Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
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12月31日と1月1日の間には…
今年の走り納めのジョギングをした。

今年の走り納めといっても、それで今年を総括しようというわけではない。
ただ、風邪をひいてダルイので、そのダルさを取るために走ってみようかと考えただけである。

私の場合、ジョギングは5キロ〜25キロの距離を走る。
いつも、走る前に何キロ走るということは決めずに、自分の体調と相談しながら走る。
つらかったら、すぐに止める。
ジョギングで体を壊してしまったら、ジョギングの意味がない。
たまに2キロぐらいで止めることがある。
その気になれば、もう少し走れるかもしれないが、ジョギングは「根性」で走るものではない。
だから、無理だと思ったらすぐに止める。

私の友人タカダは、今ではジョギングを辞めてしまったが、大学時代はかなりのアスリートで20キロを1時間10分以内で走っていたらしい。
今は太ってしまって、その面影はまったくないが、走るフォームだけはアスリートっぽい走り方をする。

彼と何度か一緒に走ったことがあるが、彼は「今日20キロ走る」と決めたら、本当に20キロ走るのである。
体調は関係ない。
事前に決めたことは、必ず実行するのである。
結果、「イテテ! イテテ!」と苦しむことになる。
大学時代は、年代は違うが、私は短距離専門のアスリート、彼は長距離専門のアスリートだった。
その違いがあるのかもしれない。

短距離の一番の敵は、風。
向かい風、横風に影響を及ぼされやすい。
次に湿度と雨。
空気抵抗が少しでも増えると、零コンマの世界だが、わずかの差が順位や記録に影響する。
私のように体が細身だと尚更である。
その結果、体調や気候と相談しながら走るという感覚が、体に染み込んでいる。

長距離の場合も向かい風は大敵だが、距離が長いので、調整が可能である。
だから、長距離専門のアスリート・タカダは、走りながら体調の調節が出来ると思って、頑張ってしまうのである。
しかし、もはや彼は昔の彼ではない。
今では、百キロ近い巨漢を持てあましている、ただのデブに過ぎない。
だから、「イテテ! イテテ!」となる。
己(おのれ)を知らぬ、ただのブタである。

今回のジョギングは、5キロまでは調子がよかった。
しかし、8キロを過ぎたあたりで、強烈な向かい風になり、うっすらとかいていた汗が急速に冷たくなった。
頑張れば、10キロあたりまでは行けただろうが、たかがジョギングである。
9キロ手前で走るのを止めた。

そして、体が冷えるといけないので、16号沿いのマクドナルドに入って、休むことにした。
汗をかくのはいいが、冷たい汗は良くない。風邪を悪化させる。
マクドナルドの店内は、暖かくて気持ちよかった。

百円の珈琲を飲んだ。
暖かさが体中に染み渡り、熱い汗が噴き出してきた。
この汗が気持ちいいのだ。
最近の若い人と話をすると、「汗をかくのが嫌い」「汗をかくと気持ち悪い」という人が意外と多い。

いま、若い人に「冷え症」が冷えている。
私は、汗のかきかたが下手な人が、「冷え症」になると思っている。
体内の熱のコントロール機能が低下していると、体の末端が冷える。
汗は、高度な体温調節機能を持っている。
しかし、この汗を普段の生活で避けている人は、この体温調節がしにくい。
だから、「冷え症」になる。
素人考えだが、私はこの説は正しいと確信している。
だが、他人にその考えを押し付けようとは思わない。

「冷え症」で死んだ人はいない。
まだ氷河期までは、間がある。
恐竜と同じ末路をたどることはないであろう。

家に帰ると、出来すぎのタイミングだが、タカダから電話があった。

「師匠、今年も終わりですね。今年もお世話になりっぱなしで、何とお礼を言ったらいいか」
「お礼は、物質でもらったから、もういいよ」
「は?」
「お歳暮で、カニを送ってくれただろ、あれで充分にお礼はしてもらったから、もうお礼はいらない。あのカニは美味しかったらしいぞ」
「らしい?」
「我が家では、美味いものは、子どもたちの独占だ。俺はそれを見ているだけだ」
「師匠。あの〜、もう一杯、カニ送りましょうか。お子さんたちには内緒で」
「いや、我が家の子どもに『内緒』は通用しない。嗅覚が異常に鋭いんだ」

あまりに貧乏くさい会話に、話が途切れた。
あるいは、タカダが私に憐れみを覚えたからか……。

25秒ほどの沈黙のあと、タカダがこう言った。
「来年はどんな年になるでしょうかね。師匠の『新年の誓い』は、何ですか?」

しばしの沈黙のあと、私は言った。
「一昨年も、昨年も、12月31日に、君は同じことを聞いてきたな。君には学習能力がないのか」

百キロのタカダは、それを思い出したのだろう。
しどろもどろになって、「あ、あ、あ、あ」と言った。

「そ、そうですね。え〜〜〜っと、確か…………、師匠はいつも、こう言ってましたっけ……。12月31日と1月1日の間には何もない。普段と同じ時が流れているだけだ。だから、『誓いもクソもない』と…」

「正解!」

考えてみれば、三年続けて、同じことを言われて怒られるタカダこそ、いい迷惑である。
それでも明るく「良いお年を!」と言ってくれるのだから、彼は紛れもなくいいやつである。

「新年の誓い」は、君にいいパートナーを見つけてやることかな。

こんなことを言ったら、百キロのダルマは、ゆでダコのように赤くなって、おせちの中に収まってしまうかもしれない。
だから、心の中で唱えただけで、黙っていた。

来年こそは、いいパートナーを見つけるからな。
タカダ、良いお年を!



2006/12/31 AM 11:28:09 | Comment(8) | TrackBack(0) | [Macなできごと]



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