Macでお仕事?
Mac歴22年。独立して15年。日に日に減っていく仕事……。そんな売れないデザイナーのひとりごとです。
[TOP] [RSS] [すくすくBLOG]








死に神が父になる
友人の尾崎に、子どもができた。
生まれてはいないが、できた。

最近では、一番の嬉しいニュースだ。
尾崎とは、ベタベタの友だち付き合いはしてこなかった。
20年以上、出会った時と変わらない距離で付き合ってきた。

一年に一、二回、中野や渋谷などで酒を飲むが、会話はあまり弾んだことがない。
お互いの共通の趣味がジャズなので、「今度セッションでもしようぜ」と言いながらも、一度もしたことがない。

また、出会った時から変わらないことが一つある。
尾崎は、喧嘩を呼ぶ男だということだ。
外見は痩せて貧相な男だが、不良たちには、彼の醸し出す危険な香りが気に障るようだ。
街を歩いていたり、酒場で穏やかに飲んでいても、よくからまれる。

半分以上は彼が睨んだだけで、尻尾を巻くのだが、鈍感な人間はどこにでもいる。
しかし、彼らはすぐに自分の鈍感さに気づかされるはめになる。
喧嘩のことはよく知らないが、尾崎には手加減という概念がない。
だから、相手が可哀想になる。
痩せて腕力がないから、一撃で倒すということはないが、全身で相手に挑んでいく。
そして、倒す。
間近で6人の男を倒したのを見たことあるが、顔は笑いさえ浮かべているのだ。

まるで、ドラマの登場人物のように、喧嘩が似合う男だ。

しかし、私はかなり鈍感な男なので、彼の強さを見ても「スゴイ」としか思わない。
怖くないのだ。
尾崎の無表情の中に、彼の優しさを感じるのは、おそらく私と、彼の同居人恵実(めぐみ)だけだ。

八年間、尾崎と同居している女。歳は尾崎より11歳若い。
尾崎のすべてを知っている女だ。
美人ではないが、ふくよかな印象を与える人で、いつも目の光が強い。
しかし、笑うと菩薩のように慈悲深い顔になり、目尻の皺だけで、ひとに安らぎを与えることができる。
少しとがった顎と、細い鼻筋が、知性を感じさせる女だ。

恵実は、八年前初めて紹介された時よりも、確実にいい女になっていた。
四、五回しか会ったことはないが、今年の八月に会った時は、圧倒されるような包容力を持つ女として、そこにいた。

尾崎と恵実が同居して八年。
私はそのすべてを知っているわけではない。
むしろ、知らないことの方が多いとは思うが、私たちはそういう付き合いを好んでしてきた。

しかし、それでも、尾崎に子どもができたことは、嬉しい。

恵実に電話してみた。
恵実の携帯電話にかけるのは、初めてのことだ。

「そろそろ、かかってくるかなって、二人で噂してたんですよ」
恵実がいきなり言った。
普通の場合は、相手へのサービスとして言うことばだが、彼らにはそんな意識はない。
おそらく、本当に噂をしていたのだろう。

「だいたい、一週間くらい電話をするか悩んで、尾崎にかけるのは照れくさくて、私に電話してくるんじゃないかって、二人で結論を出したんです。Mさんって、思い通りの人ですね」

確かにそうだった。
尾崎から、「子どもができた」と聞かされたとき、「おめでとう」としか言えなかった。
他にも何か言いたいのだが、尾崎に直接言うのは、どこか照れくさい。
だから、一週間ずっと悩んでいた。

結局、恵実に電話をするということで、決着を付けた。
それを、二人に見透かされたようだ。
一週間悩んだのが、無駄になった。

「妊娠12周目くらいかな」
照れ隠しに、いきなり現実的な話題を投げた。
「はい、よくわかりましたね」
「俺は、尾崎とは違う。子育てのプロですからね」

尾崎は、バツイチで、前の奥さんとの間に娘さんが一人いたが、幼いうちに別れたので、子育ての経験はほとんどない。
尾崎と子育てというのは、まったくマッチしないので、彼は正しい選択をしたとも言えるが、今回はどうなのだろうか。

「尾崎は、優しくしてくれますか」
「ええ、気味が悪いほどに」
恵実の笑顔が間近に見えるような、丸みを帯びた声だった。

「まあ、彼にとっては孫みたいなもんですからね。ジイジになった気分じゃないですか」
「いえ、それが、俺は10歳以上若返ったよ、って言ってるんですよ。Mにはもう、そんな元気はねぇぞ、なんて威張ってました」
「まあ、確かに彼の方が俺より二つ下ですから、若いことには違いないが…」

「あら、尾崎の方がMさんより年下なんですか。見た目は尾崎の方が五才以上年上に見えますけど、ホントに」
最後の「ホントに」は、尾崎に向けて言ったようだ。
近くに尾崎がいるらしい。

「M先輩、暇なようだな」
尾崎に変わった。
尾崎にしては、軽口の会話である。

「お前に年上として、忠告してやる。恵実さんをいたわるのもいいが、もっと大事なことがあるだろう」
「珍しいな、お前がそんな回りくどい言い方をするなんて…。はっきり言えよ」

「籍を入れろ。けじめは付けた方がいい。面倒だって言うのは、お前の理屈だ。この世界のどこに、お前の子どもを産んでくれる人がいると思ってるんだ。もう観念しな」

「わかった。今日入れる」
あまりにもあっさりした言い方に驚くが、尾崎は必ずそうするだろう。
その場を誤魔化す、ということをしない男だ。

「安心した。今度、子育ての講義に行ってやるよ。お前の爺さん面も見てみたいからな」

「でも、本当に尾崎は若返ったんですよ。Mさん、ぜひいらしてください。イタリアン料理も教えて下さい。待ってますから」
電話は恵実に変わっていた。

「尾崎をお願いしますよ。あいつは、何も言わないかもしれないが、今が一番幸せなはずだ。あいつが言わないなら、俺が何度でも言う。尾崎は幸せ者だ」
そして、君がそばにいれば、その幸せには限りがない、と言おうとしたが、あまりにも気障なのでやめた。

「幸せなのは、きっと私の方です」

馬鹿馬鹿しくなってきたので、「お大事に」と言って、電話を切った。
だが、この馬鹿馬鹿しさは、悪くない。


2006/11/16 PM 12:02:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | [日記]



(C)2004 copyright suk2.tok2.com. All rights reserved.