Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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新年から2連敗
1月3日の朝、突然、近所の印刷会社の社長から電話がかかってきた。
三が日から何だ、暇な人もいるもんだ、と思いながら電話を取った。
社長は笑いを含んだ声で、こう言った。
「Mさん、あなたは優しい人だよねえ」
「は?」

「うちの会社が儲かってないから、可哀想に思ってくれたんだね」
私は、社長がいったい何のことを言っているのか、全くわからなかった。
オレ、何か変なことしたっけ? 心当たりがない。

そうすると彼は、入れ歯をガチャガチャさせながら、こう言った。
「去年の11月と12月分の請求書、出してないでしょ」

そうだった。

出そう、という意志は、心の片隅にいつもあったが、何かあるとすぐに忘れてしまうのだ。
要するに、ボケた、ということか。
フリーランスにとって、一番大事なものを忘れるのだから、救いようがない。末期的だ。
だから我が家は、いつまでたっても貧乏なんだな。
このことは、ヨメには内緒にしておかなければ……。

反省しながら電話を切ると、また呼び出し音が鳴った。
ナンバーディスプレイを見ると、「0547-」とある。
どこだろう?
見当もつかない。

正月から、「振り込め詐欺」か?
もし、振り込め詐欺だったら、振り込む余裕はないから、逆に「振り込め」と頼んでみるか。
などと思いながら、受話器を取った。

「おい、忘れているだろう」
いきなり本題から話し始める男。友人のススキダである。

ススキダとは、時候の挨拶などしたことがない。
年賀状を交わしたこともない。
お互い、あらたまったことが嫌いなタチで、しかも照れ屋だから「おめでとう」などと言おうものなら、その後の話が続かなくなる。
だから、新年の挨拶や年賀状を忘れているということではないはずだ。

昨年、ススキダにはかなり世話になったが、彼はそのことで恩着せがましく言う男ではない。
こちらとしても、いきなり「忘れているだろう」と言われても、わけがわからない。
そこでこう言った。
「Who are you? Which do you call?(おまえ誰だ。どこに電話をかけている?)」

しかし、これが失敗だった。
敵はこう返してきたのだ。
「I am calling a free designer. The free designer is ■※*#〓×〜〜〜〜」
ススキダは、英語がペラペラだったのだ。

新年早々、ズッシリと重い敗北感。

「お前、今どこだ」
こんなときは、日本語が妙に軽く感じる。

寸又峡温泉だ。お前が昔いいところだって言ってたろ。だから今家族で来てるんだ」
携帯電話の電波が届かないので、宿から電話をしてきたようだ。

確かに寸又峡はいいところだ。
秘境だから、行くまでが大変だが、まわりから孤立した感じが落ち着きを与えてくれる。
観光地のけばけばしさがない。
温泉も気持ちがいい。「美人湯」でも有名である。

しかし、お肌がツルツルのススキダを想像すると………?
自分の想像力を呪いたくなる。

「家族と一緒だって?」
ススキダの家族といえば、元ナースの奥さんしか知らない。
彼の両親のことは知らないが、奥さんのご両親は香港にいる。
彼から子どもの話を聞いたことはないが、この言い方では、子どもと一緒にいると取ることも出来る。

「ああ、16になる娘がアメリカに留学していてな。正月帰ってきたんだ。それで一緒に旅行をしているというわけだ」
「アメリカのどこだ?」
「ボストン」
「オー! マツザーカ!」
「ダイスーケ!」


今年も二人で漫才が出来そうである。

しかし、ススキダとは今年で五年目の付き合いになるが、そんな話は一回も出たことがない。
もしかして、本当にボケが始まって、聞いていたが忘れたのか。
そこで、おそるおそる聞いてみた。

「その話、前に聞いたっけ?」
「いや、娘の話は一度もしたことがない」

良かった。ホッとした。
「そこで聞くが、オレが一体何を忘れていると言うんだ」
「去年の八月、漬物屋の包装紙と袋のデザインを頼んだよな。あれまだ請求書もらってねえぞ」

そうでした。
これも頭の片隅にはあったが、忘れてしまっていたものだ。

昨年の夏、ススキダに頼まれて、漬物屋の包装紙のデザインをした。
そこは小さな漬物屋で、70歳を過ぎた老夫婦が40年以上店を開いていたが、店名も何も入っていない包装紙をずっと使っていた。
最近になって、店名と電話番号が入ってた方がいい、とお客さんに言われて、初めて自前の包装紙を作ることにしたと言う。

その時、ススキダと一緒に老夫婦に会って話を聞いた。
ご主人は、小柄だがサッパリとした感じの人で、腰が低く丁寧な話し方をする人だった。奥さんは口数は少ないが、いつもニコニコしていて、たまに喋ると顔を赤くするシャイな人だった。
話せば話すほど、その二人の醸(かも)し出す、誠実さのオーラのようなものが心に染み込んで、迂闊にも、つい涙が出てしまった。

ススキダも私につられて泣いていた。
強面(こわもて)の気持ち悪い顔で、鼻を啜りながら泣くのである。
いい大人が二人、まるで老夫婦に怒られているような光景だった。

仕事の打ち合わせを済ませて、老夫婦の店を辞した後、私は「俺はあの夫婦からは金を取れないな」とススキダに言った。
ススキダはまだ赤い目をこちらに向けて、「いや、それは彼らに失礼だろう。俺たちはプロだ。プロがプロから金を取れなくなったら、プロでいる資格はない」と怒った。

確かに、そうである。
「わかった」とその時は言った。
仕事は無事終わり、夏が終わった頃、ススキダから電話がかかってきた。

「漬物屋の件、俺がお前の分の請求もしておいたから、デザイン料は俺に請求してくれ」と言われた。
その時も「わかった」と答えたが、請求書は出さずにいた。
ススキダは、新年早々そのことを怒っているのだ。

「お互いプロなんだから、やることはキッチリやろうぜ」
「わかった。請求書必ず送るよ」
そう言いながら、頭に「2007」という数字が浮かんだ。今年の年号分だけ請求しよう。請求さえすれば、ススキダも文句は言わないだろう。

「どうせ、2007円だろ、お前が付ける請求額は?」
ススキダが、呆れたような声で投げ出すように言った。

顔は怖くて気持ち悪いが、鋭い男である。
読まれていた。
あまりにも見事に当てられたので、黙り込んでしまった。
ぐーの音も出ない、とはこのことだ。

「寸又峡の土産、送るからな。しっかりと仕事しろよ、ボケ・デザイナー」
呆れたような笑い声とともに、電話が切られた。

新年から、ススキダに2連敗である。



2007/01/04 AM 09:26:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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