Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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セブンイレブンの前で乾杯
団地の遊歩道は、冬は特に風が強い。
だから、ジョギングをしていると、向かい風がきつくて無性に腹が立つことがある。

昨日の土曜日もそうだった。
天気はおそろしく良かったが、風が、切れ味鋭い剣道5段の太刀風のように前後左右から襲いかかってくるのだ。
そのたびに私の痩せた体は、右に流され後ろに押され、身体の体温を奪われ、やる気を喪失させられる。
それでも1周7キロを、いつもより4分30秒遅いタイムで走り、2周目に入った。

しかし、2周目を走りきるつもりはない。
風を相手に根性を見せてもしょうがない。
この日のジョギングは、昨晩、姉からかかってきた電話を忘れるためのものだから、納得がいけば適当なところで切り上げるつもりだった。

ジョギングをしながら思った。
「普通は、どうなのだろう」、と。
世間の人は、同じ日本語で話をしていても、言葉が通じない人に遭遇したことがあるのだろうか。
私には、物心ついたときから、三歳早く生まれた「姉」と呼ばれる人がいる。
私には、その人とまともなコミュニケーションが取れた記憶がない。

彼女は、知能は人より優れているが、生来の臆病で怠け者。そして、同じ言語を有しているはずなのに、話がまったく通じない異人種。
彼女の言っていることは、こちらにはわかるが、こちらが言っていることは、まったく受け入れられることがない、という実体のない蜃気楼のような生物。

たとえば、親の委任状を持って、私が役所に手続きに行く約束をしたとする。
そしてその日、私が運悪く「地方選」に出馬する候補者のポスターとハガキ、リーフレットを大急ぎで依頼されてしまったとする。
候補者は、忙しいのでその日しか時間が取れない。
もし私が「他の日に」と言ったら、その仕事は私の前を素通りしてしまうのである。

フリーランスに限らず、仕事というものは一度チャンスを逃すと、なかなか巡ってこないものではないだろうか。
一度逃した魚が、同じ釣り針にかかる確率は極めて低いのである。
しかし、そういった理屈をまったく理解できない人種が存在することが、私を苦しめるのだ。

「あなたは私たちを見捨てた」と言うのである。
見捨てたわけではない。
忙しいからいけなかった。
だから、月曜日の朝一番に行くことにする、と私は言った。

これは本来なら姉がしてもいいことなのだが、彼女は人が怖いから、それが出来ない。
そして、金曜日の夜、私は同じ血を引くはずの異人種から「私たちを見捨てた」と罵られたのである。

今回のことは、別に緊急を要することではなかった。
多少遅れたからと言って、誰も困らないのだ。

私があらかじめ話した「金曜日に行く予定だが、緊急の仕事が入ったら翌週になる場合もある」という話の後半を完全にすっ飛ばして、「金曜日」という言葉だけが異人種の頭にインプットされた結果、この話は異人種だけの世界で処理されることになった。

つまり、金曜日に行かなかった私が一方的に非難されることになったのである。
それも、獣のような号泣とともに。

朝の8時半から、候補者に付き合ってポスターをつくり、ハガキとリーフレットのデザインをして校了になったのが、夜の9時半。
長く働けば偉いというものではないが、候補者というのも、言ってみれば異人種だ。
彼らは当選しなければ、ただの人である。だから必死だ。
納得のいくまで細かいところにこだわる。
そうしなければ、不安だからだ。
私は仕事を受けた以上、それに付き合わなければならない。

それが、私の仕事だからだ。

しかし、そう言った諸々(もろもろ)のことが、私と血のつながった「姉」という異人種にはわからない。
そもそも、これは母のことなのだ。
彼女には何の関係もない。
だが、なぜか彼女は私を責めて、泣き喚くのである。

それは、とてもおかしなことなのだが、「約束を破った」という一点だけで、私は深い負い目を背負うことになる。
最初は「悪かった」と言ったが、低姿勢になる自分に腹を立てて、最後の方は、「うるせえ! お前も、いい年こいて、ただメシ食らってねぇで、働け、この役立たずが!」と感情丸出しで怒鳴るという醜態。
深く地中に潜るモグラのように、私は自己嫌悪で「後悔のモグラ」になるのである。

襲いかかる風が、まるで異人種の雄叫(おたけ)びに聞こえる。
ジョギングコースの中学校を過ぎたあたりで、風はさらにその威力を増した。
私はアッサリと風に負けた。

中学校そばの「セブンイレブン」に非難したのである。
セブンイレブンは暖かい。おでんの匂いが鼻腔をくすぐって、暖かさを実感する。
肉まんも美味しそうだ。

肉まんをひとつ買った。
それを店の前の駐車場の空いているスペースで食った。
美味い! 冷えた身体が、濃厚な味の肉まんで満たされる満足感!
至福の時である。
昨晩の電話など、この肉まんの幸福感に勝てるはずもない。この肉まんの持つ威力は、今日の風のように強力で、濃密である。

そんなとき、「ああ、マッちゃんのお父さん」という声がした。
見上げると、見覚えのある顔があった。
しかし、名前は思い出せない。
息子の小・中学校の時の同級生だったと思うが、記憶のハードディスクをフル回転させても、名前が出てこなかった。

「やあ、久しぶり、オッス!」
名前が思い出せないまま、照れ隠しに大声で答えた。
「マッちゃん、元気ですか」
「元気元気! 楽しそうに高校に行ってるよ」

「ああ、そうですか」と少し老成したような表情で、名前の浮かばない彼は微妙な表情で笑った。
高校生活が楽しくないのかもしれない。
名前が思い出せぬまま、セブンイレブンの駐車場の片隅で、彼の高校生活について聞いた。

私はもう、肉まんは食い終わっている。
手持ちぶさただ。
そこで、彼に千円札を渡して、「これで肉まん2個と君の好きなもの、そして缶ビールをひとつ買ってくれないか。ああ、君も好きな飲み物を買っていいぞ」と言った。
彼は、最初は遠慮していたが、私が店内を指さすと、素直に中に入っていった。

彼は私の指示通り、肉まん2個と彼の飲むコーラ、そして缶ビールを買ってきた。
缶ビールは「スーパードライ」!
そうか、ビールといったから、ビールを買ったんだな。
発泡酒といえば良かったか。

肉まんを食いながら、ビールとコーラで乾杯をした。
彼の高校生活のことなどを聞き、鬱憤を吐き出させた。
友だちのこと、教師のこと、学校のこと。

「何だかわからないんだけど、つまらないんだなぁ。高校をやめることも考えてるんだ」
と肉まんを頬張りながら言う、息子のかつての同級生。
左の耳にはピアスがついている。
顎髭もうっすらと伸ばしている。
しかし、全体は幼い感じで、エネルギーが感じられない。

「俺にとってはさ、学校ってのは玉手箱みたいなもので、色々なものが出てきて毎日が楽しかったけど、それは人それぞれだもんな。
つまらないなら、とことんつまらなくなって、新しいことを見つけた方がいい。
高校をやめたって、人生が終わるわけじゃない。
俺が見える道と、君が見ている道が違うのは当たり前だから、自分で通る道は自分で決めなくっちゃな。
正直言って、君の親にも君の道は見えていないと思うよ。
ただ、どれを選んだとしても、親を恨んじゃいけないし、教師や他人を恨んでもいけない。
俺には、それしか言えないな」


私がそう言っても、彼の反応は薄かったが、何度か小さく頷いてくれた。

「おでん、食いたくねぇか」
唐突に私が言うと、彼は「おれ、はんぺんが好きなんですよ」と答えた。
私がもう一度千円札を渡すと、彼は店内に入って、はんぺんと大根、ちくわ、つみれとタマゴを買ってきた。
左手にはスーパードライとコーラ。(また、ビールだ!)

駐車場までは、強風は入ってこない。意外といい空間である。
また、二人で乾杯をしながら、二人してあぐらをかいて、熱々のおでんを黙々と食った。

食べ終わると彼は、「ごちそうさまでした。じゃあ、マッちゃんによろしく」と言って立ち上がった。
私が握手を求めると、彼は少しためらいながらも、私の手を握ってくれた。
暖かくて力強い手だった。

これ以上、何を言っても彼のためにはならない。
彼の背中を黙って見送ることしか私には出来ない。
「頑張れ」と言うのも、余計なお世話である。

ただ、同じ場所で乾杯して、肉まんとおでんを食ったということが、私に出来る精一杯のことだ。

そう言えば、いまだに彼の名前を思い出していない。
いつか思い出すだろうが、私の頭の中のハードディスクは回転が著しく遅い。
もしかして、永久に思い出すことはないのかもしれない。

しかし、いま、私は彼に感謝している。
彼のおかげで、昨晩の嫌な電話のことが、霞のように消えてしまったのだから。



2007/02/25 PM 06:22:18 | Comment(3) | TrackBack(0) | [日記]



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