうしてくれるんだよ!」

呼ばれて行ってみると、それは「初稿」のデータなのである。
オペレーターが間違って、私がわざわざ、「校了(重要)」と目立つように保存しておいたデータは無視して、その一段下の初稿データをサーバに送ったのだ。
「後日消去」と書いてあるデータを、である。
理解不能。意味不明。空前絶後……。

日本語が理解できる人間なら、「校了(重要)」と書いたデータの方が最終データだということはわかるはずだ。
まして、色まで付いているのだ。
それを間違えるなど、想像もつかない。
それまで、一度も間違えたことがないのに、なぜ今回だけ間違えたのか。

オペレータに聞いても、「わからない」と言う。
オペレータ本人がわからないものが、私にわかるわけがない。
しかし、社長という人種は、誰かを犯人にしなければ気が済まない生き物である。

私は、自分のデータの作り方を社長に説明した。
パソコン音痴の社長は、ほとんど上の空で聞いていた(?マークが旋回していた)が、私が初稿データを残していたのが気にくわなかったようである。
その部分にだけ、反応した。

「それだよ! それ!」
要するに、私が校了データ以外のものを保存したのが間違いだというのである。

5年以上も、この会社のデータはそのように作ってきて、一度も間違えたことはなかった。
「校了」を差し置いて「初稿(後日消去)」をサーバに送る人間がいるなど、想像の範囲外である。
しかし、社長は、「うちは『校了』のデータだけがあればいいんだよ。いらないものはすぐ消しちゃってよ。余計なものがあるから、間違えるんだ!」と言うのである。

以前、その会社で、校了になったあと、クライアントの我が儘で、2回目に出してくれたデザインの方がいいから、そちらに変更してくれ、と言われたことがある。
社長は、先方に「昔のデータは捨てるから、残ってないよ」と言ったが、私は残しておく方式だから、その時はその方式が生きて、社長にも感謝された。

私がそのことを言うと「えっ、ああ、あれねえ……、でも、あれはいいんだ! 客のわがままを聞いていたらきりがないからね!」と顔を赤くして、テーブルを叩くのである。
まあ、それは一種の正論ではあるが…。
客のわがままを聞いていたらきりがない、という意見には、同調できる。

そんなバトルをしていたとき、当のクライアントから電話がかかってきた。
修正箇所があるというのである。
グッドタイミングである。
これで、ミスで出力したフィルム代を先方に請求できる。
社長の顔が、少し弛(ゆる)んだようである。

しかも、初稿で出した写真データを使ってほしい、という願ってもない電話である。

「ああ、初稿の写真ね、もちろん、大丈夫ですよ、残ってますから
社長は、胸を反らして答えていた。

それを聞いて、
初稿のデータは、もう消しましたが、それが、何か!
と言いたかったが、ドラマならそれは格好いいが、現実ではあり得ない。
無理して、敵を作ることはない。

それが、何か!

心の中で、何度も唱えるだけで我慢した。


2007/03/17 AM 10:54:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | [Macなできごと]

欧米か!
膝を強打して、一時はどうなるかと思ったが、経過はいい。

この間の強風の日曜日、2段式の駐輪場で、上から自転車が落ちてきて、膝を強打した。
普通の自転車の3倍はありそうな荷台のかどが、膝の真ん中にジャストミートしたのである。

3倍というのは本当は大袈裟で、あらためて落ちてきた自転車の荷台を見ると、大きさはほぼ2倍、厚みも2倍だった。
しかし、いかにも頑丈そうに見える荷台である。
それが直撃して、打撲だけで済んだのだから、これは運がいいと思うべきだろう。

膝全体が腫れて、まる二日間、かなり熱を持っていた。
こまめに患部を冷やして、なるべく動くことを心がけた。
今回は、この「動く」というのが、良かったようだ。

アメリカなどでは、手術の次の日から積極的にリハビリを初めて、筋肉が衰えないようにすると聞いた。
活動することで、自己の治癒能力を高めていくという、人間が本来持っている力を引き出すためである。
それは正しいことのように思える。

日本では、保健医療が発達しているせいで、病院がなるべく国庫から医療費を吸い上げようとするから、患者に対して過保護である。
病(やまい)を飼い殺しにして、長引かせようとするのが、日本の医療である。
その方が、儲かるからだ。
また、病院をサロン化して、自分の居場所を見つける患者側も、それを望んでいるように思える。

しかし、本来の人間の治癒能力は、神秘的で、なおかつ強い。
欧米方式は、人間のそんな能力を信頼している。

欧米か!
(意味はないが、とりあえず言ってみました)

痛みをこらえて動かしているうちに、膝の違和感が薄れていくのが実感できる。
伸ばして曲げるという動作は、意外と力がいるものである。
腫れた膝を労(いたわ)らずに、顔を歪めながら痛みに耐えて曲げたり伸ばしたりすると、額から汗が吹き出るほどエネルギーを使う。
しかし、その痛みと汗はここちよい。

何度も曲げて伸ばす動作をしていると、関節自体が、元気だった頃を思い出して、勝手に動いてくれるような感覚になる。
そんなことを繰り返していると、腫れはかなり引いて痛みは徐々に小さいものへ変わっていった。
外見は、膝全体が黒い痣でおおわれて、膝の真ん中は、盛り上がって赤黒く変色している。
まるで、腐った果実のように、哀れで不気味である。
しかし、見える箇所ではないので、膝がどれだけ不細工でも、かまわない。動けばいい。
私はグラビアアイドルではないのだ。

昨日の午後は、今週初めての営業に出た。
自転車に乗って最寄りの駅まで行き、駅の階段を二段飛ばしに駆け上がってみた。
けっこう痛い。痛いが、我慢できないほどではない。

行く先々で屈伸を繰り返し、階段を二段飛ばしで駆け上がる。
それを繰り返すと、家に帰る頃には、ほとんど膝の痛みはひいていた。
見た目は痛々しい膝だが、機能的には、もうまったく問題はない。

今回のことで、動かす、という重要さを、あらためて感じさせられた。

そうすると、昔のことを思い出すのである。
大学3年の秋、私は膝を痛め、腰も痛めた。
初めてのことだったので、慎重になって、私は医師の言うことを鵜呑みにしてしまったのだ。

「とにかく、安静にすることです。ここで無理をしたら、取り返しがつかなくなります」
真面目な顔で言う医師の言葉を信じて、5ヶ月間、安静に努めた。

5ヶ月後、膝と腰の痛みはひいたが、私は短距離の選手を諦めざるをえないほど、低調なタイムしか出すことができなくなり、陸上部をやめた。
一流半のアスリートが、三流に成り下がったのが悔しくて、私はかなり落ち込んだ。
しかし、あの時、動かしながら治していればどうだったかと、今にして思うのである。

練習では、独自に外国のトレーニングを取り入れてやって来たが、怪我を治すという点では、私はあまりに日本的で慎重すぎたのではないか。
日本の医師の治療というのは、悪くならない治療であって、良くなる治療ではない、と私は思っている。

悪くなると患者から文句を言われるが、悪くさえならなければ、たとえ良くならなくても、みな何も言わない。
患者の我が儘であり、医師の怠慢である。

練習に関しては、あれほど勉強したのに、自分の怪我に関しては盲目的だった。

動かして治す。
この欧米方式を今回実践してみて、人間誰しも持っている「治すことへの潜在的な能力」に驚かされた。

そう、欧米方式は決して間違っていない。
日本のように、悪くならない治療より、欧米式の人間の強さを信じる治療の方が、確実に患者のことを考えていると思った。

営業から帰って、パソコンに向かっていると、「おい、『ハケンの品格』、今日は最終回だからな。一緒に観るんだぞ」と言いながら、小学5年の娘が、私のヒザの上に座ってきた。
娘は、私のヒザに座ると、必ず足をブラブラさせる。

今回も、ブラブラさせている。
これが痛いのだ。
娘のヒザの裏が、私の膝に当たって、痛さに身悶える。

「Ouch !」
思わず唸ったので、「欧米か!」と娘にツッコマレルかと思ったが、娘は意味がわからなかったらしく、私がふざけていると思って、さらに強く足をブラブラさせた。

「Help Me !」
と言ったら、やっと
「欧米か!」とツッコンデくれた。

「Europe and America」
娘が「なんじゃ、それ」と聞くので、「『欧米』のことを英語で言うとそうなる」と答えたら、「無駄な知識だけはあるんだから!」と言って、思い切り強くヒザを叩かれた。

顔が苦痛で歪む。
痛さをこらえながら思った。

はっきり断言できるが、我が娘に「品格」はない。


2007/03/15 AM 11:50:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

卒業写真
カネコの夢を見た。

カネコは大学時代の友人だが、今はどちらかというと彼の娘ショウコの方が私の友人という感覚が強い。
とは言っても、最近は、ショウコとも年に一回か二回、電話で話をする程度だ。
ショウコとはもう二年以上会っていない。

ショウコは、その二年の間に高校を卒業し、大学に入り、18歳という若さで結婚をして、いま19歳になった。
ショウコはカネコの奥さんの連れ子で、彼女は6歳の時に、突然私の前に現れた。

ショウコは、鼻のまわりにソバカスが散ったエキゾチックな雰囲気を持った子で、外人のようにハッキリとものを言う子だった。
私はショウコに、勉強やスポーツを教え、遊園地やプールにも何度か連れて行った。
私は彼女と、友人の娘というより、遊び友だちという感覚で付き合ってきた。
漫才で言えば、私がボケで、ショウコがツッコミという役どころだった。

夢の中でカネコは、歌を歌っていた。
カラオケボックスの中で、泣きながら歌っていたのである。
歌は荒井由実の「卒業写真」。
それを、身をよじりながら熱唱し、大粒の涙を流していたのだ。

目が覚めて、何となく気になったので、カネコに電話をした。
昨年の7月以来の電話である。

「元気か」
まったくありきたりだが、そんな言葉しか出ない。

カネコとの会話はいつも少ない。
三時間一緒にいても、まったく話さないこともあるほどである。
私は、嘘臭い言葉よりも、沈黙の方が価値があると思っている。
黙っていても、何かが通じればいい。
それが、コミュニケーションだと思っている。

「ああ、お前も元気か」
偉そうに言葉を返すが、カネコは大学では私の二年後輩だった。
年も、当然だが私より二歳若い。

私が三年の時、新入生として陸上部に入ってきたカネコは、まったく部に打ち解けない男だった。
彼は1500メートルが得意だったが、我々の部では伝統的に中距離を苦手としていたので、彼の力を伸ばすことができなかった。

だからというわけでもないだろうが、彼の練習には身が入っていないように見えた。
部内で、彼は自然と浮いた存在になっていた。
そして、その結果カネコは半年で陸上部をやめた。

しかし、私は無口で無愛想な男が嫌いじゃないので、時々カネコに話しかけていた。
それに対して、彼はいつも面倒臭そうに答えるだけだった。
嫌われているかもしれない、と思ったが、キャンパスで偶然出くわすたびに、私はかまわず彼に声をかけた。
どんなときでも彼は面倒臭そうに答えたが、逃げることはしなかった。

ある日、私が学食で一人で飯を食っているとき、無言でカネコが私の隣に座った。
「おお、元気か」
カネコは無言だったが、小さく笑った。
感情をどう表現していいかわからないという、照れた笑いだったが、構えたところは感じられなかった。

それを見て、「ああ、こいつは俺に心を許してるな」と確信した。
そして、こいつは、ただ表現力が乏しいだけなのだ、と思った。

たまに仲間との飲み会の時にカネコを呼ぶと、彼は何度かついてきたが、隅っこで食べて飲むだけだった。
卑屈なところがまったくないので、そんな彼を何となく皆が認めていた。
カネコは、そんな変なやつだった。

私が大学を卒業する何日か前に、カネコから電話があった。
それまで、カネコから電話をかけてくることなど、一度もなかった。
私の方からは何度か電話をしたが、彼から電話がかかってきたのは、その時が初めてである。

「あのさあ………、卒業するんだよね」
当たり前だ。
単位を全部取ったのだから、大学は卒業しなければいけない。
単位を全部取った人間を留年させる大学など、日本にはない(と思う)。

「こういうときは、おめでとう、って言うんだよね」
カネコは、ぶっきらぼうに、言葉を投げ出すように言った。
すねているようにも聞こえる話し方だった。

「ああ、卒業だ。お前とも会えなくなるな」
私がそう言うと、カネコは少し間を開けた後で、こう言った。
「それなんだけどさ………」
しかし、そう言ったあと、言葉は続かずに、沈黙の時間だけが過ぎた。

私から話すことはない。
卒業間際の忙しいときである。
それに、私はオーストラリアのひとり旅を終えたばかりの時だった。
からだと心に、オーストラリアの匂いが染み込んでいる。
濃厚な旅の余韻がまだ残っていて、気持ちの断片が思い出に酔っぱらっている状態である。

だから、言葉を返すのも面倒で、ずっと黙っていた。
カネコも言葉が続かないようである。

沈黙が続いた。
普通なら、その沈黙を鬱陶しく感じるのだろうが、私は平気なのである。
どうでもいい言葉で、沈黙を埋めるなら、喋らない方がいい。
その方が、言葉が生きる。

その時の沈黙は、どれくらいだったろう。
3分程度だったろうか。
すると突然、カネコが叫んだのである。
「卒業しても、会いたい!」

まるで、思い焦がれていた恋人に告白するような勢いだった。
笑うしかない。
実際に、私は笑ってしまって、何も答えられずにいた。

しかし、彼は真剣なのである。
「何だよ! 俺は真面目に言ってるんだぜ!」
カネコが、駄々をこねるように大声で叫んだ。
彼にとっては、一大決心をして言ったことばだろう。

私は、笑いを抑えて、彼にこう言った。
「わかったわかった。先輩後輩を抜きにして会おうぜ。友だちとして、な」

すると彼は、初めて聞くほどの快活な声で「おう、わかった!」と言って、電話を切った。
カネコとの付き合いは、それからずっと続いている。

私が「お前の夢を見たんだ」と言うと、カネコは「俺はしょっちゅう、お前の夢を見てるぜ」と言った。

それはそれで、大変気持ち悪いものだが、これからも、カネコとはこんな怪しい付き合いが続いていくのかと思うと、つい笑ってしまうのである。

カネコも笑っている。
そして、彼はこう言った。

「ショウコに会いに行ってやってくれないか。あいつの元気な姿をお前に見てもらいたいんだ」

そう言われて、はじめて気付いた。
私はカネコの夢を見ることで、知らずにショウコのことを意識していたのかもしれない、と。

夢の中で、カネコは泣きながら熱唱していた。

人ごみに流されて
かわっていく私を
あなたはときどき
遠くで叱って

(『卒業写真』より)

誰もが、人ごみに流されて変わっていく。
私は、ショウコが変わっていくことを怖れているのではないだろうか。

「本当の親父とパパ、そして、サトルさん。みんなちがって、みんないい」
まるで金子みすゞのようなことを言っていた、ショウコの悪戯っぽい笑顔を思い出す。

「いま、ショウコが一番会いたがっているのは、お前だ。いまいましいが、本当にお前に会いたがってるんだ」
カネコが、珍しく明るい声で言うのを聞きながら、私はショウコに会うことを想像して、身体の奥底から、喜びの渦が巻き上がってくるのを抑えきれなくなるのである。



2007/03/14 AM 10:18:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

自転車が落ちてきた
団地内の風というのは、時に殺人的な強さになることがある。

駐輪場を見渡すと、自転車だけでなくオートバイも見事になぎ倒され、雄々しく立っている二輪車はひとつもない。
補助輪を付けた幼児用の自転車など、逆さまになって、前輪と補助輪がクルクルと回っている。

近所のドラッグストアに洗剤を買いに行くため、ぶざまに転がった自分の自転車を起こそうとした。
風が怒り狂っている。
右から来た風は、壁に跳ね返って、左からの風に変わり、右からの風と喧嘩をする。

右から 右から何かが来てる
僕はそれを左に受け流すぅ〜
いきなりやってきたぁ〜
右からやってきたぁ
ふいにやってきた 右からやってきたぁ
僕はそれを左へ受け流すぅ〜 ♪


ムーディー勝山のそんなメロディを、つい思い浮かべてしまうほど、笑える強風である。
上に乗っかった自転車を引きはがして、自分の自転車を起こそうとするが、ドミノ状態なので、端から起こしていかないと、無理なようである。

左端から「左から 左から起こしていきぃ〜」と歌いながら、一台一台起こしていった。
目指す我が愛車にやっとたどり着いたときは、手がかじかんで、指が痛くなった。
そして、手を何度もニギニギして、ついでに首をポキッと鳴らしていたときのことだ。

身体が浮き上がるほどの強風が吹いて、自転車が落ちてきたのである。

団地の駐輪場は2段式になっている。
狭いスペースに、たくさんの自転車を収納する場合は、2段式にするしかない。
これは賢い。理にかなっている。

しかし、2段目に自転車を格納するのは、力仕事になって面倒臭いので、2段目を使う人はあまりいない。
2段目には、どうでもいい自転車が格納されていることが多い。
置きざりにされた自転車ばかりである。
いきなり現役引退を申し渡されたスポーツ選手のように、錆びたくないのに無理矢理錆びつかされた姿が「哀れさ」を誘う。
まるで自分を見ているようである。

しかし、自転車が落ちてくるなど、誰が想像できるだろうか。
ひとの長い一生の中で、自転車が落ちてくる場面に遭遇するなど、普通はありえない。
おそらく、隕石が落ちてくる可能性と同等ではないだろうか。

真っ当な人生を歩んでいたら、決して自転車など落ちてこない。
やはりヤクザなMac稼業に憂き身をやつしているツケがこんなところに回ってきたか。
あるいは、これはWindowsの呪いか(?)

ガタンッ!!
と大きな音を立てて滑り落ちてきた自転車は、せっかく私がきれいに立ち直らせた自転車を再びドミノ倒しにした。
しかし、それだけならまだいい。
私の右膝に、落ちてきた自転車の荷台が当たったのである。

ひとの長い一生の中で、自転車の荷台が膝に当たることなど、あり得るだろうか。
普通はない。
絶対にない。
誰かが藁人形を使って、夜ごと呪いをかけない限り、そんなことはあり得ない。

呪いをかけそうな男に心当たりはあるが、今はそれどころではない。

当たったときは、一瞬何が起こったか、わからなかった。
だから、痛みは感じなかった。だが、事態を把握すると、その痛みは強烈である。
まず、声が出ない。
地面にペタンと座り込んで、足を投げ出し、悶える。

心の中で「クッソー」と叫ぶが、呼吸をするのもつらいほどの痛みだ。
膝にひびが入ったかもしれない。
すべての意識が膝に集中して、膝が10倍に膨れあがったような感じがする。

悶え苦しむ中で、私の目の端に、落ちてきた自転車が見えた。
荷台だけがなぜか大きい。
普通の荷台の3倍はありそうな感じで、荷台だけが自己主張をしている自転車だった。

よりによって、なぜそんな自転車が落ちてくるのだ。
また、呪いをかけそうな男の顔が思い浮かんだが、強烈な痛みが襲ってきたので、すぐに打ち消された。

割れてる。絶対に割れてる、ひざが…。
しばらく松葉杖が必要になるな。
25年ぶりの松葉杖。
カッコ悪いなぁ〜、などと思いながら、痛みと闘っていた。

そんなとき、女の子の話し声が聞こえた。
小学生のようだ。それも、おそらく高学年の。
声の種類は二つ。二人で話しながら、こちらに来るようである。
もし、娘の友だちだったら、どうしよう。
こんな姿を見られたら、学校で噂になるに違いない。
噂は今日の強風以上のスピードで広まるだろう。

「Mさんのお父さん、団地の駐輪場で泣いてたわよ」

私は、スクッと立ち上がった。
ジーパンのケツの部分をパシパシとはらい、手をパンパンと打って、自分の自転車を起こしにかかった。

右膝は、痛みで膨張した感じだったが、立ってみると、痛みが少し和らいだ。
そのとき、私の後ろをちょうど女の子が通り過ぎようとしたので振り向くと、一人は娘が三年生の時、同級だった子である。
「やあ」と言ったが、昔から無愛想な子で、一度も挨拶を返してくれたことがない。

「なに? この変なオヤジ」という顔で見られただけである。
変なオヤジであることは間違いないから、腹は立たない。
それよりも、膝が動くかどうかの方が心配である。

とりあえず、自転車に左足をかけて漕いでみた。
次に右足をあげて、サドルにまたがる。
曲げたとき、膝に金属バットで殴られたような痛みが走ったが、漕いでいるうちに直るだろうと楽天的に考えて、歯を食いしばって痛みに耐えた。

ドラッグストアまでは300メートル。
いまいましいほどの逆風にさらされながら、漕ぎに漕いだ。
自転車から降りるときに、右膝に全体重がかかったせいで、激痛で体が震えたが、歩き出したら、何とか歩けた。
膝は割れていないようである。割れていたら、歩くことはできないだろう。

足を引きずらないように意識しながら歩いて、洗剤を手に取り、ついでに湿布薬を手に取った。
レジに並ぶと、レジでは息子の中学の時の同級生がレジ打ちのアルバイトをしていた。
彼は、夏休みもここで働いていた。

「ああ、マッちゃんのお父さん。こんにちは」
いつも、必ず挨拶をしてくれる。
娘の元同級生の無愛想さと比べると、ついチップをはずみたくなるくらい、いい子である。

「期末試験は終わったのかい?」
「はい、マッちゃんはどうですか」
「水曜日に終わったよ。数学を教えてやったけど、玉砕だったみたいだね」
玉砕?

意味がわからなかったようである。
玉砕って、もしかして死語

「マッちゃんは、いいなあ。俺の父さんなんて、勉強教えてって言っても、逃げるだけだから」
「ほら、うちは狭いから、逃げ場がないだろ、ハハハ……」
「?」

不穏な気配を感じて後ろを振り向くと、後ろに4人並んでいた。
無駄話は、営業妨害になる。
「じゃあ、頑張って」と言って、レジを離れた。

ドラッグストアを出て、自転車置き場に行って驚いた。わずかな時間に自転車がすべてなぎ倒されていたからである。
見ると、一番端に置いた私の自転車が起点となって、ドミノ倒しになっていた。
端だったので、自転車を起こすのは、比較的簡単だった。
自分の自転車だけを起こして、サッサと帰った。
(言い訳になるが、膝が痛いので、人のものまでは起こせなかったのだ)

いま、右の膝は普段より1センチ以上膨張している。
熱も持っている。
口内炎が治ったと思ったら、今度は膝を強打。
家族にバレないように、コソコソと湿布薬を変える姿は、我ながら滑稽である。

「自転車が落ちてきて、膝を怪我したんだよ。ひどいだろ」
そんなことを言っても、我が家の人間は誰も信じないだろう。
言うだけ無駄である。みじめになる。

普段、いい加減なことばっかり言っていると、信用は限りなくゼロに近くなる。
自業自得というものである。



2007/03/12 PM 01:13:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

クワタの心意気
週末恒例のジョギング。

団地の外周7キロを33分で走った。
10キロ走ってもよかったが、ダッシュがしたいと思った。
だから、小学校の校庭に入って、30メートルダッシュをすることにした。

校庭では、当たり前のことだが、小学生が遊んでいた。
そして、半分近くのスペースを使って、ソフトボールの試合をしていた。
こちらは、オジさんオバさんが多い。

知っている顔もいたが、私には関係ないので、校庭の隅っこでダッシュを10回繰り返した。
明け方4時まで仕事をしていたので、身体にキレがない。
だから、ダッシュをしようと思ったのだが、10回程度のダッシュでは身体は眠ったままである。

汗もそれほどかかない。
これ以上ダッシュを繰り返しても無駄のようだ。
ストレッチをお座なりにしたあと、校庭の斜面の芝生に寝っ転がった。
走り始めた頃は晴れていたが、今は少し曇っている。
しかし、寒いほどではない。
芝生も温かくて気持ちがいい。
発泡酒を飲みたいと思ったが、さすがに小学校の近くに酒屋はないので、あきらめた。

目をつぶった。
そして、眠った。
車の運転をしている夢を見たが、ディテールまでは思い出せない。

海に突っこもうとしているところで、目が覚めた。

目を覚ましてすぐ「クワタは、パパと同い年なんだよ」
という声が聞こえた。

すぐ近くで、親子が話をしているようである。
どれくらい眠っていたのかはわからないが、上半身が冷えた感じがしたので、意識して上半身に力を込めた。
手を合掌するように合わせて、息を長く吐いた。

「クワタには、メジャーで成功して欲しいな。パパと同い年の選手が頑張っているのを見るのはうれしいからね」
「そうだね。クワタはカッコいいものね」
トーンの高い男の子の声が、耳に入ってきた。

クワタというのは、おそらく元巨人の桑田のことだろう。

私は、根っからのアンチ巨人である。
小学生の頃、まわりの男がみな巨人フアンなので、「俺は、巨人は嫌いだ」と宣言した。
巨人フアンのクラスメートに、「おまえら、巨人のどこが好きなんだ」と聞いたら、「だって、テレビで毎日やってるだろ!」という答えが返ってきたからである。

こいつら、バカだ!

子ども心にそう思ったときから、私は巨人フアンを受け入れなくなった。
だから、桑田も嫌いである。
彼は、投げるとき、ひとりごとを言ったり、球に話しかけるということを聞いて、背筋に悪寒が走った。

こいつは、おかしい!
変なやつだ。
マウンドでひとりごとを言うなんて、まともな人間のやることじゃない。

巨人フアンの友人に言わせると、「桑田は好青年だよ」ということになるが、おまえ、桑田と付き合ったことがあるのか。
「付き合ったことがあるなら、なぜ、マウンドでひとりごとを言うのか聞いてみろ」と言ってみたが、彼は付き合ったことはないと言う。

じゃあ、なぜ、彼が好青年だと言うことがわかる?

大人気ないが、アンチ巨人としては、その程度のことでも突っこまずにはいられないのである。
プロは自分に与えられたステージで、自分を表現するのが仕事である。
ひとりごとを言っても、観客には聞こえないではないか。
それでは、パフォーマンスにならない。
坊主のお経だって、人に聞こえるようにやるだろう。
それで勝利を重ねるなら、文句はないが、彼はいったい何回勝ったんだろう?
調べる気にもならないので、これは保留。

「クワタは絶対にメジャーで成功するよ。彼は努力家だからね」
「うん、努力家だもんね」
「クワタは、純粋なんだよ。いつまでも野球少年なんだよね。そんなクワタがパパは好きだな」
「活躍できるといいね」


またまた突っこみたくなったが、こんな親子の会話を、私は嫌いじゃない。
父親が、子どもに一所懸命何かを伝えるという雰囲気は、悪くない。

クワタがメジャーで成功してもしなくても、私にはどうでもいい。

メジャーでは何の実績もないマツザカが、アメリカでは大変な話題になっている。
所詮は、金の流れでしか人間を判断できないアメリカという国では、巨額の投資をして獲得したマツザカの価値は、金でしか計れないのである。

私が大金持ちなら、マツザカとデービッド・オルティスの勝負に金を払うが…。

今は100億という金だけが、ひとり歩きをしている。
まるで、100億円が「ジャイロボール」を投げているようだ。

実績はゼロ、しかし、金は100億。

マツザカは悪くない。
だが、アメリカマネーのひとり芝居には、反吐(へど)が出る。
マツザカが、そんな反吐ごと流し出されなければいいのだが。

アメリカという国は、ドルをばらまいて世論をあおることしかできない哀れな「ドル万能国家」である。

それに比べれば、クワタの心意気は、まだましなのかもしれない。



2007/03/10 PM 07:09:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

選挙に出る資格
口内炎ができた。
舌の裏である。

その痛みは、強烈だ。
私は、口内炎ができづらい体質らしく、今まで小さいものしかできたことがない。
できても2日程度で直ってしまうから、私の人生で口内炎を意識したことは、ほとんどなかった。

だが、今回は意識せざるを得ないほど、痛い。
舌の裏を鏡で覗くと、腫れはそれほどでもないが、白く化膿し、まわりが赤黒くなっている。
口を動かすたびに、憂鬱な痛さが口いっぱいに広がる。

何を食っても、何を飲んでも、しみる。
時に涙がジワーッと出るくらい痛いときがある。
たまに脳天に痛みが突き刺さる。

だから、食事をするのが嫌になる。
家族がいないときは、メシをぬく。
食べるのは、夕食だけ。

しかし、痛い、つらい、という言葉を人に言うのが嫌という、おかしな性格の私は、家族の前でも弱みは見せない。
平気な顔で飯を食っているが、心の中は号泣である。

憂鬱だ。

仕事をしているときは、ほとんど支障がないが、打ち合わせの時は困る。
舌が痛いと、言葉がうまく発せられないことがある。
発音が少しおかしくなる。
特に「ラ行」が。

まるで、酔っぱらったような話し方になるので、「オイ! オイ!」というような顔をされることがある。
断じて言うが、私は打ち合わせ前に酒を飲んだことは今までに一度もない!

いや、2、3回はあるかもしれない。
6、7回だった可能性もある……。
舌の痛みで、記憶が薄れているので、定かではない。

昨日の朝、2年ぶりにワタナベ氏の会社に行った。
ワタナベ氏は、霊園をプロデュースする会社を一人でやっている。
彼の会社では、2年に1回パンフレットを新しくするので、ワタナベ氏との付き合いは2年に1度である。

ワタナベ氏と話し始めて、数秒して彼に言われた。
「Mさん、口内炎でしょ。あれ、痛いよねぇ」

驚いた。
少し話しただけで、彼は私が口内炎であることを見抜いたのである。
おそろしい観察力であり、洞察力である。

ワタナベ氏は、元区議会議員だった。
しかし、1期だけでやめた。
自分の母親と夫人の母親が寝たきりになったので、看病のため、2期目の立候補を断念したのである。
やめて8年になるはずだ。

ワタナベ氏は、気配りの人である。
腰が低い。
そして、曖昧(あいまい)なことを絶対に言わない。
彼は、自分の言葉に責任を持つという、凡人が出来ないことを、必ず実践する男である。
歯切れのいい話し方は、耳に心地よく響いて、時に聞き惚れるほどだ。

「俺も、この間、口内炎になってね。泣きたくなるくらいつらかったですよ。でも、いいのを見つけたんだ。Mさん、知ってる? 口内炎用のパッチ」
引き出しを開けて、それを私に見せてくれた。

「これ、いいよ。やってみなさいよ。口内炎をガードしてくれるから、しみないですよ」
ワタナベ氏は、私に手鏡を渡して、「俺、ションベン行って来ますから、その間に使ってみて」と席を立った。

誰でも、口を開けた無様な姿をひとに見られたくはない。だから、席を外してくれたのである。
説明書に従って、口内をきれいにしてから、パッチを手に取った。
初めてなので、恐る恐るという感じだった。
口内炎に触るとき、ズンという痛みが一回走って、涙がにじんだ。
「イテテ」と言いながら、鏡で場所を確認しながら、パッチを貼った。

剥がれないかどうか、何度も確認している頃、ワタナベ氏が帰ってきた。
「どう?」
ワタナベ氏は、たしか45、6歳。
はじめて出会った頃より、確実に白髪が増えて、体型も横に広がったが、ひとの心に染み込むような笑顔は変わらない。

「いいですね。指で押しても、それほど痛くないですよ。これはいい」
「じゃあ、これ全部あげますよ」とワタナベ氏は、パッチの入った箱を私の方に押し寄せた。

いやいや、それは申し訳ないので……。
いや、いいから、いいから……。


という儀式をするのが嫌いなタチなので、素直にもらった。

何となく、という感じで、統一地方選の話題を出してみた。
彼に、もう一度出る気はないか、聞いてみたかったのだ。
普段は、そんなお節介で無粋なことは聞かない主義なのだが、口内炎の痛みが和らいだ嬉しさから、つい聞いてしまった。

すると、「Mさん、俺……」
ワタナベ氏にしては珍しく、中途半端な笑みを浮かべた。
何か言おうとするが、何から話していいかわからないという、そんな歯切れの悪さ。
私など、そんなことはしょっちゅうだが、ワタナベ氏のそんな姿を見るのは初めてである。

ワタナベ氏は、両手で自分の膝を何度も小さく叩いた。
そして、コーヒーカップを手にとって、飲もうとしたが、中身がないことに気が付いて、照れ笑いを浮かべ、カップをテーブルに置いた。

力のない笑いは、彼の年を4、5歳老けさせたように見えた。
ワタナベ氏が、横を向いた。
彼の視線の先をたどると、サイドボードの上にフォトスタンドがあることに私は気付いた。

その写真に映っているのは、おそらく彼の母親だろう。
灰色のスーツに身を包んで、優しく微笑んでいる60年配の女性。
心に染み込むような笑顔は、ワタナベ氏と同じものだった。

「俺、オッカァが寝たきりになって、それからすぐに惚けたとき、『早く死んでくれないか』って、何度も思ったんだよ」
ワタナベ氏は、横を向いて、写真を見つめながら、細く乾いた声で言った。
その声を耳にしたとき、まるで違う生き物の口から発せられた音のように、私には聞こえた。
首筋を見ると、首の根元が小さく痙攣しているように見えた。

「あんなに好きだったオッカァなのに。俺が当選したとき、あんなに喜んでくれたオッカァなのに。惚けて俺のことがわからなくなったオッカァを見て、俺は…『死んだ方が』って……、だから…」
ワタナベ氏は、首を機械仕掛けの人形のようにぎこちなく戻して、私の目をうかがい見て言った。

「資格がないんだ」

私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
口内炎の痛みよりも遥かに重い痛みが、心を突き刺す。
これ以上、この話を続けることはできない。
どんな言葉を私が返したとしても、意味はない。
私は、大きく一度頭を下げた。

時間にしてどれくらいだったろうか。
おそらく、一分くらい、私たちは黙っていた。
私にとっては、長い時間だった。

しかし、その一分で、ワタナベ氏はいつもの自分を取り戻した。
彼は、いつものように私の心に染み込むような笑顔を浮かべて、こう言ったのである。

「口内炎、早く直るといいですね。Mさんは、やせ我慢をするからなぁ。心配ですよ」

今回の選挙には、「資格のない」やつが、たくさん出るだろう。
そして、たくさん当選することだろう。

自分に資格がないと決めつけるワタナベ氏は、本当に「資格がない」のか。
図々しさの一片もないワタナベ氏を見ていると、彼は純粋すぎるように思える。
そういった意味では、確かに彼は資格がないのかもしれない。

先頃の「光熱水費計上問題」などを見ると、ワタナベ氏の純粋さは、政(まつりごと)には向いていても、政治家には向いていないのではないか、と思ってしまうのである。



2007/03/09 PM 03:23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

「品格」ということ
川崎での打ち合わせを終えて、東海道線に乗った。
すいていたので、座って文庫本を読んだ。

北方謙三の「されど君は微笑む」である。
これは北方の傑作「ブラディドール」シリーズの登場人物と「約束の街」シリーズの登場人物が交叉して織りなす、エンターテインメント小説である。

一人ひとりのキャラクターが強烈だから、力のない作家だと、持てあまし気味になるはずだが、北方は押しては引き、引いては押すという、絶妙の名人芸を見せてくれる。

複雑に綾なすドラマの断片が、すべて生き生きと活写されて、場面が間近に浮かぶ描写がいくつも散りばめられている。
映像にしたら、さぞかしダイナミックなスクリーン世界を創出してくれそうだが、そんな洒落た心意気のある映像作家はいないようである。

最近の映画製作者には、「泣かせる映画」にしか興味がないセンチメンタルな観客しか見えていないのではないか、と思うことがある。
あるいは、アニメーションでしか、人間の心象世界を表現できないのではないか、と。

また、宣伝だけしか印象に残らない映画というのもある。
カドカワは、30年以上前の方式を相も変わらず踏襲して、仰々しいスペクタクル風の映画に巨額の費用を投じたが、興ざめである。
いまなぜ「チンギス・ハーン」なのか。
英雄賞賛だけではないメッセージが込められているのならいいが、「ただ、とにかく賑やかに作りました」で終わってしまったとしたら、それは無駄な浪費というものである。

チンギス・ハーンが描いた夢と、民族意識の高揚のようなものを、スケールだけを強調することなく描ききれたら、映像としては成功だろうが、それを期待していいのかどうか。
実際に観ていないから、軽はずみなことは言えないが、以前のカドカワ映画には宣伝しか印象に残るものがなかっただけに、今回も懐疑的にならざるを得ない。
なんせ「犬神家の一族」をリメークし、「口裂け女」を映像化するという意味不明なことをする会社なのだ。

カドカワ方式は、無駄の象徴のように、私には見える。
カドカワに、「品格」はあるのか?

以前カドカワは、北方謙三の「友よ、静かに瞑れ」という作品を映画にしたとき、安っぽいサスペンスドラマにしてしまったことがある。
テレビの2時間ドラマは20年以上前に何回か見たことがあるが、ほとんどそれと同じレベルだったので、唖然とした。

崔洋一監督は、画面をやや暗いトーンにして、物語に陰影を与えようとしたようだが、空回りしていた。
原作に対しては比較的忠実だったが、映画自体は沖縄っぽいロケーションだけが見所という、4、5回使用したティーバッグのように薄い味わいの映画に成り下がっていた。

映画っぽい小説が、テレビっぽい安っぽさに終始したという点で、いかにも日本的でありカドカワ的だと思った。
カドカワ映画の功績というのは、横溝正史森村誠一を人気作家にしたことぐらいしかないのではないか、と私は思っている。

76ページ。
「川中が大きく息を吐いたが、坂井は視線すら動かそうとしなかった」
を読み終えた頃、サラリーマンの会話が耳に入ってきた。

「『ハケンの品格』見てる? あれ、馬鹿馬鹿しくない? あんなすごい派遣いるわけネェよな。あれじゃ、会社員なんかいらなくなっちゃうよ」

ハケンの品格 − 私の小学5年の娘が「花より男子2」の次に気に入っているドラマである。
スーパーハケン(スーパーの派遣ではない。念のため)の女性が主人公で、毎回彼女の持っている資格で、派遣先の会社を危機から救うというのが、大まかなストーリーだ。

「俺たちの会社の派遣は、たいしたことやってネェぞ。あれ見てると嘘くさくて、呆れるな。リアリティ全然ねぇじゃん!」

言っている人間の顔を見ると、50歳前後のサラリーマンだ。
いい年したオッサンが、「リアリティ全然ねぇじゃん!」という言い方をすることの方が、私には馬鹿馬鹿しく聞こえるのだが……。

「そうそう、あんなのは漫画だよ、漫画! 真面目に見る気しないよ。うちの会社の女の子なんか、あれに熱中してるけど、まったく世間を知らないね。アホクサッ!」
という50年配の男の膝の上には、「週刊少年ジャンプ」。
そして、新橋駅で降りたときには、網棚の上に置き捨ててあった「東京スポーツ」をしっかりと手に取っていくという、貧乏くささ。

サラリーマンに、「品格」は必要ないのか!?



2007/03/07 PM 04:31:17 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]

Salyu という天才歌手
Salyu という天才歌手がいる。
しかし、一般にはあまり知られていない。

彼女は、けた外れの歌唱力と表現力を持つポップスシンガーである。
私は、彼女ほど、プロの歌い手としての素養をほとんど持っているシンガーを、数えるほどしか知らない。

広い音域、声量、声の艶(つや)、高音と低音の伸びやかさ、リズム感、歌を解釈する能力。
そのすべてが一級品である。
しかし、彼女がポピュラーな存在であるとは言い難いのも現実である。

昨年、Bank Band with Salyu で 「to U」という曲がそれなりにヒットしたが、それはほとんどがMr.Childrenの桜井和寿と名プロデューサー・小林武史の力によるものである。
Salyuの実力でヒットしたとは言えない。

しかし、これほどの力量がありながら、一般受けしないというのは、今まで数多くの例があるとはいえ納得できないものがある。
歌がうまいからといって、すぐに第一線のポップシンガーになれるとは限らない。
あらゆる要素が絡み合って、時流とのタイミングが合って、時代が認める歌手になる、というのがスターのドラマチックな出現方法であることは承知している。

倖田來未のデビュー時も、もどかしさを感じた。
あれほどの存在感がありながら、デビューから数年、まったくショ−ビジネスの世界から無視され続けた。

affection」というアルバムを初めて聞いたとき、倖田來未が作りだす躍動感のとりこになった。
タイトルが示すとおり「愛情」溢れるその表現力に、打ちのめされたと言ってもいい。

歌手の声は楽器である。
楽器になりきれるかどうかで、歌手としての完成度が測れる。
その意味では、「affection」での倖田來未の声は、まさしく楽器だった。
良質のトランペットであり、熟練のヴァイオリンであり、タイトなドラムだった。
光沢のある声で、自身の世界を彩るという、「一級の表現力」を彼女は有していた。

そして、Salyuも、そうなのである。
PUSHIM も。

彼女らの声は、見事に最高の楽器として昇華されている。
そして、彼女らの声は、完璧に生の楽器を演じきっている。

しかし、それが受け入れられるかは、多分に運が作用している。

Salyuをプロデュースする小林武史は、プロデューサー としては、一流かもしれないが、メロディ・メーカーとしては、プロの領域に達していないように思える。

小林武史は、Southern All Stars や Mr.Children 、レミオロメンなど、個性的なユニットのプロデュースをして成功させているが、彼のコンポーザー(作曲家)としての才能は、平均点以下でしかない。
Salyu が委ねるプロデューサーがその程度だから、彼女が、飛躍できないでいるのではないか、と私はずっと思っている。

あれほど、きらめくほどの才能がありながら、埋もれているという現実。
それは本人が一番感じているのではないだろうか。
「プラットホーム」という曲を聴いて私が一番感じるのは、Salyuが訴えかける「停滞」である。

あの頃は 夢の向こうに見えて
時の隙間を流れていく
ずっと ずっと 追いかける

(「プラットホーム」より)

Salyu は、決して時の隙間を流れていくシンガーではない。
しかし、時流を追いかけようとして、追い越せないもどかしさを、私は彼女の歌声に感じてしまうのである。

天才が埋もれていく様を見るほど、心惜しく、悔しいことはない。
そんなことを思いながら、私はSalyuの「Terminal」を繰り返し聴いている。



2007/03/06 PM 01:43:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]

宇多田ヒカル
世間では、結婚していなかったり、バツイチ(あるいはバツの複数形)だと、「負け組」というレッテルを貼られるらしい。

その馬鹿げた方程式は、一体誰がいつ考案したのだろうか。
おそらく、独りよがりで、自己満足型の似非(えせ)文化人が、得意気に吹聴したのを、軽はずみなメディアが飛びついただけの話だろう。

メディアは、それがであれ、であれ、世間に波風を立てれば、それが正義だと思いたがる集団である。
彼らに、定見など、ひとかけらもない。
哀れなほど、定型的な思考しか持たない脳細胞の集合体だ。

宇多田ヒカルが、離婚したらしい。
では、宇多田ヒカルは、「負け組」なのか。
それは空虚で、白痴的な解釈だ。

結婚や離婚は、当然のことだが、個人の問題にしか帰結しない。
それ以上のものではないし、以下でもない。
それを掘り下げるのは、もちろん言論の自由の範疇であるが、憶測だけが一人歩きをする危うさもある。

人は断定的な憶測を好むが、憶測はどこまでいっても憶測でしかない。
しかし、断定的な憶測は、錯覚した真実に変換させられることも多い。

そして、なぜか、それがまことしやかな真実を形づくるのである。
人類創生の時代から、それは世論が、意識するしないにかかわらず構築してきた構図である。

世論とメディアに公平と冷静さを求めるのは、競走馬に目隠しをしてターフを走らせるように、心許ない。

「あと一歩が踏み出せないせいで
じれったいのなんのって baby」

(Flavor Of Life より)

一歩踏み出したからといって、人生の根本は変わらない。
心象風景は変わらないが、人を取り巻く評価は変わる。
おそらく「否」の方に変わることが多いが、こういう捉え方もできる。

「思い通りにいかない時だって
人生捨てたもんじゃないって」


そう。
人生は、本当に「捨てたもんじゃない」

マイナスをプラスに変えることも、簡単にできる。
だから、人生は面白い。

「忘れかけていた人の香りを 突然思い出す頃」

人は時に裏切るが、それさえも受け入れるなら、人恋しさは人生の甘い媚薬になる。

信じたいと願えば願うほど
なんだかせつない」


せつなさ、は、人間を信じること、への希望の裏返しだろう。
断じて絶望ではない。

それが「ありがとう」という答えになる。

ありがとう、という言葉さえあれば、人生はすべて肯定的になる。
「否」の部分が薄くなる。

ありがとう、という言葉が、琴線に響いたとき、人は「無」を実感する。

Flavor Of Life を聴いて、私はまさしく「無」を実感した。



2007/03/04 PM 06:41:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | [メディア論]

セブンイレブン裏の公園にて
小さなトラブルが多い。

大きな人間は、大きなトラブルに遭遇するが、小さな人間のトラブルは小さい。
私に隙があるのか、それとも、基本的に小さなトラブルを私が欲しているのか。
いずれにしても、そんな自分をたまに鬱陶しく感じることがある。

今日もそうだった。
週末恒例のジョギングをしていた。
団地の外側を大きく1周すると、約7キロ。
普段はそれを34分前後で走るが、今日は風もなく、空気もそれほど乾燥していなかったので、調子よく走れた。
1周を29分で走った。

このペースなら、10キロくらいでやめるのが丁度いいタイムである。
先週初めてわかったのだが、コース沿いのセブンイレブンあたりまで走ると、大体10キロなのである。
私は、吸い寄せられるように、セブンイレブンの店内に入った。

そして、肉まんと「極旨(ゴクうま)」を買った。
先週は風が強かったので、風よけに駐車場の片隅で食ったが、今日は風はない。
そこで、セブンイレブン裏の公園のベンチに座って、肉まんとビールを堪能することにした。

公園は、遊具は少ないが、広い。
ベンチも効率的に配置してある。休むにはいい空間であるが、子どもたちにとってはどうなのだろうか。
土曜日なのに、子どもの姿は数えるほどである。
この公園は、むしろ大人のために作ったのではないかと思えるほど、落ち着きすぎた空間に感じる。

ベンチに座ると、汗が噴き出してきた。
ジョギングの時は、いちいちタオルを持つことはしないので、汗は流れるままである。
それが心地よい。

プルトップを開け、発泡酒を一気に3分の2ほど飲む。
身体が欲していた水分が、頭からつま先まで、一気に染み渡る感じがする。
この一瞬があるからこそ、ジョギングは楽しい。
大学の陸上部時代、30メートルダッシュを50本繰り返した後の水道水も美味く感じたが、今考えると、発泡酒の比ではない。
身体のためには、水の方がいいのだろうが、発泡酒の誘惑には勝てない。この幸福感を放棄したくはない。

次に肉まんを食い始めた。
その時。
私の目の端に、10歳くらいの男の子が、黒い猫を蹴飛ばそうとしているのが目に入った。
私は咄嗟に、「何してるんだ! 馬鹿野郎」と怒鳴った。

本当に蹴飛ばしたわけではない。
彼にも、そんな気はなかったかもしれない。
しかし、それさえも私には許せなかった。
だから、怒鳴った。

その声を聞いて、近くにいた母親が「何ですか!」と詰め寄ってきた。
背がミニチュアである。おそらく150センチもないかもしれない。
年は30代半ばというところか。容姿は、若い頃は、かなり男を泣かせたのではないかと推測できるほど、可憐な部分を残している。

しかし、今は眉と目が吊り上がっている。
可憐だが、ヤンキーっぽい部分も少々感じさせられる危うさもある。
子どもが母親の背に隠れた。
隠れながらファイティングポーズをとっている。

ろくな餓鬼じゃねえ!

その姿を見て、小さな怒りが全身に回った。
大人気ない、というのはわかっている。
しかし、こういう餓鬼は好きではない!
その意識だけは、抑えようがない。

「猫を蹴飛ばそうとした。だから、怒鳴ったんですよ。子どもが悪いことをしたら、叱る。当たり前でしょう」
私が言うと、母親はさらに目をつり上げて、「ノラ猫なんだから、いいでしょう」と言う。

その言葉に、私はまた腹を立てるのである。
ノラ猫だから、蹴飛ばしていいのか、と。

「それは、俺の猫だ!」
見え見えの嘘だが、つい言ってしまった。

そうすると、彼女は、「嘘ばっかり!」と、顔を歪めていかにも憎々しげに吐き捨てた。

確かに私は嘘つきである。
しかし、嘘ばかりついているわけではない。

いじめっ子の母親のお前に言われる筋合いはない!
と思ったが、ここで急に私は冷静になったのである。
なぜそうなったかは、自分でもわからない。

肉まんを頬張った。
もう、どうでもいい気持ちになっている。
発泡酒の残りを一気に飲み干した。

もうどうでもいい。早くこの場を立ち去りたい、そう思いながら、肉まんにかぶりついた。
しかし、母親の背後から、「どうした」という声がした。
見ると、これまた、背の低い男が近寄ってきた。
おそらく、子どもの父親だろう。
背は低いが、肩幅は広く、胸も厚い。
角刈りの30代半ばの男である。

吊り上がった目の母親が、小さな声で男に事情を説明している。
聞き終わった男は、私を見下ろす形で、私の前に立ち、私を睨みつけた。
ただ、殺気は感じられない。
睨んでいるだけである。
怖い顔だが、私くらいの年になると、相手が本気かどうかは雰囲気で判断できる。

彼はただ睨んでいるだけである。
そうしなければ、妻や子どもに体面が保てないからだろう。
その心情は、私にもよくわかる。

しかし、睨まれた以上、こちらも睨み返さずにはいられない。
睨み返した。
向こうも睨み返す。
双方、無言である。

こういう状況は、私の得意分野だ。
怒鳴るよりも、睨み合っている方が楽なのだ。

彼がどんなに怖い顔をしたとしても、私の友人には、もっと怖い顔の男がいるし、内面から凄みのオーラを出す友人もいる。
この程度の顔に、臆することはないのである。

私は、いくらでも、黙って睨み合っていられる。
これは、私の数少ない特技のひとつである。
それに、得意の右フックが届く距離でもある。
安心して、睨んでいられる。

ただ、私は本当に怖いお兄さん相手の時は、そんな態度はとらない。
なぜなら、目を合わすことさえもできないからである。
目さえ合わなければ、彼らも理不尽なことはしない。
臆病な羊を狩るほど、彼らも暇ではないことを知っているからだ。

睨んでいる最中に、子どもが、母親の背から父親の背に移動するのが見えたが、顔までは確認できなかった。
舌を出している気配があったが、定かではない。

父親は、依然言葉を発しない。
私も、何も言わない。
これもまた、私の一番楽な展開である。

汗は引いた。発泡酒を飲んで、肉まんも食った。
ジョギングの疲れも、それなりに取れた。
一番充実しているときだから、何時間でも睨み合っていられる。

ただ……、上を向いて睨み合っていると、首だけが疲れる。
首が強張ってきたので、首を左右に動かした。目線はそのままである。
その時、私の首の骨がゴキッ、ゴキゴキッと大きな音で鳴った。

目の前の父親は、まるでその音で目覚めたかのように、ビクッと反応して、まばたきを繰り返した。
父親が、後ろを振り返る。
子どもが彼の腰に手を回している。
その手を掴みながら、「ユウキ、おうちに帰ろうか。宿題しなくちゃ……、ね」と震える声で言った。
私を睨みつけたことで、彼の体面は保たれたはずである。

それを合図に、三人とも私の目を見ることなく、足早に遠ざかっていった。

まったく、つまらない時間だった、と思う。
ノラ猫を蹴飛ばすことは許されないことだが、子どもを怒鳴ることはない。
穏やかに諭(さと)せばいいことではないか。
そんな簡単なことさえできない自分は、結局は、小さなトラブルを欲しているとしか思えない。

本当に愚かである。

しかし、最後に残った肉まんの小さなかけらを口に放り込みながら、私は思った。

餓鬼の名前は「ユウキ」
もし「勇気」だとしたら、出来の悪い冗談である。
猫にとっては、「幽鬼」と書いたら、ピッタリくるかもしれない。
あるいは、「憂忌」か……。




2007/03/03 PM 06:42:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | [日記]

Flavor Of Life は、予約して買った
今週は、毎日立ち食いそばを食っている。
月曜日から、毎日仕事の打ち合わせで、外出していたからである。

昼飯は、立ち食いそばが一番楽だ。
安いし、早いし、駅の近くなら、たいていはどこにでもある。
ただ、味にはまったく満足していない。
そこまで求めるのは、贅沢だと思う。
しかし、言いたいことは一応言っておきたい。

つゆは、平均点だが、麺は「そば」「うどん」とも中途半端な固さで、特にそばは、ロジャースで300グラム79円で売っている乾麺よりもまずい。
そばを食っている感じがしないのだ。
うどんは、当たり前だが、うどんの味がする。しかし、ただそれだけの味でしかない。
トッピングする具も平均点。
商店街で行列の決して出来ない「惣菜屋」さんの惣菜程度の味である。

だが、カレーライスは、なかなかいい。
むかし一度だけ、おそろしく不味いものに当たったが、ハズレはそれ一回きりである。
昨日食ったカレーは、380円。
値段を考えれば、上出来の味だった。しかも、福神漬けがうまい。
福神漬けだけ、お代わりをしたいくらい、いい味が出ていた。

立ち食いそば屋は、12時台は、かなり混んでいる。
サラリーマンのラッシュである。
だから、避ける。

オヤジ臭い狭い空間で、肩を寄せ合って麺をすするというのは、美しい光景ではない。
私も充分にオヤジだが、12時台の立ち食いそば屋で、それを実感したくはない。

立ち食いそば屋がすき始めるのは、午後1時半過ぎからである。
私の場合、2時前後に立ち寄る場合が多い。
この時間帯は、客は大抵まばらである。

最近の立ち食いそば屋には、座れる一角もあって、悠々と食べることが出来る。
昨日は、赤羽駅の立ち食いそば屋に入った。1時25分頃だ。
いつもより少し早い時間だったが、客は、4人。
そのうちの2人は、女子高生だった。

12時台の一番混む時間帯は、サラリーマンが圧倒的に多いが、それ以外の時間は、女性の姿をよく見かけるようになった。
むかしは、立ち食いそば屋で、そばをかっ喰らっている女性と言えば、他人の目線さえもエネルギーに変えるたくましいオバさんか、外人が多かったが、今は若い女性の客も多い。

それなりにオシャレをした女性も、まれに見かける。
女性が人の目を気にしなくなったからか、あるいは立ち食いそば屋の客層にも、格差社会の波が押せ寄せてきたからか。

どちらにしても、気取った店に入ろうが、立ち食いをしようが、飯を食う、という行為は同じである。
だったら、「簡単に済ませてしまえ」、ということになる。
それは、いいことである。無駄がない。理にかなっている。賢い。あっぱれな態度である。

「ねえ、ネモトのやつさあ、チョームカツカナイ!?」
女子高生というのは、なぜか内緒話が出来ない。
息づかいまで聞こえるほど、声がリアルに響く。

チョームカツカナイ? 女子高生が言うこのフレーズをこんなに近くで生で聞けるとは思わなかった。
ちょっとした感動である。
私の人生で、もしかしたら初めてかもしれない。

「ネモトさあ、カリンのことエコしてるジャン!」
これを私なりに翻訳してみたい。
ネモトというのは、きっと先生のことだろう。
エコ、というのは、おそらく依怙贔屓のことか。
言葉を縮めて言う、まさしく、言葉のエコノミーである。
無駄がない。理にかなっている。

「そうそう、カリンって、ブリだから、男は騙されるんだよ。計算してんの、バレバレなのに」
ブリ? カリンって魚のことだったのか、と一回だけ頭の中でボケたが、すぐにうち消した。
こういうサムいことを考えるから、娘に馬鹿にされるのである。
ブリは、「ブリッ子」と訳すことができる。

Flavor Of Life、なんで売ってないんだよ」
女子高生の話は突然飛ぶ。
戦闘機のスクランブルのようである。

「4つハシゴしたけど、どこも売ってない! ハナダン見てるやつがみんな買ってんじゃないの。『入荷未定』なんて、ありえない!

ハナダン、というのはテレビドラマの「花より男子2(リターンズ)」のことだろう。
私の小学5年の娘も気に入って、毎週欠かさず見ているから、それはよく知っている。
「Flavor Of Life」が、番組の挿入歌だということも、知っていた。
そして、その曲がおそらく爆発的にヒットするだろうということも、私は予測していた。

心の中で、「ふふふ・・・」と笑う。

私はあらかじめ予約をして、発売日当日に買っておいたのである。
それを見て、娘は珍しく「お前、気がきくなあ!」と褒めてくれた。

人生は、予測と計画で成り立っている。
君たちは、まだまだ未熟だね。
行き当たりばったりは、いけないよ。

私は、優越感に浸りながら、380円のカレーライスを悠々と食した。



2007/03/02 AM 10:45:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | [日記]



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