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● 桶川西口公園にて |
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めまいは突然やってくる。
桶川の得意先の帰り、東武ストアの前を歩いていた時、右目が回るのを感じた。 これは、年に数回ある一過性のめまいの症状だ。 10分から30分程度で治まるものなので、じっとしていれば治るはずだ。 近くには休むところがなかったから、少し歩いて、西口公園まで行った。
木のベンチに横になった。 汚いベンチだったが、20年近く着ているスーツだから、汚れても構わない。 横になったが、目は瞑らなかった。気温が低いので、眠ってしまったら、風邪をひく。薄目を開けて、めまいが通り過ぎるのを待った。
10分ほど、そうしていると、かなり楽になった。 体を起こすと、四才くらいの男の子が私のそばに立って、私を見ていた。
「だいじょうぶ?」と聞かれた。 心配してくれているようだ。病人のような顔をしているのかもしれない。
「リョウ君!」 声の方を見ると、少し離れた隣のベンチに女の人がいて、男の子を手招きしている。 変なおじさんに関わっちゃダメ、ということだろう。 顔を小さく横に振っている。
「ありがとう、大丈夫だよ。ママが呼んでるから、行った方がいいね」 「ホント、だいじょうぶ?」 「リョウ君、優しいんだね」 「優しいだけじゃダメ、っていつもママに怒られてる」 口をとがらせ、うつむいて言う姿が可愛い。
余計なお世話だが、つい言ってしまった。 「優しいというのは、強いことなんだよ」
リョウ君は、首を傾げている。口はとがったままだ。 「どうして? ママはもっとしっかりしなさいっていつも言うけど」
「リョウくんは、乱暴な子の方が強いと思っているの?」 「うん、力が強いし」 「乱暴な子は、ただ人が怖いだけだ」 「どうして?」
「リョウ君は、ゴキブリは好き?」 「大っ嫌い!」 「もしゴキブリを見つけたら、どうする?」 「パパに頼んで、つぶしてもらう」 「ねっ、怖いからつぶすだろ。人間もそうなんだよ。相手が怖いから乱暴するんだ。本当に強い子は乱暴なんかしないんだよ」 「そうかな?」 子どもに、こんな論理はわからない。それがわかっていても言ってしまうのが、私の軽薄なところだ。
「リョウ君は、今日初めて会った、このおじさんのことが怖いかな」 「全然、怖くない」 「じゃあ、リョウ君は弱くないよ。しかも、おじさんのことを心配してくれたんだから、優しくて、そして強いんだ」 「へぇ〜、・・・、でも、よくわかんない」 納得がいかないようだ。 この年の子は、母親の存在が大きい。 母親の言うことが絶対正しいと思っている。 だから、私の言うことは、彼のためにも彼の母親のためにもなっていない。 言うだけ、無駄である。お節介はしない方がいい。
「じゃあ、ママのことは好きかい?」 「うん、大好き!」 「それなら、ママのところに行きなさい。君のママは、リョウ君が変なおじさんと話をしているから、心配なんだよ。ね、早くママのところへ」 「でも、ホントにだいじょうぶかな?」
立ち去りそうにないので、適当な嘘を言った。 多少、鬱陶しさもあった。 「ああ、今日はお財布をおウチに忘れちゃってね。朝から何も食べてないから、力が出ないだけだよ。ウチに帰ってご飯を食べれば、元気になるから。心配してくれてありがとう、じゃあね」 手を強く振ったら、彼も手を振ってくれて、母親の座るベンチに帰った。
目の端で、二人が手を繋いで去っていくのを見ながら、空を見上げて深呼吸をした。 風はないが、寒い。気温は10度を切っているかもしれない。 眠らないでよかったと思った。 一度眠ったら、30分は寝ていただろう。確実に風邪をひく。
座ったまま、手足を軽く動かしながら、体調が完全に戻るのを待っていたら、「おじさん」と言う声が聞こえた。 見ると、先ほどの男の子が手を振っている。 「おじさん」と言うからには、私のことだろう。 あたりを見回してみたが、「おじさん」らしき人は見あたらない。 だから、手を振り返した。
リョウ君は、右手に持ったコンビニの袋を私にくれた。 「なに?」 「おなかすいてるんでしょ? だから、あげる」
中を覗いてみると、サンドイッチとペットボトルのお茶が入っていた。 私が彼の母親の方を見ると、彼女は心底申し訳ない、という顔をして言った。 「こんなことしたら、失礼かと思ったんですが、この子がどうしても、と言って聞かないもんですから、すみません、あの、お気を悪くしたら、ごめんなさい」
思いがけない展開である。 子ども相手に嘘を言ってはいけないということだ。 失礼なのは、こちらの方だ。 立ち上がって、頭を下げた。 そして、リョウ君の厚意を無にしてはいけないので、有り難く頂くことにした。
おそらく、こちらが食べるところを見ないと子どもは納得しないだろうから、慌ててサンドイッチをパクついた。 お茶も一気に半分ほど飲んだ。
リョウ君は、満足げに私を見ながら、私の隣に座った。 「ありがとう、ホントに君は優しい子だ」
「でも、頼りなくて」 これは、お母さんのことばだ。
「さっきもリョウ君に言いましたが、優しいのと弱いのとは違いますよ。私が見る限り、リョウ君は弱くはない。強い子です」 「でも、将来いじめられるのではないかと心配で」 メディアが最近頻繁に取り上げるので、いじめに関して過敏になっている親が多い。 弱い子はいじめられる、という報道の仕方は、弱い子はいじめられる確率が高いという謝った認識を生んで、逆にいじめる側に言い訳を与えているのではないか。
弱いから、いじめる。 弱い子は、いじめていいんだ!
負の連鎖である。
「親が守るという強い意志を持っていたら、子どもはいじめられないと思いますよ。同じように、子どもに対する親の意志が強ければ、いじめる側にもならない。教師や社会は当てにならない。肝腎なのは親の強い意志だと、私は思います」
自分の子育てのことを言おうとしたが、今日初めてあった人に語ることではない。 そうでなくても、余計なことを語った、と反省している。
「サンドイッチ、おいしかったよ。これは忘れられないご馳走になった」 リョウ君の小さな手を握って、握手をした。 柔らかい手。
将来、この子がいじめられないように、祈ります。
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2006/11/18 AM 11:20:44 |
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